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2007年7月31日 (火)

新しい看板

ある電話。
「やあ、カズ。元気かい。」
「やあ、トム。久しぶりだね。」
「ところで、今からそばを食べに行きたいのだけれど。」
「もちろん、いいさ。で、今どこにいるんだい。」
「映画の打ち合わせで、まだ、ロスにいるんだ。
 これから、俺のジェット機で飛んで行くけれど。」
「OK、でもねトム。うちの店には、飛行場がないんだ。」
「ええ、店の前に飛行場がないの。
 困ったな、他から回ってる時間がないんだ。
 そうか、それじゃまたの機会にするよ。」
「うん、悪いね。」

声の主は、もちろん、俳優のトム・クルーズ、、、。

なんて、夢を見た。

そうか、いけない。
トムみたいな大金持ちに、
そんな気を起こさせては。
これははっきりと明示しておくべきだ。

Kanbanということで、店への路地の入り口の看板を作り替えた。

うちの店は、専用の飛行場どころか、
専用の駐車場もない。
豪華クルーザーが泊められる桟橋もない。
牧場で飼っているメダル付きの馬に乗ってこられても、
預かる馬小屋もない。

ということで、こんな、文面になってしまった。

あっ、俺は入れないや、、、という方もいらっしゃいますが。

本当は、天ぷらがないことだけを伝えたかっただけ。
店にはいってがっかりされたら、かわいそうだからね。

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2007年7月28日 (土)

そば屋の箸

一茶の句に、こんなものがある。

そば屋には 箸の山有 雲のみね
(そばやには はしの やまあり くものみね)

ははあ、そば屋の店先に、
箸が山のように盛って、干してあるのだね。
雲のみねとは、もくもくとそびえる、
入道雲のこと。
これが季語となって、夏の俳句となっている。

つまり、箸の山に、入道雲を乗っけてみたのだね。
そんなに、たくさんの箸を干していたのだ。

ちょっと待てよ。
箸を干しているって、どういうわけだろうか。

実は、一茶が活躍した200年前には、
割り箸は、まだ普及していなかった。
食べ物屋の多くは、
竹で作られた丸箸を、洗って使っていたそうだ。

だから、そば屋の前に、箸を洗って干してあったのだ。
その箸の量は、
「うちは、こんなにお客さまが入りましたよ。」
という、証にもなる。
だから、そば屋では、
店先に干す箸の高さを競ったわけだ。

それも、ただ、バラバラと積み上げるのではない。
護摩木のように、きちっと、きれいに積み上げるわけだ。
なるほど、そういうことを知って、
この一茶の句が、生きてくるんだなあ。

ちなみに、同じ一茶に、こんな句が。

陽炎やそば屋が前の箸の山
(かげろうや そばやがまえの はしのやま)

これは「陽炎」という季語があるから、春の句。

そうか、「かんだた」でも、店の前に箸を干そうか。
でも、どう見ても、山にはなりそうもないから、
やっぱり、止めといた方がよさそうだ。

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2007年7月26日 (木)

もうじき土用の丑の日だけれど

こんなジョークがある。

あるところに、大酒飲みがいた。
あんまり酒を飲むので、
心配した友人が、一冊の本を、彼に渡した。
その本は、酒の害について、とくとくと述べられたものだった。

その本を読んだ大酒飲みは、
驚いてしまった。
そして、強いショックを受けた。
そして、決めたのだ。
そう、もう二度と、

もう二度と、

本というものを読むまいと。

ウナギは私の好物だった。
ウナギ屋があれば足を運び、
店で売られている蒲焼きも、まあ、たまには買うこともあった。

でも、数年前、
ある雑誌の記事を読んでしまった。
そこには、国内で消費されるウナギの大多数を占める、
中国産のウナギの、養殖の実情が書かれてあった。
スーパーで売られる蒲焼きが、
どのように加工されるのかが、克明に記されていた。

