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2008年3月30日 (日)

「骨を折る」努力はしても、本当に骨を折ったら大変だ。

Kyuugyou  あれあれ、どうしたのだろう。

 「手打ちそば屋 かんだた」の入り口にあるラーメン屋さん。昼もやって、夜も遅くまでがんばっている。
 シャッターが閉まっているので、どうしたのかと思ったら、この張り紙が。

 骨折とは、どういうことだろうか。
 まさか、交通事故ではあるまい。
 山登りの好きな方だから、スキーでもやってけがしたのかなあ。
 それにしても、五月中頃までというのは、ちょっと長いなあ。

 店の前の通りは、表権堂通りといって、昔はとても栄えたところ。
 江戸から、明治の初めにかけては、たくさんの水茶屋が並び、夜を徹して賑わっていたそうだ。いまでは、たいへん、静かな通りとなった。
 Omotegondou
 先月には、前の蔵造りの建物で営業していた豆腐料理屋さんが撤退した。これで、ラーメン屋さんが、しばらく電気を消すと、本当に寂しくなってしまう。
 こういう路地裏まで、脚を運んでいただくお客さまには、本当に感謝しなくては。

 御覧のように、蔵造りの建物が残っている通り。
 新しいビルに生まれ変わっているこの界隈。これらの建物を生かした町づくりが出来ないものかと、いつも考えているのだが、個人の力では、なんともしがたいところだ。

 それにしても、ラーメン屋さんの怪我。
 個人でやっている店は、店主が倒れれば、休業にせざるを得なくなる。
 私も気をつけよう。
 少なくとも、あくせくして「骨を折る」ようなことをせずに、のんびりしますか。
 えっ、そういう意味じゃないの?

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2008年3月27日 (木)

手打ちそば屋にオシャレなジャケットは似合わない。

洋服屋さんの店先で、
さわやかな色の春のジャケットが売られている。
いいなあ、こういうジャケットも。
私も少しはオシャレをしなければ。

試しに手に取ってみると、
思ったより軽くて、柔らかい生地だ。
ちょっと、着てみようかな。
私は身長が低いので、
サイズはMでいいはずだ。

さて、そのジャケットを着ようとすると、
あれ、、
腕が入らない。

袖が細くて、腕が入っていかないのだ。

では、Lサイズでは。
う〜ん、それでも、ちょっと入らない。

その奥のサイズ。
これなら、なんとか腕が入る。
でも、、XOだって。
小柄な私には、ジャケットではなく、
コートみたいになってしまう。

いつの間にか、二の腕が太くなってしまった、
手打ちそば屋の宿命。
まあ、オシャレには、もともと縁がないのだから、
生地の延びる、ジャージ地のジャンパーで我慢しよう。


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2008年3月24日 (月)

古そばの味は?

江戸時代に書かれた本の中に、
「古そばも、味が軽くて良い」などと書いてある。
三年、五年経ったそばが、珍重されたようだ。

一度、そんな古いそばを食べてみたいと思ったので、
そば粉屋さんに聞いてみた。
そんなそばは、置いていないとのこと。
でも、時々、古いそばを挽くのを、頼まれることがあるそうだ。
その時にちょっとだけ試してみたいと、
かなり以前に言っておいたら、
「でました。」と言って持ってきてくれた。

あまりそばでは名の知られていない某県の、
農協の倉庫に置かれていたものらしい。
十八年産かそれ以前の古そば。
ロールで挽いた粉を、生粉打ちしてみる。

Kosoba その色がすごい。
見事なあずき色だ。
普通のそばと並べてみると、
いつものそばが、白っぽく見える。
挽き方の加減か、ちょっとねっとりとした感触になった。
打ちたてを茹でたのに、ふわっとした膨らみ感はなく、
固そうな感じがする。

食べてみると、意外とあっさりとした味だが、
独特の香りが口に残る。
ちょっと、あくっぽいか。
甘味はほとんど感じられず、ボソッとして、ネチッとしている。
麺線に張りがないのだ。

