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2008年7月29日 (火)

音を上げたいが、値は上げられない。

よく、お客様に聞かれる。
「近頃の様子じゃあ、
 そば粉もだいぶ値上がりしているんじゃないの?」

お客様から聞くところによると、
けっこう、他のそば屋さんでは、
そばの値段を上げているところが多いそうだ。

ううん、様々のものが値上がりしている。
仕方がないことなのかもしれない。
でもねえ、がんばっているところもあるんだよ。

私の仕入れている醬油屋さん。
昔ながらの木の樽で作っているところだ。
定休日に、わざわざ、往復三時間以上かけて、
蔵まで買いにいく。

そこのおばさんの言うことには、
原料の大豆の値段が、かなり上がっているそうだ。
「でも、あなたは、わざわざ取りにきてくれるから、
 今までの値段でいいよ。」

他のところにおろす値段は、
すでに上げているらしい。
ありがとう、醬油屋さん。

毎日作っているいなり寿司のための、
油揚げを届けてくれる豆腐屋さん。
一度は値上げの通知がきた。
まあしょうがないかな、と思っていた。

でも、一個80円のいなりを、
値上げするわけにもいかない。

そう話したら、豆腐屋さんも一工夫。
その後の請求書にも、いつもと同じ値段。
でもね、でもね、ほんの少しだけれど、
油揚げを薄くしたんだね。

ほんのわずかで、気が付かないぐらい。
二十枚ぐらい重ねて見て、
初めて、ちょっと違うなあと、
そんな気がするぐらいの差。

以前に仕入れた大手に比べれば、
充分な厚さはある。

こうしてみんな工夫をしてくれているのだ。
うれしいなあ。

さて、そば粉の話。
かんだたで仕入れているそば粉は、
値上がりしていない。
だって、もともと高い、国産のそば粉だもの。
この秋までは、先買いの、確定した値段。

でも、食用油などの値上がり、
その他、食品パックから、洗剤、
キッチンペーパー類などの細々したものが上がっている。

ガソリン、灯油は上がっているが、
幸いなのは、ガス代が上がっていないことだろう。

ええい、
このくらいなら、
そのままでがんばってみるぞ。

ということで、
値上げに音を上げながら、
しばらく値上げはしないぞ、、、
と思っているところ。


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2008年7月27日 (日)

本日は「トマトそば」の日

本日はトマトそばの日。

知らずにお越しになった方は、
ちょっと驚かれた様子。
けっして、普通のそばの上に、
トマトが丸ごとドドンと載っているわけではない。

先日見えたテレビのディレクターの人も、
「ねえ、ねえ、トマトそばって、
汁がトマト味なんでしょう。
見てみたいなあ。」
などとおっしゃる。

茶そばとか、柚子切りとかいえば、
話が早いのだが、このトマトそばは、
まだまだ、認知されていないようだ。

更級に、ぎゅっと煮込んで凝縮したトマトを、
サラッと打ち込んでみた。
トマトそのものは、
あまり味のあるものではないが、
ほのかな酸味を感じる爽やかなそばとなった。

Tomate 「ううん、これは、、、。」
ご常連のお客さまも、
言葉に詰まってしまった。

きっと、感激のあまり、
言葉が出ないのだろうなあ。

と思っていたら、
「これは、別盛りの、
せいろそばを引き立てるためのそばだ。」
そうだ。

強い主張の味もなく、
見た目がきれい。
こうして、こうして、イタリアンパセリなんぞをあしらうと、
色がよく映える。
汁との相性も良さそうだし、
夏の定番にしたいものだ。

食べられたお客さまには好評だったけれど、
やっぱり、「トマトそば」と言われると、
ちょっと、抵抗があるみたい。
私の好きな、
焼いたそばに、トマトソースをかけた、
「血の池地獄』が日の目を見るまでには、
まだまだ長い時間が必要なようだ。


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2008年7月25日 (金)

まだ、「信州そば」って何?

