カテゴリー「そば屋の世界」の記事

2022年3月19日 (土)

そばとウクライナ紛争の影響は。

全世界での生産量は290万トン。

これはトウモロコシの11億5千万トン、
小麦の7億6千万トン、
米の4億8千万トン
に比べれば全く微々たるものだ。

統計の出ている2018年の数値では、
生産量の順位は、
1、中国」 113万5千トン
2、ロシア 93万7千トン
3、フランス 18万8千トン
4、ウクライナ 13万7千トン
  ・
  ・
  ・
10、日本  2万9千トン

これ、もちろん、そばの生産量の話。
この年は、たまたま中国がトップになったが、
その前の年まで、
ずっとトップにいたのは、ロシアの方だ。

日本の国内でのそばの需要は、
約13万トンと言われている。
国産は3万トン弱しかないので、
残りの10万トンは輸入されている。
そのほとんどが中国からだが、
ロシアからも年に1万トンを買っている。

ロシアはそばの生産量が多いのだから、
もっと取引があっていいはずなのだが、
そうもいかないようだ。
ロシアでは、主に、
そばの実のお粥(カーシャというらしい)や、
パンケーキにして食べられているという。
ところが、同じそばでも、
なかなか、日本の蕎麦に向くものが、
少ないそうだ。

それでも商社の方々が苦労して、
ロシアからの輸入が始まったのが、
10年ほど前のこと。
あまり質が評価されないので、
主に加工用として使われているという。

ロシアとウクライナを巡る、
不幸な出来事の勃発によって、
日本のそばの事情に影響するのではないか、
ということを心配される方も、
いらっしゃるようだ。

でも、数字で見れば、
このような状態なので、
普通に店で食べられるそばには、
ほとんど影響がないと、
考えていいのではないかな。

むしろ、問題なのは、
ここ一、二年で外国産、
特に中国産の輸入蕎麦粉の価格が、
急上昇しているのことだ。

これは、その国の事情もあるが、
世界的に、輸送コストが上昇しているという理由がある。
そう、コンテナ不足や、
燃料費の高騰などだ。

今度の紛争が、
さらに、そういう事情に拍車をかける、
という可能性はある。
だから、日本のそば業界も、
恐れをなしているところらしい。

今まで、安価な外国産の蕎麦粉を使っていた、
値段で勝負していたような店は、
値上げ対応を迫られるかもしれないね。

今まで、高くとも、
国産の蕎麦粉を使い続けていた私としても、
黙ってはいられない。
つい、ざまを見ろ!
と言いたいのだが、
そんなことは口が裂けても言ってはいけない。
(ここ、消しておいてください)

今の日本は、多くの食品を、
外国の産物に頼っている。
だから、何か変事があったときには、
大きな影響を受ける可能性があるのだ。

日本の国の中では、
まだまだ、たくさんの食物を作る余力があるのに、
どうして、
遠い外国で作られたものの方が、
安く手に入るのだろう、、、。

そういうことを、
根本的に、考えなければね。
いや、考えるだけでなく、
改善していかなければ、、、。

みなさん、
国産のそばを食べましょうね。

 

 

 

 

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2020年12月15日 (火)

更科そばは、高級そば屋だった。

 更科の蕎麦はよけれど高稲荷
   森を睨むで二度とこんこん

蕎麦研究家の岩崎信也さんの「蕎麦屋の系図」という本に、
こんな、江戸時代の狂歌が載っている。
大田南畝(蜀山人)の作であると言われているが、
はっきりとは、わからないそうだ。

そのそば屋の裏には、稲荷社があり、
高稲荷と呼ばれていたそうな。
だから「高いなり」とひっかけ、
森を「そばの盛り」とみて、
二度と「来ん来ん」と狐の鳴き声にかけている。

このそば屋、
よっぽど値段の高かったようだ。

信州更科蕎麦所布屋太兵衛
しんしゅうさらしなそばどころぬのやたへい

という屋号のそば屋。
創業は1790年と伝えられているから、
江戸は終わりに差し掛かる頃の時代。
創業者は、大名相手に布を売っていたので、
屋号も「布屋」を名乗ったのだね。

もともと信州の出身なので、
当時からイメージの良い信州を頭につけた。
そして更科(さらしな)という言葉を使った。
このいわれには、いろいろな説があるようだ。
ものの本によると、信州更級(さらしな)の地は、
そばの集積地として有名だったから、
その名を取ったのだと。

