« メニューは手書きで、、悪筆ですけれど。 | トップページ | 音威子府は北海道で一番小さな村。 »

2014年4月 1日 (火)

〜あたしゃも少し 背が欲しい〜

  〜〜金もいらなきゃ女もいらぬ
     あたしゃも少し 背が欲しい〜〜

などという言葉を、
決め台詞にしていたお笑いグループがあったなあ。
もう、大昔のことだけど。

そういう私も、
子供の頃から、
背が低かった。

小学校や中学校では、
朝礼の時、クラスごとに背の高さの順に並ぶのだが、
いつも、一番前が指定席。
中学になれば伸びると言われ、
確かに、その通りに背が伸びたのだが、
他の人の方の伸びの方が大きかった。

男ばかり三人兄弟の中でも、
どういう訳か、
一番背が低い。
小学生のころからやっていた柔道のせいか、
はたまた、中学時代に、
毎日、重い束を担いで走る新聞配達をしていたせいか。
それとも、親の因果が、、、、。

大きくなって、
背が伸びないのは、
栄養不足のせいだと、
もりもりと食事をとったら、
伸びたのは横方向だったね。

でも、
背が低いからと言って、
生きていく上で、それほどの困難があるわけではない。
時々、背の高い人たちの会話が、
ビルの三階あたりの話に聞こえたり、
周りを見回すことができない人ごみが、
どちらかというのが苦手だったり、
既製品のスーツの袖の丈が、
長過ぎたりする程度だ。

そばを打つのも、
道具を私の背の高さに合わせて作ってある。

そば粉を捏ねる木鉢の高さも微妙だ。
肘を落として水回しができ、
腕を延ばして、体重をかけて捏ねることのできる高さ。
自分で台を作って、何度か調整をした。

打ち台は、
真っすぐ立って、
手の指の付け根の高さということで、
大工さんに作ってもらった。

きっと、背の高い人が、
私のそば打ち場でそばを打つことがあったとしたら、
かなりやりにくいことだろう。
毎日の仕事だから、
私の身体に合わせた道具を使うことが、
無理なく長続きするコツなのだね。

ところが、
私の身体に、合わせてくれない道具がある。

そばを茹でる釜だ。
こちらは、規格で決まっているので、
使う人の背の高さに合わせて、
変えることができないのだ。

釜の湯は、手前から奥に向かって回るようになっている。
だから、そばを掬うときには、
揚げざるを、奥の方から立てるようにして入れ、
ゆっくりと、そばを手前に囲い込むようにして、
一気に掬い上げる。

金魚すくいのように、
横から掬ってはダメなのだ。

その釜の奥まで揚げざるを入れるのには、
手をいっぱいに伸ばさなくてはならない。

今使っている釜は、
それでも、前銅壺(湯タンク)のないタイプなので、
私の背丈でも、充分に届くことができる。

でも、
お客様が混み合う時には、
もう少し、大きな釜が欲しい気がする。
以前に展示会で試したが、
前銅壺のの付いた大型の釜は、
私の背丈では、扱うのが難しそうだ。

お出しするそばの量より、
そばの質の方が大切。
私の出来る範囲のことをしよう。
まさに「身の丈」にあった商売が、
一番なのだろうなあ。

それでも、
時々思ったりする。

 〜あたしゃも少し 背が欲しい〜 

てね。

Kama


→→→人気blogランキング

 

 

 

 

 


|

« メニューは手書きで、、悪筆ですけれど。 | トップページ | 音威子府は北海道で一番小さな村。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« メニューは手書きで、、悪筆ですけれど。 | トップページ | 音威子府は北海道で一番小さな村。 »