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2007年9月30日 (日)

嫌々ながら燗酒の試飲。

さあて、やっと夏の暑さが去って、
涼しくなってきた。
こういう季節には、虫の声でも聞きながら、
燗酒でも飲みたい気分。
残念ながら、店の中では、
虫は鳴いていないが、
しんみりと徳利を傾けるのもいいだろう。

今までは、燗酒用の酒は置いていなかったが、
ご希望が多いので、ご用意させて頂くことにした。
どうせ置くのなら、地元の酒、
長野周辺で造られた日本酒がいい。
そこで、自分で買ってきたり、
酒屋さんにサンプルをお願いするなどして、
数本の日本酒を味見することにした。

お酒に弱い私としては、
非常に辛い仕事。
顔を引きつらせながら、
真剣に味見をしたのだ。
えっ、ニコニコしていただろうって。
そ、そんなことはありません。(キリッ)

純米酒で、
長野地方の酒で、
昇り香があまり強くなく、
600円から700円ぐらいで出せる銘柄。
一本一本、実際に燗をして試してみた。

その酒がいいかどうかを試すのは、
ごく簡単なこと。
ある人に教わった方法だ。
何のことはない、
その酒を一升飲んでみることだそうだ。
一升の最後まで、美味しく飲めるのがいい酒。
一口二口は美味しくとも、
銚子の二三本で止まってしまう酒もある。
どんなに酔っていても、すっと入っていく酒が、
いい酒なのだそうだ。

だから、私も、一升飲んでみることに、、、、。

いえいえ、若い時ならまだしも、
今はそうもいかない。
酒造組合の試飲会にも、何回も行っているので、
だいたい、長野周辺の各酒造の特色は分かっているつもり。
だから、今回も、これにしようという、
心づもりはあったのだ。

ふむふむ、やっぱりこれだなあ。
これにしようかなあ。
と、その本命の酒に、心が傾きかかった時、
「まてまてっ!」と現れた、
無印のダークホース。
あれ、これ、なかなかいいじゃないか。

さて、日を置いて、
再びテイスティング。
今度は、銘柄が分からないようにして、
徳利を並べ選んでみる。
するとやっぱり、あの、ダークホースが、
一番に上がってきた。

純米酒は、冷やしてお飲み下さい、
と書かれていることが多い。
でも、しっかりと造られた酒は、
純米酒だろうが、吟醸酒だろうが、
温めて飲んでも美味しいのだ。

牧水や啄木が飲んでいたのは純米酒。
江戸時代のお侍さんが、キッと飲んでいたのも純米酒。
しっかりと燗をして飲まれていたはずだ。

温めると、冷たい時には気付かない香りが上がってくる。
特に、ヌカ臭くなる酒が多い。
香りを後付けしたような酒は、
「化粧を落とした飲み屋のねえちゃん」風となる。
まあ、好きずきだけれど。
アルコールを加えていない純米酒でも、
燗をしても、
しっかりと味と香りを残している酒を飲みたいなあ。

ということで、予想外の銘柄を置くことになった。
その銘柄とは、、、、。

あっ、時間が来たようで。では。


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2007年9月28日 (金)

グラナダのシェリーは最高!

引き続きお酒の話。

スペイン南部の町、グラナダは、
多くの観光客を引き寄せている。
この町には、世界遺産のアルハンブル宮殿があるからだ。

そんな観光客で賑わう広場から、
ちょっと入ったところに、
なかなか雰囲気のいい酒場があった。
グラナダの人たちで賑わうその店は、
壁はアラブ風のタイル張り、
年気の入った、分厚い板のカウンターの向こうには、
大きなシェリー樽が積み上げられている。
その樽から、よく冷やした、
辛口のシェリーを、グラスに注いでもらうのだ。

スペイン語では、シェリーのことは「へレス」と呼ぶ。
シェリーの造られる町の名前からきているのだ。
もっとも、シェリーという名さえ、
「へレス」の英語読みの発音だとか。

あれあれ、このシェリーという酒、
かなり強いぞ。
普通の白ワインより、
アルコール分が多いのかもしれない。

そう、それもそのはず。
シェリーは、発酵した白ワインに、
ブランディーを加えて、
アルコールを強くしてあるのだ。

ははん、普通のワインで物足りない飲ん兵衛が、
もっと、強い酒を飲ませろ、、、と言うので、
造った酒なんだな。
でも、この独特な香りは、
他のワインには、ないものだぞ。

