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2015年7月30日 (木)

テニスをしなくとも「テニス肘」。

善光寺ご開帳で、4月、5月は、たいへんににぎわった。
おかげさまで、多くの方にご来店いただき、
感謝にたえないところ。

さて、そんな忙しい最中に、
茹でたそばを、釜からあげる時に、
右肘に、鈍い痛みを感じ始めた。
最初は、大したことはないと思っていたのだ。
まあ、疲れているのだなあ、
というぐらいにしか感じなかった。

ところが、
ご開帳が終わった六月になっても、
その痛みが続いていた。
でもそれほどの痛みではないので、
がまんして、そばを茹で上げていたのだ。

そんな、忙しいある日、
そばをすくい上げようとした右の肘に激痛が。
危うく、茹で上げたそばを、
揚げざるごと落としてしまうところだった。

痛みはすぐに収まるのだが、
再びざるを持って、そばを掬おうとすると、 激しく痛む。
仕方がなしに、 ぎこちないが、左手で、そばを揚げることにした。

ああ、やってしまったな、、、。
手で触ってみても、特に筋が切れたような変形はないし、
極端な腫れもない。
ただ、じっとしていても、じわっとした痛みがあり、
ひねりの入った動作をすると、ズキンと痛む。

これは、若い時にやったことのある、
「テニス肘」というやつだなっと、ピンときた。
いえ、その時も、決してテニスをしてなったのではなく、
ある仕事の作業で痛めたのだ。
その時医者の確認したように、
手の平を下にして腕を伸ばして、
中指を上から押してみると、肘の外側が、
アッイタタタタ、、、、。
とにかく動かさないことだ。

すべての動きに痛むわけではなく、
ちょっと捻りのあることをすると痛むのだ。
例えば手ぼうきで床を掃いたり、
柱時計のネジを撒くような動作だ。
テニスをする人がなりやすいので、
「テニス肘」という名前が付いているようだ。
そういえば、テニスのラケットと、
そばの揚げざるは、形が似ているかもしれない、、、。

ということで、今、そばを釜から揚げるのは、
左腕でやっている。
強い痛みは一週間ぐらいで消えたが、
一月以上たった今も、右手で揚げざるを持つと鈍い痛みがある。
まあ、無理をせずに、しばらく右腕には楽をさせよう。

なんだかんだで、今回は医者に行かなかった。
前回の例から見ると、痛み止めをくれるぐらいだからね。
何よりも、医者の口から、
「若い時と違うのだから、無理をしてはいけません。」
等と言われるのがシャクなのだ。

六十を過ぎて「五十肩」になったと言って、
喜んでいる人がいたけれど、
私も、六十になって「テニス肘」になったって、
自慢して歩こうか。
、、、いや、自慢できるものではないね。
とにかく、気をつけよう。


Agezaru

 

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2015年7月23日 (木)

今度はスペインで、削ぎたてを食べてみたい!!!生ハム「ハブーゴ」。

「あれっ!なんでこんなものが、ここにあるのだ!」
というのが、最初の感想。

二ヶ月ほど前、
休みの日に、自宅の近くのスーパーを覗いたら、
ハムのコーナーに、少し変わったものがあった。
よく見るとスペイン産の生ハム。
それも、最高品質と言われる、
ハブーゴ産のベジョータなのだ。
えっ、なんのことかって。
殆どの人には、意味がわからないよね。

かって、スペインに半年ばかり飲み暮らしていたが、
こんな高級品は、ついぞ口にしなかった。
だいたい、スペインのバル(飲み屋)でつまむ、
当たり前の生ハムといえばハモン・セラーノ。
これは白豚種から作られたもので、値段も手頃。

時々は、倍以上の値段のするハモン・イベリコなんぞも食べることもあった。
こちらは、スペイン特有の黒豚種。
最近はイベリコ豚といって、
日本でもお馴染みになりつつある豚の生ハム。

さてさて、スペイン人のグルメの欲求はすざましい。
なんと、この豚を、どんぐりを喰わせて太らせて、
ハムにすると、ことさら美味しいというのだ。
そうして、厳しい基準を作り、
秋にどんぐりだけで育てられた豚を、
「どんぐり豚」、スペイン語でベジョータと呼ぶようにしたのだ。

