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2009年11月29日 (日)

お祭りではないけれどボジョレーヌボー切り

日本人はお祭り好き。
日本にもたくさんお祭りがあるのに、
それでも足りずに、
遠い外国のお祭りまで持って来て大騒ぎをする。

ほら、先月の終わりには「ハロウィン」なんかやったし、
来月には「クリスマス」、
年が明ければ「バレンタインデー」。
なんで、そんな外国のお祭りをやらなければいけないのだ。
「えびす講」はちっとも騒がないのに。

今月だって「ボジョレーヌボー」の解禁だなどと、
普段ワインを飲まない人まで、大騒ぎ。
たかが、フランスのある地方の習慣を、
お祭りにしてしまった。
聞くところによると、
輸出されるボジョレーヌボーのうち、
半分は日本に送られるのだそうだ。

元々、ワインの土壌のない国での、
遠い外国のワインのお祭り。
まあ、軽薄なことこの上ない。
その上、そのワインを、
そばに打ち込んで食べてみよう、
などと、馬鹿なことをするそば屋があるのだ。

ということで、
本日は「ボジョレーヌボー切り」。

Vino_nuevo

ワインというより、甘いブドウの香りのするそば。
お客様には、好評だったなあ。

ええい、
こうなったら、馬鹿を承知で、
来年もやるぞ〜〜〜。

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2009年11月26日 (木)

そばを食べ易くする箸

さて、引き続き箸にについて。

まだまだ少ないけれど、
時々、箸を持参する方がいらっしゃる。
いわゆる「マイ箸」。

使い捨ての割り箸を使わない、
ということで、エコにつながるとか、
使い易い自分の箸で、
おいしく料理を食べたいとか、
そんなきっかけがあるのだろう。

そういう方は、箸はもちろん、
その箸を入れるケースにも凝っておられたりする。
先日見えた女性の方の、箸のケースは、
あのバックで有名な、
あまりにも有名なあのブランドのマークで覆われたもの。
いくら日本人がひいきだとはいえ、
そこまでやるか、ルイ、、、、、おとっと。

Hashi

かんだたで使っている箸は、
シンプルな竹の箸。
使い捨てではなく、
しっかり洗って、お湯を通して、
何度も使っている。

細めで、軽く、滑らない。
そばを食べるのには、ちょうどいいのでは、
と思って、使っている。
きっと、うどんやラーメンを食べるには、
細すぎることだろう。

気に入られて、お持ちになる方もいらっしゃる。
断って持っていかれる方や、
黙って、他の人の分まで集めて、
バックに入れていかれる方も。

この竹の箸、
様々な種類を試したが、
結局、今使っている箸に落ち着き、
九州にある工場から、直接送ってもらっている。
いい道具というのは、それなりの努力をしないと、
手に入らないもののようだ。

おいしく、
美しく、
そばを食べていただくのに、
欠かせないのが、箸。
たかが箸にも、
いろいろと格調があるそうだ。
最近は、利休箸何ぞを使うそば屋も多く、
そば屋も偉くなったものだなあ、
などと思ったりもする。

昔はそば屋といえば、
角の削っていない割り箸が当たり前。
曰く、角のある箸の方が滑らないそうだ。
今では、ほとんどが、
角を削った元禄か、それ以上の箸を使っている。

でもね、
どんなにいい箸を使おうとも、
利休箸を使おうとも、
ルイ、、、、、、、の箸を使おうとも、
かんだたの竹の箸を使おうとも、
食べる姿の美しさは、やはり、
それを使う人の
器量によって大きく変わってくる。

たかが箸。
されど箸。
こんな小さな道具でも、
使いこなすのには、
ちゃんと、作法と品格があるようだ。

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2009年11月20日 (金)

