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2008年11月30日 (日)

新鮮なブドウの香りのそば。

ひと頃ほど大騒ぎされなくなった、
フランスワインの解禁日。
それでも、ファンはいるようで、
どこの酒屋へ行っても、
「ボジョレーヌーボー」が、
偉そうな顔をして店頭に居座っている。
あれ、コンビニにまでも、売られている。

Nouveau1 噂によると、本国フランスでは、
若者のワイン離れが止まらないのだそうだ。
国内が駄目ならと、
外国に売り込んでいる。
お祭り騒ぎに乗りやすい日本は、
いい、お得意さまのようだ。

なにしろ、フランスの、
ほんの一地方のお祭りにしかすぎない、
ボジョレーヌーボーの解禁の儀式を、
日本の隅々にまで広めてしまったのだから。

それに伴って、
商魂逞しい商社や酒屋が、
盛んに宣伝をする。
さらに、それに便乗して、
レストランやスーパーなどでも、イベントを開いたりする。
どこかの、怪しいそば屋でさえ、
「ボジョレーヌボー」を飾ったりしている。
全く軽薄な限りだ。

ということで、
月末の日曜日の変わりそば企画は、
「ボジョレーヌーボーそば」。

何しろ、打っているときから、
ブドウの甘い香りが漂ってくる。
さすがは、新酒。

Nouveau2 そばにすると、淡い紫色。
でも、お客さまにはおおむね好評。
中には、今日は車で来たから、
残念ながら食べられない、、、という方も。
(もちろん、茹でるので、アルコールは飛んでいる)

ボジョレーの甘みと酸味は、
けっこう、更級の味と合いそうだ。
これからは、毎年11月の定番となるかもしれない。

全く軽薄な、、、、。
でも、おいしい。


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2008年11月28日 (金)

事故米より、サラダの方がよっぽど危険。

ニュースによれば、事故米を買い取り、
食用として流用していた会社が、
倒産したそうだ。

多くの会社に流通され、
社会的な不信感を植え付けた責任は大きい。

しかしながら、
今回の事件を振り返ってみると、
どうも、新聞、テレビなどのマスコミが、
ちょっと、大騒ぎし過ぎだな、、、
という感じがしないでもない。

私は、テレビが嫌いなので、
たまにしか見ないが、
キャスターとか、コメンテーターとかが、
正義の味方づらして、
ああだ、こうだ言っているのは、
あまり、いただけない。

さて、今回騒がれた、事故米に含まれていた農薬、
メタミドホス。(この名前、いつまでたっても覚えられない。)
国で定めた残留基準が、0.01ppm。
報道された事故米濃度は、0.05ppm。

わあすごい、基準の五倍だ。
時速制限60キロの道路を、
300キロの猛スピードで、走っているようなものだ。
なんて危険なんだ、、、、
というのが、おおかたのマスコミの論調。

でも、食品の流通関係の方は、
なんでこんなに大騒ぎになってしまったかと、
口にこそ出さないけれど、
戸惑ってしまったに違いない。

そもそも、残留基準というものは何なのだろう。
この値を超えれば、
すぐに危険なものなのか。

一昨年から、日本では、
残留農薬について、
ポジティブリスト制度が施行された。
それまでは、各野菜について、
使われそうな農薬の残留基準を定めていたのだが、
輸入品が増えるに従い、
それでは、対応できない農薬が現れた。
つまり、国内では承認されていない農薬が、
使われた野菜があるのだ。

そこで、残留基準にない農薬を、
基本的に、0.01ppm以下と定めたのだね。
この数値、ほとんど、検査の限界値。
つまり、基本的に、
定められた農薬以外は、
検出されてはいけませんよ、
と決めたわけ。

この0.01ppmというのは、
一億分の一という意味。
どのくらいかというと、日本人みんなで、
右向け右をした時に、
北海道から沖縄まで、
みんな右を向いているのに、
たった一人だけ、左を向いた奴がいた、、(私のことか)
というぐらいの割合のこと。

