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2014年10月31日 (金)

風流を味わう「菊切り」

月に一度、日曜日に行っている「変わりそばの日」。
今月は、季節に合わせて、
菊の花をそばに打ち込む「菊切り」だった。

菊の花は、新潟とか東北地方では、
よく食べられるそうだ。
菊は天皇陛下のご紋でもあるので、
その菊の花を食べるなんて、
「もってのほか」だということで、
そのように呼ばれているらしい。

さて、この日のために、
かんだたでは、畑に食用菊を植えて、
春から用意していたのに、
どういうわけか、つぼみはたくさんあるのに、
まだ、花が咲かない、、、、。

他の畑では、もう咲き始めているのだが。
育て主に似て、へそ曲がりな菊に育ってしまったようだ。

仕方なく、今回は、
秋田産の菊の花を使用。
花びらをばらして、酢水で茹で上げる。

Kiku1

茹で上がった菊の花を、
ミキサーでペースト状にする。

Kiku2

それを、湯で回した更科粉に混ぜる。
水加減は、ペーストにした分を考慮して少なめに。

Kiku3
これを、くくって、こね上げて伸ばしていく。
均一な玉にするために、くくりにやや時間がかかった。

変わりそばの場合は、
延しが難しくなることが多いが、
比較的生地の伸びのいい感じ。
だが、やはり、周りから割れてくるので、
注意が必要。

Kiku4

そうして出来た生そばは、
あまり色は濃くないが、
茹でると鮮やかな黄色になる。

Kiku5_2

食べるとほのかに、ツンとした菊の花の香がする。
更科そばの甘みも引き立つようだ。
秋の季節にふさわしい変わりそばと言えるね。

以前に「変わりそば」というのは邪道だという、
かなり厳しい意見をお寄せになった方が居た。
それはそれで、
確かなことだ。

そばとはこういうものだ、、、
という、道を進まれる方には、
そう、思われても、しかたがないことだ。

しかしながら、
「変わりそば」というのは、
味がどうのこうの、というより、
どちらかと言うと、
「心の遊び」の世界になる。

風流を好み、
季節の移り変わりを楽しむ、
そういう遊びを知っておられる方の楽しまれるそばとして、
江戸時代から好まれてきたのだ。

だからね、
そんな遊び心のある方に楽しんでいただきたいなあ。

   菊の香や奈良には古き仏たち    芭蕉

これに習って私も

 菊の香や信州信濃の善光寺  かんだた

口では風流などと言っていながら、
まだまだ、そのへんでは未熟だなぁ。



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2014年10月20日 (月)

今もって、映画館のシルバー割引には気が引けるが。

自分でも信じられないのだが、
私はこの春で、還暦を迎えた。
いつの間にか「ジジイ」になっていたのだね。

そりゃそうだ。
髪の毛は薄くなり、
頭の皮が輝きだしている。
歯は虫歯だらけで、
ついに入れ歯の厄介になってしまった。
眼は、冷蔵庫の扉に張られた伝票が読めなくなり、
ついに、遠近両用なるメガネを常用するようになった。

若い時から腰痛持ちだったが、
今は、右足が痺れ始め、
少し休んでから歩き始める、ということもしばしば。
ショーウインドーに、背中を丸めた老人が映っていると思ったら、
自分だったと気づいて、
唖然とすることしきり。

健康診断に行ったら、
特に異常はなく、
新しい先生に、
「このままで80歳まで行きましょう。」
といわれた。
今までは、80歳というと、
雲の彼方の、ぼんやりとしたものだったのに、
急に、現実的な目標となって、はっきりと見えてしまった。

映画館に行くとシルバー割引がある。
初めてこの割引を使おうと思って、
「シルバーです。」
といえば、
「はい、シルバーですね。」
と、いとも簡単に割り引いてくれる。
なにやら、得したような、
寂しいような。

でもね、
街に出て周りを見回してみれば、
「ジジイ」と「ババア」がたくさん溢れているのだ。
先月登った北アルプスの燕岳(つばくろだけ)だって、
半分近くの登山者が、
そういうお歳と見受けられた。

今や元気な「ジジイ」と「ババア」が、
世の中にあふれている時代。
先日の新聞でも、
30代の女性よりも、
60代の「ババア」のほうが、
運動能力が高いというような記事を眼にした。

私も、そば打ちという仕事を続けるためには、
元気を保ち続けなければいけない。
世の中には、80歳を超えても、
そば打ちをしている方がいらっしゃるのだ。

でも、無理に裏付けされた「元気」ではいけないのだろう。
それなりに、体は衰えていくもの。
そういうものを受け入れながら、
皆さんに喜んでいただく仕事をしなければ。

そうしてねえ、
元気な「ジジイ」と「ババア」さんには、
「そば」を召し上がっていただき、
死ぬまで長生きしていただきたいものだ。

てっね。

Sinsoba

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2014年10月14日 (火)

タタミ二畳の茶室でそばを食べれば。

ちょっと想像してみると、
タタミ二畳の広さの部屋というのは、
かなり狭いように思える。
ところが、実際に中に入って見ると、
何やら、こじんまりとしていて、居心地がいいのだ。

ある陶器展で、
なんと千利休が作ったとされる、
国宝の茶室、待庵(たいあん)が寸法そっくりに再現されていた。
もともと大工だったその陶芸家が、
壁の質感から、天井の竹の編み方までこだわって、
何年か掛けて組み上げたものだった。

入り口は、にじり口と呼んで、
普通の半分ぐらいの高さしかないから、
体を小さくかがめて入る。
そうして入ると、
やや低めの天井も圧迫感もなく、
すっと、タタミの上に座れるのだ。

隅に湯を点てる炉が切ってあり、
ここで主人は、三人ぐらいの客をもてなす事ができそうだ。
二畳の広さは、相手との距離も、
遠すぎず、近すぎず、心地良い会話ができそうだ。

これはレプリカではあるが、
こういう空間で、利休が、
秀吉や黒田官兵衛をもてなしたかと思うと、
何やら楽しくなる。

お茶を心から楽しむために、
利休はこの二畳の茶室に、
気持ちを凝縮させたのだね。

さて、
食事をするにも、部屋の広さというのが、
結構大切な要素となるようだ。

和食の料理人の神田裕行さんのおっしゃることには、
「箸の長さでお膳の寸法が決まり、
天井の高さが定まる日本料理は、
狭く、静かな環境で、
味を迎えに行くものとされる。」
のだそうだ。

だから、体育館のような広いところで、
吸い物を飲んでも、うまく感じないという。
和食の薄い微妙な味を感じるには、
ある程度、閉ざされた空間が似合うのだね。

ならば、そばだって、同じかもしれない。
何やら、卓球場にテーブルを並べたような店よりも、
こじんまりとした区切られた空間の中で食べたほうが、
同じそばでも、感じ方が違うことがあるかもしれない。

そういえば、東京の老舗蕎麦屋のあの狭いテーブルで、
肩をつぼめながら食べるそばは、
なんとなく味わい深く感じられる。

お茶をやられる方に聞いた話。
あの茶室の狭い入り口、にじり口は、
頭を下げないと、中に入ることができない。
頭を下げることによって、先入観を取りのぞき、
無垢の心となって、お茶と向き合えるのだそうだ。
だから、あえて、あのような小さな入り口にしてあるとか。

それなら、私の店も、
入り口を狭くして、
屈まないと入れないようしようかな、、、、。

いやいや、
大切なのは、そばを味わえる、
適度な緊張感のある店作りに努めることだろう。
そのためには、まず、
店主が、しっかりとした顔をしていなくては。
ってね。


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