箸の上げ下げ。

先日、あるご家族連れのお客様が
置いていってくれたもの。

Palilla

こちらこそ、ありがとうございます。

こういうものは、とてもうれしいもの。

小学校の3年か4年生ぐらいのぐらいの、
とても、行儀のいいお子様。
弟さんと一緒に、
そばを上手にお食べになっていった。

箸もうまく使って、
きちんとそばをつまみ上げて食べていた。
うれしいねえ、
小さいうちから、こういう食べ方ができるなんて。

箸というのは、
日常よく使っているので、
つい、気にしないが、
実は、箸の使い方は、
その人の素顔を見せるという。

ある料亭の女将は、
お客さんの箸の持ち上げ方一つで、
その客の育ちが解るという。

ある大会社の社長さんは、
焼き魚を上手に食べられない人間には、
経営を任せられないという。
箸すらまともに扱えない人間が、
他の人間を、きちんと動かすことなんか、
出来ないというのだ。

そういえば、映画にもなった、
漫画の「釣りバカ日記」で、
平社員の浜ちゃんと、
社長のスーさんとの出会い。
浜ちゃんがスーさんの魚の食べ方に、
文句を付けたからではなかったからか。

私は、子供の頃、
箸の使い方が悪いと、さんざん叱られた。
大豆を箸で摘んで移す練習を、
イヤイヤさせられたものだ。
おかげで、今では、焼き魚を、
まあ、それなりに、きれいに食べられる。

そばをおいしく食べるのにも、
この箸の使い方が大切。
上から、少しずつ、
手首を使わずに、
指の動きだけでそばを摘んで引き上げる。
そうして、ズズッと、
リズムよく召し上がる方が、時々いらっしゃる。

私なんぞ、つい、見とれてしまう。

たいてい多いのが、
そばを横からすくって手首を返し、
汁に入れる方。
こうすると、そばを口に入れるときには、
手首を使えないので、
なにやら、ぎこちない感じになる。

他にも、そばを箸でかき混ぜて、、、

いやいや、皆さん、
好きに食べていただくのが一番。

でもねえ、
私たちが何気なく、
いつも使っている箸。
これにはねえ、
千年以上にわたって、
磨かれ、工夫され、育まれた文化が詰まっているのだ。
だから、箸の使い方って、
もっと、大切にされてもいい気がする。

あらっ、箸なんて、、、
私のうちで使うのは、毎日フォークとナイフよ。
などという方もいらっしゃるかも。

でも、西洋料理で、
今のようなフォークとナイフの食事スタイルが、
一般の人にまで広まったのは、
せいぜい19世紀になってから。

日本の箸の歴史に比べたら、
ちょこざい、ちょこざい。

ほら、先進国と威張りながら、
未だに国民の大多数が、
手づかみで食事をしている国もあるでしょう。

おまけに、その国では、
台所のネズミを踊らせて喜んでいるのだ。

箸の文化を持っている日本は、
そんな野蛮な国のまねをしてはいけない。

えっ、ネズミじゃない。
「ミッキーマウス」っていうんだって?
マウス、、、、、って、やっぱり

ネズミだろう。

とにかく、箸を使って、
おいしくそばを手繰ろう。

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2009年11月17日 (火)

食べ姿の美しいお客様

だいぶ前のことだけれど、
地元のタウン誌の取材を受けたときのこと。
いろいろと、店の基本情報を説明した後で、
若さの中に、落ち着きを持ち始めた年頃の女性の記者が、
こんなことを聞く。

「あのう、この店は、どんなお客さんに来てほしいですか?」

これは、いつも自分でも考えていること。
直ぐにこう返事をした。

「はい、食べる姿の美しいお客様に来ていただきたいのです。」

それを聞いたときの、記者の顔は、
真夜中の墓場でゾンビを目撃したかの表情。
しばらく、言葉に詰まっていた。

おそらく、
「サラリーマンの人に」とか、
「若い女性に」とか、「家族連れに」とかいう、
そんな返事を待っていたのだろう。

「あの、それって、お金持ちのお客さんに、
 来てもらいたいっていうことですか?」
やっと出た続きの質問。

「とんでもない、そんなことは関係ないですよ。
 そばを美しく食べていただきたいのです。」

はあ、と、なんだか、
解ったような、解らないようなご返事。
後で作られた記事には、この言葉は載らなかったから、
きっとうまく伝わらなかったのだろうなあ。

「食べ姿の美しいお客様が店のお客様」

これは、ある、一流の寿司屋さんのご主人の言葉。
たまたま、以前に雑誌で目にして、
ずっと、私の心に焼き付いている言葉なのだ。

一生懸命作ったものを、
おいしく、大切に食べていただけるお客様。
それが、一番大切なお客様なのだ。

高いものを食べるから、
いつもたくさん使ってくれるから、
ではなく、
美しく食べてくれるから、
その店のお客になれる。
そんな関係を築ける店になりたい、、、
と、その寿司屋のご主人はおっしゃっていた。
(もちろん、私の行けるような店ではないけれど。)

