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2014年12月23日 (火)

昔は、薪でそばを茹でていた。それに比べて、、、。

昔のことを書いた本を読むと
そばを茹でるために、
薪を燃やして湯を沸かしていたそうだ。

この薪を燃やすというのが、
かなり難しいそうだ。
簡単に火力を調整できないから、
その加減を覚えてることは、
容易なことではなかったらしい。

火が強すぎて湯がたぎっていれば、
そばは、湯の中で回ることができず、
そら煮えになっていまう。
火が弱ければ、
そばは浮かび上がってこず、
蒸したようなそばになる。

それを、客の出入りにあわせて、
調整しなければならないのだから、
昔の職人さんは、大変だったろうなあ。

私も、野外のイベントで、
何回か、薪のかまどでそばを茹でたことがある。
安定した火力を得るためには、
だいぶ前からかまどを温めておかなければならない。
かまどの中で燃やすのではなく、
焚口で薪を焚き付け、
中に炎を送り込むような感じで燃やすと、
一番効率がいいと、年配の方に教わった。

ごく内輪のイベントだったから、
続けて茹でることができたけれど、
今の店で、
お客様に合わせて茹でるとすれば、
とんでもないことになってしまうことだろう。

そう、
今はガスで、簡単に湯を沸かすことができる。
ハンドル一つで、
火力を調整することができる。
いや、それが当たり前なんだよね。

だから、
店によっては、
釜にそばをボコっと入れて、
あとは、タイマーがピコピコ鳴るまで、
他の仕事をしている店もある。

でもね、
そばを茹でるというのは、
やはり、そんな簡単な事ではないような気がしてきた。

なんというか、
茹でるそばの量にもよるし、
そばの茹で湯の濃さにもよるし、
何より一番いけないのは、
未だに、均一にそばを打てない私の技で、
微妙にそばが太かったり細かったりする。

それに合わせて、
そばを茹でなければ。
だから、そばを茹でているときは、
他の仕事をしないことにしているし、
カウンター越しにお客様に話しかけられても、
対応できないのだ。
一見、ボケーッとしているようだけれどもね。

この前入った小さなパスタ屋さんでは、
なんと、寸胴を使ってパスタを茹でていた。
今は、小かごがついたパスタマシーンが当たり前なんだけれども、
その店では、使わないのだね。

じっと沸いている湯を見つめているご主人の姿を見ながら、
ああ、私と同じなんだな、、、
などと思ってしまった。

道具は簡単便利になったけれど、
茹でる技術は、
薪を使っていた時代と基本的には変わらないのだ。
火加減を調整しながら、
少しでも、いいそばを作れるようにしなければね。





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2014年12月15日 (月)

「年越しそば」と「正月営業」の準備中、、ということに、かこつけて。

この冬は、暖冬とかの予想だったが、
早いうちから寒波がやってきた。
こう寒々としてくると、
皆さんの足も、ついそば屋から遠ざかるようだ。
やっと静かな営業になった、
などとのんびりしている間もなく、
この静かな時に「年越しそば」と、
正月の営業の準備をしておかなければならない。

そばを入れる箱やパッケージの数を確かめ、
汁入れや、印刷物の用意をしておかなくてはならない。
続々と入る注文を、
間違えないように記録しなければ。
醤油やみりん、かつお節などの材料も、
仕入れの計画を立てておく。

ここ二、三年は、
「年越しそば」を送る注文がだいぶ増えた。
毎年注文していただく方や、

店でそばを召し上がってから、

依頼をされていく方もいらっしゃる。

また、31日は、
店に取りに来ていただくのだが、
こちらは地元のお客様。
居酒屋時代から引き続き、
注文を頂いている方もいらして、
感謝にたえないところだ。

ということで、
店での営業は、
30日、31日は休ませてもらっている。
年越しそばを店で食べたい、、
というお客様の話もあるのだが、
そば打ちで、まさに手一杯となってしまうので、
ご勘弁を。

