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2007年12月28日 (金)

年の神様を迎える用意。

今年はどうしようかなと思ったが、
やっぱり、これは、
自分で作らないと、
神様に申し訳ないような気がする。

ということで、
今年も材料を揃え、
手作りをすることにした。

Kadomatu1 まず、竹を切る。

竹を切るには、
竹専用の、
目の細かいのこぎりを使うのだが、
これがなかなか難しい。
この切り口をきれいに見せるのがコツなのだそうだ。

Kadomatu2 三本を揃えて、
台に据える。

台には、
花を運ぶための桶を使っている。
中に石を入れて、
安定を良くしてから、
竹を固定する。




Kadomatu3 台にむしろを巻き、
荒縄を巻き上げる。

今年は、あまりいいむしろがなく、
ちょっと色が悪い。
上の部分は、むしろをばらし、
ひとつかみづつ捻って、
ぐるりと編み込む。




Kadomatu4 買ってきた松の枝と、
庭のナンテン、
ウメモドキの実などを、
適当に差し込んで完成。

何か足りないなと思っていたら、
白いオンベイを付けるのを忘れていた。

「手打ちそば屋 かんだた」は、
手作りの料理のお店。
こういうものも、出来るだけ「手作り」にしたい。

ちょっと、格好が悪いけれど、
歳の神様を、迎える気持ちだけは、
しっかり込めて作ったつもり。

「かんだた」は、30日の昼までの営業。
31日は、ご予約頂いた、
持ち帰り用の「年越しそば」お引き渡し。
新年は元日より、
昼のみの営業となります。

皆さん、よいお年を。

北極のシロクマにも、
南極のペンギンにも、
そして、同じ地球に生きるすべての人たちにも、
幸せな年が訪れますように。


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2007年12月25日 (火)

ブログの題名の通りに、、、。

夜の営業をするようになって、
ずっと、寝不足が続いている気がする。

Neko ところが、我が家の猫ときたら、
ずっと、気持ち良さそうに寝ているばかり。
ちょっかいを出そうものなら、
「わたしゃ、
一日30時間以上寝ないと寝不足なんだから、
放っといてよ。」
と、えらい剣幕。
そのくせ、お腹がすいた時は、
こっちが寝ていようが、
大騒ぎで催促する。

Sagi 店に行く途中の、
まだ薄暗い河の中州では、
シラサギが、群れをなして、
夜を過ごしている。
この鳥は、河の中に、
立ったまま眠っているのだね。
私も、店で、立ったまま眠れるといいのだけれど。

このサギの群の近くには、
やはり、鴨たちも、群をなしている。

うーん、サギとカモ。
やはり、切れぬ仲なのだ。

Kaesi 店の奥で眠っているのは、
そば汁の元になる「かえし」。
こうして、カメに入れておくことで、
醤油とみりんの味が、
まろやかになる。

老舗のそば屋では、土に埋められたカメに、
寝かしておくとか。

新しく作った「かえし」は、
小さなカメに入れて一週間ほど置き、
それから、この大カメに移す。
布巾をかけて、
蓋を少しずらして、
寝息が聞こえるようにして(?)、
静かに眠らせておく。

眠ることで、
味が作られていくのだ。
私も眠ることで、
人間が作られて、、、、。

それだけ寝てれば充分だ!
と、怒られそうだ。


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2007年12月23日 (日)

それでもガンバってそばを打とう。

Kenbikyou使っている簡易顕微鏡。
下にあるのがペン形の30倍。
黒いのが、ライト付きの100倍。

どちらもおもちゃのようなもので、
解像度は悪いけれど、
粉のチェックや、
生地の状態を確認するのに使っている。

多くの方は、想像で、
そばの状態がどうのこうのと言われているが、
これからは、ちゃんとした、分析や計測に基づく、
科学的な観察が必要なのではないだろうか。

なんて、この程度の道具で、
科学的もなにも、あったものではないが。

さて、気難しいそば粉をひとまとめにするには、
水を均一に回すことが必要という話。

そば粉を鉢にあけ、
水を注いで、ひたすらかき回す作業。
こういう単純な動きは、
なかなか、根気が続かないもの。
すぐに楽な方法を考えてしまう。

もっと、つなぎ粉を入れた方がいいかなあ。
何か別のものを入れた方がいいのかなあ。
水に何かを混ぜるのかなあ。

いえいえ、ただ、ひたすらに、
かき回すことが、一番大切。
たとえ500グラムの粉であろうと、
最低5分は続けてみてみよう。
その上で、水の量を調整して、
また、かき混ぜる。
まあ、気長に、ゆっくりとやってみよう。

