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2012年11月25日 (日)

映画「天のしずく」辰巳芳子いのちのスープ

久しぶりに見た映画が、
ドキュメンタリーの「天のしずく」。
料理をする姿が、
こんなにも美しく映るものだとは思わなかった。

炒った玄米を煮る鍋の泡、
塩揉みした赤紫蘇を絞る手、
馬毛の網で裏ごしする豆腐、
使い込まれたホウロウの鍋で、
丁寧に炒められていく野菜。

それが90歳近い料理研究家の、
辰巳芳子さんの手になるものだからなのだろうか。

辰巳さんは、父の介護の経験から、
ものを飲込めない高齢の方々にも、
滋養のある食べ物を摂っていただきたいと、
いくつものスープを作り出した。

そして、それを多くの人に教えている。

それは、単なるレシピ、作り方ではなく、
長年培ってきた、
また、母親から受け継いだ食材の知識を使って、
丁寧に扱われ作られるものだ。

そうやって作られたスープの先には、
それによって支えられる「いのち」がある。
そうして、その元には、
健康なものを作ろうとしている農家があり、
日本の大地がある。

そういう感覚を、
言葉ではなく、
さりげなく語る映像の力は大きい。

ある芸術家は、
日本全国から畑の土を集め、
それを和紙の上にのせて、
一面に並べてみせた。
決して着色したわけではないのに、
その土は、皆、色も表情も、
少しずつ変わって見える。

たかが土なのに、
採った場所によって、こんなに違うのだね。
そのそれぞれの土が、
それぞれの地域で、
それぞれの野菜を育んでいるわけだ。

料理を作るのは、
ただ「うまい」とか「おいしい」というだけでなく、
そんな大地の循環を感じさせるようなものであれば、
すごいだろうな。

大地が育てた「いのち」を、
私たちの「いのち」に繋いでいくのが、
料理なのだろう。
どちらの「いのち」も大切に扱わなければ。

辰巳さんの本、つい買ってしまった。

Anatanotameni


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2012年11月19日 (月)

手を抜けない「水回し」の作業。

「そばが立つ」

といっても、他の人には分かりづらいだろう。
でも、
今私がそばを打っている時の、
一つのテーマとなっている。

なんていきなり書いても、
「何のこっちゃ!」と思われてしまうだろう。

そばが立ったり座ったりするものか、、。
確かにその通り。

でも、
私のイメージの中では、
そばが立ったり、座ったりしている。

毎日、三回から四回、
時には、それ以上の回数のそばを打っている。
毎回、同じように、打っているつもり。
でも、
必ずすべての回のそばを味見するようにしているが、
その都度、微妙に感覚が変わっていることがある。

そばを打つごとに、
食感が変わっていたりしては、
プロとしては失格。

いつも、変わらぬそばを打たなければ。
毎回変わる、そのごく微妙な変化の幅を、
できるだけ小さなものにしていきたい。

その一つの目安が、
そばが立っているかどうか、
ということ。

けっして、
コシがある、とか、ふっくら感があるとかいうことではなく、
そばの粉が、しっかりと水を含んで、
パンパンに張り切った状態になっているかということ。

これは、
なんとも、
伝えるのに難しい感覚なのだが、
そばを食べ慣れておられる方には、
何となく伝わるだろうか、、。

いや、やっぱり、
分からないかなあ、、。

で、
その「そばが立つ」ために、
大切なのが、そば打ちの始めの、
「水回し」の行程なのだ。

そば粉に水を入れて、
ただ掻き回すだけのこと。

たった、それだけのことなのだけれど、
そのやり方一つで、
そばが立ったり座ったりする。

「水回し」の作業は、
もっとも腰や肩に負担のかかる作業。
最初はまだいいが、
そば粉に粘りが出てからは、
さらに、力とスピードが必要となる。
最後に、自然にまとまるまで、
回し続けることが必要。

昔の職人さんが、
「水回し」を含む「木鉢」での仕事が、
一番大切だと言っていたことが、
やっと、今になって、実感することができてきた。

「木鉢」の仕事は、
ともすれば手抜きをしやすい。
だから、
いつも、自分に言い聞かせて、
そばを打たなければね。
「そばが立つ」ように。

なんだか、
すごく狭い世界に入り込んでしまった気もするが、、。

写真は、 水回しが終わってそばをくくり終えたところ。
鉢にそばがこびり付いていないことが、
いい水回しができた証拠。

Hachi

 

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2012年11月11日 (日)

