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2007年11月30日 (金)

大きすぎるものは、目に見えない。

昔に聞いた法話の一つ。

あるとき、お釈迦様は、
盲人たちにお尋ねになった。
「お前達は、ゾウを知っているか。」

盲人たちは答えた。
「話には聞いているが、
 私達は目が見えないので、
 それがどんなものか知りません。」

あわれに思ったお釈迦様は、
一頭の大きなゾウを、
盲人たちの前に連れてきた。
そして、おっしゃった。
「さあ、実際に手を触れてみるがいい。」

盲人たちは、手探りで、
ゾウをなで回した。

そのあとで、お釈迦様は、
彼らにお聞きになった。
「ゾウというのは、どういうものものかな。」

「柱のようなものでございます。」
一人の盲人が答えた。
彼は、ゾウの足に触っていたのだ。

「ヒモのようなものです。」
他の盲人が答えた。
彼は、ゾウの尻尾に触っていたのだ。

「柔らかい板のようなものです。」
違う盲人が答えた。
彼は、ゾウの耳に触っていたのだ。

他の盲人も、
ゾウとは、筒のようなものだ、
壁のようなものだと、
いろいろなことをいう。

そのうちに、
「ゾウとは柱のようなものだ。
お前には、分からなかったのか。」
「何いっている。
ゾウとはひものようなものだ。
俺はこの手で確かめたのだから。」
「馬鹿なことをいうな。
ゾウっていうのは、平たい板のようなものだ。」

盲人たちは、口々にそういって、
言い争いを始めたのだ。

お釈迦様はそれを見て、
とても深いため息をついたのであった、、、、、

というような話だったと思う。

私達は、「そば」という大きな世界の前で、
この盲人に等しいのかもしれない。

「そばは●●に限る。」
「そばは××でなければいけない。」
「そばというのは、△△なのだ。」

最近、どうもそういう話を聞かされて、
食傷ぎみ。
もっともっと、
大きな目で「そば」の世界を見て頂けたらなあ、、、
と思うのだ。

かくいう私、
偉そうなことを言っているけれど、
実は、ゾウの鼻毛にぶら下がっているだけなのかもしれない。

「そば」の前では、私達は皆、
盲人なのかもしれない。
そして、盲人にしてしまうぐらい、
魅力的な世界なのかもしれないね。


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