長野では、自分の畑でそばを作り、
それを、自分の家で食べていた。
そのような伝統が続いて来たのだ。

これはきっと、長野ばかりではなく、
山に囲まれて、暮らす人々のいるところでは、
行われて来たことだろう。

福島や山形などの東北地方だって、
山が海に迫る、北陸や山陰地方だって、
九州は鹿児島あたりだって、
家庭でそばを打つ習慣が残っているそうだ。

「信州そば」というのは、
本来は、家庭で作られる、
素朴なそばのことを指していたのかもしれない。

遠方から来たお客さまがあっても、
もてなすものと言えば、
そばしかない。
こんなものしかありませんが、、、
と言いながら、
そばと、漬け物でもてなす。

そういうのが、本来の「信州そば」なのではないかなあ。

さて、その「信州そば」定義しようとする動きがあるらしい。
つまり、
信州産のそばを使っているから「信州そば」なのだ。
信州の水を使っているから「信州そば」なのだ。
いや、昔からの作り方で作っているから「信州そば」なのだ。
と、いろいろな意見があるらしい。

そう、「信州そば」には、
いろいろな見方があるかもしれない。
でも、ちょっと、やぶにらみの、
(私は先天性の弱視に斜視ですが)
私の想いも聞いていただこう。

もとい、読んでいただこう。

私は、東京に住んでいた二十代半ばの頃(何十年前だ!)、
たまの休みに、よく日帰りで、
長野や松本まで、そばを食べに来た。

東京の日々の喧騒をを離れ、
松本城や、北アルプス、
戸隠の山々を見た後に食べるそばは、
なんとも言えぬ情感があった。

うまいとか、まずいとかではない。
いや、かえって、その味が素朴であればあるほど、
なにか、信州に来たなあ〜〜、
という感じがしたものだ。(すみません。)

太めで堅い戸隠そばを手繰ってみれば、
ズズッという音とともに、
信州の空気が入ってくる。

松本城や善光寺の屋根をすり抜けた風が入ってくる。
ひょっとしたら、
穂高から槍ヶ岳をすり抜けて来た風もあるかもしれない。
黒姫山を下り、野尻湖の上で遊んだ風もあるかもしれない。

そんな空気を、
そばと一緒に手繰るのだ。

そうして、生きる力を貰って、
喧噪の日常へ帰って行ったものだ。

「信州そば」というイメージは、
ものすごく、繊細で、微妙で、
そうして、地元の人には想像できないぐらい大きく、
地球からアンドロメダに至るまで、広く知られている。(たぶん)

この印象は、
大切に、大胆に育てていくべきだろう。
そうして、遠くから来られる方には、
まず、信州を感じてもらうことが、
一番大切なことのような気がする。

「信州そば」を定義する前に、
一番は、遠方から来られた方を、そばで、
おもてなしをしようとする心ではないだろうか。

私は、あえて「信州そば」を作っている気はないが、
たまに来られる、遠方から来られる方には、
ここ、長野でそばをお出ししているからには、
やっぱり「信州そば」なのだろう。

そういう方々の、期待を裏切らないように、
信州の空気をたくさん入れて、
そばを召し上がっていただこう。

あっあっ、
道理でこの頃、肩が凝るかと思ったら、
「信州」が両肩に、、、、
これは重いぞ!


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2008年7月22日 (火)

そばなんか、金を払って食べるものじゃない。

私は東京生まれの東京育ち。
二十年ぐらい前、
ひょんなことから、長野に移り住んだ。
さあ、長野でおいしいそばを食べまくるぞ。

そうして、周りの人に聞きまくった。
「どこへ行ったら、おいしいそばが食べられるのかなあ。」

その答えが、私には、
しばらく意味不明だった。
「ああ、うちのばあちゃんが、元気な頃は、
よく作ってくれたけれどな。そのそばが一番うまい。」
「そりゃあ、やっぱり、○○(土地の名前)のそばさ。
 親戚がいるんで、よく粉を貰って食べた。」

私は、おいしいそば屋はどこか、
そう、聞いたつもりだったけれど、
何か会話が噛み合ない。

それじゃ一緒にそば屋に行こうと誘ったら、
「そば屋に行くって?
 いいよ、そばなんて、
 金払ってまで食べようと思わないから。」

ええっ、そばって、そば屋でお金を払って食べるものではないの?