善光寺の庭園の紅葉が見頃。

今日の日曜日は、
朝からどんよりとした天気。
夕方からは雨の予報なので、
さすがに、長野の街中を歩く人も少なく、
日曜日としては、静かな営業となった。

こういう時は不思議なもので、
雰囲気を察してか、
ゆっくりお酒を召し上がるお客様が多かったりする。

二時頃から予報より早く雨が降り始め、
夕方3時には閉店。
日曜日は夜の営業がないので、
片付けと仕込みの残りを後回しにして、
久しぶりに善光寺へと足を向けてみた。

善光寺へは、「かんだた」から歩いて十分ほどで、
参道の入り口にたどり着く。
すぐ近くなのに、
今年はずいぶんとご無沙汰してしまった。

雨に濡れる、
江戸時代に寄進されたという石畳の上を、
仁王門に向かう。

Zenkouji1
ほら、宿坊の入り口に植えられた木々が、
かなり色づいている。

そして、善光寺。
Zenkouji2
さすがに、雨降りで人は少ない。
ましてや日曜日の夕方4時少し前。
天気のせいもあって、もう薄暗い。

七五三の衣装の青い着物を着た男の子が、
雨の中を走り回っていて、
それ以上に着飾っていた母親に、
大きな声で怒られていた。

それでも本堂の中は、
けっこう参拝の方がいて、
おごそかな雰囲気。
この空気が好きだ。

本堂を西側に出て一巡り。
そこで、毎年、楽しませてもらっているカエデの木。

Zekouji3
本堂の周りには、
たくさんの灯籠が奉納されている。
江戸の評判だった花魁(おいらん)、
高雄のために奉納された灯籠もあり、
なんとも、艶っぽい気分も感じさせる。

こちらは、
松代藩の城主の真田家の供養塔。

Zenkouji4
東側に回れば、
一茶の句碑も雨に濡れている。

Zenkouji5
今年になって、その隣に、
江戸終わりから明治の初めに生きた俳人、
井上井月(いのうえせいげつ)の句碑も作られた。

その井月に影響を受けた、
放浪の俳人、種田山頭火(たねださんとうか)の句碑も、
その近くのある。

そして、
やはり本堂の東側に、
最近建てられたお堂がこちら。

Zenkouji6
ここに納められているお地蔵様は、
昨年の東北の震災で被害にあった、陸前高田の松原の、
その松の木を使って彫られたたもの。

「おやこ地蔵」ということで、
善光寺が大小四体の地蔵を作ったのだが、
三体は陸前高田のお寺に、
そして、一体が、ここ善光寺に奉られているわけだ。

ということで、久しぶりのぐるり善光寺。
この寺には、本堂だけでなく、
たくさんの人の思いが溢れている。

少しは離れているけれど、
その門前で、そば屋を営ませていただいていることに、
深く、深く、感謝しなければいけない。

 

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2012年11月 6日 (火)

そば店新規開業!〜厳しいことを言いますが。

総務省統計局の家計調査によると、
一般家庭の外食への支出金額は、
ここのところ毎年、減り続けている。

平成12年を100とすると、
平成23年は二人以上の世帯で85.6。
単身世帯で68.8となっている。

単身世帯では、十年余りで30パーセント以上も、
外での食事にお金を使わなくなっているんだ。
その分、コンビニ弁当や総菜などの、
中食といわれるものが増えているようだ。

また、家計には入らない、
サラリーマンの昼食代だって、
一時は800円台だったものが、
先日のニュースでは、500円前後と、
大幅に下がっている。

企業も、接待などの外食を控えているのは、
すでに知られていること。

かくして、日本の外食産業の売上は、
じわじわと減り続けているのだ。
あるデーターによると、
平成9年が売上のピークであり、
以後、飲食店の全体の売上は下がり続け、
現在はその当時から20パーセントも減少しているという。

さらに、目前に迫った消費税の値上げが、
縮小傾向に弾みをつけるのではないかと、
業界内ではささやかれている。
ほら、値上げの前に家や車や、
大きな買い物をしようとするでしょう。
だから、他のものを節約しなければ、、、
ということで、飲食代は削られるかもしれない。

そのようなこともあって、
いまや飲食業は、成長産業ではなく、
衰退産業となっているのだ。
その中で、残された売上を取り合って、
大手の寡占化が強まり、
個人店の営業はかなり難しくなっている。