もともと、スペインの南部のような、
熱いところは、ワインづくりに向かない。
せっかくワインを造っても、
すぐに他の菌が繁殖して、味が変わってしまう。

そこで、ブランディーを加えることで、
そういう菌の繁殖を押さえ、
風味を保とうとしたのだ。

なるほど、ただの飲ん兵衛の発想ではないのだね。

こういうアルコールを加えたものを「強化ワイン」と呼ぶらしい。
ほかには、ポルトガルのポルト、マデイラなどが知られている。
ヨーロッパでは、基本的にワインにアルコールを加えることは禁止されている。
でも、こうして、伝統的なワインだけは、認められているんだ。

ブランディーのアルコールを加えることによって、
酒の香りや味を保てるのだね。

ちょっとまてよ。
米のワインと言われる、日本酒だって、
同じ方法が使えそうだぞ。

そう、米から造った「純米酒」は、
味が変わりやすい性格を持っている。
その原料の米の性質、作り方、貯蔵方法等によっては、
どんどんと、味が変わっていってしまうものもあるのだ。

特に、微妙な味や香りを持つ酒。
これを、いい状態で保ちたい。
そういう時に、ちょっとアルコールを加えることによって、
それが出来るそうだ。

量を増やすためでなく、
品質を安定させるために、
少量のアルコールを加える。

そういう日本酒もあるのだ。
これを「本醸造」と呼んでいる。

あれあれ、また、難しい言葉が出てきたぞ。
切れやすい「十割そば」もいいけれど、
長くつなぐために、少しのつなぎを入れて「二八そば」にしてみる。
まあ、そんな考え方だね。

だから、たとえ醸造用アルコールが使われたとしても、
この「本醸造」という使い方なら、まだ、酒本来の味を保てるはず。
やはりラベルに書いてあるので、日本酒を飲む時はご確認を。

ということで、やっと、「かんだた」で使う日本酒の話ができそうだ。
実はこの秋に使う、お燗用の酒を選ぼうと、、、。
あれっ、また時間切れになってしまった。

まだまだ続く酒の話。


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2007年9月27日 (木)

「米だけで造られた酒」というけれど、、。

引き続き日本酒の話。

今売られている、ほとんどの日本酒は、
米以外の原料から造られた醸造用アルコールによって、
二倍にも三倍にも増量されていることを述べてきた。

でも、日本酒の本来の味とは、
米だけを使って作られた「純米酒」にこそあると、
かねがね私は思っているのだ。

さて、酒を作るための米は、
普通の米とはちょっと違う。
でんぷんの多い方が、いい酒が出来るため、
粒の大きな、でんぷん質の米が使われる。
これが酒造好適米と呼ばれているやつだ。

このお米の周りの部分には、
いろいろな成分が含まれているので、
これを精米して取り除き、
中心部分のでんぷんの多いところだけ取り出す。

その外側を削る割合のことを、
精米歩合と呼び、
70パーセントとか、60パーセントとか、
数字の少ない方が、
より品質の良い酒が、出来ると言われている。

大吟醸と言われる酒などは、
精米歩合が50パーセント以下というものもある。
お米の、半分以上を削ってしまうのだね。

こうして精米されたお米は、
まるで仁丹の粒のような、
丸い乳白色をしている。
こういう米から作られると、
独特の香りの酒が出来上がるのだ。

いい酒を造るためには、そうやって、
お米を磨くのだ。
たくさんの米ぬかが出来てしまうけれど、
これも、お酒のため。
ちょっと、もったいないなあ。

そう、大量に出る米ぬかを、
もったいないと思うのは、酒造メーカーも同じ。
そこで、彼らは、なんとか、
この米ぬかを活かせないかと考えた。
そしてついに、この米ぬかから、
なんと、お酒を造ってしまったのだ。

この「米ぬか糖化」という方法で造られた酒も、
原料はお米だけ。
つまり「純米酒」と同じ訳だ。

こうして大手メーカーは、
この酒を「米だけの酒」などと称し、
「米しか使っていません」等と宣伝して売っている。
もともと、酒造りに邪魔だから削った米ぬかから、
出来た酒。
あまり、質がいいものとはいえない。

