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2015年9月24日 (木)

今年のそばの価格が、、、沸騰している、、!

秋も深まり、いよいよ、新そばの便りが聞かれる頃だ。
まずは、北海道産の新そばが、出まわるのだが、
今年は、大きな災害もなく、
順調に収穫されていると聞く。
何しろ、昨年は、
全国的にそばの出来が悪く、
国産そばの相場が、ぐっと上がってしまったのだ。

今年はそんなこともなく、
安定した値段で取引されるのだろうなあ、、、
と思っていたら、そばの業界では、
とんでもないことが起こっているようだ。

北海道産の新そばの相場が、
取引している粉屋さんの話では、
えっ、、、、、、、、、、
と言ったきり、言葉が出ないぐらい上がっているという。

かくして、私のところに来る予定の新そばの値段も、
あっ、、、、、、、、、
といったまま口がふさがらない状態になってしまった。

今年のほうが、そばの出来がいいはずだ。
なのに、
どうして、
こんなに値段が上がるのだろう。

話を聞くと、
なんと、大手の食品会社が、
国産のそばを、買い集めているというのだ。
それで、相場が、ぐぐぐぐぐ〜ぅと、上がってしまったらしい。

国産のそばの生産量は、せいぜい三万トンから四万トン。
年によって変動が大きいが、
主に使われるのは、私のような手打ちをしているそば屋だ。
ほかの多くのそば屋、
あるいは、大量に使われる乾麺などの加工業者は、
国産に比べて、はるかに、はるかに安い、
中国産、あるいは、北米産のそば粉を使っていたのだ。

そんな大手業者が、
なんと、割高な国産そばの世界に手を伸ばしてきたらしい。
もともと大きな市場ではないから、
そんな大手が買い付けをすれば、
いかに豊作だといえど、あっという間に玄そばがなくなってしまうのだ。

これには、様々な原因もあるようだ。

今まで、とにかく安くて安定的に輸入されてきた、
中国産の玄そば、あるいはむき身の値段が、
安くはなくなっていることだ。
調べてみると、
中国産の玄そばの価格は、この十年間で三倍以上になっている。

経済発展の著しい中国では、
そばよりも、より、換金性のいい作物への転換が進んでいるというし、
ここのところの円安で、さらに、価格が上昇しているという。
ならば、イメージのいい国産そば粉を使った製品を、
作ってみるというのだろうか。

そばの価格が上がることは、
確かに、そば屋にとっては苦しいが、
日本のそば全体から見れば、けっして悪いことではない。
そばの農家にとっては、やりがいが出るし、
新たにそばを作る人も増えていくことだろう。
ただ、その消費が、大手の食品会社に頼っているとすると、
はなはだ危ないものがある。
もし、その会社が、国産そば粉を使うことを止めれば、
価格が暴落し、
困るのはその農家なのだ。

いま商社では、
中国以外のそばの輸入先を探しているという。
北米産は、ほぼ、契約栽培なので、
急には量を増やせない事情もあるようだ。
噂では、あくまでも噂だが、
インドとかブラジル、ミャンマーなどという国の名前を聞く。
ロシアや東欧諸国も、そばを多く栽培しているので、
そちらからの道も探っているらしい。

でもねえ、
周りを見渡せば、山ばかり見える長野。
山沿いには、空いている農地がたくさん見受けられる。
そんな外国からそばを持ってくるよりも、
そのような土地で、
少しでも多くのそばを栽培してもらうわけには行かないのだろうか。
山間部の畑ので作るそばに、
もっと補助金を出せば、
きっと頑張る人もいるだろうに。
昔のように、
見上げると、山一面に蕎麦の花が咲くようになるのに。

どこかの遠い国へ、
武器を持った人を送るより、
よっぽど、国が豊かになるような気がしている。

先週登った唐松岳では、もうナナカマドが紅葉していた。後ろは白馬岳。

Nanakamado

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2015年9月11日 (金)

