カテゴリー「そば屋の世界」の記事

2009年11月 3日 (火)

あるそば屋の話 その2

さて、前回の続きの、
山の中の、目立たないそば屋の話。

そばよりも、フランス料理が似合いそうな内装の、
クラッシック音楽の流れる店。
「こだわり」の匂いがぷんぷんとするのだけれども、
いつ行っても、他にお客がいなかった。
これで、やっていけるのかなあ、、、
と、ちょっと、心配になっていた私。

ところが、少したって、夏の観光シーズンに行くと、
結構なにぎわい。
ご主人は、淡々と仕事をこなされていた。
そうして、その後、しばらくして行ったら、
駐車場が車でいっぱい。
あれ、玄関に行列ができている。

この店の静かな佇まいが好きだった私としては、
少し残念な気もしたが、
とにかく、これで、余計な心配はしなくて良さそうだ。

全国的な雑誌に載り、
テレビでも紹介され、
そうして、多くの人が、
このわかりにくい場所にあるそば屋を目指して、
やってくるようになったのだ。

その後、私の生活パターンが変わり、
この店に寄る機会がなくなってしまった。
でも、この店は、注目のそば店として話題になり、
週末は行列を覚悟する店となったようだ。

そうして、そばの値段も上がっていった。
私が食べにいっていた頃の、
倍以上の値段になってしまったらしい。

行った方々の話は、
「確かにうまいそばだ。
 でも、どうしてあんなに値段が高いのだろう。」
ということに落ち着く。

中には、
「あんな値段をとるなんて、
 ちょっと、いい気になっているんじゃないの。」
などという方もいる。

でも、開店してからの数年、
ほとんどお客の来なかった日々の、
ご主人の気持ちを考えると、
この値段も許せるのではないかと、
私には思えるのだ。

このご主人は、
淡々としているけれど、
かなり信念の強い方に違いない。

山の中で営業して、お客が来なければ、
普通であれば、表通りに大きな看板を作ったり、
「手打ちそば」と書かれたのぼりを並べたりする。
メニューを増やして、来た人のニーズに応えようとする。
広告を打ったり、クーポン券を配ったりして、
来店を促したりする。

でも、この店は、そういうことをしなかった。

メニューも変えず(値段は変わったが)、
最初に決めた営業のスタイルを、
ずっと貫き通したのだ。
そうして、その店を、
その店のそばを、
気に入っていただけるお客様が来てくれるのを、
じっと、待っていたのだ。

自分で商売をしていてわかるが、
お客様が少ないときには、
どうしても、自分の売っている物に自信がなくなり、
あれこれと、いじりたくなる。
そういうブレもなく、
営業を続けてきた。

それが、やがて、共感を呼び、
多くの人に伝わるようになったのだね。

だから、あの値段は、
「そば」の値段ではなく、
ご主人の「信念」の価値なのかもしれない。

この店が有名になったので、
最近では、そのスタイルをまねて、
最初からかなり高い値段で、
店を始めるそば屋もあるようだ。

でもね、それなりの値段をとれるということは、
それなりの苦労と信念があったからのこと。
形ばかりを真似たところで、
お客様には伝わらないだろう。

「かんだた」なんか、
あれこれとばたばたしていて、
まだまだ、「信念」が足りないなあ。

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2009年11月 2日 (月)

あるそば屋の話 その1

もう二十年も前のこと。
ある山の中に、一件のそば屋が開店したと聞いた。
当時としては珍しい自家製粉の粉を使っているという。

場所を聞けば、通りから外れたわかりにくいところ。
たまたま知り合いの地元の人に聞けば、
「ああ、高いだけのそば屋だよ、
 天ぷらもないし。」
とのこと。

それでも興味があったので、探して行ってみた。
確かにわかりにくいところ。
店も、普通の山荘風で、看板がなければそば屋と気がつかない。
靴を脱いで上がれば、床暖房のフローリングに、
重厚な飛騨家具の椅子とテーブル。
流れる音楽はクラッシック。
なんだか、そば屋というよりも、
しゃれたフランス料理でも出てくる雰囲気。

十歳以下の子供はお断り、
店内はもちろん禁煙。
そばは「せいろ」の一種類のみ。
その他には、「そばがき」と「ぜんざい」の
追加メニューがあるだけだ。

寡黙な旦那さんが、一人で切り盛りをしている。
そばを頼むと最初に出てくる野菜の煮物。
それを食べただけで、関西系の方なのだということがわかる。

そばは、とても丁寧に打たれたものだった。
自家製粉のためか、ざらつきが多いが風味は強い。
汁も薄口を使っていて、塩味の角が立っているが、
それが、逆にこのそばの味を引き立てるようだった。

そうして、最後に出てくるのが、
とろりとした、濃いそば湯。
いまでこそ、そういう店も増えているが、
当時としては珍しかった。

なるほど、面白いそば屋が出来たものだ、
と、当時の私は思ったものだ。
でも、こんな山の中で、
このようなそばを出して、
果たして、商売として成り立つのだろうか?

ここで扱っている新潟の酒がおいしかったので、
その近くを通りがかるときには、
この店に寄るようになった。

行ってみると、たいてい、他に客はおらず、
元々無愛想なご主人は、相も変わらず無表情で、
備前焼の徳利に酒を入れて、そばを作ってくれるのだ。

何年か経った、ある冬の日、
雪の降り続く昼過ぎにこの店を訪ねると、
朝に一度雪かきをしたらしい駐車場には、
もう十センチ以上の雪が積もっていた。
他の車が入った跡はない。
店内はもちろん、他に客はいない。
降り積もる雪を眺めながら、
一人ゆっくりと酒を飲みながらそばを楽しんだ。
(どうやって帰ったのだろう、車で行ったのに、、、、)
私の帰った閉店時間までに、新しい車のわだちは出来なかった。

この雰囲気でそばを食べられるのは有り難いが、
大変だろうなあ。
商売としては。
私はそう思ってしまった。

ところが、、、
ところが、、、
世の中というものはわからないもの。
やっぱり、私のように、
ちょっと寄り道しても来てみたいという人たちもいたのだね。
そうして、、、

という話は、また次回。

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2009年10月28日 (水)

骨まで食べられる「サンマの梅煮」

ネットに接続できないうちに、
旬を超してしまったサンマ。
今は流通が良くなって、早いうちから出回るようになり、
今頃は、もう食べ飽きた頃だろうか。

でも、この魚、
やっぱり、おいしい。
健康にも、頭の栄養にもいい油を含んでいるそうだ。
そして、何より、値段の安いことが魅力的。

そば屋の肴としても、このサンマを使わない手はない。
でも、まさか、煙をもうもうと上げて焼くわけにはいかない。
そこでこの時期は、こんな料理を作っている。

骨まで柔らかく食べられる「サンマの梅煮」。

ということで、レシピ紹介。

Sanma1

サンマは頭を切り落とし、
内蔵を取り除いて、5つぐらいの筒切り。
それを、よく洗って、
一時間ぐらい水にさらす。

Sanma2

ちょっと、ピンぼけだけれど、
去年作った自家製の梅干し。
これを種を取って、肉を刻む。
ショウガは皮ごと薄切り。

Sanma3

大きめの鍋に酒と水を同量合わせて沸騰させ、
底にクッキングペーパーをしいて、
サンマを重ならないように並べる。
底に紙を敷くことで、汁が沸騰しても、
サンマが阿波踊りを踊らなくなる。

Sanma4

砂糖、醤油、刻んだ梅肉、ショウガを加え、
紙蓋をして、2〜3時間煮る。
そうしてから、一度完全にさます。
こうすると、味がしみ込みやすいようだ。

そうして、もう一度火にかけて、
煮汁がなくなるまで4〜5時間煮る。

Sannma5

煮上がったところ。
新鮮なサンマを使うと、皮が破れない。

Sanma6

いただきます〜〜。
骨までしっかりと柔らかくなっている。
梅の酸味と、あっさりとした味付け。

鹿児島のこだわり焼酎「晴耕雨読」
何ぞといただくと、ついつい進みそう。

そばにたどり着くまでのそば屋の肴。
サンマなんて、、、、などと言わずにお試しあれ。
もちろん、「新そば」もね。

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2009年10月24日 (土)

全国的にそば不作の模様

う〜〜〜ん。困ったなあ。

やっと、ネットが開通して、
一段落したのに、新たな問題が持ち上がってきた。
それも、かなり深刻な問題だ。

何しろ、足りないのだ。

今日の地元長野の新聞「信濃毎日新聞」にも、
取り上げられていることだが、
国内のそばが「不作」なのだ。

国内産の半分近くを占める北海道の収量が減ったのは、
すでにお伝えした通り。
例年の5割ぐらいの収穫だと言う。
まあ、その分は、長野県内産を始め、
他の地域でまかなえるかな、、
と思っていたら、、、

甘かった。

長野県でも、そばの不作が確実になった。
七月の長雨で、そばを蒔くタイミングが狂い、
そばの成長が不調になったのだ。

また、長野だけでなく、東北地方や、茨城などでも、
例年より育ちが悪いらしい。
その結果、今年の玄そばの取引の価格は、
かなり上がってしまった。

当然、「国産限定」で仕入れている、
かんだたのそば粉の値段も上がることになる。
かといって、そばの価格を、簡単に値上げできるものではない。

こういう年もあるんだね。
産地限定で、玄そばを仕入れている店など、
かなり影響が出ることだろう。

「かんだた」の使命は、
質のいいそばを食べていただいて、
お客様の身体の中から、元気になっていただくこと。
そのためには、お客さまの手の届く「手打ちそば」を作りたい。

今年の不作で値が上がったからといって、安易な値上げで、解決できものではないだろうなあ。

ということで、
「もうけ」の出来ない一年を過ごす覚悟を据えなければ。
誰のせいでもない。
地球の気まぐれなのだ。
きっと、農家の人たちだって、
顔で笑って心で泣いていることだろう。

せっかくの「新そば」の季節。
こんな話題になって申し訳ない次第。
だからこそ、今年のそばを、
大切に味わっていただきないなあ。

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2009年9月28日 (月)

しめじの土佐煮レシピ付き

そば屋の一品といえば、
身近な材料で、簡素で、
それでいて、そば屋らしい気の利いたもの。

昔は酒の肴として置いていたが、
お酒を召し上がる方の少なくなったこのごろは、
料理としての一品の注文が増えてきた。
このような料理に重きを置く店も増えてきたようだ。

かんだたでも、いくつかのメニューを置かせてもらっているが、
何しろ、忙しいときに注文をいただいても、
さばき切れなってしまう。
だから、あらかじめ、仕込んでおいたものを、
盛り合わせるような形になってしまう。

せっかくの手打ちそばの店。
料理だって手作りでありたい。
居酒屋のように、珍しい素材を取り寄せたり、
変わった盛りつけをするわけではない。
自分の畑の野菜や、季節のものを、
化学調味料を使わず、
ごく、素朴な味に仕立ててみたい。

ということで、
今回は「しめじの土佐煮」のご紹介。

Simeji

長野は、茸の栽培農家の多いところ。
地場産の店で売っている「ブナしめじ」と、
ちょっと、食感に変化を付けるために、
「エリンギ」を細切りにしておく。

Katuo1

削り器で鰹節を削り、
鍋でから煎りをする。

Katuo2

熱くなったところを手で揉んで、粉にする。

Simeji2

別の鍋にそばつゆを沸かし、キノコを入れる。
キノコから水分が出るので、
強火で煮詰める。
おおよそ10分ぐらいかなあ。

Simeji3

汁がほとんどなくなったら、
水菜の刻んだものを入れて火を止める。
そうして、粉にした鰹節をあえて出来上がり。
鰹節を使うから、土佐煮っていうんだね。

Simeji4

これは、どちらかといえば日本酒に合う一品。
口に含むと鰹節の香りが、ふわっと広がる。

で、
もちろん、
この後は、
そばをずずっ、、、、とね。

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2009年9月22日 (火)

PPMのマリーが亡くなった。

PPMのマリー・トラバースが白血病のため、
亡くなったそうだ。
PPMといっても分からない方が多いだろうが、
「ピーター、ポール&マリー」という、
60年代に流行ったアメリカのフォークグループ。

当時の流行りだった反戦の思いを、
美しいハーモニーで歌っていた。
このギターがすてきで、
ずいぶん真似して弾いたものだ。

YouTubeに映像がアップされているので、
興味のある方はどうぞ。

PPM「500マイル」

昔を懐かしく思い出したりするのは、
年寄りになった証拠。
でも、その頃のことを思い出しながら、
今の自分を顧みるのも大切なこと。

ベトナム反戦から学生運動など、
様々な社会的な動きのあったあの時代。

誰にも頼らず、
誰かに属さず、
誰をも支配せず、
生きていきたいと思っていた若い頃。

でも、実際には、
多くの人の世話になり、
人に頼り、組織に助けられて生きてきた。

こうして、そば屋という稼業を選んだのも、
何処にも属さず、
独立独歩の商売ができるから。
取引先のしがらみや、
大メーカーの意向に左右されることはない。

もちろん、その分、自分で全てを考え、
その責任もとらなくてはいけない。
たかが「そば屋」という小さな商売。
そんなものでも、しっかりとした、
背骨がなければ続いていかないんだねえ。

だから、背骨を鍛えなければ、、、
って、酒の味見ばかりしている、、、、。

PPM、なつかしいなあ。


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2009年9月14日 (月)

リンゴ機の不調。

以前から、具合の悪かった、
店で使っているMacのbook。
ついに、ウンともイヤダとも言わなくなってしまった。

これは大変だ。
メールが開けない。

ということで、慌てて買いにいった、
新しいMac。
今、その設定で、大忙し。
ということで、
しばらく、ブログの更新ができません。
すみません。

古いノートブックは6年しか持たなかった、、。
その間に、新しいパソコンには、
見たことのないソフトが増えてチンプンカンプン。
ああ、古いブックのデーターはどうしよう、、、。

などと、
そばと関係のないことで、
頭を悩ませているところ。

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2009年8月29日 (土)

江戸時代の「駅路そば」は今でも。

さて、前回からの続き。

お客さまが、
ある観光地の賑わっているそば屋に入ったそうだ。
混んでいる割に、そばはすぐに出てきた。
でも、そのそばが、すごく水っぽく感じられた。
どうして、あんなに水っぽいそばになってしまうの?

という話だった。

それを説明するには、
さて、
話は江戸時代にさかのぼる。
(いつもながら強引だ)

あるところに「駅路そば」というのがあって、
繁盛したそうだ。
ここのそばは、さくさくとしていて、
ずいぶんと、軽い風味だ。
忙しくても、あまり待たせないのも、
魅力だった。

ある時、どうやって、
このようなそばができるのか、尋ねたところ、
親父が答えるには、
朝に一度に茹でておいて、
水にさらしておくのだという。
なんのことはない、
すっかり水でのびきったそばを、
食べさせられていたのだ。

と、江戸時代の「蕎麦全書」に書かれている話。

私が若い頃、
アルバイトで働いたスキー場の食堂では、
お昼前になると、どんどんとそばを茹でてしまう。
そうして、大きな水槽に、たくさんのそばを、
それこそ、泳がせておくのだ。

ザルそばの注文があると、
その水槽からそばをすくって、
水浸しのまま盛り付ける。
注文の殺到するお昼時、
相手は腹ぺこのスキーヤー。
注文を受けてから、
いちいち茹でてなどいられないのだ。

太い田舎そばなので、
少しぐらい水に浸かろうが、
びくともしない。
けっこう、スキーヤーには人気のメニューだった。

そう、
今でも、忙しい店では、
この方式で、そばを茹でておくのだ。

大きな店では、お客さまの注文があってからでは、
いくつもの釜があっても間に合わない、
それで、開店前からあらかじめそばを茹でておくのだ。

そうすれば、注文受けて、盛るだけでいい。
温かいそばであれば、ちょっと手振りをすればいいだけだ。

きっと、お客さまのいかれた店は、
そういう店だったのだろう。
観光地の、規模の大きなそば屋ということだから。

こういう店では、たいてい、
そばの味では勝負できないことが分かっているから、
天ぷらや種物、おつまみなどのサイドメニューを充実させて、
お客さまの満足度を上げている。
それも、一つの商売の方法ではないだろうか。

たくさんのお客さまをお待たせしない、
いろいろなものを食べることができる、
そばの質にはこだわれないけれど、、、、
というそば屋も、観光地では求められているのだ。

商売べたの私なんぞ、
注文がある毎に、釜を湧かしているから、
はなはだ効率が悪い。
お客さまにはお待たせをして、
時に渋い顔をさせてしまう。
これも、少しでも、
おいしくそばを食べていただくためなので、
ご勘弁を。

私にも、そばをため置きしておく、
勇気と度胸があれば、
もっと、もうかるのかなあ〜〜〜。
その前に、お客さまが来なくなるか、
こんな路地裏まで。


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2009年8月24日 (月)

観光地のそば屋の水っぽいそば。

ご常連のお客さまが、こういうことを言う。

「う〜ん、この前、ある観光地にあるそば屋に行ったんだ。
 雑誌にも出てくる、結構評判のそば屋。
 ところが、行ってみたら、
 駐車場はほとんどいっぱい、
 店の中も、人でごった返している。
 これはねえ、ずいぶん待たされるかなあ、、、
 と思ったら、席について、15分もしないうちにそばが出てきた。」

それは、たいしたものだ。
私の店なんぞ、混んだ時には、
平気で30分以上お待たせすることがある。
えっ、一時間待ったことがあるって!
どうも、すみません。

どんなに混んでいても、
釜の湯の入れ替えをしてしまう私。
お、お、お待たせしてすみません。

ご常連様のお話の続き。
「一緒に頼んだ、
 小鉢の天丼、これがなかなかうまいんだなあ。
 そして、そばを食べてみたら、、、、
 なんだか、水っぽいんだ。」

あれ、それって、
水がよく切れていなかったということでは。

「うん、たぶん、それもあると思う。
 でもねえ、いくらそばを食べても、
 水を飲み込んでいるような気がしたんだ。」 

ひょっとして、
それって、太めの田舎そばではなかったのですか?

「いやいや、かんだたほどではないけれど、
 どっちかといえば細めのほうだねえ。」

そのお店って、
ほかの天ぷらや丼もの、
お酒のおつまみみたいなメニューが多くなかったのかなあ?

「そうそう、そのとおり、
 そば以外の料理のメニューが多かったなあ。」

なるほど、なるほど。
今の観光シーズン、そのお客さんのほとんどは、
遠くから来た人たちでしょう?

「うん、駐車場のナンバーでみると
 ほとんどが県外車のようだねえ。」

確かにそのお店、調べてみれば、
地元の人たちにも、評判はいいようだ。
でも、遠方からのお客さまの見えるこの季節、
はたしてどうなのだろうか。

けっこう、食べに行った店の悪口は、
普通は言わないお客様。
この店ばかりはがっかりされたみたいだ。

「あの、中まで水っぽいそばは、
 いったいなんだろうねえ。」

う〜ん、
それはねえ〜〜
わたしも、やっていたからねえ〜〜〜
こんなことを、
書いてしまっていいのかなあ、、、、、

という、煮え切らない気持ちで、
次回へ。




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2009年7月12日 (日)

日本の食べ物は、世界の水を使っている。

そば屋というのは、
水を大量に使う商売だ。
たくさんのお湯を沸かしてそばを茹で、
またまた、たくさんの水を使って、
そばを冷やす。

釜の湯は、しょっちゅう取り替えるし、
手を洗うにも食器を洗うにも、
とにかく、いつもどこかで、
水道の蛇口が開かれている。

四月と五月に行われた善光寺ご開帳。
おかげさまで、私の店にも、
いつもの倍近くのお客さまがお見えになった。

二か月に一度しかやってこない水道の検針の人。
メーターを見るやいなや、
店に駆け込んでくる。
「かんだたさん、どこかで、水が漏れてるよ!」

いえいえ、決して漏れていたわけではありません。
実際に、それだけ、水を使ったということ。

それで、仕方なく、
いつもの倍以上の水道代を払った。
、、、とほほ、、、。

水道代は痛いけれど、
水を存分に使える環境にいることは、
とてもありがたい。

世界では、
全人口の六分の一、
約十億人の人たちが、日常的に水に不自由しているそうだ。
そして、その数値は、
今後上がっていくと予想されている。

えっ、世界にはいろいろな国があるけれど、
日本は水が豊富な国、
関係ないよ、、、、
、、と思われるかもしれない。

ところが、
これは、私たちの食べ物と、
密接に結びついているのだ。

日本の食べ物の自給率は、
わずか40パーセント。
言い換えれば、日本の食料の60パーセントは、
外国から来ていることになる。

その外国で育てられた植物や家畜は、
その国の水を使って育てられている。
つまり、外国から食料を輸入するということは、
その国の水を輸入していることになるのだねえ。

ほんの、二年前には、
オーストラリアで干ばつがあり、
小麦の不作で、
うどんの業界が大騒ぎになった。

ほかの国の水事情や、
天気の様子に、私たちの食生活は、
おのずと左右されているのだ。
そうして、世界的な水不足に、
日本の食糧事情が影響を与えていることを、
やっぱり知っておかなければ。

地球上には14億キロ立方の水が存在する。
(一升瓶にすると、どのくらいだろう?)
でも、そのほとんどが海。
使おうと思っても、すぐに使えない。

淡水として存在するのは、その2.5パーセント。
しかし、その大部分は、
北極や南極などの氷河。
また、地下水として地面深くに存在したりして、
川や湖など、
我々がすぐに使える状態である水は、
その0.0007〜0.0004パーセントなのだそうだ。

しかも、その貴重な水の
汚染が進んでいるという。

豊かに水を使えるからこそできる、
おいしいそば。
そういう水に感謝しながら、
ズズッとそばを手繰ろう。

それにしても、
水道代、、、
痛かったなあ、、、、。


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2009年7月 5日 (日)

醤油なしで刺身を食べる?

私は魚を食べるのが好きだから、
刺身だって、よく食べる。

アジだって、カツオだって、タイだって
これからの季節、新鮮なキスなんていいなあ。

そんな刺身を食べる時に欠かせないのが、
醤油。

いくらおいしい刺身だって、
この醤油をつけず、
そのまま食べてみても、、、
、、なんだか、生臭いだけだなあ。

我が家に侵入する野良猫は、
醤油なしでも、
刺身を持っていって食べている。
でも、私は、
醤油をちょこっとつけて食べないと、
やっぱり刺身を食べた気がしない。

醤油には、実にたくさんの、
味の成分が含まれていて、
それが、ほかの食べ物と出会った時に、
旨味や甘味になるそうだ。

そのまま食べても生臭い刺身が、

ちょっと醤油をつけるだけで、

ぐっとうまいものになる。

 

だから
魚臭いそば屋の出汁にあわせても、
おいしい汁に変えてくれる。

なにしろ、そば屋の出汁ときたら、
長い時間かけて、
これでもかと言うぐらい煮詰めてしまうのだから、
旨味だけではなく、さまざまな味が溶け込んでいる。
そういうものを、全て包んでしまうような、
醤油の力はすごい。

というか、
そういう力を持った醤油を使わなくてはならないのだ。

江戸の街に、
濃口醤油が出回るようになったのは、
今から300年ぐらい前のこと。
それまでは、関西からの溜まり醤油が使われていたのだが、
とても高価だった。
手ごろな値段の濃口醤油が広まったおかげで、
そばを食べる習慣も広まっていった、、、のかなあ。
その以前は、味噌垂れで食べられていたそうだ。

麹菌、乳酸菌、酵母菌などを、
巧みのあやつって作られる醤油。
この世界も、足を踏み入れてみれば、
きっときっと、深く果てがないに違いない。

たかが、醤油。
されど、侮れないのだ。

そして、
たかが、そばつゆ。
されど、、、、、、、
、、、もっと、努力しなくては。


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2009年7月 2日 (木)

冷や奴専用醤油と肉じゃが専用醤油。そば汁には?

先日、店に来られたお客さま。
お通しに出した豆にかけた醤油のにおいを、
クンクンと嗅いでおられる。

これは、今どき珍しい醤油だ。
、、、とのこと。

なんと、その方は、
大学の醸造科を出て、
ある大手の醤油メーカーで、
数年間、醤油を作っておられたそうだ。

だから、醤油に関しては、
うるさい、、、
ではない、詳しいのだ。

今は、どんどん新しい醸造法が工夫され、
このような、麹のにおいがするような醤油は珍しいという。
そう、私だって、
今使っている、この醤油にたどり着くまでに、
ずいぶんと、紆余屈曲があったのだ。

現在、醤油の世界は、
上位数社によって、全国の消費量の半分以上のシェアをほこる、
寡占状態が続いている。
ところが、
同じ醤油でも、各メーカーによって、
それぞれに特徴があるのだそうだ。

その方の話では、
あるメーカーの醤油は、
生がおいしい。
つまり、刺身とか、冷や奴とか、
そのまま、使う料理に向いている。

一方、別のメーカーの醤油は、
火を加えたときのなじみがいい。
肉じゃがやすき焼きに向いているという。

なるほど、
そば屋でよく使われているのは、
後者のメーカー。
やっぱり、違いがあるのだね。

これは、酵母の性質によるもので、
なかなか、簡単には、造り変えられないのだそうだ。

料理によって醤油を選ぶ。
そんな、きめやかな選択も大切なのだ。

某有名そば一門は、
信州にある老舗の醤油を使っていることで、
知られている。
私の使っているのは、
こちら。

Salsa_de_soja

このラベルのデザインの素朴さ。
でも、木の樽で、天然酵母を使って作っている、
小さいけれど、骨太の醸造所。

たかが、そば汁。
ならばこそ、少しでもいい素材を探さなくては。

ということで、この醤油との出会いは、
ホームページに載せてあるので、ご参考に。

天然醸造醤油との出会い

こうして、いいお客さまと出会えるのも、
そば屋の醍醐味なのかも。


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2009年6月27日 (土)

セイジョウキよ、永遠に!

アメリカが狙われた、あの同時テロ。
ワールドトレードセンタービルの崩壊や、
ペンタゴンが被害を被った。

以後、アメリカは、
一気にナショナリズムが高まり、
至る所に、アメリカ国旗が掲げられるようになった。
アメリカ国旗、つまり星条旗は売り切れとなり、
日本にある国旗メーカーが、
大忙しになったという。

さて、
その頃私は、長野市の郊外で、
小さな「純米酒と手打ちそばの店」をやっていた。
まだ、今の場所に移り、
「かんだた」を立ち上げる前のことだ。

ある日、常連のお客さまがいう。
「マスター、セイジョウキを買ってくれよ。
 会社からの割り当てで、売らないといけないんだ。」

「ええっ、星条旗?
 うちの店には合わないよ。」
と、私は答える。

「そんなことはないよ。
 この店に、ちょうど合うぐらいのセイジョウキがあるんだ。」
さすが、営業をしているお客さま、
ちょっとのことではへこたれない。

「って、どのくらいの大きさなの?」
「そうだな、高さが50センチぐらい。
 幅は、せいぜい30センチぐらいかなあ。」

「ああ、小さなものだねえ。
 そのくらいならいいかもしれない。
 で、いくらぐらいするの?
 えっ、そんなにするの!
 たかが小さな星条旗に?」

お客さまは悪びれずにいう。
「そう、マイナスイオンが出て、
 殺菌作用があるしね。」

ええっ、国旗が殺菌作用を持っているって???

などというやり取りの末に、
結局買ってしまった空気清浄器。

Seijouki

前の店でも、
「この店に合わない機械だなあ。」
と言われ、
今でも、
「このストーブ、全然暖かくないよ。」
と、吹き出し口に手をかざすお客さま。

はたして、この清浄機、
役に立っているのかどうか、
分かったものではない。
でも、「五年で換えること」というフィルターを、
やっと、交換した。

店の匂いというものは、
意外と、中にいるものには分からない。
この店を始めた頃には、
土蔵独特の、ジメッとした匂いが気になったが、
今では、慣れてしまって、
感じなくなっているだけかもしれない。

せっかくのそば屋。
ほかの匂いで、
皆様のお食べになる邪魔をしたくない。
できれば、こういう機械を使いたくないけれど、
窓の無い蔵の中、
きちんと働いていることを願っている。


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2009年6月25日 (木)

のびにくいそばもある。

Cebolla

いよいよ、タマネギの収穫。
このタマネギ、
スライスして、生で食べるのが一番おいしい。
スライスに、カッテージチーズをかけて、
削りたてのかつお節をまぶし、
天然醸造しょうゆを、さっとかけて頂く。

シンプルで、豪快なこのメニュー。
しばらく黒板のお騒がせ。

さて、世の中には、大金持ちの人もいれば、
私のような、貧乏を絵に書いたような暮らしをしている人もいる。

背の高くて、脚が長くて、
女性たちにあこがれの目を持たせる男もいれば、
背が低くて、胴が長くて、
女性たちに何やら安心感を与える男もいる。

そばだって、私のそばのように、
すぐにのびてしまうものもあれば、
出前に持っていっても、
パラリとほぐれる、のびにくいそばもある。

いったいどこが違うのだろうか。
(強引な前ふりだなあ。)

よく、更級そばはのびにくいといわれる。

更級そばは、蕎麦の実の中心部分だけをとりだしたもので、
でんぷんが主成分。
そばがのびる原因となる、
水溶性のタンパクが少ないので、
のびにくいのだ。

だからこのそば、
昔は、大名屋敷への出前に使われたらしい。
何しろ、大名の屋敷は大きい。
出前に持っていっても、
いろいろな関門がある。
門をくぐってからも、
食べる場所までたどり着くまでに時間がかかる。
まして、お殿さまが食べるとすれば、
お毒味役や、様々な役人の吟味をへて、
やっと,ズルッということになるのだろう。

そういうところへ持って行くのに、
そばがのびてしまっては困る。
だから、更級そばが使われ、
「御前そば」とも呼ばれているんだねえ。

こういうことから、
そばが、短時間で届く町人には「薮」系のそば、
大名屋敷には「更級」系のそばという、
自然な住み分けが出来たらしい。

じゃあ、本当に更級はのびないのかというと、、、、、
やっぱり、、、、、
時間がたつと、
しゃきっとした食感はなくなってしまう。
普通のそばのように、くっついたりはしないのだが。
あくまでも、私のそばの場合だけれども、、。

田舎そばなどでは、
そばをうつ時に、「湯ごね」という方法が使われる。
そば粉を熱湯で捏ねて、糊状にして、
それで、そばをつなぐのだね。

この「湯ごね」されたそばも、
一般的にはのびにくいといわれている。

長野では「戸隠そば」が有名だ。
このそば独特の盛り方、
「ぼっちもり」自体が、
水の中からすくいあげるという、
手間のかかる盛り方。
のびやすいそばでは、
とてもできないのだ。

新潟では、海藻の布海苔をいれて、
つなぐそばがある。
これも、のびにくいそばだ。
「へぎそば」といって、
四角い板に、きれいに盛られてくる。

私のそばだったら、
盛っている間にのびてしまうだろう。

でも、そういうそばは、
それなりに、盛りの楽しさ、
食べやすさを楽しむことができるのだ。

また、小麦粉の割合を多くすれば、
のびを防ぐことができる。
大きなそば屋さんでは、
店内用と出前用と、
そば粉との割合を変えて打っているそうだ。

みなさん、工夫しているんだね。

でも、基本的には、
そばは、茹でたてを食べるに限る。
その短い賞味期間に味わっていただくために、
タイミング良くそばをお出しできるように努めよう。

えっ、のびたそばも、
捨てがたいって?
まあ、
お好きにどうぞ、、、。


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2009年6月22日 (月)

徹夜顔のそば〜〜そばはのびやすい。

さて、そばというのは、
のびやすい。

茹でてから時間が経つと、
しゃきっとした、食感が失われて、
ベタベタ、グズグズとなってしまう。

これは、そばのタンパク質が、
水分によって、流れ出すためといわれている。
そばのタンパク質はグロブリンと、
アルブミン?
なんだそれは。
動物の体内に多く含まれ、
水に溶けやすいタンパク質の総称のようだ。

このタンパクの流失は、
そばをゆでる時点から始まっている。

火力の弱い鍋で、
一度にたくさんのそばを茹でたりした場合、
そば全体が温まるまでに時間がかかる。
その間にも、どんどん、タンパクは流れ出していく。

太いそばなどの場合もそうで、
中まで火が通る間に、
麺の表面がのびた状態になってしまうこともある。

だから、そばも、火力に応じた量でゆでることが大切なんだね。

洗っている間にも、そばはのびるようだ。

茹でたそばを、できるだけ短時間で冷やして、
洗って、水を切る。
ちょろちょろと出る蛇口の水では間に合わないので、
たくさんの水を汲み置きしておいて、
一気にそばを冷やすのだ。

そうしないと、その間にも、
タンパクは流れ出し、そばはのびていく。

しゃきっと、角のたったそばを
お客さまに召し上がっていただくためには、
そういう注意も必要。

ほら、のんびりやっていると、
まるで、寝不足のような顔になってしまう。
徹夜マージャンをやって、
おまけに最後の半チャンで、
大三元を振り込んでしまった、、、、、
あちゃちゃ、、、
なんて、顔を、
お客さまにお見せするわけにはいかない。

えっ、あくまでも、そばの話。
私のことではない(汗;)。

そういう性質を持っているそばだから、
大切に扱い、
早めに、おいしく召し上がっていただかなくては。

でも、
時間が経ってものびにくいそばもあるらしい。
、、、という話は、また今度。


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2009年6月18日 (木)

そばの賞味期限は300秒

そばというのは、
のびやすい。

だから、
そばをお出ししてから、
写真撮影だ、
あっ、電話がかかってきた、
ちょっと、この酒を飲んでから、、、
などと、
すぐに箸をお付けにならない方がいると、
やきもきすることもある。

そばは、やっぱり、
茹でたてがおいしい。
厳密にいえば、
茹でて、洗って、
溜めざるで水を切り、
せいろに盛って、
すーーーっと、
表面が乾いてきたぐらいのタイミングで食べるのが、
一番おいしいのではないかなあ。

あくまでも、私のそばの場合だけれど。

そばが、水に濡れて、
テカッとしているときの方が、
おいしそうに見えるけれど、
口に入れたときに香りが出ない。
少なくとも、表面が乾いてから、
食べた方が、
そばを楽しめそうだ。

しかし、
水が切れるまで待っているといっても、
あまり長く待たれると、
今度は、せっかくのそばの膨らみ感、
食感の張りがなくなってしまう。

つまり、そばの、
「おいしい賞味期限」はかなり短い。

その、三百秒ぐらいの賞味期限にあわせて、
そばをお出しし、味わっていたできたいと、
おもっているのだが、、、、、

、、お客さまには、
お客さまのご都合もあるようで、、。

さて、
その賞味期限を過ぎたそばは、
いわゆる、「のびたそば」になってしまう。

次第に弾力と、張りがなくなってしまうのだ。
そうして、もっと置いておくと、
そばが粘り気を持ち、
やがて、くっついてしまうようになる。

昔の出前のそばや、
宴会で出されたそばが、
箸でつまむと、全部一緒に持ち上がってしまうという、
そんな、経験をお持ちの方もいらっしゃることだろう。

なんで、そばは「のびる」のだろう。
そんなことを気にせずに食べたい〜。
いや、のびやすいからこそ、その一瞬を味わえるのだ。
といろいろな説がある。

でも、
現実問題として、
私の打つ、細打ちのそばはのびやすい。

そんな、
「のびる」「のびない」話、
しばらく続きそう。

久しぶりに発行したメールマガジン。
こちらでも、「ノビる」話。
ぜひ、お立ち寄りを。

かんだたかんだ そばかんだ そば屋の楽しみ方 47号
●「ノビる」そばと「ノビない」体力●




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2009年6月11日 (木)

そばを、盛ることぐらいはできる?