つまり、米のメタミドホスの残留基準は、
安全などとは、違うところから作られたもの。

例えば、ほかの野菜の残留基準は、
トマト、ピーマンは2ppm、
レタス、キュウリは1ppmとなっている。
ということは、
サラダを食べていれば、
この、事故米の20倍ぐらいのメタミドホスを、
平気で食べている可能性もあるのだ。

なのに、
この事故米を使った食品、
焼酎や酒までが、大量に廃棄されることになった。

こういう、ポジティブリスト制度のことまで、
踏み込んで、報道したマスコミがあっただろうか。
ただ、偽装だ、食品不信だと、
大騒ぎしたに過ぎないのではないか。

一昨年に制度が変わったため、
それまで、備蓄していた輸入米が、
自動的に事故米となってしまい、
処分することになったのだね。

実は、一昨年、この制度の下で、
輸入された玄そばからメタミドホスが検出された。
そのそばは、すぐに送り返されたのだが、
だからといって、輸入のそばが、
全て危険なわけではない。
むしろ、検査機能が働いていることが、
確認されたと思うべきだろう。
(ちょっと、楽観的だが)

それにしても、
せっかく輸入した米を、
処分しなければならないような、
な〜〜〜〜〜んにも考えていない農水省。
こういうところこそ、
早く倒産すべきだ、、、、

、、、んな、わけにはいかないか。


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2008年11月25日 (火)

そば粉の賞味期限は?>>>よく聞かれる質問

昨夜いただいた、
某イタリア料理(もどき)のレストランの、
生煮えのリゾット。
夜になって、胃がしくしくと痛み、
よく寝られない。
今日は、朝も昼も抜き。

ちょっと固いかなと思ったけれど、
五穀米ということで、
こんなものかな、
と、全部食べてしまった。
食べ物を残せない、貧乏根性が災いしたか。
ちょっと反省。

私の体調も悪かったかもしれない。
というか、体調が悪かったから、
リゾットを頼んだのだけれど、、、。
こんなもの、出すなよな!

ということはさておき、
引き続き、そば打ちについての、
よく聞かれる質問。

質問:そば粉の賞味期間はどのくらい?

みなさん、そば粉を買われて、
大切に保存していたりするようだけれど。

私の答え:そばを打つための、
    そば粉の賞味期限は一週間。

これは、ちょっと、厳しい見方。
(私はプロだから。)
さらに厳しい人は、
その日に挽いたものしか使わない、
という人もいるかもしれない。

挽きたての粉を使えば、
麺にした時に、そばはふわっと膨らみ、
滑らかな食感となる。

時間が経つにつれて、
ざらっとした食感になり、
粉っぽいそばになる。

だから、新鮮なうちに、そばを打つに限る。

ちょっと、見た目には、
そば粉は時間で変化しないので、
平気で、時間の経ったそば粉を使う方がいるが、
そばは繋がりにくくなり、
ぼそぼそに、切れてしまう。

そばが切れる原因はいろいろあるが、
聞いてみれば、
古いそば粉を使っている場合が多いようだ。

ほら、何でもそうだけれど、
何かを、やろうと思ったときが、
一番テンションが高い。

例えば、ダイエット。
朝早く起きて、散歩をするぞ、
とそう決めたときは、やる気満々。
最初の日は、気持ち良く歩いたりする。
三日ぐらいまでは、そこそこ、
気持ちが続く。
四日目に、雨でも降れば、
まあ、一日ぐらいは休んでもいいか。
五日目には、ちょっと疲れたから、
今日は休み、、、、、。

十日も経つと、
ああ、そんなことを思ったこともあったなあ、、
なんてことになる。
(単なる、私の場合の話だが。)

