カテゴリー「そば粉の世界」の記事

2021年6月25日 (金)

石臼には、目がある。ならば、、、。

さて、江戸時代の終わり頃、
今から160年ほど前のこと、
江戸には4000軒近くのそば屋があったという。
当時の人口、およそ120万人と比べてみても、
かなりの数だろう。

まだ動力の無かった時代。
そばは、人間の力で粉にされていたらしい。
そば屋には、調理場の他に臼場という場所があり、
そこで、職人たちが一日中、臼を回していたという。
一つの臼で挽けるそば粉の量は知れているので、
一軒のそば屋だけでも、
何人もの人足を抱えていたことだろう。
とすると、随分の人数が、そば屋の営業に、
関わっていたことになる。

そのころの江戸では、
西部の中野にそばの問屋があったそうだ。
江戸に入るそばは、一度中野に集まり、
ここで、皮を剥かれたそばの実が、
江戸中に配られたという。

ここを流れる神田川を使って、
水車による製粉も盛んだったそうだ。
もっとも、水車は突き臼による製粉となるから、
そばにはあまり向かなかったらしい。

それにしても、手回しで、
そば粉を作る作業は、大変な労働だったことだろう。
明治になって、動力が普及すると、
一気に機械製粉が広まった。
効率の良いロール式製粉も行われるようになって、
石臼は次第に使われなくなってきた。
石臼を回していた職人たちも、
仕事を失ったに違いない。

そうして、役目を終えて捨てられた石臼を、
哀れに思った人もいる。
製粉の盛んだった中野にある、
宝泉寺には、その石臼を祀った、
「石臼塚」というものがあるそうだ。
食べ物を扱った道具が、見捨てられているのを見て、
心を痛めたご住職が、
昭和の初めに作られたのだそうだ。

一時は廃れた石臼製粉だが、
近年見直され、質の良いそば粉を作るために、
製粉工場でも、使われるようになった。
そば粉でも、量より、質を求められるようになってきたのだね。

よく、昔と同じように、小さな石臼で、
手で挽いたそば粉を使った方がうまい!
とおっしゃる方もいる。
そういう方法で、そばを作っている店もあり、
それはそれで、味わい深いものだ。
でも、それを、毎日食べろと言われると、
私は、ちょっと引いてしまう。

今は、製粉の技術が発達し、
昔より、はるかに質の良いそば粉が、
手に入るようになった、、と思う。
そばを挽くというと、
石臼ばかりが頭に浮かぶが、
実は、その前後にも、とても手間のかかる作業があり、
そばの製粉は、その複雑な工程の組み合わせなのだね。

製粉工場に見学に行ったら、
グルグル回る何十台もの石臼に、
一つだけ、逆回りに動いているものがあった。
聞いてみると、石の目がそうなっているののだそうだ。
なるほどねぇ。
石の目の方向まで考えているのだ。

石に目があるのなら、
きっと、耳や、鼻もあるに違いない、
などと、進歩のないことを考えていたりして、、、。

 

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2021年5月28日 (金)

「そばなんて、大嫌いだ!見たくもない!」

製粉屋の社長さんが嘆いていた。
この頃はソバを挽くための、
石臼になる石が、手に入りにくくなっているらしい。
今は、墓石さえも、
中国や韓国から輸入されている時代。
質の良い石を切り出している、
国内の業者さんが、なくなっているのだそうだ。
ましてや、ただでさえ需要の少ない、
業務用の石臼を、切り出してくれるところがないという。
大きな声では言えないが、
外国産の石臼も、
既に使われているらしい。
ソバをめぐる世界も、
どんどん国際化が進んでいるのだね。

今のような石臼が使われ始めたのは、
江戸時代半ば以降だといわれている。
溝を切ったを石を上下に合わせて、
回転させることによって、粉を得るという
とても合理的な方法だったのだ。

ここ長野でも、
昭和の初めの頃までは、
石臼は、嫁入り道具の一つだったと言う話を、
聞いたことがある。
特に長野のある、善光寺平は、
昔は麦の産地であり、
小麦を挽くのに使われたのだね。

そして、長野独特の食べ物である「おやき」や、
すいとん、薄焼きなどにして食べられたと言う。
だから、長野は今でも、全国の県庁所在地の中では、
家庭での小麦粉の消費量が、トップなのだそうだ。