私は驚いてしまった。
まさにショックを受けたのだ。
そう、だから、それ以来、
私は止めたのだ。

雑誌を読むことを、、、、、ではない、
スーパーの蒲焼きを買うことを。

えっ、どんなことが書いてあったかって。
それを書くと、
もう二度と、ブログを読まない、、、
などと言う方がいるかもしれないので、やめておこう。

私達が、
安くて、便利で、形の良い食べ物をだけを求める限り、
ミートホープのような事件は無くならないことだろうなあ。

せめて、作り手の見える、
「手打ちそば屋」でそばを手繰ろう。
って、やっぱり、ここに落ち着くんだね。


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2007年7月24日 (火)

きらず玉は作りたくない。

昨日まで、蒸し暑いじめじめした日が続いてたけれど、
今日はからっと晴れ渡ったようで。
なにしろ、薄暗い蔵の中に一日中いるので、
外の様子が分からない。

でも、店の湿度計の変化を見ても、今日は、
さわやかな暑さと窺える。
えっ、関西で梅雨明けだって。

さて、高い温度と湿度のこの季節、
そば打ちには、辛い季節だ。
暑さもそうだが、そば粉に加える水の量が、
微妙に変化する。

Mizumawasi_1特に湿気の多い日は、いつもより加える水が少なくなる。
また、水回しの時間も短くなるようだ。

これは暑くなったせいなのか、
夏を迎えたそば粉が、いよいよ古くなったせいか良く分からない。
でも、同じそば粉に加える水の量は、手がかぢかんで冷たかった冬に比べて、一割以上も少なくなる。

人間がへたばりたくなるこの暑さ。
でも、そばは、へたばらせてはいけない。
そう思って、大汗をかきながら、そばを打つのだ。

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2007年7月21日 (土)

人体の不思議

じつは、そばを食べるということは、
大変複雑な動作なのかもしれない。

だいたい、箸を指先で動かすことだって、
かなり複雑なことだ。
指の細かい筋肉が、微妙に動き合い、
この繊細な動作を作り出している。

そばをつかみ、上に手繰り上げて、
さらに、しっぽからそば汁の中に入れ、
適当な頃合いで口に運ぶ。

その間、手首からひじまでの筋肉が働き、
さらに、上の腕の筋肉、さらに、肩や、胸の筋肉も、
わずかながら、働いているに違いない。

そばを口に入れてからは、
それを奥に押し込む、舌や喉の筋肉が、
それこそ、絶妙なタイミングで働いているに違いない。

個々の筋肉に、いちいち指図することなく、
我々は、ごく普通に、そばをいただいているわけだ、、、。

なんか、不思議だなあ。

あっ、すみません。
長野の美術館で行われている「人体の不思議展」を見てきました。
たくさんの筋肉標本を見たものだから、
つい、そばを食べるのにも、
どこの筋肉が動いているのか、、、、
なんて、考えされられている次第。

人間には、あんなにたくさんの筋肉があって、
それが複雑に動いて、いろいろなことが出来るわけだ。
いちいち、一つ一つの筋肉に、命令を出すわけではないのだね。

でも、筋肉は、今までにない組み合わせの動きは苦手。
だから、そばを食べるにしても、
そばを打つにしても、
最初はぎこちないのだね。

それが、何度もやっているうちに、
スムーズに動くようになるのだ。

複雑な人体。
きっと、脳みその動きもそうなのだろうなあ。
今までにない、考えや感情は苦手。
でも、それを繰り返していくと、それがスムーズになってくる。

きっと、政治家とお金の関係は、
私がそばを食べるよりも、もっと、
脳の中で、スムーズに処理されているに違いない、
と、私の脳は動いたりして。

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2007年7月19日 (木)

300年前のそばの味は?