そば粉だって、
挽いたばっかりは、
しっかりつながって、
いいそばになろうという気持ちでいっぱいなのだ。

それが、三日経っても四日経っても、
そばになれないとイライラしてくる。
一週間ぐらいまでは、我慢しているけれど、
十日もすると、
狭いところに押し込められた、
そば粉同士で仲たがいを始めるものもいて、
うまくつながらなくなったりするのだ。

また、インターネットなどで、
そば粉を注文すると、
アルミコーティングされた袋で送られてくることが多い。

この袋に入っていれば、
半年位は風味を保てるといわれており、
そば粉屋さんによって、
賞味期限や製造年月日が打ってあったりする。

しかしながら、
それは、未開封での話。
一度封を開けてしまうと、
この袋のそば粉は、急速に劣化する。

だから、そばを打つ直前に開封し、
そこで使いきってしまうのが望ましい。

切れないそばを打つには、
まず、新鮮な粉を使うこと。
私は、近所のそば屋さんで、
手に入れることをお薦めしている。
流行っているそば屋さんならば、
週に一回か二回ぐらいは、
そばを仕入れているはずだ。
自分の打つタイミングに合わせて、
必要な分だけ、そば粉を買ってくればいいのだ。

魚も、新鮮なほうがおいしい。
野菜も、新鮮なほうがおいしい。
そば粉も、新鮮なほうがおいしい。
人間も、新鮮なほうが楽しい。
ん?

人間は、せめて、新鮮な頭を保つように、
努力しよう。


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2008年11月24日 (月)

すんだ冬の空気に花火が映える。

久しぶりに外食をしたら、
生煮えのリゾットを食べさせられてしまって、
お腹がむかむかして、気持ちが悪い。

レストランというのは、
ラテン語の「修復する」という意味の言葉からできた、
という話を聞いたが、
「修復」どころか、
気分も時間も、お腹も「破壊」されてしまった気がする。
値段は一流だったけれどね。
こっちのダメージも大きい。

Hanabi2 さて、昨日は長野市の初冬の風物詩、
恵比寿講の花火大会。
毎年、打ち上げ場所近くの、
知人の仕事場に招かれて見にいく。

多くの知り合いが集まるので、
花火を見ているより、
もっぱら、話をしたり、
用意された液体を消費したりするほうに、
熱心になってしまう。

今年は、それほど寒くなく、
風も少しはあって、
いい花火の夜となった。
寒さの中に空気が澄んで、
一段と花火が映える。

打ち上げ場所の土手は、
人でびっしりだったそうだ。
有料の桟敷席も、早々と完売されたそうだ。
真上にあがる花火は、
迫力そのものだ。

最近は、音楽と合わせて花火を打ち上げるプログラムもあって、
なかなか、飽きさせない。

Hanabi1 さて、この花火、
何の形に見えるだろうか。

実は、スポンサーは、
キノコ屋さん。
そう、
毎年キノコの形の花火をあげているのだ。
あっ、あれはシメジだ、
これは、エノキだなどといいながら、
どんな、形が現れるのか、
つい、期待して見てしまう。

さて、そば屋が花火を打ち上げるとすれば、
どんな形がいいのだろう。
ナイヤガラでは、当たり前すぎるし。

よおし、そのうちに、
「そば」の花火を打ち上げるぞ。
みなさんご期待を。
(いつのことだろう?)


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2008年11月21日 (金)

麺棒にそばがくっつく>>よく聞かれる質問

さて、引き続きそば打ちについて、
よく聞かれる質問。

質問:そばを延す時に、麺棒にそばがくっついてしまう。
  くっつかないように、何か塗っているの?

