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2007年6月29日 (金)

「そば相撲」の本当の勝負は?

江戸時代の中頃、あるところで、
「そば相撲」というのが行われたそうだ。

おお、そばが力比べをするのか、と思ったら、
そばの食べ比べのことらしい。

さて、この時の参加した御両人。
普段からそばの大食いで名を上げていた。
大勢の見物人の見守る中、
二人の前に運ばれてきたのは、
大きな重箱に入れられた小山のようなそば。

それを二人とも、楽々と平らげてしまう。
さらに、お代わりを食べ続けるので、
見物人の方が仰天し、
もうこれ以上のそばは止めた方がいいと、
行司が入り、「そばの相撲」は引き分けになったという。

なんだ、引き分けか。
でも、どのくらいの量を食べたのだろう。

ところが、一人の方は、腹が一杯だといいながら、
後から差し出されたそら豆ご飯を、二杯平らげてしまった。

それを見ていた見物人、
そら豆ご飯を二杯食べたのだから、こちらが勝ちだ、
いや、これは「そば」の勝負だから、あくまで引き分けだと、
大いに議論に湧いたそうだ。

まあ、そばの後に、いくら珍しいからといって、
そら豆のご飯を食べるのだから、たいしたお腹だ、
と、人々に恐れられたそうだ。

へえ、こういう食べ比べが、江戸時代にも行われていたのだね。
そういえば落語の「そば清(そば羽織)」の清兵衛さんも食べ比べをしたっけ。

でも、この「そば相撲」、
後日談がある。

さて、そばを平らげた後そら豆ご飯をいただいた御仁、
1、2年して内臓を痛め、長く患い、とうとう亡くなってしまった。
もう一方は、長生きして、そばを楽しんだそうである。

いくらそば好きの方でも、
食べる量はほどほどがよろしいようで。


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2007年6月28日 (木)

「足打ちそば」

さて、先日ロケの現場を見に歩いた、
大林宣彦監督の映画「転校生 さよならあなた」の中で、
そばを足で捏ねるシーンがある。

これは、そば屋の娘に乗り移った男の子が、
うどんしか作ったことがなかったからだ。
そのつもりで、そばの生地を、足で踏んだのだ。

映画の中では大騒ぎとなるが、、、。
でも、どうして、
そばは、足踏みをしないのだろうか。

これは、「そば」と「うどん」の、
捏ねる目的が違うからだ、、、とか言われている。
「うどん」はグルテンというものが、
網の目状になるように、
しっかりと練らなければいけないそうだ。

昔、うどんを作った時に、
手で捏ねていたら、だんだん粘りが強くなって、
捏ねるのが辛くなった。
大量に作る時などは、生地の上にのって、
自分の体重で踏んで、捏ねたくなるのは、
ごく自然な感情だ。

一方、そばの場合は、そんなに弾力がない。
力はいるが、手で押せば、ぐっとへこんでしまうのだ。
足で踏めば、踏むごとに、足裏が底に当たるに違いない。

まあ、そんなことから、そばはあえて、
足で踏んでまでも捏ねる必要はないのだろうなあ。

足で練った「足打ちそば」。
、、、なんか、箸が止まってしまう気がするけれど。

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2007年6月25日 (月)

ロケ地めぐりは歴史の町めぐり。

さて、長野市を舞台にした大林宣彦監督の映画、
「転校生 さよならあなた」が劇場公開された。

その公開にあわせて、
この映画のロケをされた場所を、
巡ってみようという企画があり、
お手伝いをさせて頂いた。

いや、そのロケ地の場所がすごい。
地元の人も知らぬ、路地裏の細い道。
車の入れぬその場所に、大勢の撮影スタッフが、
押し合いへし合いしながら映画を撮ったのだと想像すると、
なんだか、面白くなってくる。

映画の中では一瞬のシーンでも、
それを撮るためには、
その何百倍もの時間を使ったのに違いない。

もっとも、この映画は、
ちょっと現実離れしたファンタジーだから、
あんまり、リアリティのある観光名所などが、
使われなかったのもうなづける。

そんな路地裏は、長野の町にとっても、
古い歴史を刻む場所でもあるようだ。

百年前から続く映画館の裏の壁。
鎌倉時代の伝説にまつわる庵のあった場所。
明治時代に、ある個人が切り開いた崖の階段。
このロケ終了後に、廃業してしまった銭湯。
江戸時代に敷かれた、参道の敷石。

