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2012年4月 1日 (日)

辛いそば汁を好んだ花魁がいた江戸の時代

そば汁の辛さは、人によって好みがあるみたいで、
私も、
「汁が辛すぎる。」とか、
「もっと汁が辛い方がいい。」とか、
お客様に言われたりする。

これは、そばの食べ方にもよるみたいで、
そばをそば汁の中に落とし、
さらに、苦しがっているそばを箸で沈めて食べる方と、
いわゆる江戸そばの食べ方で、
そばのシッポに少しだけ汁をつけて、
ズズッとすすり上げて食べる方とでは、
汁の辛さの感じ方が違うのだ。

東京の老舗などでは、
色の濃い、かなり辛い汁を出しているところもある。

そばの歴史をひもといてみると、
江戸でそばが流行るようになっていったのと、
関東で濃口の醤油が造られるようになったことと、
繋がっているようだ。

江戸では、醤油がでてくる前は、
そばは「垂れ味噌」で食べていたそうだ。
つまり、味噌を水で溶いて煮詰め、
袋に入れて垂らした汁のこと。
これに、酒やかつお節を入れてそば汁とした。

やがて、関西から「下り醤油」が入ってくると、
それが使われるようになったらしい。
関西の醤油は、いわゆる薄口で、
やや高価なものだったらしい。

やがて、関東でも醤油が造られるようになった。
ところが、これは関西からの「下りもの」に比べると、
最初は下級のものと思われていたらしい。
しかし、そのうちに、江戸の庶民の口にもなじみ、
その頃から出回りだしたみりんや砂糖と合わせることによって、
独特の江戸のそば汁の形が出来上がっていったそうだ。

そのころ、吉原の花魁で、
大変なそば好きがいて、
その花魁が、辛い汁を大いに好んだのだそうだ。
だから、ごく辛い江戸下町ごのみの汁を、
この花魁の名を取って「几帳汁(きちょうじる)」と呼んだのだとか。

この花魁の几帳の話を、
メールマガジンで書かせていただいた。
よかったら、そちらもどうぞ。

でも「江戸汁」とも呼ばれたこの辛い汁なのだが、
実は、そばを味わう上では、すごいヒントが隠されている。
ただ辛いだけではないのだね。
という話は、また今度。

かんだたメールマガジンの記事は→こちら

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