確かに、そばを平らにのばす時に、
綿棒やのし板に、生地がくっついてしまうことがある。
そうすると大変だ。

私なんぞ、今でも時々、
綿棒にくっつけてしまって、
そばに、
「おめえ、なにやってぇんだ。
 いてえじゃねえか。」(なぜか江戸弁)
と怒られたりしている。

私の答え:麺棒には何も塗りません。
    生地に打ち粉をマメに拡げましょう。

まあ、中には、クルミ油などを使う方も
いらっしゃるようだけれど、
そば生地に混ざってしまうので、
何も使わない方が無難。

新しい麺棒は、
ささくれや、木の粉が残っていたりして、
くっつきやすい。
よく絞ったタオルで、何度も何度も、
こすって表面を滑らかにして使うといい。

のしている時には、常に空いている手で、
生地の表面をなぞり、
打ち粉が均一に広がるようにする。
慣れないと、延ばす方ばかりに気を取られ、
打ち粉を振るのを忘れがちになりがち。
こまめに、打ち粉入れに手を伸ばす習慣を付けよう。

って、口でいうのは簡単だけれどね。

麺棒の話のついでに書いておくけれど、
この麺棒の使い方で、
そばの仕上がりが微妙に変わってくる。

ただただ、薄くのばしただけだと、
ゆでた時に,麺の膨らみ感がない。
強い力で延ばせば、製麺機で作った麺と同じように、
茹であげた瞬間に、テカッーと光る感じになる。

一か所に強い力がかからないように、
そうして、均一な生地を作り上げるのが、
麺棒の力。
だから、打つ人によって、様々なのばし方があり、
使われる麺棒だって、
堅かったり、柔らかかったりするようだ。

手打ちでなければできない技。
麺棒の中にも、隠れているのだぞ!


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2008年11月18日 (火)

礼儀知らずな手紙

世の中には、たくさんの人がいて、
その人たちが、滑らかな関係を保つために、
礼儀とか、作法とかが作られたのだろうなあ。

若い頃は、そんなものなんか、
「くそくらえ!」なんて思っていたけれど、
今になると、やはり、ある程度は大切なものなのだと思う。
まあ、形にとらわれず、
相手を尊重する姿勢というものが、
伝わる努力をすべきなのだろう。

手紙というのは、
相手の表情や反応が、すぐに見えないので、
それなりの、形式を作ることで、
礼儀を尽くそうとしたのだろう。
様々な、決まり事があり、
それに沿って、意志を伝えることで、
礼儀を尽くしたのだろう。

様々な形式があるが、
やはり、相手の名前を上に書き、
自分の名前は、少し下って書くというのが、
洋の東西を問わない書き方のようだ。

先日も、ある手紙をいただいた。
開封してみると、
何やら細かい字が書いてあるのだが、
一番上の欄に、
目の悪い私でも、眼鏡なしで読める、
大きな字で、差出し人の名前が書いてある。

私の名前といえば、
何枚かある手紙の、一番最後の紙に、
眼鏡をかけなければ、分からない大きさで、
枠の中に印字されているだけ。

なんだ、この手紙は!

差し出した人の名前ばかり、
大きく書かれていて。

こんな失礼な手紙は、
読む価値がない、
と思って、破いて捨てようと思ったら、、

破こうかと思ったら、、

思ったら、、

ら、、

「年金特別便」だった。

これって、
けっして、
けっして、
差出し人の、
宣伝の、
ための手紙じゃ、
ないよねえ。

そうして、
いきなり、
この記録に間違いがありませんかと聞かれても、
うう〜〜ん、
「記憶にございません。」

日本の国を動かす重要な立場の人が、
何億円もの金を貰っても、
まったく記憶がないのに、
どうして、私が、
何十年前の支払いのことを覚えていようか。

この手紙の返信された率は、
47パーセントだそうだ。
そりゃあ、当たり前だ。
多くの人が、
きっと、怒って、
破いて捨ててしまったことに違いない。

礼儀というのは、
難しいものだ。
未だに、そういうものを学ばない社会が、
目の前にあるのだね。

私も、店の姿勢も、
気をつけなければ。
知らず知らずのうちに、
ごう慢さが身についているのかもしれない。

せめて、
井上陽水の「礼儀知らずの女」じゃなかった。
「感謝知らずの女」
でも、口ずさみながら、
礼儀正しく、そばを手繰ろう。
ずずっっとね。


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2008年11月16日 (日)

長芋をつなぎに入れたのだが、切れてしまった>>よく聞かれる質問

引き続き、よく聞かれる、
そば打ちについての質問。

質問:長芋をすってつなぎに使ったのだけれど、
  ぶつぶつに切れてしまった。どうして?

