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2013年11月28日 (木)

悪夢〜〜〜〜!

私の家には、
貧乏神が住みついている。

この貧乏神は、
お金の匂いが大嫌いなのだそうで、
そんな匂いのしない我が家は、
すこぶる居心地が良さそうだ。

最初は一人で居て、
猫と居場所を争っていたのだが、
そのうちに、仲間を連れてきた。
二人で、金銀抜きの将棋を打っていたのだが、
そのうちに4人になって、
平和(ぴんふ)しばりの麻雀を始め、
さらに5人になるとトランプでナポレオンをやりだした。

もっと増えた時には、
野球チームを作ろうという話があったが、
あっという間に、
貧乏神のサッカーチームが出来上がってしまった。

そのサッカーチームが試合をするので、
お前も監督として出てこいという。

不承不承に原っぱの会場に行くと、
何と相手は、鎧兜(よろいかぶと)の
落ち武者たち。
近くの古戦場から出てきたらしい。

さてその、
「Binbows」と「Kobushis」のキックオフ。

我が貧乏神たちは、
痩せて、ガリガリかと思いきや、
なにしろ私の貧乏を食べ漁っているので、
ぷっくりと太った貧乏メタボばっかりなのだ。

それでも、
ころころと、落ち武者たちにボールを転がした時に、
私は、「Binbows」の勝ちを確信した。
だって、相手は古武士とはいえ、
幽霊なのだ。
膝から下の足がない。

ほらほら、
落ち武者たちは、ボールを蹴ろうとしても、
すっと、抜けていくのだ。

ところが、ゴール前になると、
背中に矢の刺さったままの武士が、
どっと倒れ込んで、膝でボールを止めている。

武士は、手を使えるキーパにボールを送ると、
キーパーは高々とボールを放り投げる。
そうすると、
兜をかぶったままの、武士たちのヘディングのうまいこと。
あれよあれよという間に、
ゴール前へ。

我が貧乏神たちは、
ぼけっとしてそれを眺めているだけ。
ゴールキーパーは、
ゴールの前で横になっているだけなのだ。

なにしろ、
まったく迫力のない貧乏神たちは、
脚がないけれど、
迫力のある、古武士の幽霊に押されっぱなし。
結果は、0対10のぼろ負け。
それでも陽気な、貧乏神たち。

相手を「大黒」とか「えびす」「弁天」に出来ないのかといったら、
所属するリーグが違うのだそうだ。
ええと、今度は「疫病神」とか「死神」とか、
「お岩さん」とかから試合の申し込みがあるそうだ。

、、、、、などという、
どうしようもない夢を見た。

まあ、私も貧乏では引けをとらないので、
あまり自慢したものではないが。

先日も、「そば屋は儲かる」という話を聞いたけれど、
そば打ちを教えてください、というような、メールをいただいたが、
こういう人には、私の家の貧乏神を、
そっくり添付しておくってあげたい。

商売というものは、
お金を儲けるためのものだけではない。
世の中のためになり、
喜んでもらえる人が居て、
そして自分の気持が満足できて、
初めて、本来の商売になるのだ。

こんな貧乏神たちと、
わいわいと過ごすのも楽しいかもしれない。
えっ、貧乏神様の言うことには、
今度はラグビーチームを作るって?

、、ということは、
また人数が増えるのだね。


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2013年11月18日 (月)

女性の持つバッグが巨大化している。

オードリーヘップバーンの主演した映画、
「ティファニーで朝食を」は、
そのファッションでも注目を集めた作品。

黒ずくめの衣装で、
ティファニーの前を歩くオードリーの手には、
ゴールドチェーンの黒のバッグ。
首の白いネックレスも印象的だったけれど、
このバックの存在感も際立っている。

なるほど、
バッグは、女性のオシャレの一部なのだね。
だから、
女性の皆さんは、
こぞって、おしゃれなバッグを持ち歩かれているのだね。

この女性の持ち歩くバッグ、
私の若かった頃から比べると、
ずいぶんと、
大きくなっている気がする。
昔はハンドバッグと呼んだものだが、
今は、単なるバッグと呼ばれているらしい。

昔は、小さなもので、
その小ささから逆に、
何が入っているのかなあ?、、、
と興味をそそられたものだ。
今のように、大きく、
そして、ふっくらと膨れているバックとなると、
果たして何が入っているものやら、
考えたいと思わないのだ。

昔のバッグであれば、
中に入っていたのは、
せいぜい、リンカーンを暗殺した、
デリンジャー銃ぐらいであったが、
今の大きさとなると、
ジェームスボンドのワルサーPPKはもちろん、
ダーティーハリーの使ったS&W M29に、
44マグナム弾を装填してしまってあるかもしれない。
だから、大きなバッグをお持ちの女性(ほとんどすべての)には、
気を使わなければいけない。