善光寺は、今年、本堂が建てられてから、
300年の節目の年を迎えている。
それに合わせて、さまざまな行事が行われている。

先日行われた、表参道を中心とした祇園祭もその一環だ。
何年かぶりに、山車屋台が出て、大いに賑わった。

さて、善光寺本堂が建てられたのは、
300年前の1707年。
その頃のそばは、どのようにして食べられていたのだろうか、、
なんてことに興味がある。

ここ長野では、
そばは、昔から、ダイコンの絞り汁に、
焼き味噌を入れて食べていたらしい。
また、みそ汁の中に入れて食べる、
「おとうじ」という食べ方もあったようだ。

さて、食文化の先端地、
江戸でのそば事情はいかがだったのだろう。

そばの汁には、やはり、大根と味噌が多く使われたようだ。
また、「垂れ味噌」というのも使われた。
これは、味噌を水で溶いて煮詰め、
袋に入れて垂れた汁を使ったもの。
さらに酒、カツオと合わせて煮て、
コクをだしたりもしたようだ。

この汁を、昔の本を頼りに、
何度か作ってみた。
汁は、、、、、かなりしょっぱい。
うん、そばはしっぽだけ汁に付けて喰うべしという、
昔の人の話もうなずける。

でも、その方が、そばの味も引き立つ気がする。

その頃のそばは、まだほとんどが「生粉打ち」だったようだ。
つまり、十割。
粉の具合はどうなのだろうか。
今でいう、粗挽きだったのだろうか、、、。

などなどと、300年前のそばの味を探して楽しんでいる。
まだ、まだ、一人で楽しんでいる段階だけれども、、、。

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2007年7月17日 (火)

地震の心配事

いやあ、びっくりしましたね。
今回の地震の話です。

長野は震度5弱だったとか。
そんなに揺れたのだろうか。

私はちょうどそばを伸していたところ。
なにやら、足の下から、
突き上げるような感触があったと思ったら、
ゆさゆさゆさ〜という感じで、揺れはじめた。

たいしたことないだろうと思っていたが、
どうも体がふらふらする。
調理場の方へ出てみたら、
釣り下げてあるお玉が、大きく揺れていた。

やがて収まったけれど、
何か軽い船酔いをしたような気分。
さっさと、そばを打ち上げて、
表に出てみたが、周りも、みんな異常はないようだった。

私は、二階の振り子時計が心配だったけれど、
見たら、しっかりと動いていた。
この振り子を止めるほどには揺れなかったようだ。

きっと、揺れの様子から、震源は遠いが、
かなり大きな地震だと思ったら、
新潟は、柏崎が大きな被害を受けたとか。

柏崎と云えば、、、、
「越の誉」が、、、、。

Kosinohomare ここは、新潟でもけっこう大きな酒屋。
一度見学に行ったことがある。
古い蔵の中で、昔ながらの造りかなと思えば、
けっこう、近代的な設備を取り入れている。

特に流水を使った屋外所蔵タンクなどは、
なかなかの工夫だった。

あの、蔵は、あの酒は、大丈夫だろうか。

3年前の中越地震の時も、かの酒蔵が打撃を受けて、やきもきさせられた。
能登の地震では、あの酒が、作られなくなってしまった。

酒屋さんから聞いた情報では、
この「越の誉」の蔵は、大打撃を受けたらしい。
倉庫に積んであった酒ビンは、皆、崩れて割れ、
吟醸酒を作っていた、古い工場が倒れたらしい。
せっかくの、美味しい酒を作っていた蔵。
ぜひ、立ち直ってほしい。

って、被害にあって、苦しんでいる人がいるのに、
酒の心配をしているんだからね。
我ながら、あきれるね。

心配して、電話を下さった皆様がた、
ありがとうございました。
こんな風に、酒の心配をしているほど、
元気でやっております。

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2007年7月15日 (日)

「ガブリエル」という名の、、、、。

キリスト教の話では、
ある時、マリアの元に、
神の使いである大天使「ガブリエル」が現れて、
神の子を宿したことを伝える。
多くの絵の題材となった「受胎告知」だね。

