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2012年1月30日 (月)

そば打ち一万回

今の世の中では、
あまり大切にされていないような気がするが、
やはり、経験とか歴史の長さというのは、
すごく重みのあるものだと、この頃思うようになって来た。

誰でも、仕事や人生の上で、
数々の経験を重ねている
そこで培われて来た技術や勘は、
とても、一言では語れないものだ。
すべてがマニュアル化されていようとも、
言葉に表されない、「なにか」がそこにあるような気がする。

伝統の重みを大切にするイギリスに、
こんなジョークがあるのだそうだ。

イギリスのラグビー場の芝の美しさは定評がある。
アメリカから見に来た競技関係者が、
そこの庭師に尋ねた。
「どうしたら、こんなにきれいな芝ができるのかね。」
庭師は答える。
「なあに、毎日芝を刈って、水を撒くのですさぁ。」
アメリカ人はいぶかる。
「それならば我々もやっているのだが。」
庭師は、にやっと笑って答える。
「それを300年続けるんでさぁ。」

この庭師、
それだけの歴史のないアメリカを、
ちょっと皮肉ったわけだ。

さて、
だいぶ前に見たテレビ番組に出ていた、
ある老舗のそば屋の親父さん。
若いレポーターの突飛もない質問に、
戸惑いながら、答えていた。

そして、レポーターが聞く。
「手打ちそばを、上手に打つ秘訣って何ですか。」
いかにも頑固そうな親父さん、表情も変えずに答える。
「毎日、こつこつと、打ち続けることです。」
レポータが、ちょっと期待はずれの返事、、という顔で聞き返す。
「はあ、こつこつと、そばを打つことですか。」
それに親父さん、こう答える。
「そうです。だいたい一万回ぐらい打てば、上手になるでしょう。」

この親父さん、こう言って、
技術も身につけないで、理屈ばかりを言いたがる、
若い人たちを戒めたのだろう。

なるほど、一万回のそば打ちか、、
、、って、我が身に振り替えてみれば、
どうなのだろう。

私の場合は、朝打って、夕方も打つので、
一日平均4回ぐらいのそば打ちをしている。
年間300日強の営業日数だから
一年で1,200回。
ここでの営業は丸7年だから、
全部で8,400回。

まだ、一万回に届いていないではないか!!!
これでは、まだまだ、
そば打ちについて、偉そうなことを言える身分ではないのだ。

でも、少しずつ、少しずつではあるが、
私のそば打ちの形も、変わって来ている気がする。
日々、工夫を重ねながら続けること、
これが大切なのだ、
と実感している。

「かんだた」を開く前の居酒屋時代、
毎日1〜2回そば打ちをしていたから、
それが12年。
回数にして、5,000回ぐらいは打ったかなあ。
ということで、合わせてみれば、
かろうじて;一万回を越えたと思われる、
そば打ち回数。
まだまだ、
十万回を目指してがんばらなくては。

 

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2012年1月27日 (金)

味の着地点〜そば寿司の工夫。

最近、
そば寿司の作り方を少し変えてみた。
手間のかかるそば寿司だけれど、
何回か作っていると、
思ったよりスムーズに作れるようになって来た。

そば寿司は、コース料理でお出ししているのだが、
今までは、更科そばを生ハムとサーモンで巻いたものをお出ししていた。
海苔で巻いたそば寿司は、
当たり前で面白くないと思っていたからだ。

ところが、
お客様に聞いてみると、
海苔で巻いた、
普通のそば寿司を召し上がったことのない方が多いのだ。
そういえば、地元長野でも、
そば寿司を作る店は少ないなあ。

ということで、
海苔で巻いたそば寿司もお付けすることにした。

こちらは、普通のせいろそばを茹でて酢締めにする。
中にニンジンと青菜、
濃いめに味付けしたかんぴょうを置き、
薄焼きにした卵と、海苔で巻く。

甘酢とかんぴょうの味を濃いめにしてあるので、
そのまま、何も付けずに食べていただく。
もう一つ、ゴボウを芯にして、
そば汁で炊いたいなりで巻いてみる。

ある奇抜なメニューを作る料理人が言っていたけれど、
料理には、着地する場所が必要なのだそうだ。
素材の組み合わせや、盛りつけの仕方で、
食べる人を高く舞い上がらせること。
それも大切だけれど、
舞い上がった後で、
着地する場所をどこに作るかがポイントなのだそうだ。