ここで、居酒屋時代のお客さん、
設備屋の社長さんが登場。
まだまだ50代後半の社長さんは、
長野市から、少し入った山の中の出身。
「そばなんて、子供の頃、
 散々喰わされたので、今さら食べたいと思わないね。
 蚕の食べる桑の葉を採りにいかされて、
 腹空かせて家に帰れば、
 おふくろがそばを打っている。
 白いご飯が、どれだけ食べたかったものか。」

60代の土建屋さんの話。
市内の農家のご出身。
「いや、そばは、家のばあ様が作ってくれた。
 何かの行事があると、臼を取り出して、
 一日中背中を丸めて挽いていたな。
 そのそばが、うまかった。
 いまさら、他のそばなんか喰えないよ。」

50代のリンゴ農家の方の話。
「一番山の上の畑で、そばを作っているんだ。
 それを農協で粉にしてもらって、
 時々、自分で打って食べているんだ。
 ええっ、そばなんか、
 わざわざ店に行って喰うもんじゃないさ。
 どうせなら、他のものを食べるね。」

そう、長野では、
伊達や酔狂でそばが食べられていたわけではないのだ。
暮らしの中の、必要な食べ物として、
そばがあったようだ。

今でこそ、自分の家で、
そばを作る家は少なくなったが、
少し前までは、それが当たり前だった。

僅かな空き地でもあればそばを栽培し、
そばが打てなければ、農家の嫁として、
一人前と認められなかった時代が、
ごく最近まで続いていたのだ。

だから、長野人の胸の中には、
そばに対するさまざまな想いが溢れている。
ある人にとっては「貧しさ」の象徴であり、
ある人にとっては「家族の暖かさ」の思い出であったりする。

わたしが、たとえ、
どんなにおいしいそばを作ったとしても、
そういう「想い」には、
到底、かなわない。

「信州そば」というのは、
そういう、暮らしの中で育まれて来たもの。
都会のそば屋めぐりをして、
「うまい」とか「粋」だとか言う、
そういう感覚とは、
別のところで育って来たものなんだね。

でも、
せっかくの「信州そば」。
やっぱり、多くの人に味わっていただきたいなあ。

で、まだまだ続く、長野とそばの話、、、、。


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2008年7月20日 (日)

長野の人はそばを食べない?

讃岐と言えば、うどん。
うどんと言えば讃岐。
というぐらいのうどん処、香川県。

以前に、高松に行って驚いた。
至る所にうどん屋さんがあるではないか。

定食屋に入って、
トンカツ定食などを注文すると、
「うどんにしますか、ご飯にしますか。」
などと聞かれる。

早朝から開いている店があって、
朝食にうどんを手繰る人がいる。
午後の時間、ちょっと小腹が空いた時も、
開いているうどん屋さんがある。

驚いたのは、
タクシーで連れていかれた、
畑の中のビニールハウス。
その中で、作ったうどんを売っていて、
大きな釜がある。
そこでは、うどんを自分で茹でて食べるのだ。
昼過ぎだというのに、大勢の地元の人たちで賑わっていた。

おいしいうどんが、
安くて、どこでも、いつでも食べられる。
讃岐の人たちは、
一日に何度もうどんを食べるのではないか、
と思われるくらい、
暮らしの中に定着しているのだ。

さて、そば処と呼ばれる長野だって、
負けてはいない。
そば屋だって、町中にたくさんある。

定食屋で野沢菜定食を頼むと、
「そばにしますか。ご飯にしますか。」
なんて聞かれることは、、、
、、、、ない。

早朝から、
朝飯にそばを食べる人の姿は、、、、
、、、見かけない。
小腹が空いた時に、
ちょっとそばでも、、、、
あれれ、、、店が閉まっている。

郊外に行けば、そばの看板が並んでいるけれど、
どこも立派な建物で、
しっかりお金を取られる。

それでもそば処、長野の人たちは、
一日に、何食もそばを食べる、、、
、、、ことはない。

これは、私の勝手な思い込みかもしれない。
でも、私が勘ぐるに、
長野の人は、あまり、そばを食べないのだ。
少なくとも、
讃岐の人がうどんを食べるようには、
食べていない。(あたりまえかもしれないが)

長野の町の中では、
そば屋より、ラーメン屋の方が多いのが現実。
しかも、そのそば屋のある程度は、
県外からの観光客によって支えられているのだから、
地元の長野人が、そば屋でそばを手繰る機会は、
ラーメン屋のそれよりは、
はるかに少ないのだ。