さて、この「ガブリエル」が、
野菜の新品種として登場したそうだ。

さて、なんの野菜でしょうか。

えっ、分からない。

次の中からお選び下さい、、、、、
等と、やっている時間がない。

実はこれ、長野県の農協が売り出した、
新しいカラーピーマンの名前。
なんで「ガブリエル」なの。

なんでも、そのまま生で、
「ガブリ」と食べられるからだって。
なんだ、天使の名前とは、関係がないじゃないか。

でも、何となく、興味をそそられる名前だ。
ピーマンを生で「ガブリ」とできるなんて、
ちょっと試したくなる。

名前って、大切なのだね。
付けた名前一つで、興味を持たれるか、
そっぽを向かれるか、別れてしまうのだ。

先日もお客様に云われてしまった。
「かんだた」の夏のメニューは恐そうな名前ばかり。
だって「水ぜめ」に「針の山」でしょう。

「おれは、こんな恐いものより、『極楽』がいいなあ。」

確かにそのとおり。
小さく「幸せを呼ぶ」と書き加えておきますね。

ピーマンの「ガブリエル」に興味のある方は
JA長野県のページへ

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2007年7月12日 (木)

加熱すれば、安全という訳でもない。

毎年、この暑い季節の始まりに行われる、
飲食の組合の衛生講習会。
保健所の人が来て、一時間余りの話を聞かされる。
食品関係の営業者は、年に一度の、
この講習を受けなければいけないことに、なっているらしい。

こういう話を聞いていると、つい眠くなるのが習慣。
事実、ぐっすりと寝ている方がちらほら。
別に試験をするわけではないので、気楽なものだ。

でも、今は、役所の管理指導よりも、
営業者の自己責任が問われる時代。
事実、別に法律違反をしたわけではないが、
マスコミに取り上げられて大騒ぎになった会社もあるじゃないか。
まあ、たまには、このような講習会に出て、
そんな、緊張感を感じるのもいいことだ。

長野市では、昨年、
ワラビのお浸しで食中毒が発生している。

ええ、ワラビのお浸しで。
だって、あれは、アク出しをする時に、
たっぷりと熱湯をかけるでしょう。
どうして、食中毒がおこるの?

講師の話によると、原因は「セレウス菌」。
土の中に当たり前に居る菌なのだ。
たいていの菌は、ある程度以上の温度で死滅する。
ところがどっこい、この「セレウス菌」というのは、
熱湯をかけたぐらいでは、死なないのだ。

最初の水洗いが不十分だったから、
この菌が残っていて、
アク出しをしている間に増殖してしまったのだって。

「手打ちそば屋 かんだた」でも、
季節には、ワラビをお出ししている。
気を付けなければ。

加熱すれば、すべて食中毒を防げるとも限らないようだ。

たとえば、人間の皮膚に多い「黄色ブドウ球菌」などは、
繁殖すると、ある毒素(エンテロトキシン)を作る。
加熱すれば、菌は死ぬが、その毒素は残り、
食中毒の原因をつくるそうだ。

とにかく基本は、
常に整頓、清掃、洗浄。
そう、分かっているのだが、、、
と泣きが入るところが、
危ない。

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2007年7月10日 (火)

タヌキとキツネと「むじな」

善光寺に向かい、参道を歩いていくと、
仁王門の手前、右側の宿坊の前に、
かわいらしいお地蔵様が立っている。
その横に、ちょこんと座った、
これまた、ちょっとかわいいタヌキ、、
ではない、むじなの像がある。

これは、善光寺本堂の左手にある、
経蔵わきの「むじな灯籠」の話にまつわるものだ。

善光寺は、人間ばかりでなく、
広く動物の世界にも信仰が広がっていたのだそうだ。
あるとき、下総に住む一匹のむじなが、人間の姿に化けて、
善光寺に灯籠を奉納した。
奉納が終わったむじなは、ついやれやれと、
宿泊先の宿坊で風呂に入った時に、正体を見破られ、
逃げていってしまった。