御開帳の混雑が終わり、
やっと一服できる時間が持てた。

ということで、よそのそば屋に。
いいなあ〜、
人が作ってくれたそばを食べられるのは。
うれしくって、
つい、ずずっと、一気にたぐってしまう。

麺はわたし好みの細め。
汁もおいしい。
だから、いつもの様に、
一気に食べてしまおうとしたら、、、

あれれ、
どうもそばがきれいに出てこないなあ。
箸でつまみ上げても、
ぐぐっと引っ張られたり、
麺の山が崩れたり。
おまけに、水切れがよくないようだ。

ははあ、これは「ワシづかみ盛り」をしたなあ。

そのお店は、
丸い平皿にすだれを敷いて、
こんもりとそばを盛ってある。
今流行の、盛り方。

このように山に盛るときも、
コチョボにそばをつまんで、
少しづつ、盛り上げていくようにすると、
食べる時に食べやすい。
そばが絡まないし、
水も切れる。

だけど、今日はどういうわけか、
そばが絡んでいる。
水も、すだれの上に、
じっと、湧き出ている。

これは、きっと、置きざるから、
そばを、ひと掴みにして盛ったのだろう。

だから、そばが絡んで、
すすっと、気持ち良く、手繰れないのだ。

そういう盛り方を、
私は勝手に「ワシづかみ盛り」と呼んでいる。

新し目のそば屋さんで、
雑誌などに紹介されて混雑している店に行くと、
よく、そういう盛り方をされて、閉口する。
まあ、忙しいから仕方がないのだろう。
その点を、古くからの町のそば屋さんは、
どんなに忙しくても、きちんとこなしている。

そんなところで感心したりするのだ。

その店も、忙しいから、
しかたがないのかなあ、、、、
と思って、周りを見渡すと、、、、

私たちしかいなかった。

さて、御開帳のために、
スタッフを募集したときのこと。
かなり、ご年配と思われる男の方から、
電話での応募があった。

お客さまのお相手と、
料理を運ぶことが仕事です、
と言うと、その方は答える。

「お客さまの相手をすることはできないが、
 そばを、盛ることぐらいはできる。」

実直そうな方だったが、
狭いオープンキッチン。
その方の居場所はないようだ。

丁重にお断りしたのだが、
「そばを、盛ることぐらいはできる。」
という言葉が、気になった。

そう、そばを盛るのなんて、
誰でもできそうなことだ。

でもね、
でもねえ、
だけれどねえ、

たかが、そばを盛るぐらいのことでも、
お客さまに伝えられる気持ちがあるんだ。
そういうところも、
大切にしなければいけないんだね。

ということで、
他山の石。
一つ勉強になったなあ。



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2009年6月 4日 (木)

見知らぬ町で。

「手打ちそば屋 かんだた」は路地裏の目立たないところにある。
だから、店に入ったとたん、
「やっと、たどり着けた。」
と言って、ほっとされる方もいらっしゃる。
店を探して、ずいぶんうろうろされたそうだ。

電話での場所の問い合わせも多い。

「はい、かんだたです。」
「そちらの場所を教えてほしいのだが。」

「はい、中央通りから権堂アーケードに入って、
 最初の角を右に曲がると、店のちょうちんがありますので、
 その路地を入った突き当たりです。」
「その、権堂というのは、どのへんにあるのかね。」

「長野駅と善光寺の間です。
 今、どちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、今、銀行の前にいるよ。」

「何と言う銀行でしょうか。」
「ええと、何と読むのかなあ。
 そうだ、やそに銀行だ。」

「えっ!やそに銀行?
 あっ、八十二(はちじゅうに)銀行ですね。
 どちらの支店の前でしょうか。」
「ああ、おおかど支店と書いてある。」

「えっ、おおかど、、、、、
 ああ、大門(だいもん)支店ですね。」
「へえ、そう読むのか。」

「そちらからですと、善光寺を背にして、
 長野駅方面に五分と少しぐらい歩いていただくと、
 権堂の入り口があります。」
「ええと、長野駅方面ねえ。
 今、救急車が走っていった方向かなあ?」

「ーーーーーー?」

4月5日から5月31日まで行われた、
善光寺ご開帳。
その57日間に、673万人もの人が、
参拝に訪れたのだそうだ。
善光寺周辺は、連日の混雑。
そうして、私の店のような路地裏まで、
その一万分のいくつかの方々が、
わざわざ足を寄せていただいたのだ。

遠方から来られて、
右も左も分からぬ、見知らぬ町。
町の様子や、店の名前をご存じないのは当たり前。
その中で、苦労してきていただいた方々。

とにかく、この混雑の中で、
私の店に、足を向けていただいた方々に、
深く感謝。

そうして、
「どこかにおいしいそば屋はない?」
という質問に答えていただいた、
地元の多くの人たちに、
もっと、もっと、感謝。

御開帳が終わって、
ぐっと、いや、ぐぐっと静かになった、
善光寺門前。

でも、私に店は、
多くの人に支えられているんだなあ、、
という、うれしい実感が余韻として残っている。


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2009年5月26日 (火)

手打ちの限界

「すみません。そばが無くなってしまいました。」

せっかく、お店に来ていただいたのに、
そういって、お断りしなければならない。
お客さまの、がっかりとした顔。
やっと探して、たどり着いたのに、
そばが食べられないという落胆。

本当に申し訳ございません。

手打ちというのは、
実に効率の悪い生産方式なのかもしれない。

せっかく、来られた方々に、
私のそばを食べていただきたい。
そう思って、たくさん打とうと思っても、
数が限られてしまうのだ。

そば打ちも、
料理も手作りの店。
でも、作るのは私一人。
だから、どうしても限界がある。

ほとんど眠らず、
そば打ちをしながら、
こくりこくりとしたりする。
たまに4時間も寝られると、
ああ、よく寝たなあという感じ。

それでも、たくさんの方々を、
お断りしなければならない恥ずかしさ。

毎日10キロ前後のそばを打ちながら、
今さらのように感じる私の未熟さ。
どんなに忙しくても、
たとえ疲れていても、欠伸をしながらでも、
きちんとした麺線だけは保たなくては。

さて、善光寺の御開帳は間もなく終了。

その後の静けさのことを思うと、
背筋がぞくっとする。

だから、今、お越しになるお客様を、
大切にしなければ。
ということで、もう一踏ん張り。

、、、でも、
意外と丈夫な私の体。
毎日そばを食べているせいだろうか。
こんなに働いたことは、
今までなかったなあ〜〜〜。

重ねて、
売り切れでお断りしたお客さま。
本当に申し訳ございません。


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2009年4月10日 (金)

「お信濃湯」と「お雛湯」

今日は長野はかなり暖かかったらしい。
蔵の中にいるので、よく分からなかったが、
暑い暑いと言って入って来られる方もいた。
これで、桜が、一気に咲いてしまうことだろう。

さて、そば湯の話。

東京の老舗のそば屋では、
そば湯のことを「おしなゆ」と呼ぶそうだ。

漢字で書くと「お信濃湯」。

これは、江戸時代に、
信濃の習慣が伝わったからといわれている。

そばを食べた後、
腹に持たれないように、
汁物を飲む習慣が、
そばが広まった江戸時代の初め頃からあったようだ。

「蕎麦全書」なる江戸時代中頃の本にも、
そばの後の汁は、豆腐のみそ汁が良い、、、
等と書かれている。

それが、信州から、
茹でたそばの湯を飲む習慣が伝わった次第。
なるほど、これならば、
そばの成分を生かせるし、
残った塩っぱいそば汁も無駄にならない。
そうして、そばを食べた後の腹ごなしになる。

そのようなことで広まった習慣なのだろうか。

でも、この「おしなゆ」には、
別の説もある。

漢字で書くと「お雛湯」。

えっ、それじゃ「おひなゆ」じゃないかと、
多くの方が思われるのが当たり前。

ところが、江戸っ子という奴は、
「ひ」が発音できなくて「し」になってしまうのだ。
だから「お雛湯」と書いて「おしなゆ」。

「お雛」とは、新入りの職人のこと。
「まごつき」とも呼ばれるように、
調理場の中を行ったり来たりしている。

さて、この「お雛」は、
先輩たちがお茶で一服しているときも、
お茶を飲ませてもらえない。
だから、釜のそば湯をすくって飲んでいたのだ。

そうして、修行の身の辛さを、
この「お雛湯」で、身をもって感じていたのだ。

私なんざあ、偉そうなことを言っているけれど、
そばの世界では、ほんのヒヨッコ。
せいぜい「お雛湯」を飲みながら、
ブログを書くことにしよう。

えっ!
そば湯を注ぐ前に、何か入れただろうって!

そんなあ。
わはははは。


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2009年4月 5日 (日)

そば湯には、そばの成分が溶け込んでいる?

さて、そばには、良質なタンパク質が含まれている。
でも、そのそばを茹でると、
ゆで汁の中に、そのタンパク質が溶け出していくようだ。

どのくらい溶け込むのかというと、、、、

ビタミン類を含めて、
かなりたくさん溶けるという人もいるし、
いいや、せいぜい打ち粉が溶け込んだ程度で、
そばそのものの成分は、あまり溶けていないという人もいる。

いろいろな説があって、
まあ、よく分からない。
でもほんの二三人分を茹でただけで、
上澄み汁はとろっとしてくるから、
それなりの成分が含まれているのだろうなあ。

そば屋では、その、とろんとした上澄みを、
湯桶に入れてお出しする。

下の方には打ち粉の解けきらないカスが沈むので、
たいていの湯桶は、そのカスを入れないために、
桶の途中から口が出ている。
そこが、お茶をを入れる急須とは違うところ。

ところが、わざわざ、湯桶をかき回して、
沈んだカスまで、一緒に飲まれる方もいらっしゃる。
口の中が、いがらっぽくなるのになあと、
心配するが、好きずきなのだろう。

私は、小さい頃に、
何人かの人にたしなめられたことがあるので、
湯桶をかき回すのには、いまだに抵抗がある。

まあ、そばの食べ方も、
あまりうんぬん言われなくなった今の時代。
そば湯だって好きに飲んでいただいた方がいいのだろう。

なんて話を、前にも書いたなあ。

そば湯を掻き混ぜて飲むのは、、。


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2009年3月23日 (月)

そば粉でお雛様。

ここ長野では、節句などの行事は、
月遅れで行われることが多い。
だから、お雛様は四月まで、
鯉のぼりは六月まで飾られたりする。

Ohina

先日もお客さまから、
子供の節句のお祝いをしたいとの昼のご予約。
そこで、つい、お雛様もどきを、
そばで作ってしまった。

更級粉をゆるいソバガキにして固めたもの。
料理の世界では「凍子」(とうし)というらしい。
それを形作ってみた。

薄めの昆布だしと、
少しの塩味。
赤い色は、トマトペーストを使ってあっさりと。

なるほど、こんな使い方もできる更級粉。
普通のそば粉とは、全く感触が違う。
冷めても固くならないので食べやすい。

飲んべえさんには、
酒盗やウニを練りこんでも楽しいかも。



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2009年3月14日 (土)

そばのPRソングがあった。

今の季節、スーパーの野菜売り場に近付くと、
必ず聞こえてくるあのメロディ。

noteキノコの〜〜〜〜のこ〜〜〜

なるほど、このリズムに乗せて、
キノコを買わせようというわけだ。

少し前には、魚売り場に近付くと、
こんな曲が流れていた。

noteさかなさかなさかな〜〜〜〜〜〜〜

この勢いで、少しでも魚を手に取ってもらおうという寸法だ。

こういう音楽を流すことで、
売り上げは、微妙に変わるらしい。

そこで、そば業界も考えた。
「蕎麦音頭」なるものを発表して、
みんなにもっと、そばに親しんでもらおう。

そうして、作られた「蕎麦音頭」が、
踊りとともに披露された。

今から約八十年前、昭和11年のことだそうだ。

その歌詞の一部

note〜そばの好きこそ長命の
 證し立つなり栄養素
 高く豊かに消化よく
 アレ 風味たっぷり 忘らりょか
    (新島繁「蕎麦の事典」より)

いったい、どんな歌だったのだろうか。
はたして、PR効果はあったのだろうか。

等と調べていたら、
戦後になっても作られていた。
その名も「御蕎麦音頭」。

note〜ハァー
 昔も今も 誰もかも
 みんな知ってる 味のよさ
 そばがあるから 天国だい
 生きているって すばらしい
 ソレおそばつるつる
   おそばつるつるもういっぱい
     (同上)

これは、約30年前、
昭和51年に発表された、
日本麺類組合連合会の作った歌なのだそうだ。
私は、全く耳にしたことがないなあ。

どんな歌なのだろうか。
そば屋に近付くと、
この歌が聞こえてくるというのも面白い、、、

、、、、、、
、、だろうか?


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2009年2月10日 (火)

類は類を呼ぶ?

日々の営業の中で、
面白いことが、いくつかある。

その中でも面白いのは、日によって、
来店されるお客さまの層が、
極端に違う日があるのだ。

例えば、今日の昼は、
近所のサラリーマンの方ばかり。
ほとんどの方がご常連で、
皆さん「せいろ」を大盛りで召し上がる。
いつもありがとうございます。
もちろん、昼からお酒を召し上がる方はいない。

ところが、同じ平日でも、昨日は、
サラリーマンの方は、ほとんどお見えにならず、
昼から、お酒を飲もうという方ばかり。

おつまみとして人気の「ごぼうの唐揚げ」は、
あっという間に売り切れ。
焼酎のボトルも、おっと、なくなってしまった。
よりによって、たまに来られるお客さまも、
「お銚子を!」などと言われたりする。

もちろん、昼のそば屋酒。
みなさん、節操のある方ばかり。

昨日の、そば屋酒の店から、
今日の、サラリーマンの店。

このギャップは大きいなあ。

どういうわけか、
「子供連れの日」
「5人グループの日」
「中年女性の日」
「ほとんどカップルの日」
「カウンター席の日」
「リュックサックの日」
などなど、そういうお客さまが、
集中するときがある。

こういうのは、
店としての姿勢が固まっていないと、
反省すべきなのか。
はたまた、
様々な人に来ていただいていると、
喜ぶべきなのか。

でも、
本当に、
似たような人たちが集まる日があるんだよ。
不思議だなあ。



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2009年1月30日 (金)

ストレートがお勧めのそば焼酎

さて、最近は、
日本酒より、焼酎を飲まれる方が多いようだ。

店でも、よく、言われる。
「そば屋だから、そば焼酎で、そば湯割りでしょ。」

確かに、あまり味のない焼酎を、そば湯で割ると、
そば湯のうまみで飲めてしまうことがある。
でも、
そば屋だから、
そば焼酎で、
そば湯割り?

ちょっと、安易すぎる発想ではないかなあ。

それに、そば焼酎というのは、
それ自体にあまり味がなく、
面白みに欠けるところがある。
地元長野でも、いくつか作られていて、
ずいぶんと、味見をしたが、
さっぱりとした感じはするが、
物足りなさが残っていた。

そう思っていたら、
酒屋さんが、グラスを差し出し、これを飲んで見ろという。
なんだか分からず味見をしたら、
なかなか、いける。
しっとりとした、落ち着いた感じがいい。
でも、これって、麦焼酎じゃないの?
と言ったら、
酒屋がニヤッと笑う。

「鹿児島のそば焼酎だよ。」

Sobaoshou ということで、
取り寄せたこのそば焼酎。
さつま無双の「そば和尚」。

この焼酎は、8年寝かして、
ブレンドしたものだという。
お勧めはストレート。
しっかりとした、焼酎の味を楽しめる。

そば湯で割ってみても、
アルコール臭さがなく、
すっと飲める。
焼酎をあおるのではなく、
じっくりと楽しみたい方にお勧め。

ご常連さんに試していただいたが、
なかなか好評。
取り扱っている酒屋まで、
買いにいった方もおられるとか。

ということで、
またまた、増えてしまった、
メニューに載らない裏メニュー。

やっぱり、
「そば屋で、そば焼酎で、そば湯割り」
の流れになってしまうのだろうか。


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2009年1月27日 (火)

ノロウイルスで給食が中止された。

長野市の学校給食センターで、
職員がノロウイルスに感染し、
給食がしばらく止められたそうだ。

学校に行っているお子さんのいるお母さんの話では、
中止になる前の日の夜に電話があって、
いきなり、おかずを持ってくるようにと言われたらしい。
そりゃあ、大変だったのだろうなあ、
お弁当を作るお母さんとしては。

ノロウイルスは、厄介なものだ。
食べ物から移れば食中毒になるし、
その他の経路で発病すると、感染症になる。
ウイルス自体は、食品とか、他のものでは増殖せず、
人間の体の中でのみ、増えていくのだ。

給食センターのような、
衛生管理の厳しいところでも、
集団感染を起こしたりするのだね。
いくら清潔を保っていても、
それだけでは、防ぎきれないのが、
この、ウイルスの難しいところだ。

この給食センターの、69人の職員のうち、
25人が感染していたというのだから、
かなりの率だ。
マスコミなどは、かなり厳しいことをいっているが、
子供に感染する前に防げただけでも、
この施設の管理姿勢が、しっかりしていたといえると思う。

このノロウイルス、
感染すると、嘔吐、腹痛、発熱などが見られる。
ほら、ちょっと前までは、風邪の一種かなあ、などといわれてきた。
元気な人であれば、何もせずとも、
回復するのだそうだ。
でも、元気でない人には、、、
ちょっと、問題になることもある。

県の担当機関の話では、
「誰でも、どこでも、感染しうる」
ウイルスなのだ。

だから、この時期は、
いや、この時期に関わらず、
手洗いを徹底しなければ。
保健所で教わった手の洗い方、
流水で、30秒以上かけて洗い流すこと。
ノロウイルスは、アルコールスプレーは効かないのだ。

でも、長野市の水道の温度、
4度しかないのだよ。
水しか出ないトイレで、
30秒も手を洗っていたら、
手の感覚がなくなってしまう。

それでも大丈夫なように、
手を鍛えるか、
感染しても負けないように、
腹を鍛えるか。

ははは、しっかりとお湯で手を洗おう。
いずれにしても、
体調のチェックをしっかりと。
と、
真面目なそば屋の話。



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2009年1月18日 (日)

そば釜のお湯が止まらない。

先週の定休日は、
朝から、厨房屋さんに来てもらって、
そば釜の修理。

暮れから、給水栓が閉まらなくなって、
お湯が垂れ流し状態になってしまったのだ。
忙しい正月は、
なんとか、だましだまし使ったが、
釜が冷えてしまって、
湯が沸くのに時間がかかって難渋した。

メーカーに聞いてみたら、
釜本体を引っ張り出して、
ある部品を取り替えるとのこと。
そのためには、
横の水槽を移動しなければならない。
そうすると、配管も全部取り外さなければならない。

ということで、大工事になってしまうので、
定休日にやってもらうことになった。

そば屋にとって、
そば釜は、とても大切な存在。
これがなければ商売ができないのだ。

厨房屋さんは、三人がかりで、
重いそば釜を引っ張り出し、
テキパキと修理をしてくれた。

そうして、復活したそば釜。

Kama 私の使っているのは、
コンパクトタイプの釜。
厨房の広さの関係で、
このタイプを選ばざるを得なかった。

しかし、使い勝手はいい。
銅壷はないが、
「かんだた」では、
基本的に「かけ」を作らないので、
不自由はない。
ちゃんと、内部にシムタンクがあって、
いつでも熱い湯を供給できる。
今回は、その給湯部分の部品が壊れたのだ。

送風式の、かなり強力なバーナーがついているが、
本体も、排気もそれほど熱くならない。
昔の、近付いただけで汗が出てくるような釜に比べて、
だいぶ効率がよくなっているのだろうな。

とういえば、
「月夜に釜を抜く」
なんて、ことわざがあったっけ。
物事に安心してはいけないのだ。
機械は壊れることがあるのだから。



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2009年1月15日 (木)

お正月が終わってしまった。

今日は15日、
昔でいえば小正月。
善光寺では、正月飾りを燃やす、
「お焚き上げ」が行われたようだ。

ここ権堂地区では、
11日に「どんど焼き」が行われて、
地区の子供たちが、お飾りを集めて回った。
私の作った門松も、
壊して燃やしてもらった。
せっかく苦労して作ったのだから、
半年位は飾っておきたかったが。

成人の日の連休も終わり、
人出はぐっと少なくなる。
暮れから正月にかけて、
毎回2キロ単位の玉を打っていたのだが、
いつもの1,5キロに戻す。
そうすると、なんと、
軽く、小さく感じることか。

捏ねるにしても、
のすにしても、
切るにしても、
何か、物足りない気がする。
でも、その分、テキパキと、
そして、正確なそばうちができる。
、、んな、気がする。
(なんとも頼りないが)

玉の大きさは、
打ち場の大きさや、
その人の考え方によって違うだろう。
ただ効率よく、大玉を打てばいい、というものでもないかもしれない。
量に関わらず、
きちっとした麺線を作れることが、
まず、大切な技術だろう。

忙しい時には、
腰の抜けたようなそばを出して、
ただ、数をこなすようなことはしたくない。
そばの量に関わらず、
いつもの「かんだたのそば」を、
きっちりとお出ししたいものだ。

ということで、
あああ〜、正月が終わってしまった。
休みなく働いた私の正月は、どこにある〜〜〜。

で、
来週の20日(火)は休ませていただきます。
翌21日は水曜日で定休日。
ということは、連休になるかもしれません。(たぶん)
よろしくお願い致します。


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2009年1月 6日 (火)

店の中にもインフルエンザ。

いよいよ、正月休みも終わって、
普段の生活に戻られた方が、
多いことだろう。

あるお客さまは、
正月休みに入ったとたん、
風邪で寝込んでしまったそうだ。
せっかくの休みなのに、もったいない。

町では、風邪や、インフルエンザが流行っているらしい。
マスクをして、ご来店なさる方が多い。
近々発生する恐れのあるという、
新型インフルエンザにも、備えなくては。

さて、
店の中にも、
時々、
インフルエンザが発生するときがある。

他の方の食べるのを見て、
やっぱり同じものを欲しがるのだろうか。
いや、
一階と二階で、料理が見えないのに、
発生することがあるし、
お客さまが入れ替わっても続くことがあるので、
なんとも言えない。

日によって、
ある特定のメニューだけが売れる日があるのだ。

例えば「鬼おろし」というメニュー。
夏にはよく出るのだが、
冬にはあまり出ない。
それが、どういうわけだか、
続いて何品も注文が、出ることがある。

どうも、その日は、
「鬼おろし」ウイルスがその辺に漂っていて、
やってきたお客さまに感染しているようだ。
だから、私は、
「鬼おろし」のインフルエンザが流行った、
と呼んでいる。

本物のインフルエンザは、
体力の弱った人などに感染しやすい。

そば屋のインフルエンザも、
弱いところに感染するのだ。
「おろし」が少ないけれど、
まあ、なんとか間に合うだろう。
ちょっと、刻んだ青ネギが足りないけれど、
きっと、大丈夫だろう。

そんなふうに思っている時に限って、
「おろし」や「青ネギ」を使うメニューが、
インフルエンザに感染するのだ。
おいおい、勘弁してくれよ。

正月のある日には、
「鴨ネギそば」のインフルエンザが猛威をふるい、
次の日には「油地獄」が餌食になった。

店には「売り切れ」という、絶対的な特効薬もあるのだが、
何分にも、副作用が大きい。

こういうインフルエンザに負けない、
しっかりとした、体力づくりをしなければ。

町に流行っている、
インフルエンザを防ぐには、
マメなうがいと、手洗い。
そば屋のインフルエンザを防ぐには、
マメな仕込みが必要なのだ。

みなさん、気をつけましょう。


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2008年12月29日 (月)

死ぬまで長生き「柚子切り」そば。

冬至の日に、柚子(ゆず)湯に入ると、
その冬は、風邪を引かないと云われている。

同じように、
年末に「柚子切り」そばを食べると、
死ぬまで長生きできると云われている、、、

、、といいのだけれど。

ということで、昨日は、
今年の最後の日曜日ということで、
「柚子切り」そばの日。
皆様、お忙しい中、
わざわざお寄り頂き、ありがとうございました。

思いのほか人気で、
あれよ、あれよという間に、
売り切れとなってしまった。
すみません。
写真を撮ることもできなかった。

柚子の皮の、ほんの表面だけを、
目の細かいおろし金で、
なめるようにおろして、
更級に打ち込む。

ほのかな香りを楽しむ、
大人の味。

変わりそばの中でも、
これほど、そばに合う組み合わせはないのではないだろうか。
、、と自画自賛。

いよいよ、年の暮れ。
営業は、明日、30日まで。
31日は、ご予約頂いた持ち帰り用の「年越しそば」の
お引き渡し。
そうして、元日からの営業。
1日から4日までは、
メニューをしぼった正月メニューにて、
昼のみの営業です。

私にとっては、怒濤の様な、
年末年始。
皆さん、良いお年を。

あっ、恒例の門松も作らなくては、、、、!


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2008年12月27日 (土)

温くても、冷たくてもいけないそばの温度。

ぶるるるる、、、。
寒くなってきた。
お客さまが入り口の戸を開ける毎に、
冷たい冷気が、調理場まで入り込んでくる。

今朝の長野の最低気温はマイナス五℃。
今まで暖かかったので、
すごく寒く感じる。

温度の変化を感じるのは、
気温ばかりではない。
蛇口から流れ出る、
水道の水の温度も、急に冷たくなった。

測ったみたら、6℃。
これが真冬には、3℃ぐらいになるんだよね。

この水の中に、
手を突っ込んで、
ゆでたそばを洗うのだ。
そばだって、たまったものではないだろう。

この温度で冷えたそばを、36℃の口の中に入れるには、
ちょっと、冷たすぎる。
味も香りも、よくわからなくなってしまう。

そこで、仕上げ桶の水の温度を、
15℃より少し高いぐらいにしておく。
これで、だいぶ、食べやすくなるのではないかなあ。

夏は、冷やしたほうがいい。
冬は、暖めなくてはいけない。

水道の温度が一定ならば、
そんな苦労をしなくて済むのだが。

なんで、こんなに冷たいんだよ!
っと、水道の水源があるといわれる山を見上げれば、
一面,真っ白な雪に覆われていた。

いよいよ、冬に入ったなあ、
ああ、年の暮れだなあ、、、
と、寒さも、冷たさも、季節の感慨のもと。
でも、そばの温度は、
冷たくさせないぞ!


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2008年12月22日 (月)

準備に追われる「年越しそば」

長野の年配の人に聞くと、
この地方では、昔は、
年越しそばの習慣はなかったそうだ。

年越しというと、
松本地方ではブリ、
長野地方ではサケを焼いて、
食べるのが一般的だったという。

中には、サケとブリの、
両方を用意する家もあったとか。
つまり、「歳取り魚」はあっても、
「年越しそば」というものは、
あまり、行われなかったらしい。

でも、今では、長野でも、
年越しそばを食べられる方が多くなってきた。
おかげで、「かんだた」にも、
年越しそばの注文が、例年どおり、
舞い込んできた
ありがたいことだ。

Paraenviar 今年は、特に、
送ってほしいという方が増えて、
その対応に追われている。

旅の途中に寄られて、
おいしいそばだから、
送ってほしいとか、
地元の方が、
知人に送りたいとか。
うれしいかぎり。

温度変化のない冷蔵便で送るのだが、
パッケージなど、毎回、
工夫が必要だ。

今年から、宅配の、
代引便の契約をした。
遠方の方には、銀行振込などの手間がなく、
引き取りの時に配達の人に、代金を払ってもらえばいいのだ。

今から、しっかりと準備をして、
いい年越しをして頂くために、
体調を整えなくては。

といいつつ、
つい、、、。




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2008年12月13日 (土)

ターザンの石 その2

休みの日、ばたばたと、
いろいろと忙しかったので、
どこかで食事をしようということになった。

そこで、以前から気になっていた、
あるレストランに行ってみることにした。
時間は8時を少し過ぎた頃。
ガイドブックには、夜は9時まで営業と書いてある。

こうこうとライトに照らされていて、
大きく「営業中」の看板。
やっと、食事にありつけるかなあ、
と思って、中に入ると、
あれれ、店の中には誰もいない。

厨房の奥に声をかけて、
慌てて出てきたユニフォームの女の子。
私たちの顔を見るなり、
「ラストオーダーは、8時半となっております。
 それでも、よろしいですか。」
と言い出す。

言葉は丁寧。
顔も作ったような笑顔。
でも、その言葉には、
(なんで、こんな時間に入ってくるのよぉ、
 私は、時間きっかりに終わりたいんだから。)
というオーラが、燦然と輝いている。

こっちは、腹ぺこで、わざわざ、
ここまで来たのだ。
すぐに食べて帰るからと云って、
奥のテーブルに行こうとしたら、
「ただいまの時間は、こちらでお願いしております。」
と、入り口のパーラー席を指す。

奥の、雰囲気の良さそうな、
木のテーブルが、たっぷりと空いているのに、
どうして、入り口の、
安っぽい、プラスチックのテーブルで食べなくちゃいけないんだ。

この、女の子、
どうしても、我々に今から食事をしてもらいたくないらしい。
気持ち良く、食べることができなさそうなので、
彼女の思惑通り、退散することにする。

振り返ってみると、
入り口には、しっかり営業中の看板。
「もう終わりだよ」と書いて、
電気を消した方が、
地球の為にも、
その明かりに誘惑される通行人の為にもなるのになあ。

今時、こんな店があるんだね。

と、ここで、怒ってばかりいてはいけない。
こういうときこそ、
ターザンの石、ならぬ他山の石の出番。

他の人の悪いことを見て、
自分を磨かなくては。

確かに、私も、
閉店間際に入って来られるお客様には、
困ったなあ、と思うこともある。
特に忙しかった日などは、
片づけや、次の日の仕込みを、
早くはじめたいことがある。

でも、そういう気持ちを持つと、
自ずから、態度や言葉に出るのだね。
お客さまは、そういう雰囲気を、
敏感に感じとってしまう。

店には、店の都合があり、
お客さまにはお客さまの都合がある。
私のような個人店は、
閉店時間などは、柔軟に対応するべきだろうなあ。
そうして、それができないのであれば、
率直にそれを伝えればいいのだ。

先日来られたお客様も、
かなり怒っていた。
8時までの営業時間だというので、
7時半に、あるそば屋に入ったら、
もう閉店ですと言われたそうだ。

「そばなんか、5分もあれば喰えるだろう、
 何が8時まで営業なのだ!!!」

ごもっとも、、、です。

「かんだた」の営業時間は8時まで。
でも、8時までに入って頂ければOKという意味で、
掲げさせていただいている。

自分が、お客の立場として、
こういう目に遭ってみると、
その気持ちが、よくわかるものだ。
こうして、他山の石で、
自分を磨くように努めなければ。

磨いても、すぐに曇ってしまうのが、
私の石だけれどね、、、、。


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2008年12月11日 (木)

ターザンの石 その1

中学の頃の社会科の先生は、
授業に入る前に、
そのときの時事の問題などを取り上げて、
いろいろと解説をするのが好きな方だった。

ある時も、
何の話だか忘れたが、(ん十年前だからね)
一通り、解説を述べた後で、
こんなことをいう。

「君たちも、これを、
 タザンの石として、
 勉強に励みなさい。」

中学生の私は、戸惑った。
ええっ、なんのこっちゃ、
ターザンの石って?

ジャングルに住むターザンが、
なにか石と関係があったっけ?
あの、雄叫びをあげる時に、
秘密の石でも握りしめていたっけ?

