« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年2月24日 (月)

冷たい水で、手の皮が厚くなったかも?

長野では気温が低い日が続き、
道路に積み上げられた大雪が、
なかなか消えてなくならない。
それでも、日射しのおかげで、
屋根の雪は、だいぶ薄くなってきた。

しかし、
水道の水は冷たいままだ。

長野市の水道は、
山の水源を使っているとのことで、
とにかく、気温に合わせて、
よく冷えてくれる。

歯を磨こうと、
その水道水を口に含むと、
まあ、よく滲みること。
温度を測ってみると、
4度を切っている。
まあ、マイナスでないだけいいか、
と思いつつ、その冷たい水に、
手を入れなければならないのだ。

釜で茹で上がったそばは、
すぐに水にさらして冷やす。
冷やすことによって、
きりっとした食感が生まれるのだね。

でも、水にさらすのは、
ただそばを冷やすだけではない。
そばの表面に浮き出たぬめりを洗い流す、
そういう目的もあるのだ。

このぬめりをよく落とさないと、
食べた感じが悪くなる。
そばを舌の上に滑らせて味わうと、
なにやら爽やかな感じがしないのだ。

このぬめりは、
けっこう強情で、
よく手で掻き混ぜないと落ちない。
合理化されたそば屋の厨房では、
自動的にそばを洗う、
シャワー洗浄器を使っているところもあるが、
どうも、シャワーだけでは落ちないような気がする。

何度も水を換えて、
しっかりと、手で洗わないとね。

忙しいそば屋なんぞは、
こういう仕事をぞんざいにすることもあって、
そばを食べれば、
その店の姿勢が分かるっていうことになる。

だから、
忙しくとも、そうでなくとも、
私もしっかり、
冷たい水に手を突っ込んで洗うのだ。

あっ、
冷たい!!!
などと言っていられないので、
もう、麻痺しているけれどね。

なんとか、
冷たい水に手を突っ込まなくても洗えないかと、
箸を使ったり、ざるを揺すってみたりしたけれど、
どうもうまく行かない。

やはり、
手を入れて、
何度も水を換えながら洗うしかないのだろう。
だから、
「水ぬるむ」季節が待ち遠しい。
もう、
ま、も、な、く、でありますように。


→→→人気blogランキング

 

 

 

 

| | コメント (0)

2014年2月17日 (月)

そばは茹でる、煮る、炊く?

そばを茹でるのは、
なかなか難しいものだと、
最近は感じるようになった。

どんなに、いい粉を使って、
上手にそばを打てたとしても、
茹で方一つで印象が変わってしまうことがある。

ただただ、煮えたぎった湯に、
そばを放り込めばいいという訳ではないようだ。
パスタを茹でるように、
タイマーをセットして、
ピピピッと鳴ったら引き上げればいい、
ということでもない。

恥ずかしながら、
手打ちということで、
毎日打つそばは、
微妙に太さや固さが違ってしまう。

それに、
釜に入れるそばの量によって、
湯のたぎる具合が変わってくる。

だから、
何秒茹でればいい、
と決められないところがある。

火力もそうで、
沸き立つまでは強火にするが、
それからは、やや火を弱めて、
そばが、釜の中を手前から向こうに、
ゆっくりと、ぐるりと回るようにする。

昔から、
三回まわると、そばが茹で上がるというが、
早く回せば芯が残るし、
遅すぎれば茹で過ぎになる。

うまく茹で上がると、
そばは、湯の中で、
これでもかと膨れっ面をする。
つまり、太くみえてくるのだ。

それが茹で上がりの合図で、
さっとすくって、冷水にさらせば、
先ほどまでの膨れっ面はどこへやら、
つん、と澄ました表情となる。

うまく茹でるのには、
茹でるそばの量と性質に合わせた、
火力の調整と、
時間の見極めが必要なんだね。

ある職人さんの話では、
そばを「煮る」ような気持で、
茹でるといいという。

なるほど、ただただ、
煮えたぎらせた湯にそばを通すのではなく、
そばに、湯という味を染み込ませるような感覚なのだろう。

料理をするときに、この、言葉の感覚というのは、
意外と大切なような気もする。

ちなみに、
私たちは、
「そばを茹でる」
「野菜を煮る」
「ご飯を炊く」
というように、茹でる、煮る、炊く、を使い分けている。

ところが、英語では、すべて同じ「boil」を使うのだそうだ。

でも、
なるほど、日本語は、
きめ細やかな表現があるのだな、
と、おごってはいけない。

英語には、
「ケーキを焼く」
「パンを焼く」
「卵を焼く」
「肉を焼く」
「魚を焼く」
と、それぞれに違う言葉がある。
日本語ではすべて「焼く」という一言しかない。

こういうことが、文化の違いなのだね。

私はそばを「茹でる」という言葉に、
もっと、深い意味を持たせるように、
努めることにしよう。


→→→人気blogランキング

 