その灯籠は、夜になると化け物に見えるから、
誰かが刀で斬りつけた跡があるそうだ。
そんな話も伝わる善光寺。
訪れのときには、そんな灯籠にもご注目を。

さて、長野は小諸辺りでは、
昔は「むじなそば」というのが食べられていたらしい。
ダイコンを千切りにして味噌汁に煮立て、
その中にそば粉を入れて掻き混ぜたという。
ダイコン入りのそばがきのようなもの。

同じようなものを、長野の北部では「はやそば」と呼んでいる。
「むじなそば」のほうが、何となく愛嬌を感じられる。

でも、東京の立ち食いそば屋さんで「むじなそば」といえば、
あの、例の奴。
「たぬき」と「きつね」の具をあわせたもの。
こっちは、あまり愛嬌は感じないけれどね。


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2007年7月 9日 (月)

一枚目より難しい二枚目

今日も、だいぶ蒸し暑い一日であったようだ。
私は、エアコンの効いた店内にいるのでよく分からないが、
来られるお客さまの顔が、「暑い、暑い。」と、
いっておられる。

こういう時は、冷たいそば茶がよく出る。
濃いめに入れたダッタンそば茶を冷やしたもの。
これがなかなか好評。
もちろん、無料。

こういう時には、ほとんど「せいろ」しかでない。
そして、二枚重ねを頼まれる方も多い。

さて、「手打ちそば屋 かんだた」では、
よっぽど混み合っている時以外は、
二枚重ねは、一枚づつ、別釜で茹でている。

つまり、一度に茹でたそばを、二枚にして出すのではなく、
一枚、一枚と順番に、別に茹でて、盛ってお出ししている。

理想としては、一枚目が食べ終わった頃に、
二枚目が出るようにしたい。
でも、これがなかなか難しい。

お客さまによって、食べる早さが違うのだ。
さっ、さっと食べてしまわれる方には、
ちょっと、間が空いてしまうこともある。

ゆっくり食べる方だと、二枚目を持っていっても、
まだ一枚目が半分残っているということもある。

知っているお客さまなら、その早さを合わせられるが、
初めての方では、わからない。
先日も、女性の方で、三十分ぐらいかけて、
そばを二枚召し上がっていかれた方がいたけれど、
伸びてしまっていないか、こちらの方がハラハラする。

中には、二枚そろわないと、食べ始めないお客さまもいる。
せいろを重ねて、一気に召し上がるのが好きなのだそうだ。

う〜ん、二枚目を出すタイミング。
これは、難しい問題だ。

といいながら、
けっこう適当に茹でてお出ししていますが。

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2007年7月 8日 (日)

「自家製キュウリの針の山」

Pepino_1さてさて、やっと、「かんだた農園」のキュウリの収穫が始まった。
見て下さい、このキュウリ。
どこか、体型的に親近感がわくでしょう。

ええ、そう感じるのは、私だけなの?

これは、長野地方で栽培されていた「善光寺キュウリ」という品種。
今では、栽培するところも少なくなり、地元のスーパーでも、お目にかかることはめったにない。

香りが高く、浅漬けに適した品種なのだそうだ。
でも、やっぱり、一般向けには、この形のせいで、あまり受けないみたいなのだ。
野菜でも何でも、今は、きっちりと規格が決められているからね。

Harinoyamaそんな、普通に売られていない、無農薬のキュウリをつかった、夏のメニューが登場。
ずんぐりむっくりのキュウリでしか、味わえない感触。
そばの、ちらし寿司風の、あっさりとした酢の味付け。

でも、「かんだた」は地獄の住人だから、
やっぱり、こういう名前になってしまうんだね。

そば好きに人には、怒られそうなメニューです。
すみません。

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2007年7月 6日 (金)

Tレックスの食事風景

ものの本によると、
世界広しといえども、
食器を手で持ち上げて食べる民族は、
ごく少ないのだそうだ。

そう、我々はあたり前に思っている、
お茶碗のご飯や、
みそ汁のお椀を手で持って食べるのは、
実は世界的に見ても、
珍しい習慣らしい。

そうなのだろうか。

手に持ち易い焼き物が、
早くから普及したせいかもしれない。
また、器を手にもっていれば、
揺れる船の中でも食事が出来る。
だから、日本人にこういう習慣が伝わっているのは、
もともと、海の民であった証拠だ、、、
、、という主張する人もいる。