隣の普通のそばとは、
比べ物にならない味。

こういうものだと思って食べれば、食べられないことはないが、
あえて、食べるほどのものではないような気がする。

もっとも、売り物にならず、
倉庫の隅に置かれたままのそばだ。
もう少し、質のいい玄そばで試してみれば、
また、違う、感覚になるのかもしれない。

昔の人は、かなり、淡白な味を好んだようだ。
これに懲りずに、
また機会があれば、古そばを試してみたい。

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2008年3月22日 (土)

つなぎ粉の値上げ

むかしむかしのお話し。

あるとき、大金持ちたちが集まって話しをした。
お金はたっぷり持っている人たちなのに、
出て来るのは愚痴ばかり。
「この頃、景気が悪くて、
ものを売っても、金を貸しても、
あまり儲からなくなった。
何か、いい、もうけ話はないだろうか。」

すると、ある人がこう言った。
「どうじゃろう、ちょっと、目先の利いた男がおるが、
そいつに金を預けて、好きなようにやらせたら。
わしらは、何もしなくともいいのだから。」

うん、そうしてみようということで、
膨大な金額を、ムラカミ君に預けたのだ。

さて、ムラカミ君は、
みんなの食べる米に目をつけた。

当時は米は一袋が一両というのが相場だった。
でも、ムラカミ君は、
米を一袋、二両で買うと言い出したのだ。

米を扱う人たちは、
喜んでムラカミ君に米を売った。
だから、ムラカミ君のところには、
たくさんの米が集まった。

誰かが聞いた。
こんなに集まった米をどうするのかって。
ムラカミ君は答える。
「なに、一袋十両になったら売りますよ。」

みんなは彼を馬鹿にした。
米は昔から、一袋一両が相場。
それが一袋十両で売ろうって言うのだから。

だから、みんな、
一袋一両で買った米を、
そのまま、二両でムラカミ君に売った。
小金を儲けた人たちは、
大喜びで、立派な馬を買ったり、
御殿のような家を建てたり、
有名な絵を買い求めたりした。

でも、
あるとき、
自分の家の、米びつが空になっていることに気付いた。

なあに、米なんか、一袋一両で、
どこでも売っているさ。
そう思って、探してみるが、、、、
どこにも米がない。

あるのは、ムラカミ君の蔵の中だけ。

こうして、みんなは、
一袋十両の米を、買わなければならなくなった。

それを買うために、
人々は、もっとたくさん働き、
暮らしを切り詰めなければならなかった。
立派な馬も、御殿のような家も、有名な絵も、
二束三文で取り上げられてしまった。

かくして、
ムラカミ君と、金を出した大金持ちは、
ますます大金持ちとなり、
それ以外の人たちは、
ますますビンボウになったとさ。

めでたし、めでたし、、、、。

まさか、
いま、
世界でこんなことが起こっているわけではないだろうねえ。

供給バランスを無視して上がり続ける、原油価格。
それだけではない、小麦や大豆、トウモロコシもそうだ。
特に、穀物相場の上昇は、
貧困国に、重大な影響を及ぼす。
本来、その国で食べられるべき食べ物が、
外貨獲得のために売られてしまう。
その国の人たちは、何を食べればいいのだろう。

何やら、奇妙な力で動いている世界の情勢。
金持ちは、ますます金持ちになって、
貧しい人は、ますます貧しくなっていく。

これで、めでたし、めでたし、、、、

なんてことはないだろう。

昨日届いた、小麦の値上げの通知。
つい、いろいろと考えてしまうのだ。


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2008年3月20日 (木)