もちろん、そばをたくさん食べる方もいらっしゃるが、
多くの長野の人たちは、
普段はあまり、そば屋に足をむけることが少ないようだ。

Sobahana そのくせして、地域起こしだ、
イベントだというと、
必ず神輿に担ぎ上げられるのが、
そば振るまいや、そば打ち教室。
いつもはそばを食べない方々も、
こういう時には、大団扇をあおったりする。

さて、遠くからお客さまが見えたりすると、
それじゃあ、そば屋でも行ってみるかと、
何年か振りでそばをいただく。
そうして、
「どうだ、長野のそばはうまいだろう。」
と、自慢してみせるのだ。

かくも不思議な長野人。
自分じゃめったに喰わないくせに、
そばの自慢じゃ引けを取らない。
いつもは、食べないそばだが、
長野の代表選手に、必ず選ばれるのだ。

それでもそば処、
「信州そば」の本場だと威張っている。
これって、どういうことだろう。

でも、これには、
ちゃんと、愛すべき理由があるようだ。

ということで、
長野出身ではない私の、
極端な独断と偏見に基づいた、
「長野人そば論」。
まだまだ続くのだ、、。

ちなみに、写真は、
かんだた農園のカボチャの中に、
勝手に咲いているそばの花。
あくまでも、勝手にね。

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2008年7月17日 (木)

「信州そば」って何?

地元の新聞に、
「信州そば」の定義を決めようとする、
動きのあることが記事になっていた。

えっ、「信州そば」って、
「信州のそば」のことではないの?
でも、「信州のそば」って、一体なんなのだ?

善光寺周辺のみやげ物店では、
「信州そば」と書かれた看板がたくさん見られ、
乾麺や、半生麺が売られている。
茅葺きの農家と、山の描かれたパッケージで、
いかにも、ステレオタイプの「信州」が売られている。

でも、ご存じの通り、
そのようなそばのほとんどは、
外国産のそば粉で作られているのだ。

遠くから来られる方には、
「信州はそばの国」というイメージが強く、
そこで売られているものならば、
間違いはないだろうなあ、
という感じで、お求めになるのだろう。

事実、長野にある製麺屋さん達も、
それなりの努力をされている。
乾麺だからと、侮れないのだ。

でも、「信州そば」って、なんだろう。

新聞に出ていた、
「信州そば」を扱うそば屋さんたちの中でも、
意見が分かれているそうだ。

たとえば、、

1、信州産のそば粉を使うから、
「信州そば」なのだ。

2、いやいや、信州の水を使って作るから、
「信州そば」なのだ。

3、信州で、昔から伝わる方法で作ったから、
「信州そば」なのだ。

個人的な思い出を言えば、
東京のど真ん中に、「信州そば」を売りにしている店があった。
その入り口に、
「当店では、北海道産の国産そば粉を使っています。」
という、看板があった。
そこの店の主人は、代々江戸っ子。
なら、どうして「信州そば」なのだ?
でも、その売り言葉で、何となく、
おいしそうに見えるのが不思議。

「かんだた」は、信州そばを作っているとは思っていない。
でも、
雑誌に、「信州そばの店」と紹介されたりする。

不思議不思議の「信州そば」。
それを厳密に議論するのも面白いかも。
1、にすれば、今度は、
そば粉の含有量が問題になるだろうし、
2、にすれば、
信州の水とは何ぞやという議論になる。
3、にすれば、
それこそ、侃々諤々(かんかんがくがく)となることだろう。

せっかくの「信州そば」のイメージ。
大切に、あやふやに育てていった方がいいかもね、、。

ということで、
しばらく続く、
信州とそばの話。

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2008年7月15日 (火)

夏メニューが満開。

長野でも、蒸し暑い日が続いている。
あまり、天気が良すぎると、
人は表に出たがらず、
かえって街中は閑散としていたりする。

でも、この暑さで、
ぐっと、元気になっている生き物もいるのだ。

それは、畑の野菜たち。

Berenjena 週に一回の定休日にしか手入れにいけないのに、
したたかに育っている。

時には強い雨に打たれ、
河の上を吹いてくる強い風にも堪え、
アブラムシや甲虫も相手にせず、
周りを囲んだ雑草をものともせず、
鳩やカラスの鋭い嘴にいじめられながら、
土中を掘り進む、モグラの歯に根をかじられながら、
強い陽射しに向かって、しっかりと葉を広げ、
いのちの賜物を形作るのだ。

