« ぶつ切りの「海老切り」。 | トップページ | そば屋でも、灰がでたはずだけれども。 »

2007年6月 6日 (水)

身近なことにも「発見」がある。

さあ、山ではワラビの採れる季節となったらしい。

私もワラビ採りにでも行きたいが、
さて、どこにワラビが生えているものか、
よくわからない。

こんな山菜を、昔の人は、
よく見分けて食べるようにしたものだ。
だいいち、そのまま茹でたって、
あくっぽくて食べられない。
それが、灰を入れて一晩置けば、
ちゃんと、あくが抜けて、美味しくいただけるのだ。

Warabi誰がいったい、考え付いたのだろうか。

灰を使ってあく抜きが出来ることを発見した人は、
きっと、飛び上がって喜んだに違いない。

風呂に入っている時に、浮力と質量の関係に気付き、
「ヘウレーカ(我、発見せり)」と叫びながら、
裸で町の中を走り回ったアルキメデスのように。

おかげで、ワラビは、気軽に楽しめる山菜となったのだ。

どの世界でも、人々の細かい発見の積み重ねがあって、
進化をしていくのだ。
料理の世界、そばの世界なんか、
まさにそういうことの繰り返し。

先人に学び、
日々、自分なりに新しい発見が出来れば、
人生も楽しいのだろうな。

アルキメデスのように、裸で走りたくなるような発見。
たかが、ワラビを食べながら、
そんなことを考えたりしている。

|

« ぶつ切りの「海老切り」。 | トップページ | そば屋でも、灰がでたはずだけれども。 »

コメント

「自分なりに新しい発見が出来れば……」というのは、本当にそのとおりだと思います。後世の人も感心するような発見を、となったらハードルが高すぎますから。「自分なりに」という言葉、とってもいいですね。

投稿: 所沢太郎 | 2007年6月 7日 (木) 00時07分

所沢太郎 さん、こんにちは。
「発見」というと大げさですが、「気付き」のようなものでしょうね。
たとえ、どんなに小さなことであっても、人から教えられたりするのでなく、自分で「気付く」ほうが楽しいと思います。
そうありたいのですが。

投稿: かんだた | 2007年6月 7日 (木) 07時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ぶつ切りの「海老切り」。 | トップページ | そば屋でも、灰がでたはずだけれども。 »