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2014年5月 8日 (木)

宮本武蔵は「そば」を食べたか?

お客様が集中するゴールデンウィークを乗り切り、
やっと、ホッとしているところ。
皆さん、ありがとうございました。
混み合って、ご不便をかけて恐縮でした。

さて、私は、メールマガジンというものを発行している。
月刊のつもりなのだが、いつの間にか、間が空いてしまい、
今では、半年に一回という有り様。
今回も、「六ヶ月以上発行しないと、自動的に廃刊になります。」
というマガジンスタンドからの催促を受けて、
やっと、書き上げて発行した。

メールマガジンには、
出来るだけ、そばの文化的な背景をテーマに書かせていただいている。

今回のテーマは、
「宮本武蔵はそばを食べたか?」。

吉川英治の小説「宮本武蔵」にそばを食べるシーンがある。
ところが、それは間違っていると指摘した、
歴史研究家がいた。
小説の武蔵がそばを食べたのは、
推定すると1620年頃。
しかし、江戸でそばが売り出されたのは、
1664年の吉原からだという記録が残されている。

つまり、宮本武蔵の生きた時代には、
江戸にはそばはなかったというのだ。

でも、その後、あるお坊さんの日記に、
武蔵の時代に、そばを食べたという記録があることが発見された。
さらに、さかのぼって、
1574年に、長野県は木曽のお寺で、
「そば切り」が振る舞われたという記録も見つかった。

食べ物の記録というものは、
あまり克明に残されるものではないらしい。
今のように、細長く切るそばは、
いったい、いつごろから食べられていたのだろうか。
はっきりとしないようだ。

木曽で、その時代に「そば切り」が食べられていたとすれば、
その前年に亡くなった、武田信玄はそばを食べたのだろうか。

などなどと、想像が働いてしまうが、
最初のころの「そば切り」は、
どうも、今のようなそばとは違ったものだったようでもある。

どちらにしろ、
今のそばのスタイルが出来たのは、
江戸時代の半ばごろ、
およそ300年ぐらい前のことらしい。

剣豪、宮本武蔵がどんなそばを手繰ったのか、
そんなことを想像しながら、
そばをいただくのも面白いかな。

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