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2007年12月11日 (火)

長いばかりがそばではない。

今日の朝に、店にテレビの取材。
いざ、マイクを向けられたり、
カメラを前にすると、
なかなか、思うように言葉が出ない。
う〜ん。
うまく、撮れているかなあ。

地元のテレビ局、
信越放送の夕方の番組で、
来週の月曜日(17日)に放映の予定だとか。
いろいろと、仕掛けがあるみたいだけれど、
どういう風になるのだろう。
ちょっと、
だいぶ、
かなり、不安だ。

で、本題の「そばが切れる話」。

東京にいた若い頃、
長野県は松本にある、
一軒のそば屋に何度か通ったことがある。
そう、私が二十代の半ばだったころだから、、、
えっ、もう30年ぐらい前の話になる。

東京からわざわざ通うほど、
うまいそば屋だったかって。
いや、
そうではない。

どうして、このそばがおいしいのか、
分からなかったから通ったのだ。

当時有名だった某ホテルのシェフが、
ここのそばを、
おいしいといって褒めたのだそうだ。
おかげで、テレビや雑誌に取り上げられ、
この目立たない場所にある、
ほんの小さなそば屋は、
一躍有名になった。

そのシェフは、
大きな身体の、
人なつっこい性格で、
あの時代に、洋食を家庭に広める努力をされた、
とても、とても偉いお方なのだ。
その方がお墨付きを与えたそば。
いったいどんなそばなのか、
興味を持ったのだ。

その店で出て来たのは、
真っ白な、そして、透明感のあるそば。
でも、そばは、ぶつぶつに切れている。
それでも、箸でつまめる長さだから、
数センチからせいぜい十センチぐらいか。
普通のそばをたぐるように、
ズズッとはいかないのだ。

これが、どうして、そばなのだろう。
どうして、あの有名なシェフが褒めたのだろう。
そして、どうしてこれが美味しいのだろう。

それが、分からなかったから、
何度も通うことになったのだ。

こんなに、ぷつんぷつんと切れたそばが、
どうして美味しいのだろう。
こんな、茹で過ぎたモヤシのようなそばの(失礼)、
どこがいいのだろう。
でも、あのシェフが褒めたのだ。
どこかに、私の美味しさの感覚が抜けているのかもしれない。

でも、不思議なもので、
何度か通うと、
ああここはこういうものだと思ってしまう。
別に、そばが短いことなど気にならなくなるのだ。

そして、ある時、
別のそば屋で更級を食べている時に気がついた。
ああ、あのシェフは、
そばを褒めたのではなくて、
ああいう、透き通ったそばを作り上げた、
そば屋の主人の努力を褒めたのだなあ、、、と。

ぶつぶつに切れた短いそばながら、
それでも、あのぷちぷちとした食感を生かす、
そういう道を貫き通したのだ。
多分、いろいろなことを言われてきたことだろうなあ。

そのご主人、
あるテレビのインタビューで答えている。
レポーターがこう聞く。
「どうして、このそばは、こんなに短いのですか?」

もう、何度も聞かれたことなのだろう、
ご主人は、表情も変えずに答える。
「そばは、長くなければいけませんか。」

そう、
「そばは、長くなければいけませんか。」

そばの世界は広い。
さまざまな苦労をして、
こうして、新しいそばの世界を開いた方もいる。

まして、初めてそばを打って、
そのそばが、ぶつぶつと切れてしまったって、
なんの問題があろう。

苦労して打ったそばを、
たとえ、
スプーンで食べられようが、
フォークで食べられようが、
「これは、俺が、苦労して作ったそばだ。
 短くて、どこが悪い。」
そう、自信を持って言い切ることだ。

そう、
そばは、ただ長いのがとりえではないのだ。

そのように、家族のみんなに宣言することで、
打ったそばが切れるという問題は、
一件落着〜〜〜〜〜

とはいかないか。

まだまだ続く、そばが切れる話。


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