もっとも、
バッグの中が、
とりあえず何でも入れておく、
頭陀袋(ずだぶくろ)となっている人もいるようだ。
ごく、身近にいる人も、
バックの中で携帯電話がなれば、
着信音が鳴り止まないうちに取り出せないし、
財布に至っては、もっと時間がかかる。
これは、意識的な策略で、
もたもたしているうちに、誰かが支払ってくれるのではないか、、
という心づもりらしい、、、、。

ともかく、
女性のバッグは大きくなった。
それがそば屋と何の関係があるのかというと、
大いに関係があるのだ。

私の店のカウンター席は、
僅か7席。

荷物の置き場所は別にあるのだが、
やはり女性は、バッグを身近に置いておきたいらしい。
そうして、席にお座りになると、
つい、隣の空いている席にバッグを置かれるのだね。
そうすると、
僅か3人と半分で、カウンターは満席となってしまう。

いや、
たいがいの女性の方は、気を遣われて、
バッグを背中と背もたれの間に置かれて、
椅子に浅く腰掛けられる。
あるいは、お腹に抱え込んだまま、
そばを召し上がる方もいらっしゃる。

なんだか、
食べるのを見ていても窮屈な気がして申し訳ないのだ。

まさか、カウンターの上に、
ドカンと置いていただく訳にもいかないしね。

ということで、
バッグをお持ちの女性の方々に、
気兼ねなくバッグを置いてそばを召し上がっていただくには、
どうしたらいいか、思案中。

ホリー(オードリーの「ティファニーで朝食を」の役の名前)が、
あの格好で店に来たら、
さて、バッグはどこに置くだろう、、、、、
、、なんてねえ。

 

 

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2013年11月 5日 (火)

いまだに「不敬の輩(やから)」

だいぶ前にも書かせていただいたのだが、
世の中、「ご位牌」を持ち歩いて信仰している方々が多くいらっしゃる。

以前、電車を待つホームで、
皆さん、同じような格好をして、
この「ご位牌」を拝まれている光景を目にして、
なにやら、
身体の中に入り込むエイリアンに侵された、
SF映画の一コマを思い出して、
ぞっとした思いをしたことがある。

今は、さらに、
その信仰が広まり、
そして強くなっているようだ。

街角でも、どこでも、
この「ご位牌」を崇拝されている方を見かける。
私にはよくわからないが、
一度この信仰にはまってしまうと、
なかなか抜け出せないようだ。
そして、
さらに深くはまってしまう方々が多いらしい。

この「ご位牌」は、
青白い光を発するので、
暗い夜道で、
「ご位牌」を拝みながら歩いている女性に遭遇したりすると、
心臓の弱い私なんぞ、
はっとしたまま動けなくなってしまう。

先日は、自転車をこぎながら、
「ご位牌」を礼拝されて居る方がいて、
危ない思いをした。

そんな「ご位牌」の信仰が、
私のようなそば屋にも進入してきて、
そば屋の光景が、
少し変わってしまったようだ。

そばを待っているあいだ中、
ずっと「ご位牌」を拝まれている方が多いのだ。
それも、かなり真剣な顔をされてね。

若いカップルで見えても、
お互いに話をするのではなく、
それぞれに「ご位牌」とにらめっこをしている。

ご家族で見えても、
店内を見回しながらニコニコしているのはお父さんだけで、
お母さんも、お坊ちゃんも、お嬢さんも、
それぞれの「ご位牌」に没頭している。

そういえば、
この前来られた、ある有名人も、
そばを召し上がるとき以外は、
ずっと「ご位牌」を拝んでいたなあ。

そばや料理をだしても、
「ご位牌」への信仰にいそがしい。
すぐに召し上がらないと、
そばが延びてしまうのに、、、
と私は心配するのだが、
それよりも、「ご位牌」への崇拝が大切なご様子。

ある方の話では、
「乱因」とかいう信仰グループがあって、
なにか指示があると、
すぐに反応しなければいけないのだそうだ。
だから、ずっと「ご位牌」を眺めているのだという。

その他にも、
「顔面本」とか「独白帳」とかいうグループもあるらしい。

こうして皆さん、
「ご位牌」の信仰に、
深くはまっていらっしゃるのだね。
目の前に出されたそばよりも、
一緒に召し上がる方の言葉よりも、
「ご位牌」のほうを、
大切にされている方も、
中にはお見受けするようだ。

だから、
何人かいる教祖様と、
その家来たちは、
開いた口が塞がらないのだそうだ。
いや、とても大きな、
というより、巨大ながま口の、
口が閉まらないのだそうだ。
そういう大勢の熱心な信者さんの、
ご寄付でいっぱいになってね。

私は、
そのような信心には、
まったく疎いのだ。
だから、
友人たちには、
「まったく、待ち合わせが出来ないじゃないか!」
と文句を言われ、
教祖達の一味からは、
「不敬の輩(ふけいのやから)」
と呼ばれている。

あっ、
「不携帯の輩」だった。



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