つまり、どこかに、誰でも知っているような味、懐かしい形を置いておくといいという。

そば寿司を召し上がったことのなかった方に、
生ハム巻は少し乱暴だったかなと反省しながら、
そば寿司を、もっともっと工夫していくつもり。

もちろん、元になるそばもね。

 

Sobazushi


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2012年1月24日 (火)

「こだわり」にこだわってしまう「こだわり」。

今公開中の映画「ミッションインポッシブル4」。
次から次へのアクションの連続で、
付いていくのが大変だけれど、
なかなか楽しませる作品。

トム・クルーズが相変わらず元気に動き回っていいる。
それにしても、今の映画の映像のスピード感はすごい。
気がつかないうちに、CGが使われたり、
デジタルならでのアップ映像があったりする。
きっと、今の映画の撮影には、
昔のようなフィルムは使われていないのだろうなあ。

と思ってみていたら、
やっぱり、エンドクレジットの最後に、出て来たおなじみのマーク。
そう「KODAK」のマーク。
やはり、どこかで使われていたのだろう。

さてそのコダック社は破産することになった。
それを伝えるニュースは、
「従来のフィルムにこだわっていたため、経営の切り替えに乗り遅れた。」
と伝える。

「フィルムへのこだわり」が破滅を招いたことになる。
ふむ、「こだわり」がねえ。

さて、話は変わるが、
去年の夏の地元のテレビの取材の時。
そばを茹でているところを撮影中、
いきなりレポーターが聞く。
「この店のこだわりはなんですか?」
別の機会に、地元情報誌の記者さんも、
基本情報を確認した後、
「ところでこの店のこだわりは?」
と、面と向かって聞く。

正直な話、
私は、この、「こだわり」っていう言葉が苦手なのだ。
こう聞かれるたびに、
さあ、どう答えようかなあ、、と迷ってしまう。
その場限りのきれいごとを言って、
後で後悔するのもいやだ。

「こだわる」というのは、
本来は、あまりいいことを指す言葉ではない。

コダックが破産した原因を指すように、
些細なことに気をとられ、物事がうまく運ばないことをさす。
同じような言葉に「拘泥(こうでい)する」というのもある。

例えば「かんだた」であれば、
「手打ちにこだわるあまり、仕込みに時間がかかり、
 営業時間が短い。」
「砂糖を使わない汁にこだわったため、原価がかさみ、
 未だに貧乏をしている。」
というふうに批判的に使われるのだろう(汗;)。

しかしながら、
近頃は、物事に妥協せずに追求することを、
「こだわり」呼ぶようになったようだ。
最初は、ごく一部で使われていたのに、
今では、あちこちで「こだわり」が幅をきかせている。

ナニナニ、
「こだわりのシェフが、
 こだわりの材料を使って作った、
 こだわりの一品で、
 こだわりの時間をお過ごしください〜。」

何でも「こだわり」を付ければ、
良さそうに見えたりして。
頭が固くなり始めている私としては、
なにやら、偉そうな感じがして、
どうも、苦手なのだ。

私だって、
無農薬で野菜を育てているのも、
化学調味料を使わないのも、
早起きしてそばを打つのも、
決して、こだわっていると思ってはいない。
それよりも、
まず、お客さんへの「思い」が先にあるからだ。
安全なものを、おいしく食べていただきたい、
私のそばを食べて、もっと元気になってもらいたい。
そういう思いがあるからこそ、
細かいところまで気を配ろうという気持になる、行動になる。

最初に「こだわり」ありというのはねえ。
レポーターさん、記者さん、
今度はこう聞いて欲しいなあ。

「この店の思いはなんですか」。
ってね。

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2012年1月20日 (金)

真田信之は93歳まで生きた戦国武将。

暮れから正月にかけて、休みなしで仕事をしていたので、
やっと連休をいただいた。
すみません。

三日もあるので、長野の寒さを離れて、ちょっとハワイへ。
白い砂浜に青い海を眺めながら、
トロピカルカクテルを飲む、、、、

、、、という夢を、
コタツでうたた寝をしながら見る予定だったのだけれど、
実際には、
やらなければならないことが、山山々。
せっかくの休みなので、
今にも大雪崩が起きそうな家を、
エイヤッと飛び出して、
行ったところが、自宅からバスで20分ほどの松代の町。