信濃の更級は、遠く万葉集や古今和歌集にも、
取り上げられる、風光明媚な月の名所。
芭蕉も信州の旅日記を「更科紀行」としている。
場所としては、長野市南部から、
千曲市、坂城町あたり一帯だろう。
かっては、この辺り一帯を、更級郡と呼んでいたのだが、
近年の、市町村の合併により、
この名、地名は地図から無くなってしまった。

でも、この辺りに、蕎麦が集まったとは、
あまり考えられないなあ。
それほど、交通の便の良い地域でもない。
もちろん調べてみなけらばわからないが。
一部に幕府の直轄領があったとしても、
ほとんどが松代藩の領地となっていたようだ。

それに、そばに、「さらしな」という言い方をするのは、
それよりも前にあったようで、
創業より40年前に書かれた本にも、
「さらしな」を看板にするそば屋が何軒かあったという。

商売をするには、
競争相手とは違うことを特徴付けることが大切。
おそらく、布売りをしていた太兵衛は、
そのことを意識して看板を掲げたのだろうね。

場所は、麻布で、一方は大名の屋敷の並ぶところ、
一方は、商家の続きところだというから、
高級にして、調度や備品にも気をつけて、
当時としては高額なそばを売り始めたのだろう。

見事に太兵衛の思惑は当たり、
店は評判となる。
江戸時代が終わって、明治になっても、
店は繁盛し続ける。
そして、その間に、さらに、
粉の製粉方法などを工夫して、
今日の、白い、更級そばの、
元を作っていくのだね。

この店は、昭和の初め、
七代目まで続いていく。
この七代目が、、、
私にとっては、とても魅力的な人なんだなあ、、。
という話は、またいつか。

 

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2020年7月 2日 (木)

屋号で呼ばれなかった、初代の藪蕎麦。

全国的に深刻な飢饉に苦しんだ天保年代。
江戸は団子坂というところに、
一軒のそば屋が暖簾をかけた。
そう、今から180年~190年ぐらい前のこと。

 

なんでも、主人は武士だったのが、
町人となって、商いを始めたという。
その主人の名前は正確には残されていないが、
屋号は「蔦屋」(つたや)といったそうだ。

 

太めのしっかりとしたそばを、
青竹で編んだ五、六寸の平ざるに盛ったという。
酒のあてには「あたり芋」が評判だったらしい。
あたり芋とは、すり下ろした山芋のこと。
縁起を担いで、江戸の商人は「する」という言葉を避けたのだね。
今でも「ゴマをあたる」というでしょ。

 

土産用のそばを、やはり、竹籠に入れて、
提げて持ち帰られるようにもしたらしい。
汁は、竹筒に入れられたそうだ。

 

この店の裏には、広い竹藪があって、
そこから切った竹を使ったのだ。

 

この近所には、植木屋が多く、
菊の時期には、大勢の人が見物にきた。
だから蔦屋は大繁盛をしたのだね。

 

だけど、誰も、このそば屋の屋号を呼んでくれない。
「藪(やぶ)のそば屋」
または「藪そば」と呼ばれたのだね。
そこで店も割り切って、
「団子坂藪蕎麦、蔦屋」という看板を掲げるようになったとか。

 

この店は三代続いた。
明治になってからは、ずいぶんと支店を増やし、
また店は、かなり大きなものになったらしい。

 

それが、明治39年(1906年)に廃業してしまう。
相場で失敗したからという話もあるが、
はっきりとした理由はわからないそうだ。
店主はその後、満洲へ渡り、
何軒かの蕎麦屋を持ったらしいが、
消息は途絶えてしまったようだ。

 

この蔦屋の支店を買い取って、
伝統を引き継いだのが今の「神田藪蕎麦」ということになる。
江戸そばの名店と言われるところだ。
でもここの本来の流れを汲む一門は、ごく数軒でしかない。

 

しかしながら「藪蕎麦」または「やぶ」を掲げるそば屋は、
日本中にたくさんある。
すべてが、さかのぼれば「蔦屋」に繋がるわけではないだろう。

 

江戸時代から明治時代まで、東京には、
竹藪がたくさんあったそうだ。
だから、本来の屋号ではなく、
「藪の内」「藪」と呼ばれるそば屋は、
蔦屋以外にもあったようだ。
だから「藪蕎麦」という屋号を持っていたからと言って、
そのそば屋が、一つの系列の元にあるとは限らないとのこと。

