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2007年5月31日 (木)

食のグローバル化ということは

ナイルパーチという魚をご存じだろうか。

かっては「白スズキ」等と呼ばれて、
白身魚として、比較的安く売られていた。
知らないと言う人も、きっと、ファミレスのメニューや、
コンビニの弁当に入れられている、
この魚のフライを食べたことがあるに違いない。
あっ、学校給食なんかにも使われているね。

安くて、くせがなくて、食べやすい食べ物として、
外食産業では重宝されている魚なのだ。

でも、この魚、どこから運ばれてきているのだろうか。

実は、遠くアフリカ大陸から運ばれてきている。
ああ、アフリカも海に囲まれているから、
魚がたくさん穫れるのだな、、、、、
と思ったら大間違い。
この、ナイルパーチと呼ばれる、肉食の大型魚は、
アフリカ大陸中央にある、ビクトリア湖で穫られる。
この湖は、九州の二倍ほどの広さを持つ、
巨大な淡水湖なのだ。

かって、この湖は、「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほど、
生物の種類の豊富な場所だった。
ところが、イギリス植民地時代、この湖に、
外来魚であるナイルパーチが放流されたのだ。

外敵のいない湖で、ナイルパーチは在来の魚を食べまくり、
急速に繁殖した。
二メートル近くまで育つこの魚のため、
湖の生態系は崩れ、多くの種が絶滅してしまったのだ。

この、「ビクトリア湖の悲劇」は、
外来の生物を入れることの危険性を、
まさに実証したような出来事なのだ。

しかし、この湖を擁するタンザニアにとっては、
重要な輸出品を手に入れたことになる。
この魚を加工して、ヨーロッパや日本に売ることが出来るのだ。
かくして、湖畔の町に、
大型の航空機が頻繁に飛んできては、
この魚を積んで飛び立っていく。

湖の生態系は崩れてしまったけれど、
この魚を、外国に売ることによって、
現地の人たちも、豊かになった、、、、、
はずだった。

しかし、、、。

映画「ダーウィンの悪夢」の中には、
まさに正視できないような事実が映されている。

現地の人にとって、
ナイルパーチはあまりに高い魚なのだ。
工場で儲かっているのは、ごく一部の人間だけ。
町には、暴力と売春と犯罪がはびこり、
人々の心は荒れている。
住むところさえない子供たちが、
わずかな食べ物を奪い合っている。

在来の魚にたよっていた伝統的な生活様式が、
急激な環境変化のために、廃れていってしまったのだ。
その、荒れた町の上を、飛行機は飛び立っていく。
明るく、清潔な店の中で、食事が出来る人たちの世界へと。

改めて、私達と世界とのつながりを考えさせられる映画だった。

映画「ダーウィンの悪夢」についてはこちらを

そう、ソバの世界でも、
このようなことが起こっていないとも言えないのだ。

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2007年5月28日 (月)

備えあれば憂いなし

ある老舗のそば屋さんのご主人が書かれた本を読んでいたら、
一日の仕事の最後には、必ず釜を水で満たしておく、とあった。

なるほど、と思い当たることがある。
私の子供の頃は、どこの家でも、夜寝る前に、
鍋などに、水を満たしていた。
いや、四、五十年前までの、家庭では、
そういう習慣があったのではないだろうか。
ちょっと、私は記憶が曖昧になっているけれど。

若い時に働いた、山の中の旅館もそうだった。
その日の最後の仕事は、寸胴鍋と、特大のやかんに、
たっぷりと水を入れておくことだった。

どうしてかって?
まず、何か不測のことがあって、
水が出なくなった時のためだ。
地震ばかりでなく、ちょっとしたことでも、
水の止まるようなこともあったからだね。

そうして、もう一つ。
火事があった場合、わずかではあるが、
その水を使えるからだ。
昔は、台所から火を出すことが多かった。
だから、いつでも使えるように、水を置いていたのだね。

その老舗のそば屋さんの話では、
火事にあった時に、大切な器を、
水を張った釜の中に放り込み、
燃え残ったことがあったそうだ。
なるほどね。

今ではどうなのだろうか。
他のそば屋さんの釜は、
夜には水で満たされているのだろうか。
私のところは、洗って乾かしてあるけれど。

でも、そうやって、不測の事態に備えておく、
いつもそういう気持ちを持っている、ということが、
とても大切なことなのかもしれない。

そう、日本全国、いつでも、どこでも、地震が起きて、
水が出なくなるかもしれないのだ。
せめて、やかんには、水を張るようにしようかな。



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2007年5月27日 (日)

