カテゴリー「蕎麦の世界」の記事

2009年9月 7日 (月)

あえて、誤解の多い「更級粉」その2

白いそば「更級」についての、
話の続き。

どうして、白いそばができるのだろうか。

そば粉屋さんに言わせると、
こんな感じ。

「はい、更級粉を作るには、
 そのやり方で、○○方式と、☆☆方式があります。
 ○○方式で作るところが多いのですが、
 私のところでは、手間がかかるけれど味のいい、
 ☆☆方式で作っています。
 だから、色が真っ白ではなく、
 少し、黄色がかっているのです。」

ということ。
頭のいい皆さんなら、
お分かりになりましたね。
私は、全く分かりませんが、、、。

一般的に、石臼でそばを挽くと、
最初に出てくるのが、一番粉と呼ばれる白い粉。
普通のそばにするには、
その後に出てくる二番粉を使うことが多い。

一番粉は、いわゆるそばの実の中心部分にある、
柔らかい部分で、でんぷんが主体。
口に含めば甘みはあるが、
そばの風味、香りはほとんどない。

この粉をさらに精製して作るのが、
更級粉、、、、
だと、私は思っていた。
実際、ほとんどのそば粉屋さんでは、
それを更級粉として売っていたりする。

でも、
本来の更級粉は、全く違う方法で作られる。
専用の石臼を使い、
甘皮の下にあるでんぷん層まではぎ取り、
さらに、様々な行程を経て、
そばの色のついていない部分をだけを取り出すのだ。

そうして作られた更級粉は、
甘みが強く、口に入れた時に、独特の香りがある。
こういう粉を作るために、
昔の人は苦労をしたのだね。

だから、
「更級」といっても、
ただ白いだけの、味のないそばのことではない。
そういうそばを出されると、
がっかりすることがあるが、
さすが、東京の老舗のそば屋さんなぞは、
いい粉を使っている。

私の使っている粉も、
本来は「大割れ」で挽くものを、
「丸抜き」のまま挽いたもの。
従来の更級に比べ、
雑味が多くなるが、その分味が濃いようだ。

そんなこんなで、
「更級」だって、
いろいろあるのだぞぅ。

で、まだまだ続きそうな「更級」の話。


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2009年9月 5日 (土)

あえて、誤解の多い「更級粉」その1

「かんだた」では、
「小町」と称して更級そばをお出ししている。

この「更級」というのは、
どのようなそばなのか、
ご存じのないお客さまも多い。
でも、それを目当てに、
そば屋巡りをされている、
数少ないお客さまもいらっしゃる。

先日も遠くから見えたお客様、
「更級があって、良かった。
 やっている店が少ないのよね。」
といって、喜んでお帰りになった。

あるグルメ評論家によれば、
「更級」を食べれば、
その店の技術のレベルが分かる、、、
などという、こわ〜いこわ〜いそばなのだそうだ。

確かに、「更級」を打つのは、
普通のそばより、ちょっと難しい。
熱湯を使って繋ぐのだが、
なかなか、均一に湯が回らない。

おまけに、真冬でも、
団扇バタバタ、扇風機ブンブン、
そうやって、熱を冷まして、
手のひらで握りながら玉を作る。

それからが大変、そばにするために、
延ばすのが、これまた、猫に英会話を教えるようなもの。
思う通りにいかない。

更級そばを、細く、きちんと、
きれいに打つこと、
これが、なかなかできないのだ。

私なんぞ、まだまだ、
工夫が足りないなあ、、、、
と思いながらも、
しっかり商売している。

つんとすました、更級を出す、
東京の老舗のそば屋だって、
じつは、ロール機を使って打っていたりする。
たまに手打ちの更級をやっている店があって、
頼んでみると、おお〜、苦労しているなあ〜〜
などと、傷口を舐めあったり、、、。

あるお客さんからは、
「更級なんて、味も香りもなくて、
 そうめん食っているみたいだ。」
「ほかの店で食べたことがあるけれど、
 うまいとは思わなかったねえ。」
などと、揶揄されながらも、
私は、更級を打ち続ける。

どうしてかって?
けっして、珍しいから、変わっているから、
というわけではない。
更級というそばの中に、
先人の苦労の跡が、しっかり刻まれているからだ。
そうして、
更級というそばの持つ、
繊細な味と香りの世界を、
少しでも感じ取っていただきたい、、
からなのだ。

ということで、
ちょっと力の入ってしまった、
「更級」の話、続くぞお。



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2009年8月21日 (金)

そばの皮を剥くのは手間がかかる。

江戸時代、江戸の西側に当たる中野は、
三多摩地区や山梨方面からの穀物の集積地だったそうだ。
そばも、ここに集められて、江戸市中にまわされたらしい。

ここでは「くるまや」という水車場が発達。
そばの殻をとって、抜き身を作るから、
「抜き屋」と呼ばれる稼業がはやったようだ。

江戸のそば屋は、
ここからそばの抜き身を仕入れ、
自分の店の臼場で、専任の職人に粉を挽かせたという。

さて、収穫したそばの実を、
粉にするためには皮を剥かなければならない。
これが、なかなか面倒なのだ。

Sobatubu

今の製粉工場でも、
この抜き身を作るまでに、かなりの手間をかけている。

そばの葉、茎等の除去、
石、土抜き、
表面の磨き、
ふるいによる粒の選別、
選別した粒の大きさに調整した石臼での脱皮、
トウミなどを使った皮の除去。
などなど。

Sobatubu2

ほかにも、最初から大割れを作るやり方や、
ゴム板を使った衝撃法などがあるそうだ。

どちらしろ、
こうして、皮をむいてから、
石臼なり、ロール機なり、粉砕器等に入って、
製粉が始まるわけだ。

でも、そばの実の皮は、
なかなかきれいに剥けにくい。
どうしても、完全な抜き身を作るのは不可能に近いらしい。
そこで、多くの製粉工場では、
製粉過程で、残った皮や甘皮などを取り除くようにしている。

ところが、
中国には、この抜き身を作るいい技術があるという。
そのせいだけではないが、
ここのところ、中国から、
「抜き身のそば」の輸入が増えているらしい。

製粉屋さんにとっては、そのまま使える便利なもの。
でも、統計的には加工品となってしまうから、
そばの輸入の数字に現れない。

製粉の組合の人の話では、
これから、増えていくだろうという話。

江戸時代の中野の「抜き屋」。
これからは、中国が日本のそばの「抜き屋」となるかもしれない。

えっ、いっそのこと、
中国で粉にしてしまったら?
今は、いろいろな制約があるようだけれども、
そのうちに、それもないとは、、、、いえないなあ。

せめて、路地裏の怪しいそば屋で、
国産のそば粉で作った、
細めのそばを手繰ろう。


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2009年8月16日 (日)

そばの芽を、鹿から守る「キャンプリレー」。

長野は、やっと、夏らしい気候となった。
今までの湿気がなくなり、
カラッとした晴天だ。

さて、今年の天候不順。
やはり、そばの生育に影響を与えているようだ。

北海道では、長雨が続き、
そばの花の咲く時期に虫が飛べず、
実のつき方が相当悪いらしい。
早いところでは、もう収穫を始めているはずなのだが、
例年に比べて、かなりの減収との報告が入っているそうだ。

この分では、北海道産を使う、今年の新そばは、
出回るのが遅くなるに違いない。

一方、長野でも、長雨のため、
そばの種まきが出来ず、
一週間から二週間遅れたらしい。
また、既に種を蒔いたところでも、
雨によって流されてしまっている畑もあるという。

数年前にも、そばの開花期に、
北海道に台風が来て、
国産のそばが不足したこともあった。
この分では、その時と同じように、
仕入れ値段の高騰は避けられないだろうなあ。とほほ。

これから種まきとなる、茨城などの関東産に期待したいところ。

さて、そばの栽培の敵となるのは、
天候ばかりではない。
長野県の南部の方では、
鹿による食害も多いらしい。
鹿は、そばの芽や花、実を好んで食べてしまうそうだ。
もともと、そばの畑は、山間部が多いからね。

この食害を防ぐために、
茅野市のある栽培地では、
毎日交代でキャンプする、
「鹿の番キャンプリレー」が開かれている。

人間がいると鹿が近寄らないので、
毎日、希望者にキャンプを楽しんでもらい、
食害を防ごうという狙い。
なるほどねえ。

でも、これから、ずっと、
交代でキャンプをする人を見つけるのも、
大変なことなのだろうなあ。

そばの栽培には、
そんな苦労をしている方々もいるのだ。

Sobahana





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2009年8月11日 (火)

石臼は、ハサミのように、そば粒を切る。

手回しの石臼を回して、
そばを粉にするのは、大変なことだ。

昔風の石臼だと、
ゴリゴリと力が必要だし、
取っ手の使い方にもこつがあって、
なかなか同じように回転させるのは難しい。

最近では、手回しでも、
軽くて、まわしやすい型もあるようだ。

粉屋さんへいくと、
大きな石臼が何台も、
もちろん電動で回っている。

こういう石臼は、
最近では、ちゃんと工学的に設計され、
効率よく、粉を挽ける構造になっているらしい。

私は以前、石臼というものは、
そばを「すりつぶして」粉にするものだと思っていた。
ところが、工学的にいうと、
回転式の石臼は、
そばを「切断して」粉にするのだという。

石臼には、上下に溝が掘られている。
その溝と溝が、
回転することによって、ちょうどはさみのような感じで、
そばの粒を切断するのだそうだ。

でも、完全に切断するのは無理なようで、
どうしても、すりつぶされた粉もできてしまう。

そば粉を顕微鏡で見ると、
きちんと切断面が現われた粒に、
細かく不定形な、すりつぶされた粉が混ざっている。
その、感じや割合が、そば粉屋さんによって違うのは、
石臼の性質によるものなのだろう。

そば粉屋さんによると、
石臼は、常に手入れをしないと、
いい粉が挽けなくなるという。
だから、専任の目立て屋さんが、工場には居るのだそうだ。

また、きっちりと目立てて、
よく切れるようにし過ぎてもいけないらしい。
本来粉にはしない、
甘皮や子葉の部分まで挽き込んでしまうからだそうだ。

石臼というのは、
微妙なものなのだねえ。


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2009年8月 8日 (土)

長野は、小麦粉の消費量が日本一。

粉をひくための石臼が、
広く農村などに普及したのは、
江戸時代中期になってからだといわれる。

江戸時代中期といえば、
ちょうど、そば切りが、
江戸を中心に広まった頃だ。

この石臼の普及により、
農村での食事のバラエティが広がった。
そばばかりでなく、小麦や大豆、
その他の雑穀類も、粉にすることによって、
食べやすく、おいしくいただけるようになった。

この石臼は、各地で、
その土地で手に入りやすい石を使って、
盛んに作られたそうだ。

だから、地域性が強いものらしい。

臼の外観、挽き手の取り付け方、
竹製のたがのあり方などで、その特徴がでるらしい。
石臼には溝が掘られるが、
その模様も、各地によって違うそうだ。

本を読むと、ここ長野でも、
この石臼は重宝したらしい。
その昔は、農家の嫁入り道具として、
必要なものだったようだ。

そうして、長野の嫁さんたちは、
懸命に、石臼でそばを挽いた、、、、
と思ったら、
小麦を引くことが多かったという。

ここ長野周辺では、
昔から粉食がさかん。
でも調べてみると、
使われているのは、米粉だったり、
ほとんどが小麦粉の料理。

長野地方の伝統食である、
「おやき」や、
「うすやき」「すいとん」などは
小麦粉を使ったもの。

今でも長野市は、
全国の県庁所在地の中で、
一世帯あたりの「小麦粉」の消費量は、
パンパカパ〜ンのトップなのだ。

けっして
「長野はそば」という、先入観を、
お持ちになりませぬように。

ということで、
話が外れてしまった石臼の話。
これがなかなか、
優れた道具で、
いまだに使われているのだから、、、
という話は、また今度。


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2009年7月31日 (金)

ちょっと気にかかるこの天気。

梅雨が明けたはずの長野地方。
でも、連日の雨模様。
ジメッと蒸し暑い日が続いている。

こういう天候だと、
畑の農作物への影響が出そうだ。
かんだた農園の野菜たちは元気だが、
どことなし、葉の色が薄い気がする。
日照不足なのだろうか。

土が湿っているために、
ジャガイモの収穫が出来ないでいる。
畑周辺では、むじなの出没が噂され、
イモやトウモロコシが被害にあっているそうだ。
むじなに掘られる前に、収穫しなければ。

ちょうどこの時期は、
長野では、そばの種を蒔く時期でもある。
手蒔きの小規模な畑ならいいが、
大型機械を使うような畑では、
畑に入ることができず、
種まきが遅れるに違いない。

多少であれば、収量には影響しないだろうが、
やや気になるところだ。

そして、国産そばの半分近くを生産する北海道。
こちらも、長雨に悩まされているらしい。
本来は、梅雨のない北海道だが、
今年は、ずいぶんと雨が降ったという。

先日のニュースでも、
収穫を迎える小麦に被害が出ている、
と伝えていた。
北海道のそばは、今が成長期。
もう間もなく花が咲きはじめるだろう。

このような天候の影響を受けなければいいが。

Sobanae

で、こちらは、全く天候の影響を受けない、
「そばなえ」の育ち具合。
今の季節なら、一週間でこのくらいに成長。
これをつまんで、料理のあしらい等に使っている。

あっ、茎が赤くなるためには、
日光に当てなければならないから、
やっぱり、少しは天候の影響があるかも。


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2009年7月27日 (月)

製粉屋さんによって違う粉の性質。

私のような小さな店にも、
結構、そば粉のサンプルをおいていくそば粉屋さんがいて、
そういう場合には、必ず試させてもらっている。

そば粉を持ち込まれて、
それで、そばを作ってくれと頼まれることもある。
また、興味のあるそば粉は、
取り寄せてみて試したりする。

一口にそば粉といっても、
いろいろあるものだ。
そうして、製粉の仕方によって、
ずいぶんと、そば粉の性質が変わってくる。

まず顕微鏡で確認してみれば、
粉の切断面の様子、形状、
すりつぶれた粉の割合、
ホシの残り具合など、
各製粉所によって、違ってくる。

水で練って甘みを確かめる。
そうして、打ってみれば、
繋がりやすい粉もあれば、
気難しい粉もある。
色白もあれば、
どちらが顔だか分からないような黒いのもある。(当たり前だ!)
ゆでて膨らむ粉もあれば、
私ゃ知りませんよ、という粉もある。
そばの角がくじけてしまう場合もあるし、
しゃっきりとしている時もある。

同じ玄そばから作ったとしても、
挽き方によって、
できるそばは、かなり印象が違ってくるようだ。

そばの製粉は、
基本的には、
皮を剥いて、石臼で挽き、不純物をふるい取るということ。

私のように、製粉をよく知らない人間から見ると、
なんだ、単純なことではないかと思ってしまうが、
実際に工場で、その過程を見てみると、
実は、かなり複雑で、微妙な工程を踏んでいることが分かる。

各製粉屋さんは、
それぞれに、独自の「チャート」と呼ばれる工程があり、
それが、そば粉の性質に関係してくるわけだ。

どのようなそば粉を作れば、
そば屋にも、そして、そのお客さまにも喜ばれるのか、
それぞれの製粉屋さんで工夫と努力を重ねているんだね。

でも、
いったい、そば粉って、
どのように挽いているのだろう。

ということを考え出すと、
これがねえ、摩訶不思議な世界なのだ。



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2009年7月23日 (木)

かんだたのそば粉はオリジナルの配合。

「かんだた」のそば粉は、
長野市内のある、製粉屋さんから仕入れている。

週に一度か二度、電話で注文を出す。
「いつもの粉を一袋お願いします。」

そう、いつもの粉、
私にとっては、簡単な注文。
でも、そば粉屋さんにとっては、
ちょっと面倒くさい注文なのかもしれない。

普通に出している粉と違って、
ある配合をしなければならないからだ。

今や、インターネットでもそば粉が売られている時代。
どんなものでも、ネットの上で手に入るかと思えば、、、

大間違い。

ネット注文で送られてくる、
アルミパックに入れられたそば粉。
それと、業者さんが届けてくれるそば粉。

これは、同じブランドでも、
ずいぶん違うのだ。
何が違うって、、、、
、、扱いが違うからだ。

世の中には、
インターネットなどで小売りしているそば粉屋さんも、
数多くある。
でも、そういうことをせず、
ちゃんと、業者向けに、
黙々とプロの仕事をこなしてくれるそば粉屋さんもある。

まして、
私のような、
わがままなそば屋の要求を聞き入れなければならないのだ。

今の店の前の居酒屋時代から、
「もう少し色を濃く。」
「ざらつき感が強すぎる。」
「もう少し滑らかに。」
「ホシが多いなあ。」
「もう少し、甘みが出ない?」

などと、好きなことを言っていたら、
ちゃんと、その感覚を知っている工場の人、
微妙に配合を変えてきてくれる。

そうして、出来上がった、
今の「かんだた」の粉。
いわばオリジナルの配合の粉。

だから、そば粉屋さんもいう、
「かんだたさんのそば粉は、
 足りなくなっても、
 休日出勤して持ってくるわけには行きませんからね。」

はい、早めに注文を出すようにしよう。
でも、
そば粉の配合って、
何なのだろうねえ、

ということで、
しばらくは、私にもよく分からない、
そばの製粉の話。


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2009年7月21日 (火)

そばの乾麺などの不正表示、農水省が調査。

日本農林規格(JAS)によると、「そば」と表示できるのは、
三割以上のそば粉が使われている場合だという。

ええっ、たった三割で「そば」と言えるの、、と、
外二のそばを打っている私は思ってしまう。
しかし、乾麺などの加工品の世界では、
そのくらいが普通のようなのだ。

そばの風味の強い外粉、つまり、皮に近い部分を使えば、
ごく少量で、そばの香りを出すことができる。
あとは、乾麺にした時に、どのようにして麺線を保つかが、
各加工業者の腕の見せ所だ。

長野のみやげ物店にいくと、
それこそたくさんの種類の乾麺が売られている。
それこそ、言葉の響きのいいイメージに包まれて。
でも、これって、本当にその通りなの?

ということで、
農林水産省は、今月17日から9月末ぐらいまで、
乾麺などのそば加工品の不適正表示の調査を行うことになった。

全国3000店の小売店鋪にて、
そば加工品の表示状況、
表示根拠の内容について調べるというのだ。

その中には、そば粉の含有量の、
科学的分析調査が含まれているとのこと。

さらに、表示根拠の疑わしい製造者には、
製造現場まで立ち入って調査する方針という。

今までにも、「そば」の不正表示は、
繰り返し摘発されてきた。
健康ブームの中で、
家庭でもそばを食べる人が増えているので、
この業界に対する不信感を取り除くために、
監視を強化するわけだ。

そばという加工品になってしまえば、
食べる人には、
何が入っているのか分からないものねえ。

農水省がどこまでやるのか分からないが、
しっかりやってもらいたいものだ。

さらに進んで、
各そば屋も調べて、
「偽長野産そば粉使用」「偽手打ちそば」も
摘発してもらいたいなあ。


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2009年7月19日 (日)

難しいそば粉のトレーサビリティ

お客さまからよく聞かれる。

「そば粉はどこのものですか?」

そう聞かれると、
そば粉屋さんから聞いたように答えるしかない。

「はい、北海道産と、長野県産などを合わせたものです。」

「それは、どのくらいの割合ですか?」

さらに、そう聞かれると、困ってしまう。
そば粉は、きっちりと、産地を分けられないからだ。

「そのときの状況によりますので、
 なんともいえません。」

と、なんとも、歯切れのわるい返事をしなければならない。

県外から来られた方は、
せっかくだから、長野産のそばを食べたいに違いない。
でも、そうもいかない、様々な事情がそばの業界にはある。

そば粉の製粉屋さんは、
安定した品質を、常に、提供していかなければいけない。
そのためには、複数の産地の玄そばをあわせて碾くことが多い。
一つの産地に偏ると、年ごとの出来不出来、
そばの性質に、品質が左右されてしまうからだ。

国内産そばの、半分近くを生産している北海道。
特に、ここ幌加内は、有数の産地。
地元の生産組合は、
厳しい管理と、品質向上に努め、
安定した供給を目指している。

Gensoba

反面長野県では、
小規模な生産農家が多く、
様々な生産形態があって、
扱いづらいというそば粉屋さんの話。

たとえ、地元産であっても、
質の悪いものは使えないものねえ。

使っているそば粉が、
どのような場所で、どのような人が作ったのか。
高度化された製粉技術と、
複雑な流通経路によって、
それが見えなくなっている。

そばは、産地によって、
それほど特徴的な味や香りが出るものではない、
ということも、
産地を分かりにくくしている理由。

中国産のそば粉を使っていながら、
「うちは長野のそば粉を使っているよ。」
と平然と言うそば屋さんも、
あるとか、ないとか、、、、。

難しいそば粉のトレーサビリティ。
でも、今の時代、
そばを召し上がる人たちは、
そういうことを知りたがっているのではないだろうか。

正直に、確実に、
そして、地道に、
そういう道を探っていきたいなあ。


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2009年4月17日 (金)

そば汁はそば湯で試される。

しつこくそば湯の話。

そばを食べ終わった後の楽しみが、
そば猪口に残った汁に、
そば湯を割って飲むこと。

冷たい汁に、温かい湯を注ぐと、
ふわりとだしの香りが立って、
まるで吸い物をいただくような按配になる。
少し残しておいた薬味のネギなんぞを放り込んで、
好みの濃さで味わってみれば、
ああ、そばを食べたなあという満足感にひたれる。

そば汁というのは難しいもので、
これでもか、というほどの濃いだしを使うのに、
その香りを残してはいけないようだ。
あくまでも主役はそば。
そば汁が出しゃばっては元も子もない。

だから、時間をかけて湯せんしたり、
冷蔵庫で寝かしたりして、
その香りを飛ばしたり、閉じ込めたりする。
そばを食べさせる役目を終えて、
そば汁にそば湯を注ぐ時、
その閉じ込められていた香りが解放され、
魚のだしの味がぐっと引き立つ、、、、、

、、のが、理想のそば汁なのだけれど、、。

ある、そばの評論家の方も書かれている。
そば湯を、汁にさして飲むと、その汁の善し悪しが分かる、、、と。

そば湯をさしても、
味の変わらず「同じ味」で伸びる汁が、
良い汁らしい。
しっかりとだしが利いていないと、
甘くなったり、水っぽくなったりするという。

そば湯は、そば汁の、
素性を暴く、
そば屋にとって怖い湯でもあるのだね。



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2009年4月14日 (火)

濃いそば湯を出せば怒られた。

暖かい、というより暑い日が続き、
そうして、今日は雨。
あっという間に咲いた桜は、
これで散ってしまうのだろうか。

さて、引き続きそば湯の話。

そばを食べた後にお出ししているそば湯。
これは、本来は、そばを茹でた湯を、
釜から湯桶に注いでお出しする。

そばを茹でる湯は、
最初はあっさりしているが、
そばを茹でるにしたがって、
次第ににごり、とろんとしてくる。

さて、そば湯としては、
「あっさり」よりも「とろん」の方がおいしそう。
でもね、
ちょっと、昔の粋な「そば通」は、
「あっさり」の方を好まれたようだ。

そばを茹でるには、
微妙な時間調整が必要。
その日のそばの太さや水加減、
気温や湿度によっても、
変わってくるそうだ。(ひとごと!)