私も、場末のそば屋ながら、そんな店をめざしたいなあ。

などというと、
お前は、お客を選ぶつもりか、、、、
と怒られそう。

いえいえ、これはねえ、
私の戒めの言葉でもある。
スタッフにも、伝えたいことでもある。

「食べ姿の美しいお客様」
きっと、そういう方は、
ご自分のライフスタイルにこだわり、
細かいところまで、気を使う方なのだ。
その方なりの美学をお持ちの方。
まあ、このくらいでいいや、、、
などということが嫌いな方。

そうして、自分の時間を大切にし、
命を支える食べ物にこだわりを持ち、
お気に入りの仲間や雰囲気を大事にされる。

そういう方に来ていただくには、
迎え入れる店が、しっかりとしていなければならないのだ。

きちんとした「そば」を作ることはもちろん、
気持ちよく食べれるように、
いい時間が過ごせるように、
細かいところまで、行き届くような店にしなくてはいけない。

「食べ姿の美しいお客様」に来ていただくには、
まず、
「仕事姿の美しい店」にしなくては。

幸いなことに、こんな路地裏にありながら、
私は、いいお客様に恵まれている。
でも、忙しさや、
優しいお客様のご好意に甘えて、
少し、行き届かなくなっているところが、
多くなっていないだろうか。
そんなことが、やや気になるこのごろ。

ところで、そばを「美しく」食べるって、
どういうことだろう、、、、。

なんて話を、また考えてみよう。


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2009年11月13日 (金)

居眠りするより、手洗いが基本〜食品衛生

先日は食品衛生責任者の、
講習会に参加してきた。
飲食店は、年に一回の保健所の講習と、
三年に一度のこの講習を
受けなければならない決まりになっているらしい。

講習と言っても、広い会場で300人ぐらいが集まって、
講師の話を聞くだけ。
でも、出席だけは、厳しくチェックされる。

昼の営業を早めに切り上げて会場へ。
私は、しっかりと話を聞きたいから、
少し前の方の、端っこの目立たないところに席をとった。
さて、二時間半にわたる講習の開始。
挨拶のあとに、食中毒菌についての話。

しっかり聞かなければ、、、、
と思いながらも、
日頃の睡眠不足がたたって、
つい、つい、うとうとと、、、。

しっかりと、講習を受けなければ、、、
でも、夜の営業のために、
少しは眠っておいた方がいいかなあ、、、、、
なんて、言い訳をしながら、居眠りモード。

しかし、
テキもさるもの、
そうは、簡単に眠らせてくれないのだ。

外は、柔らかい日差しがあって、
むしろ暖かいぐらいだが、
コンクリートの巨大な建物の中は、
しっかりと冷えきっている。

11月の長野は、
昼でも暖房が欲しいぐらいの薄ら寒さ。
なのに、
会場にはいっさい暖房は入っていない。

うつらうつらしていたが、
こんなところで寝てしまったら、
それこそ、風邪でもインフルエンザでも、
ひき放題になってしまう。
ええい、こんなところで眠ってたまるか。

ということで、仕方なし(!)に講習に耳を傾ける。

今の時代、食中毒で、
最も気をつけなければならないのが、
ノロウイルス。

このウイルスは、ちょっと厄介だ。
他の原因菌のように、食品中で増えていくことはなく、
ほんの10個から100個ぐらいのウイルスが人間に入っただけで感染する。

食品を介して発症すれば「食中毒」になるし、
手についたり、空気中に舞ったりして感染した時には、
感染症になる。
どんなに、清掃をしても、
食品に気をつけても、
調理人や、あるいは、お客様が、
店に持ち込む可能性のある、
厄介なウイルスなのだ。