年を明けて、元日からの営業となるので、
こちらの方も準備をしておかなくては。
えっ、なんの準備かって?
何しろ年末から年始の間は、
そばをたくさん打たなければならないし、
大勢のお客様をお迎えしなければならない。
「腰が痛い」とか、
「脚がしびれる」とか、
「眠た〜い」とか、
「腹減った〜」とか言ってられないのだ。

だから、今のうちに身体を休めておこう、
と思うのだが、なかなかそうも行かない。

先週になって、
やっと「かんだた瓦版」ができて、
その発送を終えたところ。
拙い文章だから、
暇で暇で死にそうだ、、、という時にでも、
仕方なしに見ていただければと思う。

このブログも、
忘れずに更新しろ!、、、、
という、お叱りも頂いております。
すみません。

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2014年12月 2日 (火)

原子力のゴミは、たった、10万年管理すればいい。

前からずっと、
心に引っ掛かる事があって、
なにやら、ズルズルと、
引きずりながら、日々の暮らしの中に埋もれてきた。

それでも、
電気のスイッチをひねったり、
エアコンの温度を調整したり、
冷蔵庫のコンプレッサーの音を聞いたりすると、
あれっ、と思い起こされる時がある。

私には、関係ないことだと、
割りきってしまえばいいのだが、
若いころに、なまじ関わったことがあるので、
どうしても、気になっているのだ。

なんのことかって。
日本の原子力発電のことだ。

あ〜あ、なんと複雑怪奇な問題なのだろう。
そば屋のブログに書くようなことではない。

が、あえて、書かせていただこう。

東日本大震災が起こる前の、
電気事業連合会の作ったパンフレットに、
こんなことが書いてあった。
この団体は、原子力発電を推し進めるための、
啓蒙活動をしている。

「原子力発電によって生まれる、
高濃度の廃棄物は、
日本人一人の一生で、
たった、ゴルフボール2個分でしかない。」

これは、日本の電力の40%を原子力に頼った場合のお話。
つまり、原子力発電で生まれる燃料のゴミは、
ほんの少しだと言いたいようだ。

そうか、
一生で、たった、ゴルフボール二個のゴミしか出ないのだ。

でも、
そのゴルフボールで、
ゴルフをする訳にはいかない。
そのボールでゴルフをするほど近づいた人間は、
すぐに、この世からいなくなることだろうね。

そんな危険なゴルフボールを、
その辺に置いておく訳にはいかない。
しっかりとした容器に入れて、
地下300メートル以上の深さに埋めてしまうのだそうだ。
そうして、そこに人間が近づかないように、
ほんの10万年ほど、管理をするのだそうだ。

地球の歴史は46億年。
地上を恐竜がのし歩いていたのは一億年前。
それにくれべれば10万年なんて、
あっという間さ。

、、、というわけらしい。

私達は、今の便利な世の中を享受した「ツケ」を、
後々の人々に残さなければならなくなる。
せいぜい80年少ししか、
いや、中にはもっと長生きをする方はたくさんいるけれど、
そのくらいしか生きられない人間に、
10万年という時は長すぎる。

それだけの原子力のゴミを、
抱え込んで、
大丈夫なのか、、、というのが、
私の気がかりなのだ。

それに対して、
楽観的な方もいらっしゃる。
将来科学技術が進めば、
そういうものを処理する方法も見つかるさ、、と。

でも、もしそうならば、
せめて、
原子力を使うのは、
そういう方法が見つかってからにしたら、
いかがなのだろうか。

世の中、
とにかく今さえ良ければいい、
という方向に動いているような気がしてならない。
あとはどうにかなるさ、という、
刹那的な感情が、地球を覆っているようにも見える。

でも、人間は、賢い選択をすることもできる。
だからこそ、人間なのだよね。

などと、
難しいことを書いてしまったが、
私としては、安心して、美味しく、
そばを召し上がっていただきたいと思っているだけだ。
十年後も、二十年後も、
百年後も、三百年後も、、、

、、、十万年後は、想像できないなあ。

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