30人余りの参加者の方々と一緒に歩いたのは、
映画のロケ地めぐりを口実にした、
長野の町の歴史散歩の彩りがする。
大林監督は、よく、そんな場所を選んだなと、
改めて感心。

こういう町で、私も、
「そば屋」という商売をさせていただいているのだなあ。
と、身の引き締まる思いがする。

このロケ地を巡る
「善光寺門前 映画の町めぐり」は7月8日にも行われる。

詳しくは歴史の町長野を紡ぐ会のホームページを御覧下さい。 

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2007年6月24日 (日)

みんな同じでは楽しくない。

世の中は、いろいろな人が居るから、
楽しくもあり、難しくもある。
でも、人が皆、同じ顔をして、
同じ考え方をしていたら、
そういう世界の方が恐いだろうなあ。

そば屋だって、いろいろなそば屋があるから、
食べ歩きが出来て、楽しいのかもしれない。
どこへ行っても、同じそば屋しかなかったら、
腹はいっぱいになるかもしれないけれど、
面白くないだろうなあ。

Nabo ダイコンだって、いろいろなダイコンがあるから、
楽しいのかもしれない。
これが、みんな同じ格好をしていたら、、、、。

「かんだた農園」産のダイコンは、
実にユニークなダイコンが多い。
一つ一つに名前を付けたくなってしまう。
「はじらい」とか「大の字」とか。

いくら無農薬とはいえ、
これって、単なる「へたくそ」ということ。

も、もちろん、「正直」、「素直」という名の、
真っすぐなダイコンもあるけれど。

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2007年6月22日 (金)

心臓を強くしたい人。

やれやれ、またですか。
肉の偽装事件。
こんどは、牛肉と偽って、豚肉を使っていたとか。
意識的にごまかしていたらしい。

なにしろ、テレビのニュースに写った、
社長のインタビュー。
質問にノラリクラリとかわしていたら、
身内のほうから、
「社長、本当のことを言って下さい。」だって。

みんな、いけないことだって、
分かっていたんだね。
あの、社長以外は。

でも、気になったのは、
牛を豚に置き換えたことだけじゃない。
なんと、使った肉の部分だ。
豚の心臓の肉を混ぜると、牛肉とそっくりになるそうだ。
ふ〜ん、心臓の肉ねえ。
だから、あの社長、
心臓がつよそうだったんだね。

どのみち、たとえ、牛肉だったとしても、
そんな、心臓や内臓の肉が使われたりしているのだ。
コロッケやハンバーグなどの加工品は、
いったい何が使われているか分からないね。

今、そういう企業の姿勢が強く問われているのだ。

そば屋だって、同じだよ。
「○○産、蕎麦粉使用」「自家製粉そば粉」
「本格手打ち蕎麦」なんて看板掲げて、
「えへへ、じつは、、、」なんてことのないように、
きちんとしなくては。
背伸びをせず、正直に伝えていく姿勢が、
一番大切なのだろうなあ。


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2007年6月21日 (木)

そばの「バウムクーヘン」?

バウムクーヘンとはドイツ生まれのお菓子。

まん中にドーナツ状の穴があり、
その回りに年輪のような同心円の模様が浮き出たケーキ。
ドイツの言葉で「木のお菓子」という意味らしい。

これを作るのは、専用のオーブンを使う。
回転する心棒と、下から生地を焼き上げるバーナーがついている。
これで、少しずつ生地を重ねながら焼き、
あの独特の模様をつけるのだそうだ。

Maki そばを伸した時にできるのが、
この渦巻き模様。

これを「バウムクーヘンのように作る」と、
解説しているそば打ちの本もある。

厳密には、そばを延ばして出来る模様は、渦巻きであって、
バウムクーヘンのような、同心円ではない。
でも、「蚊取り線香のように作る」と書けば、
かなり太いそばができてしまう。
「時計のゼンマイのように作る」と書けば、
今どきの人に「ゼンマイ」てなんだ、と聞かれそう。

イメージとしてはやっぱり「バウムクーヘン」なのだろうか。

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2007年6月18日 (月)