そば粉の表情が変わっていくのが、
分かるようになれば、しめたものだ。

出来あがったそばを、
簡易顕微鏡で見てみると、
蛇の鱗のような、模様が見える。
つまり、そば粉は、そばになっても、
そのままの形で残っているのだ。
そのそば粉の間に、びっしりと水分が入り、
そばをつなげているようだ。

この間に、空気でも入っていようものなら、
そばは簡単に切れてしまう。
だから、しっかりと、水回しをすることが大切。
そして、その後に、きちんと練ることも必要なんだね。

さて、お客さまが打ったそばが、
スプーンでしか食べられないほど、
短くなってしまった、
というところから始まった「そばが切れる話」。
まあ、多少は切れることは、
目をつむって、
そばを楽しむつもりで、
そば打ちを続けて頂きたいなあ。

大晦日、年越しそばを、
ご自分で打てるようになると、
う〜んと、
もっと、う〜〜〜んと、
楽しい年越しを迎えられることだと思う。

でも、そば粉は、
新しい、引き立ての、
ぴちぴちしたものを使うこと。
そういうそば粉は、近所のそば屋さんで手に入れよう。

そば粉の大切な話は、
以前に書いたブログにて。

スプーンで食べるそばもいいかも
蕎麦粉と刺身は、新鮮な方がいい
最初は頼みづらいかもしれない。


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2007年12月21日 (金)

そば粉が微笑むまで、そばをかき回す。

先日、久しぶりに大きな金物店に行ったら、
そば打ち道具のコーナーが、さらに広がっていた。
伸し板、こね鉢、こま板、麺棒、そばを入れる舟まで大小さまざまなものが売られている。
別のところには、そばきり包丁が並んでいる。

これだけ並べられているっていうことは、
それだけ売れているっていうこと。
自宅でそば打ちをする方が、けっこういらっしゃるのだねえ。

さて、引き続き、「そばが切れる話」。

まとまりにくい、バラバラなそばを、
つなげる役割をするのが水。
それを均一に、粉に含ませると、
自然とそば同士が仲良くなるのだ。

えっ、水溶性のタンパク?
網の目状のグルテン?
デンプンのアルファー化?
そんな難しい話は、
どこかに置いておこう。
どのみち、そんなことなんか、
目に見えないのだ。

それよりも「水」。
その水を、そば粉全体に、
万遍なく、行き渡らせることが大切。

どうするかって?
ただ、かき混ぜればいいだけの話。

「なんだ、そんな簡単なこと、
ちゃんと、やっているよ。」
と言われてしまいそうだ。

でも、実は簡単に見えることの中に、
大事なことが隠されているんだ。

そば打ちを、初めての方に教えると、
たいていの方は、充分にかき混ぜないまま、
まとめようとする。
何回か、そば打ちをされている方でも、
少し掻き回しただけで、
力ずくでそばをまとめてしまう。

そのようにしても、
確かに細い麺はできるけれど、
茹でると切れたり、
ぼそぼそとした感じになる。
だいいち、延ばすのに苦労するだろうなあ。

何しろ、頑固者のそば粉たちだ。
ちょっとぐらいかき回したぐらいでは、
おいそれと、水を含んでくれない。
でも、かき回しているうちに、
だんだん表情が緩んでくる。

でもでも、まだまだ。

そのうちに、そば粉が、微笑み出す。
こうなればしめたものだ。

でも、まだまとめてはいけない。

そのうちに、周りのそば粉と仲良くなって、
くっ付き出す。
そう、アラブで食べられる、
クスクスの粉のようになる。
って、分かりにくいなあ。
細かいパン粉のような状態になる。

でも、まだまだ。

そのうちに、もう少し固まり合って、
銀玉鉄砲の弾ぐらいの大きさになる。
って、何のこと、古いなあ。
つまり、自転車のベアリングの玉ぐらいの大きさになる。
あれ、ますます分からない。