何だ、、あはは、
たいしたところへ行ってないじゃないか、、、
などというなかれ。
この松代は、
私のとって、意外とミステリーゾーンでもあったのだ。

真田信之(のぶゆき)は、
今や、歴史上の武将の中でも人気の高い、
あの真田幸村(信繁)の兄。

幸村と父、昌幸(まさゆき)は豊臣側に、
この信之は徳川側に付いて、合い戦ったという、
有名な話の主人公の一人だ。

その信之が、
上田から松代に移らされて、
以後、松城藩の城下町として、
ここ松代は栄えたところ。

その真田信之を祀る御霊屋(おたまや)があるのが、
松代にある長国寺。

Matusiro1
禅寺らしいすっきりとした境内。
屋根には、すくっと尾を立てたシャチホコと真田の御紋、
六文銭が抱かれている。
隣の庫裏で、案内をお願いすると、
小柄なおじさんが、大きな鍵をもって、
本堂の裏に案内してくれる。

Matusiro2
こちらが信之を祀るために、
1660年に建てられてという御霊屋。
なにしろ、国の重要文化財なのだ。
徳川家康の菩提所である、
日光の東照宮を建てた職人達が、
このきらびやかなお堂を建てたという。

Matusiro3
例えばこの二羽の鶴。
ここを抜け出しては田んぼや畑を荒し回って困ったそうだ。
東照宮の「眠り猫」で有名な、左甚五郎の作ったものだと伝えられている。

案内のおじさんは、
鍵を開けて、中の様子も見せてくれる。
きらびやかな装飾の施された室内。
天井の竜や鶏などの華やかな絵は狩野探幽の作と伝えられているそうだ。
へえ〜〜〜〜、
とひたすら感心。

中央には信之と、その妻「小松姫」のご位牌がおかれている。
小松姫の位牌には、よく見ると、徳川の御紋が描かれている。
そう小松姫は、その当時、天下をとった徳川家康の養女なのだ。

戦術に長けた真田を恐れていた家康は、
重臣の本多忠勝の娘、小松姫を信之の嫁にやって取り込もうとする。
ところが真田側は、小さくとも一国一城の主の跡取りに、
いかに実力がああろうと、
徳川の家来の娘では格が合わぬと突っぱねるのだ。

そこで、家康が、
それではワシの娘にする、
これなら文句あるまい、、、
といいだして、信之は受けざるを得なかったとか。

でも、この小松姫。
昔聞いた講談では、
様々なエピソードが語られていた。
若い頃はじゃじゃ馬で、
婿を選ぶのに、独身の若殿たちを集めて、
実際に見比べて選んだとか。
その中で、唯一、
「失礼な!」と言って出て行ったのが信之だったとか。

そんな話をすれば長くなる。
信之に嫁いでからは、
堅実な、また、機転の利いた良妻としての話が伝わっているそうだ。

その小松姫の御霊屋は、
近くにある大英寺というところ。
こちらは、火災にあったこともあり、
それなりのものが残っていないのが寂しい。

松代には、
武家屋敷があったり、
いかにも城下町らしい曲がりくねった道があったりと、
歩いて見ると、楽しいところ。
こんな身近にある場所を大切にしなければね。

ということで、
そばの出て来ないそば屋の休日、、、、

、、でも、そばを出しとこう。
その後行った温泉施設での「かき揚げそば」。

Matusiro5

 

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2012年1月15日 (日)

そばを切る時に欠かせない道具「小間板」。

小間板(こまいた)は私のような細打ちのそばを切るのに使う、
大切な道具の一つ。

そばを切るときの定規の役目をする板だ。
桐の薄い板に、立ち上がりという堅木が貼付けられている。
その堅木に沿って包丁でそばを切り、
さらに、包丁を傾けることによって小間板を送り、
一定の幅でそばを切ることができる。

Komaita
様々な形があるが、
私が使うのは、体に合わせて(?)、ごく、小さめの小間板。

もちろんこの小間板を使わない打ち方もあるわけで、
手定規(手ごまともいう)で、きれいに切る方もいらっしゃる。
例えば、長野の戸隠そばなどでは、
このような道具を使わずに切っていた。
(今では使う店もあるけれど。)

でも、いわゆる江戸打ちと呼ばれるそば打ちをする方は、
この小間板を使うのが一般的。

ところが、この小間板は、
江戸でも最初はあまり使われていなかったようだ。

江戸時代のそばの解説書として名高い「蕎麦全書」(1751年)では、
そば打ちの道具の中に、小間板の名前が見当たらない。
当時のそば打ち風景を描いた錦絵にも、
小間板が描かれていない。
ということは、
手打ちそばを打つ道具としては、
それより後になって使われ始めものなのかもしれない。

どちらにしろ、ただの板なのだが、
とても便利な道具。
包丁を送る角度を変えるだけで、
太くも細くも切ることができる。
同じ角度で送っても、
生地が厚切れば送りが大きくなって太くなり、
薄ければ小さく送られて細くなる。

なかなか工夫された道具だ。

んっ?
そんないい道具を使っているのに、
私のそばは、どうして、細かったり太かったりして不揃いなのかって?