これは、とてもよく、
何回も、耳にする質問。
以前にもブログに書いたのだが、
皆さん、長芋がお好きなんですね。
もっとも、長野市の松代地区は、
長芋の産地として有名なところだからかなあ。

でも、そばのつなぎとしては、
どうだろうか。

私の答え:長芋はつなぎにはなりません。
   むしろ、そばが切れる原因になります。

えっ、だって、昔、
うちのばあさんがそばを打つ時に、
長芋をすって、入れていたよ。
という方もいらっしゃるかもしれない。

だったら、そのおばあさんがやっていた、
長芋のすり方まで覚えておいでだろうか。
きっと、すり鉢を使って、
根気良く、長芋をすりつぶしいたに違いない。

ところが今では、
たいていの方は、おろし金で、
しゃかしゃかとすりおろした長芋をを使っている。

おろし金でおろした長芋は、
とろっとしているが、実は粒が粗く、
そばの粉になじまないのだ。

長芋をそばに使うには、
すり鉢で、小一時間ほど
気長にすり、ねっとりとした状態にしなければ。

そうして作った、長芋を入れたそばは、
つやが良くなり、サクッとした食感になる。
それはそれで、面白いと思うけれど。

でも、つなぎとして使うのなら、
やっぱり、小麦粉を使う方が、
一番確実で、扱いやすい。
そば粉自体の繋がる力と、
少量の小麦粉(つなぎ粉)の力で、
しっかりとしたそばを、
まず、打ってみよう。



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2008年11月14日 (金)

茹でるとそばが切れてしまう。>>よく聞かれる質問

最近は、ご自分でそばを打たれる方が、
たくさんいらっしゃるようだ。
店のお客さまにもそういう方がいらして、
いろいろなことを聞かれたりする。

ちゃんと答えられればいいのだが、
忙しいときなどには、
きちんとお伝えできないこともある。
そこで、
よく聞かれるそば打ちについての質問を、
しばらく取り上げてみることにしよう。

っていっても、私にもよく分からないことが多いのだが。

質問:延して切って、ちゃんと長い麺になったのに、
  釜でゆでると、ぶつぶつに切れてしまう。
  どうしてだろう。

ううん、これが一番多い質問であり、
多くのそば打ちをされる方の悩みの種ではないだろうか。
せっかく、うまくそばができたと思ったら、
さあ、茹でて食べようという段階で、
バラバラになってしまう。
あらあら。
これはいったいどうしてだろうか。

私の答え:しっかりと捏ねてみよう。
     こねは少なくとも5分以上は続けること。
     はあっ、はあ
、はあ、そう、息が切れるぐらいね。
    (目の前に時計を置いて計ろう。) 


打ち終わった麺を、顕微鏡で見てみると、
水を含んだそば粉の粒が、ぷよんぷよんとして、
鉄平石を張り巡らしたかのように、ぴっちりと積み重なっている。
その間に、水の層が、
タイルの目地のように入り込んでいる。

この水の層に、粘着性のあるそばやつなぎ粉のタンパクが溶け込み、
そば粉の粒を繋いでいるのだね。
ここに少しでも空気が混ざっていると、
お湯の中に入れた時、
その空気が膨らんで、そばを切ってしまうの、、、
ではないかなあ。
(切れるところを顕微鏡で見たことはないので解りません)

いずれにしろ、そばが切れるのは、基本的に、水がそばに、
均等に行き渡っていないから。
しっかりと捏ねあげることで、
空気を追い出し、水分を均等にすることができる。

そば打ちを慣れない人に教えてみると、
どうしても、水回しやこねを簡単に済ませて、
先に進もうとする傾向がある。
最初の、水まわし、そうして、捏ねをしっかりと行うことが、
きちんとしたそばを作るコツ。

