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2008年7月25日 (金)

まだ、「信州そば」って何?

長野では、自分の畑でそばを作り、
それを、自分の家で食べていた。
そのような伝統が続いて来たのだ。

これはきっと、長野ばかりではなく、
山に囲まれて、暮らす人々のいるところでは、
行われて来たことだろう。

福島や山形などの東北地方だって、
山が海に迫る、北陸や山陰地方だって、
九州は鹿児島あたりだって、
家庭でそばを打つ習慣が残っているそうだ。

「信州そば」というのは、
本来は、家庭で作られる、
素朴なそばのことを指していたのかもしれない。

遠方から来たお客さまがあっても、
もてなすものと言えば、
そばしかない。
こんなものしかありませんが、、、
と言いながら、
そばと、漬け物でもてなす。

そういうのが、本来の「信州そば」なのではないかなあ。

さて、その「信州そば」定義しようとする動きがあるらしい。
つまり、
信州産のそばを使っているから「信州そば」なのだ。
信州の水を使っているから「信州そば」なのだ。
いや、昔からの作り方で作っているから「信州そば」なのだ。
と、いろいろな意見があるらしい。

そう、「信州そば」には、
いろいろな見方があるかもしれない。
でも、ちょっと、やぶにらみの、
(私は先天性の弱視に斜視ですが)
私の想いも聞いていただこう。

もとい、読んでいただこう。

私は、東京に住んでいた二十代半ばの頃(何十年前だ!)、
たまの休みに、よく日帰りで、
長野や松本まで、そばを食べに来た。

東京の日々の喧騒をを離れ、
松本城や、北アルプス、
戸隠の山々を見た後に食べるそばは、
なんとも言えぬ情感があった。

うまいとか、まずいとかではない。
いや、かえって、その味が素朴であればあるほど、
なにか、信州に来たなあ〜〜、
という感じがしたものだ。(すみません。)

太めで堅い戸隠そばを手繰ってみれば、
ズズッという音とともに、
信州の空気が入ってくる。

松本城や善光寺の屋根をすり抜けた風が入ってくる。
ひょっとしたら、
穂高から槍ヶ岳をすり抜けて来た風もあるかもしれない。
黒姫山を下り、野尻湖の上で遊んだ風もあるかもしれない。

そんな空気を、
そばと一緒に手繰るのだ。

そうして、生きる力を貰って、
喧噪の日常へ帰って行ったものだ。

「信州そば」というイメージは、
ものすごく、繊細で、微妙で、
そうして、地元の人には想像できないぐらい大きく、
地球からアンドロメダに至るまで、広く知られている。(たぶん)

この印象は、
大切に、大胆に育てていくべきだろう。
そうして、遠くから来られる方には、
まず、信州を感じてもらうことが、
一番大切なことのような気がする。

「信州そば」を定義する前に、
一番は、遠方から来られた方を、そばで、
おもてなしをしようとする心ではないだろうか。

私は、あえて「信州そば」を作っている気はないが、
たまに来られる、遠方から来られる方には、
ここ、長野でそばをお出ししているからには、
やっぱり「信州そば」なのだろう。

そういう方々の、期待を裏切らないように、
信州の空気をたくさん入れて、
そばを召し上がっていただこう。

あっあっ、
道理でこの頃、肩が凝るかと思ったら、
「信州」が両肩に、、、、
これは重いぞ!


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