えー、
はははっ、、、、
と、また笑ってごまかすか。

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2012年1月12日 (木)

作るには手間がかかる「ギンナン切り」

漢字で「銀杏」と書いて、
「いちょう」とも読むし、
「ぎんなん」とも読む。
実に紛らわしいのだ。

今回の「十割そばの夕べ」の変わりそばは、
「銀杏切り」ですよと書けば、
「へえ〜っ、イチョウ切りか。
 黄色い葉っぱを混ぜたそばだね。
 なにか、胃腸によさそ〜う。」
などとシベリアの高気圧並みの寒いギャグが帰ってくるので、
しっかりルビを振って、「ギンナン切り」と書かなければね。

ということで、
ギンナンが久々に登場。
でもこのギンナン切りは、
とても手間のかかるそばなのだ。

Ginnan1
知らない人がいるといけないので、
改めて書いておくけれど、
「ギンナン」は「イチョウの木」につく実の、
果肉を取り除いた種の部分のこと。

この果肉が独特の香り、
いや、臭みがあって、
それをとるのは大変なのだ。

その種の固い殻を割って、
茹でて皮を剥く。

 

Ginnan2

すり鉢ですりつぶしてから、
ミキサーにかけて餅のようなペースト状にして、
細かい網で裏ごしする。

Ginnan3
そうして、湯ごねした更科そばに打ち込むわけだ。
あまり、香りも色もないそばだけれども、
とても、しっかりとした、詰まった感じの、
固めのそばに仕上がる。

Ginnan4
皆さんの反応は、
「あっ、ギンナンの香りがする!」
という方や、
「全然ワカンナ〜いぃ。」
という方もいて、
「甘味があっておいしい。」
などという方も、、。

私としては、
変わりそばの中では気に入っている味。
普段食べ慣れている更科とは、
触感が違ったものになり、
そばの甘さが一段と引き立つ。

さて、「ギンナン」は昔から滋養強壮の薬としても使われて来た食べ物。
みなさん、これを食べて、
今年一年を、元気で過ごしましょう。

あっ、お越しになれなかった方は、
写真をつまんで下さいね。


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2012年1月 4日 (水)

9日には「どんど焼き」で燃やすけれど。

遅くなりましたが、
皆さん、あけましておめでとうございます。

よい正月をお過ごしになりましたか。
年越しそばは、おいしく召し上がっていただけましたか。

年末は、多くの方に、
年越しそばのご注文をいただき、
ありがとうございました。
特に、お客様のご紹介などで、
遠方への発送分が増え、
感謝をしております。

また、元日からは、
善光寺への初詣の行き帰りに、
多くの方にご来店いただき、
うれしい限りです。
混み合っていて、店に入れなかったお客様には、
心よりお詫び申し上げます。

ということで、
そば屋にとっては一番忙しい、
年末年始を、乗り切ることができた。
寝不足が続いて、
お茶で一服をする間にも、
つい、うとうととしてしまう始末。
そばを打っていても、
あくびが止まらない、ふぁーぁ。

それでも、
恥ずかしながら今年も作ってしまったのが、
こ、ち、ら。

Kadomatsu2
Kadomatsu
今年も、ごくごく、
シンプルに。
時間がないので、
今回は、竹屋さんに竹の頭を切ってもらった。
ホームセンターで買って来たムシロと荒縄を使って、
竹の周りを編むようにして囲み、縛り上げる。
買って来た松とヒムロヒバ、
庭の南天で飾り付け。
未熟な手作りの門松だけれど、
年神様を迎える心を込めたつもり。

ということで、
このブログをお読みになる読者の方々に、
よい一年が授かりますように。
同じ地球の上に生きる、
すべての人が幸せでありますように。

そうして、
今年も、そばをたくさん食べて、
健康を貯めましょう。

 

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