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2015年9月 4日 (金)

狭いゲージでの中で、夜も眠らされないニワトリの卵なんて、私は食べたくない。

だいぶ前の話だ。(三十年以上)
まだ二十代の頃、夜中に関東地方の山沿いの道を、
一人で車で走っていた。
もう夜も更けて、他に車の通りも少なく、
光の少ない寂しい集落を抜けていった。

すると、山際に、こうこうと電気を灯している大きな建物が、
何棟か見えてきた。
こんな夜中にも、あんなに電気をつけて、
働いている人がいるのだな、、、と、工場か何かと思っていた。
ところが、そのような電気を付けた建物が、
他の場所にもいくつか見える。

なんだろうなと思っているうちに、
その内の一つの建物の横を通った。
そこで明々とした光のなかで、動いていたのは、、、。

何段も積み重ねられたゲージの中で、
真夜中に灯された人工の照明の下で、
無数のニワトリたちが、餌をついばんでいたのだ。

そうか、鶏小屋というには立派すぎる、
鶏マンションだったのだね。
でも、どうして夜中に、こんな明るい電気をつけているのだろう。

その時の光景は、頭に焼き付いていた。
鶏を早く育てるために、あるいは、たくさん卵を産ませるために、
夜も電気をつけて、餌を食べさせる、という話を聞いたのは、
だいぶ後になってからだ。

狭いゲージに閉じ込められて、
夜も明かりを点けられてて眠らず、
ひたすら卵を産んでいるのだ。

スーパーなどで安く売られている卵を見ると、
今でも、あの光景を思い出す。
「卵は物価の優等生」などと言われて、
昔に比べれば、安価に気軽に手に入るようになった。
でも、その値段は、
ニワトリを、生産機械と同じように扱っている、
飼育システムがあるからなんだね。

たしかに、そういう工夫は素晴らしいものだ。
でも、身動きの出来ない空間で、
一日に二回も卵を生む様に育てられたニワトリに、
ストレスはないのだろうか。

おそらく、卵には、
そんな成分が入っていることはないだろう。
でも、そんなストレスを抱えたニワトリの卵を食べるのは、
なにやら、なにやら、
いや、決してそんなことはないのだけれど、
それでも、そのストレスが伝染するような気がしてならない。

もちろん、そんなことは私の思い過ごしだ。
でも、できれば、
そんなストレスのないニワトリの産んだ卵を食べていたい。
朝は太陽の光とともに動き出し、
地面の上を歩きまわり、
夜は闇の中でじっとしている。
そんな普通のリズムで生きているニワトリの卵を食べてみたい。

最近の養鶏は、鳥インフルエンザ対策の影響から、
完全に密封された建物の中で行う所が多くなったという。
中では、時間に合わせて照明が自動的に明るくなったり暗くなったりする。
その間隔は十数時間だという。
その中のニワトリの一日は24時間ではないのだね。

一度も太陽の光を見たこともなく、
土を踏んだことのないニワトリが産んだ卵。
食べるには、決して、なんの問題があるわけではない。

でも、私は、そんな鶏の卵をあまり食べたくないのだ。
ましてや、お客様にお出しするのに、
自分で納得出来ないものは、おすすめできない。

ということで、、、
という話は、次回に続くのだ、、、。



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