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2008年6月28日 (土)

ワサビをおろすサメ皮おろし。

引き続き、本ワサビの話。

ある寿司屋では、
刺身を頼むと、
親父さんが、目の前で、
ワサビをすりおろしてくれる。

あれ、その「おろし」、
普通のおろし金ではないなあ。

「へい、ワサビをするのはこれ、
 これに、決まっているんでさぁ。
 サメ皮おろしっていうんでさぁ。」

なるほど、木の板に、
紙ヤスリのような細かい目の、
鮫皮が張ってある。

「ワサビって奴は、
 こういう細かい目ですると、
 ピリッと辛みがでるんでさぁ。
 普通のおろし金は、いけません。
 おろしても、辛くならないんでさぁ。」

なるほど、そのおろしたてのワサビを、
そのままいただくと、
鼻に、つ〜〜〜〜〜〜〜んとくる。
それでは、これで、
刺身をいただくか。

「ちょっと、待ったぁ。
 ワサビを醬油に溶かしちゃいけねえよ。
 ワサビは、醬油につけると、香りが無くなっちまう。
 刺身にワサビを乗っけて、
 醬油に浸らないようにして食べるんだ。」

なるほど、そういう風にして食べると、
魚の味とともに、ワサビの風味が、
ふわっと、口の中に広がる。

そう、本ワサビは、
醬油に浸けてはいけないのだ。
でも、よくある練りワサビは、
醬油に溶いてもピリッとくるけれど。

「せっかくの、本ワサビ。
 その辺の練りワサビと一緒にしちゃいけねえよ。
 練りワサビには、たいていカラシか、
 同じような成分が入っているんだ。
 あるいは油分を入れて、
 水に溶いても、辛く感じるようにできているんでぇ。
 そんなのと、同じにされてたまるかい。」

ああ、なるほど。
そういう工夫があったんだね。
昔は、ワサビと言えば、
粉を水で溶いたものだけれど、
今はチューブ入りの練りワサビがどこでも使われている。

さてさて、すっかり熱くなってしまった、
寿司屋の親父さんの話は続く。

「だいたい、練りワサビに使われているのは、
 日本に昔からある、本ワサビでなく、
 ホースラディッシュと呼ばれる西洋ワサビが多いんだ。
 ぴりっとした辛さはあるけれど、
 どこか、刺身とは馴染まないところがある。
 だから、うちは、
 刺身を出すときには、
 こうして、本ワサビをすって出すンでぇ。」

なるほどなるほど、
ワサビの世界も、寿司の世界も深いようだ。

ようし、そば屋も寿司屋に負けず、
本ワサビを使ってみるか。
まず、サメ皮おろしですりおろして、
そばの薬味に、、、
あれ、
あれれ、、、、、。

寿司屋は寿司屋、
そば屋にはそば屋のワサビの使い方があるようで、、、、。
という話は、
また次回なのだ。

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2008年6月26日 (木)

私の親指も太いけれど、ワサビはもっと太い。

先日のブログで、
そば屋の薬味に出てくる、
小指のようなワサビ芋の悪口を書いたら、
こんなことを言う人がいる。

「だってさあ、
 俺なんか、本物のいいワサビ芋なんか見たことないもん。
 あんな小さいワサビ芋だって、
 俺達には、あっ、本物を使ってるって、
 思っちゃうんだ。」

そう、
それでは見せて差し上げよう。

八百屋に頼もうかと思ったら、
近所のスーパーに、
安曇野産のワサビがちゃんと売っている。
さすが長野県。

Wasabi2 ほら、私の親指より、
もっと太いでしょう。
この芋のイボイボが、
長い時間をかけて育った証拠。

このくらいの芋で、
三年ぐらいだとか。

ちなみに、
私の親指は、
50年経ってもこんなもの。

ワサビの栽培は、
今から400年ぐらい前、
静岡のある場所で始まったそうだ。
徳川家康が大いに気に入り、
その土地から、門外不出にしたという。

このワサビには、殺菌作用があり、
それに目を付けた寿司屋が使うようになり、
大いに広まったらしい。

今では、たくさんの品種があり、
各地で栽培されている。
長野県でも、穂高のワサビが有名だ。
ほかにも静岡は天城も知られている。

沢の中で根を張り、
じっくりと育つのがこのワサビ。
でも、畑で育つものもあり、
成長は早いが、風味が少ないとされている。

Wasabi1 ほらほら、
小指ぐらいの芋では、
全然、格が違うのだ。

ということで、
このワサビの食べ方は、
また今度。


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2008年6月23日 (月)

