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2014年5月26日 (月)

打ち粉を振るのも技のうち。

そば打ちに欠かせないのが「打粉(うちこ)」だ。

木鉢でそば粉を練り上げて、
丸い玉になって、打ち板の上に載るときから、
打粉の活躍となる。

そば生地を薄く延ばしていく作業では、
こまめに打粉を振り、
常に、生地の表面を覆うようにする。

そうしないと、
延ばそうとするそば生地は、
打ち板にこびり付いたり、
麺棒に絡まったりしてしまう。

そば打ちを教えてみると、
どうも初めての方は、
この、打粉の扱い方に苦労されているようだ。

そば生地を延ばして、いったん巻き取る時に、
さっと、薄く、打ち板に打粉を散らし、
拡げた時には、
空いている方の手は常に生地の上を撫でて、
打粉が行き渡るようにする。

上手な人のそば打ちを見ていると、
この、
打粉の振り方が、実にうまいんだよね。
そして、少なめの打粉でも、
きれいにそばを打ち上げる方もいる。

私なんぞ、
多めの打粉を使う方なので、
そば打ち場は、打粉のために、粉だらけ。
まだまだ、この辺を、工夫しなければいけない。

昔の、
いや、今でも使っているところもあるが、
ロール式の製麺機でそばを作れば、
打粉の使用は、ほんの僅かですむらしい。
しかしながら、手打ちの場合はそうもいかない。

よく、
麺棒にそばがくっつくので、
何かを塗るのですか、、、
などと聞かれるが、
麺棒は、直接そばに触れるもの、
それが口に入るのだから、何も塗ってはいけない。
こまめに手を動かして、
打粉をそば生地にまぶさなければならないのだ。

でも、
でも、
ひょっとしたら、
今の時代だから、
「打粉を使わなくても、生地がこびり付かない麺棒」
「打粉なしでそばが打てる!ハイテクそば用伸し板」
なるものが、
どこかで、
密かに、
開発されつつあるかも、、、、
、、しれない。

私は使わないけれどね。
たぶん。

Puerpo

 

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2014年5月19日 (月)

花一輪でも、店の気持が伝わる。

知り合いの方が、
今年も山芍薬(やましゃくやく)の花を持って来てくれた。
一輪だけだけれど、
白い大きなその花は、
なんとも、気品が漂う。

カウンターの隅に置いておいたら、
何人かのお客様が気づかれた。
でも、
この美しい花は、
咲いてから一日しか持たない。
よく咲いたなあ、、、
と見ているうちに、白い花弁の一枚が、
はらり、と落ちてしまうのだ。

そば屋というのは、
なかなか料理で季節感を出すのが難しい。
せめて、季節の花を飾って、
季節の移ろいを感じていただけたらと思っている。
そんな花に、
気づいていただき、話が弾むこともある。

花については、女将の方の専門で、
私はよくわからないが、
それでも、他の店などに行った時など、
自然と花が目に入る。

ある料理屋さんの座敷では、
床の間に書が飾られ、
その下に、季節の花が生けられていた。
他の料理屋さんの座敷では、
床の間がハンガー掛けになっていて、
花も書もなかった。

同じようなおいしい料理をいただくにしても、
そんな心がけひとつで、
味わいが変わるような気もする。

ある山の中のそば屋で、
窓際に、その季節としては珍しい色の花が飾ってあったので、
なんだろうとよく見たら、
プラスチック製の造花だった。
ああ、この店は、
偽物の花を本物に見せようとしているのだな、
と思うと、
なにやら、そばも、
そんな、偽物の匂いのするような気がしてしまった。

まだ、寒い季節に入ったそば屋には、
大きな花瓶に蠟梅(ろうばい)が生けてあった。
近づく春を感じながら、
冷たいそばを、心暖かくいただくことが出来た。

花には興味のない方もいらっしゃるかもしれないが、
さりげない「おもてなし」の気持として、
一輪の生きた花を置くだけでも、
雰囲気の変わるものだと思う。

実は、この花の手入れには、
思うより、手間のかかるものだ。
花については、女将のブログ、
そば屋の花」をご覧あれ。

人生において、
「そば」の味が判ると言うことは、
素晴らしい喜びだ。
そして、
「花」の名前を知っているというのは、
さらに深い彩りを与えてくれる。
、、、って、
誰か言ったかなあ。