さらに、
釜の湯の状態によっても、
ゆで時間が変わってくる。

「あっさり」の湯は、
早く茹であがるのだが、
「とろん」の湯は、
時間がかかる。
「とろんとろん」になると、
そばの角が溶けるぐらい茹でても、
芯が残っていたりする。

だから、
店の方では、そばの釜の湯を頻繁にかえて、
「あっさり」と「とろん」の間ぐらいの茹で湯を、
いつも釜に用意しなくてはいけないのだ。
忙しいときなど、
湯をかえるタイミングが難しい。

しゃきっとした茹で上がりのそばを、
お客さまに召し上がって頂くためには、
そんな、釜の湯の調整が必要。

私の子供の頃に行ったそば屋でも、
そば湯を飲んで、
こんなことを言っている人がいたなあ。
「何だ、このそば屋は!
 こんな濃い湯で、そばを茹でやがって!
 ブツブツ、、、、。」

濃いそば湯を出すのは、
職人が、湯を入れ変えるのを、
さぼっている証拠。
だから、しゃきっとしないそばが出てくるのだ、、、
と、昔の通人は考えたようだ。

そば湯は、そば屋が、
このそばを、こういう湯で茹でましたよ、
という証明でもあったらしい。

だから、うるさいお客には、
わざと、お湯で薄めたそば湯を出した、
そんな職人がいたとか、いなかったとか。

今では、濃い目のそば湯が好まれるようになった。
だから、別にそばの溶き湯を用意する店も多くなった。
そば湯というのが、
単なるそばの付属品ではなく、
一品として認められてきたのだなあ、
と思う。

でも、
こんな意味合いもあったことも、
知っておいてほしいところ。


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2009年4月 2日 (木)

そば釜に膜が張る。

営業の終わったそば釜の湯を、
そのままにしておくと、
表面に薄い膜が出来る。

これは、牛乳を温めた時と同じで、
冷めるにつれて、タンパク質の膜ができるようだ。
この膜が釜の淵などにこびり付くと、
洗うのがたいへんなので、
釜はできるだけ熱いうちに洗う。

そばには、米や小麦に比べると、
タンパク質を多く含んでいる。
だいたい12〜16パーセントを含むそうだ。

卵のタンパク価を100とすると、
そばは81。
それに比べると米は72、小麦は47なのだそうだ。
そばは、それだけ、
良質なタンパク質を含んでいるようだ。

ただ、タンパクのアミノ酸組成で見ると、
小麦を合わせることによって、
さらにバランスが良くなるという。
つまり、体に必要な必須アミノ酸を万遍なくとるためには、
十割そばよりも、
日常的に二八そばを食べた方が、良いということ。
なるほどなあ。

ということで、
釜にこびり付くそば湯の膜。
せっかくのアミノ酸なのだから、
これを使って、、、、

いや、それよりも、
おいしいそばを食べていただいた方がいいかなあ。
等と考えながら、
今日も釜をごしごし洗うのだ。


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2009年3月21日 (土)

ミャンマー産ソバのサンプル。

Ms

前回、ミャンマー産のそばが、
長野に届いた話を書いたが、
そば粉屋さんが、
早速サンプルを持ってきてくれた。

写真がミャンマー産の玄そば。
見たところは、なかなか良さそうなソバだ。

聞くところによると、
北海道のキタワセソバを持っていって、
蒔いたのだそうだ。
かなり南の、緯度の低い場所なので、
日照の長さに関係なく花をつける、
キタワセを選んだに違いない。

Ms2

割ってみれば、薄皮はほんのりとした緑。
結構、いい状態で運ばれてきたみたいだ。

しかしながら、
このソバを使うのは難しい。
国産指向の強い中、
たとえ麻薬撲滅のためだとはいえ、
まだ、品質の不安定さのあるソバを、
選ぶのはリスクがある。

でも、
話の種には面白そうだ。
ちょっと、イベントなどをして、
ミャンマーの国の様子などを聞きながら、
このソバで作ったそばを食べるのも、
意味のあることかもしれない。

本当に麻薬撲滅のためになるのなら、
そば屋でまとまって、
「ミャンマーそばの日」なんて作って、
このそば粉を使うようにすれば、
楽しくなることだろう。


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2009年3月17日 (火)

ケシのかわりにソバ、ミャンマーでの試み。

みなさん、ミャンマーという国をご存じだろうか。

どこにあるかといえば、
タイとインドに挟まれた場所、
かっては、ビルマと呼ばれた国。

面積は日本の1.8倍。
人口は約5千万人。
農業国で、
国民一人当たりのGDPは219ドル。
ええと、円に換算すると、、、、
みなさん、自分でやってね。

机の上の地球儀で見てみると、
長野から、わずか3センチ7ミリの距離。
なんだ、近いではないか。

新聞によると、そのミャンマーから、
長野に72トンの玄そばが届いたそうだ。
これは、ケシの栽培を撲滅するために、
代替作物として、植えられたもの。

ミャンマーの山岳地帯は、
ケシの栽培が盛んなところ。
麻薬撲滅を目指す国連機関などが、
ほかの作物への変換を勧めている。
日本も、そばの栽培を援助をしているらしい。

そうして、採れたそばが、
長野に送られてきたのだね。
今回は、今までにないいい状態で、
送られてきたという。

粉屋さんに、
ミャンマー産のそばの品質について聞いてみたら、
「そりゃあ、一応、扱っていますが、、、
 まあ、う〜んと、ええと、あはは、、、、。」
と、誤魔化されてしまった。

うちは、国産そば粉を使っているから、
関係はないよ、
とは言いながら、
そばの話となると、
つい、首を突っ込みたくなる私。

麻薬撲滅のために、
そばが役立つのならいいことだけれど、
そのそばが、喜んで食べられるようになるまでは、
まだまだ、様々な壁があるようだ。
関係の方々の努力が、
実りますように。

ミャンマーまでの3センチ7ミリ。
この距離は、以外と長いのかもしれない。


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2009年2月 1日 (日)

2月3日は「節分そば」。

この暖かさはどうなっているのだろう。
一番寒い季節に、雨がざあざあ降るなんて。

おかげで、桜も咲き出した。

Sakura










いえ、店に飾っている、
花屋さんで売っていた桜の枝。
そう、2月に入れば間もなく立春、
そろそろ、花見の心配をしなくてはならない季節だ。

その立春の前の日が「節分」。
この日に豆を撒いて、
厄を払う習慣はみなさんご存じ。
でも、江戸時代には、
節分にそばを食べる習慣もあったそうだ。

新しい春を迎えるために、
年越しそばと同じように、
縁起を担いだらしい。

ということで、
2月3日の節分には、
青豆を打ち込んだ「節分そば」を、
ご用意させていただくつもり。

善光寺や、権堂秋葉神社では、
盛大な豆まきが行われる。
まだまだ寒い日がくるかもしれないが、
季節は、確実に、春に向かって傾きはじめているのだろう。

ともあれ、季節の変わり目、
みなさん、そばを食べて、
厄を払い、元気に過ごしましょう。

えっ、「恵方巻き」も食べなくては、って?
この際だから、何でもお試しあれ。

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2008年11月28日 (金)

事故米より、サラダの方がよっぽど危険。

ニュースによれば、事故米を買い取り、
食用として流用していた会社が、
倒産したそうだ。

多くの会社に流通され、
社会的な不信感を植え付けた責任は大きい。

しかしながら、
今回の事件を振り返ってみると、
どうも、新聞、テレビなどのマスコミが、
ちょっと、大騒ぎし過ぎだな、、、
という感じがしないでもない。

私は、テレビが嫌いなので、
たまにしか見ないが、
キャスターとか、コメンテーターとかが、
正義の味方づらして、
ああだ、こうだ言っているのは、
あまり、いただけない。

さて、今回騒がれた、事故米に含まれていた農薬、
メタミドホス。(この名前、いつまでたっても覚えられない。)
国で定めた残留基準が、0.01ppm。
報道された事故米濃度は、0.05ppm。

わあすごい、基準の五倍だ。
時速制限60キロの道路を、
300キロの猛スピードで、走っているようなものだ。
なんて危険なんだ、、、、
というのが、おおかたのマスコミの論調。

でも、食品の流通関係の方は、
なんでこんなに大騒ぎになってしまったかと、
口にこそ出さないけれど、
戸惑ってしまったに違いない。

そもそも、残留基準というものは何なのだろう。
この値を超えれば、
すぐに危険なものなのか。

一昨年から、日本では、
残留農薬について、
ポジティブリスト制度が施行された。
それまでは、各野菜について、
使われそうな農薬の残留基準を定めていたのだが、
輸入品が増えるに従い、
それでは、対応できない農薬が現れた。
つまり、国内では承認されていない農薬が、
使われた野菜があるのだ。

そこで、残留基準にない農薬を、
基本的に、0.01ppm以下と定めたのだね。
この数値、ほとんど、検査の限界値。
つまり、基本的に、
定められた農薬以外は、
検出されてはいけませんよ、
と決めたわけ。

この0.01ppmというのは、
一億分の一という意味。
どのくらいかというと、日本人みんなで、
右向け右をした時に、
北海道から沖縄まで、
みんな右を向いているのに、
たった一人だけ、左を向いた奴がいた、、(私のことか)
というぐらいの割合のこと。

つまり、米のメタミドホスの残留基準は、
安全などとは、違うところから作られたもの。

例えば、ほかの野菜の残留基準は、
トマト、ピーマンは2ppm、
レタス、キュウリは1ppmとなっている。
ということは、
サラダを食べていれば、
この、事故米の20倍ぐらいのメタミドホスを、
平気で食べている可能性もあるのだ。

なのに、
この事故米を使った食品、
焼酎や酒までが、大量に廃棄されることになった。

こういう、ポジティブリスト制度のことまで、
踏み込んで、報道したマスコミがあっただろうか。
ただ、偽装だ、食品不信だと、
大騒ぎしたに過ぎないのではないか。

一昨年に制度が変わったため、
それまで、備蓄していた輸入米が、
自動的に事故米となってしまい、
処分することになったのだね。

実は、一昨年、この制度の下で、
輸入された玄そばからメタミドホスが検出された。
そのそばは、すぐに送り返されたのだが、
だからといって、輸入のそばが、
全て危険なわけではない。
むしろ、検査機能が働いていることが、
確認されたと思うべきだろう。
(ちょっと、楽観的だが)

それにしても、
せっかく輸入した米を、
処分しなければならないような、
な〜〜〜〜〜んにも考えていない農水省。
こういうところこそ、
早く倒産すべきだ、、、、

、、、んな、わけにはいかないか。


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2008年9月18日 (木)

そばの赤すね

Sinnmeミニプランターのそばの新芽。
発芽したら、
日に当てると、
茎がきれいな赤色になる。

これをつまんで、
料理のあしらいに使わせてもらっている。

畑で育つそばの新芽も赤い。
だから、すぐに、そばの苗であることが分かるのだ。
でも、本葉が育つようになると、
そばの茎は透き通ったような緑に変わる。
しかし、実ができて、寒さに当たるようになると、
再び茎が赤くなってくる。

そういえば、こんな句もあったっけ。

落日の潜(もぐ)りて染まるそばの茎 蕪村

夕日の赤い色が、そばの茎を、
染めてしまったのだと、
この粋人は語っているんだね。

さて、どうしてそばの茎が赤くなるのか。
各地に、様々な伝説が残っているようだ。

ある老婆が、「そば」と「麦」の二人に、
河を渡してくれるように頼んだ。
「麦」は嫌がったが、
「そば」は喜んで、
冷たい水の中に脚をつけながら、
老婆を背負って河を渡った。
でも、「そば」の脚は、凍えて真っ赤になってしまった。
実は、その老婆は、穀物の神様であったそうだ。
そうして、脚の赤い「そば」は、
暖かいうちに育って、実の成るようになり、
何もしなかった「麦」は、寒い冬に、
頭を踏まれながら育つようになったんだと。

まあ、このような話もあるようだ。

でも、
先ほど、そばの茎は、大きくなると、
緑になると書いたが、
実は、栄養分のないやせた土地のそばは、
寒さに遭わなくとも、ずっと赤いのだ。
「そばの赤すね」といって、
肥料分の無いために、茎は細く、
収穫も少ない。

昔は、そういうそばが、
普通だったのではないだろうか。

多分、蕪村の見たそばも、
そういう痩せこけた土地の、
そばだったのではないだろうか。

いまでこそ、そば畑のいえば、
よく耕されて、手入れされ、
緑の太い茎がすくっと伸びているが、
昔のそば畑の光景は、
ちょっと、印象が違ったかもしれない。

そして、昔の人にとって、
そばの茎の赤は、
神秘的な色であり、
貧しさや厳しい生活の象徴でもあったようだ。

だから、
そばが、それを作る人の血によって、
赤く染まったという言い伝えも、
各地にある。
そばの育つ土地では、
多くの人たちが、苦労をして、
生き抜いていたのだね。

そう考えると、
蕪村の句も、
ちょっと、哀しみを帯びてくる。

どちらにしろ、
おいしいそばをいただける、
今の時代に感謝しよう。

えっ、
そういう痩せた土地の、
「赤すね」の、そばの方が、
香りがいいんだって?

またまた、複雑になってしまう、
そばの話なんだなあ。


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2008年9月15日 (月)

新そばの試し打ち

Sinnsoba粉屋さんが、
今年の新そばの試し挽きをした。
北海道は旭川のものだそうだ。
少し分けていただいたので、
さっそく、試し打ち。

ぬるま湯で溶いての、
官能試験もできるが、
そば粉はやっぱり、
打ってみないとわからない。

新そばらしい、水の吸い込みのいいそば粉。
そばにして茹であげれば、
プチっと怒ったように膨らんでくる。
やや緑がかって色は、新そばの証。

食べてみると、
かすかな、捕らえ所のない、
ちょっと乱暴に扱えば、すぐに壊れてしまうような、
若いそばらしい香りが、
おずおずと鼻の内側から這い上がってくる。

う〜ん、幸せだなあ。
思わず涙がひとしずく。
ぽろっ。

特に甘みが乗っており、
今年の北海道の天候の良さを物語っている。
これはいい、今年の北海道産は、
大いに期待できそうだ。
生産者の皆さん、ありがとう。

去年は、長雨で、刈り取りが大幅に遅れたが、
今年は天候に恵まれ、逆に刈り入れが早まっているらしい。

といっても、
まだあくまでも、試し挽きの段階。
収穫されたそばは、送風乾燥されたばかりで、
まだ、よちよち歩き。
もう少し落ち着き、味が出たところで、
本格的な出荷が始まることだろう。

「新そば」の看板が出るまで、
皆さん、あと3週間ぐらいはお待ちを。


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2008年8月28日 (木)

今年の新そばは?

さて、やがて、8月が終わり、
暑かった夏も去ろうとしている。

今年は、かなりの猛暑だったようだ。
ここ長野だって、
いつもなら夜になれば気温が下がるのに、
日が暮れても、蒸し蒸しするような日が続いた。
電気代の請求書が届けば、
さらに、暑さを実感することになるだろう。

そうして、今頃気になるのは、
今年のそばのでき具合。

国産のそばの、
40パーセント以上を生産する北海道では、
今のところ順調に育っているらしい。
今年は、台風もなく、
特に、異常な風も吹かなかったからだ。

去年は、9月に入ってからの長雨に悩まされ、
大幅に収穫が遅れたが、
今年は、逆に収穫が早まりそうで、
「新そば」が早くから出回るかも知れない、、、
、、との噂。

大豆への転作などで、
そばの栽培面積がわずかに減っている北海道だが、
また、充分な収量が、
そして、質のいいそばができるといいと、期待する。

さて、長野辺りでは、
先月下旬から今月初めにかけて、
そばが蒔かれたはずだ。

ところが、お盆の頃、
ある地域でヒョウが降ったらしい。
おかげで、そばを、慌てて蒔き直したそうだ。
あらら、農家の人も大変だ。
えっ、あの有名なそば屋さんの、
契約農家の話だって!

日本の南の地方では、
今頃、秋そばの種まきという所もあるかも知れない。
今年も、たくさんのそばが穫れますように。

さて、新そばは、いつ頃になるだろうか。
新そばといっても、はな垂れ小僧では困る。
きちっと、生意気な、
新そばの届く日を楽しみにしていよう。

とはいっても、
今頃のそばだって、捨てたものではない。
この季節のそばには、この季節の味わいがあるのだ。

そんな話を、今月のメールマガジンに載せてみた。
よかったらどうぞ。

「かんだたかんだそばかんだ、そば屋の楽しみ方。」 第42号。
「夏のそばを「まずい」とは呼ばせない。」


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2008年8月17日 (日)

ジャガイモが、リンゴのように木にぶら下がっている?

さて、引き続き「ジャガイモ」の話。

ある人の話では、
最近の若い人は、野菜をよく知らないそうだ。
いや、そういうより、
野菜が、どのように出来るのか知らないらしい。
だから、ジャガイモも、トマトのように、
茎にぶら下がって出来るものと思っているのだそうだ。

ええ〜〜〜〜っ。
あんぐり、、、、、。

さて、19世紀初めの頃、
イギリス人に土地を奪われたアイルランドの農民たちは、
農場で、イギリス人のために麦を作らなければならなかった。
そうして、自分達のためには、
狭い土地でも収穫が多い、ジャガイモを作っていた。

他の食料を作る手段を奪われた農民たちは、
そのジャガイモに、生活の糧として、
頼らざるを得なくなっていたのだ。

みんなが、同じ品種の、
収量の多いジャガイモを作り、
それを食べて暮らしていたのだね。

ところが、1840年頃、そのジャガイモに、
病気がまん延し、
まったく、穫れなくなってしまった。

そうして、多くの人が、
飢えに苦しむこととなった。

日本でいえば、江戸時代末期。
やはり、天保の飢饉で、
多くの人が亡くなって、十年もしない時代。

当時800万人いたというアイルランドでは、
100万人以上の人が飢えで亡くなったらしい。
さらに、200万人以上の人たちが、
イギリスやアメリカなどの、
他の土地へ移住した。

飢えをなくすために広まったジャガイモが、
今度は、それに依存するあまりに、
あらたな飢饉を作ってしまったのだね。

ちなみに、この時アメリカに移住したアイルランドの人たちは、
今では、アメリカ社会の重要な位置を占めるようになっている。
警察官や、消防士といった、地味な職業には、
このアイリッシュ系の人が多いという。
かの、ジョン・F・ケネディ大統領も、
アイルランドからの移民の子孫だ。

El_libro_de_patata 南米は、
アンデスの山の中から持ち出された食べ物が、
世界の歴史を、大きく動かして居たのだね。

そんなジャガイモについて書かれた本を読みながら、
とりあえず、
飢饉のない社会にいることを、
感謝しなければと思う。

そばも、ジャガイモも、
飢饉を乗り切るために、食べられて来た歴史がある。

「おいしい」からいただけるこの社会に、
ズズーと感謝しながら、
そばを手繰ってみよう。


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2008年8月14日 (木)

ジャガイモは、トリュフの仲間?

さて、ジャガイモの話。

ジャガイモの原産地は次のうちのどこだろうか。
9.5秒以内にお答え下さい。

1、ヨーロッパ北部
2、南米アンデス地方
3、東南アジア
4、中国西部
5、北海道

チ〜ン。

ジャガイモが最初にヨーロッパに伝わったのは、
16世紀は半ば頃だったと言われている。

最初に持ち込まれたスペインでは、
これを、なかなか、食べ物とは認めなかった。
芽や、緑化した芋を食べて、
中毒を起こした人も居たのかもしれない。

やがて、聖書には載っていないので、
「悪魔の植物」と呼ばれるようになったという。

続いてフランスにも伝えられたが、
土の中に出来るというので、
キノコの一種と考えられていたようだ。
ほら、考えてみれば、
トリュフに似ているでしょう。
でも、そういわれても、
トリュフを、丸ごと食べたことがないもんで、、、。

こうして、各地に、
珍しい植物として伝わっていったようだ。

でも、それが、食べ物として、
認められるようになったきっかけは、
やはり、飢饉だった。

ドイツや東欧の山間部では、
飢饉の時の食べ物として、そばが栽培されていたらしい。
それが、このジャガイモに、取って変わっていった。

そりゃあそうだ。
ジャガイモの方が、はるかに収穫量が多い。

江戸時代末期の蘭学者、高野長英の考えた、
飢饉を救う二つの食べ物、「そば」と「じゃがいも」。
ヨーロッパでも、同じような状況だったのだね。

さて、王様たちは、民に、
飢饉に強い、ジャガイモを植えるように勧めるが、
なかなか、気味悪がって普及しない。

そこで、ある策を考えた人が居た。
ジャガイモ畑を厳重に囲い、
見張りの兵を立たせたそうだ。
周りの民たちは、
見張りが付くのなら、よほど貴重なものに違いない、
そう思っていた。
ところが、あれれ、夜になれば見張りはいなくなるぞ。
それなら、ちょっと失敬してやれ。
そうして、夜になると、みんな盗みに入る。
いつのまにか、周りにジャガイモ畑が増えていったそうだ。

ちょっと、眉唾なお話。

そういう努力の甲斐があって、
ヨーロッパでは、18世紀頃には、栽培が盛んになったらしい。
特に一部の地域では、
重要な食物となり、
そこに住む人たちの口を支えるようにまでなったのだ。

そして、本来は、飢餓を救う植物だったはずのジャガイモが、
あらたな飢餓を生み出すことになる。
俗に言う、「アイルランドの悲劇」。
この食べ物が、実は世界の歴史に、
大きな影響を与えていたのだね。

という話は、次の期会に。

えっ、
ジャガイモの原産地?

2、南米のアンデスが正解。

アンデスの標高3千メートル前後の高地で、
毒のある野生種を、長い時間かけて無毒化して、
栽培されていた。
コロンブス以降、
南米に侵入して、インカ帝国を滅ぼしたスペイン人が、
ヨーロッパに伝え、それから世界に広まっていったそうだ。

今では身近な野菜だけれど、
それまでに、長い道のりがあったようだ。


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2008年8月11日 (月)

飢饉を乗り切るもう一つの作物。

宮沢賢治の作品に
「グスコーブドリの伝記」というのがある。

その中で、主人公が世話になっていた農家で、
稲に見立てたオリザという作物が、
赤い斑点ができて、枯れてしまったことがあった。
病気になったのだ。

慌てて、そのオリザを刈り、
そばを植えて、その冬はそばばかり食べて過ごしたそうだ。

昔から、農作物は、
気候の変動や、病気のまん延などに悩まされて来た。
作物が採れないということは、
ほんのちょっと前の時代までは、
飢饉であり、人の生死に繋がる問題だった。

農業技師であった宮沢賢治は、
そういう、「飢え」のない世界を、
その作品の中で夢見ていたのだろう。

江戸時代にも、
何度も、気候変動による不作があり、
食べるものがなく、多くの人が亡くなった。

この不幸をなくすために、
さまざまな努力がなされた。

例えば、江戸時代半ば、
将軍吉宗の時代に、
青木昆陽が、サツマイモの栽培を試みている。
長崎から伝わったばかりのこの芋を、
茨城や千葉で栽培し、
その栽培法を民衆に広めた。

さて、江戸時代は終わりの頃。
その天才的なひらめきの故、
かえって波乱に富んだ人生を送った、
高野長英。

シーボルト門下では、
オランダ語の能力は、
群を抜き出ていたそうだ。

その人が考えた、
飢えに備えるための作物。
「救荒二物考」という書物に、
栽培法から、調理法まで、
詳しく書かれているらしい。

気候の変動に左右されることなく、
簡単に、早く収穫できるもの。

高野長英は、その一つとして、
「そば」をあげた。
これならば、米が不作の徴候を見せてからでも、
植えることができる。

そうして、もう一つは、、

なんだ、私にだってできる簡単な作物じゃないか。

そう、今では当たり前の食べ物
「ジャガイモ」を勧めたのだね。

Patata サツマイモと同じように、
長崎から入って来たのだが、
普及はだいぶ遅れたようだ。

このような、芋に、
なじみのない当時の人々に、
いかに、飢饉のための食べ物といっても、
なかなか、受け入れられなかったようだ。

しかしながら、
このジャガイモ。
後の日本の発展のためにも、
多くの役割を果たしたらしい。

さすが高野長英、
先見の明はあった。

しかしながら、
多くの人を飢えからすくった、
「そば」と「ジャガイモ」。
世界の歴史から見ても、
面白い話が、いっぱいあるんだね。

ということで、
しばらくは「ジャガイモ」の話。

今は、日本は石油飢饉になっているけれど、、、
先日の、自宅の灯油代の請求書を見て、
あぜん、、、、、、、!