休みの日には他のおそば屋さんに。

昨日の定休日、久しぶりに他のそば屋さんで、
そばをいただいた。
いいなあ、他の人が作ってくれるそばって。
坐っているだけで、目の前に出てくるのだから。

うれしくって、ついつい、
汁も付けずにズズッと。
あれ、あっという間に無くなってしまった。
かなりの山盛りだったのに。

私は、皆さんのように、
「うまい」とか、
「まずい」とか、
そのそばの味を評価することは出来ない。
だって、そばは、なんでも「おいしい」のだから。

私もそばを扱っている人間。
そのそばが、
どのような粉で作られ、
どのような作り方をされ、
どのような扱いをされているのかは、
つい、無意識で探ってしまう。
客席からは見えない、厨房の中の作業まで、
見えてしまうことがある。

でも、そんなことは、
ささいなこと。
そばを、どのように楽しませてくれるのかが、
一番大切なことではないかなと思っている。

そば屋として、
そば打ちを覚えたての頃は、
よく、いろいろなそば屋に行っては、
悪口ばかりを並べていたなあ。

でも、やがて、自分もそうやって批判される立場でもあることに気付いて、
ちょっと、見方が変わってきた。
そばそのものではなく、
その店の姿勢、
そのご主人の考え方を読み取ることにした。
そうして、考えると、
皆さん、いろいろな工夫をされていることが分かってくる。

駅前や、観光地ののそば屋は、
一度にくる多くの人をこなすために、
そこそこのそばを、手早く提供する。
路地裏のそば屋は、
ちょっと寛げる雰囲気を売りにしたりする。
そば屋と言いながら、
小料理屋のような粋な料理を出すところもある。

それぞれのそば屋で、
その時々の物差しで、
そばを楽しむことにしよう。

たとえ、汁が自分の好みではなくとも、
薬味の出し方が気に入らなくとも、
頼んだ酒がアルコールが飛んでいきそうな熱燗だったとしても、
その店の姿勢が、何となく気に入れば、
たいした問題ではない気がする。

昨日のそば屋さん。
真面目なそばを出していただいた。
いい休日を楽しませていただいたと思う。

こう書くと、
私がずいぶん寛容であるように思われるかもしれないが、
時には、出されたそばを見て、
割り箸も割らずに、支払いだけしてして帰った店もある。

まだまだ、私は、修行中の身であるようで、、、。


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2008年3月18日 (火)

中国産そばの価格が上がる。

話にきいた、最近のそばの輸入事情。

国内で消費されるそばの、
八割近くは、輸入に頼られているそうだ。
その輸入のほとんどが、中国からのもの。

これは、まず、価格が安く入ること、
そして、距離的に近いこと、
比較的質のいいそばであることなどが、
理由のようだ。

その、中国産のそばの、
第一の魅力であった、価格のところで、
ちょっと、事情が変わってきている様子。

ここ二、三年、中国産のそば粉の値段が上がり続けている。
まあ、これは、それ以前が安すぎたのかもしれない。
でも、このために、乾麺などを作る製麺業者は、
苦しい思いをしている。

ところが、昨年暮れになって、
中国政府は、5パーセントあった、
輸出奨励金を打ち切る通告を出した。
中国は、以前は、食料の輸出国だったのが、
国内の需要の高まりとともに、
いまや、大豆やトウモロコシなどの輸入国。
食料の輸出を、お金を払ってまで奨励する必要が無くなったわけだ。

そして、年末ぎりぎりに発表された、
輸出関税の引き上げ。
そばは、輸出時に20パーセントの関税をかけられることになった。
はっきりと示した、中国の食料への取り組み姿勢。
これからは、食料を、輸出するのではなく、
自国の国民を守るために使うようだ。

さて、さて、慌てたのは、
今まで、全面的に、安い中国産そばに頼ってきた、
製麺業界のようだ。
中国は、共産主義の国だから、決断と実行が早い。
日本だったら、何年もかかるようなことを、
突然、やってしまう国なのだ。
そういう国に、業界全体がもたれ掛かっていたんだね。

