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2008年6月19日 (木)

太宰治はそばを食べたのか。

今日6月19日は「桜桃忌」。
作家太宰治の命日とされる。

昭和23年、愛人とともに、
東京は三鷹の玉川上水に身を投げて、
39才の生涯を閉じたそうだ。

若い頃、この上水の近くに住んだことがあったので、
よく、太宰が入水したと言われるあたりを散歩したことがある。
よく、こんなところで死ねたなあ、
と思うぐらい、水は少なかった。

それもそのはず、
その頃は、玉川上水は、
すでにかなり上流で採取され、
残った僅かな水だけが流れていたに過ぎなかったのだ。

きっと、太宰の身の投げた頃には、
土手一杯の水が、
勢いよく流れていたことだろう。

過去に、4回も自殺未遂を繰り返し、
薬物中毒にもなり、
まるで、自分を傷つけるかのようにして、
生きて来た人生だったと言う。

実のところ、
私は、この人の小説はあまり読んでないし、
好きでもなかった。
晩年の作の「桜桃」なんか読むと、
なんて、勝手な奴なんだ、、、
等と思ったりした。

でも、最近、
ちょっとした、彼の短編を読む機会があった。
そうすると、物語よりも、
彼の感性に惹かれるところがあるのだ。

ひょっとしたら、
太宰治は、
今の時代の感覚を、
鋭く予想していたのかもしれないなあ、
と、素人ながら思ったりする。

「桜桃」でも「東京八景」にしても、
自分の嫌な部分も、惜しみなくされけ出している。
これって、
何枚も自画像を描き続けた画家の狂気にも似て、
とても、つらいことではなかったのだろうか。

気取って、自分を繕うような文を、
きっと、太宰は書けなかったに違いない。

私のような商売をする者も、
自分を見つめ、
自分をさらけ出すことが、
大切なことなのかもしれない。

手打ちとはいえ、ただ、日常的に、
繰り返すだけの、そば打ちではいけないのかもしれない。
もっと、もっと、
私という者が、
さらけ出されるような、
そばを、料理を作らなければいけない。

というふうに、
芸術に目覚めたそば屋は、、、、、、
あぶない。

何を食べさせられるか、、、、
あぶない。

皆さん、
実験台になって下さい、、、、。

ほら、
やっぱりあぶない。

俗っぽさを嫌った太宰は、
そばを食べたのだろうか。
今のところ、読んだ小説には、
そばは出てこないなあ。

みそ汁のシジミを、
身まで食べて、
訪問先の細君に馬鹿にされるという話があった。
そんなことまで、文章にするなんて、
やっぱり、太宰は、
自意識の強い人だったのだね。

さて、私は、、、、、。
ああっ、書くところが無くなった。


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コメント

おもしろかったです。ゴッホも太宰もカフカもすきです。

投稿: カ-プ | 2008年6月28日 (土) 17時27分

かーぷ さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
それぞれに、個性的な方々ですね。
そういう、独自の世界を持ちたいものです。

投稿: かんだた | 2008年6月28日 (土) 23時10分

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