土と雨と、太陽の恵みによって、
育てられたいのちの結晶。

それを、ありきたりの化学物質で汚したくない。
いのちのない調味料で、覆いかぶせてしまいたくない。
夏の恵みを、
植物のいのちの恵みを、
そのまま、素直にいただきたいものだ。

ということで、
「かんだた」のメニューも夏バージョン。

初取りのカボチャと、
新ジャガの煮物。
赤じそをもんで作ったジュース。
新玉葱のスライスを、
シンプルなカッテージチーズと、
削りたてのかつお節で。
採りたてのキュウリは、
そば汁を作る「かえし」に浸けてしまおう。

Mizuzeme そばのメニューにも、
「焼きナスの水ぜめ」などという、
物騒な名前が登場。

カツオ出汁の冷やかけに、
焼いてそば汁につけ込んだナスがのる。
豆腐の空きパックで育てた、
(もっとオシャレな育て方があると思うけれど)
そばの新芽が添えてある。

野菜そのものの、
いのちの味を楽しんでいただきたいなあ。
畑で自分で育ててみて分かる、
野菜の力、いのちの逞しさ。
私達は、そのような力を、
分けて貰っているんだ。

あっ、あと、
「自家製キュウリの針の山」もあるけれど。


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2008年7月13日 (日)

製麺機の最大の欠点

以前に、手打ち風製麺機の展示会に行ったことがある。
そこで、見せた貰ったそば打ちの光景に、
驚いてしまった。
まさに、手打ちの工程を、
そのまま機械が行っているのだ。

ミキサーでまとめられたそば粉を、
捏ねるのだけは、人間の手でするのだが、
以後、丸のしから、角だし、
麺棒に巻き付けての本のしまで、
正確に機械が再現してくれる。

従来の機械のように、
強い力で伸ばすために、
表面に水が浮いて、
テカテカと光ることもない。
多少、柔らかい生地でも、
ちゃんと麺に仕上げてくれる。

これならば、機械打ちの欠点である、
茹で時間が長くなることもないだろう。

特に驚いたのは、
まったく無駄がでないことだ。
そばの生地は、
きれいに四角に伸ばされ、
そのまま畳んでカッターにかければ、
練ったそば粉の、
ほぼすべてが麺になってしまう。
それも、きれいにそろった、
しっかりと角の立ったそばなのだ。

あんな機械を見せられると、
なんで、苦労をして、
手打ちをしなければならないのかと思ってしまう。

せめて、
端の端まで、
無駄のないようなそばづくりに励まなければ。

Nosi 伸した生地の端をそろえるのは、
思いのほか難しい。
そば生地の厚みとボリュームを計算しながら、
最後の端が、
きちんと揃うように延ばしていく。

生地なりに延ばしたのでは、
長さが揃わず、
無駄を出すことになる。

あの機械はどうして、
端まできれいに揃えて延ばすことが出来るのだろうか。

機械は、どんどん、進歩している。
こういうタイプの製麺機を使った、
「こだわりそば店」もできているそうだ。
やがて、「手打ち」などは、
過去の笑い者になる時代が来ることだろう。

でもね、
でも、
機械には、
やっぱり、欠点があるのだ。

だから、「かんだた」は、
手打ちを続けるより他はないのだ。

えっ、何かって?
だって、
そういう機械の値段は高い。
貧乏な「かんだた」は、
逆立ちしたって、そんな機械は買えないのだ、、、、。

って、別の問題かもしれないが。


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2008年7月11日 (金)

テーマは「そばの革命」だなんて。

昨日は、地元のテレビ局の取材が入った。

なんでも「信州の革命」というテーマらしいのだが、
どうやら、私の店を「革命」的に写してくれるらしい。

テレビに出るのは数回目とはいえ、
やはり、カメラの前では緊張する。

はい、キンシ卵を作ります。
キンシといっても、作るのを止められている卵ではありません。
等と口では言いながら、
作るところをカメラが見ているとなると、
なんとなく、ぎこちなくなる。
あっ、穴が開いてしまった。
できたら、その穴に、入ってしまいたい。