おかげで、その日の授業の内容は、
全く頭に入らなかった。
いつものことではあるけれど、、、、。

さて、町中に、
一軒の料理屋さんがある。
こじんまりとした店だけれど、
長野では珍しい、
ある料理の専門店なのだ。

それなりに、
しっかりとした、
おいしいものを出してくれる。
値段もそんなに高くない。

カウンターに旦那さん、
そうして、奥さんが、
給仕をしてくれる、
細かいところまで、掃除の行き届いた、
きれいな店だ。

料理はおいしい。
値段も高くない。
店内もきれいだ。

これならば、
お客さんがいつもいっぱい、
入っているだろうなあ、
と思うのだが、
通りがかりに覗いてみても、
どうやら、がらんとしている。

私も、おいしい料理は食べたいけれど、
なぜか、この店には、
入る気がしない。

行ったことがある、
他の人に聞いても、
「あの店はねえ、
 料理はおいしいけれど、
 もう一度行きたいと思わないよ。」
との返事。

だって、
カウンターの親爺さん、
しかめっ面で料理をしているんだもの。

お客の方をまともに見ず、
いつも、怒ったような顔をして、
自分の仕事をしている。
カウンターだけの店だから、
そんな親爺の顔を見ながら、
食事をしなければならないのだ。

それにもまして、
給仕する奥さんは、
もっと無愛想。
ぐずぐずと酒でも飲んでいようものなら、
早くご飯を食べろと、
何度も聞きにくる。

開店当初は、
カウンターに若い人が入っていて、
活気があったが、
今の時代、ご夫婦二人で営業している。

だから、
しかめっ面の親爺さんと、
無愛想な奥さんとの間に挟まれて、
お客は、そうそうに退散する羽目になる。

料理屋って、
ただ、おいしい料理を出せば、
それで、いいのではないのだ。

楽しく、
気持ち良く食べていただくのも、
料理をする人、
店を営業するする人の努め。
そういうことを、忘れると、
こういう入りにくい店にってしまうのだね。

人のこと見て、我が身を直せ。
私も気をつけなければ。

ということで思い出した、
中学の先生がおっしゃっていた、
ターザンの石、ならぬ、
他山の石。

他の人の、よくない行為から、
己を磨くということ。

やっと、やっと、
その意味が分かってきた私は、
もう50過ぎ。
ちょっと時間がかかり過ぎたなあ。


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2008年10月24日 (金)

「新そば」登場!

Sinsoba お待たせいたしました。
いよいよ、新そばに切り変わりです。

周りのそば屋さんが、
今月のはじめ頃から、
「新そば」のノボリを掲げているのを横目で眺めながら、
じっと、がまん。
粉屋さんに、質のいい玄そばが入るまで、
じっと、がまん。
送風乾燥された、
香りのないそばをお出ししないために、
じっと、がまん。
やっと、出荷できる乾燥状態になった玄そばが、
北海道から届いたそうで、
その日のうちに挽いて、届けてもらう。

いつもの紙袋に、
くっきりと「新そば」の判子が押されている。
封を開ければ、しっとりとした触感。
顕微鏡で覗いてみれば、ちゃんと粉にも、
「新そば」って書いてある。(まゆつば!)
おお、さっそく打ってみよう。

新そばを打つ時には、
いつもながら少し緊張する。
水加減が分からないからだ。

「新そばは水を吸う」という人もいるが、
私の場合は、逆に控えめになる。
多分、乾燥具合の差によるものだろう、
少なめの水で仕上がる。

こねたときの膨らみ感が違う、
のしが滑らかに動く、
切りの歯切れがいい。

そうして、茹でてみれば、
ふわっと膨らみ、やや、緑がかった艶を見せる。
私の粉は、甘皮までは挽き込まないので、
それほどの緑は出ないが、
それでも、茹であげた瞬間は、
薄い緑がかった色を見せる。
それが洗いをすませると、
その緑は消え、つるんつるんの照りを出す。

しばらくおいて、その照りが消えた頃が、
一番の食べ時。

ごくっ。

まあ、「新そば」の味は、
ご自身でお確かめ下さい。


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2008年10月21日 (火)

意外と好評「スペイン小町そば」

今年も行われている、
「長野・コナモン・フェスティバル」。

地元の放送局がスポンサーとなって、
長野市中心市街部の、「粉」を扱うお店の、
紹介を行っている。
なにしろ、「粉」といえば範囲が広い。
そば屋から、ラーメン屋、パン屋、ケーキ屋、
お菓子屋にパスタ屋、長野の名産おやき屋、
カフェから土産物屋まで、様々な店が、
きれいな本になって紹介されている。

こういうイベントには、
積極的に参加する「かんだた」。
(なにしろ参加料のかからないことがうれしい。)
どうせお祭りなのだから、
思いきって、特別メニューを提供しよう。
ということで、そば屋らしからぬメニューを考案。

題して
「スペイン小町そば」
(〜更級そばのスペイン的考察)

濃厚な味のスペイン産オリーブオイル、
味のはっきりとしたスペイン産生ハム(ハモン・セラーノ)を、
あえた更級そば。

作り方は、更級そばをゆで、
水を切り、オリーブオイルと和える。
細かく刻んだ生ハム、アンチョビ、
畑で作ったルッコラの葉を合わせ、
塩で味を調整。
白い皿に盛り、オリーブの実を添える。

私は、若い頃、半年ほどスペインにいたことがある。
スペインは、食べ物が豊富で、
人々は味にうるさい。
そのスペイン人に、そばを食べさせるには、どうしたらいいか、
などと、考えながら作ったメニューなのだ。

どうせ、こんなメニューなんて、
注文する人なんかいないだろうなあと思っていたら、
以外と好評。
もう一度食べにこられる、リピーターまで出来てしまった。

オリーブオイルって、
既にみなさん抵抗がなくなっているのだね。
でも、やっぱり、注文されるのは、
女性の方。
やっぱり、新しいものに敏感なのだろうか。

コナモン・フェスティバルは今月31日まで。
この「スペイン小町そば」も、
それまでの限定メニューです。

えっ、写真を見せろって。
いえいえ、皆様の想像力にお任せします。
それでもと言う方は、
下の写真をぽちっとね。

Eskomachi


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2008年10月17日 (金)

「うまい!」より、体が喜ぶ食べ物を!

しつこく続いている、
化学調味料の話。

ちょっと人気のそば屋さんへ行ったら、
付け合わせの漬け物が、
まさに化学調味料漬けのものだった。
そばは、おいしかったけれど、
あの汁にも、化学調味料を使っているのではないかと、
勘ぐりたくなってしまった。

ある漬け物屋さんの話では、
化学調味料を使うようになって、
製造工程が少なくなり、
原料の廃棄量が減ったそうだ。

なるほど、どんなものでも、
「うまい」に変えてしまうのが、
化学調味料の強みなのだね。

だから、捨てるものが少なくなった。
っていうことは、、、、

本来だったら、捨てられるものを、
食べさせられているっていうことかなあ。

別の漬け物屋さんは、
長い伝統によって支えられてきた、
漬け物の技術が、化学調味料によって失われたという。
本来漬け物は、野菜の持つうまみを、
どのように引き出すか、
様々な工夫を重ねて来たものだという。

だから、下漬けのやり方にしても、
合わせるものにしても、それぞれの野菜によって、
また、季節によって、微妙にかえるような知恵を受け継いできたそうだ。

それが、今では、
最初から、化学調味料で味付けされた調味液に、
ぽんと放り込んでおしまいなのだ。

その漬け物屋さんも、
頑固に昔の方法を守っていたが、
化学調味料入りの方がよく売れるので、
結局その方法で作るようになったという。

そんな話を聞いていると、
そば屋の未来も見えてくる。

化学調味料の「うまみ」の浮いた汁を使ったそば屋が、
たいした人気になり、
それなら、うちも使ってやれ、という店が増え、
かくして、手間と時間とお金をかけて作られてきた、
伝統的なだしを使った汁を作る店なんぞ、
ついに、ついに、

「かんだた」一軒だけになってしまった!

ということにもなりかねない。(汗;)

そんなことで、
化学調味料についての「まとめ」

○化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)は、今から丁度、100年前に、日本で製造方法が発明された。

○化学調味料が使われた食品には「調味料(アミノ酸)」または「調味料(アミノ酸等)」の用に表示されている。

○化学調味料には、塩辛さを感じさせない働きがあり、料理の味が濃いめになる傾向がある。

○「手打ちそば屋かんだた」では、そば汁はもちろん、いっさいの料理に、化学調味料を使っていない。

まあ、化学調味料を悪者扱いにする気はないが、
それに頼り過ぎることは、
本来人間が持っていた、健康への感性から、
ちょっと、遠ざかるような気がしている。

人間の舌は、自分の健康を守るために、
甘い、酸っぱい、塩っぱい、苦いを感じるように、
とても敏感にできている。
化学調味料の作る、
「うまみ」というオブラートに包まれた味ではなく、
素材本来の味を感じていただきたいなあ。

そうして、素朴なそばを、
そば本来の味わいを、
体全体で感じていただきたいと思う。

んな、難しいことを考えず、
とにかく、ズズッと、そばを手繰ろう。
って、また最後はこれだ。


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2008年10月14日 (火)

健康の門番が酔っぱらっている。

この味は、
まるで蜃気楼を見ているみたいだって、、。
さて、食品の至る所で使われている、
化学調味料の話の続き。

昔から伝わる、日本のおいしいだしの作り方。
昆布とかつをぶしでつくるのだね。
そうやって、こだわって作った、
できたばかりの出汁を、そのまま飲んでみよう。

んっ、なにか魚臭くて、
おいしくないなあ。
いい材料を使ったのに。

ところがこの出汁に、ちょっと塩を加えてみよう。
そうすると、
あれ、あれ、
おいしさが、汁の中に満ちあふれている。
不思議だなあ。

今度は別の料理。
よく締まったジャガイモを、
皮のままザクザクと短冊に刻んで油で揚げてみよう。
ポテトフライだね。

さあ、柔らかくなったら、
油から取り出して、
ちょっとさましてから
そうして、食べてみると、、、、

何か、ぼそぼそしておいしくないなあ。

もう一度、別のジャガイモを刻み、
油で揚げよう。
今度は、揚げたてに、さっと塩を振ってみよう。
そうして、ちょっとさましてから食べてみると、、、

う〜ん、おいしい。

そう、
食べ物のおいしさの、大切なポイントは、
「塩」なんだ。

「塩」は、私たちの体の機能を支える、
大切な要素。
だから、それを取り込むことで、
体全体がおいしいと感じるようになっているのだね。

だったら、
もっと塩をたくさん入れればいいじゃないか。
出汁にもたっぷりと入れてみると、
あれれ、さっきのおいしさはどこ、
しょっぱくて、飲めないよ。
揚げたてのジャガイモにもたくさんの塩をふれば、
やっぱり、おいしいどころではない。

「塩」は私たちの体に必要なものだけれど、
とり過ぎてもいけないのだね。
だから、それを、
足りなくてもいけない、
多すぎてもいけない、
ちょうどいいように、しっかりと見張るのが、
「舌」の役目なのだ。

「舌」は、私たちの健康を守る、
門番のようなものなのだね。

ところが、化学調味料は、
その門番である「舌」を酔っぱらわせてしまう働きがある。
酔っぱらった「舌」は、平気でいつもより多い「塩」を、
軽々と通してしまう。
さらに、その「塩」は、体をほてらせて、
食事への満足感を高めてしまうのだ。

つまり、化学調味料は、
本来しょっぱくて食べられないようなものも、
平気で食べさせてしまう働きがあるのだ。

例えば、
飲んべえの人が好きな焼鳥屋。
通は塩で食うんだい、などといいながら、
レバーと皮を注文。
目の前で焼いてくれる串に、
親爺さん、たっぷりと塩を振りかけて「はい、お待ち。」
う〜ん、塩味が効いてうまいなあ。

実は、この塩、化学調味料がしっかりと入っている。
だから、あれだけ塩をかけても、
しょっぱく感じないのだ。

逆に、化学調味料を使うと、
普通の塩味では物足りなくなってしまう。
だから、どうしても、濃いめの塩味になってしまうのだ。
酔っぱらってしまっている「舌」には、
門番の役目は果たせない。

みなさんも、ラーメンや立ち食いそばを食べた後に、
猛烈に喉が乾くようなことはないだろうか。

私はこう考えている。

人は誰でも、体の中に、丈夫な金庫を持っている。
その中には、「健康」という金塊が貯えられているのだ。
この貯えがあるから、
ちょっとしたことで、病気になったり、元気がなくなったりはしない。

でも、門番がしっかりしていないと、
その「健康」という金塊は瞬く間に盗まれてしまう。
何もなくなって、「え〜え、俺はどうせ貧乏ものですよ」
などと、居直っているうちはいいが、
血圧の薬だ、糖尿の薬だという、健康の借金生活をしなければいけなくなると、
ちょっと辛い。
門番たちをしっかり鍛えて、
体の中に、「健康」の金塊を貯金しよう。

私は、私のそばを食べていただく方に、
チョッキン、チョッキンと、健康を貯めていただきたいのだ。
だから、もちろん、化学調味料は使っていない。

でも、これだけ世の中に溢れている化学調味料。
決して、それが悪いのではなく、
使い方次第なのかもしれない。

んなことで、次回はもう、「まとめ」にしたい、
化学調味料の話。

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2008年10月12日 (日)

偉大なる蜃気楼。

さて、引き続き、
そば屋とも関係が深い、
化学調味料の話。

いまや、グルタミン酸ナトリウムを使った、
化学調味料は、
ほとんどの食品で使われている。

ちょっと周りを見渡してみると、
粉や瓶詰めで売られている「だし」の素はもちろん、
マヨネーズにも、ケチャップにも、
サラダのドレッシングにも、
ご飯にかけるふりかけにも、たっぷりと使われている。
肉をつけ込む「焼き肉のたれ」なぞは、
この化学調味料の固まりのようなもので、
味のない肉でも、これにつけて食べれば、
「あら、おいしい。」ということになる。

袋に入った漬け物も、
かまぼこや竹輪にも、
あらら、パスタのソースにも入っている。

外に出れば、
コンビニのお弁当の、野菜の煮物にも、
トンカツ屋さんのソースにも、
回転寿司のご飯の中にも、
定食屋さんのみそ汁にも、
とにかく、どこでも、使われている。

特に多く使われているのが、
中華料理。
チャーハンや、炒め物などをしているところを見ていると、
お玉ですくって、かなりの量を入れているのがわかる。
そうやって、うまみを出しているのだね。

ラーメンの汁なんぞも、
ほとんどの店で、化学調味料が使われている。

今では有名になっている、あるラーメン屋さん。
頑固なご主人は、
一生懸命出汁づくりに励み、
化学調味料をいっさい使わなかった。

ところが、お客の評判はイマイチ。
相談を受けた経営コンサルタントは、
そのまま、化学調味料を、
かなり大量に入れるように指示をした。

ところが、頑固なご主人。
そういわれても、意地がある。
最初はちょこっとだけ使った。

そうしたら、何となく、
お客さんの評判がいい。
そうして、コンサルタントのいう量を入れるようになったら、
瞬く間に、おいしいと評判になり、
今では、数件の店を展開する有名店になった。

どことは言わないが、業界の中では、有名な話。

これだけ化学調味料の味になれた人が増えると、
それを積極的に使わない手はない。
特に、営業的には、楽な方法なのだ。
何しろ、あの粉を混ぜればいいだけなのだから。

ということで、そば屋だって使わないわけにはいかない。
長い時間をかけて、
高い節を使って出汁をとる必要もないのだ。
えっ、もう、
ズウ〜〜と昔から使われているって?

私の持っている、
古いそば屋の教本にも、
出汁の作り方を、延々と述べた後に、
「最後に化学調味料で調整する。」なんて、
書いてあったりするのだから。

さすがに、こだわりのそば屋さんでは使っていないと思うけれど、
ちょっと前までの、立ち食いそば屋さんや、
街角のそば屋さんや、
時には老舗の店までも、
この化学調味料を使っていたのだ、、、。
(あえて過去形。)

誰でもが、「うまみ」を感じることのできる、
魔法の調味料。
少し前まで、安全性がうんぬんされていたけれど、
今のところ、たいした問題はなさそうだ。
それなら、いいじゃないか。
化学調味料を使えば、
どんな料理だって、うまく感じるんだ。
ラーメンのスープだって、
そば屋の汁にだって、
どんどん使ったって。

でも、
でも、
でも、
化学調味料で感じる「うまみ」は、
蜃気楼の風景を見ているようなもの。
手を伸ばして触ろうとしても、
何一つ、形を探れないもの。
そんな、幻にうつつを抜かしている間に、
あれ、
あれ、
人間として大切なものが、消えていってしまいそうだ。

んな、話はまた今度。


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2008年10月 6日 (月)

「味の素」を食べると頭が良くなる?

引き続き、化学調味料こと「味の素」の話。

子供の頃、
「味の素」を食べると、
頭が良くなると言う話が、
まことしやかに話されていた。

いわく、脳の活動には、
グルタミン酸が必要で、
「味の素」というのは、
まさにそのグルタミン酸そのもの。
だから、それをたくさん食べれば、
脳の活動が活発になると。

だから、
缶から取り出した「味の素」を、
お浸しや漬け物の上に、
たっぷりと振りかけて食べたりした。
さすがに、今のように、
みそ汁に入れたりするのは、
気味が悪くて、しなかったようだが。

確かに、脳にはグルタミン酸が必要。
しかし、何事にも慎重な脳は、
自前で合成したグルタミン酸しか使わない。
だから、いくら口から摂取しても、
脳には届かないのだ。

「味の素」のホームページでも、
「頭が良くなりますか?」の質問に、
「そういうことはありません。」
と、明確に答えている。

もしそれが本当なら、
これだけ大量に化学調味料が使われている時代、
人々の頭は、もっと良くなっているはず。
むしろ、今は逆に、、、、、、?

さて、そんな化学調味料、
どのように食べ物に使われているのだろう。

コンビニで、パンを選んでいるお兄ちゃんたち。
一つを手にして、こんなことを言っている。
「こういうものは、添加物がいっぱい入っているから、
 ちゃんと、裏を見ないとな。」
そうして、原材料表示の、けし粒のような字を読んでいる。
「あれ、これ、アミノ酸入りだって、
 体に良さそうだなあ、ラッキー!」

実は、その「アミノ酸」と書かれているのが、
まさに、化学調味料のことなんだよ、お兄さん。

実は食品表示に化学調味料が使われていると、
「調味料(アミノ酸)」、
あるいは、イノシン酸などとの複合化学調味料を使った場合は、
「調味料(アミノ酸等)」、
と表示されている。

確かに、化学調味料の主原料のグルタミン酸は、
アミノ酸の一種。
アミノ酸といったって、
たくさんの種類があり、
人体の維持に必要なものもあれば、
そうでないものもある。
グルタミン酸は、
特にとらなければならないわけではない。
たくさん食べたところで、
頭が良くなるわかでもないし。

でも、コンビニの兄ちゃんじゃないけれど、
「アミノ酸」と表示されると、
何となく、体に良さそうな感じがする。

それこそが、化学調味料、
いや、うまみ調味料業界の狙いなのだ。

「グルタミン酸ナトリウム」とか、
「化学調味料」と書くより、
「アミノ酸」という方が、
消費者の抵抗が少ないというわけだ。

こういう表示を決めたお役人。
ほら、こんな小さな表示を見ても、
日本の行政が、
消費者ではなく、メーカーの方に、
顔を向けているっていうことが、分かるでしょう。

かくして、我々の舌は、
化学調味料の味でしびれっぱなし。

そば屋だって、使っていたりして、、、。
という、化学調味料の話、
まだまだ続くのだ。


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2008年10月 3日 (金)

ちょうど百年前に発明された。

前回に引き続き
食品に入れられるMSGの話。

今から、ちょうど百年前、
東京帝国大学の教授、池田菊苗は、
昆布の抽出液から、うまみ成分である、
グルタミンを抽出する方法を生み出した。

この先生、かなり謙遜されている。
「学術上より見れば余の発明は
 頗(すこぶ)る簡単なる事柄なりしなり。」
などと、書かれているからだ。

とはいえ、妻の買ってきた昆布から、
うまみ成分の存在を確信し、
それを取り出す方法を見つけるまでには、
かなりの年月がかかっているのである。

さて、この池田菊苗博士の発明に注目したのが、
米相場で失敗し、一文なしから、
今度はヨード事業の成功で大金をつかんだ、
鈴木三郎助だった。

翌年に会社を設立し、
グルタミン酸調味料を「味の素」と称して売り出した。

最初はほとんど売れなかったらしい。
しかし、製法などを工夫し、
やがて、認められるようになり、
今日では、国際的な食品会社に成長している。

製法は、最初は小麦粉を塩酸で加水分解したが、
現在では、グルタミン酸を生成する微生物を使って、
製造されているそうだ。

この「味の素」、安価で、
日本人好みの「うまみ」を食品に与える調味料として、
今では、家庭でも、
食品業界でもなくてはならない存在になっている。

さて、ある時,NHKの料理番組で、
「味の素」を使うことになった。
ところが「味の素」は商品名。
特定の商品を宣伝できないNHKは、
「化学調味料」という言葉を作り出して使った。

それ以降、「味の素」はじめグルタミン酸調味料のことを、
「化学調味料」と呼ぶことが、
一般化したそうだ。

ところが、最近になって、
業界は「化学調味料」と言う名前を使うのを嫌がった。
「化学」とつくと、
人工的な合成物のように思われてしまうからだ。

なにか、石油製品の一種のような感じがしてしまう。

そこで、業界では「うまみ調味料」と言う言葉を使って、
製品を広めようとしている。

でも、まだ、「化学調味料」といった方が、
広く通じるようだ。

この成分はLーグルタミン酸ナトリウムというのだが、
海外では、[MSG」とよばれている。
「モノ・ソディアム・グルタミネート」の略。
あっ、舌を噛まないでね!
中国語では「味精」と呼ばれている。

だから「化学調味料」が使われている食品には、
そのように表示されているんだ、外国では。

ところが、日本の食品ときたら、
「味の素」をたっぷりと使っても、
「化学調味料」とも、「うまみ調味料」とも、
「グルタミン酸ナトリウム」とも、表示されていないのだ。

さらにイメージアップを狙う、
食品メーカーの言いなりになって、
消費者には、とても、とても、
と〜〜〜ても、分かりにくい表示になっている。

これって、ありなの?

そんなことで、まだまだ続く、
「化学調味料」の話。


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2008年10月 1日 (水)

MSGってなんだろう?

Meg タイによく出かける、
お客さまからいただいたインスタントラーメン。
タイでは人気なのだそうだが、
シンガポールで作られたもの。
よく見ると、パッケージに、
「No MSG」の表示がある。

あれ、タイでは料理にたくさん使われると聞いていた、
MSGが使われていないのだ。
なるほど、食べ物への関心が高まり、
MSGを使わない食品に人気が出てきたのだね。

欧米では、このMSGは、あまり使われていないようだ。
でも、東南アジアや中国、そして日本では、
多くの食べ物に、かなり大量に使われている。
日本のスーパーでは、
MSGの入っていない食品を探すのが、
難しいぐらいなのだ。

別にMSGが危険なわけではない。
一部の国で、ベビーフーズなどの、
乳児へ与える食品での使用を制限している程度。
でも、MSGを使うことによって、
本来の味覚の感覚のバランスが、
崩れる恐れがあるといわれている。

だから、ほとんどの国では、
食品にMSGを使った場合は、
きちんと表示することになっている。

ところが、消費者より、
メーカーの方に顔が向いている日本のお役所。
MSGを全く別なものに換えて、表示させている。

関係大臣のたーくらたーな発言を聞いても分かる通り、
この国の政治家は、
自分達の主張を、
修学旅行の夜の枕投げのように投げあっていて、
国民の健康のことなんか、ちっとも考えていないのだ。

(注:たーくらたー→長野地域で使われる方言、
 意味はご想像におまかせします。)

ついでに言わせてもらえば、
心臓病のリスクを高めると言われている、
トランス脂肪酸についても、
未だに表示されていない。

今、食品についての不祥事や事件が騒がれているが、
日本のお役人は、
何か問題が起こるまでは、黙っておこう、、、
と言う魂胆のようだ。

だから、今や国民の舌はMSG漬けになっている。
必然的に味が濃くなり、
様々な成人病の原因にもなっているのだ。

食品にMSGがどのくらい使われているのか、
そういう量を含めて、表示するようにすれば、
消費者の選択肢も増えるような気がする。

えっ、MSGってなんのことだって。
そば屋の業界とも、ものすごく縁のあるものなのだ。
実は私もこの言葉を知ったのはごく最近。
海外では、そう表示されるのだって?
じつは、、、

ということで、また今度。


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2008年9月10日 (水)

善光寺商法

「かんだた」のある長野の町は、
善光寺の門前町として発展したところだ。
千三百年といわれる、善光寺の信仰の流れが、
この町を形づくってきた。

だから、門前や参道には、
さまざまな史跡や逸話、伝説などが残っている。
私も、及ばずながら、
そういう歴史を学び、
皆様にお伝えする活動のお手伝いをしようと思っているのだが、
なにぶんにも、時間がない。
この町のことを、知れば知るほど、
面白いことが分かってくるのだけれど。

興味のある方は、
右側の「気になるサイト」の中から、
「小林玲子の善光寺表参道日記」を、
ボチッと押して、ごらんあれ。
長野の町の見方が、
きっと、変わってくることだろう。

さて、善光寺の存在が、
長野にもたらしたものは、測り知れない。
でも、あまり、ありがたくないものまで、
残してしまったようだ。

それが、
「善光寺商法」。

善光寺には、全国津々浦々から、
多くの人が訪れる。
そうして、門前の人たちは、
そういう人たちを相手に商売をしていたのだ。

つまり、自分達が努力しなくとも、
善光寺さんが、お客を連れてきてくれる。
門前の、いい場所さえあれば、
黙っていても、お客は入ってくるのだ。

そうして、お客の扱いはぞんざいになる。
そういう店の人たちは、
ますますふんぞり返って、
足元もみえないほどだ。
どうせ、参拝客なんて、
一生に一度しかこないのだから、
この際、ふんだくってやろう。

そんな、偉そうな、ぞんざいな態度を取っても、
善光寺には、人はやってくる。
そうして、阿弥陀様にすがろうとする善男善女ばかり。
門前で悪口を言うような、人も少ない。

かくして、
いかにも売ってやるぞという、
ふんぞり返っていても成り立つような商売のモデルが、
善光寺の門前にでき上がってしまったのだ。

それが「善光寺商法」だ
、、、そうだ。

この言葉、地元の人が自虐的に使っている。
これが、全国的に広まり、
辞書に載るようになったら怖い。

でも長野では、それが、今でも続いている、、、
むにゃむにゃ、言い憎い。
いや、ハッキリ言って、
続いている。

門前のお店が、
すべてそうだとは言わない。
でも、
遠くからやってくるお客さまのことより、
自分達の都合を押しつける店が、
いまだに顕在するのも事実。

門前のそば屋さんは、
きっと、そういうことなく、
努力されていると思う。
多分、、、、。
ん!

県外から来られる方にとって、
長野といえば「そば」というイメージは、
恐ろしく根強い。
そこで食べたそばが、
値段は高いが、
東京の駅そば並みの味だったら、
いや、失礼、
東京の駅そばは、最近はかなりレベルが上がっている、
ので、それ以下だったりしたら、
舌の肥えたお客さまだったら、
怒り出すに違いない。

そばは、人によって好みもあるし、
味や質に、なんとも、いえないとことがある。
でも、遠くから来た人を「もてなす」、
そういう気持ちで作られたそばならば、
きっと喜んでもらえるはず。

長野の町に大切なのは、
そういう、気持ちなのではないだろうか。

長野というイメージだけで、
内容のないそばを売っていれば、
いつかは、イメージは、
地に落ちてしまうのではないだろうか。

そこが一番の心配だ。

私の店は、路地裏の分かりにくいところにあるから、
観光客の方を、特に意識している訳ではない。
でも、
わざわざ訪ねて来てくれる遠方からの方も、
けっこういらっしゃる。
通りがかりで、寄っていただく、
鼻の鋭い方もいらっしゃる。

そういう方にも、満足していただける、
店にしなくては。

せっかくの長野とそばのイメージ、
町中のそば屋さんも努力して、
遠くからでも、
「ちょっと、長野にそばを食べに行こうよ。」
なんて、言われるぐらいになりたいものだ。

「そばを喰ったから、ついでに善光寺でも寄っていくか。」
みたいになったら、たのしいだろうなあ。

あっ、すみません。阿弥陀様。
「ついでに」なんて、「でも」だなんて書いて。
やっぱり、先ずは善光寺へ。

こんなこと書くから、
私はやっぱり「罰当たり」。


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2008年9月 8日 (月)

長野は信州そばの本場。でも、お客さま、満足しているかなあ?

パートさんが話していた。
先週は若い人向けのイベントがあり、
多くの方が県外から訪れ、
長野駅は混み合っていたそうだ。

そうして、若い人たちなのに、
「長野に来たら、やっぱりそばだよね。」
といいながら、朝早くから、
駅前のそば屋に行列ができていたそうだ。

へえ〜、うらやましい。
私のような、裏通りの、
さらに路地裏の、怪しいそば屋には、
そのような若い方々はいらっしゃらないようで、、、。

なんて、ひがんではいけない。
そうやって、長野のそばが食べられることは、
喜ばしいことなのだ。

平日でも多くの参拝客で賑わう、
国宝、善光寺。
その周辺には、多くのそば屋さんがあり、
おおいに、賑わっているようだ。

うらやましいなあ〜。(こらこら!)

せっかく長野に来たのだから、
そばでも食べていこうか。
そういうお客さまが多いのだね。

そうして、皆さん、
ああ長野はそばがうまいなあ。
と満足して、帰っていただければうれしい限り。

ほとんどの方が、そうであれば、いいのだが。

しかしながら、時々、
せっかく長野に来たのだから、
そばを食べていこうか。
そういうお客さまもいらっしゃる。

えっ、
何が違うかって。

もう一度読み直していただきたい。
「そばでも食べる」と「そばを食べる」では、
明らかに、求めるものが違うのだ。

今、そばの世界は、急激に変わりつつある。
おいしいそばを求める人たちが、
増えていることは、事実なのだ。

さてさて、昔ながらの、参道のそば屋さん。
それぞれに、工夫を凝らしながらやっている。
がんばっているんだけれどなあ。
でもねえ、、、、。

先日来られたお客さまは、北海道の方。
はっきりとおっしゃった。
「長野のそば屋を、何軒か回ったけれど、
 札幌の方が、うまい店が多いです。」
ええっ、そうなのだろうか。

前に来られた大阪の人。
そば屋を探して、うちは三件目。
かなり怒っていた。
「せっかくの善光寺なのに、
 門前にろくなそば屋がない。」

東京から時々来られる年輩の方。
「今は、長野より、山形や茨城の方が、
 気に入るそば屋が多いですよ。」

地元の人。
「ああ、あの辺のそば屋は、
 高くてまずいだけだから、入らないね。」

ネットで調べてみると、
あらら、ずいぶん悪口が増えている。

せっかくの県外からのお客さま。
そういう方々を、喜ばせて帰してあげたいものだ。
そうしないと、
せっかくの「信州そば」のイメージが壊れてしまうのではないだろうか。

もちろん、
それぞれのそば屋もがんばっているのだけれど。
ええっ、「善光寺商法」っていう言葉があるんだ。
そうか、がんばる方向が、ちょっと違っているのかも。

なんて話は、また今度。


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2008年9月 4日 (木)

そばがうれしそうに尻尾を振っている。

犬や猫は、
犬好きや、猫好きの人が分かるそうだ。

私は、犬があまり好きではないのだが、
近所の犬などは、
私の姿を見ると、
懸命に尻尾を振って抱きついてくる。

ちょっと、頭をなでてやろうものならば、
喜んで、
頼まれもしないのに、私の顔を、
その舌で洗ってくれるのだ。

やっぱり、本当は動物好き、
犬好きであることがわかるのだね。

さて、
そばだって同じかもしれない。

こうして、毎日、
いろいろな方のそばの食べ方を見ていると、
心からそば好きの人なんだなあ、
と感じる方々がいる。

そういう方に出会うと、
そばもうれしいみたいで、
盛んに尻尾を振っているのが分かる。

そうして、自分から喜んで、口の中に入っていくのだ。

別に、食べ方がどうのって言う訳ではない。
そばのことを、よく知っておられる訳ではない。
でも、そば好きな人は、
その姿勢が違う、
視線が違う、
動きが違う。

そういうことに、
そばが敏感に反応して、
尻尾を振っているのだ。

たまに来られる「俄(にわか)」さんや、
頭が重い「通」さんや、
「ブリ」になれない「ハマチ」さんには、
そばは尻尾を振らないようだ。

そばは身体全体で食べるもの。
舌や、口や、稀に鼻や、
まして、頭や胃袋だけで食べるには、
スゴーッくもったいない。

今日も何人もの方に、
そばが尻尾を振って、
喜んで食べて食べていただいた。
ありがたいなあ。

あなたの食べるそば、
ほら、犬が振るみたいに、
尻尾を一生懸命に振っていますか?