卵の味は、本来の淡白なものだけれど。

だいぶ前にメキシコに二度ほど旅をしたことがあるが、
その時に、ホテル、あるいはカフェ(?)の朝食に出される、
卵料理が美味しいと感じたことがあった。
特に、田舎の方へ行くとそうで、
野菜を刻み込んだ卵焼きなんぞ、
なにか違うなあ〜という、美味しさがあった。

そうして、漫画家の水木しげるさんの、
メキシコ旅行記を読んだら、
朝のパンケーキが美味しくて、
どこでもソレを注文したと書いてあった。
おそらく、これ、玉子焼きのことだろうなあ、
メキシコでは、当たり前に出てくる食べ物だもの。

きっと、メキシコのニワトリが、
夜は、きちんと眠って産んだ卵だったのだろうなあ。

ということで、
前回に引き続き、卵の話。
日本だって、私の子供の頃は、
卵は比較的高価なものだった。
だから、卵を使った料理なんか、
ずいぶんと贅沢なものだった。

それが、今では、
スーパーの特売の目玉になるほど、
ありふれた、安価な食べ物になってしまった。
卵の料理なんぞ、今では「ごちそう」にならなくなった。
その裏には、夜も眠らずに、
卵を産み続ける、ニワトリたちの努力があったのだね。

いや違う、
夜もこうこうと照明をつけて、
一日に二回も卵を産むように仕向ける、
生産者の方々の、なみなみならぬ、努力の甲斐があったのだ。

さて、ひょんなことから、
真夜中に餌をついばむニワトリを目撃してしまった私は、
そうして、安く売られている卵に、
何かしら、違和感を覚えざるを得なくなった。

決して、成分的に、何かの問題があるわけではないのだが、
そうやって、狭いゲージで、睡眠も満足に取れない、
太陽の光さえ満足に浴びたことのないニワトリが産んだ卵を、
値段が手頃だからといって、食べ続けることに、
気持ちが、ストンと落ちないものを感じていた。

二十数年前にそば居酒屋を始めた時に、
使う卵は、
昔だったら当たり前のニワトリが産んだ卵を使いたかった。
つまり、朝はコケコッコーと鳴いて起き(メンドリだから鳴かないが)、
昼間は、土の上を歩きまわり、
夜は、小屋の中でじっとしているニワトリだ。

最初は、そういう卵を遠くから取り寄せていたが、
何分にも値段も高いし手間がかかる。
そうしたら、ある人が、松代の自宅の近くに、
ニワトリをたくさん飼っている農家があるというのだ。
聞いてもらったら、ある自然食品店に、
その卵を卸しているという。

その後、その自然食品店を通して、
卵を仕入れさせていただき、
今では、直接、持ってきて頂いている。

実を言うと、
私はまだ、その農家に伺ったことはないのだが、
いろいろ伺うと、
ただ、昔ながらのやり方で、ニワトリを飼っているのだそうだ。
餌はと聞けば、菜っ葉と、農協の配合飼料と、
時々、貝のすりつぶしたもの、、、だという。
夏の暑い時には、食欲がなくなり、
卵も小粒になる。
冬の厳寒期もそうだ。
昼間は庭をかってに歩きまわり、
夜は小屋に収める。
少し前までは百羽以上も居たが、
今は、だいぶ、数を減らしたようなことをおっしゃっていた。

よくお客さんに聞かれるが、
そういうニワトリの卵は、
味が濃いのでしょうと。

いいえ、いいえ、
卵らしい味の濃いのは、
スーパーで売られている卵のほう。
なにせ、こちらのニワトリは、
夜も眠らずに、ゲージ以外は歩きまわることもなく、
高栄養の飼料を食べさせられているのだ。
しかも、きれいな黄身のになるように、
餌には色素まで入れられている。

そういう卵に比べれば、
今扱っている卵は、淡白な味わいの卵だ。
しかし、なんと言っていいのかなあ、
扱っていて「強い」卵だな、と思うことがある。
味に伸びがあるというような。