色鮮やかな「茶そば」

しばらくからからに乾いていた、
善光寺平も、やっと雨に恵まれ、
木々が生き生きとした感じがする。
周りの山々の緑も、
一段と濃くなったような気がする。

こう言うのを、俳句の季語で言う、
万緑というのだろうなあ。

そんな、緑の季節、
そば屋でも緑を楽しんでいただくために、
昨日の日曜日、用意させていただいた「茶そば」。
お足元の悪い中、多くの方に楽しんでいただき、
ありがとうございます。

Chasoba 「茶そば」と言えば、
変わりそばの定番中の定番。
皆さん、乾麺でも召し上がったことが、あるに違いない。

このそばは、本来、味よりも、その色を楽しむもの。
でも、
でも、
せっかくだから、お茶の香りも楽しんでいただきたい。
ということで、かなりの濃い目の「茶そば」を作ってみた。

御前粉に、抹茶を練り込むのだが、
普通の抹茶を使うと、かなり苦くなる。
だから、ちょっと、ひと工夫。

このそばは、
打っていて楽しいそばだ。
特に難しくはなく、
お茶の香りに包まれて、麺棒を転がすことになる。

「ほのかな苦みがあって、大人の味だね。」
「乾麺の茶そばとは、全然違うねえ。」
との、お言葉をいただいた。

定番なればこそ、
ハッキリさせたい、
際立たせたい、味の違い。

別の意味で、難しいそばだったかな。
来月7月27日は「トマトそば」の予定。
またまた無謀な、、、、!

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2008年6月21日 (土)

売れる売り方、売れない売り方。

店の近くのスーパーに行ったら、
レジ前の臨時売り場で、
お菓子を売っていた。

その中で、四角いマシュマロのような、
お菓子が売られていた。

「ああ、これが今話題になっている、
あのお菓子か。」
と、入っている冷蔵ケースを覗き込もうとした。
そうしたら、
「十個●●円です。いかがですか。」
と、横からおばさんが声をかける。

いやいや、私は、ただ、
話題のお菓子がどんなものか、
見ようとしただけ。
買うつもりもないのに、
そう声をかけられたので、
よく見ることも出来ずに退散。

その売り場のおばさんは、
お菓子の入っている冷蔵ケースの前にどんと陣取り、
通り過ぎる人たちに、
次から次へと声をかけているのだ。

だけど、誰も買っていない。
人の波は、そのおばさんの前を、
避けるようにうねっている。

レジに向かおうとした私は、
ふと気がついた。
あれ、これって、
この前読んだ、セールスの本に書いてあった、
悪い販売法の、典型的な例じゃないの。

ということで、興味を持った私は、
レジ横の椅子で、
おばさんの売り方を観察。

おばさん、一生懸命売ろうとしている。
「今、話題のお菓子ですよ。」
「おやつにいかがですか。」
その前を、たくさんの人が、
買い物かごを提げて通るけれど、
誰も、寄ってこない。

あっ、子供を連れた奥さんが、
ショーケースを覗き込んだ。
すかさず声をかけるおばさん。
でも、すぐに手を振って行ってしまう。

きっと、
かわいいイラスト入りの説明パネルを、
読んでいる時間さえ無かっただろうなあ。

おばさん、引きつったように、
通りがかる人に声をかけている。
でも、今のところ買う人は見かけない。

一方、その隣のまんじゅうは、よく売れている。

ここのおばさんは、ショーケースの向こうで、
何やら、忙しそうに、仕事をしている。
商品を並べ替えたり、
箱の位置を直したり、
たくさんの仕事を抱え込んでいるみたいだ。

だから、お客さんが、
ショーケースの前に立っても、
いちいち、声をかけたりしない。

でも、じっと、まんじゅうを選んでいたお客から、
声がかかると、
すぐに、それを、箱に入れてくれる。
いつのまにか、そのおまんじゅうのケースの前には、
人だかりが出来ている。