それにしても、我が家の猫、
用事のある時にしか寄ってこない。
今朝も朝の4時に、
「腹減った」コール。
寝たふりをしていると、
この時ばかりは、身体をスリスリとしてくる。

まあ、都合のよい時にだけ、
尻尾を振るそば。
そういうのも、
無きにあらずではないけれど、、、、。


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2008年8月31日 (日)

本日は野菜の日

語呂合わせということで、
8月31日の今日は、
831(ヤサイ)の日なのだそうだ。

野菜の業界団体が、
そのように定めたらしい。

そういう業界に依ると、
生鮮野菜の消費量は、年々減っているそうだ。
メタボリック・シンドロームやダイエットブームで、
野菜が注目されていると思っていたら、
実際に、食べる人は、
そんなに多くなっていないようだ。

野菜を食べるというと、
多くの人が思い起こすのがサラダ。
たっぷりとドレッシングをかけて、
サラダを食べて、
さあ、野菜を食べたつもり、、、、、、
でも、
サラダって、
野菜を摂るには、
すごく効率の悪い食べ物なのだ。

お皿一杯のレタスやキャベツのサラダも、
茹でてみれば、ほんの一握り。
意外と、量を食べていない。

それよりも、茹でた野菜を。
特に緑や赤、黄色の色の濃い野菜は、
カロチンをたっぷり含み、
身体の免疫力を高めてくれる。

最近の調査では、
日本人は、ヨーロッパ人に比べて、
野菜、そして、植物繊維の摂取量が少ないそうだ。
昔は、たっぷりと、植物繊維を摂っていたのにね。

Yasai かんだたは、夏野菜の収穫のまっさかり。

カボチャ、ニガウリ、長ナス、丸ナス、善光寺キュウリ、モロッコインゲン、オクラ、万願寺ししとう、サラダからし菜、サニーレタス、モロヘイヤ、青じそ,ミョウガ、などなど。

自家製の野菜の料理を、メニューにも取入れている。
そばと一緒に、そんな野菜と一緒に召し上がっていただきたい。

そばは長寿食、健康食。
そうして、自家製の野菜を召し上がっていただき、
さらに、健康に長生きをしていただきたい。

えっ、
あんまり、長生きされては困る人がいるって?
それはねえ、、、、。

昔から、言うでしょう。
憎まれっ子世にはばかる。
意地悪じいさん、意地悪ばあさんになることも、
健康と長寿の秘訣なのかもしれない。


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2008年7月29日 (火)

音を上げたいが、値は上げられない。

よく、お客様に聞かれる。
「近頃の様子じゃあ、
 そば粉もだいぶ値上がりしているんじゃないの?」

お客様から聞くところによると、
けっこう、他のそば屋さんでは、
そばの値段を上げているところが多いそうだ。

ううん、様々のものが値上がりしている。
仕方がないことなのかもしれない。
でもねえ、がんばっているところもあるんだよ。

私の仕入れている醬油屋さん。
昔ながらの木の樽で作っているところだ。
定休日に、わざわざ、往復三時間以上かけて、
蔵まで買いにいく。

そこのおばさんの言うことには、
原料の大豆の値段が、かなり上がっているそうだ。
「でも、あなたは、わざわざ取りにきてくれるから、
 今までの値段でいいよ。」

他のところにおろす値段は、
すでに上げているらしい。
ありがとう、醬油屋さん。

毎日作っているいなり寿司のための、
油揚げを届けてくれる豆腐屋さん。
一度は値上げの通知がきた。
まあしょうがないかな、と思っていた。

でも、一個80円のいなりを、
値上げするわけにもいかない。

そう話したら、豆腐屋さんも一工夫。
その後の請求書にも、いつもと同じ値段。
でもね、でもね、ほんの少しだけれど、
油揚げを薄くしたんだね。

ほんのわずかで、気が付かないぐらい。
二十枚ぐらい重ねて見て、
初めて、ちょっと違うなあと、
そんな気がするぐらいの差。

以前に仕入れた大手に比べれば、
充分な厚さはある。

こうしてみんな工夫をしてくれているのだ。
うれしいなあ。

さて、そば粉の話。
かんだたで仕入れているそば粉は、
値上がりしていない。
だって、もともと高い、国産のそば粉だもの。
この秋までは、先買いの、確定した値段。

でも、食用油などの値上がり、
その他、食品パックから、洗剤、
キッチンペーパー類などの細々したものが上がっている。

ガソリン、灯油は上がっているが、
幸いなのは、ガス代が上がっていないことだろう。

ええい、
このくらいなら、
そのままでがんばってみるぞ。

ということで、
値上げに音を上げながら、
しばらく値上げはしないぞ、、、
と思っているところ。


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2008年7月 8日 (火)

店でしか飲めないビールを!

お待たせしました。
生ビールの登場です。

Cerveza2 先ずは一口。

ブワァー。
なんともいえない。

この、細かい、
泡とともに、
喉の奥に流れて行く、
こういう感覚がたまらない。

ビールが苦手な(?)私だって、
思わず、
ゴクッ、ゴクッと、
飲んでしまうのだ。

こんな、細かい、
きれいな泡を作るのは、
難しいのだろうなあ。

よく、店で頼むと、
大きな泡になって、
置いておくと、
すぐに泡が消えてしまうことが多いけれど。
この細かい泡は、
なかなか消えない。

こんな、細かい泡で、
きれいに注いだのは、
いったい誰なのだろう?

Cerveza3_2 なんて、もったいぶっている暇はない。
お客さまからの、
かねてからのご希望に応じて、
ついに、
ついに、
置き場所に迷った挙げ句、
ついに、
値段に迷った挙げ句、
ついに、
生ビールを導入したのだ。

設置にあたって、
ちゃんと、ビール会社の人が来て、
「おいしいビールを提供する方法」を、
一時間以上かけて講習してくれる。

そんなの判っているよ。
私は、12年間も、
居酒屋でビールを注いで来たのだから、、、
と思っていたら、
やっぱり、
それなりのコツがあるのだ。

目の当たりに、
今までの自分の方法と、
ビール会社の人の方法を、
比べられると、
ぐうの音も出ない。

やっぱり、基本に忠実に、
おいしいビールをお出ししなければ。

Cerveza1 おいしいビールを作る原則は、
毎日の機械の洗浄、
ジョッキの洗浄。

きれいなジョッキで、
きれいに注がれたビールは、
こうして、泡の輪が出来る。

ええと、私は、
このビールを、5口で飲んだのだね。

少しでも、おいしいビールを、
お客様に飲んでいただくために、
きちんとした仕事をしなければ。
ビールメーカーの方に、
しっかりと教わった。

そばだって、
そういう基本的なことを、
きちんと続けることが、
一番大切なことなのだろうなあ。

おいしいビールを飲みながら、
やけに、素直な気分になってしまった。

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2008年7月 6日 (日)

薬味にワサビを付けない理由。

前回に引き続きワサビの話。

「手打ちそば屋 かんだた」では、
薬味にワサビはお付けしていない。
それは、どうしてか、
というお話。

忙しいそば屋などでは、
時々、盛り置きされたワサビを、
薬味に出される時がある。
風味は飛んでしまっているが、
中の方は、ちゃんと辛みが残っている。

たいしたものだ、
最近の練りワサビは。
時間が経っても、
辛みが飛ばないように工夫されている。

でも、やはり、ワサビは、
直前に盛った方がいい。
だから、
そういう面倒なことをしたくないので、
ワサビはお付けしない、、、、

、、のではない。

前回も書いた通り、
多くの方は、薬味にワサビが付いていると、
そば汁に溶かして、そばを召しあがる。
せっかく、
苦労して作ったそば汁の味を、
練りワサビの、強い香りで、
邪魔されたくないのだ。

そばの、口に含んだ時の、
パッと広がる香り。
それを、ワサビの香りが、
すくい取っていくような気がするのだ。

ワサビの合うそばもあるかもしれないが、
できれば、私のそばは、
ワサビの香り抜きで、楽しんでいただきたいと思っている。

もちろん、ワサビが欲しいと言う方には、
すぐに練りワサビをお出しする。
遠慮なく言っていただければと思う。

でも、
もう一つ、
気にかかることがある。
どちらかと言えば、
そちらの理由の方が大きいのだ。

ワサビは、江戸時代から、
そばの薬味として、珍重されてきたようだが、
それほど一般的ではなかったようだ。
それが、戦後になって、
粉ワサビが出回るようになってから、
広く使われるようになったという。

今のような、チューブ入りのワサビが出回る前は、
みんな、鼻をつまみながら、
湯飲み茶碗の底で、
この粉ワサビを練ったものだ。

さて、この粉ワサビ。
原料は、昔からあるワサビ芋ではない。
ホースラディッシュと呼ばれる、
全く別の草から作られる。

原料表示では「西洋ワサビ」とされるが、
ちょっと、色が白っぽい。
そこで、ちょっと着色料を入れて、
本物らしい緑色にしている。

さらに、カラシを入れたり、
油分を混ぜたりして、
お化粧しているのだ。

私の店のワサビも、
業務用の、ワサビ専門業者のものを使っているが、
それでも、こんなにいろいろなものが入っている。

Wasabi4 せっかく、
自然食で、
健康食と言われるそば。

化学調味料も、
加水分解物も使わずに、
天然成分だけで汁を作っているのに、
最後に、
食べる直前に、
薬味で人工的な味を入れたくないのだ。

気持ちの問題かもしれないけれどね。

でも、そばを食べる時には、
ワサビがなくっちゃ、
という方もいらっしゃる。
それはそれで、いいのだ。
そういう習慣になっているのだもの。

ただ、
使われている練りワサビが、
本物のワサビをすりおろしたものとは、
全く別のものだということは、知っていていただきたいなあ。
そうして、小指のようなワサビ芋を見て、
「あっ、本物だ!」なんて、
思わないでいただきたいものだ。

ということで、
このブログ読者様限定の隠れメニュー。

「本ワサビせいろ 800円」

本ワサビをすり下ろしてお付けします。
仕入れ分が終わりしだい終了。

本ワサビは、汁に溶かず、
そばにまぶして食べよう。
そのまま、酒の肴にも、、、、、。


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2008年7月 4日 (金)

ワサビ芋をおろして、そばの薬味に。

さて、前々回に引き続き、
本ワサビの話。

皆さんは、もりそばを食べる時に、
薬味にワサビ(練りワサビ)が付いていたら、
どのように食べるのだろうか。

1、そのままつまんで、口に入れる。
2、そばにワサビをまぶして食べる。
3、そば汁の中に入れて、溶いて食べる。

私は、ワサビは、そのままいただいて、
酒の肴にしてしまう。
まあ、1番のような、こんな食べ方をする方は、ごく稀だろう。

2番目の食べ方をする方も、
フォーブスの長者番付に名前が載るぐらいの確率で、
いらっしゃるかもしれない。

でも、ほとんどの方は、
ワサビをそば汁の中に落として、
かき混ぜて、溶かして召し上がるのではないだろうか。

では、寿司屋の親父さんがやっていたように、
鮫皮おろしで、ワサビの芋をすりおろして、
そば汁に溶いて、そばを食べてみよう。

これで、ワサビの風味の利いたそばが食べられるはず。
ところが、、、、、。

おろしたワサビが、塊になっていて、
そば汁に溶けていかない。
確かにワサビらしい風味はするけれど、
もっと、よく、汁に溶けないものなのか。

どうやら、目の細かい鮫皮おろしでワサビをおろすと、
ピリッとした辛みは出るものの、
塊になって、汁に溶けにくくなるようだ。

そこで、粗いおろし金でおろしてみる。
ところが、本ワサビは、
粗くおろすと、あまり辛みが出ないのだ。
だから、まな板の上に移して、
砂糖をほんの少しだけまぶし、
包丁で軽く刻んでみる。

味見をすると、
ツーンと鼻に抜ける香り。
これをそば汁に落としてみると、
表面にさっと広がり沈んで行く。
この方が、そばの薬味としては使い易い。

Wasabi3 なるほど、
寿司屋には寿司屋の、
そば屋にはそば屋の、
ワサビの芋の使い方があるのだ。

でも、
でも、
寿司屋の親父が言っていたように、
ワサビを汁に溶いてしまうと、
せっかくの辛さが、
感じられなくなってしまう。

確かに、汁に落とすと、
ワサビの爽やかさは感じるのだが、
あの、ツーンとくる辛さが無くなってしまうのだ。
だから、本ワサビでそばを食べる時には、
少しだけ、そばにまぶし、
その部分を汁に浸けずに食べた方が、
辛みを味わえる、、、。
ほら、フォーブスの長者番付に載ったような気分になるでしょう。

、、、まあ、好き好きだけれども。

汁に溶いても辛さの残る、
チューブ入りの練りワサビは、
本来のワサビとは、別のものと考えた方がいい。
それなりの工夫をして、作られたものなのだ。

えっ、どうして、お前の店では、
チューブ入りでもいいから、
薬味にワサビを付けないのかって?

それはねえ、、、。
また、次回に。


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2008年6月28日 (土)

ワサビをおろすサメ皮おろし。

引き続き、本ワサビの話。

ある寿司屋では、
刺身を頼むと、
親父さんが、目の前で、
ワサビをすりおろしてくれる。

あれ、その「おろし」、
普通のおろし金ではないなあ。

「へい、ワサビをするのはこれ、
 これに、決まっているんでさぁ。
 サメ皮おろしっていうんでさぁ。」

なるほど、木の板に、
紙ヤスリのような細かい目の、
鮫皮が張ってある。

「ワサビって奴は、
 こういう細かい目ですると、
 ピリッと辛みがでるんでさぁ。
 普通のおろし金は、いけません。
 おろしても、辛くならないんでさぁ。」

なるほど、そのおろしたてのワサビを、
そのままいただくと、
鼻に、つ〜〜〜〜〜〜〜んとくる。
それでは、これで、
刺身をいただくか。

「ちょっと、待ったぁ。
 ワサビを醬油に溶かしちゃいけねえよ。
 ワサビは、醬油につけると、香りが無くなっちまう。
 刺身にワサビを乗っけて、
 醬油に浸らないようにして食べるんだ。」

なるほど、そういう風にして食べると、
魚の味とともに、ワサビの風味が、
ふわっと、口の中に広がる。

そう、本ワサビは、
醬油に浸けてはいけないのだ。
でも、よくある練りワサビは、
醬油に溶いてもピリッとくるけれど。

「せっかくの、本ワサビ。
 その辺の練りワサビと一緒にしちゃいけねえよ。
 練りワサビには、たいていカラシか、
 同じような成分が入っているんだ。
 あるいは油分を入れて、
 水に溶いても、辛く感じるようにできているんでぇ。
 そんなのと、同じにされてたまるかい。」

ああ、なるほど。
そういう工夫があったんだね。
昔は、ワサビと言えば、
粉を水で溶いたものだけれど、
今はチューブ入りの練りワサビがどこでも使われている。

さてさて、すっかり熱くなってしまった、
寿司屋の親父さんの話は続く。

「だいたい、練りワサビに使われているのは、
 日本に昔からある、本ワサビでなく、
 ホースラディッシュと呼ばれる西洋ワサビが多いんだ。
 ぴりっとした辛さはあるけれど、
 どこか、刺身とは馴染まないところがある。
 だから、うちは、
 刺身を出すときには、
 こうして、本ワサビをすって出すンでぇ。」

なるほどなるほど、
ワサビの世界も、寿司の世界も深いようだ。

ようし、そば屋も寿司屋に負けず、
本ワサビを使ってみるか。
まず、サメ皮おろしですりおろして、
そばの薬味に、、、
あれ、
あれれ、、、、、。

寿司屋は寿司屋、
そば屋にはそば屋のワサビの使い方があるようで、、、、。
という話は、
また次回なのだ。

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2008年6月26日 (木)

私の親指も太いけれど、ワサビはもっと太い。

先日のブログで、
そば屋の薬味に出てくる、
小指のようなワサビ芋の悪口を書いたら、
こんなことを言う人がいる。

「だってさあ、
 俺なんか、本物のいいワサビ芋なんか見たことないもん。
 あんな小さいワサビ芋だって、
 俺達には、あっ、本物を使ってるって、
 思っちゃうんだ。」

そう、
それでは見せて差し上げよう。

八百屋に頼もうかと思ったら、
近所のスーパーに、
安曇野産のワサビがちゃんと売っている。
さすが長野県。

Wasabi2 ほら、私の親指より、
もっと太いでしょう。
この芋のイボイボが、
長い時間をかけて育った証拠。

このくらいの芋で、
三年ぐらいだとか。

ちなみに、
私の親指は、
50年経ってもこんなもの。

ワサビの栽培は、
今から400年ぐらい前、
静岡のある場所で始まったそうだ。
徳川家康が大いに気に入り、
その土地から、門外不出にしたという。

このワサビには、殺菌作用があり、
それに目を付けた寿司屋が使うようになり、
大いに広まったらしい。

今では、たくさんの品種があり、
各地で栽培されている。
長野県でも、穂高のワサビが有名だ。
ほかにも静岡は天城も知られている。

沢の中で根を張り、
じっくりと育つのがこのワサビ。
でも、畑で育つものもあり、
成長は早いが、風味が少ないとされている。

Wasabi1 ほらほら、
小指ぐらいの芋では、
全然、格が違うのだ。

ということで、
このワサビの食べ方は、
また今度。


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2008年6月21日 (土)

売れる売り方、売れない売り方。

店の近くのスーパーに行ったら、
レジ前の臨時売り場で、
お菓子を売っていた。

その中で、四角いマシュマロのような、
お菓子が売られていた。

「ああ、これが今話題になっている、
あのお菓子か。」
と、入っている冷蔵ケースを覗き込もうとした。
そうしたら、
「十個●●円です。いかがですか。」
と、横からおばさんが声をかける。

いやいや、私は、ただ、
話題のお菓子がどんなものか、
見ようとしただけ。
買うつもりもないのに、
そう声をかけられたので、
よく見ることも出来ずに退散。

その売り場のおばさんは、
お菓子の入っている冷蔵ケースの前にどんと陣取り、
通り過ぎる人たちに、
次から次へと声をかけているのだ。

だけど、誰も買っていない。
人の波は、そのおばさんの前を、
避けるようにうねっている。

レジに向かおうとした私は、
ふと気がついた。
あれ、これって、
この前読んだ、セールスの本に書いてあった、
悪い販売法の、典型的な例じゃないの。

ということで、興味を持った私は、
レジ横の椅子で、
おばさんの売り方を観察。

おばさん、一生懸命売ろうとしている。
「今、話題のお菓子ですよ。」
「おやつにいかがですか。」
その前を、たくさんの人が、
買い物かごを提げて通るけれど、
誰も、寄ってこない。

あっ、子供を連れた奥さんが、
ショーケースを覗き込んだ。
すかさず声をかけるおばさん。
でも、すぐに手を振って行ってしまう。

きっと、
かわいいイラスト入りの説明パネルを、
読んでいる時間さえ無かっただろうなあ。

おばさん、引きつったように、
通りがかる人に声をかけている。
でも、今のところ買う人は見かけない。

一方、その隣のまんじゅうは、よく売れている。

ここのおばさんは、ショーケースの向こうで、
何やら、忙しそうに、仕事をしている。
商品を並べ替えたり、
箱の位置を直したり、
たくさんの仕事を抱え込んでいるみたいだ。

だから、お客さんが、
ショーケースの前に立っても、
いちいち、声をかけたりしない。

でも、じっと、まんじゅうを選んでいたお客から、
声がかかると、
すぐに、それを、箱に入れてくれる。
いつのまにか、そのおまんじゅうのケースの前には、
人だかりが出来ている。

四角いマシュマロのようなお菓子は、
少なくとも、私が見ていた十分ぐらいの間は、
一つも売れていなかった。

どんなに、いいものを売っていても、
売り方一つで、
ちっとも売れないことがあるのだ。

私の読んだセールスの本には書いてあった。
今の人たちは、露骨な売り込みを嫌がる傾向にあるのだと。
売る前には、まずよく見せ、
感じさせ、選ばせることが大切なのだと。

あのおばさんは、
とにかく、売りに走ってしまったのだね。

だって、
せっかく、お客様が、
ちょっと見てみたいな、
ぐらいな気持ちで近付いてくるのに、
蟻地獄に入った蟻は、
絶対逃さないぞ!
見たいな表情で、おばさんが迫ってくるのだもの。

そば屋だって同じ。
お客さまが、
気持ちよく、抵抗なく、
店に入って来られたり、
メニューを選んでいただけるような、
ちょっとした心配りが、
まず、大切なのだと思う。

なんて、
本で読んだセールスのコツの、
実例を、近所のスーパーで勉強させていただいた。

私だって、レジのきれいな女の子の顔を、
眺めているだけではないのだゾウ。

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2008年6月16日 (月)

バラのそばがき。

Rosaバラの花の季節。

お客さまからいただいたバラを、
カウンターに飾ってみる。

花びらの折り重なりの美しい、
上品な色の花だ。


Rosasobagaki そんな花を見た後なので、
つい、ソバガキを、
バラの花に見立てたくなった。

とはいえ、ちょっと、
ほど遠い。

そんな、花の形に、
練り上げられたら楽しいだろうなあ。
そばは打つのも芸術。
ソバガキを捏ねるのも芸術。
何か工夫してみよう。

って、忙しい時に、何をやっているんだ!!!


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2008年6月10日 (火)

ワサビ芋の使い回し

どこかの某有名料亭で、
食材の使い回しをしていたって、
大騒ぎになったようだ。
ええっ、それで、その店は廃業になってしまったって?
別に、食中毒を出したわけではないのだが、
店の姿勢が問われる時代となっているのだ。

と思ったら、
どこかのそば屋で、
薬味のワサビを使い回ししていたって、
新聞に出るほどの騒ぎになってしまった。

その店では、そばの薬味に、
小さなワサビ芋を添えて、
客が自分ですりおろして食べるようになっている。
ところが、ある人が、
毎回、そのワサビ芋の長さが違うことに気がついた。
そうして、店に指摘したら、
すり残ったワサビ芋を、洗って先を削り、
他の客に出していたことが判明したのだ。

なるほど、ワサビ芋を全部すりおろして使う人は少ない。
残った芋をみて、もったいないと思ったのだね。

でも、でも、
新聞で騒ぐような問題だろうか。

私なんか、そんな話は、ずっと前から知っていたし、
まず、そばを食べる時に、ワサビを使わないので、
ワサビ芋が出て来ても、手を触れることはない。
だから、私の残したわさび芋は、
いくらでも使ってもらってOKなのだ、、、。

いやいや、そういう次元の問題ではない。

私が嫌いなのは、
そんな、小さなワサビ芋をつけて、
客にすらせることだ。

豚カツ屋などで、時々、
すり鉢にごまを入れて、出すところがある。
ごまを自分ですって、ソースに入れろというのだ。
せっかく、よその店に来て、食事をしようって言うのに、
なんで、いつも厨房でやっているように、
すり鉢ですらなくちゃいけないんだよう。
だから、私は、ごまをそのままかじるのだ。

もっとひどいのは焼き肉屋だ。
客に調理をさせて、その上お金をとろうと言うのだから。
ワサビだってそうだ。
せっかくお金を払って食べようというのに、
いつも仕事でやっているように、自分ですりおろせって、、、、。

いやいや、そういう次元の問題ではない。

私が嫌なのは、
そんなワサビをつけて、
そばを高級そうに見せようとすることなのだ。

水の中で作られるワサビは、
三年ぐらいかけて作られる。
なかなか成長しないので、
どうしても値の張るものになる。

ところが、そば屋で出てくる小指のようなワサビ芋は、
畑で、短期間に作られたもの。
ワサビ本来の風味はあまりなく、
ちょっと苦い味がする。
そんなものをそばに付けて、
少しでも高い金額を取ろうとする魂胆が気に入らないのだ。

もともと、そういう、
お金儲けを念頭に置いた演出だから、
余ったものは、もったいないから使え!
ということになってしまうのだね。

でも、
そんなそば屋さんばかりではない。
ちゃんとしたワサビを、
厨房ですって、香り出しをして出してくれる店もある。
(本ワサビは、すっただけでは辛みはでないのだ。)
私は、薬味ではなく、酒の肴にいただいてしまうけれどね。

皆さん、くれぐれも、
目先の演出にごまかされないように。
トイレに張ってある、
あいだみつをのカレンダーにも書いてある。

「トマトがトマトであるかぎり
 それはほんもの
 トマトをメロンにみせようとするから
 にせものとなる」

皆さん、
ワサビではなく、
そば、そのものの味を楽しみましょう。


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2008年5月29日 (木)

そば屋で「スーパーサイズ・ミー」

前回のブログの中で、
食品のカロリーを示す例として、
マクドナルドの商品を例に使わせていただいた。

マクドナルドのホームページには、
各商品の栄養成分表が載っており、
さらに、それらを組み合わせた時に、
どのくらいの栄養があるのか判るようになっている。

自由に、これとこれとと選んでみると、
意外に脂質が多く、カロリーが高かったりする。
サラダならいいだろうと思ったら、
ドレッシングの油が馬鹿にできないのだ。

私は見ていないが、
「スーパーサイズ・ミー」という映画が数年前に公開され、
世界中で話題になった。
この監督自身が、30日間、三食ともマクドナルドで食べ、
運動は一切せず、
スタッフから「スーパーサイズ」を勧められたら、
断らずに、全部食べるとどうなるかというもの。

おかげで、体重は10キロ以上増え、
医者から肝臓がおかしくなったと告げられたそうだ。
どうやら、勧められるままに、
一日5000キロカロリー以上を食べていたようだ。

これは食べ過ぎとも思うのだが、
先進国で問題になっている肥満の原因の一つが、
マクドナルドをはじめとする、ファストフードにあると、
身を持って証明したとか。

さて、その映画の影響を受けたのか、
マクドナルドでも、低カロリーの商品を扱うようになったそうだ。

なるほど、だから、ホームページにも、
一目でカロリーや脂質が判るようなページを作っているのだね。
これは、試してみると面白い。

でもね、実際にレジの前では、
そんなことなど、忘れて、つい、あれこれ頼んでしまう。
いっそのこと、注文する時に、
あの、マニュアル的笑顔で、
「お客さまの注文の品は、全部で1080キロカロリーになります。
 それでよろしいですか。」
と聞いてくれればいいのにねえ。

誰か、そば屋で、30日間そばを食べ続ける映画を作らないだろうか。
そうしたら、どうなるか。
太るかやせるか、
肝臓は?血圧は?

マクドナルドを舞台にした「スーパーサイズ・ミー」は
世界的な話題になったけれど、
そば屋でやる「スーパーサイズ・ミー」は
「あっ、そう。」のひと言で終わってしまいそうだ。

マクドナルドの栄養バランスチェックはこちらへ

こうして、健康に配慮しているふりをしながら、
欧米で話題になっているトランス脂肪酸については、
ひと言も触れていない。
やっぱり、ご都合主義の大企業。
皆さん、マクドナルドで、まあるい体型と
心臓病のもとを手に入れましょう。


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2008年5月17日 (土)

数少ない日本原産の野菜の一つ。

むかし、むかし、マルコポーロという名の大嘘つきが居たそうだ。

西洋のある国から、東洋に旅をした。
そして、その見聞録を書いて、
大いに有名になったのだ。

実は、そのマルコポーロは、
日本にもやって来た。

折りしも、春のうららかな季節。
そうして、人々の食べている野菜を見て、
ハッと思い立った。
そうだ、こういう形にすれば面白いかも知れない。

かくして、国に帰ったマルコポーロは、
マカロニというものを作って、その国に広めたのだ。
日本の野菜でヒントを得たことを隠してね。

マルコポーロは、ずいぶん嘘つきだと批判されたけれど、
このブログの書き手は、もっと嘘つきのようだ。

春から夏にかけて出回る、日本固有の野菜。
ふき。

この頃は、仕込みに手間がかかるので敬遠されているようだが、
それだけの手間をかけても余りある、
香りと食感を楽しめる。

Fuki そういえど、皮をむくのは大変なこと。

ふきに塩を振って板ずりし、さっとゆでて、水にさらして灰汁抜き。
そうして、このように皮をむく。

柔らかな、プチっとした肌から、硬い皮を、ススッと剥がしていく。
なにやら、なまめかしいような、、、。
何を想像しているんだろうねえ。

このふきは、たっぷりと出汁の香りを吸う。

Fuki2 今の季節に穫れる、鯛の腹の卵などと煮付けると、とてもおいしい。
でも、鯛を捕まえている時間がないので、今が旬の小振りのカツオを蒸して、なまりにして、煮つけてみたりする。

さくさくと、歯ごたえを残しながら、香りの高いふき。
私達の先祖は、こういう味を大切にして来たのだね。

日本が誇っていい野菜、食文化の一つ。
マルコポーロに形を真似されてしまったけれど、、(まだ言っている)。
えっ、そばでこの形を作ってみろって?
それは、、、、
ちょっと、、、

ははは、笑ってごまかそう。


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2008年4月12日 (土)

ワサビの花は今が旬。

長野でも、やっと桜の花が咲き出した。
見ごろは来週の半ばぐらいだろうか。

Wasabi1 さて、この季節に出回るワサビの花。
これをお浸しにすると、つんとした香りがあって、
なかなかおいしい。
ぬる燗の「信濃光特別純米」あたりでいただくと、思わず酒が進んでしまう、、、オイオイ。
こういう春の香りには、ちょっとぽってりとした酒が合うかも。
武重本店の「牧水 きもと純米酒」とか、大町の北安大国の「純米吟醸いいずら」とか、あっ、小布施の「本吉野川純米酒」などもいいかもしれない。
華やかな酒より、穏やかなタイプの酒を呼ぶようだ、、、、などと、かなり脱線。

よく、お客様に、ピリッと辛く作るにはどうしたらいいのかと聞かれる。
ということで、作り方を披露させていただく。
いろいろなやり方があるので、
とりあえず私の方法ということで。

Wasabi2 1、ワサビの花をよく洗い、4センチぐらいに切る。
2、塩をまぶし、皿をおもりにして30分ぐらい置く。
3、手で、黒い汁が出るまでよく揉む。
4、それを水で洗い、ざるにあける。
Wasabi3 5、たっぷりのお湯を85度に沸かし火を止める。←これが重要。
6、その湯の中に、ワサビを入れる。約30秒置く。
7、ざるにあけ、冷水をかけて冷やす。
8、ボウルにあけ、塩少々、砂糖少々をまぶして、よく揉む。
Wasabi5 9、ビニール袋に入れ、さらに密閉容器に入れて、冷蔵庫で3時間置く。

これで、ピリッと辛いワサビのお浸しが出来るはず。
お浸しだからって、茹でてはいけない。
出し汁で3倍ぐらいに薄めた加減醤油をかけて召し上がれ。

酒が進み過ぎるのは、私の責任ではないからね。


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2008年4月10日 (木)

小さい象なら入るだろうか?

クイズ好きのお客さまの出した問題。

「冷蔵庫に象を入れるために、
 三つの手順が必要です。
 その手順とは?」

えっ、なんかのとんちなのだろうか。
ええと、ゾウは「レイゾウコ」の中に入っているから、、、、
といろいろと考えてしまった私。
お客さまは、にやにやしているだけ。

さて、象は入らないが、そば汁や、食材を入れる冷蔵庫。

Frego 営業店舗には、無くてはならない存在。
業務用の冷蔵庫は、強力な冷風で食品を冷やす、たくましい機械だ。
だけど、ちょっと無骨で、音はうるさい。

この中に、作ったそば汁をステンレスのポットごと入れてある。
使うときは、小型の手つきポットに移ておき、注文があってから徳利に注ぐ。

こういう冷蔵庫の無かった時代には、そば屋さんも大変だったろう。そば汁も、その日に使い切っていたのかもしれない。




Ondo ちゃんと、温度表示もある。
でも、他の温度計も入れておいて、時々確認する。
機械には、故障ということがあるからね。

食品の温度管理は、
とても大切なこと。
でも、冷蔵庫ばかりに頼っておいてもいけないねえ。
自宅の冷蔵庫などは、時たま干物製造機になっていたりするからね。

さて、にやにやしているお客さんに降参して答えを教えてもらう。

冷蔵庫に象を入れるには、
1、扉を開ける。
2、象を入れる。
3、扉を閉める。
のだそうだ。

ははは、見事にだまされてしまった。
えっ、今度はキリンを入れるって?


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2008年4月 8日 (火)

そば汁の保存は?