また、国内で発生している食中毒の中で、
発生件数が最も多いのがカンピロバクター。
これは食肉、特に鶏肉に多く汚染されている。
鶏肉の生食などには、気をつけなければいけない。
発症までの潜伏期間が長いので、
原因食を特定するのが難しい。

そうして、腸管出血性大腸菌O157も、、、、

という具合に講習は進んでいく。
過去に、そば屋での食中毒事例もあり、
私としても、多いに注意したいところ。

こういう講習会で、
たとえ「あくび」をしながらでも聞けば、
やはり、それなりの衛生意識の喚起になるようだ。

で、隣に座っていたおじさんは、
しっかりと、最後まで、いびきをかいて眠っていた。
冬用の厚いジャケットに、毛糸の帽子。
そうか、こういう準備をしなければいけないのだ。

よおし、次回は、
もっと厚着をして参加するぞぉ!

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2009年11月10日 (火)

信濃町産の新そばは、、、、、いいねえ。

本日は恒例の「十割そばの夕べ」。
皆さん、ご参加ありがとうございます。

本日の変わりそばはこちら。

Kurumi1

色はやや薄いピンク色。
噛むとほのかな甘み。
最後に、少し渋みも残るようだ。

ということで本日の「クルミ切り」。
「う〜ん、よくわからないよ。」
と言われる方から、
「これは、クルミの味の、はっきりとしたそばだ。」
と言われる方まで。
え〜と、どちらなのでしょう?

古くから、そばと、クルミの相性は良いとされている。
たいていは、すって、汁に混ぜることが多いが、
このようにそばに打ち込むことも、行われてきたようだ。

ナッツ類の中ではカロリーの高いクルミ。
元気をつける元として、そばに親しまれてきたに違いない。
ただ、作るには、ちょっと手間がかかる。

乾燥したクルミの実を軽くあぶり、
袋に包んで木ハンマーで細かく砕く、
金属製の裏ごし器を使って、
細かいペースト状にする。
このとき、薄皮を取り除く。
そうして、そばに打ち込んだ次第。

さて、今回はもう一つの
「十割そば」の方もいつもと違う。

Kurumi2

信濃町で、そばを栽培したKさんのそばを、
粉屋さんで、特別に挽いてもらった。

Kさんは、今年試験的に、そばを栽培した。
広さ25アールの畑。
種まきは、長雨のために遅れて8月3日。
そうして、コンバインによる収穫は10月23日。

その後、三日間かけて天日乾燥。
最後は遠赤外線式乾燥機にて調整。
過乾燥を防ぐために、水分量を16パーセント台にして、
収穫量は153キログラム。
天候不順の中では、まずまずの収穫量ではないだろうか。

今年は、長野産のそばは出来が悪く、
製粉率も悪いようだが、
Kさんのそばは、ほぼ例年並みの率で粉になった。
また、色もきれいで、甘さも強い。
粉屋さんの話では、
天日乾燥をしたのがよかったのではないかとのこと。

その粉で作ったそば、
かなりの好評。
風味は、強すぎて下司になることもなく、
上品な甘みとともに、じわっと口の中に広がっていく。

なるほど、扱うそばによって、
こんなにも違うものだと、改めて認識。

Kさんは、来年は、
もっと大規模にそばの栽培をする予定。
ぜひぜひ、たくさんそばを作っていただき、
長野のそばのおいしさをアピールしていきたいものだ。

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2009年11月 6日 (金)