もちろん、この頃は、家庭で石臼が使われることはない。
古くから住んでいるお宅に伺うと、
この石臼が、庭石や飛び石に使われているのを、
多く見かけるので、やはり、
各家庭にあったもののようだ。

石臼がソバを挽くのに使われたのは、
主に、小麦の採れなかった山間部のようだ。

若い頃働いたホテルで、年配の人たちに、
いろいろと話を聞いた。
そのうちの、戸隠から来た人は、子供の頃は、
とにかく、そばばかり食べさせられたと言う。
普段食べるのは、つなぎ粉のない十割で、
ボソボソのそばを、味噌汁の中に入れて食べたそうだ。
全く美味しいくなかったらしい。

それが、何かのハレの日、
つまり、お祝いや祭りのあるときには、
小麦粉を買ってきて、つなぎに使った。
その時は、ツルッとしたそばが食べられて、
それは美味しく感じたと言う。

戸隠そばは、いまでも七三が基本。
もちろん、店によって違うが、
そば粉二杯に、小麦粉一杯という割だ。
つなぎを入れたそばを打つことが、
戸隠の人にとっての、おもてなしなのかも知れない。

家では、夕食後、子供たちが、
次の日のそばを、石臼で挽くのが習慣だった。
いくらグルグルと回しても、
そばは、少しづつしか粉にならない。
眠いのと、退屈な作業に、
嫌で嫌でたまらなかったという。

だからね、
長野周辺の山の中で育った人の中には、
「そばなんて、大嫌いだ!
 見たくもない!」
という人が、結構いるのだ。
そう言う人に何人も会ってきた。
口にはしないけれど、
そばは金を出して食べるものではない、
と思っている人も、たくさんいることも事実だ。

もっとも、そういう経験をされたのは、
もう、かなりのご高齢の方々ばかりだが。

長野はそばの産地と言うけれど、
実は、そんな事情もあって、
独自のそばの文化が、あまり育たなかったような気がする。
自分たちでそばを楽しむというよりも、
それしかないから、仕方なしに食べていた、
いや、食べさせられていたのだね。

石臼の話を書こうと思って、
脱線してしまった。
それは、またの機会に。

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2017年11月16日 (木)

米の一俵は60キロ、玄ソバの一俵は45キロ。

さて、新そばの収穫の時期となり、
そば粉屋さんの倉庫には、
各地から集められた玄ソバが、
高く積まれていることだろう。

昔は一俵(いっぴょう)ごとに麻の袋に入れられていたが、
今はほとんどが紙製の袋だ。
玄ソバの取引単位は45キロで、
これがそばの一俵と呼ばれる。

これが製粉されると、
半分の22キロになる。
そして、そば粉の方の出荷単位となっている。

今では、製粉率は60パーセント強と言われているが、
昔は、せいぜい50パーセントぐらいだったのかもしれない。
とにかく、それが、取引の単位として残っているのだ。

ちなみに、米の一俵は60キロ。
米俵(こめだわら)に入る量だったのだね。

私のこどもの頃には、米屋さんの店頭に、
米の入った俵が積んであるのを見かけた。
その俵の蓋(さんだらぼっち)を貰ってきて、
犬小屋の敷物にしたりしたっけ。

そうして、米屋さんは、その俵を、
重そうに担いで奥へ運んで行った。
そう、一俵とは、
人が担ぐことができる大きさ、重さの単位だったのだね。

昔のそういう習慣が、
今でも取引の単位として残っているのだ。
ちなみに、小麦や豆の一俵は、
米と同じ60キロ、
じゃがいもや大麦は50キロ、
木炭は15キロなのだそうだ。

確かめたことはないが、
灯油が18リットル単位で売られているのも、
昔の単位、一斗の名残かもしれないね。

でも、60キロのもの米を担ぐのは、
大変なことだ。
っで、農家の人に聞いてみたら、
今では30キロの紙袋を使うのだそうだ。
それでも、車への積み込み作業などは、
骨が折れるという。

確かに、私も、22キロのそば粉の袋を、
よいしょ!と、掛け声をかけなければ、
持ち上げられなくなっている。
そば粉屋さんは、軽々と運んでくるのだけれどね。

歳とは、言われたくないのだが、、。

 

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2017年9月26日 (火)