きっとコウイウ時には、
お上が何かやってくれるよねっぇ。
ええっ!
なにもしないのぉ!!!!!


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2008年8月 8日 (金)

高野長英は幕末の蘭学者。

江戸時代の終わり頃に、
高野長英と言う蘭学者が居たそうだ。

蘭学者といっても、
花を研究したわけではない。

阿蘭陀と書いてオランダ。
つまり、当時、西洋との唯一の窓口であった、
オランダの言葉と、
西洋の事情に通じた学者のことのようだ。

高野長英は、
岩手出身ながら、
長崎のシーボルトの元で学び、
その成績は、抜群だったそうだ。
多くの翻訳や、執筆を行い、
当時の幕末の志士たちに、
大きな影響を与えたと言われている。

でも、この人の人生は、
まさに波乱に富んでいる。

江戸に塾を開き、
多くの門人を受け入れるが、
当時度々やって来た外国船を、
打ち払う幕府のやり方に、
ちょっと文句を言っただけで、無期投獄。

こりゃあ、たまらんと、
放火をさせて、ろうを脱獄。
以後各地を転々とするが、
最後は、江戸で、医者をひらく。

薬品で、顔を焼き、
別人に見えるようにしたという。
しかし、その見立ての正確さの評判が仇。
最後は、奉行所の捕り物に囲まれ、
自害したのだか、殺されたのだか。

あわれ、時代の風雲児。

この高野長英、
実は、そばの栽培を進める本を書いているのだ。
その名も「救荒二物考」。

そばならば、生育が早いので、
飢饉の時の食べ物として、
大いに推賞すべし、
ということらしい。

群馬で、早そばというものに出会い、
これならば、暖かいところならば、
年に二、三回栽培できるとして、
そばの栽培をすすめたそうだ。

その、料理法まで、詳しく説明したという。
中には、そばを使った、
「ビイル」の作り方もあるらしい。

これは、「そば」とはいいながら、
江戸の町中で流行っていたそばとは、
別の目で、語られたもの。
当時は、飢饉が、
切実な問題であり、
とりあえず、飢えをしのぐための作物づくりが、
大切なことだったのだろう。

その、飢えを防ぐために、
高野長英は、
栽培し易い二つの食物を提案したのだ。

一つは「そば」
これは、痩せた土地でも栽培できる。
さて、もう一つは?
時代は江戸時代末期、
さて、なんだろうなあ。


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2008年7月25日 (金)

まだ、「信州そば」って何?

長野では、自分の畑でそばを作り、
それを、自分の家で食べていた。
そのような伝統が続いて来たのだ。

これはきっと、長野ばかりではなく、
山に囲まれて、暮らす人々のいるところでは、
行われて来たことだろう。

福島や山形などの東北地方だって、
山が海に迫る、北陸や山陰地方だって、
九州は鹿児島あたりだって、
家庭でそばを打つ習慣が残っているそうだ。

「信州そば」というのは、
本来は、家庭で作られる、
素朴なそばのことを指していたのかもしれない。

遠方から来たお客さまがあっても、
もてなすものと言えば、
そばしかない。
こんなものしかありませんが、、、
と言いながら、
そばと、漬け物でもてなす。

そういうのが、本来の「信州そば」なのではないかなあ。

さて、その「信州そば」定義しようとする動きがあるらしい。
つまり、
信州産のそばを使っているから「信州そば」なのだ。
信州の水を使っているから「信州そば」なのだ。
いや、昔からの作り方で作っているから「信州そば」なのだ。
と、いろいろな意見があるらしい。

そう、「信州そば」には、
いろいろな見方があるかもしれない。
でも、ちょっと、やぶにらみの、
(私は先天性の弱視に斜視ですが)
私の想いも聞いていただこう。

もとい、読んでいただこう。

私は、東京に住んでいた二十代半ばの頃(何十年前だ!)、
たまの休みに、よく日帰りで、
長野や松本まで、そばを食べに来た。

東京の日々の喧騒をを離れ、
松本城や、北アルプス、
戸隠の山々を見た後に食べるそばは、
なんとも言えぬ情感があった。

うまいとか、まずいとかではない。
いや、かえって、その味が素朴であればあるほど、
なにか、信州に来たなあ〜〜、
という感じがしたものだ。(すみません。)

太めで堅い戸隠そばを手繰ってみれば、
ズズッという音とともに、
信州の空気が入ってくる。

松本城や善光寺の屋根をすり抜けた風が入ってくる。
ひょっとしたら、
穂高から槍ヶ岳をすり抜けて来た風もあるかもしれない。
黒姫山を下り、野尻湖の上で遊んだ風もあるかもしれない。

そんな空気を、
そばと一緒に手繰るのだ。

そうして、生きる力を貰って、
喧噪の日常へ帰って行ったものだ。

「信州そば」というイメージは、
ものすごく、繊細で、微妙で、
そうして、地元の人には想像できないぐらい大きく、
地球からアンドロメダに至るまで、広く知られている。(たぶん)

この印象は、
大切に、大胆に育てていくべきだろう。
そうして、遠くから来られる方には、
まず、信州を感じてもらうことが、
一番大切なことのような気がする。

「信州そば」を定義する前に、
一番は、遠方から来られた方を、そばで、
おもてなしをしようとする心ではないだろうか。

私は、あえて「信州そば」を作っている気はないが、
たまに来られる、遠方から来られる方には、
ここ、長野でそばをお出ししているからには、
やっぱり「信州そば」なのだろう。

そういう方々の、期待を裏切らないように、
信州の空気をたくさん入れて、
そばを召し上がっていただこう。

あっあっ、
道理でこの頃、肩が凝るかと思ったら、
「信州」が両肩に、、、、
これは重いぞ!


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2008年7月22日 (火)

そばなんか、金を払って食べるものじゃない。

私は東京生まれの東京育ち。
二十年ぐらい前、
ひょんなことから、長野に移り住んだ。
さあ、長野でおいしいそばを食べまくるぞ。

そうして、周りの人に聞きまくった。
「どこへ行ったら、おいしいそばが食べられるのかなあ。」

その答えが、私には、
しばらく意味不明だった。
「ああ、うちのばあちゃんが、元気な頃は、
よく作ってくれたけれどな。そのそばが一番うまい。」
「そりゃあ、やっぱり、○○(土地の名前)のそばさ。
 親戚がいるんで、よく粉を貰って食べた。」

私は、おいしいそば屋はどこか、
そう、聞いたつもりだったけれど、
何か会話が噛み合ない。

それじゃ一緒にそば屋に行こうと誘ったら、
「そば屋に行くって?
 いいよ、そばなんて、
 金払ってまで食べようと思わないから。」

ええっ、そばって、そば屋でお金を払って食べるものではないの?

ここで、居酒屋時代のお客さん、
設備屋の社長さんが登場。
まだまだ50代後半の社長さんは、
長野市から、少し入った山の中の出身。
「そばなんて、子供の頃、
 散々喰わされたので、今さら食べたいと思わないね。
 蚕の食べる桑の葉を採りにいかされて、
 腹空かせて家に帰れば、
 おふくろがそばを打っている。
 白いご飯が、どれだけ食べたかったものか。」

60代の土建屋さんの話。
市内の農家のご出身。
「いや、そばは、家のばあ様が作ってくれた。
 何かの行事があると、臼を取り出して、
 一日中背中を丸めて挽いていたな。
 そのそばが、うまかった。
 いまさら、他のそばなんか喰えないよ。」

50代のリンゴ農家の方の話。
「一番山の上の畑で、そばを作っているんだ。
 それを農協で粉にしてもらって、
 時々、自分で打って食べているんだ。
 ええっ、そばなんか、
 わざわざ店に行って喰うもんじゃないさ。
 どうせなら、他のものを食べるね。」

そう、長野では、
伊達や酔狂でそばが食べられていたわけではないのだ。
暮らしの中の、必要な食べ物として、
そばがあったようだ。

今でこそ、自分の家で、
そばを作る家は少なくなったが、
少し前までは、それが当たり前だった。

僅かな空き地でもあればそばを栽培し、
そばが打てなければ、農家の嫁として、
一人前と認められなかった時代が、
ごく最近まで続いていたのだ。

だから、長野人の胸の中には、
そばに対するさまざまな想いが溢れている。
ある人にとっては「貧しさ」の象徴であり、
ある人にとっては「家族の暖かさ」の思い出であったりする。

わたしが、たとえ、
どんなにおいしいそばを作ったとしても、
そういう「想い」には、
到底、かなわない。

「信州そば」というのは、
そういう、暮らしの中で育まれて来たもの。
都会のそば屋めぐりをして、
「うまい」とか「粋」だとか言う、
そういう感覚とは、
別のところで育って来たものなんだね。

でも、
せっかくの「信州そば」。
やっぱり、多くの人に味わっていただきたいなあ。

で、まだまだ続く、長野とそばの話、、、、。


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2008年7月20日 (日)

長野の人はそばを食べない?

讃岐と言えば、うどん。
うどんと言えば讃岐。
というぐらいのうどん処、香川県。

以前に、高松に行って驚いた。
至る所にうどん屋さんがあるではないか。

定食屋に入って、
トンカツ定食などを注文すると、
「うどんにしますか、ご飯にしますか。」
などと聞かれる。

早朝から開いている店があって、
朝食にうどんを手繰る人がいる。
午後の時間、ちょっと小腹が空いた時も、
開いているうどん屋さんがある。

驚いたのは、
タクシーで連れていかれた、
畑の中のビニールハウス。
その中で、作ったうどんを売っていて、
大きな釜がある。
そこでは、うどんを自分で茹でて食べるのだ。
昼過ぎだというのに、大勢の地元の人たちで賑わっていた。

おいしいうどんが、
安くて、どこでも、いつでも食べられる。
讃岐の人たちは、
一日に何度もうどんを食べるのではないか、
と思われるくらい、
暮らしの中に定着しているのだ。

さて、そば処と呼ばれる長野だって、
負けてはいない。
そば屋だって、町中にたくさんある。

定食屋で野沢菜定食を頼むと、
「そばにしますか。ご飯にしますか。」
なんて聞かれることは、、、
、、、、ない。

早朝から、
朝飯にそばを食べる人の姿は、、、、
、、、見かけない。
小腹が空いた時に、
ちょっとそばでも、、、、
あれれ、、、店が閉まっている。

郊外に行けば、そばの看板が並んでいるけれど、
どこも立派な建物で、
しっかりお金を取られる。

それでもそば処、長野の人たちは、
一日に、何食もそばを食べる、、、
、、、ことはない。

これは、私の勝手な思い込みかもしれない。
でも、私が勘ぐるに、
長野の人は、あまり、そばを食べないのだ。
少なくとも、
讃岐の人がうどんを食べるようには、
食べていない。(あたりまえかもしれないが)

長野の町の中では、
そば屋より、ラーメン屋の方が多いのが現実。
しかも、そのそば屋のある程度は、
県外からの観光客によって支えられているのだから、
地元の長野人が、そば屋でそばを手繰る機会は、
ラーメン屋のそれよりは、
はるかに少ないのだ。

もちろん、そばをたくさん食べる方もいらっしゃるが、
多くの長野の人たちは、
普段はあまり、そば屋に足をむけることが少ないようだ。

Sobahana そのくせして、地域起こしだ、
イベントだというと、
必ず神輿に担ぎ上げられるのが、
そば振るまいや、そば打ち教室。
いつもはそばを食べない方々も、
こういう時には、大団扇をあおったりする。

さて、遠くからお客さまが見えたりすると、
それじゃあ、そば屋でも行ってみるかと、
何年か振りでそばをいただく。
そうして、
「どうだ、長野のそばはうまいだろう。」
と、自慢してみせるのだ。

かくも不思議な長野人。
自分じゃめったに喰わないくせに、
そばの自慢じゃ引けを取らない。
いつもは、食べないそばだが、
長野の代表選手に、必ず選ばれるのだ。

それでもそば処、
「信州そば」の本場だと威張っている。
これって、どういうことだろう。

でも、これには、
ちゃんと、愛すべき理由があるようだ。

ということで、
長野出身ではない私の、
極端な独断と偏見に基づいた、
「長野人そば論」。
まだまだ続くのだ、、。

ちなみに、写真は、
かんだた農園のカボチャの中に、
勝手に咲いているそばの花。
あくまでも、勝手にね。

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2008年7月17日 (木)

「信州そば」って何?

地元の新聞に、
「信州そば」の定義を決めようとする、
動きのあることが記事になっていた。

えっ、「信州そば」って、
「信州のそば」のことではないの?
でも、「信州のそば」って、一体なんなのだ?

善光寺周辺のみやげ物店では、
「信州そば」と書かれた看板がたくさん見られ、
乾麺や、半生麺が売られている。
茅葺きの農家と、山の描かれたパッケージで、
いかにも、ステレオタイプの「信州」が売られている。

でも、ご存じの通り、
そのようなそばのほとんどは、
外国産のそば粉で作られているのだ。

遠くから来られる方には、
「信州はそばの国」というイメージが強く、
そこで売られているものならば、
間違いはないだろうなあ、
という感じで、お求めになるのだろう。

事実、長野にある製麺屋さん達も、
それなりの努力をされている。
乾麺だからと、侮れないのだ。

でも、「信州そば」って、なんだろう。

新聞に出ていた、
「信州そば」を扱うそば屋さんたちの中でも、
意見が分かれているそうだ。

たとえば、、

1、信州産のそば粉を使うから、
「信州そば」なのだ。

2、いやいや、信州の水を使って作るから、
「信州そば」なのだ。

3、信州で、昔から伝わる方法で作ったから、
「信州そば」なのだ。

個人的な思い出を言えば、
東京のど真ん中に、「信州そば」を売りにしている店があった。
その入り口に、
「当店では、北海道産の国産そば粉を使っています。」
という、看板があった。
そこの店の主人は、代々江戸っ子。
なら、どうして「信州そば」なのだ?
でも、その売り言葉で、何となく、
おいしそうに見えるのが不思議。

「かんだた」は、信州そばを作っているとは思っていない。
でも、
雑誌に、「信州そばの店」と紹介されたりする。

不思議不思議の「信州そば」。
それを厳密に議論するのも面白いかも。
1、にすれば、今度は、
そば粉の含有量が問題になるだろうし、
2、にすれば、
信州の水とは何ぞやという議論になる。
3、にすれば、
それこそ、侃々諤々(かんかんがくがく)となることだろう。

せっかくの「信州そば」のイメージ。
大切に、あやふやに育てていった方がいいかもね、、。

ということで、
しばらく続く、
信州とそばの話。

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2008年5月27日 (火)

そばは二枚食べても700キロカロリー弱。

財布のお金は、銀行からおろしたり、
誰かに貰ったりすると増える。
そうして、何かに使うと減る。

単純な算数の話。
財布の中のお金が、
勝手に増えたり減ったりはしない。
(でも、時々、減ったような錯覚に捕われる時があるけれど。)

人間の体重だって、同じこと。
ものを食べれば増えるし、
身体を動かせば減るのだ。

食べる量より、身体が使う量が多ければ、
体重は減るし、
食べる量が多い時には、体重は増える。

簡単な足し算と引き算の問題。

体重が増え続ける人は、
食べる量が、身体が要求する量より、多いということ。
特に年齢とともに筋力が衰え、
身体が使うエネルギーが減ってくるので、
若いときと同じような食事をすると太ってくる。

太るのは気になるけれど、
食べ物の量を減らすのは嫌だなあ。
お腹いっぱいたべたいなあ。

そういう方には、食べるものを選ぶことによって、
太るのを止めることができる。

例えば、せいろそばを一枚食べると、
カロリーは汁まで入れて300キロカロリーと少し。
二枚食べても、700キロカロリーまでいかない。

ところが、マクドナルドへ行って、
照焼きバーガーと、フライドポテトMサイズと、
飲み物にアイスカフェオーレを頼むと、
なんと、1105キロカロリー。
これでは、ちょっと足りないから、
チーズバーガーも頼むと、1408キロカロリー。

しかも脂質は、それだけで、一日の食事摂取基準を超えている。

カロリーだけが体重を増やす原因ではないが、
一つの目安にはなる。
あまり高カロリーなものを、
一時に食べない方がいい。

体重はそういう、
簡単な足し算と引き算で管理できる、、、はず。

でもね、
私のごく身近にいる人なんか、
口では「ダイエットしなくちゃ。」
と言いながら、
チョコレートは食べるし、
油で揚げたスナック菓子、寝る前のアイスクリームと、
カロリー摂取にいそしんでいる。
どうやら、その人は足し算が苦手なようだ。

私なんか、ちゃんと、、、
ええと、酒は一杯200キロカロリーだから、
明日の朝、早起きして、30分ジョギングすれば、
差し引きゼロになるなあ。
なんて、考えている。

酒を飲むには、ちょっとおつまみが欲しいなあ。
この柿ピーの小袋は、一袋140キロカロリーか。
ジョギングの後に早足の散歩を30分すればいいんだな。
あれっ、柿ピーが残っているのに酒が無くなちゃった。
ええい酒をもう一杯。
あれ、今度は、おつまみが無くなってしまった。
ええと、チーズがあるので、、、、

ということで、
私も足し算が苦手なようで。


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2008年3月24日 (月)

古そばの味は?

江戸時代に書かれた本の中に、
「古そばも、味が軽くて良い」などと書いてある。
三年、五年経ったそばが、珍重されたようだ。

一度、そんな古いそばを食べてみたいと思ったので、
そば粉屋さんに聞いてみた。
そんなそばは、置いていないとのこと。
でも、時々、古いそばを挽くのを、頼まれることがあるそうだ。
その時にちょっとだけ試してみたいと、
かなり以前に言っておいたら、
「でました。」と言って持ってきてくれた。

あまりそばでは名の知られていない某県の、
農協の倉庫に置かれていたものらしい。
十八年産かそれ以前の古そば。
ロールで挽いた粉を、生粉打ちしてみる。

Kosoba その色がすごい。
見事なあずき色だ。
普通のそばと並べてみると、
いつものそばが、白っぽく見える。
挽き方の加減か、ちょっとねっとりとした感触になった。
打ちたてを茹でたのに、ふわっとした膨らみ感はなく、
固そうな感じがする。

食べてみると、意外とあっさりとした味だが、
独特の香りが口に残る。
ちょっと、あくっぽいか。
甘味はほとんど感じられず、ボソッとして、ネチッとしている。
麺線に張りがないのだ。

隣の普通のそばとは、
比べ物にならない味。

こういうものだと思って食べれば、食べられないことはないが、
あえて、食べるほどのものではないような気がする。

もっとも、売り物にならず、
倉庫の隅に置かれたままのそばだ。
もう少し、質のいい玄そばで試してみれば、
また、違う、感覚になるのかもしれない。

昔の人は、かなり、淡白な味を好んだようだ。
これに懲りずに、
また機会があれば、古そばを試してみたい。

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2008年3月18日 (火)

中国産そばの価格が上がる。

話にきいた、最近のそばの輸入事情。

国内で消費されるそばの、
八割近くは、輸入に頼られているそうだ。
その輸入のほとんどが、中国からのもの。

これは、まず、価格が安く入ること、
そして、距離的に近いこと、
比較的質のいいそばであることなどが、
理由のようだ。

その、中国産のそばの、
第一の魅力であった、価格のところで、
ちょっと、事情が変わってきている様子。

ここ二、三年、中国産のそば粉の値段が上がり続けている。
まあ、これは、それ以前が安すぎたのかもしれない。
でも、このために、乾麺などを作る製麺業者は、
苦しい思いをしている。

ところが、昨年暮れになって、
中国政府は、5パーセントあった、
輸出奨励金を打ち切る通告を出した。
中国は、以前は、食料の輸出国だったのが、
国内の需要の高まりとともに、
いまや、大豆やトウモロコシなどの輸入国。
食料の輸出を、お金を払ってまで奨励する必要が無くなったわけだ。

そして、年末ぎりぎりに発表された、
輸出関税の引き上げ。
そばは、輸出時に20パーセントの関税をかけられることになった。
はっきりと示した、中国の食料への取り組み姿勢。
これからは、食料を、輸出するのではなく、
自国の国民を守るために使うようだ。

さて、さて、慌てたのは、
今まで、全面的に、安い中国産そばに頼ってきた、
製麺業界のようだ。
中国は、共産主義の国だから、決断と実行が早い。
日本だったら、何年もかかるようなことを、
突然、やってしまう国なのだ。
そういう国に、業界全体がもたれ掛かっていたんだね。

たしかな話ではないが、
例の餃子事件以降、
中国では、農産物の検疫を強化したらしい。
特に、日本向けの。
おかげで、玄そばも検査に手間どり、
なかなか、日本に届かないそうだ。

そのために、他の国からの玄そばの価格が上がっているとか。
特に北米産が。

折しも、オーストラリアの干ばつがきっかけで、
小麦の価格も不安定になっている時期。
粉を扱う業界は、
今、さまざまな波に揉まれている。

まあ、今のところ、
国産のそばには、大きな変動はなさそう。
そういう粉を使う、手打ちそば屋で、
ズズーとそばを手繰ろう。


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2008年2月10日 (日)

てえへんだ、ご隠居さん。

「おおい、ご隠居さん。
 てえへん(大変)だ、てえへんだ。」

「おお、なんだい、熊さん。
 また、大変だなんて、大騒ぎして。」

「へい、てえへんなんで。」

「あんたの、大変ほど当てにならないよ。
 この前も、猫がネズミを捕ってきたぐらいで、
 あんなに大騒ぎして。」

「へえ、あの時は、
 あんなでっけえネズミなんて、
 見たことがなかったもんですから。」

「なに言ってんだい、まったく。
 でっ、今度の大変だ、は、何なのだい。」

「へえ、出たんですよ、やっとね。」

「幽霊にしちゃ、季節外れだな。」

「いや、そうじゃなくて。
 いつも年末にでるはずだったんですが、
 今回は遅いなと思っていたら、
 やっと出ました。」

「そうか、ボーナスが出たのかい。」

「違いますよ、ほら、あれですよぉ。
 去年のそばの出来具合の集計。
 農水省のホームページで、
 発表になったんですよ。」

「農水省って、去年は大臣が、
 コロコロコロと変わったところだろう。」

「へい、それでも、
 少しはまともなお役人がいて、
 集計がコロッと出ました。」

「そりゃあ、大変だ。
 さっそく見てみよう。」

大変なことかどうか、
分からないけれど、
去年の国内産の、そばの収穫量が発表された。

今回から、ちょっと統計の取り方が変わったが、
主な生産県の収穫量は、
一昨年をやや下回ったようだ。
これは、最大の生産地である北海道の、
天候不順のせいらしい。

それでも、北海道は、群を抜いた生産量。
主要な生産県の収穫高の、
約半分が、北海道なのだ。
以後、茨城県10パーセント、
長野県8パーセントと続いている。

それでも、
そばの作付け面積は増えているようだ。
その割に、
10アールあたりの収量が、
ずいぶん低い県があるのはどうしてなのだろう。
例えば青森県は、
作付け面積では長野県より広いのに、
収穫量は、三分の一なのだ。
別に去年に限ったことではない。