お客さまから聞いた話。

そのお客さま、山の中にある、
目立たない、小さなそば屋に行かれたそうだ。
そこでそばを食べようとすると、
汁が、ものすごく辛い。
これは、いくらなんでも辛すぎだ。
そういって、店の人にいうと、
慌てて、若い主人がやってきた。

さっと、その汁を味見をすると、
すみませんと、平謝り。
すぐに替えてくれたそうだ。
それで安心、おいしくそばをいただいたそうだ。

後で聞いたら、その店では、そば汁を、
一升瓶に入れて保存しているのだそうだ。
たまたま、注文が重なって、忙しくなって、
汁の入った一升瓶と、
醤油の入った一升瓶と、
間違えて注いでしまったそうだ。

そのお客さまは、
すぐに言い訳をいわなかった主人の姿勢が気に入って、
その後、何度かその店に行ったとか。

作ったそば汁を、どこに、どのように保存するのか、
これは、私も、すごく興味のある話。

Pot かんだたでは、
湯せんした汁をそのまま一晩置き、完全に冷めてから、ステンレスのポットに移し、冷蔵庫に二、三日置いておく。
そうすることで、さらに、熟成されるのだ。
ステンレスは、普通のものでは金属臭が移る可能性があるので、そういう恐れのない特殊鋼で出来たもの。
酒やワインの醸造にも使われる素材なのだそうだ。

せっかく作ったそば汁も、扱い方一つで、変わってしまう。
一升瓶に入れている、最初のそば屋さんだって、それなりの工夫をされていると思う。
中には、ペットボトルを使うところもあるが、ちょっと私には、感覚的に出来そうもない。

まあ、こんな、そば汁のしまい方一つでも、
店の特徴が出てくるのだね。
だから、そば屋は面白いのだ。


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2008年4月 6日 (日)

そば汁の角を丸くする。

Sobajiruこってりとした、熟成された、東京風のそば汁を作るための大切な作業。

湯せん。

濃い目にとった出し汁と、カメで寝かせた「かえし」を合わせて、そば汁を作る。
でも、そのままでは、なにか、固い気がする。
特に醤油の角が気にかかる。

そこで、素焼きのカメに入れて、湯せんしながら、一割以上の汁を煮詰めるわけだ。
こうして、味が丸くなり、醤油の角が取れる。

多くのそば屋さんでは、
湯せん用の穴がそば釜に付いていて、
そこで湯せんをする。
でも、私の釜は、その穴が付いていないタイプなので、
専用の鍋を使って、長い時間ボコボコと煮ることになる。
昼過ぎの休憩時間いっぱいにかかる仕事。

いくつになっても、なかなか人間の角が取れない私。
時々は、このように湯せんをして、
丸くなった方がいいのかもしれない。

ああ、温泉にでもいこうかなあ。

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2008年3月22日 (土)

つなぎ粉の値上げ

むかしむかしのお話し。

あるとき、大金持ちたちが集まって話しをした。
お金はたっぷり持っている人たちなのに、
出て来るのは愚痴ばかり。
「この頃、景気が悪くて、
ものを売っても、金を貸しても、
あまり儲からなくなった。
何か、いい、もうけ話はないだろうか。」

すると、ある人がこう言った。
「どうじゃろう、ちょっと、目先の利いた男がおるが、
そいつに金を預けて、好きなようにやらせたら。
わしらは、何もしなくともいいのだから。」

うん、そうしてみようということで、
膨大な金額を、ムラカミ君に預けたのだ。

さて、ムラカミ君は、
みんなの食べる米に目をつけた。

当時は米は一袋が一両というのが相場だった。
でも、ムラカミ君は、
米を一袋、二両で買うと言い出したのだ。

米を扱う人たちは、
喜んでムラカミ君に米を売った。
だから、ムラカミ君のところには、
たくさんの米が集まった。

誰かが聞いた。
こんなに集まった米をどうするのかって。
ムラカミ君は答える。
「なに、一袋十両になったら売りますよ。」

みんなは彼を馬鹿にした。
米は昔から、一袋一両が相場。
それが一袋十両で売ろうって言うのだから。

だから、みんな、
一袋一両で買った米を、
そのまま、二両でムラカミ君に売った。
小金を儲けた人たちは、
大喜びで、立派な馬を買ったり、
御殿のような家を建てたり、
有名な絵を買い求めたりした。

でも、
あるとき、
自分の家の、米びつが空になっていることに気付いた。

なあに、米なんか、一袋一両で、
どこでも売っているさ。
そう思って、探してみるが、、、、
どこにも米がない。

あるのは、ムラカミ君の蔵の中だけ。

こうして、みんなは、
一袋十両の米を、買わなければならなくなった。

それを買うために、
人々は、もっとたくさん働き、
暮らしを切り詰めなければならなかった。
立派な馬も、御殿のような家も、有名な絵も、
二束三文で取り上げられてしまった。

かくして、
ムラカミ君と、金を出した大金持ちは、
ますます大金持ちとなり、
それ以外の人たちは、
ますますビンボウになったとさ。

めでたし、めでたし、、、、。

まさか、
いま、
世界でこんなことが起こっているわけではないだろうねえ。

供給バランスを無視して上がり続ける、原油価格。
それだけではない、小麦や大豆、トウモロコシもそうだ。
特に、穀物相場の上昇は、
貧困国に、重大な影響を及ぼす。
本来、その国で食べられるべき食べ物が、
外貨獲得のために売られてしまう。
その国の人たちは、何を食べればいいのだろう。

何やら、奇妙な力で動いている世界の情勢。
金持ちは、ますます金持ちになって、
貧しい人は、ますます貧しくなっていく。

これで、めでたし、めでたし、、、、

なんてことはないだろう。

昨日届いた、小麦の値上げの通知。
つい、いろいろと考えてしまうのだ。


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2008年3月16日 (日)

ホワイトデーには、白いそばを。

日本独自の習慣として、
チョコレート業界が言い出しっぺの、
バレンタインデー。
この日にチョコレートを贈るという習慣は、
すでに50年近くの歴史をもつ、
伝統的なものになってしまったようだ。

そして、またまた、
菓子業界が頭をひねり、
ホワイトデーなるものを作り出した。
バレンタインデーのお返しに、
キャンディや、クッキー、マシュマロなどを贈るというもの。
まあ、これも、商業ベースにのり、
習慣になってきているようだ。
私には、縁のない話だが。

そのホワイトデーにあやかり、
化粧品メーカーが、
その日に、美白化粧品を贈ろうという、
キャンペーンを行ったそうだ。
なるほど、美白とホワイトをかけたのだね。

ならば、そば屋でも、
この日は白い更級そばをごちそうする日にしたらどうだろうか。
彼氏が、彼女に、真っ白なそばを振る舞う、、、、。
どことなく、ロマンチックな感じが、、、、
まあ、少し無理を、
いや、かなり想像力を働かせれば、
そんな気が、しないこともない。

更級そばに関連して、
小野小町は色白の美人だった?
という話をメルマガで書いたので、ご参照を。

そば屋の楽しみ方 37号

ところで、オレンジデーはご存じだろうか。
これは、柑橘類の業者が仕掛けたもの。
さらに一か月後の4月14日に、
お互いにオレンジを贈ろうというもの。
これは、まだ、知られてないなあ。

お隣韓国では、
さらに、ブラックデーとか、
イエローデーとかがあるそうだ。
それぞれ、コーヒー業界、カレー業界ががんばっているんだね。

ならば、そば屋でもアピールすべきだ。
ホワイトデーは、
白い更級そばを食べよう。
そう言っているうちに、
習慣になるカモ。


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2008年3月13日 (木)

「駅そば」というこんにゃく。

駅の立ち食いそば。
私も若い頃には、よく利用したなあ。
あの、独特の匂いに、
つい、つられて食べてしまうんだ。

その「駅そば」の缶詰が出来たとか。
発売元は、駅の当人であるJR東日本。
首都圏のキオスクなどで売られているそうだ。

つゆの味は「関東風」と「関西風」との、
二種類があるという。
へえ、これは、面白い。
気軽にそばを食べていただける、、、
と思っていたら、
なんと、麺はこんにゃくだって。

やっぱり、そばでは、
汁に漬けるとのびてしまうのだね。

だったら、「駅そば」等と呼ばずに、
「駅こんにゃく」にすればいいのに。
パッケージの写真を見ると、
なるほど、でかでかと「駅そば」と書かれ、
その下に小さく「風味」と、
付け加えてある。

この「駅そば」の缶詰、
どうやって食べるのだろうか。
温めて売られているのだろうか。
そばだもの、やはり熱くなくては。
でも、器は缶詰。
熱くしたら、手で持てない。

やっぱり、持って帰って、
他の器に入れて、温めて食べるのだろうなあ。
一缶300円、
カロリーは45キロカロリーしかないそうだ。

それならば、
せめて、ちゃんとした手打ちそば屋に行って、
ちゃんとしたそばを食べた方が、
身体にも優しいだろう。
そばは、一食せいぜい300キロカロリー。

缶詰で、こんにゃくを食べるより、
きちんとしたそばを食べよう!
って、
たかが缶詰に、ライバル意識を持って、
どうするんだい。

今度、試してみようかな。
本当は好きだな、
こういう遊び心。

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2008年3月 7日 (金)

どうせ私は石頭。

多くのそば屋さんでは、
朝早くから、厚削りの節を使って、
時間をかけてだしをとる作業をする。

「かんだた」でも、
毎日ではないが、
だしをとるのは、朝一番の仕事になる。
煮詰める時などは、まめにアクを取り、
汁を濁らせないように注意している。

でも、
話によると、
短い時間にだしをとってしまう店が、
少しづつ、増えてきているらしい。
あくまでも、「、、らしい。」
ということで、はっきり分からないが。

これは、かつお節の粉を使ってだしをとる方法。

節粉は昔からあったが、
これは、かつお節の余りを、
熱を加えて粉にしたもの。
だしには向かず、
食品に混ぜられて、風味付けに使われた。

それが、最近は、
だしをとるのに使える節粉があるそうだ。
しかも、その風味がなかなかいいらしい。

かつお節を厚削りにするには、
普通は、一度、節を蒸して、
柔らかくしてから削られる。
一度熱を加えられることにより、
多少は、風味が失われる。
でも、だし用の節粉は、
ハンマークラッシャーとかいう、
私が見たこともない機械を使って、
熱を節に伝えることなしに、
かつお節を粉にしてしまうのだ。

削られたかつお節は、
空気に触れると、すぐに酸化して、
香りが変わってしまう。
まして、粉のにしたものならば、すぐに変わってしまうだろう。
そういう問題を解決して、
流通するようになったみたいだ。
あれ、確かに、節屋さんのカタログに載っている、、、。

だしを作るときは、
粉だから、短時間で旨味が出る。
長い時間、気を使いながら煮詰める必要もないのだ。
ということは、、、、
もう少し、朝寝ができるか、、、、。

だしを取り巻く環境は、
大きく変わってきているんだね。
あの固い、かつお節で頭を叩かれても、
節が割れるぐらいの石頭を鍛えるのもいいけれど、
ふわっと受け止める、
柔らかい頭も、
時々は必要なのかもしれない。



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2008年2月29日 (金)

料亭では使えないだし。

懐石料理などにいくと、
最初の方に、吸い物がだされる。
季節の、淡白な素材を椀種にして、
だしを味わう料理。
このだしの味で、
その店の腕が分かるという、怖い一品でもある。
だから、料亭のご主人自らが、
かつお節だけは自分で削る店もあったという。

ここに、そば屋のだしで作ったを吸い物をだすと、
味の肥えたお客さまは、
「あっ、帰らせてもらいます。」
と言って、誰も残らないことだろう。

そば屋のだしは、
和食屋さんの作るものと、
かなり違う。
そば屋のだしは、いくら濃厚だといっても、
吸い物には使えないみたいだ。
香りと風味を大切にする、吸い物のだしと、
こくと旨味を求めるそば汁のだしとでは、
そもそも、目的が違うようで。

そば屋のだしは、
厚く削った節を使って、
時間をかけて煮出していく。
でも、ただ長い時間煮ればいいという訳でもなさそうだ。
ある実験によれば、
溶け出していく酸度や総窒素量などの成分は、
90分ぐらいまで増加し、以後はあまり増えなくなる。
だから、それ以上は煮込んでも、
あまり意味はないのだね。
多くの店で、煮だし時間を一時間前後にしているのは、
理にかなっているわけだ。

さて、濃い出し汁をとるためには、
どうしたらいいのだろうか。

甘いコーヒーが飲みたければ、
砂糖をたくさん入れればいい。
だから、節をたくさん使って、
煮れば、濃いだしがとれるはず、、、、。

私もかって、そう思った。
そして、やってみた。
ところが、ところが、、、、

魚臭い、
生臭い、
、、、、そんなだしになってしまった。

甘いコーヒーを、
さらに甘くしようとして砂糖を入れると、
もう、砂糖は、溶けなくなってしまう。
溶けずに、底の方に溜まっているだけ。

つまり、
だしのおいしさの成分は、
ある程度の濃さになると、
それ以上は溶けていかないのだ。
その他の、
臭みのある成分が、
「おっ、これは俺の出番だ。」といって溶け込むから、
生臭いだしになってしまう。

だから、ほどほどの節の量がいいわけだ。

でも、もっと濃いだしを作りたい。
どうしたらいいのか。
昔の人は、ずいぶん工夫をしたのだね。
そうして、だしを煮詰めるという方法を考え出したのだ。
だしをとりながら煮詰めることによって、
旨味の成分が、
ギュッと凝縮されるわけだ。

そうして出来た、濃いだしは、
「塩なれ」のいい汁を作る。
醤油の塩っぱさを、感じさせないような、
旨味が前に、グググッと出てくるような、
そんな、そば汁になるのだね。

だから、私も、
そして、多くのそば屋さんも、
時間をかけてだしをとり、
それを煮詰めているのだ。
たいていは、朝一番の仕事。
昆布とりから始めると、
二時間以上はかかることになる。

でもね。
でもねえ。
最近は、もっと簡単に、
おいしいだしを作る方法があるんだって。

ええっ、こんなことまで、
書いちゃっていいの?
業界の裏技を、、、、
また、次回。


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2008年2月26日 (火)

かつおばかりが節ではない。

東京の老舗のかつお節屋さんのご隠居さんが、
どこかで書いていた。
戦前はそば屋は、かつお節なんか、
買いに来なかったって。

昔のそば屋は、かつお節を使わなかったの?

実は、そばのダシには、
ソウダ節やサバ節が使われることが多かったんだね。

ソウダ節は、かつお節に比べて血合い部分が多く、
濃厚なだしがとれる。

サバ節は、香りはないが、
こくのあるだしがとれ、かけ汁などに使われる。

だけど、かつお節からとれる、
香りと甘味を兼ね備えただしは、
やっぱり、魅力だったのだね。

今、多くのそば屋さんでは、
多分、
多分だけれども、
この、ソウダ節、サバ節、かつお節を、
合わせて、
または、用途によって、
使い分けていることだろう。

それぞれの節に、
特徴があり、長所と短所があるのだ。
それを補うために、
合わせて使っている。

かつおのだしは、
たしかにおいしいが、
そばと合わせる時に、
何か物足りない気がする。

そこで、濃厚なだしの出る、
ソウダ節や、サバ節を合わせるのだね。

だしというと、
「かつお」ばかりがスポットライトにあたるけれど、
ちゃんと、それを支える裏方さんがいるのだ。

でもね、本当は、
昔のそば屋さんは、
高いかつお節を使い切れなかったのかもしれない。
手軽な値段で、そばを楽しんで貰うために、
ずいぶん工夫をしたのだと思う。

そうして、独特の、
だしの取り方、作り方が生まれたのだと思う。

そば屋のだしの取り方は、
和食で普通に作られるだしとは、
全く違う。
濃厚な、こってりとした旨味をだすために、
そば屋さんは、苦労を重ねて来たのだ。
(今だって、苦労している私。)

知っているよ、
そば屋では、厚削りの節を使うんだろう。

って、でもね、
それだけではない、
そば屋のだしの秘密。
それはまた今度。

ええっ、コクをだすには、
「●の素」を入れればいいんだろうって?
残念ながら、そういうそば屋さんも、
あることは事実。
でも、いろいろ工夫しているそば屋さんも、
星の数ほどあるんだ、、、、
と信じたい。


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2008年2月24日 (日)

カビが生えているからといっても、、。

日本の料理の味の原点ともなっているかつお節。
さて、そのかつお節が、
一番消費されているのは、
どこだかご存じだろうか?

とにかくそこでは、よく使われている。
一世帯あたり、全国平均の7倍も使われているそうだ。
さて、どこでしょう。
ちなみに二番目は、四国の徳島、三番目は鹿児島となっている。

かつお節といえば、
昔は結婚式に欠かせないものだった。
「勝男」と書いて、
結納の品に入れたり、
引き出物に使われたりした。

今では、せいぜい、
パック入りの「花カツオ」が使われる程度。
ところが、昨今の本物指向で、
丸のままのカツオ節を贈る人が、
まあ、ごくたまに居るらしい。

そうすると、必ずかかってくる、
メーカーへの苦情の電話。
「あの、おたくのかつお節を貰ったのだけれど、
 カビだらけじゃないか。
 おたくはカビの生えたもの売ってんの?」

まあ、今の人は、
かつお節といえば、
削られてパックに入っているものしか知らないから、
本物の、かつお節なんぞ見たこともない。
だから、きれいにカビが生えたものが、
高級品の「本枯節」だなんて、
夢にも思わない。

メーカーも苦慮をして、
説明書を挟み込むが、
そんなものなんか、読まない人が多い。
そうして、苦情の電話を受けることになる。
でも、電話をしてくるのは、まだいいという。
多くの人は、
あっ、カビが生えている、、
と思って、捨ててしまうそうだ。
もったいない、、、、。

でも、今や、かつお節の削り箱を持っている家なんか、
競馬の万馬券を当てた人の数より少ない。
どんなに高級品でも、本物指向でも
かつお節を丸ごと一本貰ったって、
困るよね。

かつお節は、
ものすごい複雑な作業を経て作られる。
身を下ろして、一度煮立て、
骨を抜いて、形を整え、数日かけていぶす。
表面を削って、カビを生やしては乾かし、
生やしては乾かしして、
よく乾燥した、旨味のある節が完成する。

だから、かつお節には、
カビがついていて、当たり前なのだ。
決して、悪くなったわけではない。
そのカビの力を借りて、
保存性を高め、おいしさを高めているのだ。

生のカツオから、カツオ節になるまで、
その間およそ、4か月から5か月。
手間と時間のかかるものなのだ。

そう考えると、かつお節製造は、
商売としては、割のいいものではない。
使ったお金を回収するまでに、
時間がかかるのだ。
それに、せっかくいいものを作っても、
相場に左右されることもある。

そういう事情もあって、ここのところ、
少しずつ、生産者が減っているんだね。

かつお節は日本の風土が作り上げた、
まさに、食の芸術品。
頭を叩けば、こつんと痛い、
こんなものが食べ物かと思わせる、
忍者もどきの、文化の香り。

人工的な調味料の味ではなく、
自然の中から、
苦労して作り出された、
かつお節の味に、もっと親しんでみよう。

せめて、日本の文化を守るために、
かつお節のダシを使った汁で、
ズズッと、そばを手繰ろう。

さて、日本で一番かつお節が食べられているのは、
ええっ、そうなの、、、
そういえば、
ゴーヤチャンプルにも入れたりするし、、、、
でも、こんなに使われているとは、
私も知らなかった。

それは、沖縄県です。

さて、そば屋で使われるかつお節は、
どんなのだろう。
そんな話は、、、また次回。


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2008年2月22日 (金)

ブルータス、お前もか。

シェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」の中の、
有名な台詞。
味方だと思っていたブルータスが、
自分を刺し殺す、何人かの中に入っていたのだ。

この、言葉の事実については、
学者によって異論があるそうだ。
でも、頼りにしていたものに、
裏切られた時の気持ちを、
うまく表している気がする。

「ブルータス、お前もか、、。」

最近、この言葉が、
頭に浮かぶ頻度が増してきた。

この前も、
「カツオ、お前もか、、、。」
と叫んでしまった。

べつに、「サザエさん」の話ではない。

なぜだか、
どうしてだか、
誰が悪いのか、
スズメが空を飛ぶからか、
申告書をまだ作っていないからなのか、
初詣のお賽銭をけちったからなのか、

よく分からないが、
近頃、じわっと上がっている。

油の値が上がり、
豆腐が上がり、醤油が上がり、
砂糖が上がり、
ええっ、ビールが上がる予定だって。
小麦も、大幅に上がる。

そして、カツオ節も。

なんでも、
世界中でカツオを食べる人が増えて、
かつお節の原料となる、
冷凍カツオの相場が上がったらしい。

健康指向の盛り上がりで、
缶詰にされるカツオが増えたのだね。
まあ、どうしても、
食べ物の相場には、
波がある。
でも、カツオ節のような、
乾物までに影響が出るとは思わなかった。

カツオよ、お前までが、、、。

でも、
最近のカツオ節事情、
ちょっと変わってきているみたいだ。
そんなことで、
しばらく、続くカツオの話。

えっ、カツオはタタキが最高だって。
カツオ節は、
叩くと、
カンカンと乾いた音がするのが最高だって。


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2008年2月17日 (日)

つぶつぶのそばもある。

さて、私の好きなあんかけ豆腐を、
店でもお出ししている話。
前回作った、おいしいだしに、
そばの実を入れて作っている。

そばというのは、粉にするばかりではなく、
そばの実として、粒ごと、けっこう食べられているのだ。

でも、そばの実といっても、
そばを粉に挽く時につくる、
殻を剥いた丸抜きのことではない。
「そば米」と呼ばれる、
炊きもの用のそばがあるのだ。

玄そばを、塩を入れた湯で茹でて、
殻の口が開く頃に取り出し、
ムシロの上などで乾燥させる。
充分に乾いたものを、杵などで突いて、
殻を取り除いたものが「そば米」。

昔は、米と一緒に炊き込んで、
よく、食べられていたらしい。
ロシアや東欧の国では、
カーシャと呼んで、
これを粥のようにして食べるそうだ。

確かにこのそば米を、
コンソメで炊いて、
バターを浮かべてみても、
なかなかいけるのだ。
う〜ん、ウオッカを飲みたくなったぞ。
えっ、そばから作ったウオッカもあるって?

Sobamai このそば米、
煮るとあくが出るので、
一度茹でこぼす。
そうして、ざるにあけたところ。

そばの実が、口を開いて、
プチっとした食感。

これを、味付けしただしのの中に入れ、
一度沸騰直前まで温めてから、
いったん冷ます。
味が、そばの実の中にしみ込んでいくのだ。

奴に切った絹ごし豆腐をお湯の中に泳がせて温め、
お湯を切って器に入れる。
火にかけて、片栗粉でとろみをつけた、
そばの実入りのあんを、とろりと張って出来上がり。
天盛りには、柚子の皮だけでシンプルに。

ああ、だしの香りと、豆腐の甘味と、
そばの風味が解け合って、おいしいなあ。

このそばの実のあんかけは、
他の材料でも使える。
スズキや甘鯛、サワラなどの
淡白な魚を焼いて、
このあんをかけてもいい。
味をちょっと濃いめにして、
薄味で煮た冬瓜の、冷やしあんかけなども、
夏の暑い季節にはいいだろう。

素朴で、地味な、そば屋の料理。
でもね、だしの取り方にしても、
そば米の作り方にしても、
昔から、受け継がてきたもの。

遠くから来たものではない、
誰か知らない人が作ったものではない、
さまざまな調味料で化粧をしたものでない、
、、、、、凍ったものではない、、、
こういう味を、
大切にしたいなあ。


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2008年2月15日 (金)

あんかけ豆腐はダシが決め手。

東京は鴬谷に、
老舗の豆腐料理屋がある。
入ると、広い玄関で番頭さんが迎えてくれる、
料亭のようなところ、、、いや、実際料亭なのだが、
一階の大部屋には、誰でも入れて、
手ごろな値段で豆腐料理を楽しめる。

私は、ここの、あんかけ豆腐が好きだ。

注文すると、
ちょうど手のひらに入るぐらいの小振りの器に、
とろみをつけた八方だしが張られ、
四角い絹ごし豆腐が、つんとすまして真ん中にいる。

その暖かい豆腐を、
箸で崩しながら、だしとともにいただく。
だしの旨味と、豆腐の甘味が絡んで、
なんとも微妙な、知的な味をかもし出す。

この店であんかけ豆腐を注文すると、
器が二つ、目の前に置かれる。
注文を間違えたかと思うと、そうではない。

店の口上によると、
昔、上野の殿様(誰のことだろう)が、
あんかけ豆腐を頼まれると、
決まって、おかわりをしたそうだ。
ならば、初めから、
おかわりの分も出してしまおう。
そうして、二つ出すのが、
この店の決まりになったとか。

だしと豆腐だけの、
素朴な組み合わせなのだが、
なぜか、時々、
このあんかけ豆腐が食べたくなるのだ。

といっても、
今は長野に島流し、、、じゃない、山流し、、、でもない、
ええい、長野に定住している身としては、
そうそう鴬谷まで行ってられない。

それならば、
自分で作ってしまえ、、、
ということで、
コースの料理に取り入れたりしている。
そば屋らしく、あんにそばの実なんぞを炊き込んだりしてね。

この料理は、
まず、おいしいだしを作ることが大切。
いや、これに限らず、
なんでも、だしを上手に取ることが、
料理をおいしくするコツなんだろうなあ。

だしの取り方なんか、
料理の本にいくらでも書いてあるけれど、
ここでちょっとおさらい。

鍋に水を張って、
昆布を一切れ入れて火にかける。
別に、利尻や羅臼でなくとも、
汁は濁るが三石(日高)でも充分。
火は弱火にして、20分位で沸き上がるようにする。

鍋全体から湯気が上がってきたら、
昆布を取り出す。
そして、ひたすら、かつお節を削る。
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、釈迦、シャカ、シャカ。
あれ、何か混ざったぞ。

Fusi 鍋の湯が沸いたら、
火を止め、
削りたてのかつお節を入れる。

かき混ぜてはいけない。
節の重みで、
湯の中に沈んでいくのを待つ。

沈んだら、再び火をつけ、
沸騰寸前で止める。
あくを掬いとり、
じっと待つこと三分間。
そこで、コシ布を使って、節をコシ取る。

だしの成分を出そうと、
箸でかき回してはいけない。
沸騰させてはいけない。
長い時間浸してはいけない。
節をたくさん入れ過ぎてはいけない。

節には、おいしい成分と、
生臭くなる成分が潜んでいる。
生臭くなる成分が気が付かないうちに、
おいしい成分だけを、引き出しのだ。

こうして出来ただしに、
16:1:1
だし:みりん:しょうゆ
の割り合いで加える。
これがおいしいのだ。
化学調味料で作った味なんか、
足元にもおよばないおいしさ。
私など、
味見と称して、グイグイと飲んでしまう。
うーん、これが、
日本料理の基本の味なのだね。

さあ、このだしを使って、、、
あれ、
書くところが無くなった。

続きは次回に。

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2008年2月12日 (火)

骨と雲丹は待ってます。

「おおい、ご隠居さん。
 てえへん(大変)だ、てえへんだ。」

「おお、なんだい、熊さん。
 またまた、大変だなんて、大騒ぎして。」

「へい、てえへんなんで。」

「まったく、いつもあきれるねえ。
 で、今度の大変はなんだい。」

「へぇ、あの、八の野郎が、
 ついに、頭がおかしくなりましてね。」

「ほう、八さんといえば、つい先日、
 都へ引っ越していったばかりじゃないか。」

「そう、それでね、あっしに、
 手紙をくれたんですよ。
 そこに書いてあることが、どうもおかしい。」

「ほう、どうしてんだい。」

「いえ、なんでもね、新しい趣味を
 始めたらしいんです。
 それがねえ、なんと、
 『骨』だって言うんですよ。
 それと、『ウニ』。
 これが家で待っているって書いてあるんですよ。」

「ほう、骨ねえ。
 それにウニを飼っているんかい。
 そりゃあ、確かにおかしな趣味だ。」

「ほら、これがその手紙。
 骨とウニは待っています、って書いてあるでしょう。」

「どれどれ、
 うん、けっこうきれいな字を書くじゃないか、八さんは。
 『骨とうにはまっています。』
 ははあ、熊さん、
 これは骨とウニではないよ。
 『骨とう』だよ。」

「えっ、『骨とう』。」

「そう、古い道具や焼き物を集める趣味のことだ。」

「でも、骨とうって、難しいんでしょう。
 八なんかに、分かるんですかね。」

「ほら、うしろの方に書いてあるが、
 蕎麦猪口を集めているらしい。」

「へえ、蕎麦猪口ねえ。」

「蕎麦猪口は、わりと手ごろな値段で売られているし、
 何より、模様の変化が多彩で、面白い。
 花あり、景色あり、幾何学模様ありとね。
 気に入った蕎麦猪口で、
 お茶やコーヒーを飲む人もいるらしい。」

「蕎麦を喰うだけじゃないんですね。
 あっしはそれで、蕎麦前をいただきたいね。」

時間と、何よりもお金があれば、
集めてみたい蕎麦猪口。
古いものは、今のものより、
ずっと小振りで手に馴染み易い。

江戸時代の終わり頃、
伊万里で作られたものが良いとされているが、
いろいろな場所で、
いろいろなものが作られたみたいだ。
何しろ、たくさん使われた食器だからね。

古い蕎麦猪口を、
さり気なく飾ってあるそば屋さんもあるけれど、
なかなかいいものだ。

Sobachoko 蕎麦猪口は、基本的に、
白地に紺の模様だから、
その絵柄に凝るよりほかはない。
「かんだた」に置いてある古い蕎麦猪口も、
きっと、職人さんが、
一生懸命書いたのだろう。
多分龍のつもりだろうけれど、
なんとも、かわいらしい顔をしているのだ。

機会があれば、骨とう屋さんで、
お値打ちの蕎麦猪口を探すのも、
楽しいだろうなあ。



 

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2008年2月 3日 (日)

スーパーでも宣伝している節分そば

さて、今日は節分。
皆さん、豆を撒かれましたか。

私の子供の頃には、
どこの家でも、
豆撒きの声が聞こえたものだった。
何でも、鬼が逃げやすいように、
家中の扉を開け放して、豆を撒いたとか。
「鬼はそとー、福はうちー。」
と大きな声を出してね。
近頃では、そんな声は聞かれなくなったようだ。

さて、江戸時代には、
この節分にそばが食べられていたらしい。
節分の次の日は立春。
正月とは別に、
この日から,新しい年が始まると考えられたのだね。
だから、前日の節分に食べるそばを、
「年越しそば」と呼んだそうだ。

大晦日の「年越しそば」は、
それに比べると、
新しい習慣だという。

なるほど、節分にそば。
どのみち、そばを食べる機会の増えることはいいことだ。

ということで、
節分の本日、「かんだた」で用意したのが、
この「節分そば」。

Setubun青豆の粉を更級に打ち込んだ、
「鬼打ちそば」と、
いつもの手打ちそばとの合い盛り。

節分らしく、入り大豆と、
田作りを添えてみた。

皆さん、足元の悪い雪の中を、
ご来店ありがとうございました。
いい厄払いに、なったでしょうか。

これに味をしめて、
来月の初めには「雛(ひな)そば」をやってみようかな、、、
と、考えているところ。
本来は、飾った雛をしまう時に、
そばを食べたという話。
でも、せっかくだから、
彩りのいいそばを、お雛様に見立てて、
いただくことは出来ないだろうか。

まあ、来月のお楽しみということで。


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2007年12月25日 (火)

ブログの題名の通りに、、、。

夜の営業をするようになって、
ずっと、寝不足が続いている気がする。

Neko ところが、我が家の猫ときたら、
ずっと、気持ち良さそうに寝ているばかり。
ちょっかいを出そうものなら、
「わたしゃ、
一日30時間以上寝ないと寝不足なんだから、
放っといてよ。」
と、えらい剣幕。
そのくせ、お腹がすいた時は、
こっちが寝ていようが、
大騒ぎで催促する。

Sagi 店に行く途中の、
まだ薄暗い河の中州では、
シラサギが、群れをなして、
夜を過ごしている。
この鳥は、河の中に、
立ったまま眠っているのだね。
私も、店で、立ったまま眠れるといいのだけれど。

このサギの群の近くには、
やはり、鴨たちも、群をなしている。

うーん、サギとカモ。
やはり、切れぬ仲なのだ。

Kaesi 店の奥で眠っているのは、
そば汁の元になる「かえし」。
こうして、カメに入れておくことで、
醤油とみりんの味が、
まろやかになる。

老舗のそば屋では、土に埋められたカメに、
寝かしておくとか。

新しく作った「かえし」は、
小さなカメに入れて一週間ほど置き、
それから、この大カメに移す。
布巾をかけて、
蓋を少しずらして、
寝息が聞こえるようにして(?)、
静かに眠らせておく。

眠ることで、
味が作られていくのだ。
私も眠ることで、
人間が作られて、、、、。

それだけ寝てれば充分だ!
と、怒られそうだ。


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2007年12月 8日 (土)

そば寿司のコースが好評

いよいよ師走に入り、
世の中慌ただしいようだ。
まだ、年賀状も、年越しそばの準備も、
全くしていない呑気な私。

さて、このところ、
小人数ではあるけれど、
夜のコースのご予約を頂き、
それがちょっと続いて、
うれしい限り。

特に、東京からのお客さまが何組かあって、
とてもいい気分で仕事をさせて頂いた。
かんだたのコースは、
素朴な野菜料理と十割そば。
長野の人たちには、
野菜の料理なんぞ、見向きもされないが、
都会から来られた方々には、
珍しかったりするようだ。

そして、そういう方々は、
食べ方がきれい。
料理のこともよく知っていて、
いろいろと聞かれたりする。
やっぱり、都会の人って、
粋な感じがする。

、、、、って、私も東京育ちのなのだけれど。

コースの料理は、
あくまでも、そばが主役になるように、
そば屋ならではの、素朴な料理。

Sobazusi その中でも、ポイントとなるのが、
このそば寿司。

そば寿司というと、
海苔で巻いたり、
稲荷に詰めたりというのが多いけれど、
かんだたでは、酢締した更級を、生ハムと、サーモンで巻いている。
手前は、くず粉を入れて板にしたそば豆腐で、タラコを巻き込んだもの。

食べれば一口だけれど、
ものすごく手間がかかる。

Sobanomiannkake 寒い時期には、
こんなそばの実あんかけをお出しする。

落とし卵(抜きタマゴ)の形を整え、
茹でたエビを載せて、
あんをかける。
タマゴはもちろん、松代の農家で育てられた、
元気な鶏のもの。

これは、出汁を味わって頂く一品。
そば屋の出汁ではなく、
ちゃんと、かつお節を削って、
みりん、しょうゆで、汁を作っている。

そのほかに、
そば豆腐、
そば汁で煮込んだ鴨肉に、自家製の梅干しで作ったたれをそえたもの、
時間をかけて作った練り味噌の風味がきいた、
カキとキノコの陶板焼き。

かんだたでは、特別な場合を除いて、
揚げ物をお出ししていないので、
カロリーを気にせず、
たっぷりお楽しみあれ。

あれ、今回は、
宣伝臭く終わってしまった。


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2007年11月12日 (月)

そば湯を掻き混ぜて飲むのは、、。

近頃は「みっともない」という言葉は、
あまり使われないのだろうか。
私は子供の頃、
周囲の大人たちに、
よくこの言葉で諭さされた。

「みっともない」とは、
他人から見て、恥ずかしく映る、
自分の姿のことなのだろう。
昔の人は、
他人の目を、けっこう気にしていたのだね。

そんな、言葉で注意された、
子供の時の私。
そば屋で出てきた、
そば湯の入った湯桶を振って遊んでいたら、
そんなみっともないことをするな、
と叱られた。
別の親戚筋の人が、
そば湯を揺すって飲むのは、
乞食のすることだ、
と幼い私を戒めた。

なるほど、そば湯の底に沈んでいるカスまで飲もうというのは、
はしたないことなのだ。
そう、私は理解した。

大きくなってからも、
ある年配の人と、そばを食べた時に言われた。
「君ぃ、どうして、湯桶の口は、途中から出ているか知っているかい。」

ええっ、急にそんなこと言われても、
分かりません。

「お茶の急須は、底の方から口が出ているだろう。」
はい、なるほど。
「でも、そば湯の湯桶は、桶の真ん中辺りから口が出ている。」
はい、その通りです。
「なぜだか分かるかね。」
はい、わかりません。

「いいかい、そば湯というのは、
本来、上澄みを飲むものなのだ。
 でも、忙しい時にそば湯を汲めば、
どうしてもオリが一緒に入ってしまう。
 だから、湯桶に入れて、沈んだオリが入らないように、
真ん中から口が出ているのだ。」
ははあ。
「そば湯は、こうして、静かに、
済んだ上澄みを飲むものなのだ。」
はい、なるほど。

太陽と地球が回って、
あれから、遥かな時間が経って、
地上には、あの時代とまったく違う生物が君臨している。

そば湯を揺すって飲むのは当たり前、
あれ、中には、箸で掻き回している人がいる。
今度、そば湯用のマドラーを開発しなければ。

「みっともない」と言いながら、
シャッキッと生きた人たちの時代から、
「貰えるものは何でも貰ってしまえ」という、
ガッチリ、シッカリとした人たちの時代になったんだね。

ええ、お前は、
世の中、乞食みたいな人が増えたって、
言いたいんだろうって?

