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2010年9月11日 (土)

刃物を扱う人は、いつも穏やかか?

調理師免許を受けるには、
健康診断書の提出が必要。
といっても、メタボリック症候群や、
肝臓の具合をチェックするわけではない。
これは、麻薬や覚せい剤などの中毒患者ではないこと、
および、精神病患者ではないことを証明するものだ。

それはそうだろう。
他の人が食べるものを作るのだ。
調理をするものが、平常心を失っていて、
毒物を入れたり、
プロ用のよく切れる刃物を振り回されたりしてはたまらない。

よく考えてみれば、
そういう平常心が必要な職業は、
身近にたくさんある。
ましてや、刃物を扱うとなると、
注意が必要だ。

私がいつも、
一番危ないと思っているのが、
床屋さん。
(わあ、全国の床屋さん、ごめんなさい。)

椅子に座らされて、
頭の周りを刃物が動き回るのだ。

以前にある床屋に聞いたところ、
彼らの使うハサミは、とても高価なものらしい。
そうして、定期的に研いでもらう。
そうしないと、私のような細い髪は、
よく切れないという。

そんな研ぎすまされたハサミを、
耳元で、シャキシャキと音を立てられると、
臆病な私は、
背中がゾクゾクとしてしまうのだ。
もちろん、恐怖のあまりに、、、
ほら、誤解しないようにね。

一番怖いのが、ひげを剃られるときで、
この時は、
自分に、石の地蔵になれ、
石の地蔵になれと
念じてじっとしている。
まさに、私の命は、
あご髭をたくわえた、床屋の親父の手の中にあるのだ、、、、。

もし、この親父が、
その時に限って、よからぬ考えを起こしたら、、、、。

ということで、
どうして、お金を払って、
冬でも汗びっしょりになるような、
恐怖体験をしなければならないのか、
と、考えてしまった。

そう、床屋に行かなければいいのだ。

かくして、私は髪の毛を伸ばし、
伸びた髪を後ろに束ねることにした。

そうして、時々、同居人に、
髪を束ねたまま、ざくっと切ってもらう。
こうすれば、恐怖体験は、
僅か30秒。
おまけに、私の家のハサミは、
よく切れないように出来ている。
おかげで、もう、十年以上は床屋に行かずに済んでいる。

床屋より、さらに危ないのが、
やはり椅子に座らせられる歯医者。

だから、歯医者に行くときは、
医者の顔色をよくうかがうようにしている。
相手は、高性能のドリルと、
たくさんの種類の針を持って、
口の中を攻めるのだ。

こちらは、ただ馬鹿みたいに、
口をあけて、じっとしているよりほかはない。

だから、歯医者の顔をしっかりと、
監視している。
こいつは、二日酔いで、
まだ意識がハッキリしていないんじゃないか。
夫婦喧嘩のことを思い出して、
ヤケになったりしていないか。
歯に万国旗を仕込んだりしていないか。
(実際にそういう目にあった人がいる)
と、下から睨みつけている。

そうすると、
助手の人が、
「診察中は目を閉じていてください。」
とかわいい声で言う。

いやいや、
ここで、監視を怠ると、
何が起こるか分からない。
と、さらに、睨んでいると、
バサッ、
あれ、目の上にタオルをかけられてしまった。

そば屋だって、
刃物こそ振り回さないが、
私が何かをしでかさないか、
皆さん不安のようで、
じっと見られたりする。

店の一階カウンターは、
いわばオープンキッチン。
お出しする料理のすべてを見られてしまうのだ。

へたなことは出来ない。
そうして、いつも平常心でなければ。
安心してそばを食べていただくような、
見せ方、気持ちの伝え方も、
これからの食べ物屋には、
大切なことなのだろうなあ。

ところで、
調理師免許の許可されない事項に、
「素行が著しく不良であること。」
なんてあるけれど、
著しく不良って、、、、、
いえ、
身に覚えはありませんが、。

 

 

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コメント

いやあ、笑わせてもらいました。
その前に、床屋と歯医者に対する気持ち、まったく同感です。
今から30年くらい前の話です。高校の試験休みの日の昼に、私は近所の床屋に行きました。床屋の天井ちかくにテレビが置いてあり、視聴者の投稿した話を再現したドラマが流されていました。床屋の主は、ちょうど髭そりにとりかかるところです。
病床にいる母親に花嫁姿を見せたい娘さんが、彼氏を説得して、二人とも結婚式の恰好をして病室に現れるという話でした。
またまた、お涙ちょうだいの作り話だなあと思ってニヤニヤしそうになった私は、ポツンという音に気づきました。椅子に水滴が落ちている。そうか。主の方に目だけ向けると、そこには真っ赤な目で何かをこらえているのが見えました。さて、ここで笑ったら、アゴのあたりを往復している剃刀がどうなってしまうのか。私は頭の中で、できるだけ悲しいことを思い出そうとしました。
いったいどのくらいの時間がかかったことでしょう。なんとか耐えることができました。剃刀を主が置いたとき、ほっとしたのを、今でもおぼえています。
それ以来、私は美容室に行っています。美容室はカットだけですから。
長くてどうもすみませんでした。

投稿: 所沢太郎 | 2010年9月12日 (日) 01時29分

所沢太郎 さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
やはり、そういう体験をされたことがあるのですね。
私と同じような気持ちを持たれる方がいて、安心しました。この、床屋の話をすると、いつも、周りの人に、考え過ぎだと、笑われていましたから。

投稿: かんだた | 2010年9月12日 (日) 07時22分

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