どうして?
統計のやり方の問題なのかなあ。

また、そばの栽培が盛んな鹿児島県が、
主要な生産県の中に入っていないのは、
なぜなのだろう。

日本のそばの消費量は、
玄そば換算で約12万トンといわれている。
去年の主要な生産県での収穫量は2万6千トン。
その他を合わせても、3万トンぐらいだろう。
ということは、自給率は25パーセントぐらい。
まだまだ、輸入に頼っているんだね。

日本の農家の人に、
もっと、そばを作ってもらうために、
国産のそば粉を使った手打ちそば屋で、
ずずっとそばを手繰ろう。

もっと、
ずずっと、ね。

農林水産省の統計ページはこちら。
http://www.maff.go.jp/www/info/bunrui/mono03.html

表の中から、
「平成19年産 そばの作付面積及び収穫量」
を、探して御覧下さい。

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2008年1月22日 (火)

スペインの「そば村」

スペインの北部に「SOBA」という村がある。
スペイン語の読み方は、
ローマ字とほぼ同じなので、
この村は「ソバ」と発音するのだ。

もちろんSOBA村とそばとの関係はない。
だけれども、その発音から、
そばに関わっている者として、
ちょっと気にかかるのだ。

この村のホームページによると、
ホテルはないが、民宿は3軒ほどある。
バルと呼ばれる、カフェ&飲み屋は、
おお、6軒もあるではないか。

スペインというと、
乾いた大地と、灼熱の太陽と、
情熱的な人々、というイメージが強いが、
北部の海沿い地域は、
雨も多く降り、
緑の濃い山々が続いている。
SOBA村も、
千メートルから千五百メートルぐらいの山に囲まれた、
自然に恵まれた場所のようだ。

ここに広がる牧草地の横に、
そば畑があったって、不思議ではない。
「SOBA」で「そば」、なんてね、、、。

おっとっとと、
もうそれを考えた人がいるんだって。

長野の民間のグループが、
このSOBA村のあるカンタブリア州で、
そばの栽培の指導を始めたそうだ。
長野で広く栽培されている、
「信濃1号」と呼ばれるそばを蒔いて、
試験的な栽培をしているのだそうだ。

山間地の過疎化に悩む州政府も、
期待を寄せているとか。
そばが縁で、
長野とスペインとの交流の輪が広がるかもしれないね。

ヨーロッパでも、いま、
健康食が人気。
うまくすると、
スペイン辺りでも、
そばが食べられるようになるかもしれない。

そうすれば、SOBA村は、
文字どおりの「そば村」になるかも。

SOBAのホームページはこちら。
http://www.cantabriajoven.com/soba/index.html
スペイン語だけれども、
左側の目次を適当にクリックすれば、
豊富な写真が楽しめるはず。

ということで、
しばらくは私の好きなスペインの話。


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2007年11月30日 (金)

大きすぎるものは、目に見えない。

昔に聞いた法話の一つ。

あるとき、お釈迦様は、
盲人たちにお尋ねになった。
「お前達は、ゾウを知っているか。」

盲人たちは答えた。
「話には聞いているが、
 私達は目が見えないので、
 それがどんなものか知りません。」

あわれに思ったお釈迦様は、
一頭の大きなゾウを、
盲人たちの前に連れてきた。
そして、おっしゃった。
「さあ、実際に手を触れてみるがいい。」

盲人たちは、手探りで、
ゾウをなで回した。

そのあとで、お釈迦様は、
彼らにお聞きになった。
「ゾウというのは、どういうものものかな。」

「柱のようなものでございます。」
一人の盲人が答えた。
彼は、ゾウの足に触っていたのだ。

「ヒモのようなものです。」
他の盲人が答えた。
彼は、ゾウの尻尾に触っていたのだ。

「柔らかい板のようなものです。」
違う盲人が答えた。
彼は、ゾウの耳に触っていたのだ。

他の盲人も、
ゾウとは、筒のようなものだ、
壁のようなものだと、
いろいろなことをいう。

そのうちに、
「ゾウとは柱のようなものだ。
お前には、分からなかったのか。」
「何いっている。
ゾウとはひものようなものだ。
俺はこの手で確かめたのだから。」
「馬鹿なことをいうな。
ゾウっていうのは、平たい板のようなものだ。」

盲人たちは、口々にそういって、
言い争いを始めたのだ。

お釈迦様はそれを見て、
とても深いため息をついたのであった、、、、、

というような話だったと思う。

私達は、「そば」という大きな世界の前で、
この盲人に等しいのかもしれない。

「そばは●●に限る。」
「そばは××でなければいけない。」
「そばというのは、△△なのだ。」

最近、どうもそういう話を聞かされて、
食傷ぎみ。
もっともっと、
大きな目で「そば」の世界を見て頂けたらなあ、、、
と思うのだ。

かくいう私、
偉そうなことを言っているけれど、
実は、ゾウの鼻毛にぶら下がっているだけなのかもしれない。

「そば」の前では、私達は皆、
盲人なのかもしれない。
そして、盲人にしてしまうぐらい、
魅力的な世界なのかもしれないね。


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2007年10月26日 (金)

マヨネーズで食べるそば。

さて、そば汁の歴史をたぐってみると、
味噌を溶いて垂らした「味噌垂れ」がまず使われ、
その味噌垂れに、酒とカツオを加えて「煮抜き」ができた。

その後に、醤油が広まってくると、
味噌垂れにとって変わり、
砂糖やみりんが広まると、
酒の変わりに、それらが使われるようになった。

カツオ出汁に、醤油、砂糖、みりんのそば汁ができて、
約二百年の間、そばに馴染んできたのだ。

戦後になって、化学調味料なんぞが、
だいぶ使われるようになったり、
ワインビネガーなんぞを混ぜるそば屋もあるようだが、
基本的な組み合わせは変っていない。

う〜ん、このそば汁、これからどのように変っていくのだろうか。

例えば、そば汁にウスターソースを落としてみる。
ゴホンゴホン、
まあ止めておいた方が、、。

トマトケチャップを入れてみる。
ナポリタンとはいかないけれど、
ケチャップの味ばかりで、そばはどこへ行ったの。

マヨネーズをたらしてみる。
あれ、溶けないや。
マヨネーズにそば汁を少しずつ加えてのばしていく。
これで食べると和魂洋才、文明開化の味が、、、するわけない。

でも、もっともっと、
違った形の汁が出てきても面白いと思う。
ラーメンのように鶏ガラや豚骨ベースとか、
コンソメ味とか、いっそのことコーラ味のそば汁とか。

まあ、慣れ親しんだ味から変るのは、たいへんだ。
でも、戦後になって、食べ物の世界が大きく変わっているのに、
そばの世界だけは、基本的なところで、何も変わっていないようだ。

変わらないのもいいことなのか。
何となく、帰っていく場所というのか、
ほっとできる世界として、
残しておいたほうがいいのかなあ。

でも、そばというのは、まだまだ、
いろいろな可能性のある食べ物。
これからは、今までと違った食べ方が出てきても、
少しも不思議では、ない、と思っている。


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2007年10月24日 (水)

「脳の喜ぶエネルギー」とは。

さて、「かんだた」のそば汁には、
砂糖は使っていない。
どうしてかって?

さて、砂糖の消費量が減っていくことに悩んだ業界は、
こんなコマーシャルをやっていた。

「お砂糖は脳が喜ぶエネルギー」

こういわれると、砂糖を食べると、
頭が良くなるような気がする。
でも、どんなに甘いものを食べても、
それ以上頭が良くなることはないので、
ご安心を。

砂糖は体内に入ると、
すぐにブドウ糖になって吸収されるから、
身体のエナルギーとなるのだね。
別に、脳にばかり働くわけではない。
他の食べ物だって、
様々の消化活動を経て、
結局はブドウ糖になるのだ。
砂糖は、それが、早いのだ。

人間は、本能的に、
甘いもの、脂っこいものを好む傾向にある。
これは、身体を保つための、
必然的な欲求なのだ。
身体を動かすエネルギーを得るため、
そして、そのエネルギーを貯えておくために。

だから、子供が、甘いものをほしがるのは、
ごく自然なことなのだね。

でも、私達の食べるものの中には、
砂糖以外にも、甘く感じられるものがある。
例えば、ご飯。
これをよく口の中で噛むと、
次第に甘くなってくるのだ。
そばだって、口に含めば、甘さが感じられる。

他の食べ物の中にも、
そんな微妙な甘さを感じさせるものがあるんだ。
ところがところが、
砂糖のはっきりとした甘さは、
そういう微妙な甘さを、
どこかに追い出してしまうのだね。

太陽の明るさで見えない、
星の明かりのように。

さて、私が、汁の作り方を教わった時、
かえしを作る醤油の中に、
こんなに砂糖を入れるのかと、
びっくりしたものだ。

そのくらいの砂糖を入れないと、
醤油の塩っぱさに、対抗できないのだ。

でも、そのままだと、どうしても、
口に甘味が残ってしまう。
そこで、多くの店では、
みりんも加えている。
これで、甘味に滑らかさが出るのだね。

さて、そうして、汁の作り方を知ってから、
他の店を回ってみると、
この砂糖の甘さが気になり出した。
それまでは、口の中に、
ふわっと広がる甘さは、
出汁のせいだと思っていた。
でも、本当は、砂糖の甘さだったのだね。

自分で汁を作っても、
どうしても、後に残る甘さが気になる。
だんだんと、砂糖を減らし、
みりんを多くしていった。

そしてついに、
砂糖は使わず、みりんだけ使うことにしたのだ。
商売人泣かせの、
原価の高い汁になってしまった、とほほ。

砂糖のとり過ぎは、
精神的に切れやすくなったり、
骨粗鬆症になったり、
痴ほうになりやすいなどと言われている。

まあ、普通の暮らしをしていれば、
そんなに心配することはないとは思うけれど、
それでも、少なく済むのであれば、
それにこしたことはない。
(砂糖業界の方、すみません。)

それよりも、
砂糖のガツンとした甘味だけでなく、
もっと、複雑な、微妙な甘味も、
味わって頂きたいと思うのだ。
「かんだた」の汁の甘味は、
みりんと醤油と出し汁の成分の、
絡み合ったところから生まれたもの。
そばの旨味を邪魔しない味を
目指している。

でも、汁というのは難しいものだ。
これから、どう変っていくのだろう。
なんて話は、また今度。


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2007年10月23日 (火)

スペインには、お米を甘く煮たデザートがある。

メキシコの料理に「モーレ」というのがある。
黒褐色のとろりとしたソースで、
焼いた鶏肉などにかけて食べたりする。

このとろりとした色、
食べてみると甘辛く、
様々なスパイスの香りが混じり合っている。
このソースのベースになるのはカカオ。
そう、チョコレートなのだ。
ほかに、トマト、タマネギ、ナッツ類、
干しぶどう、ニンニク、コショウ、唐辛子、
などなど、たくさんの材料を混ぜ合わせた、
手間のかかる料理だ。
そして、もちろん、チョコレートにつきものの、
砂糖も入れられている。

スペインにも、
山ウズラのチョコレートソース添え、
なんて料理があるけれども、
案外、このモーレソースとの繋がりがあるのかもしれない。

さて、先日の続きで、
そば汁に入っている砂糖の話。
外国では、よほど特別なものでなければ、
砂糖は料理に使わない。
メキシコでも、砂糖を使う料理といえば、
この「モーレ」ぐらいだろう。

メキシコでは、インゲン豆を塩ゆでしたものを、
食事の付け合わせにする。
日本では、豆は甘く煮るけれど、
メキシコ人は、塩味の豆が好きらしい。
ある家庭に世話になった時に、
その豆を潰して、砂糖を混ぜたものを、
「あんこ」といってデザートに出したら、
完全なブーイング、絶対不評だった。

逆にこんなこともある。
スペインでは、デザートに米を食べることがあるのだ。
米を牛乳で、砂糖をたっぷり入れて甘く炊き、
冷やしてから、シナモンをかけて食べるのだ。
これには、私も、ちょっとビビってしまった。
甘いお米を食べるなんて、、、。

でも、何回か食べているうちに慣れてしまった。
人の先入観は、ともすると、
味覚の邪魔をするものだ。

ということではなく、砂糖の話。
とにかく、日本では、
料理に砂糖を使われることが多い。

肉じゃがなどの、煮物などにも使われる。
照り焼きにも、焼き肉、焼き鳥のタレにも使われる。
すき焼きのワリにも入れるし、
トンカツのソースにも使われている。
先ほどの豆だって、佃煮だって、
砂糖が入っている。

昔は、酒にも砂糖が入れられていたし、
漬け物にも使われることがある。
あっ、すし飯にも砂糖が入っている。
こんなに、普段に食べる料理に、
砂糖を使う国が、他にあるのだろうか。
だから、そば汁に、
たっぷりと砂糖が入っていても、
何の不思議のあるわけがないのだ。

こんなに、料理に砂糖を使っている国だから、
砂糖の消費量は、さぞかし多いだろうと思ったら、
欧米に比べると、かなり少ないらしい。
あちらでは、料理には使わないけれど、
お菓子にたっぷりと使うからね。

しかし、日本では、
その砂糖の消費量が、減る傾向にあるらしい。
これは、食生活が欧米化し、
普段の料理に、砂糖をあまり使わなくなったことも、
一つの原因らしい。
さらに、健康ブームや、ダイエットばやりで、
カロリーの高そうな砂糖が、
敬遠されていたりする。

だから、業界団体は、
お金をかけて、宣伝したりしているんだね。

たっぷりと砂糖を使っている、
そば屋の団体など、
表彰されてもいいくらいだ。
でもね、
「手打ちそば屋 かんだた」には、
その表彰状は届きそうもない。

だって、
「かんだた」のそば汁には、
砂糖を使っていないのだ。
なんで使っていないのかって。
それはねえ、、、、

あれ、もう時間がきてしまった。

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2007年10月21日 (日)

そば汁に歴史あり。

Misodare さて、「ながの・コナモン・フェスティバル」の協賛メニューとして提供している、「精進味噌垂れ 三百年そば」
 その味噌を絞っているところ。

 一升の味噌を三升五合のお湯でとき、
 三升になるまで煮詰めて、
 袋に入れて垂らす。

 と、古い本に書かれているそうだ。

 汁を見ると、醤油のような色はしているが、
 匂いは、味噌そのもの。
 火を入れずに絞ってもいいのではないかと思ったが、
 煮詰めることで、いくらか味噌臭さが無くなるようだ。

 さて、この汁に、辛み大根の絞り汁を入れて、
 そばを食べられていたのが、江戸時代の初め頃。

 やがて、この味噌垂れに、酒を入れ、
 かつお節で煮込んだ 「煮抜き」といわれる汁ができたそうな。

 なるほど、これで、ぐっとこくのある汁になったわけだ。

 やがて、醤油が出回るようになると、
 味噌垂れにとってかわった。

 江戸の中頃には、
 醤油、酒、水、かつお節
 で、汁を作ったと、書かれた本があるという。

 なるほど、これで、現代の汁に近付いて来たわけだ。
 でも、この汁は、かなりしょっぱそうだぞ。

 今の汁に比べると、何かが違う、、、。

 そう、
 甘味が少ないのだ。

 江戸は後期になってから、
 やっと、庶民の口に、砂糖が登場するんだね。
 この甘さは、人を虜にした。
 そうして、いろいろなところで、
 砂糖が使われるようになった。

 ほら、塩っぱかったそば汁にも、
 しっかりと入れてみよう。
 こうして、江戸の、
 そば汁の形が完成したのだ。

 ええっ、そば汁って、砂糖が入っているの?
 知らなかった、、、
 という方もおられるかもしれない。
 そう、砂糖のおかげで、
 しっとりと、そばに絡む汁が出来たのだ。

 でもね、この砂糖。
 実は、、、、、。
 という話は、続くのだ。


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2007年10月16日 (火)

日本一のソバどころはどこ?

歌の文句ではないけれど、
青森駅は、まさに終着駅という感じのする駅だ。
3本のホームと、何本かの線路が、
すべて海に向かって終わっている。
本当に、ここから先はありません、
という感じなのだ。

昔は、ホームの先を海に向かって歩くと、
そこに、北海道行きの連絡船の乗り場があった。
若い時、私は何度かこの青森駅で列車を降りたが、
ついに、この連絡船に乗る機会はなかった。
北海道がよく見えるという話を聞いて、
津軽半島の先端、竜飛岬まで行ったが、
11月だというのに猛吹雪。
どうも、北海道に嫌われたらしい。

という訳で、私はまだ、
北海道には行ったことがない。
でも、私が行こうが行くまいが、
北海道は、日本のそばの、一番の産地なのだ。

この北海道で作られるそばの九割が、
「キタワセソバ」という品種。
これは、在来種から選別を繰り返して、
育ち方、草丈、粒の大きさなどが揃うようにし、
栽培しやすく、収量が多くなるようにしたもの。
平成元年に、北海道農業試験場で育成された、
新しい品種だ。

でも、広い畑でも、均一なソバが出来るので、
すぐに普及したのだね。

さてさて、北海道の中でも、一番広いソバ畑を持つのが、
幌加内(ほろかない)町。
何処にあるのと思って、地球儀を見るが、
やっぱり載っていない。
四角い北海道の、
真ん中より少し北へ行ったところのようだ。
ここは、寒いところ。
それも、半端ではない寒さ。
なにしろ、氷点下41.2度を記録した、
日本一寒いところなのだ。
ここで、作られるソバは、定評がある。

十勝の方へ下れば、
質の高いソバで有名な新得町、鹿追町がある。
さらに、江丹別や浦臼町、清里町、
一番北の音威子府(おといねっぷ)などの名があげられる。
ほかにも、たくさんのソバの産地があるのだ。

北海道のソバの魅力は、
何といっても、その、品質の安定性にあるらしい。
大規模な農場で作られ、
しっかりとした、乾燥施設、貯蔵施設もある。
栽培方法も研究され、
連作障害を防ぐための輪作も行われているそうだ。

広いソバの耕作面積を持つ北海道。
でも、その畑は、
ソバだけのために使われているわけではない。
ソバがその畑で育つのは、
3か月から4か月のあいだ。
その他の季節には、
麦が育てられたり、マメが植えられたり、
牧草などを育てるために使われている。
いわば、ソバは、裏作のようなもの。

でも、しっかりと、大切に、
ソバは育てられているのだ。

もうすぐ入って来るのが、
この北海道産の新そば。
私も、しっかりと、大切に、
とんとんとそばを作ることにしよう。


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2007年10月15日 (月)

日本一の米どころはどこ?

私が小学生だった頃の話。
新聞に、北海道の米の収穫量が、
二年連続で、
それまでトップだった新潟県のそれを、
上回ったと書いてあった。

そうか、
日本で一番たくさん米が作られるのは、
北海道なんだ。
私は、そう納得した。
だから、学校で行われた試験で、
「日本で一番お米の穫れる都道府県はどこでしょう。」
という問題に、
自信をもって「北海道」と書いたのだ。

ところが、結果は「×」。
当時は、先生に意見することなど、
出来る雰囲気ではなかった。
でも、勇気を出して聞いてみた。
新聞には、北海道が一番と書いてあったと。

そうしたら先生は答えた。
「教科書に書いてあるでしょう。
一番米の穫れるのは新潟県だって。」

小学生にして、
「机上の学問」の意味を知ってしまった私。
以後、学校の教科書は、
もっぱら昼寝の枕のためにある、
と割り切ることにしたのだ。

さて、北海道は、広大な作付け面積を背景に、
米の収穫高を延ばしていった。
でも、昔は、北海道の米は、
量は多かったけれど、
あまり良い米ではなかったんだね。
ところが、最近は、
農家の人たちの努力で、
おいしい品種が作られるようになったそうだ。

北海道の、厳しい自然の制約を受けながら、
おいしい米を作る工夫を重ねていった。
全国的な気温の上昇で、
かえって、南日本の方が、
良い米が採れなくなったこともあって、
今、北海道の米が注目されているんだね。

北海道の人たちの、
地道な努力のおかげなのだ。

米ばかりではない。
そばだって同じ。
栽培され始めたころは、
味がないなどと、
厳しい批評にさらされた北海道産のそば。
でも、さまざまな改良によって、
いまや、全国の四割近いそばを生産し、
その安定した品質が高く評価されている。

その北海道のそばって、
どのように作られているのだろうか、、、

なんて話はまた今度。

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2007年10月13日 (土)

紅白そばの花

畑の雑草状態のそばの花。
あとから生えてきた赤そばが、
ずいぶんと色付いてきた。
やはり、この花は、気温が下がってくると、
その色が鮮やかになる。
独特の赤い色だ。

Akasoba こうやって、一緒にいければ、
紅白そばになる。

でも、以前にも述べたように、
赤い花を咲かせるそばだけれど、
実は黒くなり、普通のそばと変らない。
ピンク色のそばが出来れば面白いのだが。

さて、今年は、さまざまな事情から、
新そばの出荷が遅れている。
収穫したてのそばは、味がないので、
粉屋さんは、
熟成の具合を見計らって製粉をはじめる。
もちろん最初は北海道産となる。
それから徐々に長野県内産などが入ってくる予定。

聞いた話では、各地とも収穫は順調とのこと。
でも、出来具合はどうなのか。
楽しみな季節だ。

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2007年9月 6日 (木)

人間じゃない、、、、。

若い頃、スイスは、北壁で有名なアイガーの麓の町、
グリンデルワルトの山小屋に、一週間滞在した。
もちろん、スキーをやるため。
その、山小屋には、
ヨーロッパ各地からきた若者たちで溢れていたが、
中でも多かったのがドイツ人。
陽気な彼らと一緒に過ごすのは、言葉こそ通じないとはいえ、
なかなか楽しかった。

でも、問題は、夜眠る時。
一部屋十人ぐらいで、頑丈な二段ベットに寝るのだが、
いつも、部屋の窓が開いている。
開き戸の一部を止めて、
半分位開くようになっているのだ。
もちろん、真冬で、夜ともなれば屋外は、
氷点下十度ぐらいになっている。
そんな、冷たい冷気が、いつも部屋の中に、
吹き込んでくるのだ。

私が開いている窓を閉めると、
また、誰かが、いつの間にか開けている。
それとなく、聞いてみると、
ドイツ人たちは、窓を開けて寝る習慣があるという。
でも、真冬の山の中だよ。

かくして、夜は部屋の暖房は切られ、
窓からは凍るような冷たい風が吹き込み、
私は、スキー用のダウンジャケットと、
頼りない毛布にくるまって、眠ったのだ。
こいつら、人間じゃない、、、、と思いながら。

フランスは、グルノーブルの近くのスキー場に滞在した時のこと。
なんとゲレンデの横に、屋外プールがある。
湯気が上がっているので、てっきり、
温水のプールかと思って、泳ぎにいった。
とんでもない。
水は恐ろしく冷たいのだ。
気温がもっと低いので、
気化した水分が、湯気のように見えただけ。

でも、裸で外にいるよりも、水の中の方が、
それでも温かいので、我慢して水につかる。
頭をあげて泳ぐと、髪の毛が凍りそうな気がする。
がたがた震えながら、そうそうに引き上げる。
そんなプールの中で、
悠々と泳いでいるフランス人たちを見て、
こいつら、人間じゃない、、、、と思いながら。

今の栄養学は、
このヨーロッパで生まれたといわれる。
彼らの中から、膨大なサンプルをとりながら、
どんなものが人間の身体に必要かということを、
探り当ててきたのだ。

だから、日本人の栄養も、
欧米人に比べて、どうのこうのと比較されたりする。
でもね、私達の身体は、果たして彼らと同じだろうか。
長く野菜や魚を主として食べてきた私達が、
彼らと同じような、栄養を取る必要があるのだろうか。

太古から人間は、
自分の身の回りで手の入るものを食べ、
生き抜いてきた。
それぞれの地域や、気候によって、
独特の食べ物が、人間を支えてきた。
本来は、それを補う意味での栄養の知識があれば、
それで十分なはずだ。

○○が足りないから、とか
××を取らなければ、とか、
ではなく、
まず、身近にある食材を、
美味しくいただくことが大切なのじゃないかな。

そう、次の一言。
もう、お分かりでしょう。

私達日本人が、いくら、肉やミルクを取ったって、
なかなか、真冬に窓を開けて眠ったり、
雪の中で泳げるようにはならないのだ。

季節の、微妙な風の暖かさ、
涼しさを感じることのできる、
繊細な心と身体を作るため、
身近な食材、
「そば」を食べよう。

って、やっぱり、このオチだった。



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2007年8月30日 (木)

そばは「たぐる」もの?