 

藪といえば、ある職業にとっては禁句だが、
そば屋にとっては、奥ゆかしさを感じさせる名前。
そのイメージゆえに、全国的に、
名が広まったのだろうなあ。

 

写真は、その伝統を受け継ぐ店のひとつ、
「上野藪蕎麦」のもの。
ここの汁は藪一門の中でも、
それほど辛くない。
手打ちを復活させ、
気楽な雰囲気ながら、きちんとした、
江戸蕎麦を楽しませていただいた。

 

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2020年4月12日 (日)

しばらく営業を自粛させていただきます。

コロナウイルスによる、
新型肺炎の流行によって、
長野の街も、
実に静かになっている。

 

善光寺に訪れる旅行者もほとんどなく、
長野駅は閑散。
新幹線も、高速バスも、
ガラガラだそうだ。

 

でも、地元で働く人たちは、
仕事をしなければならないから、
朝の、道路の渋滞は相変わらず。
お巡りさんも、
普段通りの、交通取り締まりなんぞをやっていたりする。

 

しかし、街には出歩かないので、
昼も夜も、街の中はひっそりとしているのだ。

 

この病気への、
不安感が、なんとも重たい空気を、
、、、と思ったら、
重くなったのは、私の体だったねぇ。

 

フランスの作家、アルベール・カミュの随筆に、
「シーシュポスの神話」というのがあったっけ。

 

神の罰を受けたシーシュポスは、
山の上に大きな岩を運び上げる。
でも、それは、すぐに転がり落とされてしまう。
そしてまた、彼は、岩を運び上げる。
岩は、転がり落ちる。
彼が岩を運ぶことが、また繰り返される。

 

これは、人間にとって、
最も辛い罰だという。
目的のない労働を繰り返すことが。
何か、そんな罰を受けているような気分。
決して、悪いことは、、、、
う〜ん、少しは、、、
、、いっぱいしているけれど。

 

そんな先の見えない不安が、
私たちを苦しめているようだ。

 

ということで、
この騒ぎで、私の店も開店休業状態。
せっかくそばを打っても、
余らせてしまうばかり。

 

誰かの悪口を言って済む問題でもないし、
「明けない夜はない」などという、
スーパーの売れ残りみたいな楽観論を叩き売りするものでもない。

 

とにかく、今までになかった、
困難に直面しているのだ。
冷静に立ち向かわないとね。

 

一人でも来るお客さんがあれば、
店を開けておこうと考えていてけれど、
さすがに、現状に耐えられなくなってきた。
なので、しばらくの間、
営業を自粛させていただくことに。
当てにしていた方がいらしたら、すみません。

 

その間、
どこかで、密かに、
花見でもしていることとします。
もちろん、想像の中でです。

 

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2019年2月14日 (木)

武将隊の案内で上田の街めぐり

上田といえば、三年前のNHKの大河ドラマ、
「真田丸」で一躍注目を浴びた場所。
上田城を作った真田昌幸、その子信繁(幸村)の活躍した舞台。
その年は、大いに観光客で賑わったそうだ。

長野からは、新幹線でわずか11分、
しなの鉄道の各駅停車でも35分で着いてしまう、
すぐ近くの町。
でも、何回も訪ねている割には、
意外と町のことをよく知らない私。

そこで、この冬の休みに、
ガイド付きのツアーに参加してみることにした。
案内してくれるのは、
真田幸村と十勇士に扮する「おもてなし武将隊」のメンバー。
筧十郎と根津甚八のご両名。
さぞかし、大勢の参加者がいることだろうと思っていたら、
駅前に集まったのは、
我々二人だけ。あらら、、、。

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それでも、駅前の幸村公の像の前で、
気勢を上げて出発。

昭和の匂いを残す古い繁華街を抜けて、
真田家ゆかりの寺なんぞをめぐる。
細い露地を抜けたりして、探検気分十分。
古い街道筋には、
昔ながらの屋根の大きな建物なんぞが残っている。

ここは昌幸公の奥方の菩提寺。
禅宗の寺らしい、きりりとした雰囲気が漂う。

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柳町は宿場跡で、
造り酒屋などの、立派な建物が並んでいる。

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幸村の兄、信之の奥方、小松姫の墓のある寺には、
真田の紋である六文銭と、徳川の三つ葉葵が並んでいる。
なるほど。
こんな立派なお寺があったのだね。