真面目そうなディレクターの真剣な仕事風景。
でき上がったそばを、
方向やライトを替えながら、
何回も撮り直す。
インタビューでの鋭い突っ込みに、
つい、しどろもどろに。

色紙に何か書けというので、
へたくそな字を書いた。
まさか、これを使うのではないだろうなあ。
いや、たぶん、、、。

三時間もかけて取材して、
放送されるのは、ほんの二、三分なのだろう。
でも、その時のちょっとしたイメージが、
ものすごく大切なことを判っている。
だから、スタッフの人は、
あれだけ、一生懸命、
仕事をするのだろう。
テレビの仕事も大変だ。

テレビや雑誌の取材は、
その、ディレクターや記者の人たちの、
作品づくりのため。
私は、その場所を提供しているだけ。
そう割り切っている。

だから、こうして下さい、
こう言って下さい、といえば、
出来るだけ応じるようにしている。
そうして、その人たちに、
その範囲で、出来るだけ思いを伝えているつもり。
ええい、
あとは野となれ、山となれ。

かくして「信州の革命」はいかなるものになるのか。
夏のメニューの、「自家製キュウリの針の山」が、
珍しいというので、注目していたが。
でも、それだけだったら、
単なる下手物の店になってしまうではないか?

きっと、プロの仕事。
うまく、まとめてくれることだろう。
私の顔は、
ちゃんと革命家らしく写っているだろうか。
あの、ゲバラみたいにね。

あっ、しまった。
ひげを剃ってしまっていた。

放映は14日(月)、夕方だそうな。
長野県でしか見られません。


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2008年7月 8日 (火)

店でしか飲めないビールを!

お待たせしました。
生ビールの登場です。

Cerveza2 先ずは一口。

ブワァー。
なんともいえない。

この、細かい、
泡とともに、
喉の奥に流れて行く、
こういう感覚がたまらない。

ビールが苦手な(?)私だって、
思わず、
ゴクッ、ゴクッと、
飲んでしまうのだ。

こんな、細かい、
きれいな泡を作るのは、
難しいのだろうなあ。

よく、店で頼むと、
大きな泡になって、
置いておくと、
すぐに泡が消えてしまうことが多いけれど。
この細かい泡は、
なかなか消えない。

こんな、細かい泡で、
きれいに注いだのは、
いったい誰なのだろう?

Cerveza3_2 なんて、もったいぶっている暇はない。
お客さまからの、
かねてからのご希望に応じて、
ついに、
ついに、
置き場所に迷った挙げ句、
ついに、
値段に迷った挙げ句、
ついに、
生ビールを導入したのだ。

設置にあたって、
ちゃんと、ビール会社の人が来て、
「おいしいビールを提供する方法」を、
一時間以上かけて講習してくれる。

そんなの判っているよ。
私は、12年間も、
居酒屋でビールを注いで来たのだから、、、
と思っていたら、
やっぱり、
それなりのコツがあるのだ。

目の当たりに、
今までの自分の方法と、
ビール会社の人の方法を、
比べられると、
ぐうの音も出ない。

やっぱり、基本に忠実に、
おいしいビールをお出ししなければ。

Cerveza1 おいしいビールを作る原則は、
毎日の機械の洗浄、
ジョッキの洗浄。

きれいなジョッキで、
きれいに注がれたビールは、
こうして、泡の輪が出来る。

ええと、私は、
このビールを、5口で飲んだのだね。

少しでも、おいしいビールを、
お客様に飲んでいただくために、
きちんとした仕事をしなければ。
ビールメーカーの方に、
しっかりと教わった。

そばだって、
そういう基本的なことを、
きちんと続けることが、
一番大切なことなのだろうなあ。

おいしいビールを飲みながら、
やけに、素直な気分になってしまった。

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2008年7月 6日 (日)