地球の温暖化に「そば」

南米はボリビアという国に、リフトがあるスキー場としては、
世界最高峰のスキー場があるという。
なんと、標高は一番高いところで、
5,300メートルもあるのだ。

滑った人の話では、すぐに息が切れて、
苦しくなって、しまうそうだ。
すごいなあ、この標高は。
もっとも、この国、首都のラパスでも、
標高は3,600メートル。
高山病を覚悟で行かなければならない国だ。

スキー好きの私としては、
いつかは滑りに行きたいと思っていた。
ところが、それが怪しくなってしまった。
そう、往復の旅費が高くて、、、
ではない、
なんと、雪が消えてしまったのだ。

この高い山に、小さいながら氷河があり、
その上に降る雪が、一キロ近くのゲレンデになっていた。
その氷河が、ここ数年で、急激に溶けてきてしまったのだ。
去年は、なんと200メートルぐらいになってしまった。
これでは、スキーどころではない。

そう、地球の温暖化は、
確実に進んでいるのだ。

ヨーロッパアルプスでも、多くの氷河が後退している。
このまま行けば、今世紀終わりには、
アルプスの氷河は無くなってしまうだろうといわれている。

南極やグリーンランドの氷も、
溶けるスピードが増してきているという。
この急速な温暖化は、
どんな気候変化をもたらしてくるのだろうか。

そう、地球温暖化は、もう、
待ったなしの状態で進んでいるのだ。

そのために、みんな自動車を捨てて、
歩くか自転車に乗ることにしよう。
クーラーを消して、テレビも消して、
そうパソコンも明かりも消して、
夜はロウソクで過ごそう。
石油製品を使った、衣類、家具、道具は
絶対に使わないようにしよう。

なんて急に云われたって、、、、
、、、、できないよ。

そう、築き上げられた生活習慣は、
簡単には変えられないものなのだ。
ならば、せめて、「そば」を食べよう。
そばは、栽培や保管、運送などに使われるエネルギーが、
ごく少ない食べ物なのだ。

膨大なエネルギーを消費する牛肉などに比べれば、
それはほんの僅かなもの。
つまり、ハンバーガーを食べるよりも、
保管や運送にエネルギーを使うコンビニ弁当よりも、
「そば」を食べれば、
少なくとも全体的な「二酸化炭素」の排出量は少なくなるのだ。

って、強引に「そば」に話を持っていっている。
でもね、
遠くから運ばれてくる食べ物を食べるよりも、
自分の周りで穫れる食べ物を食べていたほうが、
使われるエネルギーが少なくなるのは当然なこと。

食べ物一つからでも、
地球温暖化を防ぐ工夫が出来ると思っているのだが。

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2007年6月16日 (土)

ものぐさの畑だけれども。

さて、梅雨に入ったと思ったら、とてもいい天気。
先日までの雨もように比べて、
皮肉なものだ。

今年はけっこう雨も多く、畑の野菜も順調に育っている。
五月の低温がやや気になったが、それでもここのところの陽気で持ち直している。

Nasu  これは一週間前のナスの画像。
 今ではもう、花をつけるようになった。
 もっとも、このくらいの時の花は、
 ナスでもキュウリでも、摘み取ってしまう。
 実をならすよりも、今は、株を大きくすることのほうが大切だからだ。

さて、去年は好評だった畑のナスを使った「水ぜめ」。
今年も、このナスが出来次第はじめる予定。

形は悪いけれど、無農薬で作った自家製のナス。
一度、この味をしめてしまうと、とても、買ってきて使おうという気にならないのだ。

Pepino こちらはキュウリ。
「善光寺きゅうり」という品種で、普通のキュウリに比べて、ちょっとずんぐりむっくり。
作っている私に似た体型。

ネットを張り、充分に育ってくれるのを待つばかり。
採れたてのキュウリは、独特の香りがして、
うまいんだなあ、これが。
今年は、このキュウリを使った、
「あっと、おどろく」メニューを計画中。

野菜の生長とともにご期待あれ。

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2007年6月14日 (木)