四角いマシュマロのようなお菓子は、
少なくとも、私が見ていた十分ぐらいの間は、
一つも売れていなかった。

どんなに、いいものを売っていても、
売り方一つで、
ちっとも売れないことがあるのだ。

私の読んだセールスの本には書いてあった。
今の人たちは、露骨な売り込みを嫌がる傾向にあるのだと。
売る前には、まずよく見せ、
感じさせ、選ばせることが大切なのだと。

あのおばさんは、
とにかく、売りに走ってしまったのだね。

だって、
せっかく、お客様が、
ちょっと見てみたいな、
ぐらいな気持ちで近付いてくるのに、
蟻地獄に入った蟻は、
絶対逃さないぞ!
見たいな表情で、おばさんが迫ってくるのだもの。

そば屋だって同じ。
お客さまが、
気持ちよく、抵抗なく、
店に入って来られたり、
メニューを選んでいただけるような、
ちょっとした心配りが、
まず、大切なのだと思う。

なんて、
本で読んだセールスのコツの、
実例を、近所のスーパーで勉強させていただいた。

私だって、レジのきれいな女の子の顔を、
眺めているだけではないのだゾウ。

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2008年6月19日 (木)

太宰治はそばを食べたのか。

今日6月19日は「桜桃忌」。
作家太宰治の命日とされる。

昭和23年、愛人とともに、
東京は三鷹の玉川上水に身を投げて、
39才の生涯を閉じたそうだ。

若い頃、この上水の近くに住んだことがあったので、
よく、太宰が入水したと言われるあたりを散歩したことがある。
よく、こんなところで死ねたなあ、
と思うぐらい、水は少なかった。

それもそのはず、
その頃は、玉川上水は、
すでにかなり上流で採取され、
残った僅かな水だけが流れていたに過ぎなかったのだ。

きっと、太宰の身の投げた頃には、
土手一杯の水が、
勢いよく流れていたことだろう。

過去に、4回も自殺未遂を繰り返し、
薬物中毒にもなり、
まるで、自分を傷つけるかのようにして、
生きて来た人生だったと言う。

実のところ、
私は、この人の小説はあまり読んでないし、
好きでもなかった。
晩年の作の「桜桃」なんか読むと、
なんて、勝手な奴なんだ、、、
等と思ったりした。

でも、最近、
ちょっとした、彼の短編を読む機会があった。
そうすると、物語よりも、
彼の感性に惹かれるところがあるのだ。

ひょっとしたら、
太宰治は、
今の時代の感覚を、
鋭く予想していたのかもしれないなあ、
と、素人ながら思ったりする。

「桜桃」でも「東京八景」にしても、
自分の嫌な部分も、惜しみなくされけ出している。
これって、
何枚も自画像を描き続けた画家の狂気にも似て、
とても、つらいことではなかったのだろうか。

気取って、自分を繕うような文を、
きっと、太宰は書けなかったに違いない。

私のような商売をする者も、
自分を見つめ、
自分をさらけ出すことが、
大切なことなのかもしれない。

手打ちとはいえ、ただ、日常的に、
繰り返すだけの、そば打ちではいけないのかもしれない。
もっと、もっと、
私という者が、
さらけ出されるような、
そばを、料理を作らなければいけない。

というふうに、
芸術に目覚めたそば屋は、、、、、、
あぶない。

何を食べさせられるか、、、、
あぶない。

皆さん、
実験台になって下さい、、、、。

ほら、
やっぱりあぶない。

俗っぽさを嫌った太宰は、
そばを食べたのだろうか。
今のところ、読んだ小説には、
そばは出てこないなあ。

みそ汁のシジミを、
身まで食べて、
訪問先の細君に馬鹿にされるという話があった。
そんなことまで、文章にするなんて、
やっぱり、太宰は、
自意識の強い人だったのだね。

さて、私は、、、、、。
ああっ、書くところが無くなった。


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2008年6月17日 (火)