分からないところで、
ムキになってかき回すと、
パチンコ玉ぐらいの大きさの玉が、
ぽつりぽつりとできてくる。
これなら、分かるかな。

ここまで来ると、
そば粉が、う〜ん、そろそろ、
みんな一緒になっていいかなあ、
と考え始める。

でも、まだ、慌ててはいけない。

ここで、ちょっとだけ、
さっと、水を加えてやる。
ほんの、ちょっとだけだけれど。

そうすると、そば粉は喜んで、
ころころと大きくまとまり、
表面に粘りが出てくる。
そうして、自分からまとまろうとするのだ。

そうすれば、自然に、
ほら、そば粉が自分から、
一つの玉になってしまった。

ねえ、簡単でしょう。

、、、、と、実は、
簡単ではない。

これは、理想的なシナリオ。
そばを打ち始めた人が、
この通りにするのは、
なかなかできることではない。
でも、
やっぱり、「きほん」のシナリオは必要。
そこをふまえた上でのアドリブなのだろうなあ。

ということで、
まだまだ続く「そばが切れる話」。


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2007年12月18日 (火)

金の切れ目が「そば」の切れ目。

さて、なかなか進まない「そばが切れる話」。

だいたいそば粉というのは、
頑固で、我がままで、協調性がない。
他のそば粉と一緒になって、
仲良くなることはあっても、
なかなか、手を繋ごうとはしないのだ。

だから、
「どうして、そばが切れるのか。」
と考えるより、
「どうしたら、そばが繋がるのか。」
と考えた方がいいようだ。

そば粉というのは、
もともとバラバラのものなのだ。
そのお互い同士を、繋ぐものは、何だろうか。

防衛庁の元幹部と、
出入りの業者の癒着。
これは、お金で繋がっていた。
なるほど、世の中の人と人、
お金で繋がっていることが多いのかもしれない。
ひょっとしたら、サラリーマンのお父さんだって、
会社とはお金で繋がっているのかもしれない。

でも、昔から言うでしょう、
「金の切れ目が縁の切れ目だって。」
お金の関係が無くなると、
付き合いが切れてしまうのだ。
そばが切れてしまうのも、
お金がないからなのかも、、、

いえ、そんなことはない。

世の中には、愛情とか、友情、
尊敬とか信頼で結ばれている関係もある。
実は、こう言うもので結ばれた関係は、
お金で結ばれた関係よりも、
はるかに強い結びつきがあるあるようだ。

そして、何より強いのが、
血の繋がりのようだ。
親子、兄弟、親族の関係。
これは切っても切れるものではない。

そばを打つ時に、
つなぎ粉に頼ろうとするのは、
お金で繋がっているようなもの。
少しは必要だけれど、
そんなにたくさんはいらない。

Mizumawasi もっと強い、
兄弟のようなつながりを作るのが一番。
それを作るのが、
じつは、、、

水なのだ。

「えっ、何か特別な水を使うの?」
なんて思う人は、まだ、
お金の関係にとらわれている人。
とりあえずは、普通の水で充分。
それを、そば粉に、
均一に与えてやることだ。

なんだ、そんなこと。
いつもやっているよ。

と、言われそうだが、
実は、「均一」に、水を与えることは、
かなり大変なことなのだ。

不平等に、水を与えると、
よく行き渡らなかったそば粉たちの、
不平不満の溜まったそばになってしまう。
ほら、「ぶつぶつ」言っているでしょう。
ブツブツ。

うまく、平等に水が行き渡ると、
そば粉たちも安心して、
周りのそば粉のことを、
兄弟のように思ってくる。
そうして、そばを作れば、
固い絆に結ばれたそばができるんだ。

本当かなあ。
っと、時間がないので、
まだまだ続く、「そばが切れる話」。


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2007年12月16日 (日)

カエサルは2000年以上前の人だけれど。

英語読みではシーザーと呼ばれる、
ローマの指導者だったカエサル。
彼は、人の心をつかむ技に長けていたそうだ。

彼の後半の人生は、
まさに戦いの中にあった。
数年におよぶ、今のフランスあたり、
当時はガリアと呼ばれていた地域を
平定するするための戦役。
その後、さまざまな行き違いから、
本国ローマとの戦いをはじめ、
ギリシャ、エジプトまで、
反対勢力を追いやっていく。