こういう酒と、
本来の「純米酒」が一緒にされてはたまらない。
そこで、「純米酒」とラベルに表示するには、
「70パーセント以下の精米歩合で、味の良好なもの」
と定められている。

くれぐれも、
「米だけの〜〜」などという宣伝文句に踊らされず、
ラベルの「純米酒」の文字を確認してみよう。

こうして、醸造用アルコールの入っていない、
米ぬかから造られたものでない、
「純米酒」を飲んで、
お酒の本当の美味しさを知って頂きたいな〜〜〜
と思うわけ。
いえ、あなたをアル中にさせようと言う訳ではないので、
あしからず。

でも、
でも、
まるで、悪者のように書いてしまった「醸造用アルコール」。
じつは、これには、ある働きもあるのだ。
なんだ、今まで、このアルコールの入っていない「純米酒」を飲もうと言っていたのに、話がおかしいぞ。
じつは、、、。
あっ、今回も時間のようで。
まだまだ続く日本酒の話、、、、、。


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2007年9月25日 (火)

脳の重さを感じるには?

今日も前回に続いて、日本酒の話。

さて、酒をこよなく愛した若山牧水と、
同じ時代の歌人に石川啄木がいる。

この人は、肺結核で若くして亡くなるのだが、
さて、やはり酒を飲んだのであろうか。
こんな句が残っている。

今日もまた酒のめるかな!
酒のめば
胸のむかつく癖を知りつつ。

あらあら、この人は、
あまりいい酒を飲まなかったみたいだ。
でも、明治の終わり頃とはいえ、
少なくとも、今のように、
アルコールのたっぷり入れられた、
焼酎もどきの日本酒を飲まされることはなかったはずだ。

すでに述べたように、
現在売られている日本酒のほとんどが、
たっぷりのアルコールで増量された酒なのだ。

そばに例えれば、
一割5分しかそば粉を入れていない、
「そば粉入り細切りうどん」を作って、
「究極の辛口そば」と言って食べさせられているようなもの。

ずっと、そういうものを食べていれば、
これが「そば」だと思ってしまうのは、当たり前なことだろう。

でも、皆さん、ご安心あれ。
世の中には、良心的な酒屋さんがあって、
アルコールを添加していない日本酒が、
ちゃんと売られている。
そう「純米酒」と呼ばれるお酒。

つなぎ粉を一切使わない、
「十割そば」のようなものだ。
これで、本来のそばの味が楽しめるように、
「純米酒」によって、
米から醸し出される、
本来の酒の味に親しむことができる。

ただ、「十割そば」が、
作ったり扱ったりするのが難しいように、
この「純米酒」も、作ったり、
管理したりするのが大変なのだ。
いい「純米酒」を作るには、
酒蔵の高い技術が必要なんだね。

この酒は、いろいろな風味が混じり合い、
ぐっと深みのある味わいとなる。
今まで「純米酒」を飲んだことのない方に、
この酒を飲んで頂くと、
「甘く感じる」とおっしゃる方が、
けっこう多い。
それは、口に含んだ時に来る、
がつんとした、醸造用アルコールの匂いがないからだ。
そのアルコール臭さが、酒の味だと思っている方が、
多いのだよね。

そばの味よりも、
つなぎの小麦粉の味が美味しいと思ってしまうのと同じこと。

でも、「純米酒」を飲み慣れてくると、
その味の膨らみに気付いてくる。
ただ、酔うための酒ではなく、
一口一口、噛み締めるように、
そう、まさにお米を噛むようにして飲めるのが、
この純米酒なのだ。

ほら、先ほどの啄木にも、こんな歌がある。

しっとりと
酒のかをりにひたりたる
脳の重みを感じて帰る。

酒を飲むと、脳が軽くなってしまう人もいるけれど、
脳の重さを感じる人もいるんだね。
その酒は、当時と同じ造りの酒、
やっぱり「純米酒」だろう。

さて、数年前にこの純米酒が注目されはじめた時、
大手酒造メーカーも黙っていられなくなった。
そして、あることを始めたんだね。
ええっ、これでも「純米酒」なの!

