« モロッコインゲン切り | トップページ | 割れ鍋に綴じ蓋 »

2010年8月 6日 (金)

いのちをとりだす、いのちをまもる

かんだたの店内に増えた、
新しい彫り物。

Keizou1
小さな、小さなお地蔵様。
彫ったのは、鬼無里(きなさ)在住の高橋敬造さん。
今、小川村で作品の展示会を行っているので、
先日の休みの時に、ちょっと行ってきてみた。

高橋さんは、
自然の中にある木の、ねじれ、割れ目、
節をなどを、そのまま生かした彫り物をしている。
かんだたの店内にも、
いくつかの作品を置かせてもらい、
皆さん、写真を撮っていかれたりして、、。

また、その書も魅力的で、
かんだたも入り口の額や、
店内に、
ほら、このように張らせていただいている次第。

Keizou4
高橋さんとの出会いは、もう20年以上前のこと。
まだ、そば屋を始める前で、私はあるものを売っていたのだが、
代金の替わりに、自分が彫った仏像を渡したいという。
面白いことを言う人だと思って、
その仏像を選びに鬼無里の工房まで行って驚いた。
十分に迫力のある仏様が並んでいるではないか。
その時に貰った仏様が、
今でもかんだたの店を見守っている。

Keizou3

聞けば、江戸時代の放浪の仏師「山居」の研究をして、
専門の写真から、彫り物に興味を持ったのだと言う。
そうして、家族を引き連れて、横浜から鬼無里に移り住んだ。

江戸時代の放浪の仏師と言えば「円空」が有名。
彼らは、仏のできばえよりも、とにかく、
多くの仏の姿を残すことで、仏への信仰を広めようとした。
だから、「円空」や「山居」と言われる人たちの残した仏は、
荒々しい削りあとを残している。

そんな、彫り物に魅せられた高橋さんだから、
とにかく、毎日こつこつと、ノミをふるっている。
そうして、小さな仏様など、
どんどんと造ってしまうのだ。
ええっ、こんな細かい彫り物をして、いったい、
どれだけ時間がかかったの?
と思うような作品もある。
でも、
本人に言わせれば、
木の中に形が見えるので、
それを掘り出しているだけだという。

どんな木にも、
たとえ、いろりの薪にくべられる木にも、
命が隠れていると言う。
それを、形にしていくだけだと言う。

ふ〜ん、
でもね、
作品を見ていると、
そんなことはともかく、
よく、考えたなあと、
素直に、思わされるものもある。

1人で、こつこつと木に向き合う姿は、
そば打ちにもにているのかなあ。
「そばを打つ」ことを、
ただ繰り返すことではなく、
「命」を生み出す、
そして、「命」を守る仕事をしていることを、
しっかりと認識しなければ。

目が鋭くて、いつも難しいことを言っている高橋さんだけれど、
よく見ると、笑ってしまう、
いや、思わず微笑んでしまう作品が多くなった。

高橋敬造木彫展「いのちをとりだす」
小川村郷土歴史館にて、
8月16日まで。
(火曜定休)

 

 

→→→人気blogランキング

 

|

« モロッコインゲン切り | トップページ | 割れ鍋に綴じ蓋 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« モロッコインゲン切り | トップページ | 割れ鍋に綴じ蓋 »