たしかな話ではないが、
例の餃子事件以降、
中国では、農産物の検疫を強化したらしい。
特に、日本向けの。
おかげで、玄そばも検査に手間どり、
なかなか、日本に届かないそうだ。

そのために、他の国からの玄そばの価格が上がっているとか。
特に北米産が。

折しも、オーストラリアの干ばつがきっかけで、
小麦の価格も不安定になっている時期。
粉を扱う業界は、
今、さまざまな波に揉まれている。

まあ、今のところ、
国産のそばには、大きな変動はなさそう。
そういう粉を使う、手打ちそば屋で、
ズズーとそばを手繰ろう。


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2008年3月16日 (日)

ホワイトデーには、白いそばを。

日本独自の習慣として、
チョコレート業界が言い出しっぺの、
バレンタインデー。
この日にチョコレートを贈るという習慣は、
すでに50年近くの歴史をもつ、
伝統的なものになってしまったようだ。

そして、またまた、
菓子業界が頭をひねり、
ホワイトデーなるものを作り出した。
バレンタインデーのお返しに、
キャンディや、クッキー、マシュマロなどを贈るというもの。
まあ、これも、商業ベースにのり、
習慣になってきているようだ。
私には、縁のない話だが。

そのホワイトデーにあやかり、
化粧品メーカーが、
その日に、美白化粧品を贈ろうという、
キャンペーンを行ったそうだ。
なるほど、美白とホワイトをかけたのだね。

ならば、そば屋でも、
この日は白い更級そばをごちそうする日にしたらどうだろうか。
彼氏が、彼女に、真っ白なそばを振る舞う、、、、。
どことなく、ロマンチックな感じが、、、、
まあ、少し無理を、
いや、かなり想像力を働かせれば、
そんな気が、しないこともない。

更級そばに関連して、
小野小町は色白の美人だった?
という話をメルマガで書いたので、ご参照を。

そば屋の楽しみ方 37号

ところで、オレンジデーはご存じだろうか。
これは、柑橘類の業者が仕掛けたもの。
さらに一か月後の4月14日に、
お互いにオレンジを贈ろうというもの。
これは、まだ、知られてないなあ。

お隣韓国では、
さらに、ブラックデーとか、
イエローデーとかがあるそうだ。
それぞれ、コーヒー業界、カレー業界ががんばっているんだね。

ならば、そば屋でもアピールすべきだ。
ホワイトデーは、
白い更級そばを食べよう。
そう言っているうちに、
習慣になるカモ。


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2008年3月13日 (木)

「駅そば」というこんにゃく。

駅の立ち食いそば。
私も若い頃には、よく利用したなあ。
あの、独特の匂いに、
つい、つられて食べてしまうんだ。

その「駅そば」の缶詰が出来たとか。
発売元は、駅の当人であるJR東日本。
首都圏のキオスクなどで売られているそうだ。

つゆの味は「関東風」と「関西風」との、
二種類があるという。
へえ、これは、面白い。
気軽にそばを食べていただける、、、
と思っていたら、
なんと、麺はこんにゃくだって。

やっぱり、そばでは、
汁に漬けるとのびてしまうのだね。

だったら、「駅そば」等と呼ばずに、
「駅こんにゃく」にすればいいのに。
パッケージの写真を見ると、
なるほど、でかでかと「駅そば」と書かれ、
その下に小さく「風味」と、
付け加えてある。

この「駅そば」の缶詰、
どうやって食べるのだろうか。
温めて売られているのだろうか。
そばだもの、やはり熱くなくては。
でも、器は缶詰。
熱くしたら、手で持てない。

やっぱり、持って帰って、
他の器に入れて、温めて食べるのだろうなあ。
一缶300円、
カロリーは45キロカロリーしかないそうだ。

それならば、
せめて、ちゃんとした手打ちそば屋に行って、
ちゃんとしたそばを食べた方が、
身体にも優しいだろう。
そばは、一食せいぜい300キロカロリー。

缶詰で、こんにゃくを食べるより、
きちんとしたそばを食べよう!
って、
たかが缶詰に、ライバル意識を持って、
どうするんだい。

今度、試してみようかな。
本当は好きだな、
こういう遊び心。

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2008年3月11日 (火)