 

 

 


| | コメント (0)

2014年2月10日 (月)

せいろは底が抜けている。

そばを盛るのに使う器は、
「せいろ」が一般的。

そばの場合は「せいろ」と平仮名で書かれるのが一般的だが、
本来は「蒸籠」と書いて、
料理に使われる道具のことだった。

どうして「せいろ」が、
本来の料理道具から離れて、
そばの器になったのかは、
諸説あるという。
とにかく、形こそ違うがそうだが、
江戸の時代から使われていたことは確かなようだ。

そば屋の「せいろ」は、
だいたい、漆で塗られているから、
釜の湯気に当てる訳にもいけない。
だいいち、料理に使う「蒸籠」であれば、
スダレは底の方に置かれるはずだが、
そば屋の「せいろ」は、
上の方にスダレが置かれている。

これには訳がある。
江戸時代の終わりごろ、
そば屋が共同で、
そばの値上げを奉行所に申請した。
ところが、お上の方は、
その値上げを認めなかったのだ。
そばの値段が16文であることが、
広く浸透していたからだ。
しかしながら、
値上げは認めなかったものの、
そばの量を少なくすることは構わないぞよ、、、
と、お上は言ったらしい。

それ以来、
「せいろ」の底がかさ上げされた、、、
という話を聞いたことがある。

真偽はともあれ、
今の形の「せいろ」は、
そば屋にとっても使いやすいことは確かだ。
枠は軽くて洗いやすい。
何よりも、そばを盛ったまま積み重ねが出来るのが魅力だ。
痛みやすいスダレを換えれば、
ずいぶんと丈夫で長持ちをする。

ただこの器としての「せいろ」にも、
未だに本来の「蒸籠」の機能が残っている。
蒸気が通るように、
「せいろ」には底がなく、
スダレをとれば、素通しなのだ。

時々、
お客様に「せいろ」をお出ししようとすると、
手で受け止めようとする方がいらっしゃる。
手を平らにして、
底を持って受け止めようとすれば、
スダレを持ち上げて、
そばがひっくり返ってしまう。

そこのところを注意してお客様にお出ししている。
それでも、親切にそばを他の人に回そうとしたりして、
年に一度ぐらいは、
「せいろ」のそばひっくり返り事件が起こる。
どうか、
そばのサービスはおまかせいただきたい。
「せいろ」の底が抜けていることを、
ご承知置きを。


Seiro

 

 

→→→人気blogランキング

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

2014年2月 2日 (日)

今日はゴボウがインフルエンザ。

もう明日は節分。
なのに、今年は、ほとんど雪の降らなかった長野市内。
朝の冷え込みは厳しいものの、
過ごしやすい冬を過ごさせていただいた。
雪がないから、自転車で店まで来れるしね。

でも、
長野でもインフルエンザが、だいぶ流行っているらしい。
十分に注意しなければ。

さて、
店の営業というものは面白いもので、
日によって、
お客様の注文が片寄ることが結構ある。

その日のお客様のご希望で、
せいろそばばかりの日もあれば、
セットメニューに集中することもある。
更科のオーダーが続くかと思えば、
いなりがなくなってしまうこともある。
揚げそば(油地獄と呼んでいるが)が人気で、
慌てて、そばを揚げ直すこともある。

寒い日で、鴨の仕込みを多くしておいたら、
あまり注文がなく、
汗ばむような日に、鴨のメニューが殺到し、
慌てることもある。

お酒が全く出ない日もあれば、
来る人、来る人、みんなお酒を頼まれる日もある。

なにやら、その日によって、
店の空気が違うのだろうか。
そのような特定のメニューを頼みたくなるような雰囲気が、
その時にあるのだろうか。
その辺りが、不思議なところだ。

今日はどういう訳か、
サイドメニューの「ゴボウのから揚げ」が人気。
けっして、他のテーブルで食べているのを見て食べたくなった、
というようなタイミングでもないはずなのに、
オーダーが続いた。

実は、
この「ゴボウのから揚げ」は、
けっこう気に入られている方も多い。
遠くから、年に一度か二度しか来られないという方も、
来られると必ずこれを注文される。

太めのゴボウを使い、
5センチほどの長さに切って、
それを井桁に切って、中の芯の部分を捨てる。
それをアク抜きしたあとに、
八方出汁で半時間ほど煮込み、
汁につけておく。
それを粉を付けて、比較的高温で揚げる。

とにかく、
今日店で流行ったのは、
「ゴボウのから揚げ」のインフルエンザ。
なにやら、店の中に漂っていたらしい。
でも、このインフルエンザは、
後に残ることはないのでご安心を。


Gobou

 

→→→人気blogランキング

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

« 2014年1月 | トップページ | 2014年3月 »