ソバは世界を巡る

さて、昨日のブログでは、
ソバは、世界中で200万トン作られていると書いた。

でも、この量は、年による変動が、かなりはげしいらしい。

世界の農業事情は、目まぐるしく変っているという。
少し前には、大豆が足りなくなり、
多くの農地で、大豆が植えられた。
今はバイオエタノールの生産に使われる
トウモロコシが品薄なのだそうだ。
トウモロコシを主食にしている中南米では、
値上がりに抗議する暴動まで起きている。

さて、日本で消費されるのソバの主要産地である中国だって、
そんな影響を受けている。
換金価値の少ないソバを作るより、
少しでも高く売れる作物を作ったほうがいい、
というのが、農家の人の自然な流れだろう。

その上、中国では、砂漠化の防止のために、
ソバを栽培していた農地に植林を進めている。

つまり、これまで、国産に比べてはるかに安価だった
中国産のソバも、手に入りにくくなる可能性があるのだ。

そんな流れを受けて、
日本のソバ関係の業者が、中国現地の生産者と、
栽培契約を結ぶ動きがあるという。
これは、安定した量の確保とともに、
栽培方法を管理することで、
より質の高いソバを手に入れることにもなるそうだ。
気候に恵まれた中国で、
国産に勝る、ソバの「優良ブランド」が生まれてくるかもしれない。

私のところでは、国産品を使っているから、
外国のことは関係ないよ。
と言っているわけにもいかない。
う〜ん、
世の中、複雑になってきているのだなあ。

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2007年5月26日 (土)

日本は九番目

さて、世界では、どのくらいのソバが、
作られているのだろうか。

雑誌に載っていた、2003年の資料では
全世界では、約200万トンのソバが作られているそうだ。

え〜と、200万トンというと、
人間の体重が一人60キロ平均として、
え〜と、
だいたい、3300万人分の体重と同じということ。
おおまかにいえば、
カナダの国の人の全部の体重を、
全部足したぐらいの重さのソバが、
一年間に作られているらしい。

だから何なの。
なんの、たとえにも、なっていないけれど。

さて、そのうち、日本で消費されるのは、
12万トンといわれている。
つまり、世界で穫れるソバの、
6パーセントを、我々は食べているのだ。

この数字、多い?
それとも、少ない?

一番の生産国は中国、
そして、カーシャなどのソバ粥で食べられる
ロシア、ウクライナと続く。

この三国だけで世界の生産量の、
80パーセントを占めているのだ。
そして、フランス、アメリカ、ブラジルなどと、
日本より生産量の多い国が続く。

へえ、フランスなんか、10万トンも穫れるのだ。
日本の国産のそばの3倍以上の量だ。
ガレットやクレープに使われるという話は聞いたことがあるが
どうなのだろうか。

日本の生産量は、順位でいうと9番目。
世界では、たくさんのソバが作られ、
そして、さまざまな形で食べられているのだ。

でも、日本のような麺にして食べるところは、
あまりなさそうだけどね。

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2007年5月24日 (木)

小麦は世界を巡る。

はは〜ん、ついに、やってきた。
いつかは上がるのではないかなと思っていたら、
やっぱりね。

なんでも、上がるのは二十四年ぶりなのだそうだ。
そう、それでも、上げ幅はわずか。
まあ、1パーセント強というところか。

えっ、何のことかって。
小麦粉の値段のこと。
そばに使うつなぎ粉の値段が上がったのだ。

今までは、小麦のの値段は、政府の統制価格で、
ほぼ一定だった。
というのは、国内の麦の生産者を保護するために、
安い外国産の小麦は、政府が一括して購入し、
価格を上乗せして、卸しているんだね。

それが、今までは、国際社会の相場が、
上がろうが下がろうが、
上乗せ金(マークアップというらしい。)の額で、
卸売りの値段を調整していた。

ところが、今度からは、
政府が買い付けた額に、一定の、
固定された上乗せ金を加えて、販売するようになったそうだ。

ということは、国際相場の影響を、
もろに受けることになるのだね。

おりしも、オーストラリアでは、
干ばつによって、小麦の生産量が例年の半分。
讃岐うどんに使われる、良質の中力粉が、
手に入りにくくなってしまったのだ。
うどん屋さんは、大変だろうなあ。

でもね、面白いことに、
パンやうどんなどにも使われる、強力粉、中力粉は上がるけれど、
お菓子や天ぷらに使う薄力粉は値下がりなのだって。

これからは、そばを打つにも、
うどんを作るにも、天ぷらを揚げるにしても、
世界中の天気と、小麦の出来具合いを心配しなければならないのだ。

てくてくと歩いてみれば、
地球はこんなに広いのに、
誰がこんなに窮屈にしてしまったんだい?