長野県は、ずいぶんと南北に広い県だが、
そのずいぶん南のほうに、飯田市がある。
ここでの、名物の食べ物に、
「おたぐり」と呼ばれるものがあるそうだ。

もちろん、私は、まだ試したことがない。
地元の人に聞いてみると、
賛否両論。
酒の肴にピッタリだという人もいれば、
匂いも嗅ぎたくないという人もいる。
かなり好き嫌いが、
はっきりと別れる食べ物のようだ。

なんで、「おたぐり」というかというと、
20メートル以上あるそれを洗うのに、
縄をたぐるようにするからだという。

そう、長いもの。
「おたぐり」とは、
馬の腸を煮込んだものなのだ。
南信州は、昔から、馬を食べる習慣があったようだ。
でも、臓物を食べるのは、ここ、飯田でしかないという。
味はどうあれ、一度は口にしてみたいと思っている。

さて、そばを食べる時も、
「そばをたぐる」という。
そばを引っ張るわけではないが、
いかにも、そばを食べている様子をあらわすのに、
ぴったりな言い回しなのだろう。

ものの本によると、
これは、江戸時代の、
大工の使っていた隠語から広まったのだという。
大工は、そばのことを「なわ」と呼び、
「なわをたぐる」で、
そばを食べにいくことを伝えたそうだ。

江戸の末期には、この言い方はかなり広まったが、
あまり上品な言い方とはされなかった。
その後、幕末、維新を過ぎて、
一般に使われるようになったということだ。

ふだん何気なく使っている言葉にも、
ちゃんと歴史があるのだね。
でも、やっぱり、
「そばを食べる」
「そばをすする」
より、
「そばをたぐる」
といった方が、なんとなく、
おいしそうな、かっこいいような、
そんな気がする。

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2007年8月28日 (火)

気が付かない方が多いけれど。

Sobahana店に飾ってあるそばの花。

畑では雑草状態で、あちらこちらと咲いているが、
こうして生けてみるとなかなかいいもの。
あの、誤解のないように言っておきますが、
そばの花は白い花。
青いのはリンドウの花。
画面を拡大して御覧下さい。

そばの花は、普通は切り花に出来ないと言われている。
そばの茎は、中が穴になっていて、切ると、
くたーとなってしまうからだ。
そこをめげずに、深めの水に茎をつけておくと、
二時間ぐらいすると復活。
見事に花を上に向けて咲かせる。

そうして、このように花瓶などに飾れるのだ。
でも、持ってもせいぜい二日。
水に入れた茎が痛んでしまうのだ。
もっとも、花は、我が家の庭にも、
畑にも、たくさんあるので、
毎日のように切ってきて替えている。

この白い花から、黒い粒のそばが穫れる。
もっとも、そばは、実を穫ってから、
食べられるようにするのが大変なようだ。

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2007年8月27日 (月)

「たぶん日本で一番、、」

さて、日本最大のそばの産地、
北海道では、早くも収穫が始まったようだ。
今年は、雨が少なく、そばの育ちが悪いような話をきいたが、
どうなのだろうか。

そして、もう、新そばを使ったそば祭りを開いたところもある。

摩周湖を含む、弟子屈(てしかが)で昨日、一昨日と
「たぶん日本で一番早い」新そば祭りが行われた。
そば打ち名人の高橋邦弘さんも来て、
そばを打ったという。

「たぶん」が付くのが、なんとも愉快なそば祭りだ。

弟子屈町では、平成二年からそばの栽培を始め、
特に品質にこだわったそばを作ろうということで、
生産組合の人たちが努力をされているみたいだ。
約100トンのそばをつくっているから、かなりの量だ。

さまざまな栽培条件を実験したり、
「キタノマシュウ」というそばの新品種も作っているらしい。
ここで作られる石臼挽きのそば粉は、
「摩周粉」というブランドで売られているそうな。

なるほどね。
長野でも、そば畑はたくさんあるけれど、
栽培の規模が違うようだ。
いつか、北海道の広大なそば畑の様子を、
見に行ってみたいと思っている。

まず、地球儀で方向を確認して、、、、、。

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2007年6月29日 (金)

「そば相撲」の本当の勝負は?

江戸時代の中頃、あるところで、
「そば相撲」というのが行われたそうだ。

おお、そばが力比べをするのか、と思ったら、
そばの食べ比べのことらしい。

さて、この時の参加した御両人。
普段からそばの大食いで名を上げていた。
大勢の見物人の見守る中、
二人の前に運ばれてきたのは、
大きな重箱に入れられた小山のようなそば。

それを二人とも、楽々と平らげてしまう。
さらに、お代わりを食べ続けるので、
見物人の方が仰天し、
もうこれ以上のそばは止めた方がいいと、
行司が入り、「そばの相撲」は引き分けになったという。

なんだ、引き分けか。
でも、どのくらいの量を食べたのだろう。

ところが、一人の方は、腹が一杯だといいながら、
後から差し出されたそら豆ご飯を、二杯平らげてしまった。

それを見ていた見物人、
そら豆ご飯を二杯食べたのだから、こちらが勝ちだ、
いや、これは「そば」の勝負だから、あくまで引き分けだと、
大いに議論に湧いたそうだ。

まあ、そばの後に、いくら珍しいからといって、
そら豆のご飯を食べるのだから、たいしたお腹だ、
と、人々に恐れられたそうだ。

へえ、こういう食べ比べが、江戸時代にも行われていたのだね。
そういえば落語の「そば清(そば羽織)」の清兵衛さんも食べ比べをしたっけ。

でも、この「そば相撲」、
後日談がある。

さて、そばを平らげた後そら豆ご飯をいただいた御仁、
1、2年して内臓を痛め、長く患い、とうとう亡くなってしまった。
もう一方は、長生きして、そばを楽しんだそうである。

いくらそば好きの方でも、
食べる量はほどほどがよろしいようで。


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2007年6月18日 (月)

地球の温暖化に「そば」

南米はボリビアという国に、リフトがあるスキー場としては、
世界最高峰のスキー場があるという。
なんと、標高は一番高いところで、
5,300メートルもあるのだ。

滑った人の話では、すぐに息が切れて、
苦しくなって、しまうそうだ。
すごいなあ、この標高は。
もっとも、この国、首都のラパスでも、
標高は3,600メートル。
高山病を覚悟で行かなければならない国だ。

スキー好きの私としては、
いつかは滑りに行きたいと思っていた。
ところが、それが怪しくなってしまった。
そう、往復の旅費が高くて、、、
ではない、
なんと、雪が消えてしまったのだ。

この高い山に、小さいながら氷河があり、
その上に降る雪が、一キロ近くのゲレンデになっていた。
その氷河が、ここ数年で、急激に溶けてきてしまったのだ。
去年は、なんと200メートルぐらいになってしまった。
これでは、スキーどころではない。

そう、地球の温暖化は、
確実に進んでいるのだ。

ヨーロッパアルプスでも、多くの氷河が後退している。
このまま行けば、今世紀終わりには、
アルプスの氷河は無くなってしまうだろうといわれている。

南極やグリーンランドの氷も、
溶けるスピードが増してきているという。
この急速な温暖化は、
どんな気候変化をもたらしてくるのだろうか。

そう、地球温暖化は、もう、
待ったなしの状態で進んでいるのだ。

そのために、みんな自動車を捨てて、
歩くか自転車に乗ることにしよう。
クーラーを消して、テレビも消して、
そうパソコンも明かりも消して、
夜はロウソクで過ごそう。
石油製品を使った、衣類、家具、道具は
絶対に使わないようにしよう。

なんて急に云われたって、、、、
、、、、できないよ。

そう、築き上げられた生活習慣は、
簡単には変えられないものなのだ。
ならば、せめて、「そば」を食べよう。
そばは、栽培や保管、運送などに使われるエネルギーが、
ごく少ない食べ物なのだ。

膨大なエネルギーを消費する牛肉などに比べれば、
それはほんの僅かなもの。
つまり、ハンバーガーを食べるよりも、
保管や運送にエネルギーを使うコンビニ弁当よりも、
「そば」を食べれば、
少なくとも全体的な「二酸化炭素」の排出量は少なくなるのだ。

って、強引に「そば」に話を持っていっている。
でもね、
遠くから運ばれてくる食べ物を食べるよりも、
自分の周りで穫れる食べ物を食べていたほうが、
使われるエネルギーが少なくなるのは当然なこと。

食べ物一つからでも、
地球温暖化を防ぐ工夫が出来ると思っているのだが。

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2007年6月 1日 (金)

粉にならない「さなご」

蕎麦粉を製粉する時、石臼挽きであろうが、
機械挽きであろうが、どうしても粉にならない部分が残る。

ふるいの目をとおらず、残ってしまう粉といえない粉。
これを「さなご」というそうだ。
これを無理して挽こうとすると、
かえってそばの質を落とすらしい。
そばの実の9パーセントぐらいが「さなご」になるという。

ソバの実の芽の部分とか言われているけれど、
どうなのだろうか。
そばには使えないので、昔はそばがきにして食べたりしたらしい。
今のソバ粉屋さんはどうしているのだろう。

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2007年5月27日 (日)

ソバは世界を巡る

さて、昨日のブログでは、
ソバは、世界中で200万トン作られていると書いた。

でも、この量は、年による変動が、かなりはげしいらしい。

世界の農業事情は、目まぐるしく変っているという。
少し前には、大豆が足りなくなり、
多くの農地で、大豆が植えられた。
今はバイオエタノールの生産に使われる
トウモロコシが品薄なのだそうだ。
トウモロコシを主食にしている中南米では、
値上がりに抗議する暴動まで起きている。

さて、日本で消費されるのソバの主要産地である中国だって、
そんな影響を受けている。
換金価値の少ないソバを作るより、
少しでも高く売れる作物を作ったほうがいい、
というのが、農家の人の自然な流れだろう。

その上、中国では、砂漠化の防止のために、
ソバを栽培していた農地に植林を進めている。

つまり、これまで、国産に比べてはるかに安価だった
中国産のソバも、手に入りにくくなる可能性があるのだ。

そんな流れを受けて、
日本のソバ関係の業者が、中国現地の生産者と、
栽培契約を結ぶ動きがあるという。
これは、安定した量の確保とともに、
栽培方法を管理することで、
より質の高いソバを手に入れることにもなるそうだ。
気候に恵まれた中国で、
国産に勝る、ソバの「優良ブランド」が生まれてくるかもしれない。

私のところでは、国産品を使っているから、
外国のことは関係ないよ。
と言っているわけにもいかない。
う〜ん、
世の中、複雑になってきているのだなあ。

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2007年5月26日 (土)

日本は九番目

さて、世界では、どのくらいのソバが、
作られているのだろうか。

雑誌に載っていた、2003年の資料では
全世界では、約200万トンのソバが作られているそうだ。

え〜と、200万トンというと、
人間の体重が一人60キロ平均として、
え〜と、
だいたい、3300万人分の体重と同じということ。
おおまかにいえば、
カナダの国の人の全部の体重を、
全部足したぐらいの重さのソバが、
一年間に作られているらしい。

だから何なの。
なんの、たとえにも、なっていないけれど。

さて、そのうち、日本で消費されるのは、
12万トンといわれている。
つまり、世界で穫れるソバの、
6パーセントを、我々は食べているのだ。

この数字、多い?
それとも、少ない?

一番の生産国は中国、
そして、カーシャなどのソバ粥で食べられる
ロシア、ウクライナと続く。

この三国だけで世界の生産量の、
80パーセントを占めているのだ。
そして、フランス、アメリカ、ブラジルなどと、
日本より生産量の多い国が続く。

へえ、フランスなんか、10万トンも穫れるのだ。
日本の国産のそばの3倍以上の量だ。
ガレットやクレープに使われるという話は聞いたことがあるが
どうなのだろうか。

日本の生産量は、順位でいうと9番目。
世界では、たくさんのソバが作られ、
そして、さまざまな形で食べられているのだ。

でも、日本のような麺にして食べるところは、
あまりなさそうだけどね。

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2007年5月21日 (月)

そばを湯で掻く文字どおり。

カイモチ、
カッケ、
カッコ、
カッソマ、
ケェモチ、
ソバネッケ、
ソバネリクリ、
タテコ、、、、、

さて、この羅列はなんなのだろう。

1、そば屋で使う道具の名前。
2、インカの王様の名前。
3、そばがきの地方名。
4、栽培されているそばの品種。

はい、もうお分かりですね。

インカの王様は、侵入してきたわずかな数のスペイン人によって、
完全に滅ぼされてしまった、、、
ということとは、関係のない、
3番のそばがきの地方名のこと。

昔は、山村などでは、そばといえば、
そばがきにして食べるのが当たり前だったのだね。
手間のかかるそば切りにするのは、
祝いのあるハレの日だけだったそうだ。

だから、東北地方から九州地方まで、
広い範囲で、さまざまな呼び名が残っていたそうだ。

カッケ、カッコ、カッソマ、なんていうのは、
椀に入れたそば粉に熱湯を注ぎ、
一生懸命掻き回している感じがしてくる。
なんだか、すごく力が入っているような。

ソバネリクリなんていうのも、なんとなく、
そばを練り繰りしている様子が浮かぶ。
きっと、もっと、いろいろな呼び名があったのだろうね。

それにひきかえ、「そばがき」なんて呼び名は、
即物的で芸のないもの。
何か、もう少しひねりの聞いた名前はないものだろうか。

最近は、加水量を増やして、ふわっと仕上げるところが多いから、
「お多福」とか「ラッコのほっぺ」とか。
いえいえ、一度定着した名前は、
変えるのはむずかしいだろうなあ。

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2007年5月19日 (土)

刈り取られてからも熟成するそば。

そばの実の特徴の一つに、
後熟作用というのがあるらしい。

そばは刈り取られても、
そのまま天日干しをすると、
未熟な実が残っていても、それが熟成するらしい。
養分転流といって、葉や茎にある養分が、
実に運ばれるのだそうだ。

なるほど、
だから、そばを刈り取った後、
畑に立てておいて乾燥させることが多いのだね。
そう、稲だって、「はざかけ」と言って、
田んぼで干したほうが美味しいと、
農家の人が言っていた。
それは、こう言う作用があるからだ。

もっとも、そばのほうだって大変だろう。
花を咲かせて実をつけたら、
いきなり根元からちょん切られてしまうのだ。
そうしたら、とりあえず、種に養分を送って、
子孫だけは残しておこうとするわけだ。

でも、最近はコンバインによって、
刈り取りと同時に脱穀してしまうところが多い。
手刈りをして、畑で乾燥させるところは、少なくなったようだ。
コンバインで刈り取っては、この後熟の恩恵を受けないことになる。

ならば、畑で乾燥させたそばのほうが、
いいそばに、なるのだろうか。

さて、自分で栽培してみて判ったが、
そばは、手で刈り取ろうとすると、
ぼろぼろと実が落ちてしまい、収量が少なくなってしまう。
だから、実が完全に熟すより前に刈り取り、
干して熟成させたほうが効率が良さそうだ。
反面、コンバインであれば、
完全な熟成を待ってから刈り取ることが出来る。

だから、どちらとも言えないのだね。

さて、人間でも、後熟作用は働くのだろうか。
仕事という畑から切り離された時、
人は、熟するのかな、腐るのかな。
そろそろ、定年を迎えられる先輩諸氏。
ぜひ、あらたな実りを迎えて頂きたいものだ。

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2007年4月23日 (月)

たかが薬味のネギ。されど、、、。

 剣豪、宮本武蔵は、吉川英治の小説で有名だ。

 彼は名の知られた柳生石舟斎との試合を望んで
 柳生の地を訪れる。
 しかし、石舟斎には、相手にもされない。
 ある時、別の人物に当てた手紙に添えられた
 シャクヤクの枝の切り口を見て、
 武蔵は驚く。

 花も散らさず、その柔らかい枝を切れるのは、
 相当の使い手であった。
 その鋭い切り口を見て、石舟斎というのは、
 自分には到底かなわない相手であることを、
 武蔵は悟るのだ。

 へえ、花の切り口でね。

 さて、話はかわって、そば屋のネギの話。

 子供の頃、そば屋の薬味のネギを、電灯に透かしてみて、
 よく、こんなに薄く切れるものだと感心した覚えがある。
 さて、そば屋になった今、
 そのくらいのネギが切れるのが当たり前になってしまった。

 かなり、厚めのネギが出されるところもあるが、
 私は、薄くて、よく晒してあるネギを薬味に使うのが好きだ。
 これから時期は、ネギが辛く、また固くなるので、
 水の晒し方に注意している。

 でも、その切り口である。

 そば屋へ入って、薬味に盛られたネギを見て、
 「うむ、さすがじゃ。できるのぉ。」
 と唸ったり、
 「まだまだじゃのぉ、はっはっは。」
 と笑われたり、
 そんな、宮本武蔵のような人は、
 まさか、、、、、、いないよね。

 、、、、、、居たりして。

 どちらにしろ、
 たかが薬味のネギを切るぐらいと、あなどれないのだ。
 そういうところも、きっちりと仕事をしなくては。

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2007年4月19日 (木)

「ソバ」には刺はないけれど。

 桜が咲いてから、すっかり寒くなってしまったので、花が長もちしているようだ。
 コレからは、まだ、牡丹桜や山桜などが咲いていくことだろう。

 さて、桜は植物分類上、バラ科という所に入るらしい。
 あの、刺のあるバラと、同じ仲間なのだ。
 まあ、どうしてそうなるのかは、よく判らないが、
 学者が区別すると、そういうことになるらしい。

 桜に近い仲間としては、モモ、ウメ、アンズなどがある。
 アーモンドも、そうなんだね。
 だから、外国では、アーモンドの花が、桜のように見えたりするそうだ。

 ユキヤナギや、イチゴもリンゴもバラ科の植物。
 外見や、印象だけでは、植物の分類は難しい。

 さて、植物としてのソバは、タデ科という所に分けられている。

 タデといえば「タデ食う虫も好きずき」と呼ばれる、
 苦い植物を連想する。
 どういうわけか、あの苦さが、鮎にだけは合うのだよね。
 タデ酢で、夏の初めの小振りの鮎を塩焼きでいただくなんて、最高、、、あっ、よだれが。

 あの苦みのあるタデは、ヤナギタデと呼ばれるもの。
 いくら同じタデの仲間だとはいえ、ソバの葉には、そんな苦みはないようだ。

 タデ科の植物には、染料に使われたアイとか、イヌタデ、スイバ、ギシギシなどがある。
 どれも、名前は聞いたことがあるけれど、どんな草なのかは思い出せないなあ。
 あっ、ミズヒキもそうなのだって。
 コレなら思い出せる。

 ところが、タデ科の名簿を見ていたら、面白い名前がある。
 なんと、、、、ウナギツカミ。

 本当に、文字どおりの使われ方をしたのだろうか。

 と思ったら、もっとすごい名前があった。
 ママコノシリヌグイ、、、、、、、継子の尻拭い。

 何でも、この草には、葉にも茎にも鋭い刺が生えているのだそうだ。
 そんな草で、お尻を拭かれたら、、、、。
 継子というのは、そんなにも憎まれものだったのか。
 かわいそうに。

 ということで、「ソバ」は植物分類上はタデ科で
 「継子の尻拭い」と同じ仲間なのだ。

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2007年4月 9日 (月)

「昼型」というのは、あまり聞かない。

 人には、「朝型」の人と、「夜型」の人がいるようだ。

 神経を集中して仕事をしなければいけない時に、「朝型」の人は、朝早く起きてバリバリとこなしていく。
 逆に、「夜型」の人は、夜暗くなったほうが、集中力が上がっていく。

 どちらも、その人の性質なのだからしょうがない。
 「朝型」の人に、夜の仕事をやらせても効率が上がらないし、「夜型」の人に朝やれと言っても、うまくいかない。
 その人が一番合った方法でするのがいいのだろう。

 たまに、仕事中はしおれているが、仕事が終わると目が爛々としてくる人が居る。
 でも、これは「夜型」とは呼ばない。
 単なる「夜行性」と呼ばれるそうだ。

 さて、「そば」という植物も、「夏型」と「秋型」があり、これをうまく使い分けないと、効率のいい収穫ができないらしい。

 「そば」は基本的には短日性植物というのだそうだ。
 つまり、陽の当たる時間がだんだん短くなってくると、
 「あれ、日が短くなってきた。
  それじゃぁ、花でも咲かせるか。」
 と言って(言うかどうかしらないが)、花を着け始めるという。

 だから、日の短くなる前に種を蒔いてしまうと、
 どんどん成長するだけで、いっこうに花も実も付けなくなってしまう。
 「そば」は基本的には「秋型」の植物なのだ。

 ところが、どの世界でもへそ曲がりは居るもので、
 「わたしゃ、日が長かろうと短かろうと、
 そんなことは関係ないのだ。」
 と言って(言うかどうかしらないが)、花を咲かせるものもある。

 北海道で多く栽培されている「そば」がそうだ。
 これは「夏型」と呼ばれている。
 夏そばとも呼ばれ、各地に独自の品種がある。

 「秋型」はやっぱり、あまり早く蒔いても実がつかない。
 「夏型」は遅く蒔けば成長が遅れる。

 それぞれの地域に、それぞれの「そば」の品種があり、
 それぞれの栽培方法が、昔からあるのだ。
 それを、無理に育てようとしても、うまくいかないのだね。

 去年も知っている方が、五月の下旬に、
 畑にそばを蒔いた。
 背丈ほどによく育ったが、実はほとんどできなかったそうだ。
 そういう場合は「夏型」のそばを蒔かなければいかなかったのだね。

 それぞれの性格をつかんで、「そば」を栽培しなければいけない。
 人間だって、その人の性質をつかんで、動かなければうまくいかない。

 私はどちらかと言えば「夜型」なので、、、、
 あまり、朝早く起きるようなことは、、、、
 できるだけ、、、。

 こんなこと書いていないで、早く寝ろって。

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2007年4月 7日 (土)

「花のようブーケ」で「枯れ葉のようなアロマ」のするそば。

ワインのソムリエというのは、その感性もそうだが、豊かな表現力が求められるようだ。
もともと、味とか香りというのは、言葉で言い表すのが難しいものだ。
それを彼らは、「青臭いピーマンの匂い」「熟成したパイナップルの匂い」「菩提寺の花の匂い」と言い当てる。
そして全体の印象として「ぬれた子犬の香り」「雨上がりの森の匂い」等と表現する。

ふう〜ん。
「セクシーでねっとりとした、ルノワールの描く裸婦を思わせる、豊満で開放的な香り」
なるほど。
でも、私には、「ブドウの香り」がするとしか言えないのだけれど。