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それから上田城まで、
三時間にわたってご案内をいただいた。
お二人の派手な格好は、よく目立ち、
通りがかる地元の人からも声がかかる。
すでに、おなじみとなっているようだ。
寒くないの?と聞けば、
下にダウンを着ているから大丈夫とのこと。
それよりも、夏の暑さの中の方が、大変だそうだ。

この武将隊、観光客の集まる季節には、
上田城を中心にして、様々なイベントに参加されているそうだ。
上田の街を元気にしようと、
頑張っているのだね。
他の地域にも、武将隊があって、
交流もされているとのこと。

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ということで、ほぼマンツーマンで、
案内していただき、とても贅沢な気分になった。
おそらく、ガイドされなければ、
踏み込まなかった道、小さな歴史なんぞを、
知ることができたのだからね。
ありがたいことだ。

これからの観光は、こういう企画が必要なんだなあ、
と、つくづく思う次第。

で、寒風にさらされた後は、
上田ならでの、馬肉を使った肉うどんで温まったりして、、。


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2019年1月10日 (木)

宅配のシステムがあるから送れる年越しそば。

年末年始の営業の山が終わって、
骨身にしみるような寒波と一緒に、
静かさが店にやってきた。
昨年も、多くの方に、
年越しそばのご注文をいただき、
大変ありがたいことだと思っている。
年末の30日が、一番のそば打ちのピークとなる。

何しろ、宅配便の受付締め切り時間までに、
頼まれた数量のそばを打ち切らなければならないのだ。
打つペースを保ちながら、淡々と10回余りのそば打ちをこなした。

途中で、新聞社の取材が入ったりして。
年末の風物誌ということなんだね。
写真がうまく撮れずに、何回も撮り直しに来たりして、
記者さんも大変だ。


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その打ったそばを、
間違いのないように、箱詰めする。
これも気を使う仕事だ。
そうして、注文を受けた、50個ほどのそばを無事に発送した。

さて、これからも心配。
大雪でも降ったり、
どこかで事故でもあって渋滞があれば、
翌日の年越しそばに間に合わない。

大晦日は、店での持ち帰り用のそばを、
腰の痛みに耐えながら、なんとか打ち切った。
そして、翌日の、元日からの営業の仕込み。
そして、送ったそばが、
無事に着いたかどうかの確認。

今は、ネットで、伝票番号を入れれば、
配達状況がわかるのだから、
便利なものだ。
6時を過ぎれば、ほとんどの荷物が配達済みとなっている。

おや!午前中配達の予定なのに、
まだ配達されていないとところが一件ある。
しかも、現地の配送センターにも届いていない。
ということで、宅配会社に問い合わせてみた。
調べるとのことで、30分後に返事をいただいたら、
なんと、別の配送センターに送られてしまっているとのこと。
どうやら、その日のうちに届かないらしい。

あれ〜、困った。
大晦日に届かなければ、
年越しそばではなく「年越したそば」になってしまう。
なんでも原因は、伝票に書かれた郵便番号が間違っていて、
その番号のところへ行ってしまったとか。
いつもは、住所と郵便番号を照らし合わせるのだが、
忙しさのあまり、それを怠っていたとのことで、平謝り。

たまたま、その伝票は、ある知り合いのお客様が、
ご自分で書かれたものだった。
すぐに連絡して、その旨を伝えると、
納得していただいた。
あとで、宅配会社からも、謝罪の電話があったそうだ。
年が明けて、翌日の午前中に届いたのだが、、。

これに懲りて、店でも、郵便番号の確認をしてから、
発送した方がよさそうだ。
手間になるけれど、こういうことが起こらないようにしなければね。

8時近くになっても、まだ二件が届いていない。
一件は二度ほど行ったが不在とのこと。
こちらはメールをして確認。
ほんの少し留守をしていた時に、
タイミング悪く配達に来たとのこと。
もう一件は、雪深い場所。
前の日の雪で、交通の乱れがあるようだ。
それでも、どちらも、8時過ぎには配達済みとなって、ホッとした。
みなさんに、上手に茹でていただけることを願うだけ。

配達の人たちも、
大晦日に遅くまで働かれて、大変なことだと思う。
たくさんの荷物が、こうして、正確に相手に届くというのは、
大勢の人の努力のたまものなのだろうねえ。
いくらコンピューター、インターネットの時代でも、
実際に届けているのは人なのだものね。