私も、豚の産地を旅した時、バスの車窓からも眺めたが、
この「どんぐり豚」の育て方は面白い。
ただ、餌にどんぐりをやればいいのではない。
一頭一頭が、じつに伸びやかに育てられているのだ。
だいたい50坪ぐらいの広さだろうか、
石を積み上げて囲いを作り、
その中に一頭だけ、イベリコ豚が放たれている。
そして、各区画には、必ず、ドングリの木が植えられているのだ。
なるほど、自然に木に実がなって、豚の餌になるのだね。

という風に、手間のかかった育て方をするので、
「どんぐり豚」の生ハムは、とても高いものになる。
私なんざ、いつも、メニューを横目で睨んだだけで、
ついぞ、お目にかかったことのないシロモノなのだ。
ましてや、その「どんぐり豚」の中でも、
一番質がいいとされる「ハブーゴ」なんてね。

それが、
なんと、近所のスーパーの棚にあるのだ。
薄くスライスされてパックされてね。
これは買っていかなければ、
と手を出しかけたが、、、、
ちょっと待った。
値段は30グラムで二千円。
日本の生ハムの20倍以上のお値段。
まして30グラムなんて、
あっという間。

むむむ、、、、
待てよ。
このスーパーのお客で、
この生ハムの価値を知っている人がいるのだろうか。
この値段の生ハムを買う人がいるのだろうか。
きっと、
売れ残って、消費期限間近になれば、
値段が下がるに違いない。
どうせならそこまで待つか。

ということで、
毎週、まったく売れていないことを確かめながら、
待つこと二ヶ月あまり、
ついに、消費期限の一週間前に、
パカっと赤いシールが張られていた。
なんと1300円引き、
つまり三分の一の値段ということ。
さっそく数パックを買い物カゴへ、
何か、我ながら、恥ずかしい買い方だなと、
後ろめたさもあるが。

ということで、
前置きが長くなってしまったが、
じつに、じつに、
美味しいものをいただいた。
いわゆる獣臭さの無い、
どちらかと言えば、
果物系の香りを感じさせられる肉だった。
もちろん、
スペインのテンプラニーリョ種のワインと一緒にね。

この味を作るために、
多くの人の努力が積み重ねられてきたのだな、、
と思う。
私も、そんなそばを作りたいね。

ちなみに、
そのスーパーでは、
これに懲りずに、
新たに同じハブーゴを仕入れた。
私としては、またまた、密かに、
三ヶ月後を楽しみにしている、、、、のだ。





Habugo

 

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2015年7月10日 (金)

機械で切ったキャベツと、包丁で切ったキャベツとでは、味が違う!

久しぶりにあるお店で、
刺身を味わうことが出来た。
やはり、切りたての刺身は美味しいね。
刺身は、切るだけの料理とは言え、
その切り方で、口に入った印象が、
ずいぶんと変わるもの。
よく切れる包丁で、
魚の身の筋を見極めて切れば、
しっかりと、角の立った刺身となる。

刺身に付けられているのが、
大根を細く切った「つま」と言われるもの。
その大根も、ちゃんと薄く桂むきをして、
手で刻んだもの。
それだけでも、いい仕事をしているなあ、と思ってしまう。

例えばスーパーの刺身や、
大きな居酒屋の刺身にも、
当たり前のように、大根のつまは付けられているけれど、
この店のように、シャキッとしていない。
噛んでも、水っぽく感じるだけ。
これは、カッター、
つまり機械で切られた大根のつまなのだね。

とんかつ屋さんの必要アイテム、キャベツもそうなんだ。
最近はどこへ行っても、
スライサーという優秀な機械で切られたキャベツが添えられている。
確かに水を切られてシャキシャキとしているけれど、
やはり、どこか違うなあ、、、と思ってしまう。
小さな店では、ご主人が、隙を見てはキャベツを包丁で刻んでいる。
そういう包丁で刻まれてたキャベツは、
なんとなく、食べた感じが違うのだよね。

そば屋の薬味のネギだってそうだ。
モーター式のネギカッターを使えば、
あっという間に、薬味のネギが造られる。
一方、手で切るといえば、
包丁をよく研いで、
薄めに刻んでいかなけれならない。
中には、空中斬りをする達人もおられる。

これも、どことなく、
違いがある。
水にさらされて、同じようにクシャクシャとしていても、
歯ごたえに差があるのだよね。

包丁で切るのと、
カッターなどの機械で切るのとでは、
見た目は変わらない。
でも、食感には、大きな違いができるのだ。
多分、機械の場合は、繊維がうまく切れないのだろうねえ。