薬味にワサビを付けない理由。

前回に引き続きワサビの話。

「手打ちそば屋 かんだた」では、
薬味にワサビはお付けしていない。
それは、どうしてか、
というお話。

忙しいそば屋などでは、
時々、盛り置きされたワサビを、
薬味に出される時がある。
風味は飛んでしまっているが、
中の方は、ちゃんと辛みが残っている。

たいしたものだ、
最近の練りワサビは。
時間が経っても、
辛みが飛ばないように工夫されている。

でも、やはり、ワサビは、
直前に盛った方がいい。
だから、
そういう面倒なことをしたくないので、
ワサビはお付けしない、、、、

、、のではない。

前回も書いた通り、
多くの方は、薬味にワサビが付いていると、
そば汁に溶かして、そばを召しあがる。
せっかく、
苦労して作ったそば汁の味を、
練りワサビの、強い香りで、
邪魔されたくないのだ。

そばの、口に含んだ時の、
パッと広がる香り。
それを、ワサビの香りが、
すくい取っていくような気がするのだ。

ワサビの合うそばもあるかもしれないが、
できれば、私のそばは、
ワサビの香り抜きで、楽しんでいただきたいと思っている。

もちろん、ワサビが欲しいと言う方には、
すぐに練りワサビをお出しする。
遠慮なく言っていただければと思う。

でも、
もう一つ、
気にかかることがある。
どちらかと言えば、
そちらの理由の方が大きいのだ。

ワサビは、江戸時代から、
そばの薬味として、珍重されてきたようだが、
それほど一般的ではなかったようだ。
それが、戦後になって、
粉ワサビが出回るようになってから、
広く使われるようになったという。

今のような、チューブ入りのワサビが出回る前は、
みんな、鼻をつまみながら、
湯飲み茶碗の底で、
この粉ワサビを練ったものだ。

さて、この粉ワサビ。
原料は、昔からあるワサビ芋ではない。
ホースラディッシュと呼ばれる、
全く別の草から作られる。

原料表示では「西洋ワサビ」とされるが、
ちょっと、色が白っぽい。
そこで、ちょっと着色料を入れて、
本物らしい緑色にしている。

さらに、カラシを入れたり、
油分を混ぜたりして、
お化粧しているのだ。

私の店のワサビも、
業務用の、ワサビ専門業者のものを使っているが、
それでも、こんなにいろいろなものが入っている。

Wasabi4 せっかく、
自然食で、
健康食と言われるそば。

化学調味料も、
加水分解物も使わずに、
天然成分だけで汁を作っているのに、
最後に、
食べる直前に、
薬味で人工的な味を入れたくないのだ。

気持ちの問題かもしれないけれどね。

でも、そばを食べる時には、
ワサビがなくっちゃ、
という方もいらっしゃる。
それはそれで、いいのだ。
そういう習慣になっているのだもの。

ただ、
使われている練りワサビが、
本物のワサビをすりおろしたものとは、
全く別のものだということは、知っていていただきたいなあ。
そうして、小指のようなワサビ芋を見て、
「あっ、本物だ!」なんて、
思わないでいただきたいものだ。

ということで、
このブログ読者様限定の隠れメニュー。

「本ワサビせいろ 800円」

本ワサビをすり下ろしてお付けします。
仕入れ分が終わりしだい終了。

本ワサビは、汁に溶かず、
そばにまぶして食べよう。
そのまま、酒の肴にも、、、、、。


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2008年7月 4日 (金)

