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2007年11月 3日 (土)

この石のある辺りを岩石町と呼ぶ。

落ち葉が街を舞うようになると、
何となくシャンソンの「枯葉」のメロディが、
頭に浮かぶ。

ジュリエット・グレコが歌って、
有名になったこの曲だけれど、
私はジャズで聞くのが好き。

ジャズで「枯葉」といえば、
大御所のマイルス・デイヴィスのものが有名。
音量を抑えた、トランペットの音は、
心にすっとしみ入ってくる。

パパパッパ〜、パパパッパ〜、
ここで舞う枯葉は、
ちょっと感傷的な、
それでいてどこか軽妙な響きがある。
マイルスも、キャノンボール・アダレイも、
もう亡くなってからだいぶ経つけれど、
こうして、いい音だけは残っているのだね。

そうして、800年前の人の話も、
長野の街に残っている。
やはり、人生に無常を感じてしまった人のお話。

「曽我兄弟の仇討ち」といえば、
こういう話が好きだった、
昔の人たちによって、ずっと語り継がれてきたお話。

鎌倉幕府を開いた源頼朝が、富士で狩りをした時に、
それに乗じて、
親の敵を打ち遂げた、若き兄弟がいた。

それが、曽我十朗、五郎だった。
親の仇討ちを成し遂げた彼らは、
その場で殺されてしまう。
あわれ、若き兄弟よ。

敵討ちを生涯の目標としていた彼らには、
家族はなかった。
でも、兄十朗には、恋人がいたのだ。
その恋人こそ、大磯の「虎御前」。

曽我兄弟が死んだとき、
まだ十九才の花盛り。
それでも彼女は、
残りの一生を、
亡き恋人、曽我十朗の菩提を弔うために、
過ごすことに決めるのだ。

虎御前は、善光寺にもやってきて、
庵を結び、何年かを過ごした。
その庵は、同じ志の尼僧によって引き継がれ、
つい最近まであったという。

Toragatuka 表参道から少し入った路地裏に、
ぽつんと一つの石が置かれている。
地元の人以外、ほとんど通ることのない道。
そこに置かれている石が「虎が塚」。
この下には、
曽我十朗と、虎御前の遺品が埋められているそうな。
ええと、
鎌倉時代の話だよ。

恋してしまった男は、
親の敵に、復しゅうの炎を燃やす男。
いつかは、そうなることを知りながら、
運命に逆らえなかった女のさが。
そういう心情に、共感する人たちがあったから、
この話は伝えられ、
そして、この石は、
片づけられもせずに、
長野の街の路地裏に、しっかりと置かれているのだ。

俳句の世界では、
「虎が雨」なんて季語があったっけ。
旧暦の5月28日、
つまり、曽我兄弟が仇討ちをした日に降る雨をさす。
新暦では6月の終わりから7月の初め。
ちょうど雨の多い季節だ。

今は、雨が降っていなくても、
近くの神社の落ち葉が降っているかもしれないなあ、
この石の上に。

まあ、そんな女性がいたことを、
ちょっとは頭にかすめて、
ほんのり、ほんとにほんのり緑色の、
新そばを手繰ろう。

人には、さまざまな人生があるのだなあ。
そばにも、
さまざまな「そば生」があるのかもしれない。

人生の空しさを感じてしまった人、
えっ、まだいるの。

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