今年は豊作の気配。もちろんそばの話。

この夏は、忙しさに追われてしまった。
とにかく、眠る時間を確保するのに精一杯。
気がつけば、二ヶ月もブログを書かなかった。
皆さん、申し訳ありません。

そんなことをしているうちに、
はや、新そばの季節。
店でも、すでに北海道北部産の粉に切り替わった。

今年は北海道では、大きな天候の乱れもなく、
これから内陸部のそばが届くにつれて、
甘みも香りも強いものになっていくことだろう。

さて、昨年は壊滅的な不作だった長野県でも、
今年は豊作が期待されている。
今月の始めに行った八ヶ岳の麓でも、
見かけたそば畑では、
そばの背がよく延び、分けつが多かった。
まだ、油断は出来ないが、
来月の刈り取りまでに、大雨でもない限り、
かなりの収量が見込まれそうだ。

どうしても、気候に左右されるのが、
農作物の宿命。
豊作の時は豊作の時なりに、
不作の時は不作の時なりに、
業界の人たちは、そばの質を保つべく、
努力をされているのだ。

去年は、信州産が少なかったので、
だいぶ、ニセものが出回った、、、
との噂もちらほら。

とにかく今年は、そんな心配はなさそうだ。
きっと、質のいいそばが出回ることだろう。
これからの季節、皆さんお楽しみに。

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2017年7月24日 (月)

気に入ったそば粉を、自分で挽ければ、最高なのだけれど、、。

さて、店で使うそば粉というのは、
まさに、店の命というべきもので、
このそば粉の選び方一つで、
店の印象は大きく変わってしまうこともある。

なんていうと、
また、おおげさな〜〜、
などと言われるかもしれないが、
とても、とても、
簡単に言い表せられるものでもない。

う〜ん、
まあ、大風呂敷に包まれた気分でお読みください。

もちろん、そば屋をやっているので、
色々なところから、
そば粉のサンプルをいただくし、
また、あえて、手に入れることもある。

それぞれに、微妙な違いがあって、
面白いのだよね。
製粉屋さんによって、
それぞれ印象の違うソバが出来上がるし、
味はともかく、とにかく、
食感の違いは著しい。

同じ玄そばから作られたそば粉でも、
そばに打ってみると、
ずいぶんと変わりがある。
だから、自分の店にあったそば粉を、
選び続けることは、
そば屋にとって、とても大切なことだ。

そばを粉にするだけなら、
簡単なことと思われていたりするが、
このやり方で、差が出るのだね。

製粉屋さんも、
いろいろと工夫をして、
そば粉を作っている。
だけど、その会社によって、
作り方に、わずかながら、
違いがあるのだよね。
そんな特徴が出る。

だから、
地元のそば屋さんに入ったりすると、
すぐに、あそこの製粉屋さんの粉を使っているなあ、
と、勘ぐったりしてしまうのが、
我ながら、面白くなかったりする。

それに引き換え、
自家製粉なら、
つまり、自分で石臼を用意してそばを挽けば、
思う通りの粉が出来上がるのではないかと、
考えていた時期もあった。

幸いに、
全国の製粉屋さんの機械を作る会社が、
長野にあるので、
事情を話して、試しに、
石臼を使って、そば粉を挽かせていただいた。

製粉屋さんから、
丸抜きといわれる、
皮を剥いたそばの実を持ってきて、
一尺一寸(約33センチ)の小さな石臼で、
グリグリと挽いてみた。
もっとも、電動だから、私は見ているだけ。

なるほど、
石臼の間から、
粉になったそばが挽きだされ、
下のフルイに落ちていく。
それを、私は見ているだけ。

で、引き終わった粉を、
店に帰ってそばに打ってみた。
わあい、挽きたてのそば粉だぞう。

ところがねえ。
ところがねえ。
ところが、、、、、。

挽きたてのそばの香りはするのだが、
なんとも食感が悪いのだ。
茹でても、ふわっと膨らまない。
甘みがいまいち。
なにやら、ねばりっこいような、
舌に残るような風味がある。

なぜだろう。

その後で、
その機械会社の人に正直に話したら、
その技師さんも正直に言う。
「そうでしょうねえ。」

その技師さんの言うことには、
まず、次の3つのポイントがあるという。

まず、そばの実は、
皮を剥いた途端に劣化するのだそうだ。
だから、製粉会社では、
皮を剥いたらすぐに粉にしている。

次に、
どんなにいい石臼でも、
癖があり、
その癖を治すには時間が掛かるとのこと。
いい粉を挽くには、
最低でも三個の石臼を使うことによって、
その癖の影響を取り除く事ができるという。