そ、そんな。
そんなことは、ありませんよ。
そんなことは、たとえ頭の中で思ったとしても、
書いたり言ったりしませんよ。

えっ、言ってるって。


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2007年11月10日 (土)

うどん湯と言うのは聞かないが。

子供の頃入った近くのそば屋で、
こんなことを言っている大人たちがいいた。

「なんだ、このそば湯は。濃すぎるじゃねえか。」
「おい、こんな濃いそば湯でそばを茹でやがって。」

「そば湯」というのは、
そばを茹でた釜の湯のこと。
そばを茹でた後に、
湯桶(ゆとう)に入れられて、
席に置かれる。

これを、そば猪口に残ったそば汁に注ぎ、
ついでに、残しておいた薬味のネギを入れて、
吸い物を味わうようにして飲むというのが、
そば通と言われる人たちの習慣。

さて、そば釜の中の湯は、
そばを茹でていくにつれて、
だんだんと、濁ってくる。
これは、そばに付いた打ち粉が落ちるのと、
そばの成分が、いくらか溶け出すためらしい。

そうして、濃く濁った湯になると、
そばは固いままで膨らまず、
よく茹でられないようになってしまう。

だから、そばを茹でるときには、
お湯の濃度に気を配り、
こまめにお湯を替えていくのだ。

「そば湯」が濃いというのは、
そういう仕事をおろそかにしていること。
だから、そば通の人たちは、
職人の仕事を、
「そば湯」を通して見張っていたのだね。

いわば「そば湯」というのは、
こういう湯で、そばを茹でましたよっていう、
職人の示す証明だったのだ。

私もくれぐれも、濃い「そば湯」を
お出ししないようにしよう、、、、、、と、
思っていたら、、、、、。

「おおい、そば湯が薄いよ。
 もっと、たっぷりと濃い奴をくれよ。」
という方が増えてきた。

本来は、汁のだしの味を楽しんだ「そば湯」だけれど、
そばそのものの味を「そば湯」で楽しむ方が、
増えてきたようだ。

う〜ん。
これは、喜ぶべきか、悲しむべきか。

ということで「そば湯」は
本来の、そばの抜き湯、つまりゆで汁から、
そば粉の溶き汁に変わろうとしている。

そば湯についての、お客さまの見方が、
昔と変わってきているんだなあ。

「そば湯」についていえば、
こんなことも平気になったなあ。
昔は「乞食みたいだ。」っていわれたものだけど。
という話は、また今度。


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2007年11月 8日 (木)

さら湯で茹でたそばは、どうしていけないの。

昔、そば打ちを教わった人に、
さら湯で茹でたそばは、
お客様に出していけない、と言われた。
つまり、新しいお湯で茹でたそばは、
茹で方が安定しないから、
商売してはいけないというのだ。

へえ、そうなのかなあ。
なんでだか、よく分からないが、
つい、そうする習慣ができてしまった。

だから、釜に沸かした、
新しい湯で茹でるのは、
自分の味見用。
間に合わない時には、
そばを打った時の切れ端をとっておいて、
捨て茹でをしてから、
お客さまのそばを茹でる。

どこが違うのかなあ。
新しい湯で茹でたそばと、
使った湯で茹でたそばと。

新しい、薄い湯で茹でるときは、
ちょっと、短めの時間で茹であがる。
濃くなったそば湯で茹でると、
心持ち長めになる。

そんなことは、そば屋の常識といってしまえば、
それまでだけれど。

Yuderu 恥ずかしながら、やっと最近、
そんな、茹で加減の違いを、
感ずるようになった。
新しい湯と、使った湯と。

私も、最初の頃は、
そばを踊らせて茹でていたでけど、
今では、そばを遊ばせるようにしている。

どこがちがうかって。
そばの膨らみ、
食感。

香りや味ばかりでない、そばの世界。
たかが、茹で方一つで、
変わってしまうものもあるのだ。

で、その茹でたお湯、そば湯の話は
また、次回に。

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2007年10月18日 (木)

三百年前の大工道具って?

Gohouseki 善光寺の本堂の正面の両脇に、
人背の高さぐらいの石が立っている。
これはいったいなんなのだろう。

立て札によると、これは護法塚といって、
この善光寺の本堂が建てられた時、
使った大工道具を埋めたのだそうだ。

さて、どんな道具が埋められているのだろう。
機械の無かった時代の話だ。
柱を削るのも、板に挽くのも、
木を組むためのホゾを彫るにも、
すべて、人の力でやったのだ。

三百年前、
この立派な建物を建てるために、
いったいどんな道具が使われ、
どのような工夫があったのか、
ちょっと気が惹かれる。

さて、その三百年前に、
そばはどのように食べられていたのか。
実は、すでに製粉と製麺に関しては、
かなりの技術があったらしい。
今とほとんど変らない形の麺は、
この時代には作られていたそうだ。

でも、汁が違っている。
なぜなら、この時代、
まだ、醤油が一般に広まっていなかったのだね。

だから、
そばは、ぱらぱらとチーズを振りかけて、
手づかみで食べられていた、、、、
なんて冗談を、今回のメールマガジンに書かせて頂いた。

よろしかったら、こちらをごらんあれ。

その頃食べられていた、味噌垂れの汁を、
当時書かれた本を参考に作ってみた。
そのしょっぱい汁で食べるそばを、
題して「精進味噌垂れ、三百年そば」
ちょうど長野の中心市街地で行われている、
「ながの・コナモン・フェスティバル」にあわせて、
今月、28日まで期間限定で、提供させて頂いている。

実はこの汁、
ちょっと恐い汁だ。
出汁も甘味も使っていないので、
そばの味が、ガツンと口に当たるのだ。
汁の味で、そばを包む訳にはいかない。
しっかりとそばの味を作らないと、
ただ、しょっぱいだけの汁になってしまう。

う〜ん。
むずかしい。
でも、でもこういう食べ方も、
おもしろいなあと、
かなり本気で思っているところだ。
よろしかったら、お試しあれ。


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2007年10月11日 (木)

ビンテージそばの可能性。

「人は皆、自分のことを上質なワインだと思っている。
 だから、年が経てば経つほど、価値が上がると思っている。
 でも、実は、飲み頃を過ぎて、酢になりかかっていることに、ほとんどの人は気が付かないんだ。」

クエンティン・タランティーノ監督の映画、
「パルプ・フィクション」の中に、
このような台詞があった。

ブルース・ウィリス演ずる熟練のプロボクサーに、
ギャングの親分が、八百長を仕掛けようとして、
説得する時に使われる言葉。

だから、そろそろ、実力で勝負することに、
見切りを付けたらどうかと、誘いを掛けているのだ。
なるほど、人に話を伝えるには、
このような、たとえ話を用意しておくといいんだね。

この話のように、
すべてのワインが、年とともに熟成する訳ではない。
造りのいい、限られた年に作られたワインだけが、
年月を味方に付けるのだ。
多くのワインは、まあ、早めに飲んでしまった方が、
無難なのかもしれない。

さて、日本酒は、今までほとんど、
何年も貯蔵して飲まれるようなことはなかった。
冬に仕込まれた酒は、
ほぼ一年の間に出し切ってしまうのが、
いわば常識だった。

蔵から出され、瓶詰めされた酒は、
そうそうに、喉を潤すために使った方がいいとされてきた。

でも、最近は、酒造技術の発達とともに、
貯蔵酒、いわゆる古酒が研究されるようになったのだ。

酒造組合の試飲会へ行っても、
この古酒を飲ませてくれるところが増えてきた。
二年、三年は当たり前、
五年、そして十年なんてものもある。

味わいもさまざまだ。
糠味噌のような、つんとする酒もあるし、
ただただ酸っぱいものもある。
でも、中には、今までの酒にはない、
独特の香りを放つ酒がある。
とろっとした、濃いエキス分を感じる。
う〜ん、これは、日本酒とは別物だぞお。

そんな訳で、古い酒が、すべて悪い訳ではない。
ある質の酒を、ある条件で保存すると、
また違った味わいのある酒に変っていくのだ。
この作り方は、まだ、確立されていないから、
各蔵で、試行錯誤をかさねているところ。

これからは、○○蔵の××年もの、
なんて言うブランドが確立されるかもしれない。
すでに、古酒を配合して、
独特の味わいの酒を売り出しているところもあるんだ。

日本で一番値段が高い、
と言われている酒を造っているのが、
茨城にある酒造。
ここの日本酒は、
ニューヨークの一流レストランで、
ロマネコンティ等と並んで、
一本百万円位で売られているそうな。
何でも、欧米のワインの専門家に高い評価を得たとか。

私も飲みに行きたいけれど、
アメリカまでは、なかなか時間がなくて、、、、
と負け惜しみ。

この酒も古酒を使ったものなのだそうだ。
日本酒の新しい可能性を持つ、古酒。
もっと注目されていいだろう。

そうか、酒だって、
置いておけば、うまくなるものがあるのだ。
そばだって、置いておけば、
おいしくなるものがあるかもしれない。
「○○年ものの古そばを使ったせいろ」
なんて、面白いかもしれない。
えっ、食べたくないって。
いや、そういう常識を、、、。

皆さんは、年とともに、
いい味になっていますよね。

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2007年10月 9日 (火)

私は酒が苦手、酒は光が苦手。

ここのところ、酒の話ばかりで、
いったい、そばの話はどうなったのかと、
怒られそうだ。

今年は、いろいろな理由があって、
新そばが遅れている。
もう少しお待ちを。

ということで、今日もしつこく酒の話。

知り合いから聞いた話。

ある人が、仕事のお得意さんから、
「越の○○」なるお酒を頂いた。
とにかく、名前だけは有名な酒。
その人は、ありがたがって、
自宅の床の間に、ずどんとその酒を飾っておいたそうだ。

こんな有名な酒があるなんて、
みんなに自慢できる。
いい機会があるまで、こうして飾っておこう。

そうして、来る人には、その酒を、
見せびらかしていたのだ。

やがて、親戚みんなが集まる席があって、
その酒を、いよいよ、開けようということになった。

さあ、これが、有名な「越の○○」だぞっと、
皆で乾杯。
一口飲んで、あれ、みんな黙ってしまった。
おいしさに、声も出なかったのだろうか。

やがて、一人が言った。
「ずいぶん酸っぱい酒だなあ。」
「なんだか、色が黄色っぽいけれど。」

一年近く、明るい床の間に置かれた酒は、
見事に変質していたのだ。
それでも、その人は、
意地で「おいしい、おいしい。」と言って飲んだとか。

日本酒は、すごくデリケートなものだ。
その置かれた環境によって、
味が変わってしまうことがある。
特に、光には弱いのだ。
多くの日本酒の瓶が、茶色をしているのも、
この光を防ぐためのもの。

酒屋やスーパーの、
明るい店頭に並べられた酒も痛みやすい。
だから、心ある酒屋さんは、
明るいところに並べるのは空の瓶で、
あとは、暗いところに置いてあったりするのだ。

日本酒には、特に賞味期限はないようだが、
おいしさを味わうには、新しい方がいいようだ。
ラベルの右下に、
出荷された年月が標されているのでご参考に。

いくらいい酒を貰ったからといって、
明るいところに飾っておかない方がいい。
箱などに入れて仕舞っておいて、
早めに飲んでしまうに限る。

そばも打ちたてがおいしいように、
酒も、蔵からおろしたての方がおいしいのだね。

でも、でも、世の中には、
へそ曲がりな人もいて、
古くなった酒が好きな人もいるそうだ。
どんなにへそ曲がりでも、
古くなったそばを好きだと言う人はいないけれど。

そんな古くなった酒の話をすれば、、、。
で、まだ、酒の話は続くようだ。

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2007年10月 7日 (日)

時間の力

フランスはボルドーと言えばワインの産地。
その中でも、サンテミリオンといえば、
ワイン好きの方なら、思わずよだれが出てしまう、
銘酒の生産地。
小高い丘の上にある、中世風の町をぐるりと囲んで、
たくさんの醸造所があり、味を競っている。

友人の案内で、そのうちの一つの醸造所を訪ねた。
もう、二十年近く前のことだ。

オーナー自らの案内で、ワインの眠る蔵に案内してもらった。
建物は古いれんが造りだが、ワイン樽の置かれている蔵は、
きっちりと空調が利かされていて、ひんやりする。
一年前に仕込まれた、ワインが詰められた樽が、
壁に飾られたマリア像によって、しっかりと見守られている。

樽からすくったワインを、「試し」だよ、
と言ってグラスに注いでくれる。
大きめのグラスに、ワインをたっぷりと注ぎ、
グラスを持ち上げて、色を見る。
ぐるぐると回して、アルコールの粘りを見る。
鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
そして味を見る。

「これはまだ、味あう段階のワインではない。」
オーナーはそういって、足下のバケツに、
残ったワインを捨ててしまう。
ええ、捨てちゃうの。
口の中で、シュワシュワしていて、
美味しいのに。
と、ごくごく飲んでしまった私。

約一年、樽の中で育ったワインは、
今度は瓶に詰められ、
薄暗い蔵の中に寝かされて、
静かに熟成の時を待つ。
広大な蔵の中で、
膨大な、もの言わぬワインの瓶に囲まれた時、
人の力では、どうしようも出来ない、
時の力を感じる。
この、時の流れの中で、
人間は、無力に等しいのだ。

そして、人間の出番である、
熟成の時を、ひたすら待つより他はない。

同じ醸造酒である日本酒も同じ。
冬に仕込まれた酒は、
じっと、蔵の中で、熟成の時を待っている。
造りの季節でない時に、
酒蔵を見学にいくと、
蔵には動きはなく、
ただ、ある種の、緊張した時間が流れている。

ステンレスや、ほうろうの桶に入れられた酒が、
まさに熟成の時を待っているのだ。
日本の酒蔵も、フランスのワインの醸造所も、
同じような、時の力を宿しているのだ。

幸いなことに、日本酒の場合は、
ワインより短い時間で、熟成の時がやってくる。
さあ、これからの季節。
そうやって、時間が、
人間にバトンタッチしてくれる季節なのだ。

秋の新酒を、
心して、味わおう、楽しもう。

あ〜あ、嫌だね飲ん兵衛は。
ああのこうの、理屈を並べて。
だから、私は酒が苦手なのだ。


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2007年10月 4日 (木)

見た目はおしゃれだけれど。

さて、私が苦労して、選んだ酒の話は、
またあとで。
ちょっと、トラブルがあったもので。

最近は、飲みに行って、
ちょっと高い酒を頼んだりすると、
しゃれた、片口なんぞに入れて、
出してくれるところが多い。
そば屋でも、そのように出されるところもある。

焼き絞めの焼き物の片口に、
これまた、オシャレなグラスなんかで出されると、
おお、なかなかいいね、、、
という感じになるようだ。

でも、でも、
酒が苦手な割に、
酒にうるさい私としては、
ああ、この店は、
酒を知らない方がやっているのだな、、と思ってしまうのだ。

片口のように、口が大きくあいた器からは、
酒の香りが、あっという間に抜けてしまう。
何しろ今まで窮屈な瓶に入れられていたお酒。
急に広々としたところに出されて、
エエイ、これは気持ちいいぞって、
たちまち、どこかへ行ってしまう香りがあるのだ。

香りを楽しむ吟醸酒などは、
むしろ、口のつぼまった徳利で出すべきかもしれない。
そのほうが、いつまでも、
新鮮な出会いがある訳で、
空気に触れる面の大きい片口は、
最後の方には、残り物的な香りしか無くなってしまう。

伸び切ったそばを食べているみたいだ。

だから、酒を片口で出された時には、
大急ぎで飲まなくてはならないのだ。

そうか、店の人は、
早く酒を飲んで、とっとと帰ってもらいたいから、
片口で酒を出すのだな。
そこまで読んで、
あえて、片口で酒を出しているのだとすれば、
う〜ん、手強いぞ。


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2007年9月28日 (金)

グラナダのシェリーは最高!

引き続きお酒の話。

スペイン南部の町、グラナダは、
多くの観光客を引き寄せている。
この町には、世界遺産のアルハンブル宮殿があるからだ。

そんな観光客で賑わう広場から、
ちょっと入ったところに、
なかなか雰囲気のいい酒場があった。
グラナダの人たちで賑わうその店は、
壁はアラブ風のタイル張り、
年気の入った、分厚い板のカウンターの向こうには、
大きなシェリー樽が積み上げられている。
その樽から、よく冷やした、
辛口のシェリーを、グラスに注いでもらうのだ。

スペイン語では、シェリーのことは「へレス」と呼ぶ。
シェリーの造られる町の名前からきているのだ。
もっとも、シェリーという名さえ、
「へレス」の英語読みの発音だとか。

あれあれ、このシェリーという酒、
かなり強いぞ。
普通の白ワインより、
アルコール分が多いのかもしれない。

そう、それもそのはず。
シェリーは、発酵した白ワインに、
ブランディーを加えて、
アルコールを強くしてあるのだ。

ははん、普通のワインで物足りない飲ん兵衛が、
もっと、強い酒を飲ませろ、、、と言うので、
造った酒なんだな。
でも、この独特な香りは、
他のワインには、ないものだぞ。

もともと、スペインの南部のような、
熱いところは、ワインづくりに向かない。
せっかくワインを造っても、
すぐに他の菌が繁殖して、味が変わってしまう。

そこで、ブランディーを加えることで、
そういう菌の繁殖を押さえ、
風味を保とうとしたのだ。

なるほど、ただの飲ん兵衛の発想ではないのだね。

こういうアルコールを加えたものを「強化ワイン」と呼ぶらしい。
ほかには、ポルトガルのポルト、マデイラなどが知られている。
ヨーロッパでは、基本的にワインにアルコールを加えることは禁止されている。
でも、こうして、伝統的なワインだけは、認められているんだ。

ブランディーのアルコールを加えることによって、
酒の香りや味を保てるのだね。

ちょっとまてよ。
米のワインと言われる、日本酒だって、
同じ方法が使えそうだぞ。

そう、米から造った「純米酒」は、
味が変わりやすい性格を持っている。
その原料の米の性質、作り方、貯蔵方法等によっては、
どんどんと、味が変わっていってしまうものもあるのだ。

特に、微妙な味や香りを持つ酒。
これを、いい状態で保ちたい。
そういう時に、ちょっとアルコールを加えることによって、
それが出来るそうだ。

量を増やすためでなく、
品質を安定させるために、
少量のアルコールを加える。

そういう日本酒もあるのだ。
これを「本醸造」と呼んでいる。

あれあれ、また、難しい言葉が出てきたぞ。
切れやすい「十割そば」もいいけれど、
長くつなぐために、少しのつなぎを入れて「二八そば」にしてみる。
まあ、そんな考え方だね。

だから、たとえ醸造用アルコールが使われたとしても、
この「本醸造」という使い方なら、まだ、酒本来の味を保てるはず。
やはりラベルに書いてあるので、日本酒を飲む時はご確認を。

ということで、やっと、「かんだた」で使う日本酒の話ができそうだ。
実はこの秋に使う、お燗用の酒を選ぼうと、、、。
あれっ、また時間切れになってしまった。

まだまだ続く酒の話。


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2007年9月27日 (木)

「米だけで造られた酒」というけれど、、。

引き続き日本酒の話。

今売られている、ほとんどの日本酒は、
米以外の原料から造られた醸造用アルコールによって、
二倍にも三倍にも増量されていることを述べてきた。

でも、日本酒の本来の味とは、
米だけを使って作られた「純米酒」にこそあると、
かねがね私は思っているのだ。

さて、酒を作るための米は、
普通の米とはちょっと違う。
でんぷんの多い方が、いい酒が出来るため、
粒の大きな、でんぷん質の米が使われる。
これが酒造好適米と呼ばれているやつだ。

このお米の周りの部分には、
いろいろな成分が含まれているので、
これを精米して取り除き、
中心部分のでんぷんの多いところだけ取り出す。

その外側を削る割合のことを、
精米歩合と呼び、
70パーセントとか、60パーセントとか、
数字の少ない方が、
より品質の良い酒が、出来ると言われている。

大吟醸と言われる酒などは、
精米歩合が50パーセント以下というものもある。
お米の、半分以上を削ってしまうのだね。

こうして精米されたお米は、
まるで仁丹の粒のような、
丸い乳白色をしている。
こういう米から作られると、
独特の香りの酒が出来上がるのだ。

いい酒を造るためには、そうやって、
お米を磨くのだ。
たくさんの米ぬかが出来てしまうけれど、
これも、お酒のため。
ちょっと、もったいないなあ。

そう、大量に出る米ぬかを、
もったいないと思うのは、酒造メーカーも同じ。
そこで、彼らは、なんとか、
この米ぬかを活かせないかと考えた。
そしてついに、この米ぬかから、
なんと、お酒を造ってしまったのだ。

この「米ぬか糖化」という方法で造られた酒も、
原料はお米だけ。
つまり「純米酒」と同じ訳だ。

こうして大手メーカーは、
この酒を「米だけの酒」などと称し、
「米しか使っていません」等と宣伝して売っている。
もともと、酒造りに邪魔だから削った米ぬかから、
出来た酒。
あまり、質がいいものとはいえない。

こういう酒と、
本来の「純米酒」が一緒にされてはたまらない。
そこで、「純米酒」とラベルに表示するには、
「70パーセント以下の精米歩合で、味の良好なもの」
と定められている。

くれぐれも、
「米だけの〜〜」などという宣伝文句に踊らされず、
ラベルの「純米酒」の文字を確認してみよう。

こうして、醸造用アルコールの入っていない、
米ぬかから造られたものでない、
「純米酒」を飲んで、
お酒の本当の美味しさを知って頂きたいな〜〜〜
と思うわけ。
いえ、あなたをアル中にさせようと言う訳ではないので、
あしからず。

でも、
でも、
まるで、悪者のように書いてしまった「醸造用アルコール」。
じつは、これには、ある働きもあるのだ。
なんだ、今まで、このアルコールの入っていない「純米酒」を飲もうと言っていたのに、話がおかしいぞ。
じつは、、、。
あっ、今回も時間のようで。
まだまだ続く日本酒の話、、、、、。


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2007年9月25日 (火)

脳の重さを感じるには?

今日も前回に続いて、日本酒の話。

さて、酒をこよなく愛した若山牧水と、
同じ時代の歌人に石川啄木がいる。

この人は、肺結核で若くして亡くなるのだが、
さて、やはり酒を飲んだのであろうか。
こんな句が残っている。

今日もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖を知りつつ。

あらあら、この人は、
あまりいい酒を飲まなかったみたいだ。
でも、明治の終わり頃とはいえ、
少なくとも、今のように、
アルコールのたっぷり入れられた、
焼酎もどきの日本酒を飲まされることはなかったはずだ。

すでに述べたように、
現在売られている日本酒のほとんどが、
たっぷりのアルコールで増量された酒なのだ。

そばに例えれば、
一割5分しかそば粉を入れていない、
「そば粉入り細切りうどん」を作って、
「究極の辛口そば」と言って食べさせられているようなもの。

ずっと、そういうものを食べていれば、
これが「そば」だと思ってしまうのは、当たり前なことだろう。

でも、皆さん、ご安心あれ。
世の中には、良心的な酒屋さんがあって、
アルコールを添加していない日本酒が、
ちゃんと売られている。
そう「純米酒」と呼ばれるお酒。

つなぎ粉を一切使わない、
「十割そば」のようなものだ。
これで、本来のそばの味が楽しめるように、
「純米酒」によって、
米から醸し出される、
本来の酒の味に親しむことができる。

ただ、「十割そば」が、
作ったり扱ったりするのが難しいように、
この「純米酒」も、作ったり、
管理したりするのが大変なのだ。
いい「純米酒」を作るには、
酒蔵の高い技術が必要なんだね。

この酒は、いろいろな風味が混じり合い、
ぐっと深みのある味わいとなる。
今まで「純米酒」を飲んだことのない方に、
この酒を飲んで頂くと、
「甘く感じる」とおっしゃる方が、
けっこう多い。
それは、口に含んだ時に来る、
がつんとした、醸造用アルコールの匂いがないからだ。
そのアルコール臭さが、酒の味だと思っている方が、
多いのだよね。

そばの味よりも、
つなぎの小麦粉の味が美味しいと思ってしまうのと同じこと。

でも、「純米酒」を飲み慣れてくると、
その味の膨らみに気付いてくる。
ただ、酔うための酒ではなく、
一口一口、噛み締めるように、
そう、まさにお米を噛むようにして飲めるのが、
この純米酒なのだ。

ほら、先ほどの啄木にも、こんな歌がある。

しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

酒を飲むと、脳が軽くなってしまう人もいるけれど、
脳の重さを感じる人もいるんだね。
その酒は、当時と同じ造りの酒、
やっぱり「純米酒」だろう。

さて、数年前にこの純米酒が注目されはじめた時、
大手酒造メーカーも黙っていられなくなった。
そして、あることを始めたんだね。
ええっ、これでも「純米酒」なの!

あっ、書くところが無くなってしまった。
日本酒の話は、まだまだ続くのだ。


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2007年9月24日 (月)

牧水の飲んでいた酒は。

数日前のブログに、若山牧水のことを書いた。
この人は、明治18年に生まれ、
昭和3年に43才で亡くなっている。

大変な酒好きで、一日一升以上の酒を空けていたらしい。

一杯を思いきりかねし酒ゆゑに けふも朝より酔ひ暮したり

なんて、朝から飲んでいたのだね。
それで肝臓が悪くなってしまったのだ。
ちょっとうらやましい、、、、、
なんて、言おうものなら、
誰かに、にらみ付けられそうだ。

さて、牧水が指す酒とは、もちろん日本酒のこと。
当時は、酒と言えば、それ以外あまりなかったのだね。

さて、その牧水が飲んだ酒は、
どんな酒だったのだろうか。
味までは分からないが、
いわゆる「純米酒」であったことに間違いはない。
つまり、米から造られた酒のこと。

ええっ、日本酒が米から造られるのは、
当たり前じゃないか、、、
と言われそうだ。
でも、今の時代に流通しているほとんどの日本酒は、
米以外のものから造られたアルコールを、
大量に混ぜられているのだ。

日本酒の瓶をとって、
ラベルの原材料のところを見てみよう。
ほら、「米、米麹、醸造用アルコール」って、
書かれているでしょう。
一番最後に書かれているけれど、
実はこのアルコール、
米から造られた酒の、何倍もの量が加えられているのだ。

いつ頃から、こんな酒が出回るようになったのだろう。

太平洋戦争末期、日本は深刻な米不足に陥った。
米がない、ということは、酒が造れない。
酒がなければ、大衆にうっぷんが溜まり、
暴動でも起こりかねない。
そこで当時の政府は、急きょの策として、
日本酒に、サトウキビ等から造られたアルコールを入れることを認めたのだ。

おかげで、「酒よこせ一揆」も起こることなく、
戦後の食料難の時代を乗り切ることが出来た。
さて、米が充分に採れるようになったのに、
そのアルコール添加は無くならなかった。

だって、酒造会社は、その方が儲かるのだもの。
ちょっとの米から造った酒に、
大量のアルコールを混ぜ、
砂糖と化学調味料を入れて、味をごまかす。

こんな「戦後レジーム」が、
日本酒の世界では未だに続いているのだ。

かくして、日本酒の本当の味が知らない人が、
世の中に溢れてしまった。
日本酒なんて、甘いだけの、
オヤジの飲み物、みたいなイメージが出来てしまった。

慌てたメーカーは、
大量のコマーシャル代を払って、
「辛口こそ、本当の日本酒」みたいなイメージを押し付けてきた。
それが、功を奏して、
うん、やっぱり辛口だよね、
等と簡単に洗脳されてしまった私達一般市民。

何のことはない。
糖分の添加をやめ、
酒の味を炭素ろ過で抜き去り、
アルコール臭くしただけのこと。
私達は、日本酒と呼ばれながら、
実際は、焼酎を飲んでいただけなのだ。

今でも、売られているほとんどの日本酒が、
この、焼酎もどき。
だから、本来の、日本酒の味を知らない人が多くなってしまった。

本来の日本酒は、牧水が
朝から飲みたくなるほど、
美味しいものなのだ。

美味しい蕎麦には、
やはり、本来の日本酒を。

その本来の日本酒とは、、、
えっ、もう時間なの。
私に酒を語らせるとつい熱くなる。
この話、まだまだ続くぞう。


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2007年9月18日 (火)

酒は静かに飲むべかりけり。

さて、今月のメールマガジン、
「かんだたかんだそばかんだ、そば屋の楽しみ方」
では、お酒のことについて書かせてもらった。
そば屋では、江戸の昔から、
質のいい酒を売り物にしていたのだね。

江戸時代の終わり頃、
普通の盛りソバが16文だった。
種物の天ぷらそばは倍の32文。
さて、そこで出された酒はいくらしたのか、、
という話はこちらで。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の
       酒は静かに飲むべかりけり

若山牧水は、旅と酒を愛した歌人。
四十代半ばにして亡くなるが、
原因は肝硬変だと云われている。

あれあれ、酒を飲み過ぎのだろうか。

でも、牧水の主治医は、
酒を辞めさせなかった。
もう、当時の医学では、
直せないことを知っていたのだね。
牧水は、死ぬ間際まで、
水指しを使ってわずかな酒を飲み、
最後まで歌人として、生涯を閉じたのだ。

酒を飲む時には、
居酒屋などで、賑やかにするのもいい。
カラオケスナックのような盛り上がりもいい。

でも、そば屋の酒は、
やっぱり、静かに飲むべきだろう。

内省的に、
哲学的に、
時には短歌や俳句などを思い浮かべながら。

一人酒が似合うのも、そば屋の特徴。
なーんにも考えていなくとも、
どこか絵になる飲み方ができる。

この杯を、一気に飲むべきか、
ちびちびとやるべきか。
でも、酒飲みって、やっぱり、
この牧水の歌のようなものなのかもしれない。

 人の世にたのしみ多し然れども
     酒なしにしてなにのたのしみ

こういう、お酒が本当に好きな方、
最近は少なくなったような気がしている。


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2007年9月11日 (火)

そば通跨ぎとは言わせない。

やっと、暑さも和らいできて、
朝夕は、だいぶ涼しくなってきた。
戸隠辺りでは、そばの花が満開になっているそうだ。

さて、夏も終わって、これから新そばが出るまで、
そば打ちにとって、辛い季節。
何しろ、夏を越えたそばは、
猫跨ぎならぬ、そば通跨ぎと呼ばれるくらいだから。
風味が落ち、嫌な匂いが付き、
繋がりにくくなるからだ、、、、。

などというのは、まだ、テレビが白黒だった、
かなり昔の話。
今は、そばの保存もよくなり、
夏を過ぎても、いつもと変らぬ味のそば粉が、
ちゃんと粉屋さんから届くのだ。

粉屋さんの倉庫には、
ある一定の温度で、そばが保存されている。
低すぎてもいけない、高すぎてもいけない。
つまり、そばが眠ってもいけないし、
動き始めてもいけない。
ちょうど、うつらうつらしている程度の温度がいいらしい。
むしろ、大切なのは、湿度の管理で、
定期的に、そばの湿度を測っているそうだ。

こうして保存されたそばは、
さまざまな複雑な工程をへて、石臼で挽かれ、
何度もふるいにかけられて、
私の元へと運ばれてくる。

今の製粉技術はすすんでいて、
そばの、かなり細かい部分まで、
挽き分けることが出来る。
その、挽き分けた粉を、どのように配合するかで、
そばの味が変わってくる。
私の店の好みを伝え、
少しずつ調整しながら、店独自の配合が出来上がっていくのだ。

この季節でも、しっかりと安定したそばが打てるのは、
こうした、粉屋さんの努力のたまもの。
時々、簡易顕微鏡で、挽き具合を確認しているけれど、
いつも、きれいにそろった粉が届く。
少しは、夏新が混じっているようで、
ところどころに、緑っぽい粉を見つけたりする。

さあ、今年の新そばはどうかなと思いつつ、
今の時期の、「ひねそば」も捨てがたいぞ、
なんて思うこのごろ。
ちょうど「ひやおろし」の出回る時期、
夏の終わりのそばも、いいかもしれない。


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2007年9月 9日 (日)

そば粉は「ガンコ」者。

世の中には、「ガンコ」と呼ばれる人もいるようだ。

「俺はこういうやり方でやってきたのだ。
 だから、俺のやり方は、絶対変えない!」
なんて言って、
理屈で説得でもしようものなら、
弾き飛ばされそうな人のことだ。
どうやら、私もある人からは、
「ガンコ」と呼ばれているみたいだが。

「ガンコ」というと、眉間に皺を寄せて、
自分の信念を貫く人のことを指すらしいが、
一説によると、
単なる、時代の変化に対応できない人種のことでもあるらしい。
歳とともに「ガンコ」になるというのは、
そういうことかもしれない。

Sobagaki 「そば粉」というのも、
そうとうな「ガンコ」者だ。
ソバガキやそば豆腐を作るために、
水で溶かそうとしても、
おいそれと、簡単に溶けてくれない。

いきなり水を注ごうものなら、
「俺はそば粉だ。水なんかに溶かされてたまるかってんだ。」
そういって腕組みをして、固まってしまう。
一度固まってしまうと、いくら暖めようが、
掻き回そうが、溶けることはない。
かくてイボイボのヒキガエルのようなソバガキが出来上がってしまう。

だから、そば粉を溶く時には、
しっかりと根回しをしておくことが大切。
少しずつ水を注ぎながら、
「ご機嫌いかがですか」
なんて、声をかけながら溶いていくといい。
そのうちに信頼関係が出来ると、
滑らかに溶けてくれる。

とかく嫌われたりする「ガンコ」者だけれど、
もっと、もっと、そういう人が増えるといいのではないか。
値段が安いから、便利だから、と、
ほいほいと簡単に、流行の水に溶かされていくよりも、
「ちょっと待てよ。」とか、
「他人はどうであれ、俺はこのやり方。」
みたいな人たちがいると、
世の中もっと変っていく、、、
いや、変らないか。

でも、
皆さんもっと「ガンコ」になりましょう。
そして、自分が「ガンコ」になった分だけ、
他人の「ガンコ」も認めてあげましょう。
そうすれば、もっと気楽に生きられるかもしれない。

そして、「ガンコ」にそばを食べましょう、、、、。


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2007年9月 1日 (土)

そば汁は三勺?

