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2012年11月19日 (月)

手を抜けない「水回し」の作業。

「そばが立つ」

といっても、他の人には分かりづらいだろう。
でも、
今私がそばを打っている時の、
一つのテーマとなっている。

なんていきなり書いても、
「何のこっちゃ!」と思われてしまうだろう。

そばが立ったり座ったりするものか、、。
確かにその通り。

でも、
私のイメージの中では、
そばが立ったり、座ったりしている。

毎日、三回から四回、
時には、それ以上の回数のそばを打っている。
毎回、同じように、打っているつもり。
でも、
必ずすべての回のそばを味見するようにしているが、
その都度、微妙に感覚が変わっていることがある。

そばを打つごとに、
食感が変わっていたりしては、
プロとしては失格。

いつも、変わらぬそばを打たなければ。
毎回変わる、そのごく微妙な変化の幅を、
できるだけ小さなものにしていきたい。

その一つの目安が、
そばが立っているかどうか、
ということ。

けっして、
コシがある、とか、ふっくら感があるとかいうことではなく、
そばの粉が、しっかりと水を含んで、
パンパンに張り切った状態になっているかということ。

これは、
なんとも、
伝えるのに難しい感覚なのだが、
そばを食べ慣れておられる方には、
何となく伝わるだろうか、、。

いや、やっぱり、
分からないかなあ、、。

で、
その「そばが立つ」ために、
大切なのが、そば打ちの始めの、
「水回し」の行程なのだ。

そば粉に水を入れて、
ただ掻き回すだけのこと。

たった、それだけのことなのだけれど、
そのやり方一つで、
そばが立ったり座ったりする。

「水回し」の作業は、
もっとも腰や肩に負担のかかる作業。
最初はまだいいが、
そば粉に粘りが出てからは、
さらに、力とスピードが必要となる。
最後に、自然にまとまるまで、
回し続けることが必要。

昔の職人さんが、
「水回し」を含む「木鉢」での仕事が、
一番大切だと言っていたことが、
やっと、今になって、実感することができてきた。

「木鉢」の仕事は、
ともすれば手抜きをしやすい。
だから、
いつも、自分に言い聞かせて、
そばを打たなければね。
「そばが立つ」ように。

なんだか、
すごく狭い世界に入り込んでしまった気もするが、、。

写真は、 水回しが終わってそばをくくり終えたところ。
鉢にそばがこびり付いていないことが、
いい水回しができた証拠。

Hachi

 

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コメント

粉っぽい 打粉たっぷり 空煮えしがちなそばに対して、
しっとりと水が粉に染み渡り、粘りがマキシマムになる加水と木鉢の技と釜下の火加減 茹で加減を感じ取れる ひとだけに味わえる そばの味かもしれませんね~
透明感と躍動感 まるで生き物かの表情 そば打ち冥利 そば喰い冥利 上あごで噛める脆さ 最近ようやく感じ取れるようになってきたかな?

美味しいものは、やはり美しさも伴わなくちゃ~ 粒と水のなせる技なんですね~

投稿: 牡丹 | 2012年11月26日 (月) 19時57分

牡丹 さん、こんにちは。

素晴らしい表現ですね。
そばのことを、よくご存知だからそう書かれることができるのでしょう。
そういうイメージを、現実のものにできるように、がんばりたいと思います。

投稿: かんだた | 2012年11月27日 (火) 06時54分

かんだたさん 意表つくなまいきなるコメントお許しください。
素人ですが、臼粉と向き合ってかれこれ10余年 四捨五入しますと20年が経ってしまいまいた。
そばは、奥が深いんだという言葉に誘われて悪戦苦闘 道しるべ見当たらなくただただオアシス求めて匍匐前進してきての今。
水にはあまり馴染まぬ でん粉に水を打ち込むことができれば、そば打ちも少しは見栄えするのかな?なんて 途上にもがいています。
美味しさを練りこめるような、木鉢の業 体得したいです。
釈迦曼荼羅みたいな人間離れした柔軟さ 鍛えられた筋力 モチベーション 要される粉との対峙 永遠に....
イメージと夢があるからこそ、明日がある! わたしも早朝から粉ひき 日課になっています。

投稿: 牡丹 | 2012年11月27日 (火) 19時42分

牡丹 さん、こんにちは。

すごいですね、粉ひきからなさっておられるのですね。
ぜひ、牡丹さんの理想のそばを、完成させて下さい。

私も、何回か製粉をやりましたが、これは、思う通りの粉が挽けるまで、あと十年ぐらいはかかりそうだと気づいて諦めました。
その分、今ある粉の力を充分に引出すことを考えております。
ただ、力で押さえてもだめ、小手先でごまかしてもだめ。本当に心身を打ち込まないと、いいそばができないのだなあと、気づき始めたところです。

投稿: かんだた | 2012年11月27日 (火) 23時36分

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