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2013年7月18日 (木)

「そうめん」と「そば」、どちらが古い?

暑い日が続く長野。
いや、別に長野でなくとも、
全国的に暑い日が続いているようだ。

暑いときには、
もちろん「そば」もいいけれど、
冷やして食べる「そうめん」もいいものだ。
畑で採れたキュウリや大葉なんぞを薬味にして、
そば汁よりは、もう少しあっさりとしたつけ汁でいただく。
食慾がないとは言いながら、
意外とたくさん食べてしまうものだ。

さて、この「そうめん」と「そば」は、
どちらが先に食べられていたのだろうか。
そう、日本古来からの麺といえば、
「そうめん」、「うどん」、「そば」があるが、
この中で一番古くから食べられていたのはどれだろうか。

「そうめん」は小麦粉の生地を、
油をつけて細く延ばして作られる。
生地を平らに延ばして、
それを切って麺にする「うどん」「そば」とは、
作り方が違うのだね。

その「そうめん」は、
けっこう古くから作られていたようだ。
十世紀頃には、それらしき食べ物が記録されている。
でも、文献にしっかりと「そうめん」と認められるようになるのは、
室町時代の初めごろ、つまり南北朝と呼ばれる頃らしい。
京都のある神社の記録に残っているとのことで、
1343年のことだそうだ。
ええと、今から、何年前になるのかな、、
、、ええと、、、
皆さん計算して下さい。

「うどん」もほぼ同じ時代に文献に記されるようになった。
そして、「そうめん」も「うどん」も室町時代には、
盛んに食べられるようになっていたらしい。
つまり、京都の金閣寺が建てられた頃には、
人々は「そうめん」や「うどん」を手繰っていたのだね。
将軍の足利義満がそれを食べたかどうかは知らないが。

一方で「そば」の登場は、
ずっと遅くなる。

従来は、江戸に幕府が開かれてから、
そばが広まったと言われてきた。
でも、それ以前の「そば」についての記録が、
あちらこちらで見つかり、
今では、長野県の木曽の寺の文書が一番古いものとされている。
それによると、1574年にそばが振る舞われたという。

織田信長が、天下統一を目指していた頃のことだ。
武田信玄は、その前の年に亡くなっている。

その頃は、その地域でしか食べられない、
特別な食べ物だったのだろうか。
でも、その後、江戸、京都、大阪などに、
急速に広まっているので、
もともと「そば」は広く知られた食べ物だったのかもしれない。

たまには、そんなことに思いを寄せながら、
「そうめん」や「そば」を手繰ってみるのも楽しいかも。



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