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2016年4月11日 (月)

恋の行方は「そば屋の荷物」。

今から200年ぐらい前の東京、
いや、江戸には、たくさんのそばの屋台があったという。

屋台と言っても、荷車を押しているようなものではなく、
荷物をかついで、そばを売り歩いていたようだ。

錦絵などによると、
縦に細長い四角い箱が二個あって、
その間に棒を渡して担いでいたようだ。
この箱の一方には七輪や鍋が入っていて、
もう一方に、汁やどんぶり、そばが入っていたという。

今の方に「七輪(しちりん)」と言っても通じないかもしれないので、
火の着いた炭の入っているコンロのようなものだと思っていただきたい。

落語の「時そば」のように、
客に呼び止められると、
七輪を出して炭を扇いで火をおこし、
汁を温めて、中にそばを入れて提供したのだろう。

お湯から茹でることは出来ないので、
おそらく、すでに一度、茹でてあるそばを、
持ち歩いていたのだろう。
ちょうど、駅の立ち食いそばのようなもの。
温めて汁に入れるだけで、すぐに食べられる。

なにしろ、生きた火を肩にかついで持ち歩いているのだから、
火事の心配があった。
そこで、こういうそば屋の「煮売り」は、
お上によって、たびたび禁止されたそうだが、
需要があるかぎり、そういう商売は衰えない。
そのうちに、期間と場所を限って、
認められるようになったとか。

江戸の街の若者、熊さんと八さんの会話。
「ようよう、煮豆屋のおみっちゃんは、
俺に気があるんだぜ。」
「そんなことねえよ。
なんで、あのおみっちゃんが、
おめえなんかに、気があるっていうんだい。」

「そうよ、俺が店に行くと、
いつも、いい笑顔で迎えてくれるんだ。」
「そんなこと、誰にもしていることだ。」
「俺のどんぶりに、豆を山盛りにしてくれるんだ。」
「そんなこと、誰にもしていることだ。」
「そのどんぶりを渡すとき、
こうやって手をそえてくれるんだよぉ。
だから、きっと、俺に気があるんだぜ。」

「そんなこと、、。
おめえなんか、どうせそば屋の荷物よ。」
「なんでぇ、そのそば屋の荷物ってぇのは?」
「片方だけが、熱いってことよ。」

そんな会話があったかどうか、
本当のことは知らない。
そばの「煮売り」の定められた期間は、
陰暦の重陽の節句(9月9日)から、
桃の節句(3月3日)までというから、
ちょうど今頃の時期まで、売られていたことになる。

いくら火を持ち歩いているからといって、
寒い季節に、荷物をかついで売り歩くのは、
大変なことだったろうなあ。
売れる日もあり、売れない日もある。
荒れ模様の天気の時は、どうしたのだろうか。

暖かい店の中で、
アクビをしながらお客様を待っている私なんぞ、
まだまだ、努力が、、、
あ〜あ〜、、またアクビがでてしまった。

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