「更級」だって、いろいろある。

たまたま頼まれて、
いつも店で使っているのとは、
別の製粉会社の更級粉(御前粉)を使って、
そばを作ってみた。

並べてみると、違いがハッキリする。

Sarasinakomachi 左側の、やや黄色っぽく見えるのが、かんだたの更級。

右側の、白いのが、お客さまの持ち込まれた更級。

同じ白いそばでもこんなに違うのだ。

右側の白い更級は、ピチッと堅い食感になり、やや透き通ったような感じの麺になる。

それに比べると、左側は、モチッとした粘りのある食感で、ちょっと重みを感じる麺になる。

なるほど、なるほど。

更級粉を作るのには、普通のそばより、かなりの手順を踏むことになる。
ホシのない、純粋なでんぷん部分を取り出すために、各製粉会社で、
それぞれのやり方があることだろう。

そして、これだけ違うのも当たり前。
実は、かんだたの更級は、普通の更級とは、
違う方法で作ってもらっているのだ。

よく更級は、
「ソウメンみたいだ。」
とか、
「味がない。」
とか言われる。

確かに、純粋にでんぷん部分だけを挽き出すと、
ほとんど、そばの味がしなくなる。
それが、通人には受けたようだ。
この、独特の甘味は、
一度知ってしまうと虜になるのだが、
ちょっと、物足りない気がする。

そこで、そばの風味を折り込んだ、
そして、更級の甘味を生かした粉がないかと、
粉屋さんにお願いしたのだ。

そうして、
今までの更級と、
やり方を変えて作ってもらった粉だから、
ちょっと、普通の更級とは違って当たり前。
こうして比べてみると、
こんなに違うものなのだなあ、と思ってしまう。

もちろん、真っ白な、右側の更級もおいしい。
同じ更級でも、それぞれに、
味わいが違うものなのだなあ。

また機会があったら、
いろいろな粉を打ってみたいものだ。


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2008年6月16日 (月)

バラのそばがき。

Rosaバラの花の季節。

お客さまからいただいたバラを、
カウンターに飾ってみる。

花びらの折り重なりの美しい、
上品な色の花だ。


Rosasobagaki そんな花を見た後なので、
つい、ソバガキを、
バラの花に見立てたくなった。

とはいえ、ちょっと、
ほど遠い。

そんな、花の形に、
練り上げられたら楽しいだろうなあ。
そばは打つのも芸術。
ソバガキを捏ねるのも芸術。
何か工夫してみよう。

って、忙しい時に、何をやっているんだ!!!


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2008年6月12日 (木)

サバの缶詰が売れる季節。

六月も中旬になり、
長野を取り囲む山々の緑も、
だいぶ濃くなって来た。

この季節に、食料品店では、
あるものが、たくさん売れる。
スーパーでも、目立つところに積んであるし、
国道沿いのコンビニにも、山と置かれている。

それは、「サバの水煮」の缶詰。

Sabakan これはどうも、
長野県でも、
北信地方と呼ばれる、
ここ、長野市周辺だけの習慣らしい。

とにかく、六月は
このサバ缶がよく売れるのだ。

海のない地方で、
新鮮なサバが手に入らないから、
缶詰のサバで我慢しているわけではない。

缶詰のサバでなくてはいけないのだ。
通に言わせると、
新しいものより、
2年ぐらいたった、缶詰の方がいいという。
へえ〜。

地元の人は、もちろんご存じだろう。
「今年はもう、サバ缶を食べたかい?」
なんて、聞かれるのだから。

実は、この季節に高い山で採れるのが、
ネマガリダケの竹の子なのだ。

Nemagari 雪深い高山の急斜面を、
ビッチリと覆っているネマガリダケ。
その、竹の子の季節。

いったい、
誰がいつ頃から始めたのか知らないが、
この竹の子を、サバ缶とともに煮るのが、
この地方の食べ方なのだ。

この竹の子の、
ちょっと、アクっぽくて、
淡白な味と食感が、
サバ缶のサバ入りの味噌汁に、
とても良く馴染む。
もう、これ以外の食べ方はないだろう、、というくらい。

以前は、誰でも山に入って採れたのだが、
今は、規制がかかって、自由に採れる場所が少なくなってしまった。
でも、山に、鍋とサバの缶詰を持っていって、
採ったその場で煮て食べるというのは、
最上の楽しみだったそうだ。