思わず、石臼が何十台も並んでいる、
製粉屋さんの光景を思い出してしまった。

そして、
石臼が小さすぎるとのこと。
つまり、
一尺一寸の石臼では、
挽いたときのムラが大きいと言うのだ。

この技師さん、
実際は石臼を売っていながら、
まったく商売っ気がないんだね。
その後も、シフターの大切さや、
分子間引力などの話も伺い、
とても参考になったというか、
私たちの想像とは違う次元で、
製粉の機械が作られていることを実感したのだ。

いいそば粉を作ること、
世の中には、それを考えながら、
努力している人達もいるのだ。
思い込みだけで、入れる世界ではない。

で、いいそば粉って、、、、
なんなの。

そんな話は、
またいつか。
いるになるやら、、、、。

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2017年6月27日 (火)

地道な努力に支えられてきた、常陸秋そば。

そば粉屋さんから、
常陸秋そばのいいのが入ったからと、
挽きたてのサンプルの粉をいただいた。

打ってみると、
これがねえ、なかなかいいんだよね。

食感は、ややもちっとした感じであるが、
口に入れたあとに、少し遅れて、独特の香りが広がる。
甘さはそれほど強くはないが、なんというか、
品のある味わいだ。

なるほど、東京あたりのそば屋さんで、
このそば粉が人気なのが、わかる気がする。
先日、東京に行った時に訪ねた一軒でも、
このそばを使っていた。

長野の信濃一号や、
北海道のキタワセなどとは、
まったく違う風味なのだ。
特に、口の中に強く残る香りは、
好き嫌いはあるかもしれないが、
じつに特徴的だ。

この常陸秋そばは、
名前からも分かるように、
茨城県の北部で作られている。
在来種から選別して、
粒ぞろいのいい品種を作り上げたのだね。

しかし、良い品種を作ったからといって、
それは広まらない。
交雑しやすいそばは、
栽培の品種を保つのが難しいのだね。
そこを県をあげて、
地道に、ブランドづくりに励んできたそうだ。
30年以上もね。

種子の更新、栽培方法の統一など、
様々な努力を重ねて、
常陸秋そばという、
ブランドを作り上げてきたのだ。

私は、だいぶ前にこのそばを食べたときには、
風味は強いが、味のないそばという印象があった。
それが、今では、しっかりとしたそばになっている。

この独特の風味を活かすには、
私の 絡むタイプのそば汁には、合わないかもしれない。
もっと、サラッとした、
塩味の濃い汁がいいのかもしれないね。

そうして、この地元長野でも、
こういうそばのブランドを育てる努力をしていただきたいなあ。
と、切に思うのだが。

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2017年5月26日 (金)

製粉屋さんは「設備産業」?でも、職人技も必要。

この春に、
店のスタッフの研修ということで、
いつも世話になっている製粉屋さんの、
工場を見学させていただいた。
そして、改めて、
そばを粉にする、
いや、いいそば粉を作るために、
ずいぶんとたくさんの手がかかっていることを、
みんなで実感したところだ。

この製粉屋さんは、
何十年も続く、業務店向けのそば粉を作っているところ。
地元長野のそば屋さんばかりでなく、
東京のそば屋さんにも、
数多く出荷している。
製粉工場とすれば、小規模というが、
それでも、なかなかの広さと大きさがある。

工場の三階には、まず、
玄そばを加工する設備がある。
玄そばを、様々な方法で磨いて、
ゴミや不純物を取り除かなくてはならない。
それから、皮を取りのぞき、
その皮を分離する。
そのための機械も、何種類もあり、
どれがどう動いているのか、見ただけではよくわからない。

その機械の間には、
幾つものシフターがあり、
粉をより分けている。
シフターというのは、機械式のフルイのようなもので、
網の目によって、
何段階にも粉や粒を選り分けることができる。
それが横に休みなく動いているので、
見ていると、建物全体が揺さぶられているような気がしてくる。

そうして皮を剥かれたり、
大割れといって、粗く砕かれた実が、
石臼によって挽かれていく。
二三十台もある大きな石臼が、
ゴロゴロ回って、粉を作っている光景は、
なんとも圧巻だ。

それでも、一回の回転で、
石臼の端からこぼれ落ちる粉は、
僅かなもの。
それを、石臼と一緒に回っているハケが、
かき集めていく。

天井には、
空気圧で粒や粉を運ぶ、
銀色の管が、複雑に絡み合っている。
そして、とにかく、音がやかましい。
せっかく説明してくれている、
社長さんの声も、
ほとんど聞こえない。