3月15日は涅槃会

江戸時代の俳人、小林一茶の句に、
こんなものがある。

御仏や寝ておはしても花と銭

なるほど、仏様は、寝ていても、
花とお金が入るのだ。
一茶らしい、皮肉のきいた作品。

でも、寝ている仏様って、
何なのだろう。

寝ているというのは、
眠っていることではない。
お釈迦様が、今、
まさにお亡くなりになろうとする時、
横になって臥せておいでなのだ。

その、お亡くなりになるお釈迦様の、
等身大の仏像が、
善光寺の境内のお寺にいらっしゃる。
銅で作られた、500キロもある重たいもの。
あまり重たいので、
国の重要文化財に指定されている、、、そうだ。

善光寺の仁王門をくぐった、土産物屋の並ぶ仲見世。
その真ん中辺りに、右に入っていく路地があり、
突き当たりにあるのが、世尊院釈迦堂。
ここに、先ほどの寝仏像が置かれている。

普段は閉まっているが、
行事のあるときには、上がってみることが出来るのだ。
時には、ご住職自ら、この像について説明してくれる。

それによると、この像は、
鎌倉時代の作品だとか。
お釈迦様は、亡くなることによって、
肉体の持つ煩悩から離れ、
本当の悟りの境地へと入っていかれたのだそうだ。

ふ〜っむ、なるほど。
そうして、悟りを開くことを涅槃(ねはん)と呼ぶそうだ。
だから、お釈迦様の亡くなった日には、
涅槃会(ねはんえ)という行事を開いて、
お釈迦様を偲ぶのだ。

一茶も、この世尊院釈迦堂で行われた涅槃会に参加し、
初めに紹介した句を詠んだのだ。

涅槃会には、この寺に伝わる、
大きな涅槃図が、広げられる。
たくさんの弟子たち、人々、
そして、動物たちが、
嘆き悲しむ中、静かに息をひきとる、
お釈迦様の姿が描かれているのだ。

そして、絵解きをして、
その絵に描かれているものを説明してくれる。
これがまた、面白い。
私は、信心はないが(何たる不埒な)、
二年前にこの絵解きを聞いた時に、
思わず話に引き込まれてしまった。
身近な、長野の街に、こういう世界があるんだね。

涅槃会は3月15日。
今年は土曜日になる。
絵解きは午後一時半から。
信心のある方も、私のように信心のない方も、
花と銭にあやかりたい方も、
涅槃会に、出かけられることをおすすめする。

絵解きをなさる、小林玲子さんのブログはこちら。
小林玲子の表参道日記

さて、調べてみると、
この涅槃の日には、
そばを食べるという習慣があったらしい、、、、

、、、というのは、どこにも書いていない。
食べられるのは「やしょうま」
皆さん、「やしょうま」って知っていますか。
私も長野に来るまで、知らなかった。
「やしょ、うまかった。」なんて。

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2008年3月 9日 (日)

お盆は便利だけれど。

私は、十代の頃、
学校の寮で過ごしたことがある。
年齢で言えば15才から18才。
一番食べ盛りの年代だ。

当然のごとく、食事は寮の食堂で、
三食を食べることになる。
腹ぺこの餓鬼どもが百数十人も居るのだ。
食事を三度三度作るのも、
大変だったに違いない。

そんなことを知らない空腹の私達は、
食堂に入ると、
まず積み上げられている四角いお盆を手にする。
三つにへこみを作った樹脂製のお皿に、
その日のおかずが盛られていて、
カウンターに並んでいる。
とにかくその中で、一番量の多そうな皿をとり、
おばちゃんの注いでくれるみそ汁を受け取り、
大テーブルに置かれたお櫃から、
ご飯を自分で盛り、
お盆を持って、空いている席を探して、
ひたすら食物を摂取するのだ。