さて、「そばの香り」もそうだ。
これも、いろいろな種類がある。
そばを食べて、「そばの香りがする。」というのは、ワインを飲んで、「ブドウの香りがする。」と言うのと同じぐらい乱暴な表現のような気がする。

とはいっても、そばの香り、匂いは分かりにくい。

だから、はっきりとした「昇り香」の強いそばに出会うと、それがそばの匂いだと思われてしまうのだね。

実は、口に含んだ時に広がっていく香りがある。
これを私は勝手に「含み香」と呼んでいるけれど、これはまた、違った匂い。
これに気付くと、そばを食べるのが楽しくなる。

最初に鼻につんと来るのが、「昇り香」こと、「下町娘」。
華やかで目立つが、かしましい。
口に含んだ時に現れるのが、「含み香」こと、「山の手のお嬢さん」。
物静かだが、しっかりとしている。
さて、この「下町娘」と「山の手のお嬢さん」が合わさって、独特の香りのハーレムが出来上がるわけだ。

これについて、以前にメールマガジンで書いたのでこちらをご参考に。

だから、そばも「そばの香り」と一言でくくってしまうのではなく、ソムリエのような、豊かな表現ができないものかと思う。

「勝てると思っていた九回裏に、逆転されて泣いた時のグランドの香り。」
「サルバドール・ダリの絵の中の、グニャリと曲がった時計のような、難解な香り。」

う〜ん、やっぱり香りって、表現するのが難しい。

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2007年4月 5日 (木)

そばを食べれば頭がフサフサ。

昔からこういう諺(ことわざ)があるそうだ。

「うどん三本、そば六本」

なるほど。
うどんを食べれば、毛が三本増え、
そばを食べれば、毛が六本増えるのだ。
だから、そばを食べたほうが、髪の毛がフサフサになるらしい。

、、、、ではない。

なるほど。
うどんを作るのには、三本の麺棒を使い、
そばを打つのにには、六本の麺棒を使うのだ。

、、、、ではない。

なるほど。
うどんを食べる時には、箸を三本使い、、、

という話はともかく、
昔の人は口が小さかったのだろうか。
骨董のそば猪口なども、今のものに比べれば、かなり小振りだ。
きっと、大口を開けて食べるようなことはしなかったのだろうな。

つまり、うどんは三本、そばは六本をつまんで口にするのが、ちょうどいい量だと言うのだ。
いくら何でも、六本というのは少なすぎる気がするけれど。

でも、食べてみると判るが、噛まずに飲み込む食べ方をしようとしると、そのくらいの量が食べやすい。
六本ぐらいのそばならば、歯に当てなくとも、喉で吸い込むことができる。
きっと、そういう食べ方をする人が、この諺を考えたのだね、
機会があればお試しあれ。

さて、「手打ちそば屋 かんだた」のそばを食べる時の決まりとしては、八本をおすすめしている。
詳しくはこちらのブログで。
えっ、八本って数えるのが大変だって。

本当は、そばを食べる毎に、
六本ずつ髪の毛が増えてくれればいいのに。

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2007年3月22日 (木)

驚いた私は県外者。

ここのところ、寒い日が続く長野の町。
でも、善光寺の表参道を歩いてみると、ところどころに、お雛様を飾ってある店がある。
宿坊にも、お雛様が、お客さまをお迎えしているところもある。
ああ、雛祭りの季節なんだな。
やっと、春が来るんだな。
そんな気分にさせてくれる、お雛様。

何言っているんだい。
もう、春のお彼岸。
雛祭りの三月三日なんて、とっくに過ぎているじゃないか。

いえいえ、それは、新暦で雛祭りを迎えられる、暖かい地方でのこと。
寒さの厳しい、ここ、長野市周辺では、月遅れの、四月三日に、桃の節句を祝うのが習わし。
やっと、長い冬が終わって、春が来たことを実感する日なのだ。

さて、江戸時代の話。
その雛祭りが終わった次の日に、
雛をしまう前に、そばを供える習慣があったという。
いわゆる「雛そば」といって、広く行われていたらしい。

年越しに食べるそばと同じで、
そばは縁起ものと考えられていたんだね。
病気を追いやる「魔よけ」とか、
そばは伸びやすいので、
家運が「長く延びる」というようなことに
引っ掛けていたらしい。

長野でもそばを食べる風習があったかどうか、
周りの人に聞いてみても、
いきなり火星語で話しかけられたような顔をされるだけ。

ならば、今から新しい習慣をつくろうか。

「雛祭りには、そばを食べよう!!!」

なお、長野では、端午の節句も月遅れで行われる。
五月の下旬に、鯉のぼりが泳いでいても、
けっしてしまい忘れた訳ではないので、ご安心を。

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2007年3月16日 (金)

鹿児島はそば処、焼酎ばかりではない。

メールマガジンを読んで頂いている、
鹿児島の方からメールをいただいた。

実は、一月のメールマガジンで、
全国のそばの産地を紹介したのだが、
鹿児島県でも、生産量が高いと書いたら、
それについてのコメントをいただいた訳だ。

実は、鹿児島では、そばはよく食べられるらしい。
それが、どうやら、各家庭で作って食べることが多いらしいのだ。

なるほど、その点は長野県と似ている。
もっとも、長野では、自宅でそばを打つところは少なくなってきたが。

そばの生産量の統計をみると、十年ぐらい前までは、
鹿児島県は、北海道に次ぐ、二番目の生産量を誇っていた。
しかも、八月に採れる夏そばと、十一月に採れる秋そばと、両方作っているのだ。
最近は耕作面積も収穫量も減ってきているが、それでも、そば処であることは間違いない。

メールをいただいた方の話では、
年越し蕎麦などは、いくつかの知り合いの家庭で打ったそばをいただいたりして、それぞれに、太さや打ち方が違っていて、食べるのが楽しみだったそうだ。
「ぶつぶつに切れる」そばだったそうだが、それが当たり前だったという。

そういう、そばの食べ方が、伝わっているんだね。
きっと、そば汁も独特なものなのだろうなあ。

鹿児島は、けっこう国内を歩き回った私にとって、まだ、未踏の地。
すぐに焼酎とさつま揚げ(天ぷらと呼ぶらしいが)が頭に浮かぶ、ステレオタイプのこの頭。
「そば処」というイメージを叩き込んでおこう。

いつかは、訊ねてみる計画でもしてみよう。
ええと、地球儀を見ながらね。




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2007年3月15日 (木)

「蕎麦地蔵」というのもある。

前回に「そば食い地蔵」を紹介したが、
「蕎麦地蔵」というのもあるという。

場所は東京は、帝釈天で有名、
というより、
フーテンの寅の「男はつらいよ」で有名な、
葛飾、柴又にあるという。

こちらの起こりは、室町時代のお坊さん。
火事で焼けた高野山本堂の復興勧進のため、
つまり、お金集めのために、全国を回っていた。
ところが、歩けなくなってしまった。
今で言う「脚気(かっけ)」にかかってしまったのだ。

ある山の中で、村人たちから頂いたそばを水で溶いて食べていたら、
あら不思議、病気が直ってしまった。
そう、そばには、脚気を治すビタミンBが豊富なのだ。

以後、その坊さんはそばを食べるように、
人々に勧めて歩いたという。
そうして、たどり着いたのが、無住だった医王寺というお寺。
それから、代々、住職は、そのお坊さんの話を伝えてきた。

昭和の始めに、それを聞いた地元のそば屋さんの組合が、
そのお坊さんモデルとした地蔵尊を作ったのだ。
一時は盛大に信仰されたが、今では、そば屋さんも代替わりし、
訪れる人も少なくなってしまったとのこと。

そのお坊さんは、身をもって、そばが身体にいいことを証明したんだね。
そうして、人々に、「そばは長寿の食べ物」といって勧めたのだ。

たしかに、私のように「そば」を商売にしている者にとって、
ありがたいお話。
これは足を向けて寝られないぞ。
ええと、地球儀で、方向を確認して、、、、。

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2007年3月13日 (火)

善光寺の阿弥陀様は、そば好きだろうか。

お地蔵様というのは、広くこの世の人間を導いてくれる仏様として、多くの信仰を集めている。
つまり、何かあった時に、手を差し伸べてくれるというのだ。
例えば、病気とか、さまざまな苦しみを取り除いてくれるらしい。
なるほど、だから、ずいぶんとあちらこちらに、祭られているんだね。

その中に、そば好きの地蔵が居たらしい。

江戸時代の話。
浅草のあるそば屋に、夜になると、そばを乞いに現れる坊さんが居た。
主人は気前良く、そばを振る舞っていた。
しかし、毎晩のように来るので、不思議に思って、
ある夜、そっと、その坊さんの後をつけてみた。
そうすると、大きなお寺の境内に入っていくと、
一つの地蔵堂の前で、ふっと消えていなくなってしまったのだ。

その夜、主人の枕元にその坊さんが立って言う。
いかにも私は、あの寺の地蔵だと。
そば好きで、たっぷりそばを食わせてもらって有り難かったと。

びっくりした主人は、それから、その地蔵に、
毎日、そばを供えた。
その後、江戸には、疫病が流行って多くの人が苦しんだが、
そのそば屋の一家だけは、誰も病気にかからなかったという。

その話から、その地蔵は「そば食い地蔵」と呼ばれ、
そばを供える人の絶えなかったという。

この地蔵、本当にあるらしい。
浅草の寺は、関東大震災で焼け出され、
今は豊島区に移って、今でも、そばが供えられているという話だ。

へえ、こう言う話は、好きだな。
今度、東京へ行ったら、お参りしてみよう。

長野もお寺の多い町。
そば好きな仏様が、けっこういるかもしれない。

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2007年3月 3日 (土)

そばの胚乳の部分だけを使う。

さて、前回に引き続き、「更級(さらしな)」のお話し。

さて、私達が普段食べているご飯は白い。
これは、精米して、米の外側部分と、胚芽(はいが)を取り除いてあるからだ。
玄米というのは、この精米を行わないお米。
この玄米を炊くと、茶色っぽいご飯が出来上がる。

実は、玄米を食べたほうが、栄養的には優れているそうだ。
でも、外側の部分は、火が通りにくく、調理に時間がかかる。
そして、消化が良くないので、たくさん食べられない。
結果的に白米を食べたほうが、おいしいし、消化効率がいいようだ。

米の白い部分は、胚乳(はいにゅう)と呼ばれて、
本来は、芽として育っていく胚芽のための栄養を貯えてある場所だ。
ビタミンなどは少ないが、良質なでんぷん質に恵まれている。

そばの場合も同じで、胚乳の部分だけを挽き込んだ粉で作る「更級」は、
白い色をしている。
いわば、白米を食べているようなもの。
そばの香りはないが、やはりでんぷん質の多く含まれている。

普通のそばは、玄米や胚芽米を食べているようなもの。
そばの場合は粉にするので、米のように消化が悪いようなことはないし、
ビタミンや、タンパクが豊富に含まれている。
だから、これはこれで、そのまま食べればいいわけだ。

「更級」とは、そばを白米のようにして食べるそばのことなんだね。

昔は、臼で挽いて、最初に出てくる粉を一番粉と言って、
更級粉と同じように扱ったらしい。
製粉技術の発達した今日では、純粋に胚乳部分だけを取り出して、
粉にしているらしい。

でも、この「更級」の粉は、とても繋がりにくい。
かんだたでも、普通のそばと同じように、つなぎ粉を外二の割り合いで加えて打っているが、最初にお湯を加えている。
お湯の力ででんぷんがまとまるからだね。(アルファ化というらしいが)

Sarasina また、このそばは、茹で時間が短い。
ほんの十秒ぐらい。
だから、一度に何人前も茹でられないんだね。

そばの一番真ん中の部分を使うし、打つのに手間がかかるし、茹でるのにも気を使う。
まあ、ちょっと贅沢なそばなのかもしれない。

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2007年3月 1日 (木)

殿様が食べたので御前そばとも呼ばれた。

今、「手打ちそば屋かんだた」では、土曜日と日曜日には「更級(さらしな)」を用意している。

えっ、更級ってなあに、普通のそばとどう違うの、とよく聞かれることがある。
そう、見た目の違いは、色の白いこと。
この違いは誰にでもよく分かる。

よく、二八と十割と粗挽きなどと盛り合わせてある店があるけれど、
ちょっと外観だけでは、どれがどのそばなのか分かりにくい。
その点更級は、はっきりとしている。
白く、透き通った感じのそばなのだ。

更級は、そばの実の中心部分だけを取り出して粉にしたもの。
だから、いわゆるそばの香りはなく、デンプンが多いので、プッチリとした食感になる。

更級はそばの香りがしないから、ソウメンみたいで物足りないと言う人がいる。
実は私も、つい最近までそう思っていた。恥ずかしながら。
ところが、そば粉屋さんが、「こんな更級粉もありますよ。」と言って持ってきた粉に、はまってしまった。
何だ、この粉は。

色は白くはあるが、やや黄色がかっている。
そうして、甘い香りがするんだ。
自分で打ってみて驚いた。
へえ、こんな更級があるんだ。

ということで、ゆっくりされる方の多い土曜日曜に、このそばを打っているという訳だ。
更級は、「枯れた食通好みのそば」などと言われる 。
残念ながら私はまだ枯れていないぞ。誰だそんなことを言う奴は。
そばの世界は進化している。
「枯れない食通好み」の更級を、お試しあれ。

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2007年2月16日 (金)

寒い季節の「花巻き」

善光寺周辺では、灯明祭りが行われ、多くの人で賑わっている。
普段見なれた風景も、夜の薄明かりの中で、また違った趣が感ぜられる。
表通りの賑やかさより、善光寺周辺の宿坊の通りの静けさが、私は好きだけれどね。

毎回様々な行事が追加され、いいイベントになったと思う。
あと、二日だけなので、ぜひお出かけを。
あっ、三時からの七福神めぐりにも御参加くださいね。

これだけの人出で、善光寺周辺のおそば屋さんは、賑わっているみたいだ。
やっぱりこういう時は、暖かいそばということになるのだろうか。

さて、暖かい種物で私が好きなのは「花巻き」。
えっ、なんだそれっ、という人もいるかもしれない。
かけそばに、海苔をかけたそばのこと。
単純だけど、奥の深い種物なのだ。

皆さんは、海苔の旬をご存じだろうか。
今や、海苔は冷凍保存によって、一年中均一な製品が出回っている。
でもね、香り高い新海苔がでるのは、本当はこの寒い季節なんだ。
だから、昔の人は、冬のこの種物を珍重したのだね。

スーパーなどで売っている海苔は、たいていオニギリ用か、のり巻き用で、固いものが多い。
こういう、下手に噛めば歯が欠けるような海苔は(どんな歯をしているのだ)、「花巻き」には向かない。
そばの上で、とろりとろりと溶けていくような海苔がいいんだね。
つまり、ちょっといい海苔を使わないと、このメニューの醍醐味がなくなっちまうわけだ。

この花巻きには、薬味にネギを使わないのが原則。
でも、大抵の店では、別皿にネギを盛ることが多いようだ。ワサビを添えるところもある。
昔は、蓋をして出されたもので、蓋を開けた時に、海苔の香りがプンとして楽しかったが、このごろでは、ほとんど蓋を使っていないようだ。

このそばは、酒の肴にもなるし、その店が、どれだけの器量を持っているかの目安にもなる。つまり、少しはましな海苔を使っているかどうかだね。

それなら、お前の店でもやればいいじゃないかって。
いえ、私の店は、あくまでも、そば、そのものを楽しんで頂く店ですから。
まあ、そのうちに、、、。
有明海があんな状態になったので、、、、、福岡産や佐賀産の高級海苔が手に入りにくくなったし、、、、。
まあ、そのうち考えることにしよう。

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2007年2月15日 (木)

カナダでそばの品種改良。

カナダで研究開発されたそばの品種で「KOMA(コマ)」というものがあるらしい。

カナダは、安い中国産に押されるまで、日本のそばの主要な輸入先だった。
そばを食べる東欧からの移民が多かったので、けっこうそばの栽培が盛んなのだって。

そばの安定供給のために、日本の商社や業界団体が後押しもしているせいもあり、そばの品種改良などの研究が行われている。

そばと言う植物は、栽培植物として、決定的な欠陥を持っている。
それは、ヘテロスタイリーと呼ばれるものだ。
前にブログで書いたのでご参照を

この性質があるために、そばは他家受粉、つまり、虫などによって花粉を運ばれないと、受粉しない、実にならないのだ。
いくら花がたくさん咲いても、そのすべてに実の付くわけではない。
それが、そばの反当たりの収穫量をすくなくしていたり、天候による収穫量の不安定さの原因であったわけだ。

ところが、このカナダで開発された品種は、すべてではないが、自家受粉で実をつけることができるという。
これは、遺伝子組み替えなどの操作ではなく、様々な性質のそばをかけ合わせてつくったものだという。

それによって、単位面積辺りの収穫量が増え、計画的な栽培が出来ると言う。

ふーん、そばの世界でも、そんな品種改良が続いているのだね。

もっとも、米だって、長い間の品種改良によって、病気に強い、寒さに強い、多収穫の稲が作られてきたのだ。
そばだって、そんな改良が行われていっても不思議ではない。

でも、コレを開発したのは、カナダの企業。
今の時代、特許だとか権利だとか、そんなことが普及に及ぼす影響は大きいことと思う。
日本でも、そういう研究をしているはずなのだけれど、ちっとも耳にしないな。

遺伝子組み替えのような方法は嫌だけれど、そばも進化していいと思う。
もっと、多収穫の、良質の成分を持つそばが普及されれば、また、そばの世界も変わってくるかもしれない。

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2007年2月 1日 (木)

そばは「毒」ではない。

やれやれ、やっと、納豆フィーバーが収まって、スーパーでも、今までと同じように納豆が売られるようになった。
いったい、あの騒ぎは何だったのだろう。
ああいう番組を作る方も作る方だけれど、それを見て、すぐに納豆を買いに行く方も行く方で、実に実に判断の基準が薄っぺらな感じがする。
と、他人のことはなんとでも言えるけれど。

どうも、ダイエットという言葉に、敏感に反応する人が多いようだ。

ラジオでも、テレビでも、やたらとダイエット関係の食品や器具が売られている。
エステなどでも、ダイエットコースが人気なのだそうだ。
高いお金を払って、効果はあるのだろうか。

実は、ダイエットと云うのは簡単なことだ。
食べなければいいのだ。
って、食べずにいられないから、みんな苦労しているんだね。

人間の体は、とにかくエネルギーを貯えようとする働きが強い。
これは、過去に、何回も飢えを経験してきているかららしい。
だから、人間の体は、来るべき飢えに備えて、余分なエネルギーをとっておくんだね。
考えてみれば、日本の国だって、つい50年ぐらい前までは、常に飢えに脅かされていたのだ。

だから、体重は、銀行貯金と同じで、いざという時のための貯えなのだ。
だったら、たくさんあってもいいじゃない。
でも、貯金があまりに多いと、命のろうそくが短くなるという。

人間の体重は、貯金通帳と同じ。
摂取したエネルギーから、消費したエネルギーを引いた時、
残りがあれば、貯金される。(体重が増える)
足りなければ、引き出される。(体重がへる)
たったそれだけのことだ。

ダイエットをしたいなら、
摂取エネルギーを減らし、
消費エネルギーを増やす。
たった、それだけのこと。

でも、、、。
でも、、、。
わかっているんだけれど、、、、、、、。

なにか、いい薬か何かあって、それで痩せられないかな、、、、。
ははは、あるある、そういう薬が。
これを飲めば、体重が五キロでも、十キロでも痩せられる。
そう、そういう薬。
「究極のダイエット薬」

これはもっと簡単な言葉にいいかえられる。

「毒」

そんな薬があったとしたら、人間の本来の機能を阻害するものに外ならないんだ。

○○で痩せた。○○がよく効いた。
そんな食品が、もし、仮にあったとしても、それは、あなたの健康を脅かすもの、つまり「毒」にほかならないだろう。
生命にとっての一番大切な、栄養を摂るという活動を邪魔するわけだから。
人間の体重は、貯金通帳の数字の出し入れでしか、調整はできないらしい。

さて、なら、摂取エネルギーを減らせばいい。
一般的なせいろそば一枚のカロリーは、ツユまで入れて300キロカロリーと少し。
そばは、健康的なダイエット食品なのだ、、、、。

ということで、今日も強引に「そば」まで話を持ってきたぞ。

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2007年1月29日 (月)

そば切り発祥の地?

なんでも、今の様に蕎麦を細長く切って食べる「そば切り」の発祥地は、信濃の中山道、本山(もとやま)宿なのだそうだ。
現在の塩尻市本山。諏訪湖から、国道十九号線を木曽の方に少し入ったところだ。

コレには諸説ぷんぷんではあるが、今から300年前に発行された本にそう書いてあるらしい。
本の名前は「風俗文選(ふうぞくもんぜん)」。
作った人は森川許六(きょりく)という。この人は、彦根藩主で芭蕉の門人だったという。
でも、この人は、俳句に関わる文をまとめただけで、そばについて書いたのは、他にいるらしい。なにか、ややっこしい。

さて、この本にかかれたことで、本山宿が「そば切り」発祥の地として認められ、沿道にはそば屋が立ち並んでいる、、、、あれっ、一軒しかないや。

そうは言っても、たかだか一冊の本に名前がでただけ。
それだけでは、「発祥の地」などと言うだけの根拠が薄いのだね。

聞けば、地元の人たちが、いわゆる地域起こしのために、十年ぐらい前からその一軒のそば屋を始めたのだ。
ここには、古い宿場町の面影の残る建物が連なっているという。
本当に「そば切り」の発祥地かどうかは別としても、地元の人たちが、地元のよさを見直し、「そば切り発祥の地」としてブランド化しようとしているんだ。
面白い試みだと思う。

「かんだた」も「かんだた発祥の地」という石碑でも、店の入り口に建てて置こうかな。
そう、三百年後の人たちが、「かんだた」というそば屋はどこにあったのかって迷わないようにね。

それより、今の人たちに迷わせないようにしたら。
ただでさえ分かりにくい場所にあるのだから。まったく。

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2007年1月22日 (月)

丹沢の鹿のために。

今日お客さまから聞いた話。
なんでも、鹿がそばを食べるのだそうだ。

へえ〜、鹿がそばを、ズズッと食べるんだ。
いきな鹿がいたもんだね。
と思ったら、違うお話。

そのお客さまは、東京近郊にすんでいらっしゃるのだが、
知り合いの紹介で、丹沢の山の近くに、畑を借りたそうだ。
おお、懐かしき丹沢の山々。
私も若い頃、よくこの山の中を歩き回ったなあ。

手間がかからなくて、育てるのが楽な作物といえば、そば。
これは自給自足の生活への第一歩ということになるぞと、
そばを蒔いたそうだ。
順調に育って、やがて、白い花が一面に咲いた。
その白い花が、やがてあの、黒いそばの粒になるのだな、
と収穫を楽しみにしていた。ところが、、、、。

そろそろ収穫と思って畑に行ったら、
な、なんと、なに者かに荒らされた後が。
せっかくのそばは、みな食べられて、残っていたのはほんの数粒。
だっ、誰だ、そばの実をみんな喰ってしまった奴は。

その正体は、近頃丹沢では数が多くなり過ぎて問題になっている、
鹿。

その人は、丹沢の鹿のために、
そばを育てたのかと落胆したが、
来年は、鹿よけのネットを張って、再び挑戦するとのこと。

私のいる長野の北部では、鹿はいないので、そんな話を聞かなかったが、鹿のいる地域では、けっこう畑のそばが食べられてしまう被害があるようだ。
鹿が、そばを食べるなんて、知らなかった。
そばは固い殻に包まれているので、あまり小鳥は食べないという話は聞いたが、まさか鹿が食べるとはね。

地域によって、そばを栽培する苦労があるんだね。

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2007年1月15日 (月)

3万3千トンは何人前の蕎麦?