そば屋の匂い。

ある年配のお客さまからいわれた。

「昔は、そば屋に入ると、
 出しの香りが、むっとするぐらいしたものだけれど、
 今は、そういう店は無くなってしまったなあ。」

はい、確かにその通り。
ウナギ屋はウナギの、焼き鳥屋は焼き鳥の匂いがしたように、
そば屋は、出しの匂いがぷんぷんしたものだ。

その匂いが、また、食欲をそそったものだ。

でも、今は確かに匂いのしない店が多い。
店では、出しをとっていないんじゃない、、、
なんていわれそうだ。

Kannkiその一つのの原因がこれ。
たまにはこうして分解して掃除をする。

今はいろいろとうるさくなって、
厨房は客席と、ある程度仕切られる造りになっている。
そして、強力な換気扇の設置が義務付けられているのだ。

調理中の煙や匂いは、あっという間に、この換気扇にすい込まれてしまう。
昔のように、湯気や煙でもうもうとした調理場というのは、
今は、まず少なくなった。
そして、調理場の匂いが客席に流れるということも少なくなったんだね。

でも、調理の匂いは、ものを食べる上で、大切な要素なのかもしれない。
今、「手打ちそば屋 かんだた」では、
客席に空気清浄器を使っているけれど、
「出しの匂い発生器」なんてものを置くようにしようか。


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2007年6月12日 (火)

大人の味のビールって、どんな味?

そばにあうビールとして好評だった、
アサヒ「富士山」が製造取り止めになって、
はや数か月。

結局、その跡を継いだのはこれ。
アサヒ「熟撰(じゅくせん)」

Jukusen 飲食店にしか卸さない、
プレミアムビールとのこと。

まあ、メーカーのいう
「大人の味ビール」とか、
「ビールの深い満足感を味わえる」とか、
なんとかいうことはさておき、
問題はそばの味を邪魔しないかということだ。

いくつかのビールを、「いやいや」試したけれど、
濃いめの味の割に、口当たりが柔らかいので、
この「熟撰」を使うことにした。

ビール好きな人には、「ビールの味がする」とのことで
けっこう好評。
確かに「富士山」は淡白だったかもしれない。

いま、各ビールメーカーは、銘柄を絞っているので、
店で扱えるビールは、かなり限られてしまう。
これからも、時々は、
「いやいや」ビールの味見をすることにしよう。

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2007年6月11日 (月)

「正直そば」と「嘘つきそば」

落語に「井戸の茶碗」というのがある。
これは、なかなか、いい噺だ。

正直者のくず屋、清兵衛が、裏長屋で、
ある浪人から、仏像を預かるところから噺が始まる。
その仏像を買い求めた若侍が、
その仏像を洗うと、中から五十両もの金が出てくる。
「俺は仏像を買ったが、中の五十両は買った覚えがない。」
といって、清兵衛に五十両を突き返す。

清兵衛が、その金を持って、裏長屋の浪人の所へ行くと、
「俺は仏像を売ったのだ。それは買った者のものだ。」
と受け取らない。

どちらも一度言い出したら引かない、
武士の意地の張り合い。
そこで、間に入った清兵衛さんは大弱りをする。

、、、というような噺だ。

馬鹿がつくほど正直者の、
登場人物の出てくる話。
いいねえ、こういうのは。

さて、江戸時代中頃、
江戸は芝宇田川町に、
「正直屋」というそば屋があったそうだ。

蕎麦粉だけで、正直に作ったそばという名目。
「正直そば」と呼ばれて、
大変に流行ったそうだ。

なるほど、名前というのは大切なことなのだね。

でも、
今の時代に「正直そば」なんて売り出したら、
どうなのだろうか。
かえって怪しまれるだけだろうなあ。
それだけ、正直が無くなったのか。

いや、世の中、正直があたり前になって、
今さらなにさ、ということかもしれない。
ならば、いっそのこと
「嘘つきそば」のほうが、
注目を集めるかもしれない。
う〜ん。
考えておこう。

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2007年6月10日 (日)

善光寺で映画「転校生」の上映会。

ここのところ、長野は雨ばかり。
それも、しとしと降る雨ならいいけれど、
雷とともに、コレでもかの勢いで降ってくる。
それで、少し小雨になったかな、、、と思うと、
また降り出したりして。
まるで気まぐれな女、、、、じゃない、
わがままな猫の目のような天気なのだ。

一昨日もそうだった。
夕方店を出た時には小雨だったのに、
善光寺に向かう表参道を登り始めると猛烈な雨。
ああ、この雨で、きっと今日は中止だろうなと思いつつも、
善光寺の三門まで行くと、三門は通行止め。
東側に回って、スタッフに聞くと、
一応やるつもりですとのこと。
善光寺の本堂の前に入ると、もう、二百人ぐらいの人が居る。
まったく、この雨なのに。