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2014年5月12日 (月)

そば屋は爪楊枝を置かなかった。

私の子供のころは、
東京のそば屋には「爪楊枝(つまようじ)」は置かれていなかった。

そばは手繰るもので、
歯に当てるような野暮な食べ方をするものではない。
、、、ということで、
爪楊枝は置かなかったのだそうだ。

ある人が、
そばを食べた後に爪楊枝が欲しいと言ったら、
女将さんから、
そばの食べ方が悪い、と怒られていた、
という話も、耳にしたこともある。

まあ、そんな理屈をこねて、
ケチなそば屋は、
爪楊枝代まで節約していたわけだ。

そば屋には種物があり、
例えば「おかめ」なんぞを頼むと、
カマボコや青菜が載っているのだから、
歯に隙間のある人には、
爪楊枝が欲しくなることもあるかもしれない。
まさか、カマボコや青菜まで、
歯に当てないで食え、
つまり、吞み込めというわけではあるまいに。

まあ、
昔は、そば屋は食事の場であると同時に、
粋(いき)を張る場所でもあったんだね。
食べ終わってすぐ、
人前で、爪楊枝を使うような野暮(やぼ)を、
そば屋は受け入れたくなかったのかもしれない。

いつのまにか「粋」が影をひそめ、
今や野暮が、
大通りの真ん中を、
威張って歩いている時代となった。
だから、
たいていのそば屋には、
テーブルに爪楊枝が置かれている。
「かんだた」にも、置いてある。

でも、
老舗というそば屋には、
今でも爪楊枝は置かれていない、、、、
最近は行っていないので、わからないが、
たぶん置かれていないことだろう。
いや、
置かれていなければいいなあ、、、、。

で、私は、
打ったそばの太さを確かめるために、
爪楊枝をつかっていたりして、、、。

Parillo

 
 

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2014年5月 8日 (木)

宮本武蔵は「そば」を食べたか?

お客様が集中するゴールデンウィークを乗り切り、
やっと、ホッとしているところ。
皆さん、ありがとうございました。
混み合って、ご不便をかけて恐縮でした。

さて、私は、メールマガジンというものを発行している。
月刊のつもりなのだが、いつの間にか、間が空いてしまい、
今では、半年に一回という有り様。
今回も、「六ヶ月以上発行しないと、自動的に廃刊になります。」
というマガジンスタンドからの催促を受けて、
やっと、書き上げて発行した。

メールマガジンには、
出来るだけ、そばの文化的な背景をテーマに書かせていただいている。

今回のテーマは、
「宮本武蔵はそばを食べたか?」。

吉川英治の小説「宮本武蔵」にそばを食べるシーンがある。
ところが、それは間違っていると指摘した、
歴史研究家がいた。
小説の武蔵がそばを食べたのは、
推定すると1620年頃。
しかし、江戸でそばが売り出されたのは、
1664年の吉原からだという記録が残されている。

つまり、宮本武蔵の生きた時代には、
江戸にはそばはなかったというのだ。

でも、その後、あるお坊さんの日記に、
武蔵の時代に、そばを食べたという記録があることが発見された。
さらに、さかのぼって、
1574年に、長野県は木曽のお寺で、
「そば切り」が振る舞われたという記録も見つかった。

食べ物の記録というものは、
あまり克明に残されるものではないらしい。
今のように、細長く切るそばは、
いったい、いつごろから食べられていたのだろうか。
はっきりとしないようだ。

木曽で、その時代に「そば切り」が食べられていたとすれば、
その前年に亡くなった、武田信玄はそばを食べたのだろうか。

などなどと、想像が働いてしまうが、
最初のころの「そば切り」は、
どうも、今のようなそばとは違ったものだったようでもある。

どちらにしろ、
今のそばのスタイルが出来たのは、
江戸時代の半ばごろ、
およそ300年ぐらい前のことらしい。

剣豪、宮本武蔵がどんなそばを手繰ったのか、
そんなことを想像しながら、
そばをいただくのも面白いかな。

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