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2007年10月30日 (火)

ものの哀れを感じる季節。

さて、昨日は、お客さまから、
大切な、カエデの葉っぱを頂いた。
今日も善光寺表参道を歩いてみると、
街路樹の桂の木が、
黄色く色付き、落葉が始まっていた。

この、落ち葉と共に、この季節は、
何か気分も感傷的になる。
人を、ものゆい、はかない気分にさせられる。

歌人として、漂泊の僧として名高い西行(さいぎょう)も、
当時のエリート武士の肩書きを捨て、
出家したのは、伝えによると、この季節だという。

ええ、西行って、テレビに出てる人?
はい、テレビにはでていないけれど、
教科書には必ず載っている有名な人。
鎌倉時代の少し前、
源平の戦いの最中に生きた人だね。

北面の武士として、将来を期待されていた西行は、
23才の時に、突然出家を宣言する。
四才になる娘が、すがってくるが、
それを縁側から蹴落として、
世を捨てる決心をしたそうだ。

何が、わが子を蹴落としてまで、
西行を出家させたのだろう。
世の無常を感じたと、
物の本には書いてあるけれど、
「無常」って、一体なんなのだろう。

さて、西行は、日本のあちらこちらに、
その足跡を残す。
長野の善光寺にも参りに来た。

長野の中心市街地のまん中に、
「新田町」と呼ばれる交差点がある。
少し前までは、ここが、
長野で一番の人通りのあるところだった。

でも、町中なのになんで「新田町」?
それは、昔はここに川が流れていたからだ。
西行はこの辺りで、こんな句を残したそうだ。

  この奥にさくらの里のあればこそ
         裾花川と人はいふなれ

Sinnden
その場所は、今や、
新しいビルのまぶしい場所になってしまった。
これが無常ってことか。

ちと違うなあ。

何はともあれ、
そんな、ものの哀れを考えながら、
そばを手繰ってみよう。
さすが新そば、
このもちもち感がいいなあ。

そんな、人生のはかなさを感じてしまった人。
あれ、まだまだ、長野にも、
たくさんいるぞ。


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