彼の戦い方は独特で、
何よりも、兵士たちの士気をあおり、
その、能力を最大限に生かす道を、
常に考えていた。
だから、かなり不利な状況の中でも、
そこを、乗り越えてきたそうだ。

それでも、彼の目の届かないところで、
兵士たちの反乱が起きたりした。
そんな時でも、カエサルが行って、短い演説をすると、
兵士たちは、自分達の行動を恥じ、
カエサルへの忠誠を誓うのだった。

そうして、
バラバラだった兵士たちの心をまとめ、
本来の敵へと、立ち向かうのだ。

このカエサルという男、
よっぽどのカリスマ性があったに違いない。

カエサルならずとも、
戦国時代の武将だって、
部下を思いのままに動かせるようにするには、
それなりの強い指導力がなければならないだろう。

今注目を浴びている、
ここ長野を舞台とした、
信玄と謙信との戦いもそうだ。

夜のうちに、兵たちを分散して動かし、
謙信の陣地を、挟み撃ちにしようとした信玄。
夕餉の煙の量から、敵の動きを読み取り、
陣地を残したまま、静かに河を渡り、
信玄の本陣を狙った謙信。

どちらも、しっかりとした統率力があったから、
兵たちが迅速に動いたのだ。

さてさて、
そば打ちにも、この統率力が必要になる。
、、、気がする。

何しろ、そば粉というのは、
気ままで、薄情で、怠け者なのだ。
ちょっと手を抜けば、すぐにサボるし、
やり方を間違えれば、自分の世界に籠ってしまう。

そんなそば粉相手に、
自信なげに、
ああしろ、こうしろと言ったところで、
そば粉は、思う通りに動いてくれない。

まして、
「長いそばになれ。」
と、頭ごなしに言ったところで、
「へっ、なにさ。」
という感じで相手にもされないのだ。

部下が思う通りに動いてくれない、
指導者のつらさよ、、、、。
えんえん、そばが切れてしまった、、、。

でもでも、ご安心あれ、
そば粉にも弱みはある。
その弱みを知り、
そこをカバーしてやることができれば、
そば粉は言うことを聞くのだ。

そうすれば、
ローマの強力な指導者であったカエサルのようになれる。
信玄にも、謙信にもなれる、、、
あくまでも、そば打ちの世界の中でのことだけれど。

かくして、
具体的なことを何一つ言わぬまま、
「そばが切れる」話は続くのだ。


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2007年12月14日 (金)

そばで首をくくる話

世の中には、
出来ないことを平然という人もいるようで。

「へっ、そばが切れるって、
 それならおいらは、月まで届く、
 長いそばを打ってやろうじゃねえか。」

なんて、言うのならまだかわいい。

「預かったお金だから、
 最後の一円まで、
 何月までに調べます。」
なんて言っている政治家の言葉は、
まさに、「そばで首をくくる」おはなし。
つまり、出来そうもないことの話なんだね。

「それなら、おいらが、
 ほんとに首をくくれるそばを作ってやろうじゃないか。
 政治家ども、覚悟してやがれ、べらんめえ。」
なんて、そばが首に二重に巻き付いたような話をしてはいけない。

「手打ちそば屋 かんだた」の屋号は、
芥川龍之介の蜘蛛の糸という、小説からいただいている。
地獄から極楽まで、細い蜘蛛の糸にすがって、
登っていこうとする「かんだた」。
でも、無情にも、
「かんだた」が、利己的な考えを持った時に、
ぷつんと、蜘蛛の糸が切れてしまい、
また地獄へ落ちてしまう。

そういう名前をいただき、
想いを込めて、そばを作っているのだから、
きっと、
利己的な人が、私のそばを食べれば、
箸をつまむところから、
ぷつり、ぷつり、と切れてしまう。
きっと、某国の大臣などは、
私のそばなど、スプーンでないと食べられないだろうなあ。

皆さんが、想いを込めて作ったそばが、
切れてしまうのは、
そばを作ったあなたが悪いのではない。
食べる人の、利己的な心がいけないのだ。
そういう心が、
そばをぶつぶつと切らしてしまう。