こういう仕組みがあるから、
大晦日にそばを送ることができるのだ。

ということで、
毎年大騒ぎの年越しそばだけれども、
ちょっとしたトラブルはあったけれど、
他には間違いもなく、無事に済ませることができた。
ご注文をいただいたお客様、
ありがとうございました。


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2018年10月31日 (水)

健康管理も仕事のうち。

先日、近くの飲食店のご主人が、
救急車で運ばれていった。
ご本人は意識もあり、しっかり口も聞けるのだが、
どうも体の様子が変な感じらしい。
以前に脳卒中を経験したことのあるそのご主人。
これは危ないなと思ったのだね。
そういう場合は、すぐに病院に行ったほうがいい。
大したことがなければいいけれど。
 
やはり近所の、パン屋さんのご主人も働き者だった。
朝早くからパンを焼き、夜暗くなっても店を開けていた。
手頃な値段で、人気のあるパン屋さんだった。
ところが、突然の閉店。
なんと、ご主人が、仕事中に突然の心臓の発作で亡くなったのだそうだ。
 
あるイタリア料理店のマスターも、
買い物へ歩いて行く途中で意識を失って倒れてしまった。
肝臓の具合が悪化していて、一週間以上の入院。
その間、大事な予約が入っていたので、
一旦帰らせてくれと頼んだが、医者は許さなかったそうだ。
 
飲食店の仕事は、なかなかハードだ。
特に個人営業の場合は、
他に替わりがないから、どうしても本人が頑張るしかない。
また、自分の料理へのこだわりが深いほど、
それにのめり込んでいく。
 
だから、必然的に長時間の仕事となるし、
本人の食事なども、不規則にならざるを得ない。
客の方から見れば、
限られた営業時間だけ、頑張ればいいのだからと思われがちだが、
実は、そのために、ものすごい努力をしているわけだ。
 
働き方改革などと言われているけれど、
その外に置かれているのが、
個人の飲食店の店主なのだろうなあ。
なかなか気づかれないけれど、
みんなかなり頑張っているんだ。
 
料理を作る人が、元気でなければ、
当然、美味しいものはできないよね。
かくいう私も、気をつけなくてはね。
せめて、毎日6時間は眠りたい、、、、、
という夢を見続けながら、
久しぶりのブログの更新。
 
畑は秋の終わりの色、アスパラの実です。
 
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2018年4月23日 (月)

そば屋を巡って店を見る、主(あるじ)を見る。

時々、他のそば屋に行く時がある。
なかなかそういう時間がないのだけれど、
機会があれば、色々なそば屋に行ってみることにしている。

別に、評判になっている店とか、
みんながうまいとかいう店ばかりでもない。
立ち食いそば屋でもいいし、
昔ながらのそば屋でもかまわない。
とにかく、どんなところでも、
自分の商売の参考になるタネが転がっているような気がする。

皆さんだったら、
そばが美味いとか、自分の口にあっているとか、
量が多いとか、サービスがこなれているか、
なんぞを見るのだろうが、
私は、あまり気にしない。

そば店には、それを対象とするお客さんがいて、
それにあった商売をしている。
大衆的な店もあれば、旅行客向けの店もある、
こだわり客を引き入れている店もある。
それぞれに、
そういうお客様に合わせたそばを出しているのだ。

だから、そういう店の、仕事ぶりを見させていただくわけだ。

商売をしている目というのはつまらないもので、
すぐに、その店の商売を係数的に眺めるクセがついている。
店内の配置、席数とスタッフの人数、
メニューから割り出す平均単価、
使っているそば粉や調味料の仕入先、
提供している器の値段、、、、
などを、つい、無意識的にはじき出してしまう。

そして、そばや料理を味わうことによって、
廚房での仕事ぶり、ご主人の人となりを想像したりしてしまう。
料理を早く出すために工夫を重ねていたり、
また、時間がかかっても、一つ一つ丁寧に出さないと気が済まない人もいる。

店内の様子も気になるところで、
きれいに掃除がされているかどうかは、
大衆店、高級店に限らず、大切なポイント。
けっこうこだわり店で、そういうところが欠けていたりして。
うちも気をつけなくては。