毎日、四角いお盆と、
三つに割れた皿と、
やはり樹脂製の丼と椀。
それでも、大切な食事だった。
授業の都合や、クラブ活動などで、
寮の食事の時間に遅れでもしようものなら、
シベリアの凍れる大地に取り残されたような、
つらい、厳しい思いをしなければならなかったのだから。

けっして、その時の食事が不味かったわけではない。
うまい、不味いなどというより、
目の前の空腹の方が、大きかった年代だった。
でも、四角いお盆を前にして、
何か、物足りなさを感じていたのも確かだった。

若い時の、ちょっとした想いというのは、
後を引くこともあるようだ。

今でも、食事に行って、
「はい、どうぞ」といって、
お盆で出されると、
ちょっと、
ほんのちょっとだけれども、
残念な気がする。

旅館に行って、
食事はお部屋でサービス出来ますというので、
期待していると、
ワゴンで運んできた大きなお盆を、
目の前に置かれたりする。

ランチタイムのレストランでも、
ウエイトレスが、
ポンと投げるようにお盆を置いて、
「ああ、忙しい。」という表情で行ってしまう。

そば屋でも、そばを頼むと、
やがて、待ってましたとばかり、
そばつゆから、薬味から、
そばも、ひどいときにはそば湯まで、
一緒に、お盆ごとドドンと出されることがある。

確かに、その方が、一度に運べていいのだけれど。
盛り付けを崩す心配もないし。
あらかじめ用意しておけるし、、、、。

でも、
ちょっと寂しい。

人は、さまざまな「想い」があるのだろう。
人それぞれの、そんな、気持ちを、
汲み取ってあげることが出来るようになりたいが、、、。

ちなみに、「かんだた」では、
スタッフが、苦労して、階段を上り下りして、
料理を運んでいる。
ポンッとお盆で出せば、
もっと楽なのかもしれないが。


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2008年3月 7日 (金)

どうせ私は石頭。

多くのそば屋さんでは、
朝早くから、厚削りの節を使って、
時間をかけてだしをとる作業をする。

「かんだた」でも、
毎日ではないが、
だしをとるのは、朝一番の仕事になる。
煮詰める時などは、まめにアクを取り、
汁を濁らせないように注意している。

でも、
話によると、
短い時間にだしをとってしまう店が、
少しづつ、増えてきているらしい。
あくまでも、「、、らしい。」
ということで、はっきり分からないが。

これは、かつお節の粉を使ってだしをとる方法。

節粉は昔からあったが、
これは、かつお節の余りを、
熱を加えて粉にしたもの。
だしには向かず、
食品に混ぜられて、風味付けに使われた。

それが、最近は、
だしをとるのに使える節粉があるそうだ。
しかも、その風味がなかなかいいらしい。

かつお節を厚削りにするには、
普通は、一度、節を蒸して、
柔らかくしてから削られる。
一度熱を加えられることにより、
多少は、風味が失われる。
でも、だし用の節粉は、
ハンマークラッシャーとかいう、
私が見たこともない機械を使って、
熱を節に伝えることなしに、
かつお節を粉にしてしまうのだ。

削られたかつお節は、
空気に触れると、すぐに酸化して、
香りが変わってしまう。
まして、粉のにしたものならば、すぐに変わってしまうだろう。
そういう問題を解決して、
流通するようになったみたいだ。
あれ、確かに、節屋さんのカタログに載っている、、、。

だしを作るときは、
粉だから、短時間で旨味が出る。
長い時間、気を使いながら煮詰める必要もないのだ。
ということは、、、、
もう少し、朝寝ができるか、、、、。

だしを取り巻く環境は、
大きく変わってきているんだね。
あの固い、かつお節で頭を叩かれても、
節が割れるぐらいの石頭を鍛えるのもいいけれど、
ふわっと受け止める、
柔らかい頭も、
時々は必要なのかもしれない。