あっ、書くところが無くなってしまった。
日本酒の話は、まだまだ続くのだ。


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2007年9月24日 (月)

牧水の飲んでいた酒は。

数日前のブログに、若山牧水のことを書いた。
この人は、明治18年に生まれ、
昭和3年に43才で亡くなっている。

大変な酒好きで、一日一升以上の酒を空けていたらしい。

一杯を思いきりかねし酒ゆゑに けふも朝より酔ひ暮したり

なんて、朝から飲んでいたのだね。
それで肝臓が悪くなってしまったのだ。
ちょっとうらやましい、、、、、
なんて、言おうものなら、
誰かに、にらみ付けられそうだ。

さて、牧水が指す酒とは、もちろん日本酒のこと。
当時は、酒と言えば、それ以外あまりなかったのだね。

さて、その牧水が飲んだ酒は、
どんな酒だったのだろうか。
味までは分からないが、
いわゆる「純米酒」であったことに間違いはない。
つまり、米から造られた酒のこと。

ええっ、日本酒が米から造られるのは、
当たり前じゃないか、、、
と言われそうだ。
でも、今の時代に流通しているほとんどの日本酒は、
米以外のものから造られたアルコールを、
大量に混ぜられているのだ。

日本酒の瓶をとって、
ラベルの原材料のところを見てみよう。
ほら、「米、米麹、醸造用アルコール」って、
書かれているでしょう。
一番最後に書かれているけれど、
実はこのアルコール、
米から造られた酒の、何倍もの量が加えられているのだ。

いつ頃から、こんな酒が出回るようになったのだろう。

太平洋戦争末期、日本は深刻な米不足に陥った。
米がない、ということは、酒が造れない。
酒がなければ、大衆にうっぷんが溜まり、
暴動でも起こりかねない。
そこで当時の政府は、急きょの策として、
日本酒に、サトウキビ等から造られたアルコールを入れることを認めたのだ。

おかげで、「酒よこせ一揆」も起こることなく、
戦後の食料難の時代を乗り切ることが出来た。
さて、米が充分に採れるようになったのに、
そのアルコール添加は無くならなかった。

だって、酒造会社は、その方が儲かるのだもの。
ちょっとの米から造った酒に、
大量のアルコールを混ぜ、
砂糖と化学調味料を入れて、味をごまかす。

こんな「戦後レジーム」が、
日本酒の世界では未だに続いているのだ。

かくして、日本酒の本当の味が知らない人が、
世の中に溢れてしまった。
日本酒なんて、甘いだけの、
オヤジの飲み物、みたいなイメージが出来てしまった。

慌てたメーカーは、
大量のコマーシャル代を払って、
「辛口こそ、本当の日本酒」みたいなイメージを押し付けてきた。
それが、功を奏して、
うん、やっぱり辛口だよね、
等と簡単に洗脳されてしまった私達一般市民。

何のことはない。
糖分の添加をやめ、
酒の味を炭素ろ過で抜き去り、
アルコール臭くしただけのこと。
私達は、日本酒と呼ばれながら、
実際は、焼酎を飲んでいただけなのだ。

今でも、売られているほとんどの日本酒が、
この、焼酎もどき。
だから、本来の、日本酒の味を知らない人が多くなってしまった。

本来の日本酒は、牧水が
朝から飲みたくなるほど、
美味しいものなのだ。

美味しい蕎麦には、
やはり、本来の日本酒を。

その本来の日本酒とは、、、
えっ、もう時間なの。
私に酒を語らせるとつい熱くなる。
この話、まだまだ続くぞう。


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2007年9月21日 (金)

久しぶりの風景

いやあ、久しぶりに屋根が見えた。
ずっと、白いシートで囲まれていたので、
それを外されると、
なにか、新しいものを見るような、新鮮な気がする。

Sanmon 善光寺の三門は、
五年にわたり、修理を続けてきた。
それがまもなく終わろうとしている。

この門は、1750年に建てられた、
国の重要文化財。
この門が作られた年に、
おぎゃあと生まれた赤ん坊は、今年で満257才になっているはず、、、。

以前の屋根は、大正時代に修理された、
ヒノキの皮を敷き詰めた「檜皮葺(ひわだぶき)」だったが、
今回は、造られた当時の姿を再現して、
「栩葺(とちぶき)」という屋根になったそうだ。
何でも、サワラの板を重ねて屋根にしたのだ。