 農水省のホームページで、昨年の蕎麦の収穫量の資料が公開されている。
 御覧になりたい方はこちらへ

 昨年の収穫量は3万3千トンと、最近では最高の収穫量となった。
 やっぱり、豊作だったのだね。
 このことについては、メールマガジンの「かんだたかんだ、そばかんだ、そば屋の楽しみ方」の最新号に書いてみた。こちらもどうぞ。

 蕎麦の栽培面積が、多少は増えているが、蕎麦の最大の産地、北海道ではやや減っている。
 これは、世界的に不足が心配されている、大豆への転作をした農家があったためだ。
 どうしても、蕎麦だけでは、主力の作物になりえないので、そういう市場の流れにも、蕎麦の収穫量は影響されるんだね。

 データーを見ていて気が付くのは、蕎麦の栽培面積は広いのに、収穫量のすくない県がいくつかある。
 10アールあたりの収穫量が、ある県では、28キロしかないのに、いくつかの県では100キロを超えている。
 あれ、こんなに開きがあるものなのだろうか。

 きっと、蕎麦にたいしての、取り組みの違いなんだろうな。
 などと、勝手に深読みしているけれど。

 それでも蕎麦の国産自給率は、やっと20パーセントをこえたところ。
 まだまだ、国産の蕎麦が増えてくれるといい。

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2006年12月 8日 (金)

人間の物忘れは何を育てる。

 ドングリころころどんぐりこ〜。
 この歌のように、山のドングリは木から落ちると、ころころと山の斜面を転がっていく。でも、ずっと落ちていくわけではない。ちょっと平らなところにくると、丸く回って止まるようになっている。ちゃんと、そういう形をしているのだね。

 植物というのは自分では動けない。
 だから、自分の子孫をもっと遠くに広げるために、様々な工夫がされているんだね。
 このドングリのように、坂を転がって移動するものがある。
 タンポポのように、風に飛ばされて移っていくものもある。
 果物のように、鳥によって運ばれる植物もある。

 みんなそんな工夫をして、仲間を広げようとしているのに、まったく蕎麦の奴らと来たら、そんな工夫の一かけらもないんだ。

Sobanomi  蕎麦の実は御覧のような三角錐をしている。
 これでは、急な山の斜面でも転がっていくこともない。
 風にのって飛んでいくこともない。
 固い外皮があるので鳥も突かない。

 ただ、ぽとりと、下に落ちるだけなのだ。

 そうして、同じ場所でまた来年生えてくる。ただ、仲間同士で競争しているだけだ。
 自然界の蕎麦という植物は、いったいどうやって自分の領土を広げようとしているのだろうか。

 ドングリの木は、実が転がっていくだけだから、自分より低いところにしか、子孫を残せないのかと思ったら、ちゃんと優れた助っ人がいる。
 山のリスは、秋になると、せっせとドングリを集めて、冬に備えるのだそうだ。ところが、リスは何か所かに隠した場所を忘れてしまうことが多い。だから、リスに運ばれたどんぐりは、その場所で芽を出すことができるのだ。
 リスの物忘れが、森を育てているんだね。
 人間の物忘れだって、なにかを育てているのかもしれないぞ。

 それにしても、蕎麦。
 お前達はどうやって世界を広げているんだい。
 なに、人間という助っ人がいるからいいんだって。
 本当かな。

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2006年11月27日 (月)

乾麺は蕎麦粉の割合の多いものを、とも書いてある。

 お客さまが、新聞にこんな記事が出ていたよ、と言って、そのコピーを持ってきていただいた。

 へえ、けっこう硬めの新聞なのに、蕎麦の栄養成分について書かれてあった。なるほど、新聞記事らしく、簡潔に要領よくまとめてある。

 蕎麦には白米に不足しているビタミンB1が含まれている。
 白米ばかり食べると脚気(かっけ)になるが、蕎麦をよく食べる人にはそうならない。これは、江戸時代からすでに注目されていたそうだ。
 白米は胚芽を落としてしまうが、蕎麦は胚芽が中にあるから、そのまま挽いてしまうため、ビタミンB1が残るのだそうだ。

 ちゃんと、蕎麦の実の断面図までのっている。
 蕎麦の実は三角形をしているが、その真ん中に渦を巻いたような胚芽があるのだ。

 蕎麦のたんぱく質は、植物繊維のように働いて、便秘の解消に役立つとか、コレステロール値の低下作用があるとか、生活習慣病予防になるとか、ミネラルが多いとか、体にいいことづくめのことが書いてある。
 こう言う記事が、新聞にとりあげられて、多くの人の目に触れることはいいことだと思う。

 でもね、体にいいからって、無理をして始めたことって、長続きがしないんだよね。
 次々と出てくるトレーニング機器を買い求めては、洗濯物の干場になっているお母さん。ジョギングを始めたけれど、足が痛くなって、一日でやめてしまったお父さん。酒の量を明日から減らすぞ、だから飲み納めだ、と言いながら、結局余分に飲んでいる飲ん兵衛さん。

 蕎麦も、ポリフェノールだ、抗酸化作用だ、ビタミンB1だなどと難しく考えずに、気楽に食べていただくのが、一番だと思うけれどね。

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2006年11月11日 (土)

蕎麦を食べるのは日本人ばかりではない。

 蕎麦は日本の伝統食だ。
 ほかの国では、蕎麦を食べるところなどそんなにないだろう。
 蕎麦をこんなに食べるのは、日本の国だけだ。

 そう威張っていたら、向こうの方で手が挙がる。
 「意義あり〜。私の国だって、蕎麦が伝統食です。」

 ええ、なんだって。
 お前はどこのものだ。
 「はい、スロべニアです。」

 えっ、スロべニア。
 慌てて世界地図を引っ張り出す私。ああ、こんなところにあった。
 イタリアからアドリア海沿いに東へいった最初の国。
 旧ユーゴスラビア連邦に組み込まれていた、面積で言えば四国と同じぐらい,人口は200万ほどの、つまり長野県と同じぐらいの人口の国だ。
 ちょっと、古い資料だけれど、人口一人当たりの蕎麦の生産量は、日本の十倍だって。
 へえ、そんなに蕎麦が食べられているのだ。

 といっても、スロベニアの人たちが、ズズッとそばを手繰るわけではない。
 パンやお菓子にしたり、ソバガキのようなものを作って食べるのだ。調べてみれば、日本の蕎麦の食べ方より、遥かに豊富な料理方法がありそうだ。スパゲッティにちょっと混ぜるだけかと思ったら、違うんだね。
 蕎麦の栽培などは、きちんと管理されており、品質の良い蕎麦粒、蕎麦粉が流通しているらしい。

 スロべニアで、なぜ蕎麦の栽培が広まったかというと、この話が面白い。
 時代は16世紀から17世紀、スロバニアはオーストリアの王様の統治下にあった。農民たちは、厳しい税の取り立てに苦しめられていた。
 さて、そこへ誰かが蕎麦の種を持ち込んだ。蕎麦は成長が早いので麦の収穫の後に育てることが出来る。しかも、新しい作物だから、租税の対象にならなかったのだ。
 農民たちはこぞって蕎麦を作り、その食べ方を工夫した。それが今日の伝統となったのだ。

 16世紀から17世紀と言えば、日本でも蕎麦切りが広まった時代。日本だって蕎麦は租税の対象外だった。
 食べ物の文化は、貧しい庶民たちが切り開いていくものなのだね。

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2006年10月30日 (月)

ポジティブリスト制

 今年の新蕎麦は、お客さまにも好評。はっきりとした香りと食感を感じることが出来る。

 蕎麦の到着が遅くなったのは、ちょっとした農業制度の変更も関係しているらしい。
 蕎麦に限らず、農作物は「残留農薬」の検査を受けるのだが、この春から、この制度が変わった。

 今度の制度は「ポジティブリスト制」という。

 なんだそれ。日本語で名付ければいいのに、どうしてやたらカタカナ名を付けたがるのかな。そうか、お役人は、きっと、漢字を書くのが嫌いなのだ。もしかして、書けなかったりして。
 はい、「じゅたくしゅうわい」と書けますか。

 日本語で言えば「積極的評価法」とでも言うのだろうか。それとも「革新的残留農薬検査基準」とでも言うか。
 つまり、いままでは、残留してはいけない農薬を表にしてあったが、今後はいっさい農薬が残ってはいけないことになる。逆に、いくつかの農薬については、多少の残留は認めましょうと言うことだ。

 いままでは全ての農薬に付いて検査していたが、農薬の管理を徹底して、残留する恐れのあるものだけを調べるようにしたらしい。輸入品も含め、農薬の種類が増え、検査が煩雑になったからだね。

 蕎麦はほとんど農薬を使わないで栽培される。
 だったら、残留農薬なんか、関係ないではないかと思うがそうもいかない。

 前作の作物で農薬を使えば、それが土の中に残っているかもしれない。
 隣の畑で消毒をすれば、多少は蕎麦の方にも舞っていくかもしれない。
 だからやっぱり、きちんとした検査をしなくてはならないのだ。

 制度は今年から変わったばかり。生産現場では、多少の混乱があるらしい。
 なにげなく食べている野菜だけれど、こうして厳しく安全が守られているのだね。

 でも、寄ってくる虫を、一瞬で殺してしまうような薬や、殺菌剤を与えなければ育たないような野菜を作って、また、膨大な手間をかけて検査する。
 よくわからないが、どこかが、何かが、間違っているのではないかな。そんなことはないのだろうか。

 「受託収賄」です。お役人の皆様。

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2006年10月27日 (金)

生意気な高校生。

 水回しをして、そば粉をまとめる時、手のひらに感じる、ふわっとした感触。
 ぐっと押さえつけると、向こうも、負けるものかと押し返してくる。

 ああ、これが、新蕎麦の感触なのだな。

 まるで生意気な高校生の坊主。
 ちょっとばかり、世の中のことを知ったからって、まるで自分の天下を盗ったような不遜な態度。
 なにかを言えば、その十倍ぐらいの言葉が返ってきそうだ。
 そしてなにより、周りに青臭い匂いをぷんぷんと振りまいている。

 やっと届いた「北海道産」の新蕎麦。
 待っていたかいがあって、いい蕎麦になっている。
 今年の北海道産も、順調な収量。今のところ、長野県産も順調に育っているようだ。う〜ん、これはいいぞ。

 新そばは、香りもいいが、食感も違う。
 茹で上がりが、プチっと、ふわっとしている。
 この喉越しが、この季節を待つことの醍醐味だね。

 いまは生意気な高校生ぐらいだが、しばらくすると、もっと落ち着いて、人生の味が出るように、甘味も付いてくる。
 蕎麦もそうやって、成長するんだね。そう言って勝手に育てているが。

 それなりに季節の変化を楽しみたいものだ。
 くれぐれも「ひねたオジさん」や「かしましオバさん」にはなってもらいたくないけれど。
 えっ、あなたのことではないですよ。

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2006年10月22日 (日)

麻薬の代わりに蕎麦を。

 ミャンマー、タイ、ラオスの国々の山岳地帯は、ゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)と呼ばれている。
 えっ、金が採れるのかって?
 いやいや、ここで栽培されているのは、ただの草。でも、ここでの特産品を、特に欲しがっている人たちがいるようだ。
 まさか、日本にはいないよね、そんな人は。

 この山岳地帯に住む人たちは、貧しさに追われ、そのためにかっての植民地としての支配国であるイギリスの置きみやげ、ケシを栽培するようになった。
 そう、麻薬(あへん)のもととなる草だね。

 でも、数年前から、ミャンマーの山岳地帯では、少しづつではあるが、ケシの代わりに蕎麦を栽培するようになった。
 これは日本政府の援助を受けたもので、日本の民間団体が、現地での栽培指導をしているとのことだ。

 麻薬の代わりに蕎麦を植えよう。
 そういう取り組みが行われているんだね。

 まだ、ほんの僅かではあるけれど、ミャンマー産の蕎麦が日本に輸入されている。へえ、そうだったんだ。
 今、日本の輸入のほとんどを占める中国産のそば粉の価格が上がっているところだ。ひょっとしたらミャンマー産の蕎麦が注目を浴びるかもしれない。

 蕎麦は、日本では多くの人を飢えから救ってきた実績がある。
 これが、ミャンマーで、農民たちの救いになり、世界から麻薬を撲滅するための手段となればいいと思う。

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2006年10月21日 (土)

戸隠蕎麦は「ぼっちもり」

 「手打ちそば屋かんだた」で出している蕎麦は、いわゆる江戸打ちというもので、細く軽いそば。そして、せいろにバラッと広げて盛るのが普通だ。

 長野の戸隠には、また違った蕎麦の伝統がある。
 面白いのは、その蕎麦の盛り付け方だ。
 茹で上がった蕎麦を、冷水に放った後、水を切らずに、蕎麦を一口ずつまとめて、ザルに盛る。いわゆる「ぼっちもり」という盛り方だ。
 これが戸隠蕎麦の、見た目での特色と言える。

 ちょっと試しに、「かんだた」の蕎麦で、この「ぼっちもり」をやってみた。

Bochimori1 水に放った蕎麦を、人さし指で引っ掛けてすくいあげる。
 それを折るようにして、ザルの中央に置く。
 それを繰り返して、ザルに盛っていく。
 五つの塊に分けて盛るのが基本なのだそうだ。

 昔、戸隠の人に蕎麦打ちを教わった時にも、やったような気がするが、ちょっと記憶があやふや。
 これだと短く切れたような蕎麦は指に引っ掛からないので、水の中に残ってしまう。慣れればけっこう手早く出来るかもしれない。

Bochimori2 一応それらしくなったけれど、細い蕎麦では、こういう盛り方をしても迫力がなさそうだ。
 やはり、水切りをしていないので、水が垂れるし、麺が横のなっているので、いつまで経っても水が切れない。

 やはり、この盛り方は、戸隠の荒々しい感じの蕎麦に合っている。
 蕎麦によって、それなりに盛り方も工夫されているんだね。


 

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2006年10月20日 (金)

蕎麦なんか、見たくもない。

 前に居酒屋をやっていた時に、あるお客さんが言う。

 「蕎麦なんか嫌いだ。見たくもない。」

 私より少し上の世代の方。若い時から苦労をされて、今では小さな会社の社長さん。なかなか、精力的な感じの方だ。

 「子供の頃に、蕎麦をさんざん喰わされた。だから、もうたくさんだね。」

 そう言って、聞かせてもらった蕎麦の話。
 なるほど、人にはそれぞれに体験があって、そういうことがズッと心に残るのだね。

 その社長さんの育った家は、山の中にあった。どの家も同じように貧しく、そして食べ物が少なかった。
 食事と言えば、畑の野菜ばかり。秋に採れる、柿やサツマイモが子供たちの楽しみだった。

 当時の子供たちは、家のためによく働かされた。
 学校から帰ると、桑の葉摘みに行かされたそうだ。家にいる「おかいこ様」に食べさせるためだ。急な山の斜面にある桑畑を、カゴを背負って、何度か往復をする。ちょっとでもサボると親父さんに叩かれたという。
 家に戻っても、まき割りや風呂のたき付けなどをやらされた。
 そして、夕食は、蕎麦の粉を湯で練って、葉っぱばかりの浮いたみそ汁に入れたものだったという。ときには、長い蕎麦に打って、やはり、みそ汁にとうじて食べたのだ。
 山の中では、わずかな米しか採れなかったから、蕎麦が大切な主食だったんだ。

 その社長さんは、子供の頃、「白いご飯を腹一杯食べたい。」そう思いながら、みそ汁に沈んだ蕎麦を食べていたそうだ。

 たかだか50年ぐらい前のお話し。その頃の山の中の人たちは、文字どおり、食べるための厳しい生活をしていたのだ。
 今の時代からは、想像できないけれどね。

 子供の頃の辛い思い出が、その方を蕎麦から遠ざけている。
 そういう経験が努力を生んで、立派な会社を率て行くことができるのだろう。

 山の中で育った年配の方の蕎麦に対する思いには、複雑な「気持ち」があるのかもしれない。

 「蕎麦の自慢はお里が知れる」

 この江戸時代のことわざの様に、蕎麦と言うのは貧しさの象徴でもあったんだ。だから、この時代になっても、素直に蕎麦を食べられない、わだかまりのある人も、このようにいるのだ。

 でも、そういう人も、きっといつかは蕎麦を食べてみるに違いない。
 そういう時に、
 「あれ、蕎麦ってこんなにおいしいものなのだったんだ。」
 そう思わせられるような蕎麦を作らなければ。


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2006年10月17日 (火)

そば粉が入っていなければ「そば」と呼べない。

 本日10月17日は、「沖縄そばの日」だそうだ。

 沖縄そばは、小麦粉から作られる、うどんとラーメンの中間ぐらいの麺。それを独特のスープで食べる。
 古くからの伝統食で、沖縄では広く親しまれているらしい。

 さて、沖縄が日本に返還された時、日本のお役人が、この沖縄そばに、いちゃもんをつけた。
 「そば粉が入っていないのに、『そば』を名のるとはけしからん。『そば』と言うのであれば、そば粉を30パーセント以上入れろ。」

 驚いたのは、沖縄そばで長年商売をやってきたおっちゃん達。
 今さら親しんだ「そば」の名を、急に「うどん」にしろ「ラーメン」にしろと言われても、ピンと来るものではない。
 それで、気長な説得の末、ついに「本場 沖縄そば」の名前の使用を認めさせたのだそうだ。それが28年前の今日のことなんだね。

 そば粉が入っていなくても、長くて細い麺のことを「そば」と呼んできたのだけれど、お役所の見解は違うらしい。
 「そば」と表示するには、そば粉が3割以上入っていなければいけないのだ。

 でも、巷に溢れている「中華そば」なんてどうなの。
 誰も「中華そば」と聞いて、そば粉が入っているなんて思わない。
 でもこういうのも、そば粉が入っていないから、お役所的には使用禁止のはずだけど。

 「焼そば」なんか、「中華麺焼き」「焼きラーメン」にしなければいけないし、「そばめし」はどうなるのだろう。

 

世の中のすべての「中華そば」「焼そば」「そばめし」は、そば粉が30パーセント以上含まれていなければ、その名前を改めるべし。

 そんな通達が出るかもしれないな。締め付けの強い昨今だから。

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2006年10月13日 (金)

花でもてなす。

 長野の蕎麦の花も、いよいよ終わり近付き、収穫のタイミングを待つばかりとなったのだろうか。まだ早いだろうか。
 「かんだた農園」のそばの花は、今が盛り。

 

蕎麦はまだ花でもてなす山路哉  

 この芭蕉の句碑が長野にあるらしい。
 へえー、どこだろう。
 芭蕉は長野に来たのだろうか。

 と思って調べてみたら、この句は今の三重県の伊賀に居た芭蕉を、弟子がはるばる訪ねて来た時に詠まれたもの。
 せっかく来てもらった山家には、何もない。せめて、蕎麦でも食べさせたいと思うが、今は、花が咲いているだけ。せめて、花でも見て楽しんでほしい。
 
 私の勝手な解釈だけれど、こんな感じなのかな。違うかもしれないが。

 長野のどこかの蕎麦畑の近くに、確かにこんな句が似合うのかもしれない。

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2006年10月12日 (木)

花は赤いが実は何色?

Akasoba_1 店の入り口の、赤蕎麦の花が今、盛んに咲いている。

 さて、この赤蕎麦の実、果たして何色をしていると思いますか。

  1、黒い鞘の中に、薄いピンク色の実
  2、普通の蕎麦と同じで黒い鞘の中に、白っぽい色の実
  3、赤い鞘の中に、薄いピンク色の実

  今年はけっこう赤くはなったが、まだよく赤みが出ていない気がする。気候のせいなのだろうか。
 話しに聞けば、ヒマラヤやネパールの方では、まるで赤いじゅうたんを敷き詰めたように、蕎麦の花が咲くという。
 寒さに当たった方が、花の赤さが増すらしい。
 だから今年は去年より遅めに種を蒔いたのだが、9月が気温が高かったので、結果としては同じようになってしまった。

 さて、この蕎麦からできる実は、薄いピンク色をしていて、その粉で蕎麦を作ると、ピンク色の蕎麦ができる、、、、、といいのだけれど。
 残念ながら正解は2番。普通の蕎麦と変わらないのだ。

 収穫量は、白い花の蕎麦より劣るので、もっぱら観賞用ということらしい。蕎麦の実が落ちにくいので、冬を越えて収穫することができるという話を聞いたことがある。どうなのだろう。

 長野県でも南部の方で、この赤い花の蕎麦を食べさせてくれるところがあるみたいだ。味のほうはどうだろうか。

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2006年10月 6日 (金)

「おとうと」は古い映画

 市川崑監督の映画、「おとうと」に出てきた田中絹代は、小説家の一家に後妻としてやってくる。彼女としては珍しい、あくの強い女性を演じている。
 その家には、十代後半の姉弟がいる。この二人が、なかなか新しい母になじめない。特に弟は、次第に心が荒れていく。その弟を気遣う優しい姉。しかし、弟は病に犯されていた。

 もう、大分前に見た映画なので、よく覚えていないけれど、たしか、そんな筋だった気がする。
 えっ、もう45年も前の映画なの。
 私はたしか、どこかの名画座で見たような気がする。あのころはビデオなんてなかったからね。
 姉役の岸恵子がとてもよかったことを覚えている。

 実は、先日お客さまに蕎麦がきの作り方を教えてほしいと言われた。
 それで急にこの映画のことを思い出したのだ。

 田中絹代が、家族のことを顧みない小説家の夫に、愚痴っぽく話す。
 誰々に何かをあげたのだが、お礼にそば粉を貰った。せっかくいいものをあげたのに、そば粉じゃ合わないわ、、、みたいなことだったと思う。
 そして、お椀に入れた粉に、火鉢にかかっていた鉄瓶から湯を注ぎ、蕎麦がきを作って食べはじめるのだった。

 なにか、この家族の雰囲気をよく表しているような場面だった。
 そして、ああ、昔はどこの家にも火鉢があって、鉄瓶がかかっていて、ああいう風に簡単に蕎麦がきができたのだ、と感心してみていたのだ。
 だから、他の場面はよく覚えていないのだけれど、ここだけが頭に残った。

 不思議なことに、いまだに、蕎麦がきというと、田中絹代がお椀をかき混ぜている光景が浮かんでくるのだ。
 古い映画だけれど、もう一度見てみたいものだ。

 蕎麦がきは、そば粉に熱湯を注ぐだけの、簡単な料理。
 私もそば粉の味を確かめる時に作ったりする。
 でも、かき回すのがけっこう大変なのだよね。

 お客さんにお教えしたのは、別の方法。
 そば粉を、ダマにならないようにぬるま湯で溶き、鍋で加熱するのだ。
 この方が、蕎麦がふわっとなるので、かき混ぜるのが楽だ。

 弟役は、確か川口浩だった気がした。ちゃんとした役者だったんだね。






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2006年9月30日 (土)

信州では、そばはうめえが、つゆが頂けねえ。

 落語の「そば清」(そば羽織ともいう)は、よくよく考えると恐い話だ。
 まあ、おもしろおかしく語られるから、そんな風に感じないけれど。

 そば好きな清兵衛は、行きつけのそば屋で、いくつそば食べられるか、賭けをしては、小遣い稼ぎをしていた。
 信州に旅した清兵衛は、狩人が大蛇に飲み込まれるところを目撃する。腹が膨れた蛇は、近くの草をぺろぺろと舐める。
 すると、膨れていた蛇の腹が、すーと凹んだのだった。
 これを見た清兵衛は、これは消化を助ける薬だと思って、その草を持って帰る。実はその草は蛇含草という、人間の体を溶かす薬だったのだが。