最後には、
粉はそれぞれの製品に分けられて、
手作業で袋詰されていく。

なるほどねえ、
とにかく、
倉庫に山と積まれている玄そばが、
そば粉になるまでは、
じつに、じつに、
たくさんの機械を通り抜けているのだ。
品質を上げるために、
以前に見せていただいたときより、
設備の数が増えている。

あとで、事務所で社長が言っていた。
とにかく、機械にお金がかかると。
特別な機械だから、
割高になってしまうのだね。
「でも製粉屋は、設備に投資しなければやっていけない。」
のだそうだ。
しかも、
そばの製粉は、
小麦と違って、完全なオートマチックでは出来ないのだそうだ。
玄そばは、産地や生産者による、
品質の違いが大きいのだそうだ。
そういうことを、微妙に調整しながら粉にしていく。
常に、眼で見て、手で触って調整をしていく、
職人技が必要だという。

そういう社長さん、
そうとうガンコが入っているなあ。

ということで、
いつも使っているそば粉も、
それだけの手をかけられて作られていることを、
忘れないようにしなければね。
そういうことを踏まえて、
私は、いいそばを作らなくては、、。

ブログを書く時間がなくて、
すみません。
いつの間にか、畑の周りのニセアカシアの花が咲いていたりして。

 

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2013年9月26日 (木)

早々と「新そば」に切り替え。

先々週から、
いよいよお待ちかね、
「新そば」に切り替わった。

今年は、例年に比べて、
切り替わりがかなり早い。
いつもだと、確実に量と品質が揃うまで、
なかなか「新そば」に切り替えないそば粉屋さんなのだが、
今年は、早々と体制が整ったようだ。

この時期は毎年、
一番先にそばが採れる、北海道の生産者と、
製粉加工業者との間で、
価格をめぐってつばぜり合いが繰り広げられるらしい。
それが決まらないと、
そばが実際に出荷されないという。
ところが、
政府の補助金が出るというので、
昨年からそばの作付けがぐっと増えた。
そして、
国内産のそばが、だぶつき気味という話を聞いている。

その影響もあって、
すんなり、そばが動いたのかなあ、、、
などと、勝手に憶測している。

けっして、夏まで保管していたそばが、
まずい訳ではないし、
逆に、ある種の甘味が出て味わいがある。
でも、
「新そば」になると、
あっ、これがそばの魅力なのだな、、、
と、いつも再認識させられる。

甘味や味の濃さはヒネに劣るが、
何より、ふわっとした食感と、
一口目に感じる爽やかな風味がなんともいえない。

打ってみても、
水加減こそうるさいものの、
捏ねれば膨らみ感があり、適度な抵抗感がある。
茹でても、
細かく切れた、いわゆる「ざるっぱたき」がほとんどない。
若々しい艶のある、しっかりとした麺線に仕上がっている。

という「新そば」。
先ずは北海道産から。
長野産が混じるのはもっと先のこと。

でもね、
正直な話をすると、
そば屋がこんなことを言っていいのか分からないが、
もちろん「新そば」もおいしいが、
少し経つと、
もっとおいしくなるのだなあ、これが。

何はともあれ、
今年もそばが豊作でありますように!

(ついでに長野の特産、マツタケも豊作でありますように!ゴクッ。)

Sinsoba

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2012年10月20日 (土)

そばの実の乾燥状態のチェックが大切。

少し前のことであるが、
店でそばを食べられたお客様が私に聞いた。
どこの製粉所の粉を使っているのかと。

私が、長野市内のM製粉ですと答えると、
そのお客様は、M製粉はだめだ、とおっしゃる。
ええっ、だめってどういうことだろう。

で、お話を聞いてみると、
その方は、長野市近郊で農家をやっていられるとのこと。
そして、そばも栽培しているそうだ。

収穫したそばは、いつもは農協に卸すのだが、
製粉所に直接売った方が高く売れるという話を聞いて、
そばの袋をトラックに積んで、
M製粉に持ち込んだ。

そうしたら、
なにやら、ごそごそと検査をして、
あげくに、このそばは、乾燥しすぎているので、
引き取ることはできない、
といわれたそうだ。

こっちは、何十年もそばを作っているのに、
いままで、そんなことは言われたことはない!
と、頭に来たお客様は、
M製粉をあとにして、
そのまま、他の製粉所へ行った。
そこでは、すんなり、買い取ってくれたとのこと。