ええ、何の話かって。
この日、善光寺の本堂の前で、
大林宣彦監督の映画、「転校生 さよならあなた」が、
劇場公開を前に、公開されるのだ。
これは大林監督の代表作「転校生」のリメイク版。
今回は舞台は長野周辺となる。

昨年の秋にかけて、善光寺周辺などで、ロケが行われた。
その、長野で作った映画を、まず善光寺の仏様に見て頂こうという企画。
まさに、仏様が見やすいように、工事中の三門に張られたスクリーンは、
本堂の正面に向けられている。

やがて、雨が収まった頃、大林監督と主演の蓮佛美沙子の舞台挨拶が始まった。
観衆は500人ぐらいに増えていた。
大林監督も言っていたけれど、この映画、多くの長野の有志の人たちの協力で出来上がったのだね。

映画の中の長野の町並みは、また、変った感じがする。
映画ってものは、上手に撮るものだと、改めて感心した。
「手打ちそば屋 かんだた」のすぐ近くのアーケード通りが出てくるし、
男の子の家は、そこをちょっと入ったところ。
女の子の家は、参道にあるそば屋なのだ。

映画の途中から、また雨が降り始めたけれど、
カッパを着て、つい見入ってしまった。
これは、十代の若者を対象にした映画。
おじさんはつべこべ言わないことにしよう。

国宝の善光寺の本堂の前での映画会。
何が良かったって、あの場所で映画を見られたことだ。
歴史的な建物に囲まれて、見る映画というのも、
すごく印象深いものだ。
ここまでこぎ着けたスタッフの皆さんの努力をねぎらいたい。

雨は降っていたけれど、
映画を見始めてからは、まったく苦にはならなかった。
むしろ、その分、人が少なくて良かったのかもしれない。

こういう企画が、これからも、
たくさんあるとうれしいのだが。

映画「転校生 さよならあなた」はこちらを。
6月23日から劇場公開。

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2007年6月 7日 (木)

そば屋でも、灰がでたはずだけれども。

さて、ワラビは灰を使ってアク抜きをする。
昔は、煮炊きするのに薪を使ったから、
灰が身近にあったのだね。

「手打ちそば屋 かんだた」のお客様に、
冬の暖房に薪ストーブを使っていらっしゃる方がいる。
その、薪を作るのが大変だそうだが、
なにより、炎の見える温かさが捨てがたいのだそうだ。

そこから出る灰をいただいて、
猫の額ほどの「かんだた農園」に撒いている。
この灰は、とてもいい肥料になる。
特に、芋や豆には、よく効く。
おかげで、今年も美味しい枝豆が出来るかな。

さて、灰を使った有名な話。

時は、徳川家康が江戸に幕府を開くころ。
ある酒蔵で働いていた若者が、
親方から大目玉をくらった。
きっと、仕事の態度がよくなかったのだね。
よくある話だ。

ところで、当時の酒といえば、
どろりと濁った、「どぶろく」みたいなものだった。
みんな、そんな白っぽい酒が、
当たり前だと思っていたんだ。

さて、くだんの若者、
怒られたことが、よっぽど腹に据えかねたらしい。
蔵中の酒樽に、かまどの灰をぶちまけて出て行ってしまった。

あぜんとした親方。
大事な酒に、灰を入れるなんて。
これじゃ、せっかく作った酒が飲めなくなる。
そう思って、酒樽を覗いてみると、
なんと、白く濁っていた酒が、透明に澄んでいるではないか。

これが、まさに「清酒」の発見の瞬間。

こうして、灰を入れた樽から採った上澄みは、
澄んだ酒として、当時の人々に珍重されたという話だ。
以来、日本酒は「清酒」と呼ばれるようのなったのだね。

この話、かなり眉唾物だけれども、
酒飲みとしては面白い話だ。

さて、昔のそば屋だって、
かまどでは、たくさんの薪を使い、
そばを茹でていたのだ。
だから、そばだって、
きっと灰を使ったエピソードがあるに違いない。

ほら、たとえば、、、

ええと、

う〜ん、

でもね、


ということで、思い付かないな。
すみません。

今では、自然の木や草を燃やした灰が、
手に入りにくくなってしまった。

スーパーでも、ワラビの横に、
アク抜き用の灰が置いてあったりする。
今では、そういう自然のものを、
燃やす場所さえなくなっているのだね。

自然の灰は、廃棄物ではなく、
ちゃんとした使い道があるのだ。

でも、そうでない灰は、、、、、
ちょっと、恐いかも。

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2007年6月 6日 (水)