だから、前とは、ちょっと印象が違うのだね、

この三門のシンボルと言うべき、
「鳩字の額」も、ちゃんとかけられている。

Hatojigaku この額は、江戸時代末期の1830年から、
ここにかけられているらしい。

ここには五羽の鳩が隠れていると言われている。
皆さん、お分かりだろうか。
画像を大きくして、御覧あれ。

もう、その主人公であるハト除けの金網が張られているのが、ご愛嬌ではあるけれど。
また、善光寺の「善」の字が、牛の顔に似ているとも云われている。
そう、「牛に引かれて善光寺」の言い伝えを受けているのだ。

古い建物も、こうして、きめの細かい修復作業を加えることによって、
また、ずっと、後世まで、残していくことが出来るのだ。

皆さんも、自分の身体、
ちゃんと、メンテナンスしておられるだろうか。

自然の野菜と、
心のこもった手打ちそばで、
メンテナンスを。
200年生きることは、保証できませんが。

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2007年9月19日 (水)

不敬の輩。

いつの頃からか、信心深い方々が増えたと見えて、
ご位牌を持ち歩く方々が多くなった。
そして、ことあるごとに、
そのご位牌をとりだして、
拝まれている姿を多く見かける。

先日も、権堂から小布施までの電車に乗ろうとしたら、
ホームで電車を待っている人たちが、
一斉にこのご位牌を拝まれていた。
中には、耳に当てながら、
ご念仏を唱えている方もいらっしゃる。

私はまったく、異教徒のような気持ちで、
ホームの隅で、小さくなっていた。
まるで、スペインの片田舎で、
場違いなミサに巻き込まれてしまった時のように、
いたたまれなさを感じながら。

信心深い方々は、
そばを食べる時も、ご位牌を手にしている。
道を歩きながら、拝んでいる方もいらっしゃる。
器用な方は、自転車を乗りながら、、、
おっとと、あぶないなあ。

昔はご位牌といえば、
真っ黒なものと決まっていたのに、
今では色も鮮やか。
ピカピカとひかりを発している。

このご位牌で音楽を聴くことも出来るらしい。
私のような不信心者が作ったそばを写すための、
カメラまで付いているという。
ええっ、最近は買い物までしてくれるの。

もっとも、それに見合った喜捨を強いられるらしい。
その喜捨のために、
暮らしを切り詰めておられる方もいらっしゃるとか。
うう〜ん、信仰の道は厳しい。

とりあえず、私は信心がないもので、
このご位牌は持ち歩いていない。
そば打ちには、関係のないことだし、
長時間店の中にいるのだから。

だから私は他の人から、
不敬の輩(やから)、、、
じゃない、不携の輩と呼ばれている。


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2007年9月18日 (火)

酒は静かに飲むべかりけり。

さて、今月のメールマガジン、
「かんだたかんだそばかんだ、そば屋の楽しみ方」
では、お酒のことについて書かせてもらった。
そば屋では、江戸の昔から、
質のいい酒を売り物にしていたのだね。

江戸時代の終わり頃、
普通の盛りソバが16文だった。
種物の天ぷらそばは倍の32文。
さて、そこで出された酒はいくらしたのか、、
という話はこちらで。

 白玉の歯にしみとほる秋の夜の
       酒は静かに飲むべかりけり

若山牧水は、旅と酒を愛した歌人。
四十代半ばにして亡くなるが、
原因は肝硬変だと云われている。

あれあれ、酒を飲み過ぎのだろうか。

でも、牧水の主治医は、
酒を辞めさせなかった。
もう、当時の医学では、
直せないことを知っていたのだね。
牧水は、死ぬ間際まで、
水指しを使ってわずかな酒を飲み、
最後まで歌人として、生涯を閉じたのだ。

酒を飲む時には、
居酒屋などで、賑やかにするのもいい。
カラオケスナックのような盛り上がりもいい。

でも、そば屋の酒は、
やっぱり、静かに飲むべきだろう。

内省的に、
哲学的に、
時には短歌や俳句などを思い浮かべながら。

一人酒が似合うのも、そば屋の特徴。
なーんにも考えていなくとも、
どこか絵になる飲み方ができる。

この杯を、一気に飲むべきか、
ちびちびとやるべきか。
でも、酒飲みって、やっぱり、
この牧水の歌のようなものなのかもしれない。

 人の世にたのしみ多し然れども
     酒なしにしてなにのたのしみ

こういう、お酒が本当に好きな方、
最近は少なくなったような気がしている。


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2007年9月15日 (土)