だから私は、
他の店にそばを食べに行っても、
小さな店なのに、ネギカッターを使っていると、
なんだか、がっかりしたり、
観光客の多い大きな店で、少々乱暴ながらも、
包丁で切ったネギを出されると、
その店を見直したりする。

そばの味がうんぬんよりも、
そんな店の姿勢を、
見極めたいからね。

今はいろいろな便利な道具があるけれど、
やっぱり、料理の基本は包丁なんだよね。

んなもんで、
畑で採れたタマネギのサラダを作るときも、
しっかりと包丁で刻んでいる。
タマネギを刻むと涙が出るって言うけれど、
私に出るのは、アクビばかり、、、。

そんな、包丁と機械切りの違いを、
多くの人に感じていただきたいなあ。

Tamanegi

 

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2015年7月 2日 (木)

「瑣事(さじ)」を愛するものは、、、、、。

なにやら、スポっと気の抜けたような気分になってしまった。
まさか、そんなことをする人がいるとは、
まったく思ってもいなかった。
育つのを楽しみにしていたのに、、、。

いえ、ご開帳の忙しさから開放されて、
気が抜けたわけではない。
他の人には些細な事かもしれないが、
ちょっとショックな事があったのだ。

店の入口に、ツバメの巣があり、
今年も、巣作りが始まった。
古い巣を補強し、
親鳥が交代で卵を温め始めたのは、
まだご開帳期間中で、
多くの人で賑わっているた時期だった。

その下を通る人の出入りの多さにもかかわらず、
ツバメは根気よく巣に座り続けていた。

Tubame1
そして、ご開帳が終わり、
かんだたにも、長野の街にも静けさが戻った頃、
ヒナが生まれた様子だった。

まだ、鳴き声もなく、
親ツバメは、時々巣に立ち寄って、
餌を与えている様子。
夜は、半分羽根を広げるようにして巣に座り、
寒さからヒナたちを守っていた。

やがて、親の羽音が聞こえると、
ヒナたちが、まだ細い首を持ち上げているのが、
見えるようになった。
「今のところ二羽かな。」
「いや、三羽はいると思う。」
などという会話をスタッフともしていた頃だった。

朝、仕込みをしていると、
妙な音がするので玄関を出てみた。
すると、近所の店に手伝いに来ているおばさんが、
モップの柄を伸ばして、そのツバメの巣を落としていたのだ。

なんてことをするのだ、
と思って駆けつけた時には、
すでに巣はバラバラになり、
まだほんの小さなヒナが、タイルの床の上でうごめいていた。

私の剣幕に、
最初はきょとんとしていた、そのおばさんだった。
いつもは店の入口には来ないのに、
たまたま、水道の栓の確認に来て、
フンを落とされて頭にきて、
なんの迷いもなく、巣を壊してしまったのだ。

さすがに悪いと思ったのか、そのおばさん。
プラスチックのかごを持ってきて、紙で包み、
ヒナを入れて、元の場所に吊るした。
しかし、ヒナは、落ちたショックで、すでに虫の息だった。

それでもと思ったが、
さすがに親鳥は、
なかなかプラスチックのかごには寄りつかなかった。
何回もの逡巡の末、
やっと親鳥は人工の巣に留まった。
でも、その親鳥に反応するヒナは、
たった一羽だけのようだった。

その一羽も、
翌日には力尽きたようだ。

巣の落とされた夜、
親鳥たちは、巣の近くの看板の上に止まり、
巣の方をじっと見つめて過ごしていた。
ツバメの親の、そんな健気さに、
なにやら、胸が締め付けられてしまった。

Tubame2

スタッフみんなで、
今年は何羽育つのかなあと、楽しみにして、
見守っていたのに、一瞬にして、それが壊されてしまった。
そう、世の中には、価値観の違う人も、
たくさんいるのだ。
か弱い生き物を、
平気で殺せる人もいるのだね。
そのおばさんにとっては、アタリマエのことだったのかもしれないが。

ということで、
ツバメの巣のあった空間は、
心の中では、大きな空洞へとなってしまった。
他の人から見れば、
些細な事なのだけれどね。

「瑣事(さじ)を愛するものは、
 瑣事のために苦しまねばならない。」
と言ったのは、芥川龍之介だったっけ。

「瑣事」とは、些細(ささい)なこと。
他の人の愛する「瑣事」というのは、
なかなか気が付かないもの。
そういうものを、大事にする、、、
いや、少なくとも、傷つけないような生き方をしていきたいね。




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