そば屋の休日〜善光寺から往生寺、葛山、頼朝山へ。

善光寺のある平野は、
善光寺平と呼ばれて、山に囲まれている。
街から、少し離れれば、
すぐに山歩きを楽しむことができる。

ということで、
久しぶりの山歩きを楽しんだ、
「そば」の出てこない「そば屋の休日」。

今回選んだのは、
善光寺の西側にそびえる(?)葛山(かつらやま)。
前々日に初雪が降ったが、
天気は良さそうなので、手ぶらで出発。

写真は、クリックすると大きくなります。

Katura1

出発は善光寺。朝の九時。
平日でもあるし、この時間は静かにお参りが出来る。
本堂から西側(左側)にでて、往生寺方面に進む。

Katura2

すぐにあるのが湯福神社。
樹齢900年のケヤキの木がある。

Katura3

往生寺への坂は、リンゴ畑の中を通る。
つい、手を伸ばして採りたくなるような、真っ赤なリンゴ。

Katura4

かるかや伝説につながるお寺往生寺。
この、境内を横切って、お稲荷社の横から、
山道に入る。

Katura5

松や杉の植えられている混成林。
なだらかな登りの山道が続く。

Katura6

所々に、このような標識があって、
地図がなくともわかりやすい。

Katura7

頂上直下に、ちょっときつい登り。
それを過ぎれば、広々とした頂上。
さあ、サッカーでもするか。

Katura15

広々としているのは当たり前。
ここは、お城の跡なのだ。
川中島の戦いのとき、
この城は、激しい戦いの末に、
武田勢によって攻め落とされた。

Katura8

ちょっと霞んでいるけれど、
長野市街がよく見える。
東側の志賀高原方面、
北の飯綱山の眺めもいい。

Katura9

頼朝山方面への下り。
今度はカラマツの林で明るい。

Katura10

一度下って、5分ぐらいの登りでつく頼朝山。
この山頂もベンチやあずまやがあり公園みたいだ。
ここからも、長野市街がよく見渡せる。

Katura11

途中にあったハイキングコースの看板。
少しわかりづらい。

Katura12_2

山道から、民家が現れたところにある「瓜割り清水」。
昔は、戸隠街道を行く人たちの、
のどを潤したそうだ。

Katura13

下りたところは新諏訪町。
このままこの通りを東に行けば、
善光寺の仁王門に出る。

ということで、気持ちのいいハイキングが出来た。
こんな町中から、気楽に行けるのが、長野のいいところ。
でも、今回は、山の中で、誰にも会わなかったなあ。

善光寺→往生寺→葛山→頼朝山→善光寺
のコースで、ゆっくり歩いて3時間半。
夏は暑いので、今のような晩秋や初春におすすめのコース。

興味のある方は、
里山歩きの情報サイトとして人気の、
「信州山歩きマップ」にも載っているのでご参考に。
http://w1.avis.ne.jp/~nakajima/maphoku/mkatura.htm

 

 

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2009年11月 3日 (火)

あるそば屋の話 その2

さて、前回の続きの、
山の中の、目立たないそば屋の話。

そばよりも、フランス料理が似合いそうな内装の、
クラッシック音楽の流れる店。
「こだわり」の匂いがぷんぷんとするのだけれども、
いつ行っても、他にお客がいなかった。
これで、やっていけるのかなあ、、、
と、ちょっと、心配になっていた私。

ところが、少したって、夏の観光シーズンに行くと、
結構なにぎわい。
ご主人は、淡々と仕事をこなされていた。
そうして、その後、しばらくして行ったら、
駐車場が車でいっぱい。
あれ、玄関に行列ができている。

この店の静かな佇まいが好きだった私としては、
少し残念な気もしたが、
とにかく、これで、余計な心配はしなくて良さそうだ。

全国的な雑誌に載り、
テレビでも紹介され、
そうして、多くの人が、
このわかりにくい場所にあるそば屋を目指して、
やってくるようになったのだ。

その後、私の生活パターンが変わり、
この店に寄る機会がなくなってしまった。
でも、この店は、注目のそば店として話題になり、
週末は行列を覚悟する店となったようだ。

そうして、そばの値段も上がっていった。
私が食べにいっていた頃の、
倍以上の値段になってしまったらしい。

行った方々の話は、
「確かにうまいそばだ。
 でも、どうしてあんなに値段が高いのだろう。」
ということに落ち着く。

中には、
「あんな値段をとるなんて、
 ちょっと、いい気になっているんじゃないの。」
などという方もいる。

でも、開店してからの数年、
ほとんどお客の来なかった日々の、
ご主人の気持ちを考えると、
この値段も許せるのではないかと、
私には思えるのだ。

このご主人は、
淡々としているけれど、
かなり信念の強い方に違いない。

山の中で営業して、お客が来なければ、
普通であれば、表通りに大きな看板を作ったり、
「手打ちそば」と書かれたのぼりを並べたりする。
メニューを増やして、来た人のニーズに応えようとする。
広告を打ったり、クーポン券を配ったりして、
来店を促したりする。