「そば汁は三勺で充分」
なんて言う人がいるそうな。
三勺と言えば、約55ミリリットル。
一合の三分の一弱。
酒だったら、
ほんの一口で終わってしまう、、、、
いえ、人にもよるけれど。

だから、そば汁を、
ほんの少ししか、付けてくれないそば屋も多い。
そば屋にとって、そば汁は原価の高いもの。
少なく済めばそれにこしたことはない。

そんな、ケチなそば屋のことだから、
「そばは汁に尻尾だけ付けて喰え!」
なんて言い出すのだろうか。
中には、「そば汁のおかわり○○円」などと、
堂々と張り出している店もある。

いろいろなそば屋に食べにいっても、
汁が足りないと思うことは、たまにある。
また、汁がたくさん余って、
そば湯の方をおかわりしたくなることもある。
(何事も残すのが嫌いな性分)

まあ、そば屋の方針なのだろうなあ。
「かんだた」では、
汁はけっこう多めに出しているつもりだけれど、
時々、おかわりの声がかかる。
汁を気に入って頂いたのなら、
それはそれで、いいことだと思う。

でも、そばっ喰いではなく、
汁っ喰いの方も、たまにいらっしゃる。
そりゃあ、それも、そばの食べ方だろう。

汁の量は、そば屋が、
どのようにそばを食べてもらいたいかによって、
変ってくるのだろう。
作るのに手間のかかる、原価の高い汁を、
決して、けちって少なくしている訳でもあるまい。
きっと、そうではないと思う。
まあ、少しはあるかもしれない、、、。

だから、「かんだた」では、
お客さまの顔を見てから、
「エイ、ヤァー」と気合いを入れて、
徳利に汁を注ぐのだ。
足らなくないように、、、
余らぬように、、、
とね。


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2007年8月25日 (土)

今回の練り味噌のスパイスは?

今日は、3か月に一度の、
恒例の練り味噌づくり。
そば汁用の濃いめの出汁で、二種類の味噌を溶き、
時間をかけて練り上げる。

営業時間中の二時に火をかけはじめ、
練り上がったのは八時過ぎ。
特に最後の二時間余りは、
付きっきりで、木ベラで練らなくてはいけないので、
他のことは何も出来ない。

なあに、美味しいものを、
安全なものを作るには、
このぐらいは、、、、。
いろいろなものが入っている、
既成のものは使いたくないからね。

とはいっても、ただ木ベラで練っているのも退屈。
こういう時には、ガンガンと音楽をかけるに限る

そこで今回聞いたのは、
懐かしのジャニス・ジョップリン。
さすがに音は古く感じるが、
彼女の独特のしゃがれ声は、
いまだに、心を揺さぶるものがある。

えっ、ジャニス・ジョップリンって誰だって。

教えませんよ。
簡単には。
私が、16才か17才の頃、
たった三枚のアルバムを残して亡くなった人なんだ。
50代の人には、好きだった方もいるかな。

ということで、
今回の練り味噌は、
アメリカの、ヒッピームーブメントのスパイスが入っている。

去年もこんなことを書いていた。
うまいもの手間がかかる。

今度は「浅川マキ」あたりにしようか、、、。

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2007年8月20日 (月)

そばの賞味期限は

さて今度は「白い恋人」が大騒ぎに。
たいへんだね。
賞味期限を書き換えていたのだって。

そもそも、賞味期限は、
製造者が自主的に決めるものらしい。
だから、だいたいは、このぐらいまで、
大丈夫なのかな、、、、なんて感じで決めるのだろうか。

でも、一度決めた賞味期限を張り替えるとなると、
ちょっと、不思議な感じがする。
ババが出て来るまで、
トランプのカードをめくっている感じ。
つまり、消費者が実験台になっているのだ。

そもそも、賞味期限とは、
だいたいその期限までに食べれば、
美味しくいただけますよ、
という目安にすぎない。

だから、それを過ぎても、
味の劣化しないものもあるし、
その前でも、危険ではないが、
味の落ちるものもある。
まあ、食べる人が、
感覚的に判断したほうがいいのかもしれない。

さて、よく誤解されるのは、
店で作るそばの賞味期限。

「かんだた」には、お盆休みなどで、
遠くからいらして頂いた方もいらっしゃる。
時々、美味しいから、
お土産に持っていきたい、、、と頼まれる。
でも、大抵の場合は無理なのだ。

「明日帰って食べるから。」
「これからバスで大阪まで帰るのだけれども。」

そういわれても、その間に、
「そば」は「そば」でなくなってしまうのだ。
特に、この暑い季節は。

そう言う大抵の人は、
店で打ったそばは、
土産物屋で売っている「生そば」と、
同じようなものだと思っている。

「えっ、そばって、一週間ぐらいは持つのじゃないの」
いいえ、いいえ、そんなに持ちません。

これは、そばの質や、作り方等によって違うし、
店の人の、「まあ、このくらいならいいや。」
という、判断も違うし、
なんとも言えないところ。

Komawarisoba 私の店では、
お客様に、胸を張って出せるそばは、
打ってから、せいぜい5時間か6時間ぐらいかな、
と思っている。

そばは、打ちたてとは、昔から言われる言葉。
打ってから、時間が経つにつれて、
風味や食感が失われていく。
もちろん、冷蔵庫などに入れておけば、
次の日でも食べることが出来る。
でも、それは、食べることが出来るだけであって、
私の思うそばのうまさは、
もうなくなっているのだ。

だから、自分が作ったそばの賞味期限を、
どこに設けるのかが、難しいところ。
それが厳しくあれば、
そのそば屋の格を上げるだろうが、
多少は目をつぶって、
利便性と利益を考えるところも多い。

今回の事件も、
その「格」よりも、「利益」の方を
考えちゃったのだね。

ところで、
賞味期限について、恐い会話を聞いてしまった。
中年の主婦同士の話。

「冷蔵庫に入れておいたタマゴが、
賞味期限が切れちゃったので、捨てちゃったわ。
タマゴって、こわいものね〜。」

なっ、なっ、なんて勿体ないことを。
タマゴに書いてある日付けは、
サルモネラ感染のリスクを減らすため、
生で食べられる日の目安。
加熱して食べれば、
何の問題もないのだ。

鶏が、命をかけて産んだ卵を、
捨ててしまうなんて。

そんな、賞味期限の呪縛に、
買う人の方が捕われないようにしなければね。
でも、そばは、打ちたてに限る、、、。

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2007年8月13日 (月)

魚の食中毒は、なぜ減ったのか。

いやあ、梅雨が明けたかと思ったら、
暑い日々が続いている。
長野も連日30度を超える猛暑。
えっ、35度までいったの。

さて、この暑い季節は、
食中毒の季節でもある。
各施設では、お盆で忙しいけれど、
食品の取り扱いにも、充分注意していることだろう。

昔はこの季節の食中毒と言えば、
魚介類を原因とした、
「腸炎ビブリオ」という細菌による中毒が多かった。
この菌は、海水中に普通にいる菌で、
塩分のあるところで、温度が高いと、
急速に増殖する。

だから、魚を常温で放置したり、
調理中に他のものに移って、
食中毒を起こすことが多かった。

しかし、今は、この「腸炎ビブリオ」による食中毒は、
あまり、発生しなくなった。
かえって多いのは、「カンピロバクター」や「サルモネラ」などの、
肉に由来する菌による、食中毒だ。

魚を扱う人たちの、
意識の向上や、設備の改善などが、
この食中毒を減らしたのだろうか。

もちろん、それもあるようだ。
でも、他の努力もある。

魚を出荷する港や市場では、
かっては、海水で魚やケースを洗っていた。
これでは、その海水中にある「腸炎ビブリオ」を、
そのまま魚につけて運ぶことになってしまう。

そこで、多くの港では、
魚を洗うのに、滅菌された海水、
あるいは水道水から作る人工海水を使うようになったのだ。
これならば、少なくとも表面の菌は洗い流される。
そうして、滅菌された魚を市場に送り込めば、
調理の段階での、菌による汚染を少なく出来るのだ。

このように、漁業関係者も、
魚による食中毒を減らそうと努力しているのだね。

だから、夏でも、安心して魚が食べられるのだ。

近頃、偽装だ、賞味期限切れだと、
評判の悪い食品業界。
でも、こうして、目の見えないところで努力し、
工夫している人たちもいることを忘れないで頂きたいなあ。

衛生の基本は、手洗いと清掃。
私もしっかりやらなければ。


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2007年7月28日 (土)

そば屋の箸

一茶の句に、こんなものがある。

そば屋には 箸の山有 雲のみね
(そばやには はしの やまあり くものみね)

ははあ、そば屋の店先に、
箸が山のように盛って、干してあるのだね。
雲のみねとは、もくもくとそびえる、
入道雲のこと。
これが季語となって、夏の俳句となっている。

つまり、箸の山に、入道雲を乗っけてみたのだね。
そんなに、たくさんの箸を干していたのだ。

ちょっと待てよ。
箸を干しているって、どういうわけだろうか。

実は、一茶が活躍した200年前には、
割り箸は、まだ普及していなかった。
食べ物屋の多くは、
竹で作られた丸箸を、洗って使っていたそうだ。

だから、そば屋の前に、箸を洗って干してあったのだ。
その箸の量は、
「うちは、こんなにお客さまが入りましたよ。」
という、証にもなる。
だから、そば屋では、
店先に干す箸の高さを競ったわけだ。

それも、ただ、バラバラと積み上げるのではない。
護摩木のように、きちっと、きれいに積み上げるわけだ。
なるほど、そういうことを知って、
この一茶の句が、生きてくるんだなあ。

ちなみに、同じ一茶に、こんな句が。

陽炎やそば屋が前の箸の山
(かげろうや そばやがまえの はしのやま)

これは「陽炎」という季語があるから、春の句。

そうか、「かんだた」でも、店の前に箸を干そうか。
でも、どう見ても、山にはなりそうもないから、
やっぱり、止めといた方がよさそうだ。

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2007年7月19日 (木)

300年前のそばの味は?

善光寺は、今年、本堂が建てられてから、
300年の節目の年を迎えている。
それに合わせて、さまざまな行事が行われている。

先日行われた、表参道を中心とした祇園祭もその一環だ。
何年かぶりに、山車屋台が出て、大いに賑わった。

さて、善光寺本堂が建てられたのは、
300年前の1707年。
その頃のそばは、どのようにして食べられていたのだろうか、、
なんてことに興味がある。

ここ長野では、
そばは、昔から、ダイコンの絞り汁に、
焼き味噌を入れて食べていたらしい。
また、みそ汁の中に入れて食べる、
「おとうじ」という食べ方もあったようだ。

さて、食文化の先端地、
江戸でのそば事情はいかがだったのだろう。

そばの汁には、やはり、大根と味噌が多く使われたようだ。
また、「垂れ味噌」というのも使われた。
これは、味噌を水で溶いて煮詰め、
袋に入れて垂れた汁を使ったもの。
さらに酒、カツオと合わせて煮て、
コクをだしたりもしたようだ。

この汁を、昔の本を頼りに、
何度か作ってみた。
汁は、、、、、かなりしょっぱい。
うん、そばはしっぽだけ汁に付けて喰うべしという、
昔の人の話もうなずける。

でも、その方が、そばの味も引き立つ気がする。

その頃のそばは、まだほとんどが「生粉打ち」だったようだ。
つまり、十割。
粉の具合はどうなのだろうか。
今でいう、粗挽きだったのだろうか、、、。

などなどと、300年前のそばの味を探して楽しんでいる。
まだ、まだ、一人で楽しんでいる段階だけれども、、、。

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2007年7月12日 (木)

加熱すれば、安全という訳でもない。

毎年、この暑い季節の始まりに行われる、
飲食の組合の衛生講習会。
保健所の人が来て、一時間余りの話を聞かされる。
食品関係の営業者は、年に一度の、
この講習を受けなければいけないことに、なっているらしい。

こういう話を聞いていると、つい眠くなるのが習慣。
事実、ぐっすりと寝ている方がちらほら。
別に試験をするわけではないので、気楽なものだ。

でも、今は、役所の管理指導よりも、
営業者の自己責任が問われる時代。
事実、別に法律違反をしたわけではないが、
マスコミに取り上げられて大騒ぎになった会社もあるじゃないか。
まあ、たまには、このような講習会に出て、
そんな、緊張感を感じるのもいいことだ。

長野市では、昨年、
ワラビのお浸しで食中毒が発生している。

ええ、ワラビのお浸しで。
だって、あれは、アク出しをする時に、
たっぷりと熱湯をかけるでしょう。
どうして、食中毒がおこるの?

講師の話によると、原因は「セレウス菌」。
土の中に当たり前に居る菌なのだ。
たいていの菌は、ある程度以上の温度で死滅する。
ところがどっこい、この「セレウス菌」というのは、
熱湯をかけたぐらいでは、死なないのだ。

最初の水洗いが不十分だったから、
この菌が残っていて、
アク出しをしている間に増殖してしまったのだって。

「手打ちそば屋 かんだた」でも、
季節には、ワラビをお出ししている。
気を付けなければ。

加熱すれば、すべて食中毒を防げるとも限らないようだ。

たとえば、人間の皮膚に多い「黄色ブドウ球菌」などは、
繁殖すると、ある毒素(エンテロトキシン)を作る。
加熱すれば、菌は死ぬが、その毒素は残り、
食中毒の原因をつくるそうだ。

とにかく基本は、
常に整頓、清掃、洗浄。
そう、分かっているのだが、、、
と泣きが入るところが、
危ない。

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2007年7月10日 (火)

タヌキとキツネと「むじな」

善光寺に向かい、参道を歩いていくと、
仁王門の手前、右側の宿坊の前に、
かわいらしいお地蔵様が立っている。
その横に、ちょこんと座った、
これまた、ちょっとかわいいタヌキ、、
ではない、むじなの像がある。

これは、善光寺本堂の左手にある、
経蔵わきの「むじな灯籠」の話にまつわるものだ。

善光寺は、人間ばかりでなく、
広く動物の世界にも信仰が広がっていたのだそうだ。
あるとき、下総に住む一匹のむじなが、人間の姿に化けて、
善光寺に灯籠を奉納した。
奉納が終わったむじなは、ついやれやれと、
宿泊先の宿坊で風呂に入った時に、正体を見破られ、
逃げていってしまった。

その灯籠は、夜になると化け物に見えるから、
誰かが刀で斬りつけた跡があるそうだ。
そんな話も伝わる善光寺。
訪れのときには、そんな灯籠にもご注目を。

さて、長野は小諸辺りでは、
昔は「むじなそば」というのが食べられていたらしい。
ダイコンを千切りにして味噌汁に煮立て、
その中にそば粉を入れて掻き混ぜたという。
ダイコン入りのそばがきのようなもの。

同じようなものを、長野の北部では「はやそば」と呼んでいる。
「むじなそば」のほうが、何となく愛嬌を感じられる。

でも、東京の立ち食いそば屋さんで「むじなそば」といえば、
あの、例の奴。
「たぬき」と「きつね」の具をあわせたもの。
こっちは、あまり愛嬌は感じないけれどね。


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2007年7月 6日 (金)

Tレックスの食事風景

ものの本によると、
世界広しといえども、
食器を手で持ち上げて食べる民族は、
ごく少ないのだそうだ。

そう、我々はあたり前に思っている、
お茶碗のご飯や、
みそ汁のお椀を手で持って食べるのは、
実は世界的に見ても、
珍しい習慣らしい。

そうなのだろうか。

手に持ち易い焼き物が、
早くから普及したせいかもしれない。
また、器を手にもっていれば、
揺れる船の中でも食事が出来る。
だから、日本人にこういう習慣が伝わっているのは、
もともと、海の民であった証拠だ、、、
、、という主張する人もいる。

温かい丼のそばを召し上がったお客さまが、
スプーンが欲しいとおっしゃった。
ちょうどいいスプーンがないので、
レンゲを差し上げた。
聞いてみると、韓国から来られた方だという。
お隣、韓国では、スプーンを使うので、
食器を持ち上げないで食べるのが礼儀なのだそうだ。
そう、お隣の国でも、
そういう食べ方をするのだ。

先日もある定食屋で、
お茶碗を持たずに、
ご飯を召し上がっている方を、目撃した。
もう、四十代ぐらいの方だったが。

そばを食べる時にも、
そば猪口を手に持たないで召し上がる方も、
けっこう多い。
それもやっぱり、四、五十代の方が多いのだ。

なるほど、食べ方も、国際的な影響を受けているのかと、
喜ぶべきなのか。
日本人の伝統が失われていると、
嘆くべきなのか。

でも、そば猪口を持たずにそばを食べている姿って、
背中丸めて、
なんとなく、我が家の猫がエサを食べているような、、、。
せっかくのまっすぐなそばが、
曲がってお腹に入っていくような、、、。

いえ、そんなことは言ってはいけない。
手が不自由で、そうして食べざるを得ない方も、
中にはいらっしゃるのだ。

猫になって食べようが、
犬になろうが、オオアリクイになろうが、
テラノザウルスになろうが、
それは、お客さまのご自由。
でも、やっぱり、人間らしく、
美しく食べて頂きたいなあ。
できれば、日本人としてね。

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2007年6月22日 (金)

心臓を強くしたい人。

やれやれ、またですか。
肉の偽装事件。
こんどは、牛肉と偽って、豚肉を使っていたとか。
意識的にごまかしていたらしい。

なにしろ、テレビのニュースに写った、
社長のインタビュー。
質問にノラリクラリとかわしていたら、
身内のほうから、
「社長、本当のことを言って下さい。」だって。

みんな、いけないことだって、
分かっていたんだね。
あの、社長以外は。

でも、気になったのは、
牛を豚に置き換えたことだけじゃない。
なんと、使った肉の部分だ。
豚の心臓の肉を混ぜると、牛肉とそっくりになるそうだ。
ふ〜ん、心臓の肉ねえ。
だから、あの社長、
心臓がつよそうだったんだね。

どのみち、たとえ、牛肉だったとしても、
そんな、心臓や内臓の肉が使われたりしているのだ。
コロッケやハンバーグなどの加工品は、
いったい何が使われているか分からないね。

今、そういう企業の姿勢が強く問われているのだ。

そば屋だって、同じだよ。
「○○産、蕎麦粉使用」「自家製粉そば粉」
「本格手打ち蕎麦」なんて看板掲げて、
「えへへ、じつは、、、」なんてことのないように、
きちんとしなくては。
背伸びをせず、正直に伝えていく姿勢が、
一番大切なのだろうなあ。


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2007年6月14日 (木)

そば屋の匂い。

ある年配のお客さまからいわれた。

「昔は、そば屋に入ると、
 出しの香りが、むっとするぐらいしたものだけれど、
 今は、そういう店は無くなってしまったなあ。」

はい、確かにその通り。
ウナギ屋はウナギの、焼き鳥屋は焼き鳥の匂いがしたように、
そば屋は、出しの匂いがぷんぷんしたものだ。

その匂いが、また、食欲をそそったものだ。

でも、今は確かに匂いのしない店が多い。
店では、出しをとっていないんじゃない、、、
なんていわれそうだ。

Kannkiその一つのの原因がこれ。
たまにはこうして分解して掃除をする。

今はいろいろとうるさくなって、
厨房は客席と、ある程度仕切られる造りになっている。
そして、強力な換気扇の設置が義務付けられているのだ。

調理中の煙や匂いは、あっという間に、この換気扇にすい込まれてしまう。
昔のように、湯気や煙でもうもうとした調理場というのは、
今は、まず少なくなった。
そして、調理場の匂いが客席に流れるということも少なくなったんだね。

でも、調理の匂いは、ものを食べる上で、大切な要素なのかもしれない。
今、「手打ちそば屋 かんだた」では、
客席に空気清浄器を使っているけれど、
「出しの匂い発生器」なんてものを置くようにしようか。


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2007年6月11日 (月)

「正直そば」と「嘘つきそば」

落語に「井戸の茶碗」というのがある。
これは、なかなか、いい噺だ。

正直者のくず屋、清兵衛が、裏長屋で、
ある浪人から、仏像を預かるところから噺が始まる。
その仏像を買い求めた若侍が、
その仏像を洗うと、中から五十両もの金が出てくる。
「俺は仏像を買ったが、中の五十両は買った覚えがない。」
といって、清兵衛に五十両を突き返す。

清兵衛が、その金を持って、裏長屋の浪人の所へ行くと、
「俺は仏像を売ったのだ。それは買った者のものだ。」
と受け取らない。

どちらも一度言い出したら引かない、
武士の意地の張り合い。
そこで、間に入った清兵衛さんは大弱りをする。

、、、というような噺だ。

馬鹿がつくほど正直者の、
登場人物の出てくる話。
いいねえ、こういうのは。

さて、江戸時代中頃、
江戸は芝宇田川町に、
「正直屋」というそば屋があったそうだ。

蕎麦粉だけで、正直に作ったそばという名目。
「正直そば」と呼ばれて、
大変に流行ったそうだ。

なるほど、名前というのは大切なことなのだね。

でも、
今の時代に「正直そば」なんて売り出したら、
どうなのだろうか。
かえって怪しまれるだけだろうなあ。
それだけ、正直が無くなったのか。

いや、世の中、正直があたり前になって、
今さらなにさ、ということかもしれない。
ならば、いっそのこと
「嘘つきそば」のほうが、
注目を集めるかもしれない。
う〜ん。
考えておこう。

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2007年6月 7日 (木)

そば屋でも、灰がでたはずだけれども。

さて、ワラビは灰を使ってアク抜きをする。
昔は、煮炊きするのに薪を使ったから、
灰が身近にあったのだね。

「手打ちそば屋 かんだた」のお客様に、
冬の暖房に薪ストーブを使っていらっしゃる方がいる。
その、薪を作るのが大変だそうだが、
なにより、炎の見える温かさが捨てがたいのだそうだ。

そこから出る灰をいただいて、
猫の額ほどの「かんだた農園」に撒いている。
この灰は、とてもいい肥料になる。
特に、芋や豆には、よく効く。
おかげで、今年も美味しい枝豆が出来るかな。

さて、灰を使った有名な話。

時は、徳川家康が江戸に幕府を開くころ。
ある酒蔵で働いていた若者が、
親方から大目玉をくらった。
きっと、仕事の態度がよくなかったのだね。
よくある話だ。

ところで、当時の酒といえば、
どろりと濁った、「どぶろく」みたいなものだった。
みんな、そんな白っぽい酒が、
当たり前だと思っていたんだ。

さて、くだんの若者、
怒られたことが、よっぽど腹に据えかねたらしい。
蔵中の酒樽に、かまどの灰をぶちまけて出て行ってしまった。

あぜんとした親方。
大事な酒に、灰を入れるなんて。
これじゃ、せっかく作った酒が飲めなくなる。
そう思って、酒樽を覗いてみると、
なんと、白く濁っていた酒が、透明に澄んでいるではないか。

これが、まさに「清酒」の発見の瞬間。

こうして、灰を入れた樽から採った上澄みは、
澄んだ酒として、当時の人々に珍重されたという話だ。
以来、日本酒は「清酒」と呼ばれるようのなったのだね。

この話、かなり眉唾物だけれども、
酒飲みとしては面白い話だ。

さて、昔のそば屋だって、
かまどでは、たくさんの薪を使い、
そばを茹でていたのだ。
だから、そばだって、
きっと灰を使ったエピソードがあるに違いない。

ほら、たとえば、、、

ええと、

う〜ん、

でもね、


ということで、思い付かないな。
すみません。

今では、自然の木や草を燃やした灰が、
手に入りにくくなってしまった。

スーパーでも、ワラビの横に、
アク抜き用の灰が置いてあったりする。
今では、そういう自然のものを、
燃やす場所さえなくなっているのだね。

自然の灰は、廃棄物ではなく、
ちゃんとした使い道があるのだ。

でも、そうでない灰は、、、、、
ちょっと、恐いかも。

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2007年6月 6日 (水)

身近なことにも「発見」がある。

さあ、山ではワラビの採れる季節となったらしい。

私もワラビ採りにでも行きたいが、
さて、どこにワラビが生えているものか、
よくわからない。

こんな山菜を、昔の人は、
よく見分けて食べるようにしたものだ。
だいいち、そのまま茹でたって、
あくっぽくて食べられない。
それが、灰を入れて一晩置けば、
ちゃんと、あくが抜けて、美味しくいただけるのだ。

Warabi誰がいったい、考え付いたのだろうか。

灰を使ってあく抜きが出来ることを発見した人は、
きっと、飛び上がって喜んだに違いない。

風呂に入っている時に、浮力と質量の関係に気付き、
「ヘウレーカ(我、発見せり)」と叫びながら、
裸で町の中を走り回ったアルキメデスのように。

おかげで、ワラビは、気軽に楽しめる山菜となったのだ。

どの世界でも、人々の細かい発見の積み重ねがあって、
進化をしていくのだ。
料理の世界、そばの世界なんか、
まさにそういうことの繰り返し。

先人に学び、
日々、自分なりに新しい発見が出来れば、
人生も楽しいのだろうな。

アルキメデスのように、裸で走りたくなるような発見。
たかが、ワラビを食べながら、
そんなことを考えたりしている。

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2007年5月28日 (月)

備えあれば憂いなし

ある老舗のそば屋さんのご主人が書かれた本を読んでいたら、
一日の仕事の最後には、必ず釜を水で満たしておく、とあった。

なるほど、と思い当たることがある。
私の子供の頃は、どこの家でも、夜寝る前に、
鍋などに、水を満たしていた。
いや、四、五十年前までの、家庭では、
そういう習慣があったのではないだろうか。
ちょっと、私は記憶が曖昧になっているけれど。

若い時に働いた、山の中の旅館もそうだった。
その日の最後の仕事は、寸胴鍋と、特大のやかんに、
たっぷりと水を入れておくことだった。

どうしてかって?
まず、何か不測のことがあって、
水が出なくなった時のためだ。
地震ばかりでなく、ちょっとしたことでも、
水の止まるようなこともあったからだね。

そうして、もう一つ。
火事があった場合、わずかではあるが、
その水を使えるからだ。
昔は、台所から火を出すことが多かった。
だから、いつでも使えるように、水を置いていたのだね。

その老舗のそば屋さんの話では、
火事にあった時に、大切な器を、
水を張った釜の中に放り込み、
燃え残ったことがあったそうだ。
なるほどね。

今ではどうなのだろうか。
他のそば屋さんの釜は、
夜には水で満たされているのだろうか。
私のところは、洗って乾かしてあるけれど。

でも、そうやって、不測の事態に備えておく、
いつもそういう気持ちを持っている、ということが、
とても大切なことなのかもしれない。

そう、日本全国、いつでも、どこでも、地震が起きて、
水が出なくなるかもしれないのだ。
せめて、やかんには、水を張るようにしようかな。



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2007年5月24日 (木)

小麦は世界を巡る。

はは〜ん、ついに、やってきた。
いつかは上がるのではないかなと思っていたら、
やっぱりね。

なんでも、上がるのは二十四年ぶりなのだそうだ。
そう、それでも、上げ幅はわずか。
まあ、1パーセント強というところか。

えっ、何のことかって。
小麦粉の値段のこと。
そばに使うつなぎ粉の値段が上がったのだ。

今までは、小麦のの値段は、政府の統制価格で、
ほぼ一定だった。
というのは、国内の麦の生産者を保護するために、
安い外国産の小麦は、政府が一括して購入し、
価格を上乗せして、卸しているんだね。

それが、今までは、国際社会の相場が、
上がろうが下がろうが、
上乗せ金(マークアップというらしい。)の額で、
卸売りの値段を調整していた。

ところが、今度からは、
政府が買い付けた額に、一定の、
固定された上乗せ金を加えて、販売するようになったそうだ。

ということは、国際相場の影響を、
もろに受けることになるのだね。

おりしも、オーストラリアでは、
干ばつによって、小麦の生産量が例年の半分。
讃岐うどんに使われる、良質の中力粉が、
手に入りにくくなってしまったのだ。
うどん屋さんは、大変だろうなあ。

でもね、面白いことに、
パンやうどんなどにも使われる、強力粉、中力粉は上がるけれど、
お菓子や天ぷらに使う薄力粉は値下がりなのだって。

これからは、そばを打つにも、
うどんを作るにも、天ぷらを揚げるにしても、
世界中の天気と、小麦の出来具合いを心配しなければならないのだ。

てくてくと歩いてみれば、
地球はこんなに広いのに、
誰がこんなに窮屈にしてしまったんだい?


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2007年5月18日 (金)

着るものにこだわらないけれど。

私は、普段から、自分の着るものには、
無頓着なほうだ。
だから、一度気にいると、ずっとそれを着ている。
いわゆる着た切り雀の状態。

でも、店で仕事をする時には、
ちゃんと、純白のドレスに着替え、
お客さまをお迎えする。
えっ、結婚式かって。
ほら、料理をする人はみんな着ているでしょう。
なんだ、「白衣」っていうのか。

最近はクリーニングサービスのついたレンタルがあって、
重宝している。
いつでも、きれいな白衣を着ることが出来るからだ。
私の店のようなオープンキッチンでは、
仕事の様子が丸見えなので、
せめて、着るものだけは
清潔なものにしようと心掛けているわけだ。

たいてい、どこの料理屋さんでも、
料理をする人は、白衣を着るなり、
それなりの格好をしている。
寿司屋さんなんかも、フレンチレストランでも、
街角の中華料理屋さんでも、
調理人は白衣が定番。
さいきんの、イタリアンや、ダイニング系の店では、
白衣を使わずに、ちょっと色のついた、
オシャレなユニフォームを使ったりしているけれど。

でもね、長野辺りのそば屋を覗いてみると、
きちんと白衣を着ているところは少ない気がする。
けっこうな有名店でも、普段着にエプロンをかけた姿で、
そばを茹でていたりする。
もちろん、サービスの人も、同じようなエプロン姿。
観光客が多いから、
堅苦しくならないようにとのことなのだね。きっと。

調理人に白衣というのは、確かにマンネリかもしれない。
あるそば屋では、スタッフ全員が、
同じ色のシャツとズボンを着ていた。
こういうのもいいかもしれない。
ある店では、よれよれのジーンズに
よれよれの前掛けで、そばを茹でていたし、
他の店では、農協の帽子をかぶったおじさんが、
天ぷらを揚げていた。
まあ、コレもローカルでいいのかもしれない。

調理人や、スタッフの服装でも、
その店の個性が表れるのだね。

私は、なにしろ、着るものにこだわらないほうだ。
でも、さあ、これから、お客さまを迎えるのだぞ、
という気持ちを引き締めるために、
今日も、純白のドレス、、、ではない、
白衣を身につけるのだ。
だっ、誰だ、
シロクマの着ぐるみだと言う奴は!