ワサビ芋をおろして、そばの薬味に。

さて、前々回に引き続き、
本ワサビの話。

皆さんは、もりそばを食べる時に、
薬味にワサビ(練りワサビ)が付いていたら、
どのように食べるのだろうか。

1、そのままつまんで、口に入れる。
2、そばにワサビをまぶして食べる。
3、そば汁の中に入れて、溶いて食べる。

私は、ワサビは、そのままいただいて、
酒の肴にしてしまう。
まあ、1番のような、こんな食べ方をする方は、ごく稀だろう。

2番目の食べ方をする方も、
フォーブスの長者番付に名前が載るぐらいの確率で、
いらっしゃるかもしれない。

でも、ほとんどの方は、
ワサビをそば汁の中に落として、
かき混ぜて、溶かして召し上がるのではないだろうか。

では、寿司屋の親父さんがやっていたように、
鮫皮おろしで、ワサビの芋をすりおろして、
そば汁に溶いて、そばを食べてみよう。

これで、ワサビの風味の利いたそばが食べられるはず。
ところが、、、、、。

おろしたワサビが、塊になっていて、
そば汁に溶けていかない。
確かにワサビらしい風味はするけれど、
もっと、よく、汁に溶けないものなのか。

どうやら、目の細かい鮫皮おろしでワサビをおろすと、
ピリッとした辛みは出るものの、
塊になって、汁に溶けにくくなるようだ。

そこで、粗いおろし金でおろしてみる。
ところが、本ワサビは、
粗くおろすと、あまり辛みが出ないのだ。
だから、まな板の上に移して、
砂糖をほんの少しだけまぶし、
包丁で軽く刻んでみる。

味見をすると、
ツーンと鼻に抜ける香り。
これをそば汁に落としてみると、
表面にさっと広がり沈んで行く。
この方が、そばの薬味としては使い易い。

Wasabi3 なるほど、
寿司屋には寿司屋の、
そば屋にはそば屋の、
ワサビの芋の使い方があるのだ。

でも、
でも、
寿司屋の親父が言っていたように、
ワサビを汁に溶いてしまうと、
せっかくの辛さが、
感じられなくなってしまう。

確かに、汁に落とすと、
ワサビの爽やかさは感じるのだが、
あの、ツーンとくる辛さが無くなってしまうのだ。
だから、本ワサビでそばを食べる時には、
少しだけ、そばにまぶし、
その部分を汁に浸けずに食べた方が、
辛みを味わえる、、、。
ほら、フォーブスの長者番付に載ったような気分になるでしょう。

、、、まあ、好き好きだけれども。

汁に溶いても辛さの残る、
チューブ入りの練りワサビは、
本来のワサビとは、別のものと考えた方がいい。
それなりの工夫をして、作られたものなのだ。

えっ、どうして、お前の店では、
チューブ入りでもいいから、
薬味にワサビを付けないのかって?

それはねえ、、、。
また、次回に。


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2008年7月 1日 (火)

ちょっとブツ切れ「かつお節切り」

本日は恒例の十割そばの夕べ。
皆さん御参加、ありがとうございます。

人というものは、
難しいといわれると、
よけいに挑戦してみたくなるものらしい。

これは難しいよ、
なんて言われると、
ええい、俺にだって出来らぁ、
とタンカを張りたいもの。

でも、実際やってみると、
思いのほか、うまく出来なかったりする。

やっぱり、
これは難しかった。
でも、ちゃんとそばになったぞ。

今回の変わりそばは、
「かつお節切り」。
昔からの定番の変わりそばの一つだが、
その、原価と手間で、
お大尽風のつくりとなる。

Katuobusigiri1 先ずは、かつお節を削る。

しゃかしゃかと、ひたすら削る。

なにしろ、粉一キロに、
大きめの本枯れ節を、
半分以上も使うのだ。


Katuobusigiri2 その削り節を、
オーブンで、焦さないように、
かさかさになるまで乾かす。

それを、ミルミキサーを使って、
煙が出るぐらいに、
細かく粉砕する。

この粉を、そばに打ち込むのだ。

ぷつぷつのかつお節の粒が、麺線に浮かんで、
いい感じなのだが、
ちょっと、調子に乗って、細く切り過ぎたか。
茹でたら、だいぶ切れてしまった。

Katuobusigiri3 できるだけ、きれいなところをお客様にお出ししたつもり。
最後に残ったそばを写真に撮ったら、
ちょっと、乱れぎみの麺線が、
そのまま写ってしまった。
恥ずかしいかぎり。

でもでも、
いつにないぷちぷち感があるそばになったことはたしか。
かつおの成分がそうさせるのだろうか。

「う〜ん、このまま食べれば、かなりかつおの匂いがする。」
「匂いというか、魚臭いぞ。」
「汁に浸けて食べれば、いつもと変わらないよ。」
「ちょっと、ざらっとした食感が面白いかも。」

などなど、いろいろとご感想をいただき、
ありがたきこと。

また、あらたな挑戦にご期待を。
えっ、どこかの本に書いてあった「アワビ切り」だって。
あっ、急に耳が聞こえなくなった。
「アケビ切り」ではいかがだろうか。


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