でも、
でも、少しはあなたの心に、
「いいかっこしい」の気持ちがあったかもしれない。
う〜んとうまいそばを作ってやるぞという、
気負いがあったかもしれない。

そばって言うのは、
そんな微妙な気持ちを、
読み取ってしまうもののようだ。

などといいながらも、
実は、切れないそばを作るには、
それなりのコツがある。
、、、で、
まだまだ続く、そばが切れる話。


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2007年12月11日 (火)

長いばかりがそばではない。

今日の朝に、店にテレビの取材。
いざ、マイクを向けられたり、
カメラを前にすると、
なかなか、思うように言葉が出ない。
う〜ん。
うまく、撮れているかなあ。

地元のテレビ局、
信越放送の夕方の番組で、
来週の月曜日(17日)に放映の予定だとか。
いろいろと、仕掛けがあるみたいだけれど、
どういう風になるのだろう。
ちょっと、
だいぶ、
かなり、不安だ。

で、本題の「そばが切れる話」。

東京にいた若い頃、
長野県は松本にある、
一軒のそば屋に何度か通ったことがある。
そう、私が二十代の半ばだったころだから、、、
えっ、もう30年ぐらい前の話になる。

東京からわざわざ通うほど、
うまいそば屋だったかって。
いや、
そうではない。

どうして、このそばがおいしいのか、
分からなかったから通ったのだ。

当時有名だった某ホテルのシェフが、
ここのそばを、
おいしいといって褒めたのだそうだ。
おかげで、テレビや雑誌に取り上げられ、
この目立たない場所にある、
ほんの小さなそば屋は、
一躍有名になった。

そのシェフは、
大きな身体の、
人なつっこい性格で、
あの時代に、洋食を家庭に広める努力をされた、
とても、とても偉いお方なのだ。
その方がお墨付きを与えたそば。
いったいどんなそばなのか、
興味を持ったのだ。

その店で出て来たのは、
真っ白な、そして、透明感のあるそば。
でも、そばは、ぶつぶつに切れている。
それでも、箸でつまめる長さだから、
数センチからせいぜい十センチぐらいか。
普通のそばをたぐるように、
ズズッとはいかないのだ。

これが、どうして、そばなのだろう。
どうして、あの有名なシェフが褒めたのだろう。
そして、どうしてこれが美味しいのだろう。

それが、分からなかったから、
何度も通うことになったのだ。

こんなに、ぷつんぷつんと切れたそばが、
どうして美味しいのだろう。
こんな、茹で過ぎたモヤシのようなそばの(失礼)、
どこがいいのだろう。
でも、あのシェフが褒めたのだ。
どこかに、私の美味しさの感覚が抜けているのかもしれない。

でも、不思議なもので、
何度か通うと、
ああここはこういうものだと思ってしまう。
別に、そばが短いことなど気にならなくなるのだ。

そして、ある時、
別のそば屋で更級を食べている時に気がついた。
ああ、あのシェフは、
そばを褒めたのではなくて、
ああいう、透き通ったそばを作り上げた、
そば屋の主人の努力を褒めたのだなあ、、、と。

ぶつぶつに切れた短いそばながら、
それでも、あのぷちぷちとした食感を生かす、
そういう道を貫き通したのだ。
多分、いろいろなことを言われてきたことだろうなあ。

そのご主人、
あるテレビのインタビューで答えている。
レポーターがこう聞く。
「どうして、このそばは、こんなに短いのですか?」

もう、何度も聞かれたことなのだろう、
ご主人は、表情も変えずに答える。
「そばは、長くなければいけませんか。」

そう、
「そばは、長くなければいけませんか。」

そばの世界は広い。
さまざまな苦労をして、
こうして、新しいそばの世界を開いた方もいる。

まして、初めてそばを打って、
そのそばが、ぶつぶつと切れてしまったって、
なんの問題があろう。

苦労して打ったそばを、
たとえ、
スプーンで食べられようが、
フォークで食べられようが、
「これは、俺が、苦労して作ったそばだ。
 短くて、どこが悪い。」
そう、自信を持って言い切ることだ。

そう、
そばは、ただ長いのがとりえではないのだ。

そのように、家族のみんなに宣言することで、
打ったそばが切れるという問題は、
一件落着〜〜〜〜〜

とはいかないか。

まだまだ続く、そばが切れる話。


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2007年12月10日 (月)

そばが洋食になった。

さて、時々来られるそば好きのお客さま。
道具を揃えて、
蕎麦打ちに挑戦されたそうだ。

「いやあ、そばが洋食になっちゃったよ。」
とおっしゃる。
ええっ、
どういうことだろう????