でも、その他にも原因はある。
例えば、家庭用のガスコンロと火力で、
少ないお湯で、
たくさんのそばを入れて茹でた時。
湯の温度が下がり、でんぷんが固まらないので、
そばは切れる。

それから、結構多いのが、
劣化したそば粉を使っている場合。
伸している時に、ひび割れてくるのもその徴候。
「いいそば粉」より「新鮮なそば粉」を使うようにしよう。

ということで、
しばらく続く、
そば打ちについて>>よく聞かれる質問。


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2008年11月10日 (月)

年間35万匹

年間35万匹。

う〜ん、こんなにいるのか。
人間に置き換えたら、
この長野市の人口より、
ちょっと少ないぐらい。

えっ、何の数字かって。
平成十八年に行政によって処分された、
犬猫の数。

長野県では、総数4,803匹。(犬818、猫3,985)

ん!

ん!

処分する装置のことを、ドリームボックス呼ぶ。(通称)
ガス装置によって、
眠るように処分、、、、されるらしい。

社会の衛生を保つため、
ある程度の、野良犬や野良猫の処分は必要なことなのかもしれない。
でもね。
処分されるのは、
必ずしも、野良の犬猫とは限らない。

自分の都合で、
飼っていた犬猫を、
まるで、ゴミを捨てるように、平気で処分する人がいるのだ。

私が知っていた、あるそば屋のご主人。
なかなか、気宇壮大な発言をされて、
今でも、けっこうの人気の店のようだ。

そのご主人、ちょっと山の中に、
山小屋風の家を建てた。
目の前に、そば畑が広がり、
その前庭で、コンサートをしたり、
さまざまなイベントをしたりして、
私も参加させていただいたことがあった。

そこで子供たちを育て、
そうして、二匹の犬を飼っていた。
大自然の中で、二匹の中型犬は、
家族に守られて、幸せそうだった。

ところが、暫くして、
子供たちが大きくなると、
一家は、店の近くの町の中に住むようになった。

私が犬のことを尋ねると、
町にはつれて来れないから、
地元の人に飼育を任せてあるとのことだった。

でも、あるとき、その彼の山の家の様子を見に寄った時、
二匹の犬の姿は、悲惨だった。
太い杭につながれたままの彼等は、
鎖の長さ以上は動けず、
排泄物が一面にたまっていた。
頼まれた地元の人は、
ただ、餌だけを与えていたようだ。
私が一匹ずつ、鎖を持って散歩に出したら、
それこそ、喜んで飛び回っていた。

その後、そのそば屋に行った時に、
犬のことを聞いたら、
ご主人は、それでも辛そうな表情をして、
「どうしても飼えないから、処分してもらったよ。」
といった。

私の箸が、ぱたりとそこで落ちた。

そば屋というのは、
「いのち」を扱う商売だ。
そばだって「いのち」、それを食べる人間だって「いのち」なのだ。
それが、まさか、様々な事情があったにしろ、
かわいがっていた犬に対して、処分という言葉が出てくるとは思わなかった。

今では、お弟子さんをたくさん抱える、
有名なそば屋さんだ。
でも、私は、それ以来、
その方とのお付き合いはしていない。

そう、世の中には、
たくさんの事情があり、いいわけがあるのだ。
そうして、年間35万匹もの犬猫が処分されている。

折しも、
勝手な飼い主が、
猫の飼い方も知らない人に、
処分してもいいよ、、、って、置いていったという話があった。
それを知った猫好きな人が、
一時、猫を引き取り、
その里親を探している。

猫好きな人も、猫嫌いな人も、
ぜひこちらから、てん末を覗いてほしいなあ。

雑貨Paraisoの楽天日記

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2008年11月 7日 (金)