身近なことにも「発見」がある。

さあ、山ではワラビの採れる季節となったらしい。

私もワラビ採りにでも行きたいが、
さて、どこにワラビが生えているものか、
よくわからない。

こんな山菜を、昔の人は、
よく見分けて食べるようにしたものだ。
だいいち、そのまま茹でたって、
あくっぽくて食べられない。
それが、灰を入れて一晩置けば、
ちゃんと、あくが抜けて、美味しくいただけるのだ。

Warabi誰がいったい、考え付いたのだろうか。

灰を使ってあく抜きが出来ることを発見した人は、
きっと、飛び上がって喜んだに違いない。

風呂に入っている時に、浮力と質量の関係に気付き、
「ヘウレーカ(我、発見せり)」と叫びながら、
裸で町の中を走り回ったアルキメデスのように。

おかげで、ワラビは、気軽に楽しめる山菜となったのだ。

どの世界でも、人々の細かい発見の積み重ねがあって、
進化をしていくのだ。
料理の世界、そばの世界なんか、
まさにそういうことの繰り返し。

先人に学び、
日々、自分なりに新しい発見が出来れば、
人生も楽しいのだろうな。

アルキメデスのように、裸で走りたくなるような発見。
たかが、ワラビを食べながら、
そんなことを考えたりしている。

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2007年6月 5日 (火)

ぶつ切りの「海老切り」。

本日は定例の「十割蕎麦の夕べ」。
皆さん、御参加ありがとうございます。

今回は、初夏の風物詩ともいえる「桜えび」を使ったそば。
といっても、生の「桜えび」の届かない長野の人には、
「ええ、どうして桜えびが初夏の風物詩なの。」
なんて言われそう。

「桜えび」の穫れる駿河湾一帯に、この時期に行くと、
砂浜が、桜えびの赤で埋め尽くされそうなくらい、
とは、ちょっとオーバーだが、
至る所で、桜えびを干している光景につきあたるのだ。

ということで、干した桜えびを、さらにからからに焼いて、
細かい粉にして、いつもの更級に打ち込んでみた。

Ebikiri うん、色はきれいな桜色。
でも、
でも、、、

そばは、ぶつ切りになってしまった。

粉にした「桜えび」をふるう網が、
ちと、大きすぎた。
それと、調子に乗って、
いつものような細切りにしてしまった。

こういう繋がらない粉を使う時には、それなりの注意が必要だった。
皆さん、すみません。

来月も、これに懲りずに、
また、なにを作るか考えます。

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2007年6月 3日 (日)

「花粉」だけれども「かふん」ではない。

前回の「さなご」というのは、
ソバを挽いた時に、最後の残るものだが、
最初に出て来る粉がある。
これを「はなこ」というらしい。

漢字で書くと「端粉」、
または「花粉」。

ソバのでんぷんの部分で、ソバの味がないので、
打ち粉として使われる。
私は「花粉」というから、
いい名だなと思っていたのに、
「端」ということで、
使い物にならない半端な粉だったのだね。

でも、そばを打つには必要なもの。
延ばした生地を、簡易顕微鏡で覗くと、
この打ち粉が、細かい粒となって表面に張り付いている。

そばの生地は、しっかりと練られていて、
のっぺりとしているから、
打ち粉が生地に吸い込まれることはない。
こうして、生地の表面に張り付いて、
他のものと、くっ付かない役目をするのだね。

このような微妙な粉の使い分け。
昔からの技が、受け継がれているのだ、
と納得。


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2007年6月 1日 (金)

粉にならない「さなご」

蕎麦粉を製粉する時、石臼挽きであろうが、
機械挽きであろうが、どうしても粉にならない部分が残る。

ふるいの目をとおらず、残ってしまう粉といえない粉。
これを「さなご」というそうだ。
これを無理して挽こうとすると、
かえってそばの質を落とすらしい。
そばの実の9パーセントぐらいが「さなご」になるという。

ソバの実の芽の部分とか言われているけれど、
どうなのだろうか。
そばには使えないので、昔はそばがきにして食べたりしたらしい。
今のソバ粉屋さんはどうしているのだろう。

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