初めて打ったそばは、
どうしても、不揃いな太め。
そして、ぶつぶつと短く切れてしまったそうだ。
皿に盛ったそばは、箸でつまむのに苦労する。
業を煮やしたご家族は、
スプーンとフォークを持ち出してきて、
そばをすくって食べ始めたのだそうだ。

なるほど、それで洋食のようなスタイルになってしまったのだ。
でも、それも面白いかも。

そば打ちを始めた頃の方は、
そばが切れてしまうのが、一番の悩みだろうなあ。
自慢ではないが、
私だってそうだったのだ。
(何が自慢なのだ、、、)

ようし、道具も揃ったので、
「今日はそばを打つぞ。」
と家族に宣言。
その家族の期待を集めて、
家中を粉だらけにして、
苦労して、なんとか、細長いそばができる。

「ほおら、初めてながら、なかなかいいそばができたぞ。
 我ながらたいしたものだ。」
と、出来あがったそばを前にして自画自賛。

ところが、ところが、
さあ、食べようと、
お湯の中にそばを入れたとたん、
あれ、ぶつぶつと切れてしまった。
茹であがったそばは、箸でつまむのにも苦労するほど短くなっている。

かくして、家族の賞賛の目は、
軽蔑の目へと、あっという間に変ぼうする。
そんな、ご経験がある方が多いようだ。

まあ、最初だから仕方がないさ。
そういって、何度か挑戦を重ねる。
かくして、お父さんがそばを打つ日には、
奥さんは、急な近所の会合に出かけ、
お子さんには、友人からの呼び出しが入る。
ということに、なりかねない。

どうしたら切れないの、
というような質問をお受けすることもある。
さあ、どうしてそばは切れてしまうのだろう。
私にだって、、、、よく、、、分からない。

ということで、
しばらくは、「そばが切れる」という話。


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2007年12月 8日 (土)

そば寿司のコースが好評

いよいよ師走に入り、
世の中慌ただしいようだ。
まだ、年賀状も、年越しそばの準備も、
全くしていない呑気な私。

さて、このところ、
小人数ではあるけれど、
夜のコースのご予約を頂き、
それがちょっと続いて、
うれしい限り。

特に、東京からのお客さまが何組かあって、
とてもいい気分で仕事をさせて頂いた。
かんだたのコースは、
素朴な野菜料理と十割そば。
長野の人たちには、
野菜の料理なんぞ、見向きもされないが、
都会から来られた方々には、
珍しかったりするようだ。

そして、そういう方々は、
食べ方がきれい。
料理のこともよく知っていて、
いろいろと聞かれたりする。
やっぱり、都会の人って、
粋な感じがする。

、、、、って、私も東京育ちのなのだけれど。

コースの料理は、
あくまでも、そばが主役になるように、
そば屋ならではの、素朴な料理。

Sobazusi その中でも、ポイントとなるのが、
このそば寿司。

そば寿司というと、
海苔で巻いたり、
稲荷に詰めたりというのが多いけれど、
かんだたでは、酢締した更級を、生ハムと、サーモンで巻いている。
手前は、くず粉を入れて板にしたそば豆腐で、タラコを巻き込んだもの。

食べれば一口だけれど、
ものすごく手間がかかる。

Sobanomiannkake 寒い時期には、
こんなそばの実あんかけをお出しする。

落とし卵(抜きタマゴ)の形を整え、
茹でたエビを載せて、
あんをかける。
タマゴはもちろん、松代の農家で育てられた、
元気な鶏のもの。

これは、出汁を味わって頂く一品。
そば屋の出汁ではなく、
ちゃんと、かつお節を削って、
みりん、しょうゆで、汁を作っている。

そのほかに、
そば豆腐、
そば汁で煮込んだ鴨肉に、自家製の梅干しで作ったたれをそえたもの、
時間をかけて作った練り味噌の風味がきいた、
カキとキノコの陶板焼き。

かんだたでは、特別な場合を除いて、
揚げ物をお出ししていないので、
カロリーを気にせず、
たっぷりお楽しみあれ。

あれ、今回は、
宣伝臭く終わってしまった。


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2007年12月 5日 (水)