壁にビール会社のポスターが貼ってあれば、
気楽にそばを楽しめる店。
ちょっとした、書画や、季節の花が飾ってあれば、
歌ごころのあるご主人の店。
窓際に、プラスチック製の造花が飾ってあれば、
ここは、偽物を本物に見せようとしている店。

ある店では、山の花の写真が、
壁いっぱいに飾られている。
聞けば、ご主人が好きで、ご自分で撮ったものなのだそうだ。
そういう話を聞けば、その店に親しみが湧く。

そして、その店が、どんなお客様を相手にしているのかは、
飲み物のメニューが参考になる。
日本酒を見れば、
どんな質のものを置いてあるかで、
だいたい想像出来たりする。
でも、大衆的な店なのに、
けっこうな銘酒が置いてあったり、
逆に、高級店なのに、あまり、
心が動かない酒しか置いていないところもある。
だから、つい、
確かめたくて、私の苦手な酒を、
嫌々ながら注文することになったりする。

ある店なんぞ、
そうそうたる銘柄の酒がメニューに並んでいて、
そばが端っこに小さく書かれている。
あとで調べたら、
もともと酒屋の跡取りだったのが、
そば屋になりたくて修行して開業したのだそうだ。
なるほど、人生を感じるねえ。

そばというと、
どこどこ産のそば粉だ、
自家製粉の粗挽き粉だとか、
香りがどうのとか、
そんなことにこだわる方も多い。
それも、たしかに大事なことだ。
でも、自分の好みの、
すごく狭いところにそばを置いてしまうと、
とても窮屈な気がする。

最近面白いと感じるのは、
昔からある、大衆的なそば屋さんだ。
たしかに、そばだけを食べれば、
通をうならせる程ではないかもしれないが、
その分、メニュー等に工夫がある。
ひと昔前には、かなりひどいそば屋もあったが、
今は、さすがに淘汰されたみたいだ。
そこを生き残ったそば屋には、
それなりの、努力があるのだね。
そして、そういうそば屋が、
昔ながらの、種物なんぞの技を伝えている気がする。

そば屋のそばは、
ただ、食べて美味い、不味いだけで、
決めつけるものではないと思う。

どこのそば屋も、
お客様を喜ばせるために頑張っている。
だから「そば屋」そのものを、
もっと楽しんでいただきたいなあ、、、、
と思うしだい。
私も、もっと、他のそば屋を食べ歩いてみたいものだ。

去年東京に行った時に入った、
上野駅前の「翁庵(おきなあん)」さん。
暑かったので「冷やしむじなそば」なんぞをいただいた。
いかにも地元の方々に愛されている感じのお店。
いいねえ。

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2018年3月16日 (金)

外国のお客様に対応するために英語のレッスン!

さて、ニュースでは日本を訪れる外国人が増えているという話。
確かに、ここ長野でも、
外国の方の姿を見かけることが多くなった。

特に冬は、スキーに来られる方がいらっしゃる。
オーストリアやニュージーランドとは、
季節が反対になるし、
スキー場の雪質もいいらしい。
この前オリンピックを開いたばかりの韓国からも、
豊富な雪を求めて、大勢の方が、
来られているという。

そういう外国人の一番人気の場所が、
長野からバスで一時間、
更に30分の雪道を歩いたところにある。
猿が温泉に入っているところを、
間近で見られるのだ。
「スノーモンキー」と呼ばれていて、
外国では有名なところ。
それを観るために、
わざわざ長野まで、脚を延ばして来られるのだそうだ。
大きな荷物を持ってね。

そんなことで、
私の店にも、外国の方が、
お越しになる事が増えたのだ。
こんな路地裏の怪しい店に、
よく入って来られるものだなあ、
勇気があるなあ、、
と、つい感心してしまうのだが。

そこで困ったのが、
言葉の壁。
とりあえず、写真付きのメニューを作って、
指差しで、頼んでもらうようにした。
ところが、お客様の中には、
ベジタリアンの方や、
食品にアレルギーのある方もいらしたりして、
対応しなければならなかったりする。

