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2012年9月14日 (金)

東北地方にアメリカに繋がる秘密の通路がある?

昔話を少々、、、。

18歳の夏の初め、
私は工業高等専門学校の教室の中にいた。
ごく真面目な、大人しい学生だった。
ただ、なにぶんにも、人の話を信じないのは、
その当時からの私の性格。
すべての話が作り物のように思われ、
学んでいるものに、現実感が湧かなかった。

勉強にも身が入らず、
ぼんやりと教室から見える山を眺めていたりした。
時代は70年安保闘争のさなかで、
政治的なスローガンが町中に溢れていた。

ある時、
地図を見ていて、はっと気がついた。
みんなが大騒ぎをしている、
アメリカという国は、本当にあるのだろうか。
日本は島国だと言うけれど、
ひょっとしたら、
どこかでアメリカと繋がっているのではないか。
それならば、東北の太平洋沿岸があやしい、、、。

、、などと思い込むと、
多分違うな、、とは思いつつも、
確かめずにいられないのが、その頃の私の性格。

それからあとの授業をさぼって、
東北の地図を買い、
春休みのアルバイトで稼いだ金をすべておろし、
規則のうるさい学校の寮を抜け出して、
アメリカと通じている秘密の通路を探すべく、
仙台行きの夜行列車に飛び乗ったのだ。

仙台から、
松島、石巻、女川、雄勝と、
海岸沿いに、列車に乗ったり、バスに乗ったり、
てくてくと歩いたり、時には親切な人の車に乗せてもらって、
海沿いを北に向かった。
ユースホステルや、安い民宿を探して泊まり、
地元のおばさんと話して、
言葉がうまく通じないことに気がつき、
「おお、アメリカは近いぞ!」と、
意気を上げて旅を続けた。

気仙沼を過ぎて、
たどり着いたところが陸前高田。
ここのユースホステルは白い砂の美しい、
松原の外れにあった。
ここに泊まり、
長い松原を端から端まで歩いたことを覚えている。

アメリカへのトンネルはなかったが、
美しい緑に包まれた岬に囲まれ、
湾の奥まったところにある、
静かな松原だった。

その松原が、
去年の震災で、すべて無くなってしまった。
それほどの強い津波が、
ここを襲ったのだね。
その話を聞いてから、
若いときのそんな旅を思い出してしまった。

そして、一本だけ残った松も、
ついに先日切り倒された。
その映像を見て、さらに私の記憶がよみがえった。

その松の背後にあるコンクリート製の
一部が壊れたままの建物。
あれは、私が泊まったユースホステルだったのではないか。
物事の前後も考えず、
でも、何かをせずにいられなかった、
40年前の私が泊まった建物だったのだね。

その旅は、
釜石から遠野へと抜けて終わった。
学校へ戻って、
一週間も無断外泊、無断欠席をした私は、
それなりの処分を受けることになったけれど。

それから人生迷いっぱなし。
未だに迷いながらそばを打っている私なのだ。

 

 

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