でも、この店は、そういうことをしなかった。

メニューも変えず(値段は変わったが)、
最初に決めた営業のスタイルを、
ずっと貫き通したのだ。
そうして、その店を、
その店のそばを、
気に入っていただけるお客様が来てくれるのを、
じっと、待っていたのだ。

自分で商売をしていてわかるが、
お客様が少ないときには、
どうしても、自分の売っている物に自信がなくなり、
あれこれと、いじりたくなる。
そういうブレもなく、
営業を続けてきた。

それが、やがて、共感を呼び、
多くの人に伝わるようになったのだね。

だから、あの値段は、
「そば」の値段ではなく、
ご主人の「信念」の価値なのかもしれない。

この店が有名になったので、
最近では、そのスタイルをまねて、
最初からかなり高い値段で、
店を始めるそば屋もあるようだ。

でもね、それなりの値段をとれるということは、
それなりの苦労と信念があったからのこと。
形ばかりを真似たところで、
お客様には伝わらないだろう。

「かんだた」なんか、
あれこれとばたばたしていて、
まだまだ、「信念」が足りないなあ。

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2009年11月 2日 (月)

あるそば屋の話 その1

もう二十年も前のこと。
ある山の中に、一件のそば屋が開店したと聞いた。
当時としては珍しい自家製粉の粉を使っているという。

場所を聞けば、通りから外れたわかりにくいところ。
たまたま知り合いの地元の人に聞けば、
「ああ、高いだけのそば屋だよ、
 天ぷらもないし。」
とのこと。

それでも興味があったので、探して行ってみた。
確かにわかりにくいところ。
店も、普通の山荘風で、看板がなければそば屋と気がつかない。
靴を脱いで上がれば、床暖房のフローリングに、
重厚な飛騨家具の椅子とテーブル。
流れる音楽はクラッシック。
なんだか、そば屋というよりも、
しゃれたフランス料理でも出てくる雰囲気。

十歳以下の子供はお断り、
店内はもちろん禁煙。
そばは「せいろ」の一種類のみ。
その他には、「そばがき」と「ぜんざい」の
追加メニューがあるだけだ。

寡黙な旦那さんが、一人で切り盛りをしている。
そばを頼むと最初に出てくる野菜の煮物。
それを食べただけで、関西系の方なのだということがわかる。

そばは、とても丁寧に打たれたものだった。
自家製粉のためか、ざらつきが多いが風味は強い。
汁も薄口を使っていて、塩味の角が立っているが、
それが、逆にこのそばの味を引き立てるようだった。

そうして、最後に出てくるのが、
とろりとした、濃いそば湯。
いまでこそ、そういう店も増えているが、
当時としては珍しかった。

なるほど、面白いそば屋が出来たものだ、
と、当時の私は思ったものだ。
でも、こんな山の中で、
このようなそばを出して、
果たして、商売として成り立つのだろうか?

ここで扱っている新潟の酒がおいしかったので、
その近くを通りがかるときには、
この店に寄るようになった。

行ってみると、たいてい、他に客はおらず、
元々無愛想なご主人は、相も変わらず無表情で、
備前焼の徳利に酒を入れて、そばを作ってくれるのだ。

何年か経った、ある冬の日、
雪の降り続く昼過ぎにこの店を訪ねると、
朝に一度雪かきをしたらしい駐車場には、
もう十センチ以上の雪が積もっていた。
他の車が入った跡はない。
店内はもちろん、他に客はいない。
降り積もる雪を眺めながら、
一人ゆっくりと酒を飲みながらそばを楽しんだ。
(どうやって帰ったのだろう、車で行ったのに、、、、)
私の帰った閉店時間までに、新しい車のわだちは出来なかった。

この雰囲気でそばを食べられるのは有り難いが、
大変だろうなあ。
商売としては。
私はそう思ってしまった。

ところが、、、
ところが、、、
世の中というものはわからないもの。
やっぱり、私のように、
ちょっと寄り道しても来てみたいという人たちもいたのだね。
そうして、、、

という話は、また次回。

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