まだまだ暑い日が続いている。

残暑なお昭和のクーラー意気高し  かんだた

今日も暑い一日。
日中の気温は30度を越えている。
「かんだた」のクーラーは、
何しろ古いので、こんなに暑くなると、
よく効かなくなるのだ。

そんなもので、上の句をひねって、句会に出したけれど、
あまり反応はなかった。
今どき,昭和の時代のクーラーを使っているところなど、
ないものね。
だから、やっぱり、昭和の中頃の扇風機を出して、
空気を掻き回しているところ。

そばを食べるには、
あまりクーラーががんがんと効いてもいけないだろう。
でも、あまり効かないのもねえ。
なんとか涼しくなって欲しいもの。
そんなことを言っているうちに、
あと一月もすれば、今度はストーブをださなければならないのだ。

今年の夏の暑さの異常さは、
手もとに送られてくる、電気代の請求書で知ることが出来る。
今までにない金額。
その数字を見ていると、背中の方から涼しく、、、
いや、寒くなってきた。
ハックション!


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2007年9月13日 (木)

営業時間の変更

あれ、
世の中には、
ずいぶん無責任な方がいらっしゃるようだ。

何も言えなくて、
口あんぐり、、、、、。

まだ、
口あんぐり、、、、、。

あいた口が塞がらず、
ただ、
口あんぐり、、、、、。

でも、皆さん、
あんぐりしていて、
アゴがはずれたら、どこへ行くか知っていますか。

普通は、やっぱり、整形外科だろうな、
まず行くのは。
ところが、歯医者さんでも、
直してくれるところもあるらしい。

知り合いの歯医者さんの話では、
歯医者になる時に、
一応、外れたアゴを直す訓練をするそうだ。
だって、患者さんに、
大きな口を開けさせる仕事だものね。
アゴが外れることもあるらしい。
だから、歯医者さんは、
外れたアゴを直せることになっているらしい。

ということで、
安心して、
口あんぐり。

まあ、真面目な方だったのでしょう。
夏休みもろくにとらずに、
仕事をされていたようだ。
人間、やっぱり、
遊んだり、息抜きすることも大切なのだね。

私も気を付けなければ、、、、
というと、お前は遊び過ぎだと怒られそうだ。

すこしは、懸命なところを示さなければ。
そこで、今日から、
ご要望の強かった夜の通常営業を始めた。
営業時間は次の通り変更。

昼 11:30〜14:30
夜 17:30〜20:00(日、祝日は夜の営業はありません)

今度からは、予約なしでご利用できます。
夜も気楽にお越し下さい。
そばを食べて、息抜きをしましょうね。

それにしても、
重要な立場の人が、、、、。

口あんぐり、、、、、。


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2007年9月11日 (火)

そば通跨ぎとは言わせない。

やっと、暑さも和らいできて、
朝夕は、だいぶ涼しくなってきた。
戸隠辺りでは、そばの花が満開になっているそうだ。

さて、夏も終わって、これから新そばが出るまで、
そば打ちにとって、辛い季節。
何しろ、夏を越えたそばは、
猫跨ぎならぬ、そば通跨ぎと呼ばれるくらいだから。
風味が落ち、嫌な匂いが付き、
繋がりにくくなるからだ、、、、。

などというのは、まだ、テレビが白黒だった、
かなり昔の話。
今は、そばの保存もよくなり、
夏を過ぎても、いつもと変らぬ味のそば粉が、
ちゃんと粉屋さんから届くのだ。

粉屋さんの倉庫には、
ある一定の温度で、そばが保存されている。
低すぎてもいけない、高すぎてもいけない。
つまり、そばが眠ってもいけないし、
動き始めてもいけない。
ちょうど、うつらうつらしている程度の温度がいいらしい。
むしろ、大切なのは、湿度の管理で、
定期的に、そばの湿度を測っているそうだ。

こうして保存されたそばは、
さまざまな複雑な工程をへて、石臼で挽かれ、
何度もふるいにかけられて、
私の元へと運ばれてくる。

今の製粉技術はすすんでいて、
そばの、かなり細かい部分まで、
挽き分けることが出来る。
その、挽き分けた粉を、どのように配合するかで、
そばの味が変わってくる。
私の店の好みを伝え、
少しずつ調整しながら、店独自の配合が出来上がっていくのだ。