お風呂の匂いがするそば湯。

さて、昨日は恒例の「十割そばの夕べ」。
寒い中、大勢の方にきて頂き、
ありがとうございました。
今回は、定員をかなり超えてしまい、
お断りしたお客さま、
どうもすみません。
またの機会に、よろしくお願いいたします。

お楽しみの今回の変わりそば。

Mikanngiri 前回の、「うこん」に懲りず、
またもや、漢方薬系。
なんでも、胃を丈夫にするとか。

ということで「蜜柑(みかん)切り」

ほのかな甘い匂いと、ちょっと、苦みのあるそばになった。

蜜柑の皮を乾燥し、粉にしたもの。
そう、「陳皮(ちんぴ)」と呼ばれるもの。
細かな粉をふるい出して、そばに打ち込んだのだが、
そばの中でふやけたのか、
切れやすくなってしまった。
このそばは、やや太めにした方が良かったかもしれない。

それに、そば湯にも、
ほのかな蜜柑の香りが付いた。

「昔、蜜柑の皮を、風呂に浮かべて入ったなあ。
 その時の匂いと同じだね。」
と、お客さん。

「ヤーコンのきんぴら」は、
シャキシャキした、歯ごたえと、
独特の甘味が好評。
えっ、「ヤーサンのチンピラ」だって、、、。

自家製白菜は、すぐに柔らかくなるので、
肉味噌とあわせて蒸気鍋に。
バーボンで煮た豚肉も、ちょうど売り切れ。
皆さん、ありがとうございました。

ところで、女性のお客さまからリクエストが。
「蜜柑が出来るのなら、
 イチゴのそばができるといいな〜。」

はい、
では次回は「イチゴ切り」ということで決まり。

まさか、、、ねえ。


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2007年12月 1日 (土)

注目の健康野菜。

寒い季節となってきたが、
まだまだ、定休日の畑仕事は忙しい。

夏の栽培の片づけや、
ほうれん草や、小松菜の収穫がある。
白菜も葉を縛り、寒さに当てないようにして、
大きくなったものから収穫。
今年はダイコンの出来が良くなく、
まあ、ちらほら。
ところどころ生えた紅ニンジンも、
抜いてみれば、鉛筆とはいわないが、
マジックインクの軸ほどの太さ。
せめて、葉っぱでも天ぷらにしていただこうか。

ネギもすっかり柔らかくなって、
鴨料理など、店で使っている。
買ってくるものより、
ずっと甘く感じるのは、手前味噌か。

Yaakon1 さて、今回はちょっと大物の収穫。
いったい、これは何なのだ。

何しろ、初めて植えてみたので、
様子がよく分からない。
半月前まで、背丈近くまでぼうぼうと茂っていた葉が、
一度霜に当たったとたん、見事にしおれてしまった。

その、株の周りを、おそるおそる掘ってみると、
出てきたのがこの、芋のようなもの。
手荒に扱うと、
簡単にパキパキと折れてしまう、
手間のかかるもの。

なるほど、こういう野菜なのだ。
これは、最近健康食品としても、話題になっている、
「ヤーコン」というもの。
南米の原産とのこと。

春先に苗を売っていたので、
三つばかり買って、植えておいたのだ。
あとは、ぼうぼうと葉が茂って、
ほったらかしの楽な作物。

話によると、
お腹の調子を整える、
オリゴ糖という甘味の成分が多いそうだ。
刻んで生でかじってみると、
なるほど、かすかな甘味がする。
少し、置いておいておくと、
甘味が増すらしい。

また、
ポリフェノールとかいう、
なんでも、身体に良さそうなものが、
豊富にあるのだそうだ。
なるほど、だから、健康食品として、
注目されているのだね。

だったら、
やっぱりポリフェノールを含む、
そばに打ち込んで、健康そばでも作るか、、、
と思ったら、
もう売られていた。

さて、このヤーコン、
一軒サツマイモのようだけれど、
ふかしたり、焼いたりしては駄目らしい。
生で、サラダにして食べると、
ポリポリという食感で面白い。
きんぴらとか、煮物とか、
これからいろいろやってみよう。

もし、おいしい料理ができれば、
来年は、ヤーコン畑を作ろう。
でもその前に、
畑の冬の準備を、しっかりしなくては。


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