だから、M製粉はだめなのだそうだ。

この話を聞いて、
無愛想な印象のM製粉の社長の顔を、
つい、思い浮かべてしまった。
なるほどなあ〜。

じつは、そばの実は、収穫してからの方が手間がかかる。

昔ならば、湿度のある早朝に刈り取り、
束にして茎ごと乾燥させた。
島立てという方法だ。
それを叩いてそばの実を落とし、
風の強い日に、
箕(み)に入れてあおって、
葉や茎などの混じり物を吹き飛ばして、
そばの実だけをとりだした。

今時は、そんな手間をかけず、
コンバインで一気に実だけをかき集めて収穫する。
この時は手刈りとは逆に、
湿度のない日中に刈り入れをした方がいいのだそうだ。

そうして収穫したそばの実は、
湿気を帯びているので、
カビなどを生やさないために、
すぐに乾燥させなければならない。

その乾燥方法も様々で、
まあ、いろいろな機械を使ったりするそうだ。

問題なのは、そばの実を、
どのくらいまで乾燥させるかということ。
これは品質規定で定められていて、
15パーセントとなっている。

つまり、そばを取引するにあたって、
水分量が一定でないと公正性が保てない。
そばの重さが、それこそ水増しされていては、
安心して買い取ることができないからだ。

同時にこの水分量15パーセントというのは、
そばの品質のバロメーターでもある。
これより多いと、カビなどが生えやすく、
保存が利かない。
これよりも少ないと、
皮を剥く時に実が割れやすくなり、
また、そば粉にしてもうまく繋がらなくなるそうだ。

だから、きちんとした、製粉所は、
いつも、このそばの実の水分量を気にしている。

きっと、店に来られたお客様のそばは、
かなり、乾燥した状態になっていたのだろう。
一度そうなると、もう、元には戻らないそうだ。

お客様には申し訳ないが、
その話を聞いて、
逆に、M製粉はしっかりやっているなあ、
と、思ってしまった私なのだ。



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2012年9月29日 (土)

北海道産の新そばに切り替え。

8月に、仕事もかねて北海道へ行って来られたお客様が、
こんなことをおっしゃっていた。

「いやあ、北海道は、1人で車を運転していくものじゃないよ。」

なぜかと聞けば、
あまりに広すぎて、運転に飽きるからなのだそうだ。
なぜ飽きるかと言えば、景色に変化がないからとおっしゃる。

とにかく、牧草地の中を走っているかと思えば、
15分も、20分もずっと、牧草地なのだという。
湿原地帯も、うんざりするほど、同じ光景が続くらしい。

旭川の近くの幌加内(ほろかない)を通ったときも、
そうだったという。
最初は珍しいと思った風景も、
20分、しかもかなりのスピードで走ったのに、
同じような光景が広がっていて、
ほとほと、うんざりしたそうだ。

その光景とは、
白いそばの花が、道の両側のなだらかな丘陵地帯に、
一面に咲いているという光景。

「長野だったら、そば畑の横に牧草地があったり、
ちょっとした畑があったりするのに、
幌加内というところは、本当に、そばの花しかないんだよ。」

私は北海道に行ったことはないが、
いかにも実感が伝わるお言葉。

そう、お客様の通られた幌加内は、
国内産そばの半分近くを生産する北海道でも、
指折りの産地。
内陸性の、温度差の大きさが、
いいそばを育てるのだね。
きっちりとした生産管理が行われ、
質の高いそばを出荷しているところだ。

そのお客様が見られたそばの花が、
今は、実となって、
いや、粉となって、
私の店に届いた。

新そばに切り替わるには、
ちょっと早いのではないか、、とは思いつつ、
「信州産夏そば」を混入しながらも、
膨らみ感のだいぶ失われた夏を越したそばに、
やや苦労を感じてきたところなので、
今年は早めに新そばに乗り換え。

打っていても違う、プリプリとした弾力に、
新そばの勢いを感じる。
水加減もだいぶ変わるしね。

ということで、
今年も「新そば」になりました。
何と言っても、喉越しは、
夏のそばとはまったく違う。

だけど、皆さん、
急がなくていいですよ。
まだまだ、早出しの、若い感じのするそば。
味の落ち着く、来月の半ばぐらいからが、
、、
、、、本当のおすすめ。

Sobanuebo




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