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2008年3月 6日 (木)

十割そばと零割そば。

その昔、そば打ち職人を雇う時、
麦切り、つまり冷や麦を打たせて、
その腕を見たそうだ。
普通のそばよりも、
薄めに延ばすので、
平均に、ムラなくのすのが、
難しかったそうだ。

一昨日は、恒例の「十割そばの夕べ」。
皆さん、ご参加ありがとうございました。

Mugikiri2 さて、今回の変わりそばは、
なんと「麦切り」。
そばの入っていない、
小麦十割の冷や麦だった。
せっかく蕎麦を食べに来たのに、
なんで小麦なの?
と言われてしまいそう。

別に私が腕試しをしようとしたわけではない。
実は、ある小麦が手に入ったから、
それを使ってみることにしたのだ。

平成13年に、長野県農事試験場で開発された、
新しい小麦の品種の「ユメセイキ」。
長野市のお隣の千曲市では、
その栽培に力を入れている。

Mugikiri1 この小麦の特徴は、その粘りの良さ。
アミロースとか言うデンプンが少ないので、
固くならないのだそうだ。
その小麦の、石臼挽きの粉が、
たまたま手に入ったのだ。

小麦も、そばと同じで、
挽きたての方が、風味が立つ。
ならばということで、
今回の「麦切り」。
長野の新しい地場産物である「ユメセイキ」を、
皆さんに知っていただきたかったからだ。

「麦切り」って、「うどん」と違うの?
はい、うどんを作るには、
塩水で粉を練り、しばらく熟成させて、
いわゆる「坐らせて」から麺にする。
ところが「坐らせて」しまうと、
ぷちんぷちんの弾力があって、
とても薄く、細く、延ばせない、切れない。
だから、麦切りは、
塩水も使わず、熟成もせず、
そのまま、出来るだけ薄く細く作るのだ。

さて、この「ユメセイキ」で作った麺、
とても弾力があって、引っ張ってみてもよく延びる。
独特の甘い香りがあって、
なかなかおいしい。
つるっと、喉に滑るところも、
麺好きには魅力的。
これを食べて、そばを食べると、
そばの味がいっそう引き立つんだなあ。

ということで、今回は、
十割そばと十割ユメセイキの組み合わせだった。
「夢世紀」と書けば、
とても小麦とは思えない名前だけれど、
いいネーミングではないだろうか。


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2008年3月 2日 (日)

ひな祭りに「雛そば」

なんでも、江戸時代には、
三月三日の雛祭りの後、
つまり、4日に雛をしまう時に、
そばを食べる習慣があったとか。

雛を仕舞うと言うことは、
引っ越しと同じこと。
また、そばは、少しの粉で、
長く細く延びるので、
家の繁栄が続きますようにという、
願いを込めて、そばを食べたらしい。

それが、白酒や菱餅と同じように、
色のついたそばを、
お雛様に供えるようになったそうだ。

今では、ほとんど残っていない習慣。

Hinasoba 「かんだた」では、
今日が「雛そばの日」。
3日には早いけれど、
日曜日に合わせて変わりそばを提供。

赤い海老切りと、更級の盛り合わせで、
お雛様に見立ててそばをいただく。
いつもの「手打ち」も合わせて三色盛り。
多くの方に楽しんでいただき、
ありがとうございました。

桜えびのほのかな色合いが、
我ながら可愛らしくみえる。
もちろん、着色剤は使っていない。

以前には、ぶつぶつに切れてしまった海老切りだが、
今回は、まあ、なんとか繋がった。
でも、ちょっと、表面が荒れた感じ。
まだまだ、そば打ちの技を磨かなくては。

また、機会があれば、
このような企画をしてみたいところ。

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