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2017年12月11日 (月)

小判をくずして新そばを食べる江戸っ子の粋

さて、各地の新そばも出尽くして、
そばも、どっしりと、落ち着いた味となってきた。

今は玄そばの保存環境も良くなったので、
夏を越した古そばも、それほど、捨てたものではない。
むしろ、甘みが強く、味がしっかりとしているので、
下手に青みがかった新そばより、
味わい深かったりする。
だから、「新そば」の有り難さが、あまり、
感ぜられない時代になってしまったのかもしれない。

しかし、何と言っても、新そばの若々しさにはかなわない。
特に、食感はまったく違うもの。
毎日そばを扱っている者としては、
切り替わるときには、
その差を大きく感じる。

保存の設備がなかった時代には、
梅雨を超えると、そばは風味が落ちた。
子供の頃のそばを覚えているが、
色が赤っぽくなり、独特の蒸れたような臭いを持つことがあった。

だから、昔の人は、
新そばを心待ちにしていたのだね。


〜〜 新そばに小判をくずすひとさかり 〜

 
江戸の川柳に、こんな句があった。
新そばを食べるために、小判をくずした、
つまり、小銭に換えた、それが一悶着、というわけだ。

江戸時代には、今と違って、
ちょっと複雑な貨幣制度になっていた。
小判などの金(きん)と、銀の貨幣、
そして銅銭といわれるものが、
それぞれの別のレートがあって、
その商売にあった貨幣が使われていたという。

だから、そば屋でそばを食べて、
一両小判を出したところで、お釣りなんぞ出てこない。
あらかじめ両替商というところで、
文(もん)という銅貨に換えて置かなければ、
そばを食べられないことになる。

さて、小判一枚で、つまり一両で、
そばがどのくらい食べられたかというと、
これが、なかなか。
江戸時代後期には、一両は6500文に交換されていたという。
その頃のそばは、一枚16文と決められていた。
ということは、、、

なんと、400枚ものそばが食べられることになる。
もっとも、その頃のそばの盛りは、
今よりずっと少なかったらしい。
それでも、一回三枚ずつ食べても、
百回以上は、そば屋に行けることになる。

小判一両って、価値があったのだねぇ。

おそらく、普通の町民は、小判なんぞ待っていなかったろう。
親の遺産か、なにやらの報奨で手に入れた、
虎の子の小判。
それを、新そば食べるためにくずしてしまおうというのだ。
さすがに江戸っ子、粋だねえ。

当時の人には、
「新そば」という言葉は、
それほどの価値があったということなのだろう。

それに引き換え今は、、、
なんて野暮な話はやめておこう。
今なら1万円札でもお釣りが貰えるし、
カードやスマホでも、支払いができる時代。
気楽にそば屋を楽しんでいただけたら、、、と思う次第。




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