この季節でも、しっかりと安定したそばが打てるのは、
こうした、粉屋さんの努力のたまもの。
時々、簡易顕微鏡で、挽き具合を確認しているけれど、
いつも、きれいにそろった粉が届く。
少しは、夏新が混じっているようで、
ところどころに、緑っぽい粉を見つけたりする。

さあ、今年の新そばはどうかなと思いつつ、
今の時期の、「ひねそば」も捨てがたいぞ、
なんて思うこのごろ。
ちょうど「ひやおろし」の出回る時期、
夏の終わりのそばも、いいかもしれない。


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2007年9月 9日 (日)

そば粉は「ガンコ」者。

世の中には、「ガンコ」と呼ばれる人もいるようだ。

「俺はこういうやり方でやってきたのだ。
 だから、俺のやり方は、絶対変えない!」
なんて言って、
理屈で説得でもしようものなら、
弾き飛ばされそうな人のことだ。
どうやら、私もある人からは、
「ガンコ」と呼ばれているみたいだが。

「ガンコ」というと、眉間に皺を寄せて、
自分の信念を貫く人のことを指すらしいが、
一説によると、
単なる、時代の変化に対応できない人種のことでもあるらしい。
歳とともに「ガンコ」になるというのは、
そういうことかもしれない。

Sobagaki 「そば粉」というのも、
そうとうな「ガンコ」者だ。
ソバガキやそば豆腐を作るために、
水で溶かそうとしても、
おいそれと、簡単に溶けてくれない。

いきなり水を注ごうものなら、
「俺はそば粉だ。水なんかに溶かされてたまるかってんだ。」
そういって腕組みをして、固まってしまう。
一度固まってしまうと、いくら暖めようが、
掻き回そうが、溶けることはない。
かくてイボイボのヒキガエルのようなソバガキが出来上がってしまう。

だから、そば粉を溶く時には、
しっかりと根回しをしておくことが大切。
少しずつ水を注ぎながら、
「ご機嫌いかがですか」
なんて、声をかけながら溶いていくといい。
そのうちに信頼関係が出来ると、
滑らかに溶けてくれる。

とかく嫌われたりする「ガンコ」者だけれど、
もっと、もっと、そういう人が増えるといいのではないか。
値段が安いから、便利だから、と、
ほいほいと簡単に、流行の水に溶かされていくよりも、
「ちょっと待てよ。」とか、
「他人はどうであれ、俺はこのやり方。」
みたいな人たちがいると、
世の中もっと変っていく、、、
いや、変らないか。

でも、
皆さんもっと「ガンコ」になりましょう。
そして、自分が「ガンコ」になった分だけ、
他人の「ガンコ」も認めてあげましょう。
そうすれば、もっと気楽に生きられるかもしれない。

そして、「ガンコ」にそばを食べましょう、、、、。


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2007年9月 6日 (木)

人間じゃない、、、、。

若い頃、スイスは、北壁で有名なアイガーの麓の町、
グリンデルワルトの山小屋に、一週間滞在した。
もちろん、スキーをやるため。
その、山小屋には、
ヨーロッパ各地からきた若者たちで溢れていたが、
中でも多かったのがドイツ人。
陽気な彼らと一緒に過ごすのは、言葉こそ通じないとはいえ、
なかなか楽しかった。

でも、問題は、夜眠る時。
一部屋十人ぐらいで、頑丈な二段ベットに寝るのだが、
いつも、部屋の窓が開いている。
開き戸の一部を止めて、
半分位開くようになっているのだ。
もちろん、真冬で、夜ともなれば屋外は、
氷点下十度ぐらいになっている。
そんな、冷たい冷気が、いつも部屋の中に、
吹き込んでくるのだ。

私が開いている窓を閉めると、
また、誰かが、いつの間にか開けている。
それとなく、聞いてみると、
ドイツ人たちは、窓を開けて寝る習慣があるという。
でも、真冬の山の中だよ。

かくして、夜は部屋の暖房は切られ、
窓からは凍るような冷たい風が吹き込み、
私は、スキー用のダウンジャケットと、
頼りない毛布にくるまって、眠ったのだ。
こいつら、人間じゃない、、、、と思いながら。

フランスは、グルノーブルの近くのスキー場に滞在した時のこと。
なんとゲレンデの横に、屋外プールがある。
湯気が上がっているので、てっきり、
温水のプールかと思って、泳ぎにいった。
とんでもない。
水は恐ろしく冷たいのだ。
気温がもっと低いので、
気化した水分が、湯気のように見えただけ。