寝不足のストレスを抱えたニワトリの産む卵ではなく、
太陽にの光を浴び、しっかり土の上を歩いているニワトリの産む卵を、
これからも選んでゆきたいなあ。
食べ物を、ただ、自分にとって「うまい、まずい」で切り捨ててしまう人も多いけれど、
どういうふうに育てられ、作られているのかを、
しっかりと見極めるのも、とても、とても、大切なことだと思っている。

おまけに、
私の好きな俳句から。

  

永き日のにわとり柵を越えにけり     芝不器男

柵を越えたニワトリは、どこへ行ったのでしょうか。
私も、柵を越えてどこかに行きたい、、、、、、、、、なぁ。

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2015年9月 4日 (金)

狭いゲージでの中で、夜も眠らされないニワトリの卵なんて、私は食べたくない。

だいぶ前の話だ。(三十年以上)
まだ二十代の頃、夜中に関東地方の山沿いの道を、
一人で車で走っていた。
もう夜も更けて、他に車の通りも少なく、
光の少ない寂しい集落を抜けていった。

すると、山際に、こうこうと電気を灯している大きな建物が、
何棟か見えてきた。
こんな夜中にも、あんなに電気をつけて、
働いている人がいるのだな、、、と、工場か何かと思っていた。
ところが、そのような電気を付けた建物が、
他の場所にもいくつか見える。

なんだろうなと思っているうちに、
その内の一つの建物の横を通った。
そこで明々とした光のなかで、動いていたのは、、、。

何段も積み重ねられたゲージの中で、
真夜中に灯された人工の照明の下で、
無数のニワトリたちが、餌をついばんでいたのだ。

そうか、鶏小屋というには立派すぎる、
鶏マンションだったのだね。
でも、どうして夜中に、こんな明るい電気をつけているのだろう。

その時の光景は、頭に焼き付いていた。
鶏を早く育てるために、あるいは、たくさん卵を産ませるために、
夜も電気をつけて、餌を食べさせる、という話を聞いたのは、
だいぶ後になってからだ。

狭いゲージに閉じ込められて、
夜も明かりを点けられてて眠らず、
ひたすら卵を産んでいるのだ。

スーパーなどで安く売られている卵を見ると、
今でも、あの光景を思い出す。
「卵は物価の優等生」などと言われて、
昔に比べれば、安価に気軽に手に入るようになった。
でも、その値段は、
ニワトリを、生産機械と同じように扱っている、
飼育システムがあるからなんだね。

たしかに、そういう工夫は素晴らしいものだ。
でも、身動きの出来ない空間で、
一日に二回も卵を生む様に育てられたニワトリに、
ストレスはないのだろうか。

おそらく、卵には、
そんな成分が入っていることはないだろう。
でも、そんなストレスを抱えたニワトリの卵を食べるのは、
なにやら、なにやら、
いや、決してそんなことはないのだけれど、
それでも、そのストレスが伝染するような気がしてならない。

もちろん、そんなことは私の思い過ごしだ。
でも、できれば、
そんなストレスのないニワトリの産んだ卵を食べていたい。
朝は太陽の光とともに動き出し、
地面の上を歩きまわり、
夜は闇の中でじっとしている。
そんな普通のリズムで生きているニワトリの卵を食べてみたい。

最近の養鶏は、鳥インフルエンザ対策の影響から、
完全に密封された建物の中で行う所が多くなったという。
中では、時間に合わせて照明が自動的に明るくなったり暗くなったりする。
その間隔は十数時間だという。
その中のニワトリの一日は24時間ではないのだね。

一度も太陽の光を見たこともなく、
土を踏んだことのないニワトリが産んだ卵。
食べるには、決して、なんの問題があるわけではない。

でも、私は、そんな鶏の卵をあまり食べたくないのだ。
ましてや、お客様にお出しするのに、
自分で納得出来ないものは、おすすめできない。

ということで、、、
という話は、次回に続くのだ、、、。



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