そうして、この、サバ入りの竹の子汁を食べた後は、
そばをズズッと手繰るのが、よく似合う。
だから、竹の子狩りの後のそば屋は、
大混雑になる、、、という習慣は、
まだ、
未だに、
根付いていないようだ。


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2008年6月10日 (火)

ワサビ芋の使い回し

どこかの某有名料亭で、
食材の使い回しをしていたって、
大騒ぎになったようだ。
ええっ、それで、その店は廃業になってしまったって?
別に、食中毒を出したわけではないのだが、
店の姿勢が問われる時代となっているのだ。

と思ったら、
どこかのそば屋で、
薬味のワサビを使い回ししていたって、
新聞に出るほどの騒ぎになってしまった。

その店では、そばの薬味に、
小さなワサビ芋を添えて、
客が自分ですりおろして食べるようになっている。
ところが、ある人が、
毎回、そのワサビ芋の長さが違うことに気がついた。
そうして、店に指摘したら、
すり残ったワサビ芋を、洗って先を削り、
他の客に出していたことが判明したのだ。

なるほど、ワサビ芋を全部すりおろして使う人は少ない。
残った芋をみて、もったいないと思ったのだね。

でも、でも、
新聞で騒ぐような問題だろうか。

私なんか、そんな話は、ずっと前から知っていたし、
まず、そばを食べる時に、ワサビを使わないので、
ワサビ芋が出て来ても、手を触れることはない。
だから、私の残したわさび芋は、
いくらでも使ってもらってOKなのだ、、、。

いやいや、そういう次元の問題ではない。

私が嫌いなのは、
そんな、小さなワサビ芋をつけて、
客にすらせることだ。

豚カツ屋などで、時々、
すり鉢にごまを入れて、出すところがある。
ごまを自分ですって、ソースに入れろというのだ。
せっかく、よその店に来て、食事をしようって言うのに、
なんで、いつも厨房でやっているように、
すり鉢ですらなくちゃいけないんだよう。
だから、私は、ごまをそのままかじるのだ。

もっとひどいのは焼き肉屋だ。
客に調理をさせて、その上お金をとろうと言うのだから。
ワサビだってそうだ。
せっかくお金を払って食べようというのに、
いつも仕事でやっているように、自分ですりおろせって、、、、。

いやいや、そういう次元の問題ではない。

私が嫌なのは、
そんなワサビをつけて、
そばを高級そうに見せようとすることなのだ。

水の中で作られるワサビは、
三年ぐらいかけて作られる。
なかなか成長しないので、
どうしても値の張るものになる。

ところが、そば屋で出てくる小指のようなワサビ芋は、
畑で、短期間に作られたもの。
ワサビ本来の風味はあまりなく、
ちょっと苦い味がする。
そんなものをそばに付けて、
少しでも高い金額を取ろうとする魂胆が気に入らないのだ。

もともと、そういう、
お金儲けを念頭に置いた演出だから、
余ったものは、もったいないから使え!
ということになってしまうのだね。

でも、
そんなそば屋さんばかりではない。
ちゃんとしたワサビを、
厨房ですって、香り出しをして出してくれる店もある。
(本ワサビは、すっただけでは辛みはでないのだ。)
私は、薬味ではなく、酒の肴にいただいてしまうけれどね。

皆さん、くれぐれも、
目先の演出にごまかされないように。
トイレに張ってある、
あいだみつをのカレンダーにも書いてある。

「トマトがトマトであるかぎり
 それはほんもの
 トマトをメロンにみせようとするから
 にせものとなる」

皆さん、
ワサビではなく、
そば、そのものの味を楽しみましょう。


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2008年6月 8日 (日)