長野の楽しみ「えびす講」

今日は、暦の上では立冬。
いよいよ、秋から冬を迎えることになる。

さて、「手打ちそば屋 かんだた」のある、
権堂界隈も、歩いてみると、何となく華やかな気がする。
そう、アーケードに、「えびす講」の赤いのぼりが立ったのだ。

Ebisukou 「えびす講大売り出し」ということで、
商店街は、押すな押すなの大混雑と思いきや、
大変に歩きやすい状態になっている。

かっての長野で一番の繁華街も、時代の波に揉まれている、いや、埋もれかけているようだ。

ところで、この「えびす講」。
長野に来てから初めて知った。
東京でいえば、「お酉様」のようなもの。
善光寺近くの西宮神社に、
多くの露天が出て、
縁起物の熊手を売っているところは同じなのだ。
でも、長野の場合はそれだけではない。

昔は「えびす講」というと、
周辺の農家の人たちが、
一年の収穫を終え、冬を越す準備のための買い物をする、
一大イベントだったそうだ。
ほんの30年ぐらい前には、
このアーケードは、身動きできないぐらいの人で溢れたらしい。
様々の催し物もあり、地元の人たちにとっては、
一番楽しみな時だったようだ。

そうして、その楽しみは、
今でも続いている。

今や「えびす講」というと、
そっちの方のことを指すようになった。
商店街の売り出しのことではない。
本来の由来である、神社へのお参りのことではない。
大きな熊手を値切って買うことではない。

長野では、もう雪が降ろうという11月の終わりに、
盛大な花火大会が行われるのだ。
題して「長野えびす講煙火大会」。
今年も23日に行われる。

なんでこんな寒い時に花火なんだよ!
会場の河川敷に、
皆さん厚着をし、時にはストーブを持参し、
あれ、中にはコタツまで持ってくる人もいる、
そうして、寒さ除けをしながら、
夜空の花火を見上げるのだ。

商店街に「えびす講」ののぼりが立つと、
ああ、花火が近いのだなあ、、、
と、思う人が多いことだろう。

間違っても、あののぼりを見て、
ああ、新そばの季節なのだなあ、、、
と、思う人はいない、、、ようだ。

人影のまばらな商店街を抜けたら、
これまた人影の少ない、
路地裏のそば屋で、ズズッとそばを手繰ろう。


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2008年11月 4日 (火)

秋をさらに感じる「柿切り」。

本日は、恒例の「十割そばの夕べ」。
皆さん、寒い中、御参加ありがとうございます。
今回は、遠方からお越しの方にもご予約をいただき、
たいへん、うれしかったです。

さて、今回は「新そば」の十割。

やっぱり違う「新そば」。
食べたときの感じが、
ふわっとしていて、
味がくっきりとしている。
「毎回来てると、
 違いが解ってくるわね。」
と、お客さまの鋭い目、いや、舌。

さて今回の変わりそばは、
今を盛りと出回っている果物、
真っ赤に熟れた「柿」を使ってみた。

Kaki この柿切りの場合は、
いつもの変わりそばと、
ちょっと作り方が違う。

粉の一部でそばがきを作って、
それで残りの粉を繋いでいく、
「ともつなぎ」という方法の応用。

柿の実をミキサーでペースト状にし、
そば粉を混ぜて鍋に入れ、
火にかけてそばがきを作るのだが、
これが、大変な作業だった。
思ったより硬くなってしまい、練るのに一苦労。
この寒いのに、大汗をかいてしまった。

Kakigiri そんなこんなで、出来上がった麺は、
結構しっかりとしていて、
茹でても硬め。
食べてみると、
う〜ん、柿の甘さが、ホンワリと舌を包む。

「ちょっと、渋さもあるね。」
あらら、柿の持つ、渋みも一緒に練り込んでしまったようだ。

長野の今日は、風が冷たく、
街路樹が木の葉を落とし始めた。
すぐ近くの山々も色付き、晩秋の気配が強くなった。
そんな、季節の移ろいを、
お客さまには、舌で感じていただけたら、うれしいのだが。


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