中学の頃の社会科の先生は、
授業に入る前に、
そのときの時事の問題などを取り上げて、
いろいろと解説をするのが好きな方だった。
ある時も、
何の話だか忘れたが、(ん十年前だからね)
一通り、解説を述べた後で、
こんなことをいう。
「君たちも、これを、
タザンの石として、
勉強に励みなさい。」
中学生の私は、戸惑った。
ええっ、なんのこっちゃ、
ターザンの石って?
ジャングルに住むターザンが、
なにか石と関係があったっけ?
あの、雄叫びをあげる時に、
秘密の石でも握りしめていたっけ?
おかげで、その日の授業の内容は、
全く頭に入らなかった。
いつものことではあるけれど、、、、。
さて、町中に、
一軒の料理屋さんがある。
こじんまりとした店だけれど、
長野では珍しい、
ある料理の専門店なのだ。
それなりに、
しっかりとした、
おいしいものを出してくれる。
値段もそんなに高くない。
カウンターに旦那さん、
そうして、奥さんが、
給仕をしてくれる、
細かいところまで、掃除の行き届いた、
きれいな店だ。
料理はおいしい。
値段も高くない。
店内もきれいだ。
これならば、
お客さんがいつもいっぱい、
入っているだろうなあ、
と思うのだが、
通りがかりに覗いてみても、
どうやら、がらんとしている。
私も、おいしい料理は食べたいけれど、
なぜか、この店には、
入る気がしない。
行ったことがある、
他の人に聞いても、
「あの店はねえ、
料理はおいしいけれど、
もう一度行きたいと思わないよ。」
との返事。
だって、
カウンターの親爺さん、
しかめっ面で料理をしているんだもの。
お客の方をまともに見ず、
いつも、怒ったような顔をして、
自分の仕事をしている。
カウンターだけの店だから、
そんな親爺の顔を見ながら、
食事をしなければならないのだ。
それにもまして、
給仕する奥さんは、
もっと無愛想。
ぐずぐずと酒でも飲んでいようものなら、
早くご飯を食べろと、
何度も聞きにくる。
開店当初は、
カウンターに若い人が入っていて、
活気があったが、
今の時代、ご夫婦二人で営業している。
だから、
しかめっ面の親爺さんと、
無愛想な奥さんとの間に挟まれて、
お客は、そうそうに退散する羽目になる。
料理屋って、
ただ、おいしい料理を出せば、
それで、いいのではないのだ。
楽しく、
気持ち良く食べていただくのも、
料理をする人、
店を営業するする人の努め。
そういうことを、忘れると、
こういう入りにくい店にってしまうのだね。
人のこと見て、我が身を直せ。
私も気をつけなければ。
ということで思い出した、
中学の先生がおっしゃっていた、
ターザンの石、ならぬ、
他山の石。
他の人の、よくない行為から、
己を磨くということ。
やっと、やっと、
その意味が分かってきた私は、
もう50過ぎ。
ちょっと時間がかかり過ぎたなあ。
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