そばの花が勝手に咲いている。

Sobahana朝夕は、まだ肌寒いが、
日中は汗ばむぐらいの気候となった。
そうして、畑では、すでに白いソバの花が咲いている。

去年のこぼれ種が、芽をだしたのだ。
何もしなくても、勝手に花を付ける、逞しきソバ。

ちなみに、そばの花の左の大きな草は、
やはり、こぼれ種で勝手に育ったヒマワリ。
もうじき大きな花を咲かすだろう。

後ろのぼうぼうとした草は、
勝手に出て来たコスモス。
下の方にある、赤っぽい葉は、
やはり、勝手に芽を出した赤じそ。

ミントも、ノコギリ草も、
矢車草も、何もしなくとも、
ちゃんと育っているのだ。
去年のこぼれ種で、ほら、
冬瓜(とうがん)もカボチャも芽を出している。

なにしろ、ずぼらな畑の主。
植物は、勝手に育ってくれるのだ。

とはいえ、勝手にしていては、
雑草だらけになってしまう。
これからは、休みの度ごとに、
草取りに追われる日々が続く。

Pepino さすがに、キュウリやナスは、
勝手に育ってくれない。

こうして、家を建てて、
虫を手で追い払い、
余分な芽を摘み、
栄養を与えてやらなければならない。

野菜を自分で育ててみると、
食べ物を得るということは、
大変なことなんだなあ、と思ったりする。

太陽と雨と土の恵み。
そうして採れた野菜を、
大切に、おいしくいただきたい。

あっ、
私の汗の恵み、
もお忘れなく。


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2008年6月 6日 (金)

アメリカ原産の野菜。

Pata1

私の小さな畑に咲いている花。
さて、何の花でしょう。

知っている人は、ご存じのはず。
(当たり前だ!)

今、咲き始めたばかりで、
これから、次々に咲いていくことだろうなあ。

Pata2 こんな、色違いの花もある。
蜂君が、頭を突っ込んで、
もぞもぞしている。

この花は、先ほどの白い花とは、
品種が違う。

白い花は「とうや」、
紫の花は「メイクイーン」。

そう、これは、じゃが芋の花なのだ。

Pata3 4月の初めに植えた時には、
しかめっ面の渋い顔をしていた。
土の中に埋めてやると、
まるで、暗闇の孤独に堪えかねたかのように、
にょきにょきと芽を出し、
ぐんぐんと成長する。

その逞しさには驚くばかりだ。

コロンブスがアメリカ大陸から持ち帰り、
やがて、
ヨーロッパのの人たちの腹を満たす、
重要な食べ物となった。
じゃが芋がなかったら、
その後のヨーロッパの発展は、
なかったろうと言われている。

それだけ、場所を選ばず、成長が早く、
生産性に優れた野菜だからだろう。
私のような、にわか百姓にも、作れるのだから。

残念ながら、この花は、
できるだけ、摘み取ってしまう。
株を弱らせないためだ。
「花より団子」ならぬ「花よりイモ」。

そうして、収穫は来月の半ば頃から。
そうしたら、そばに打ち込んで、
「じゃが芋そば」を、、、

、、、作りません。

じゃが芋は、店の煮物用。
あしからず。


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2008年6月 3日 (火)

さわやかな香りの「肉桂切り」。

何やら、懐かしい響きだ。
肉桂なんて。

なんて読むのかって。
それはねえ、、、。

ということで、本日は恒例の「十割そばの夕べ」。
皆さん、ご来店ありがとうございました。

Nikki 本日の変わりそばは「肉桂切り」。

ほらほら、写真を見ているだけでも、あの独特の匂いがしてくるでしょう。

子供の頃、缶入りのドロップに、この肉桂味があって、一生懸命探したものだ。
そばを食べたお客さんは、
「あっ、あれだ。
 ほら、京都の土産でよく貰う、、
 あの、細長いお菓子。
 あの匂いだね。
 なんていったけ。
 ああ、八つ橋って言うんだ。」
などと言っている。

別のお客さんは、
「そば汁でなくて、
 あんこをかけて食べたい。」
などとおっしゃっている。

それなりに、すっとした匂いが口に通って、
さわやかな感じのするそば、ということで、
けっこう好評だった。

打っているときは、匂いにむせながら、
半信半疑だってけれど、
そば切りにしてみると、
やや茶色がかり、上品な仕上がりとなった。
これぞ、大人のそば、だなあ。

肉桂は、ニッキと読むようだ。
それより、シナモンと呼んだ方が、
今時は通りがいい。
意外と昔から、変わりそばの定番としてあったとか。
作るのはそれほど問題なく、
打ちやすい。
だけど、打ち場に残った匂いを消すのが大変だった、
まあ、それなりに苦労の変わりそばだったかな。

また、来月も、何かを考えよう。


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