イタリアから来られたお客様に、
小麦のアレルギーがあるという方がいて、
そばのつなぎに、小麦粉が入っていることを説明するのに、
ものすごく苦労した事がある。

外国の方でも、
そばを食べ慣れている方もいるのだが、
“First time”などと言われれば、
仕草で食べ方を説明しなければいけない。

一番困るのがそば湯で、
皆さん、不思議そうな顔をされる。
だいたい、日本人だって、
地域によってはそば湯を知らない方もいらっしゃるのだ。

「これは、そばを茹でた湯です。
そばを召し上がったあとで、
汁を割ってお飲みください。」

ということを、身振りで伝えなければならない。
スタッフも、片言の英語を交えながら、
大汗をかいている。

これは、一度、
きちんとした話し方を学んでおかなければ、
と思うことしきり。
もちろん、外国のお客様だからといって、
英語を話す方ばかりではない。
様々な国の言葉があるのだ。
でも、とりあえず、英語でご案内を出来るようには、
なりたいものだ。

そこで、近くの英会話学校に相談したら、
我々のレッスンを引き受けてくれるとのこと。

あらかじめ、店で使いそうなフレーズを、
翻訳していただき、それを中心に勉強した。
講師の方は、ニュージーランドから来て7年目とのことで、
日本語もお上手。
飲食店で、よく使われる言い回しなどを教えてもらった。
何しろ、スタッフも、英語を教わるのは、
ン十年ぶりだそうで、
はたして、頭に入ったかどうか。

もっとも、総てを覚えるのは難しいので、
基本的な英語のフレーズを、
カードにして用意して、
適時使えるようにしようと思っている。

講師の方も言っていたが、
単語を並べられても意味は分かるが、
きちんとした英語で話されるとうれしいそうだ。
なんとか、話せるように、伝えられるように努めたい。
気持ちよく、そばを召し上がっていただくためにね。



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2018年2月18日 (日)

アイパッドがレジスター。

店では、一昨年から、
タブレット(アイパッド)を使ったレジを使っている。
いまだにお客様から、
「えっ、こんなものがレジになるのですか。」
などと聞かれたりする。
はい、
こんなものでも、ちゃんとレジスターの役目を果たすのだから、
まあ、世の中、どうなっているのだろうねぇ。

かねてから、レジスターには不満を持っていた。
確かに、日本語で金銭登録機というごとくだから、
お金の出し入れを、正確に記録してくれるのはいい。
でも、その方法が、いかにも古典的で、
融通がきかない。
設定内容を変えるのも手間がかかる。
それに、世の中コンピューターの時代になっているのに、
そのデーターは、
一回一回、ジャーナル(集計表)に打ち出し、
それを手作業でパソコンに打ち込まなければならないのだ。

レジスターのセールスマンに、
パソコンと連携できないのかと尋ねたら、
こう答える。
はい、月々ん万円を払っていただければ、
そういうシステムを使えます。
ははぁ、
私のような零細店には、
使うことも出来ないらしい。

そんなことで、
タブレット端末でレジが使えるという話を聞いたときに、
思わず飛びついてしまった。
当時すでに、いくつものシステムがあり、
それぞれに長短があった。
その中でも、
いちばん使い勝手が悪いとインターネットでの評判だった、
リクルートの「エアレジ」というのを試して見ることにした。
なにしろ、月々の課金がないのが、
貧乏店の私には嬉しかったのだ。

プリンターやドロワーとの接続、
メニューの設定などは、
全て自分でしなければならなかったのだが、
なんとか、切り替えてみた。
スタッフだって、
タブレットは使い慣れていないので、
自分の指先がどこに触っているのかわからず、
突然、別の場面に切り替わったりして、
戸惑ったりした。

正直言って、
最初はちょっと使いづらかった。
間違えて打ち込むと、
初めに戻らなくてはいけないなど、
手間もかかった。
でもねえ、
こういうシステムの素晴らしいところは、
どんどん、自動的に、アップグレードしてくれることだ。
今では、だいぶ使いやすい形に変わってきたのだ。

昨年秋からは、
このレジを使ったカード決済も導入してみた。
そば屋でカードを使われるお客様は少ないと思っていたら、
結構使われる方が多い。
スイカなどの交通系のカードは、
かざすだけで決済が出来るので、
スピードも早い。
現金を扱わないキャッシュレスの時代なのだねえ。

このレジでは、
パソコンの経理システムと連携できるから、
売上などの入力間違いはないし、
すぐに様々なデータを確認することが出来る。
その分すごく楽になった気がする。

便利になることが、
総ていいことだとは思わないが、
まあ、
使えるものは、使ってみるものだね。
変化の激しい世の中、
時代遅れの私でも、
少しは考えたほうがいいのかもしれない。
、、、携帯電話はいまだに嫌いだけれど、、。

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