 さて、また、食べ比べの時、いよいよ、苦しくなった清兵衛は、向こうの部屋に行って、隠し持っていた草をぺろりと舐める。
 いつまで経っても戻ってこない清兵衛に、心配した皆がふすまを開けてみると、
そこには、そばが羽織を着て座っていた。

 「そば清」とは、ざっとまあ、こんな話。
 これが、関西へ行くと、「そば」ではなく「餅」に話が変わるらしい。

 そうか、信州には、人を溶かす威力のある草があるのだ。今度探してみようっと。
 何に使うかって。もちろん、、、、、。

 この話の中に、
 「信州では、そばはうめえが、つゆが頂けねえ。」
 という台詞がある。
 これが今でも、信州のそばの通し言葉として語られているようだ。
 まあ、言えてる。

 おいおい、自分で納得してどうするの。
 でも、やっぱり「信州のつゆは、、、。」
 いやいや、ちゃんとしたところもある。でも、そうでないところの方が多いかな。
 昔から話、痛いところを突いているなあ。


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2006年9月28日 (木)

そば畑の匂いはどう。

 新聞によると、ドリアンの匂いで、ガス会社が迷惑をしているそうだ。
 ドリアンを食べたかすの匂いが強烈で、近所の人がガス漏れと思い、ガス会社に通報することが、何回かあったという。
 う〜ん、恐るべきドリアンの匂い。
 どんな匂いなのだろう。

 我が家の庭のキンモクセイの花が咲いて、甘い匂いを漂わせている。
 こういう匂いなら、あまり苦にはならない。
 (中には私以上のへそ曲がりがいて、こんな匂いは嫌だ、というかもしれない。)

 でも、そばの匂いはどうなのだろうか。
 白い花が一面に咲くそば畑。見た目にはとてもきれいだ。
 でも、畑の中に入ると、ちょっと、独特の匂いがする。
 えっ、やっぱり甘い匂いだろうって。
 できればそうあってほしいのだけれど、え〜、この匂いは、、、。

 その匂いが、果たして「いい匂い」といえるのか。少なくとも私にはそういえません。
 まあ、私は『へそ曲がり」ですから、へその曲がっていない皆さんならば、「いい匂い」に感じることができるかもしれない、、、、、と思う、、、、もしかしたらね。
 まあ、機会があったらお試しを。

 でも、この匂いに誘われて、虫たちが集まり、そばは実をつけることができるのだ。
 つまり、飛んでくる虫の好きな「匂い」ということなのだ。
 そばは、懸命に匂いを発して、虫をおびき寄せているんだ。
 だから、人間の都合で、「いい匂い」だ「悪い匂い」だなんて、言っちゃいけないよね。


 

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2006年9月26日 (火)

新そばが出れば、旧そばはどうなるのだろう。

 そば粉屋さんの話では、北海道の今年のそばの収穫は、ほぼ順調だそうだ。
 八月から九月始めの長雨で、少し収穫が遅れはしたが、まあ、問題はなさそうだ。

 

長野の町でも、もう、すでに新そばの看板を掲げているところもある。
 うちは、まあ急ぐまい。
 うまく乾燥された、質のいいそばが届くまで待とう。

 一方、長野県内のそばは、今が花盛り。
 最近は、あいた土地でそばを作るところが増えているので、ちょっと山沿いを車で走ってみると、すぐにそばの畑を見つけることができる。
 ただ、心配なのは、育ち過ぎていることだという。今年はお盆を過ぎても高温が続き、そばの成長が早かったのだ。あまり育ち過ぎれば、倒れやすくなったり、実が入らなかったりするらしい。
 ちょっと、気になるところ。

 店にそばの花を飾っておくと、「おっ、そばの花だね。」と気付く人が、けっこういらっしゃる。そばの花の「認知度」も上がったなと思うところだ。

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2006年9月17日 (日)

そばの花は、やっぱり秋。

Sobanohana 夏に鉢に蒔いた蕎麦が、花を付けはじめた。

 私の店では、春から夏にかけても、そばの花を咲かせているが、やはり、今の季節に咲く花が、いちばんきれいだ。
 すっと立つ、楚々とした、白い花だ。

 今どき、楚々(そそ)とした人に出会うことはなくなってしまった。
 清らかで美しい女性を指す言葉らしいが、まさに、その言葉の似合う花だ。
 街中で、まぶしいような輝輝(きき)とした女性たちを見かけるが、よく見ると奇奇としていたりする。おしゃべりの止まらない、霏々(ひひ)とした人たちも、よく見かける。しかし、楚々とした人は、、、、う〜ん。
 何かいわれそうなのでやめておこう。

Sonanohana2 古川柳にいわく。

 ・長くなるものとは見えぬそばの花

 そりゃそうだ。


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2006年9月 1日 (金)

北海道は雨模様。

 長野はやっと今日の昼間、久しぶりの雨が降った。

 人間なんか勝手のものだ。
 この七月のように、雨が連日の様に降れば降ったで文句を言うし、八月はずっと降らずにいたら、畑が乾いてしまったので雨が降ればいいという。
 野菜は野菜で、それなりに対応して生きているのに、茄子の育ちが悪い、菜っ葉の芽が出ないと、文句ばかり言っている。
 自分の都合ばかり考えて、まったく勝手なものだ、、、、って、私のことか。

 粉屋さんの話では、北海道では、もう蕎麦の実の収穫が始まっているそうだ。
 ところが、このところ、産地である旭川周辺は、雨ばかり降っている。収穫が遅れがちになっているのだ。
 一昨年のように台風が来ることはなかったが、ここへ来ての長雨は、ちょっと収穫に響くかもしれないと、心配しているそうだ。

 こういう天候ばかりは、思う通りにならない。
 世の中は、天気や気候に関係なく動いているようにみえるけれど、暮らしのレベルでみれば、けっこうそう言うものに左右されているんだね。
 おいしい蕎麦が採れるかどうか、それもお天気次第。でも、その前に「人事」を尽くしてくれる人たちがいるからこそ、埋め合わせができるんだ。

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2006年8月22日 (火)

根の発達しない蕎麦。

 長野地方では、もう蕎麦の種の植え付けが済んでいることだろう。関東地方の平野部では、これからのところもあることと思う。
 だいたい初霜の降りる三か月前がいいとされているが、品種や地勢などによっても違い、各地域で標準的な蒔き時が決められているのではないかと思う。

 「手打ちそば屋 かんだた」の入り口には、七月の半ば頃蒔いた蕎麦の鉢が置いてあるが、ひょろひょろと伸びて頼りがいがない。
 強い雨でも降れば、すぐにパタリと倒れてしまう。
 やはり季節外れに植えたからいけないのか。

 でも、毎年畑で少しだけ蒔く蕎麦だって同じだ。ククッと勢い良く伸びたかと思うと、ばたんと地面に倒れてしまう。その先から、新芽が伸びていくたくましさはあるけれど、もう少し根がしっかりとならないのか。

 う〜ん、根が発達しないのは、この植物の特徴かもしれない。
 五六十センチになった蕎麦の茎を引っ張ってみれば、簡単に根っこが抜けてしまう。隣の雑草を引き抜こうとしたら、その五倍ぐらいの力が必要なのにね。

 つまり、蕎麦という植物は、日の当たる葉っぱや茎や花の方ばかり育てていて、根っこの方は置き去りなのだ。土台の無い高層ビルのようなもの。いつ倒れても不思議ではない。
 だから、風や強い雨に弱いのだ。そして、年によって出来不出来の差が大きくなってしまう。

 こんな根の張らないような材料を使って、商売しているから、「そば屋」もなかなか根が張らないんだな。
 う〜ん、なっとく、なっとく。

 

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2006年8月21日 (月)

噛めよ、噛め噛め。

 最近は、固いものを噛むことが少なくなっている。

 固くて塩っぱい沢庵を、ポリポリと食べることもないし、目刺を頭からかじって、骨を噛み砕くこともない。かちかちに干したスルメを焙って食べることもないし、木の実の殻を、歯でこじ開けることもない。

 食べ物が、柔らかいものが多くなっているのだ。
 コンビニで売られている食べ物のように、ふわっとマシュマロ的なものを、口にすることが多くなっているのだ。

 現代人のあごは退化しているという。
 このままでは、数十年後のの日本人の顔は、みな、逆三角形になるという。
 子供の時に見た、宇宙人を描いた挿絵みたいだ。

 あまり噛まないことは、体には負担になっているという。とくに消化器系への負担が大きいらしい。

 だから、我々は、日頃から意識して多く噛むようにした方がいいらしい。

 よく噛めば、口の中の衛生になるし、胃に優しくなる。噛むことで脳に刺激を与え、働きが活発になるという人もいる。
 先日のテレビ番組でも紹介されていたが、ご飯であれば三〇回ぐらいは噛んだ方がいいという。
 また、よく噛んで食事をする人の方が、肥満になりにくいという説もあるらしい。

 そう、食事の時によく噛むことが、健康を保つ秘けつなのです。
 そうして、意識して良く噛む習慣を身につけた方々もいらっしゃるようだ。

 でもね、、、。

 確かに噛んだ方が、いいのかもしれないけれど、、、。

 う〜ん。

 あの〜、、、、。

 そば屋では、あまり噛まなくとも、、、

 いいんじゃないかな。

 え〜、、、。

 私のそばは、そんなに固いのかな、、、。


 ええい、そばぐれえ、噛まずに食え。
 べらんめえ。

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2006年8月12日 (土)

ヘテロスタイリー(実写編)

 昨日のそばの花には、長い雌しべを持つものと、短い雌しべを持つものがあるという話。さっそく、玄関先で咲いているそばの花で実証してみよう。

 と、虫眼鏡を持って行ったのだけれど、何分にもそばの花は小さい。いくら虫眼鏡で見ても、よくわからないのだ。
 虫眼鏡以前に、こちらの目が怪しい。じっと見つめれば見つめるほど、花の姿がぼやけてしまうのだ。
 これはもっと強力な拡大鏡が必要だ。

 カメラで撮って拡大すれば、なんとか分かるかと思ったけれど、意外と小さなものを撮るのは難しい。
P1010008 それでも、この花は、雄しべが長く、雌しべが短いのが分かる。


P1010009_1 この真ん中にある花は、雄しべの上に、雌しべが飛び出しているようにみえる。

 つまり、上の花と下の花同士であれば、実がつけることができるのだ。でも、その間数十センチ、僅か三ミリぐらいのそばの花が、いくらすてきなラブソングを歌ったところで、もう一つの花が飛んでくるわけでもない。
 こうしてみると、そばが実をつけるということは、結構大変なことなのだね。

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2006年8月11日 (金)

ヘテロスタイリー

 鉢に撒いたそばの花が咲きはじめた。長野では、そろそろ栽培用のそばを撒く季節だ。

 そばの花というのはややこしい。花は次から次へと咲いていくのだが、いっこうに実のできないときがある。
 なんでも、そばの花には、雌しべの長い花と、短い花があるのだそうだ。長い花の雌しべは、短い花の花粉を貰わないと受粉しない。同じように、雌しべの短い花は、長い花の花粉を貰わないと実ができない。
 つまり、一つの花では、受粉しないのだ。

 こういうスタイルを「ヘテロスタイリー」と呼ぶらしい。

 いくつかの植物でも見られるという。種の保存のために、自然界が考えたシステムの様だ。これがため、そばの品種改良などは、なかなか難しいようだ。

 そば畑を飛び交う小さな虫たち。彼等が花粉を運んでくれるから、この気難しいそばの花も実をつけてくれるのだ。

 人間にはいないよね。ヘテロスタイリーな人って。
 ん、それに近い性格の人は、うん、いるかもしれない。
 この時期、長野の人たちは、新潟の海へ遊びに行き、新潟の人たちが、千曲川に鮎釣りに来ている。これって、、、、。

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2006年8月10日 (木)

ダッタンそばのダッタンってなに。

 中学生ぐらいの女性のお客さまから、聞かれてしまった。
 「韃靼(ダッタン)そばって、シェイクスピアの真夏の夜の夢に出てくる台詞、『ダッタン人の矢よりも早く』のダッタン人と関係があるのですか。」

 ええっ、なんて格調の高い質問なのだ。シェイクスピアだって、真夏の夜の夢だって。
 う〜ん、答えに窮した私。

 恐るべき中学生。シェイクスピアを読むなんて。と思ったら、女の子の人気漫画「ガラスの仮面」で、この劇のことが出てくるのだって。それで「ダッタン人」という言葉を覚えていたらしい。

 調べてみると「ダッタン人」とは広くモンゴル人を指す言葉だったようだ。時に「タタール人」とも呼ばれ、トルコ系民族と混同されることがあるという。
 モンゴル人は遊牧民族だから、矢を射る技術も優れていたのだろう。エキゾチックな表現が好きだったシェイクスピアが、作品の中に取り入れたのもうなずける。

 ダッタンそばとは、そのモンゴルのあたりで栽培(あるいは自生か)されていたそばのこと。
 よし、これでシェイクスピアが来ても大丈夫だぞ。


 

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2006年8月 8日 (火)

せいろのサイズ

 せいろのことを調べていたら、長方形のせいろには、サイズが二種類ある。
 「六八せいろ」と「七五せいろ」だ。

 どちらが大きいかといえば「七五せいろ」で(七寸×五寸)、一方の「六八せいろ」は(六寸八分×四寸八分)。
 なんだ、たった二分(6ミリ)の違いじゃないか。

 それでも、そういう違いで規格になっているらしくて、オキス(すだれ)を頼む時なんぞ、このどちらかを間違えれば用はなさなくなる。
 ややっこしい、規格だ。きっと調べれば何かのいわれがあるのかもしれない。

 どこかで、古い時代のそば用のせいろを見かけたことがあったが、かなり小さいものだった。昔はもっと小盛りだったのだろうか。それとも、たまたまそうだったのか。

 近頃は、せいろを使わないのに「せいろそば」といって、出される店がある。
 先日いった東京の店もそうだった。ちょこんとしたざるの上に、そばが盛られていた。陶器の器に盛られた「せいろそば」もあるらしい。
 単なる「もり」では俗っぽくて物足りないのか。のりを載せる「ざる」との混用をさけるためか、「せいろそば」は本来の「せいる」から離れて、一人歩きをはじめたらしい。

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2006年7月22日 (土)

蕎麦の蛋白はどのくらい。

 腎臓を患っているお客様が見えた。その方は蕎麦好きなのだが、蕎麦は蛋白が多いので、あまり食べてはいけないと、医者に言われているらしい。
 「毎日、寒天でできた食べ物だよ。」とぼやいておられる。
 そして、たまにはこうして、蕎麦を食べに見えるのだ。

 その方から聞かれた。蕎麦の一食分は、どのくらいの蛋白があるのだと。何でも、その方の話では、一食につき10グラム以内の蛋白に押さえなくてはならないそうだ。

 そこで調べてみた。
 手打ちそば屋 かんだた のせいろ蕎麦の一人前は、生麺で120グラム。含まれているそば粉は約70グラムだ。ここでは約10グラム少々含まれている小麦粉を入れて、80グラムとしておこう。
 手元の資料では、そば粉は100グラムあたり12グラムの蛋白を含んでいるという。これは、全粒粉、つまり引きぐるみ粉での資料なので、内層粉を主に使う「かんだた」のそばは、もう少し少ないかもしれない。
 でも、そのままで計算してみると、蕎麦だけで8.8グラムの蛋白を含んでいる。
さらに、そば汁の分まで考えると、ぎりぎり10グラムか、それを少しオーバーするかもしれない。
 だから、そのお客さんにとっては、「かんだた」の蕎麦は、ぎりぎりの許容範囲なのかもしれない。
 量としてはこのくらいがちょうどいいとおっしゃっていた。量の多い蕎麦店では、蕎麦を残さなければならないので、それが苦痛だと言う。

 様々な事情のある方が増えて来た。こういう数値を、提供する側も把握しておく必要があるようだ。

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2006年7月20日 (木)

輸入のピークは5月と12月。

 この前の横浜税関の資料。蕎麦の月別の輸入量が載っている。
 それによると、輸入のピークは年に二回あり、年末と、5、6月となっている。その季節には、一番少ない月の(大抵8月)倍を超える取り扱い量があるのだ。

 輸入蕎麦は、主に加工業者の方々が使うことが多いので、乾麺にしろ、生麺にしろ、その後に消費の山を迎えることを意味している。
 う〜ん、ということは、年末の年越し蕎麦と、夏の暑い時期の需要なのか。夏に蕎麦という方も多いが、はっきり言って、お薦めできない夏の蕎麦。
 「土用のうなぎ」と同じで、本来の旬とは別のところで、イメージが先走りしているのかな。

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2006年7月17日 (月)

蕎麦の輸入は横ばい。

 店に来たお客さんがいう。
 「そばなんて、ほとんどが輸入品だろ。」
 確かに、その通り。でも、どのくらいの率で輸入されているのだろう。

 横浜税関の作った資料によると、ここ数年のそばの輸入量は、年間9万トンから10万トンの間で横ばい状態だという。九割近くが中国産。しかし、先日の話ではないが、値段が急騰しているので、多少の変化が現れることだろう。
 一方、国産の蕎麦の生産は増えていて、昨年は何十年かにぶりに3万トンをこえた。ということは、日本で使われる蕎麦の国産の割合は約25パーセントということになる。
 もっとも、輸入品は乾麺などの加工品に回されるので、蕎麦屋で食べるそばの国産の割合はもっと高いのかもしれない。

 そのお客さんのように、そばといえば輸入品というイメージが強い方が多いようだ。でも、うどんやラーメンの原料の小麦粉なども、輸入が多いのではないだろうか。どんな割合になっているのだろう。今度調べてみよう。

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2006年7月13日 (木)

台風の影響は。

 梅雨空が続いている。
 九州の方では、台風の影響で大雨が降ったらしい。この時期、毎年の様に雨による被害が出ているので、雨の多い地域の方々はたいへんだろう。

 これからは、台風の進路が気になる。そば屋としては、そばの産地に台風がいかないことを願うばかりだ。
 蕎麦の茎は折れやすく、台風などの強い風が吹くと、簡単に倒れてしまう。一昨年の夏、北海道に台風が襲い、収穫前の蕎麦が倒されて、国産の蕎麦が大減収となった。反面、昨年は台風の被害が少なく、三万トンをこえる豊作となったのだ。

 台風情報も、自分の住んでいる場所ではなく、まず、そういう産地の様子が心配になるのが、そば屋の勝手さだ。


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2006年7月 1日 (土)

そばの種の配布を開始。

 今日から7月。上を見れば梅雨空で、ジトッとした蒸し暑さが感じられる嫌な季節。
 さて、かってから考えていた、そばの種をお客様に配ってみることにした。いろいろと試してみれば、A8のビニール袋に、ほんの5mlづつ入れてみることにした。そばの育て方のプリントを作り、その中に入れた。

 そばをいろいろという人がいるけれど、けっこう「そば」という植物を知らない人が多い気がする。実をとることは難しいけれど、花を楽しんだり、あるいは新芽を食べていただいたりして、「そば」という植物を身近に感じてもらえたらうれしいのだが。

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2006年6月30日 (金)

モーツアルトとそばの怪しい関係

 今日の新聞に、日本酒を作る時に、モーツアルトの音楽を聴かせると、いい酒ができるという話が載っていた。いくつかの酒蔵で、こういう音楽が流されているらしい。
 この話、だいぶ前(十年以上)にも聞いたことがある。音楽の振動が、酒を造る菌に作用するらしい。今や、日本酒だけでなく、ワインやビールなどにも使われているという話だ。

 なるほど、音楽が食品に与える影響というものがあるらしい。本当かどうかは判らないが、話としては面白い。
 そんな流れの中で、トマトや茄子にも音楽を聞かせて育てるという試みもあると言う。使う音楽は、やっぱりモーツアルトがいいという。高音を中心として、あまり音の変化がないからだそうだ。

 そばにモーツアルトを聴かせながら育てたら、どうなるのだろう。少しはまろやかな匂いのそばができるのだろうか。
 モーツアルトを聞きながら打ったそばはどうだろうか。私の好きなジャズではだめなのか。ビル・エバンス風味のそばなどできないだろうか。
 そば汁も、熟成させるのに時間がかかる。その間に、身体が動きたくなるようなラテン系の音楽でもかけてみるか。

 怪しい話だけれど、試してみるのも楽しいかもしれない。

 でもね、、、。

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2006年6月18日 (日)

一人前のそばを作るには、何本の蕎麦が必要か。

 「手打ちそば屋 かんだた」にみえるお客様で、試しに蕎麦の栽培をしてみようと言う方がいる。いろいろと話しているうちに、こんなことを聞かれた。
Sobanohati  「この一人前のそばは、いったい何本くらいの蕎麦の株からできるのだろうか。」

 う〜ん、考えたことがなかったな。
 「かんだた」のそばの場合、一人前70グラムぐらいの蕎麦粉を使っている。生粉打ちにすれば80グラムだろう。
 蕎麦一株で百粒の蕎麦粒が採れたとする。信州産の小粒の玄蕎麦を100粒数えて量りに載せれば、やっと3グラム。
 この玄蕎麦から、外側の皮を取って、製粉率60パーセントとすれば、一株からはわずか1.8グラムのそば粉しか採れない。
 ということは、「かんだた」のそばを作るには、だいたい、40株ぐらいの蕎麦場必要ということになる。
 この写真にあるのはわずか4株。少なくともこの十倍の株が必要だ。

 でも、これは一株で百粒採れると計算した場合。果たして百粒も採れるだろうか。前に栽培した時に、ほんのわずかな収量にあぜんとしたことがある。
 蕎麦を育てるのは簡単だ、という人もいるけれど、収量を考えると、効率のいい作物ではないことは確かだ。

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2006年6月17日 (土)

中国産そば粉の値段

 市内の製麺屋さんの方が、たまに蕎麦を食べに「かんだた」にいらっしゃる。とても研究熱心な方だ。
 話によると、最近は乾麺があまり売れないのだそうだ。生麺タイプの方に人気があるらしい。それと、原料の高騰による値上げのため、乾麺への手が伸びにくくなったそうだ。
 昨年から中国産の玄蕎麦の価格が上昇しているという話は聞いている。やはりこういうところにも影響が出ているのだ。この価格の上昇は、決して不作とかではない人為的なものだ。
 そりゃそうだろう。今まで売っていた価格が国際的に見るとかなり低い水準にあると気づいてしまったのだ。今までが安すぎたのかもしれない。今後ともこの価格は上がり続けるだろうとその人は言う。

 今や輸入の蕎麦の大部分を占める中国産。かっての様にカナダ産がまた復活してくる可能性もある。
 でも、あまり大きな声では言えないが、中国産の蕎麦は捨てたものではない。前に試したことがあるが、ものにもよるが、へたな国産の蕎麦よりも、ずっと甘味が強い。大手の製粉会社が、中国に自家農園を持つのもうなずける。
 外国に原料を求めるのなら、それが、公正にその国の人たちを潤すような取引になってもらいたいものだ。

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2006年6月12日 (月)

そばの花

P1010006 お客さんが持ってきてくれた、鉢植えの蕎麦が花をつけた。
 まだ季節外れの花だけれど、観賞用にはいいのかもしれない。
 大きな葉の上に、ちょこんと咲いた花も、よく見ればかわいいものだ。

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