そば屋だって、
その影響を大きく受けている。
何十年もやってきたような店だって、
安泰としていられない状況のようだ。

その中で、新規にそば屋を開こうとしている方々がいる。

こうしてブログを書いているせいか、
何人かの方にアドバイスを求められることもある。
でもね、応援してあげたいのはヤマヤマだけれど、
私も、自分の仕事で手一杯。
せいぜい、がんばって下さいというよりほかはない。

ただ、このような外食産業の状況の中で、
新しく店を開くのは、
なかなか難しいことを、分かっていて欲しい。

成長期、あるいは拡大期には、
必ず消費の隙間ができて、
そこに、店を作ればやって来れた。

でも、今のような減退期には、
開店するということは、
言い方は悪いが、
他の店から売上を奪っていくということ。
よっぽど強い理念と、
魅力と、インパクトがなければ、
お客様を奪えない。

新しい発想と、
強い力が必要なのだ。

他の店のやり方を真似てもだめ。
今までにない、
見たこともきいたこともないような、
店づくり、
商品づくり、
そして「そば屋のオヤジ(オカミ?)」づくりを、
しなければ、新しい店の存在を示せないだろう。

今までも、
いろいろなメールをいただいたが、
強い理念を示す人は少ない。

これから世の中に、
身一つで飛び出そうというのに、
意外と内向きな、
個人の事情を並べ上げる人が多い。

これからそば屋を始める方には、
もっと、もっと、
大きな夢を持っていただきたい。
そばで、世の中を変えるぐらいの、
気迫を抱いていただきたい。

そうして、
もっと、そばを食べる人を増やして、
日本中を、健康で溢れさせよう。




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2012年11月 2日 (金)

「手打ちそば」は嫌いだ!!

中年の男性の三人グループのご来店。
カウンターの一番奥に座られた方が、
カウンター越しに私に聞く。

「ここのそばは、手打ちですか。」

私はもちろん、そうです、
と自信を持ってお答えしたのだが、
そのお客様の反応は意外なもの。

「私は、そばは好きだが、
手打ちのそばが嫌いなんだよね。」

本当は「手打ち」の看板のある店には、
入りたくなかったのだが、
お連れの方のすすめで、
渋々、入って来られたご様子。

あらあら、
でもどうしてだろう。

その方が、私や仲間の方にいうことには、
「手打ち」のそばは、食べにくくていけない、
とのこと。

曰く、「手打ちそば」は、
太さが揃っていない。
よく切れていないで、麺がくっついていたりする。
茹でるのがへたで、団子みたいになっている時がある。
そばが、ぶつぶつと切れて短い。
店の主人が威張っている。
たいがい、サービスが行き届いていない。
、、、、。

うううう、、、
耳が痛い、、、、。
なにやら、思い当たる節が、、、、。

その方のお住まいの近くに、
三軒ほどの手打ちそばの店があるそうだ。
その三軒とも、
おっしゃったような状況なので、
他へ行っても、
「手打ち」の表示のある店は、
できるだけ避けておられるとのこと。

食べるならば、機械で作った、
揃った麺がお好きだという。

困ったなあ。

確かに「機械打ち」よりも、
「手打ち」の方がおいしそうな感じはするが、
このような方もいらっしゃるのだ。

そして「手打ち」だからおいしい、
とは、限らないのも事実だ。

私も、
下手な「手打ち」よりも、
最新の製麺機の方が、
はるかにおいしいそばを作ると思っている。

製麺機でも、
昔のようにロールカッターを使わないので、
茹でても、そばの角が丸くならない。
何段階に分けて伸ばすので、
ゆでた麺がテカッと光ることもない。
ミキサーの性能が良くなって、
粉っぽさを感じさることもない。

そして、きれいに揃った、
食べやすいそばが出来上がるのだ。

手打ちだからといって、
多少の食べにくさは我慢しろ、、、
などというのは、やっぱり、そば屋の傲慢だろうなあ。

で、そのお客様、
見事な、こなれた食べっぷりで、
私のそばを食べられた。
忙しくなってしまったので、
感想はお聞きできなかったが、
にこっと笑って「ごちそうさま」と言って、
帰っていかれた。
満足していただけたのだろうか?

「手打ち」だから、おいしいそばができるのではない。
おいしいそばを作るために、「手打ち」をするのだ。
「手打ち」でしか、味わえないそばを作るように心がけていかなければ。

もっとも、
かんだたの場合は、
貧乏で、最新式の製麺機を買うことができない、、、
、、、という事情もあるけれど、、。

Sobakiri


 

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