温かい丼のそばを召し上がったお客さまが、
スプーンが欲しいとおっしゃった。
ちょうどいいスプーンがないので、
レンゲを差し上げた。
聞いてみると、韓国から来られた方だという。
お隣、韓国では、スプーンを使うので、
食器を持ち上げないで食べるのが礼儀なのだそうだ。
そう、お隣の国でも、
そういう食べ方をするのだ。

先日もある定食屋で、
お茶碗を持たずに、
ご飯を召し上がっている方を、目撃した。
もう、四十代ぐらいの方だったが。

そばを食べる時にも、
そば猪口を手に持たないで召し上がる方も、
けっこう多い。
それもやっぱり、四、五十代の方が多いのだ。

なるほど、食べ方も、国際的な影響を受けているのかと、
喜ぶべきなのか。
日本人の伝統が失われていると、
嘆くべきなのか。

でも、そば猪口を持たずにそばを食べている姿って、
背中丸めて、
なんとなく、我が家の猫がエサを食べているような、、、。
せっかくのまっすぐなそばが、
曲がってお腹に入っていくような、、、。

いえ、そんなことは言ってはいけない。
手が不自由で、そうして食べざるを得ない方も、
中にはいらっしゃるのだ。

猫になって食べようが、
犬になろうが、オオアリクイになろうが、
テラノザウルスになろうが、
それは、お客さまのご自由。
でも、やっぱり、人間らしく、
美しく食べて頂きたいなあ。
できれば、日本人としてね。

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2007年7月 3日 (火)

「荒挽き」の可能性。

さて、今日は7月3日、
何の日でしょう?

何と、サーフィンの日だそうだ。
単純な話。
7(な)と3(み)を合わせたからだって。

今日は「手打ちそば屋 かんだた」の
「十割蕎麦の夕べ」の日。
危うく忘れかけた、常連の方がいらっしゃいました。
でも、気付いて頂いてよかった。
皆さん、ご来店、ありがとうございます。

Perifollo 今回の変わり蕎麦は「パセリ切り」。
薄い緑のそばが、涼しげ。
味はそんなにしないけれど、あとで、
独特の苦みが口に残る感じ。

こういう繊維のある材料は、そばそのものを打つのは楽。
でも、パセリを細かく刻むのが大変だった。

さて、十割そばの方も、今回は「荒挽き」の粉を使ってみた。
この会に来られるのは、ご常連の方だけなので、
ぶつぶつに切れることを覚悟して、あえて細打ちをしてみた。

でも、ちゃんと麺線になっている。
ちょっと、食感は悪くなるけれど、後に残る、
「荒挽き」特有の香り。
う〜ん。
私はまだ、勉強不足だった。

「荒挽き」は、ぶつぶつに切れているイメージが強いけれど、
配合の仕方によっては、生粉打ちでも、
きちんとした細打ちができるのだね。
ちょっと、この線を、工夫してみよう。

ということで、毎度のことながら、
店主の自己満足で終わっている「十割そばの夕べ」。

まだまだ、来月も、その次もあるからね。

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2007年7月 1日 (日)

夏の冷やかけメニュー。

Berenjenaあらあら、裸にされちゃって。
裸にしたのは私だけれども。

さて、やっと「かんだた農園」のナスが収穫となった。
焼きナスにすると、う〜ん、甘い。
営業的には、油で素揚げして皮をむいた方が、色がきれいに仕上がる。
でも、私は、焼いた方が好きだな。甘味が引き立つ気がする。

さて、ということで、明日から、夏のメニュー、
自家製無農薬のナスを使った「焼きナスの水ぜめ」が、
始まり、はじまり〜。

自家製のそば苗もつきますよ。

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