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2008年4月22日 (火)

お騒がせな聖火リレー

Hataどうなるのだろう、この土曜日に行われる、オリンピックの聖火リレー。

「長野オリンピックの時を思い出しながら、応援に行きたい。」
「○○ちゃんの走るところだけ見たいわ。」
「オリンピックなんか、グローバルなコマーシャリズムのシンボル的イベント。みんなで無視しよう。」

などと言っているうちに、流れはオリンピックとは関係のないものになってしまったようだ。

善光寺表参道には、かなり前からスポンサーの名前の入ったフラッグが掛けられて、歓迎ムードを、盛り上げようとしていた。
でも、当日は、スポンサーも宣伝カーを出さないそうだ。そのかわり、長野県の警察が、存在をアピールするに違いない。

国宝善光寺の本堂が落書きされたり、見なれない街宣車が走り回ったり、なにやら、町の中が騒々しい。せっかく飾った歩道の花も、当日は撤去するように指導されているそうだ。

十年前に行われた長野冬期オリンピック大会。
まさに官製のお祭り騒ぎ。「オリンピック」という印籠をふりかざされて、あっという間に、道路や巨大な建物ができ、住民も旗ふりをさせられた。

オリンピック終わると、その印籠の効果は無くなり、その巨大な施設を持て余すようになった。
建てる時には、天井が開くことを売りにした広大なアリーナは、まだ、その天井の開くのを見たことがないし、現代アートのような曲がりくねったパイプのコースは、さびが浮き出て、一流選手が滑ったスキー場では、そのラインをたどることもできない。
オリンピックに刺激されて、スケートやスキーが盛んになったという話もあまり聞かない。

うがった見方をすれば、長野のオリンピックは、思い出と借金以外は、残っていないようだ。
あっ、先日行われた、長野マラソンは、しっかり形で残っているいい例だ。
でも、それは少しだけ。
表参道にある、屋外競技の表彰式会場であるセントラルスクウェアは、今やただの、いや、一時間百円の駐車場になっている。その奥にある表彰台は、さびが浮き出て、秋には枯れ葉のたまり場になる。
先を考えず、ただ、お祭り騒ぎに終わった、長野のオリンピックの姿を、象徴しているような気がする。

そこで沸いてきた、北京オリンピックの聖火リレーの話。
オリンピックの幽霊を、もう一度みさせようとしたんだね。
でも、幽霊どころでは無くなってしまった。

今から、
返上することはできないのだろうか。
聖火はエベレストにも登るそうだから、
修験者の山、戸隠の山頂でやるのはどうだろうか。

などと好きなことを書いている。
懸命にやっている関係者の方々に申し訳ない。
聖火が通るのは、ちょうどそば打ちをしている時間。
恐いもの見たさもあるが、
私は応援する気にはなれない。

皆さん、この騒ぎが終わって、一段落したら、
ズズッとそばを、手繰ってみよう。
そして、何ごともなくて良かったとほっとしよう。


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