でも、裸で外にいるよりも、水の中の方が、
それでも温かいので、我慢して水につかる。
頭をあげて泳ぐと、髪の毛が凍りそうな気がする。
がたがた震えながら、そうそうに引き上げる。
そんなプールの中で、
悠々と泳いでいるフランス人たちを見て、
こいつら、人間じゃない、、、、と思いながら。

今の栄養学は、
このヨーロッパで生まれたといわれる。
彼らの中から、膨大なサンプルをとりながら、
どんなものが人間の身体に必要かということを、
探り当ててきたのだ。

だから、日本人の栄養も、
欧米人に比べて、どうのこうのと比較されたりする。
でもね、私達の身体は、果たして彼らと同じだろうか。
長く野菜や魚を主として食べてきた私達が、
彼らと同じような、栄養を取る必要があるのだろうか。

太古から人間は、
自分の身の回りで手の入るものを食べ、
生き抜いてきた。
それぞれの地域や、気候によって、
独特の食べ物が、人間を支えてきた。
本来は、それを補う意味での栄養の知識があれば、
それで十分なはずだ。

○○が足りないから、とか
××を取らなければ、とか、
ではなく、
まず、身近にある食材を、
美味しくいただくことが大切なのじゃないかな。

そう、次の一言。
もう、お分かりでしょう。

私達日本人が、いくら、肉やミルクを取ったって、
なかなか、真冬に窓を開けて眠ったり、
雪の中で泳げるようにはならないのだ。

季節の、微妙な風の暖かさ、
涼しさを感じることのできる、
繊細な心と身体を作るため、
身近な食材、
「そば」を食べよう。

って、やっぱり、このオチだった。



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2007年9月 4日 (火)

じゃがクジラが好評だった。

本日は恒例の「十割そばの夕べ」。
皆さん、ご来店ありがとうございます。

いつも決まった方々で満員となってしまうこの会だけれど、
今回は、新しい方々も見えてうれしい限り。

で、今回の変わりそばは、、、。

Moroheiya


でした。

クジラの皮が、スーパーで売っていたので、
昔、九州にいた頃を思い出して、
クジラのジャガイモ煮なんぞを作ってみた。
この、独特の匂いが、
どうなのかなと思ったら、
意外と好評。
また作ってみようかな、、、。

皆さん、ありがとうございました。

ええ、何のそばかって。
まあ、画像にポインターを当ててご想像を。

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2007年9月 1日 (土)

そば汁は三勺?

「そば汁は三勺で充分」
なんて言う人がいるそうな。
三勺と言えば、約55ミリリットル。
一合の三分の一弱。
酒だったら、
ほんの一口で終わってしまう、、、、
いえ、人にもよるけれど。

だから、そば汁を、
ほんの少ししか、付けてくれないそば屋も多い。
そば屋にとって、そば汁は原価の高いもの。
少なく済めばそれにこしたことはない。

そんな、ケチなそば屋のことだから、
「そばは汁に尻尾だけ付けて喰え!」
なんて言い出すのだろうか。
中には、「そば汁のおかわり○○円」などと、
堂々と張り出している店もある。

いろいろなそば屋に食べにいっても、
汁が足りないと思うことは、たまにある。
また、汁がたくさん余って、
そば湯の方をおかわりしたくなることもある。
(何事も残すのが嫌いな性分)

まあ、そば屋の方針なのだろうなあ。
「かんだた」では、
汁はけっこう多めに出しているつもりだけれど、
時々、おかわりの声がかかる。
汁を気に入って頂いたのなら、
それはそれで、いいことだと思う。

でも、そばっ喰いではなく、
汁っ喰いの方も、たまにいらっしゃる。
そりゃあ、それも、そばの食べ方だろう。

汁の量は、そば屋が、
どのようにそばを食べてもらいたいかによって、
変ってくるのだろう。
作るのに手間のかかる、原価の高い汁を、
決して、けちって少なくしている訳でもあるまい。
きっと、そうではないと思う。
まあ、少しはあるかもしれない、、、。

だから、「かんだた」では、
お客さまの顔を見てから、
「エイ、ヤァー」と気合いを入れて、
徳利に汁を注ぐのだ。
足らなくないように、、、
余らぬように、、、
とね。


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