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2007年10月18日 (木)

三百年前の大工道具って?

Gohouseki 善光寺の本堂の正面の両脇に、
人背の高さぐらいの石が立っている。
これはいったいなんなのだろう。

立て札によると、これは護法塚といって、
この善光寺の本堂が建てられた時、
使った大工道具を埋めたのだそうだ。

さて、どんな道具が埋められているのだろう。
機械の無かった時代の話だ。
柱を削るのも、板に挽くのも、
木を組むためのホゾを彫るにも、
すべて、人の力でやったのだ。

三百年前、
この立派な建物を建てるために、
いったいどんな道具が使われ、
どのような工夫があったのか、
ちょっと気が惹かれる。

さて、その三百年前に、
そばはどのように食べられていたのか。
実は、すでに製粉と製麺に関しては、
かなりの技術があったらしい。
今とほとんど変らない形の麺は、
この時代には作られていたそうだ。

でも、汁が違っている。
なぜなら、この時代、
まだ、醤油が一般に広まっていなかったのだね。

だから、
そばは、ぱらぱらとチーズを振りかけて、
手づかみで食べられていた、、、、
なんて冗談を、今回のメールマガジンに書かせて頂いた。

よろしかったら、こちらをごらんあれ。

その頃食べられていた、味噌垂れの汁を、
当時書かれた本を参考に作ってみた。
そのしょっぱい汁で食べるそばを、
題して「精進味噌垂れ、三百年そば」
ちょうど長野の中心市街地で行われている、
「ながの・コナモン・フェスティバル」にあわせて、
今月、28日まで期間限定で、提供させて頂いている。

実はこの汁、
ちょっと恐い汁だ。
出汁も甘味も使っていないので、
そばの味が、ガツンと口に当たるのだ。
汁の味で、そばを包む訳にはいかない。
しっかりとそばの味を作らないと、
ただ、しょっぱいだけの汁になってしまう。

う〜ん。
むずかしい。
でも、でもこういう食べ方も、
おもしろいなあと、
かなり本気で思っているところだ。
よろしかったら、お試しあれ。


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