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2007年5月12日 (土)

出汁は引くもの

 日本料理の出汁は、本当に微妙なもの。
 特に吸い物に使われる出汁などは、すごく気を使っている。

 水に昆布を入れて、中火で加熱する。
 鍋肌全体に泡がついてきたら、昆布を取り出し、
 さらに加熱する。
 沸騰したら火を止め、削りたての、
 うん、ここが重要、
 削ったばかりのかつお節を入れる。

 箸などでかき混ぜてはいけない。
 かつお節の重さで、湯の中に沈んでいくのを、
 そっと、待っている。
 そうして、頃合いを見計らって、
 きめの細かい濃し布で濃し落とす。
 もったいないからといって、残った節を
 絞ったりしちゃいけないよ。

 こうしてできた出し汁は、
 ほんの少しの塩を落とすだけで、
 おいしくいただける。
 う〜ん、かつお節のいい香り。
 口の中に広がる、ほのかな甘味ととろみ。
 吸い物って、こんなに美味しいものなのだ。

 日本料理では、出汁を取ることを、
 「出汁を引く」という。
 まさに、昆布と、カツオから、
 旨味だけをを引き出しているのだね。

 ところが、そば屋の出汁の取り方ときたら、
 めっぽう手荒いものだ。
 「出汁を引く」どころか、
 「出汁を絞り取る」という感じだ。

 節は厚く削り、湯の中で、長い時間をかけて、
 これでもか、これでもかと、煮出すのだからね。
 そば屋の場合は、欲しいのは「香り」ではなく、「旨味」。
 そのために、長い時間煮詰めたりするのだね。

 とは言っても、旨い出汁をとるには、それなりの工夫がある。
 各店によって、それぞれに違いがあることだろう。
 火の入れ方、時間、水の性質などによって、違いが出てくるのだ。
 きっと、同じ材料、同じ量で出汁をとってみても、
 とる人によって、ずいぶんと変わった味になるのでは。

 出汁をとるって、そんな微妙な仕事なんだね。

 でもね、化学調味料の味になれた人には、
 きっと、そんな微妙な違いは、、、。
 いえ、化学調味料が悪いと言っているわけではないのだけれども、、、、。

 皆さん、美味しい吸い物を飲みましょう。

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2007年5月 1日 (火)

カビも使い方次第。

 子供の頃のこと。
 正月の餅は、子供にとっては好物。
 家族みんなの食べる数を聞いて、
 火鉢の上で、餅を焼くのが楽しみだった。

 魚は大名に焼かせろ、
 不精だから、一度しか引っくり返さない。
 餅は乞食に焼かせろ、
 早く食べたいから、何度も引っくり返す。

 そんなことわざが、あったっけ?
 とにかく、乞食坊主よろしく、
 餅を何度も引っくり返しながら、
 プクッと膨れるまで焼くのだ。

 ところが、七草を食べる頃には、
 餅に異変が起きる。
 餅箱から取り出した餅に、
 青い斑点がぽつりぽつりと。

 そう、カビが生えてきたのだね。
 暮れに、ついてもらったのし餅を、
 大騒ぎして四角に切り、
 正月のあいだ中食べて、残った餅。

 そのカビを、包丁でそぎ落として、
 ペニシリンだって、カビから作られているのだ、
 と、そういって、最後の餅を食べたものだ。

 冷蔵庫もなかった時代には、
 食べ物は、痛みやすかった。
 そして、すぐに、カビの餌食となったんだね。

 そうやって、カビに悩まされながらも、
 私達の祖先は、
 逆にカビを利用する方法を思い付いたのだ。
 味噌や醤油、酒だってそうだよね。

 西洋だって、チーズを作る時に、
 カビの力を使ったりする。

 そして、私がいつも感心するのは、
 コレに使われているカビ。

Katuobushi  コレは、もともとは、
 海を泳いでいた魚。
 そう、カツオなのだ。

 カツオを、背骨にそって二つに割り、
 さらに、背と腹に分けて、
 乾燥させたものがこれ。

 つまり、丸々としたカツオの身の、
 四分の一の切り身ということになる。

 この、かつお節を造る工程は、複雑だ。
 煮たり、焼いたり、干したりと、
 手間のかかる作業が必要となる。
 そうして、こんな、釘の頭でも打てそうな、
 固い塊になるのだ。

 一番最後の工程は、カビ付け。
 表面に、薄いカビを生やすことによって、
 中のほうに残っている水分を吸い取り、
 保存しやすくしたのだ。

 ここまでの、作り方を仕上げるために、
 どれだけの試行錯誤があったのか、
 考えるだけでも、
 う〜ん、私の想像に余る。

 ええっ、お前の想像力にカビが生えているからだろうって。

 とにかく、昔の人は、そうやって、
 カビと付き合ってきたのだ。

 今の、ビニールに包まれた餅は、
 いつまで経っても、カビは生えない。
 食パンだって、最近のものは、
 カビが生えないように出来ている。

 今の時代、食べ物にカビというのは、
 まず、考えられないようだ。
 カビが生えないものを食べ、
 人間も、カビが生えないような、
 味のない人が増えたような、、、、。

 

 そば屋の出汁には、
 そんなかつお節が欠かせないのだ。

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2007年4月28日 (土)

ネギは人気者、嫌われ者?

 あるそば通の人に言わせると、
 そばを食べる時に、薬味のネギを少しだけ残しておくといいそうだ。

 最後に残ったそばつゆを、そば湯で割って飲む時に、
 そのネギを入れて飲めば、
 ちょうど吸い物を飲むように楽しめるというのだ。

 なるほどね。
 私なんか、そばを食べる時に、
 汁に薬味を入れる前にそばが終わってしまうことが多いので、
 そっくり残ってしまうことが多い。
 その、残った薬味がもったいないので、
 お酒のつまみに、ちびちびといただく。
 だから、薬味の多い店に行くと、
 つい、お酒が進んでしまって、、、、。

 ネギというのはふしぎなもので、
 ほんの少し入れるだけで、汁や出汁の味が変わる。
 魚や、肉の生臭さを消し、
 なんとも言えぬ甘さをかもし出す。

 私の好きな鰺の南蛮漬けなんぞ、
 焼いたネギを一緒に浸すことで風味が増すし、
 ひき肉を炒めてあんかけ等を作る場合も、
 最後にネギを入れることで、ぐっとマイルドになる。

 あの、くせの強い鴨肉だって、
 ネギと合わせるから、おいしくいただける。
 もっとも、今使われているのは、
 臭みのない合鴨肉がほとんどだけれども。

 そば汁も、魚から取り出した汁。
 やっぱり、どことなく魚臭さは残ってしまう。
 特に、熱いそば湯を注いだ時。
 ここで、出汁の引き方の仕事が見えてしまうのだが、
 それはさておき、
 ちょっと、ネギを入れて、そんな魚臭さを押さえて
 出汁の味を楽しむことができるのだね。

 お客さまの中には、ネギが好きで、
 ネギを大盛りにしてくれという方もいらっしゃる。
 ところが、反対に、ネギが嫌いだと言う人もいらっしゃる。

 そういう方は、見るのも匂いを嗅ぐのも嫌なのだね。
 ネギの入った薬味皿を、
 これでもか、、、と思うぐらい離して置いてあったりする。

 人に愛されもするし、
 極端に嫌われもする。

 いや、けっして、
 ネギが悪いわけでも、良いわけでもないのだが。

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2007年4月12日 (木)

「花見そば」を習慣にしよう。

 さあ、長野も桜の花が咲いた。
 今日も、暖かないい天気で、これから花見に行くのだと言うお客さまがみえたりした。

 長野で花見で有名なのは、善光寺から東側の城山というところ。
 そこで店が終わってから、偵察に行ってきた。

Sakura  花はまだ三分から五分咲きぐらいだ。
 この週末ぐらいには、満開になるに違いない。

 城山いったいには、プレハブづくりの花見小屋が並び、屋台も出現した。
 なにやら、雑然とした、雰囲気であまり情緒のあるものではない。
 でも、野球場が、広々とした公園に生まれ変わり、新しい駐車場もできて、車でも来やすくなった。
 近くに動物園もあるので、子供連れに来るにはいいだろうなあ。

Hanasaru 猿山では、猿が花を見ながら思案顔。
 きっと、地球の温暖化問題について考えているのだろう。

 花見の季節には、そば屋は出番がなさそうだ。
 「花見そば」という言葉があればいいのに。

 今日のお客さまのように、花見に行く前には、そばをお召し上がりあれ。
 きっと、いいことがあるに違いない。
 保証はしないけれど。

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2007年4月10日 (火)

そば屋にも「技」がある。

 ニュースによれば、首都圏の駅の中にある売店、キオスクで、閉まっているところが多いそうだ。
 何でも、人出不足が原因だそうだ。
 ちなみに、ちょっとまえまではキヨスクと呼んでいたのに、最近キオスクに改めたらしい。

 どうして人出不足になったかと言えば、Suicaなどの電子マネーに対応することにしたため、大量の熟練従業員の希望退職を募ったからだ。

 キオスクの仕事は、熟練の技が必要だと言う。
 すべての商品の値段を覚え、素早く代金を受け取るのだ。
 おつりなどは、すべて暗算。いちいちレジを打ってなんかいられない。
 そういう年季と経験の居る商売だったのだね。

 でも、電子マネーを使うことになって、そういう熟練の人はいらないと会社は読んだようだ。
 でも、人が集まらなかった。
 だから、店を開けられないキオスクが多いのだって。

 技を持った熟練の人たちを辞めさせて、安い労働力でしのごうとした結果の話。
 なにか、今の時代を象徴しているようだ。

 せっかくの「技」を認めてあげないなんてね。

 なんの商売でも、目に見えぬ「技」というものがあるはずだ。
 そば屋だって、何気ない接客のやり方にも、そんなことを感じさせる店もある。
 特に老舗と言われる店などは、花番の通し言葉などが、妙に安心感を与えてくれたりする。

 ある、ショッピングセンターの中にあったそば屋。
 ここは、それなりの手打ちそばを食べさせる店なのだ。
 昼過ぎで、お客はまばら。
 カウンターの中には、アルバイトとおぼしき若い兄ちゃんがいて、私のそばを茹でてくれる。
 つい、動きを目で追ってしまった。

 柄のついた揚げざるで釜の中のそばを掬うと、そのまま横の流しでそばを洗う。
 ここは、上から水をかけるシャワー洗いだ。
 そして、そばの入っている揚げざるを、二三回振ると、横に置いてあったザルにそのままそばを移したのだ。
 そして、揚げざるの縁で、そばの形を整え、私のところへ「はい、お待ち。」

 はああ、と感心して見てしまった。
 アルバイト君は、なんと、茹で上がったそばに、まったく触ることなく、「もりそば」を作ったのだ。
 なんと清潔で、手際のいいことよ。
 コレも「技」だなあ。

 でも、もちろん、そばは水浸し。
 食べようと思っても、そばが団子になっていて、うまくすくえないけれど、、、。

 あるファミレスみたいな食堂に、「信州のそば、職人の技。」なんて看板があったので、つい、ふらふらっと入ってしまった。
 そばは、、、、あの、工場製麺独特の匂いのするものだった。
 どこが「職人の技」なのだろうか。

 きっと、あのレジのうしろの事務室に、お金を数える達人がいるのに違いない。
 一万円札を百枚数えるのに、九秒九しかかからないとか。
 きっとそういう技なのだろうな。

 どちらにしろ「技」は大切にしなければいけない。
 でも、「技」の使い方は、もっと大切なのかもしれない。

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2007年3月31日 (土)

「そばの花」はもちろん秋の季語。

     そば洗う水で知る春湯気の中  
              かんだた

お客さま誘われて、最近、俳句なんぞを始めた私。
いまだに、何が俳句で、どこが川柳で、
交通標語との違いが何なのか、
よくわかっていない。

でも、水道の水が暖かくなってきたのは事実。

寒い季節には、五度以下だった水道の水が、
やっと十度ぐらいに上がってきた。
コレならば、手を入れてそばを洗っても、
しびれるほどの冷たさを感じることはない。

ああ〜、春なんだな。

外も見えない、
倉の中の厨房で長時間を過ごしているので、
こんなことでしか季節を感じられないのだ。

それでも、まだちょっと冷たいので、
仕上げの水で、そばを少し温めてお出ししている。
やがて、それも必要なくなるだろう。

そうしているうちに、今度は、
氷で冷やした水で、
仕上げをしなければならなくなるのだろうな。

俳句というのは季語と言って、
季節を表現する言葉を入れないといけないそうだ。
これがなかなか難しい。
独特の言い回しがあったりしてね。

ちなみに、「蕎麦掻き」は冬の季語。
春に食べても、俳句にはならないようだ。

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2007年3月18日 (日)

酸性?アルカリ性?

ある観光地へ行く道沿いに、一軒の食堂があり、
そこに掲げられている看板がこれ。
「何でもうまい、そば、うどん、ラーメン!」

なるほど、長いものなら、何でもやっているんだね。
「ラーメン」のあとに、いつ「パスタ」が付け加えられるのか、
楽しみにしているのだが。

さて、小さな食堂だから、きっと、
そばも、うどんも、ラーメンも、同じ釜で茹でるのにちがいない。
でも、そばならともかく、
ラーメンを茹でたあとで、うどんを茹でるのはどうなのだろうか。

もちろん、茹でるのに時間のかかるのがうどん。
たいていの店では、先に下茹でをしているはずだ。
でも、温めるのに、ラーメンの後のお湯を使って、
大丈夫なのかなと、ちょっと心配になるのだ。

というのは、うどんを茹でるには、
一般に、弱酸性の水を使うといいという。
そうすれば、うどんのたんぱく質が固まり、
煮くずれしないのだ。
逆に、アルカリ性になっていると、
肌荒れが激しい、
つまり、つやのない、角の欠けたうどんになってしまう。

ラーメンに含まれているカンスイは、アルカリ性。
だから、この店のうどんが
ちゃんと茹でられているのか、
看板を見ただけで、いらぬ心配をしてしまうのだ。

きっと、それなりの工夫をしていることと思う。
でも、小さな食堂だからな、、、、。

うどんの店では、茹で釜の中に、
梅干しを入れたりして、
うどんの茹で溶けを防いでいる所もあるという。

さて、そばの場合はどうなのだろう。
そばは、茹で時間が短いから、あまり影響はなさそうだ。
でも、そうだろうか。
茹でる水によって、食感が変わるとか、
そういうことはないのだろうか。
まあ、今度試してみよう。

太い田舎そばなんか、
表面はぬるぬる、中はカッチンということがあるからね。

ちょっとしたことが、以外や以外、、、
ということがあるかもしれない。

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2007年3月10日 (土)

税務署は見逃さない。

国会では、どこかの閣僚が、自分の政治団体の活動報告書に、虚偽の記載があるとされて、揉めている。
本来無料である議員会館を使っていたのに、「水道光熱費」として、年間507万円が計上されていたというのである。

やれやれ、また、そんな話か。

今は予算審議の時期。
本来なら、数十兆円のお金の使い道を審査するべきなのに、
たかだた、507万円のことで、つまずいている。

もちろんそれはそれで、由々しき問題。
しっかりと追求してもらいたい。
でも、国会で議論(?)するような問題だろうか。

日本の行く末はどうなるのか。
我々の生活はどうなるのか。
そういうことを、きっちりと話し合ってもらいたいのにね。

議員の方々、いったい国会を開催するのに、
一時間あたりどのくらいの経費がかかるかご存じなんだろうか。
しっかりと、原価意識をもって、職務に当たってほしい。
(昔、よく言われたけれど。)

Sinnkoku 折しも確定申告の季節。
こんな路地裏に隠れて営業していても、税務署は見逃してくれない。

毎年、今年こそは早めにやろうと思うのだが、やっぱりギリギリになってしまう悲しさ。
慣れない電卓片手に奮闘中。

なのに、あの腑甲斐ない国会のために、税金を払っていると思うと、なんともやるせないのだ。
もっとも、税金を払うだけ儲かっていればいいけれど、、、。

とりあえず、「水道光熱費」は507万円ということにしておこうね。

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2007年3月 8日 (木)

本末転倒のような、、。

ヨーロッパで流行ったという、日本人のジョークに、こんなものがある。

ある日本人が、観光旅行でヨーロッパを訪れた。
短い間に、たくさんの観光地を巡り、
そして帰っていった。
ある人が帰国した彼に訊ねた。
「ヨーロッパで、何を見てきたんだい。」
彼は、答える。
「それが、何も見なかったんだ。
 何しろ写真を撮るのに忙しかったからね。」

ヨーロッパの人たちにとって、団体で移動し、
写真を撮りまくる日本人の存在が、
奇異なものに写ったようだ。

写真は便利で素晴らしいけれど、
やっぱり、自分の目で、しっかりと確かめるのが、
本来の姿なのでろうね。

さて、そば屋でも、そばの写真を撮られる方が、けっこう多い。
昔だったら、店の技術を盗むつもりか、、、と怒った店主も居ただろうけれど、携帯電話にも、カメラが付いている時代、そんなことは言っていられない。

見ていると、なかなか、凝った撮り方をする方もいらっしゃる。
相方に、箸でそばを摘ませて、持ち上げたところを撮ったり、角度を変えて撮ったりと。
中には、そばを前にして、記念写真を撮りたいと、シャッター押しを頼まれる方もいる。

でもね、写真を撮っている間に、
せっかくのそばが、
みるみるツヤを失い、
伸びていってしまう。

せっかく、おいしく食べられるタイミングで出しているのにね。

「おい、あそこのそば屋のそば、どうだった。」
「いやあ、写真を撮るのに忙しくて、そばが伸びちゃったから、味が判らなかったんだ。」
というようなジョークが、
流行ることのありませんように。

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2007年2月26日 (月)

「もう恥はさらせない」

新聞によれば、落語家の三遊亭円楽が引退を表明したという。
脳こうそくで倒れ、その後リハビリを続けて、高座に復帰ししたものの、思うように語れないとのことで、自ら引退を表明したのだ。

円楽といえば、テレビの「笑点」で有名だが、古典落語も味がある。師匠の円生ゆずりのいい噺をする。
この人は、協会が違うので、普通の寄席には出ないのだが、どこかの落語会で聞いた覚えがある。声の大きい、迫力のある話し方をするひとだ。

噺家(はなしか)にとって、思うように話せないということほど辛いことはないだろう。自らの芸の厳しさ故、自分自身で引導を渡したのだろうなあ。

最後の高座の出し物が「芝浜」だって。
泣かせるじゃないか。
この噺、古典落語の中でも有名な人情話。夫婦の情愛を描いた話なんだ。
そんな話で、高座を締めくくったのだから、いいじゃないか。

引退の話で有名なのは、先代の桂文楽。
この人は、精密精緻な落語をすることで知られていた。
出し物は30ぐらいと少ないが、その一つ一つが、充分に練り上げられていた。
その人が、高座の途中で言葉がふと出なくなってしまったそうだ。
そして、「勉強し直して参ります」といって高座を降り、そのまま引退してしまったという。

う〜ん、厳しきかな芸の世界。
そば屋だって、このくらいの覚悟が必要なんだ。
すくないメニューであっても、その一つ一つに、きっちりとした仕事をしなければ。
それができないのならば、仕事を辞めてしまうぐらいの覚悟がなければ。

と、ここで終わってしまっては、説教話みたいで面白くない。

落語界で、この「型にはまった」文楽と並び称されるのが、「天真爛漫な」志ん生。
この人は,噺の数も多いが、演ずれば毎回違う。
その場の雰囲気で語る、まさに、志ん生本人が落語のような人。
少しぐらい間違えようが気にしない。それさえも笑いにしてしまうのがこの人の強さなのだ。

文楽的か、志ん生的か。
落語の世界では、よく語られるテーマだ。

そば屋でもそうだろう。
お客さまの要求に答えて、臨機応変に対応できることも、大切なのだ。
そのほうが、喜んで頂くこともある。

そば屋の世界にも「文楽的そば屋」と「志ん生的そば屋」というのがあるかもしれない。
どちらがいいとか、ということはないだろう。
それぞれに、それなりの修業をおさめてたどり着いたやり方だから。

えっ、お前はどっちだって。
私なんぞ。まだまだ前座で、師匠の座布団を引っくり返している身分。
とてもそんな大師匠のまねごとなんぞは、、、。

どちらにしても、円楽は「文楽的」の方を選ばれたようだ。
いまさら「志ん生的」になれといっても無理な話。
長い間、私達を楽しませてくれてありがとう。
まだまだ、高座以外の場所で活躍してほしい。

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2007年2月24日 (土)

「そば好き」の人は、○○には向かない。

さて、昨日に引き続き、昔、ある飲み屋さんで会った、コーヒー豆の営業をしている方のお話し。
酒を飲みながら聞いた話しで、もう一つ、気になったことがある。

その方は、もちろん自分の受け持ちの店ばかりでなく、様々な店にも、売り込みに行ったりする。
だから、たくさんの店の状況を、よく見て知っているのだ。

その営業の人の話しでは、喫茶店の経営に向かない人というのがいるそうだ。
ええっ、どんな人だろう。
コーヒーの味が判らない人かな。
手先の不器用な人かな。

いいえ、
正解はこれ。
「自分がコーヒーを好きな人」なのだそうだ。
こういう人が店をやっても長続きしないという。

なるほど、コーヒー好きだから、お客さんに出すコーヒーを、みんな自分で飲んじゃうのだ、、、、、ということではないらしい。

コーヒー業界では、喫茶店を開く人や、飲食店で働いている人を対象に、セミナーなどを開いている。
コーヒーの種類や歴史、おいしい作り方などを教えているらしい。
なにも知らない人は、一生懸命その内容を覚え、きちんとその通りにコーヒーを作る。
ところが、「コーヒー好き人」は、そんなこと知っているよ、俺には俺のやり方があるよ、という感じで、そのとおりにしないことが多い。
だから、作るコーヒーにムラが出来たり、収益が悪くなったりするそうだ。

ふむ、なるほど。
でも、そのくらいのことで、店がつぶれるのかなあ。

実は、「コーヒー好き」の店は、同じような「コーヒー好き」の人にはいいのだが、「コーヒー初心者」には、入りづらくなってしまうことが多いのだ。
自分がコーヒー好きだから、来るお客さんもみんなコーヒー好きだと思ってしまう。
自分の「コーヒー好き」の世界に入ってしまって、ほかの人が入りづらくなってしまうのだ。

う〜ん、山登りに例えれば、先に一人でとっと登って、山頂から、まだ麓にいる人に向かって、「おおい、早く来いよ、こんな山が登れないのか。」と威張っているようなもの。

だから、「コーヒー好き」の店は、一部の人たちからは喜ばれるけれど、多くの人にとって、足の遠いところとなる。
すなわち、「コーヒー好き」は喫茶店をやると、失敗することが多い。
そういう話しに落ち着くのだ。

長い間、コーヒ豆を売りながら、そういう世界を見てきた人の言葉だ。
本当なのだろう。

ちょっとまてよ。
この話。
「コーヒー」を「そば」に置き換えたらどうなのだろう。

う〜ん、あるある「私はそば好きだから、、、、」と威張っている店。
きっとそのあとには、「、、、私の作ったそばは、間違いがない。」
と続くのだろうな。
間違いがあるかどうかは、お客さんが決めるのにね。

そう、主人が「私はそば好き」といっている店、あぶないぞ。
えっ、まさか「うち」のことではないだろうな。

そばを食べていただくのが好き。
そば屋の仕事が好き。
そういう風にならなくては、、、。


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2007年2月23日 (金)

値切ればいいっていうものではない。

昔、飲み屋でよく合う人に、コーヒーの営業をやっている人がいた。
もう、だいぶ昔の話。
行きつけの店の常連で、いろいろと仕事の話を聞いた覚えがある。

その人は、喫茶店やケーキ屋さん、レストランなどの飲食店に、注文されたコーヒーを届ける仕事をしている。
さて、そのお客さん、つまりそれぞれの店によって、届けた時の対応がずいぶん違うそうだ。
横柄なところもあれば、明るく迎えてくれるところもある。持っていくと、すぐに秤で重さを確認する店や、ただ、事務的にコーヒーを受け取るところもある。少し世間話をしていけるところもあるし、話もしないところもあるという。

一番困るのは、支払いの悪いところだそうだ。
個人でやっている店など、けっこうあるらしい。
そういう店ほど、文句を付けたり、値切ったりするらしい。

ある店では、高級なコーヒー豆を使っているし、それを売り物にしているのだが、
支払いの段階になると、あれこれ言って、かなり値切るのだそうだ。
値切られた分は、営業マンである彼が自腹を切らねばならないのだ。
その店に行くのが、嫌になった。

でも、ある時、そっと、一つ格下のコーヒ豆を持っていった。
コレならば値切られても、採算は合う。
でも、何か言われたらどうしよう。
ひょっとしたら、お得意さまを一つなくすかもしれない。
ところが店主は、いつもと同じように、
ただ値切っただけで、味については文句を言わなかった。

調子づいた彼は、さらに格下のコーヒー豆をその店に納めることにした。
味については、なんのクレームもなく、
店主は、「俺は商売上手だ」と思いながら、
豆代を値切って払い、営業マンは、困った顔をしながらも、
内心、「ざまをみろ。コーヒーの味も分からないくせに」と、
その店を馬鹿にしていたのだ。

とても嫌な話だ。

一番かわいそうなのは、その店にコーヒーを飲みに行くお客さまだろう。
高いお金を払って、おいしいコーヒーを飲んでいるつもりが、実は、それほどのものではなかったのだ。
その店のその後を聞かなかったが、どうなったことだろう。

私も商売をしているので、いろいろなところから仕入れをするし、支払いもする。
特に営業の人は、私の知らない情報を持っているので、いろいろと話を聞くようにしている。
仕入れ関係の人たちと、いい関係になれば、ときには無理を聞いてもらうこともあるし、こちらが聞くこともある。
仕入れたそば粉に、うるさく注文をつけることもあるけれど、それはそれで、こちらの要求を伝えるだけ。けっして、それを押し通すわけではない。

そば粉屋さんにしても、節屋さんにしても、それぞれが対等に、そしてある程度の緊張感を持った関係を築いていければと思う。

格下の豆を持っていくコーヒー屋さんと付き合った喫茶店は不幸だ。
でも、それを招いたのは、その店のご主人。

もっと世の中、買うほうも売るほうもWin-Winの関係になれればいいのにね。
えっ、なんだ、この言葉は。

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2007年2月22日 (木)

そばの食べ方に決まりはないけれど。

今月のメールマガジンでは、そばの食べ方について書かせて頂いた。
こちらをご参考に。
まあ、そばの食べ方は、人により違うので、あまり、「こうでなければ。」などと、押し付けてはいけないものだ。

でも、私の子供の頃など、うるさく言う人がいた。
近所のそば屋で、くちゃくちゃとそばを食べていると、
「江戸っ子が、そんなそばの喰い方をするんじゃねえ。」
と言われて、見も知らずの親父から頭をたたかれた。
そば湯なんぞ、かき回して飲もうものなら、
隣近所から「あの人は意地汚い」と指をさされたものだ。

だから、お客さまが、くちゃくちゃとそばを食べると、
つい、頭をたたきたく、、、、、なることはない。
今の時代、そういう食べ方もありなのだ。
ただ、北朝鮮から核ミサイルを借りてきて、
頭にぶつけてやりたい、、、、、、気もしないことは、、、ないけれど。

最近、面白い食べ方をする方が増えたきた。
若い男性でもいるが、女性の場合が多い。
せいろに盛られたそばを、何度も箸でつまみ直している。
つまむごとに、箸をくるっとまわして、そばを団子のようにしているのだ。
そして、ある程度の団子が出来上がると、おもむろにそばを取り上げて、汁につけて召し上がっている。

そのほうが食べやすいのだろうか。
それとも、単なるくせなのだろうか。

私はひそかにコレを「スパゲッティ喰い」と呼んでいる。
ちょうどスパゲッティを食べる時、フォークに巻き付けて、
団子にしているのと同じようだからだ。
(フォークにスパゲッティを巻くのは。アメリカ人と日本人だけだって言う話を聞いたことがあるが、真相は不明。)

この食べ方では、食べるのに時間がかかる。
そばが伸びてしまわないか、
見ているほうとしては心配になるが、
お客さまのほうとしては、
一生懸命団子づくりに励んでおられる。

様々な食べ物が溢れている今の時代、
そばの食べ方も変わってくるのかもしれない。
昔ながらの、「そばはこう喰うものだ!」
なんていうのは、化石になりつつあるようだ。

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2007年2月20日 (火)

「ささら」は細かく割った竹を束ねたもの。

さて、一日の営業が終わると(もっとも、昼だけだけれど)、厨房内の片づけが始まる。
油地獄などという、油を使うメニューがあるので、コンロ周りはまめに掃除をしないといけない。
まあ、さぼる時もあるけれど。

Sobagama_1 大切なそば釜の掃除。
お湯の熱いうちに、ふちについた汚れを落としていく。
その時に使うのが「ささら」という道具。

昔は、普通の家庭でも使われていたらしいが、今ではたわしやブラシなどに取って変わられて、あまり使われないみたいだ。
これは、竹を細かく割ったものを束ねたもの。
先のほうで鍋の汚れをかき落とすようにして使う。

そば釜のように、まだ、熱いものを洗う時にいい。
よく、中華料理屋さんなどでは、熱い鍋を洗うのに使っているのを見かける。

新しいうちは固くてちょっと使いにくいが、使っていくうちに、竹が柔らかくなって使いよくなる。
このまえ、100円ショップで小さいのを売っているのを見たので、いまだに家庭でも使う人がいるのかもしれないね。

この「ささら」が大活躍をしているのが、北海道で路面電車の除雪をしている、通称「ささら電車」だ。
竹の「ささら」を何十本も並べて回転させ、路面の雪をかきとっていくのだ。
もう昔からの方法で、やっぱり竹でなくてはいけないらしい。

今は、なにをするにも、新しい、便利な道具が出来ているけれど、やっぱり昔からのものがいい時があるのだね。

さあ、こんなことしていないで、掃除しなければ。

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2007年2月17日 (土)

短い営業時間のわけは。

「手打ちそば屋 かんだた」の営業時間は、昼の十一時から午後三時まで。
へえ、いいね。
楽な商売をしているねって、よく言われる。
夜がヒマでいいね。なんて嫌みを言われたりする。

たしかに、四時間しかない営業時間。
ほかの人からみれば、その時間しか働いていないように見えるんだね。
私も、もともと働くのが嫌いだから、
このくらいなら楽が出来るかな〜〜〜なんて思っていたら、
何のことはない、現実は厳しい。

毎日、朝の六時過ぎに家を出て,帰るのは十時過ぎ。
休みは週に一日だけ。
それがずっと続くのだ。

そば屋の仕事は、手間のかかる仕事が多い。
そばを打つこともそうだが、つゆの仕込み、いなりの皮の煮炊き、
突き出しの煮物、そば豆腐などの一品の用意、
ようかんなどの甘味の支度。

既製品をいっさい使わず、すべてを自家製で作るというのは、
思っているより時間がかかる。
いや、私自身が考えていたより、手間がかかるものだ。

でも、少しでもおいしいものを味わって頂きたい。
安心の出来る食材を使いたい。
ほかにはない味を楽しんで頂きたい。
そう思うと、それだけの時間を費やして、
営業時間である「四時間」に合わせて、
しっかりとした準備をしたいのだ。
特に、打ったそばの賞味時間はせいぜい5時間ぐらい。
そのくらいのおいしい時間にそばを食べて頂きたいのだ。

そうは言ってもまあ、私は、どちらかと言えば、
好きなことをやっているので、たとえ長時間の仕事でも、
楽しんでやっているのかもしれない。
こうしてブログも書けるしね。

世の中はコンビニ時代。
食べたい時に、食べたいものが食べられるのが当たり前の時代。
でも、皆さんにはご迷惑をおかけしますが、
しばらくは「四時間」だけの営業時間でお願いしたい。
そのかわり、しっかりとしたものを、用意しなくては。
手打ちそば屋は、眠れないのだぞ!

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2007年2月 4日 (日)

間食と食事の間の量は?

先日、家の近所の定食屋さんに入ったら、ご飯もおかずも、山と盛ってあってびっくりしてしまった。さすがにこの量は多すぎる。
私は、食べ物を残すのが嫌なので、頑張って食べたのだが、さすがに食べきれなかった。
若い人達にはいいのかもしれないが、、、、ということは、私はもう年寄りなのか。

初めて入る店で食事を頼む時、この量がどのくらい出てくるのか分からないので、つい警戒してしまう。
ちょうどいい量ならいいけれど。

そば屋だってそうだ。
そば屋によって盛りが違うから、頼んでみるまで、腹の希望にそえるかどうか、わからないのだ。

お客さまが持ってきてくれた新聞の切り抜き。
ここにもそばの量の、不透明さを指摘している。

だいたい東京のそば屋は、量がすくない。
特に老舗といわれるところほどそうなのだ。
その記事によれば、ある老舗では、一人前は120グラム。
なんだ、それなら「手打ちそば屋かんだた」と同じではないか。
と、よくみると、茹で上がりでこの重さ、と書いてある。

ということは、生麺だったら80グラムぐらい。
私の店の三分の二の量ということになる。

そばの起こりは間食。
だから、もともと量が少なかった、という説もある。

これは多分、江戸という大都会でのお話。
そばが食事であった長野や東北では事情が違う。
たっぷりと、ある程度の量があった方が好まれるみたいだ。

だいたい、そば屋は自家製麺が多いから、
一人前の量は、その店の考え方で決まることになる。
ラーメンなどのように、工場製麺が主だと、機械の規格などで、
自ずと量が決まってきたりするようだ。

でもね、ちょっと小腹がすいたから、
軽くそばでも食べようとしてそば屋に入ったら、
富士山か、マッターホルンかというぐらいそばが盛ってあっても困る。
そばを鱈腹喰うぞ、と思ってのれんをくぐったら、
ほんの三口で終わってしまうのも、寂しい。

お客さまにも、量を聞かれることがあるが、
どういう風に、それを伝えたらいいのだろうか。
う〜ん。
やっぱり一度食べてもらうとか、、、。
全然解決していない、、、さあ。

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2007年1月25日 (木)

「狂った油」と呼ぶ人もいる。

近頃のニュースでは、アメリカやヨーロッパでは、
食品に含まれるある物質を制限する動きがある。
ニューヨークでは、飲食店で、
コレの入ったものを使ってはイカンと、市長がお触れをだしている。

何でも、コレをとると、肥満の原因となるばかりか、
心臓病やガンになる恐れがあり、
さらに、痴ほうになるかもしれないというのだ。

その物質の名前は「トランス脂肪酸」。

なんなのだ、コレは、、、、と調べてみるけれど、
う〜ん、正直なところ、よく分からん。

とにかく、天然にはない組成物で、食用油を、
熱処理したりすると出来るものらしい。
特に多く含まれているのが、
マーガリンや、お菓子に使われるショートニングといわれるもの。
これらのものは、「トランス脂肪酸」を使って、
品質の変化を防いでいる。

この「トランス脂肪酸」のことを、「プラスチック油」と呼ぶ人もいる。
この油で作られたマーガリンは、常温で置いておいても変質はしないし、虫も寄ってこない。
ましてや、この油で揚げた食べ物、例えばポテトやフライドチキンは、
表面がプラスチックで覆われたようなものになるので、
時間が経っても変質を防げるのだ。

こんな便利な油を、金儲け業界が放っておくはずがない。
かくして、ファストフード店や、