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2007年5月22日 (火)

牛に引かれて善光寺

新潟から来られたご夫婦づれのお客さま。

「善光寺にお参りですか。」
と聞くと、旦那さんはこう答える。
「いや、別にお寺には、興味がないんだ。
 でも、こっちが(奥さんのほうを指して)
 行きたいって言うものだからね。
 まあ、『牛に引かれて善光寺参り』さ。」

奥さんは隣で、怒っている。
「ええ、どうせそうですよ。
 私は牛ですよ。」

このことわざ、使う時にはご注意を。

でも、奥さん、
牛は、観音様の化身だったのだから、
そんなにお怒りにならなくても、、、。

  春風や牛に引かれて善光寺

なんていうのは、一茶の句。
この話は、全国的に知られていて、
各地に似たような話が伝わっているという。

でも、たまにこんなことを言うお客さまも居る。
「牛に引かれて善光寺って言うから、
 牛車がたくさんあって、
 それに乗ってお参りに行けるのだと思っていたのに。」

ハハハ、それも面白いかもしれない。
「牛に引かれて善光寺」の話を、
ご存じでない方はぜひこちらを。
http://www.nagano-cvb.or.jp/kanko/taiken/his/04.html

今では、
「思いがけないことで、偶然、良いものに出会えること」
のたとえとして、使われたりしているのだね。

皆さんは、こうして牛が縁で善光寺にやってきて、
そして、偶然に、こんな路地裏のそば屋に迷い込んでこられるのだ。

そう、
私も牛に感謝しなければ。



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2007年5月21日 (月)

そばを湯で掻く文字どおり。

カイモチ、
カッケ、
カッコ、
カッソマ、
ケェモチ、
ソバネッケ、
ソバネリクリ、
タテコ、、、、、

さて、この羅列はなんなのだろう。

1、そば屋で使う道具の名前。
2、インカの王様の名前。
3、そばがきの地方名。
4、栽培されているそばの品種。

はい、もうお分かりですね。

インカの王様は、侵入してきたわずかな数のスペイン人によって、
完全に滅ぼされてしまった、、、
ということとは、関係のない、
3番のそばがきの地方名のこと。

昔は、山村などでは、そばといえば、
そばがきにして食べるのが当たり前だったのだね。
手間のかかるそば切りにするのは、
祝いのあるハレの日だけだったそうだ。

だから、東北地方から九州地方まで、
広い範囲で、さまざまな呼び名が残っていたそうだ。

カッケ、カッコ、カッソマ、なんていうのは、
椀に入れたそば粉に熱湯を注ぎ、
一生懸命掻き回している感じがしてくる。
なんだか、すごく力が入っているような。

ソバネリクリなんていうのも、なんとなく、
そばを練り繰りしている様子が浮かぶ。
きっと、もっと、いろいろな呼び名があったのだろうね。

それにひきかえ、「そばがき」なんて呼び名は、
即物的で芸のないもの。
何か、もう少しひねりの聞いた名前はないものだろうか。

最近は、加水量を増やして、ふわっと仕上げるところが多いから、
「お多福」とか「ラッコのほっぺ」とか。
いえいえ、一度定着した名前は、
変えるのはむずかしいだろうなあ。

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2007年5月19日 (土)

刈り取られてからも熟成するそば。

そばの実の特徴の一つに、
後熟作用というのがあるらしい。

そばは刈り取られても、
そのまま天日干しをすると、
未熟な実が残っていても、それが熟成するらしい。
養分転流といって、葉や茎にある養分が、
実に運ばれるのだそうだ。

なるほど、
だから、そばを刈り取った後、
畑に立てておいて乾燥させることが多いのだね。
そう、稲だって、「はざかけ」と言って、
田んぼで干したほうが美味しいと、
農家の人が言っていた。
それは、こう言う作用があるからだ。

もっとも、そばのほうだって大変だろう。
花を咲かせて実をつけたら、
いきなり根元からちょん切られてしまうのだ。
そうしたら、とりあえず、種に養分を送って、
子孫だけは残しておこうとするわけだ。

でも、最近はコンバインによって、
刈り取りと同時に脱穀してしまうところが多い。
手刈りをして、畑で乾燥させるところは、少なくなったようだ。
コンバインで刈り取っては、この後熟の恩恵を受けないことになる。

ならば、畑で乾燥させたそばのほうが、
いいそばに、なるのだろうか。

さて、自分で栽培してみて判ったが、
そばは、手で刈り取ろうとすると、
ぼろぼろと実が落ちてしまい、収量が少なくなってしまう。
だから、実が完全に熟すより前に刈り取り、
干して熟成させたほうが効率が良さそうだ。
反面、コンバインであれば、
完全な熟成を待ってから刈り取ることが出来る。

だから、どちらとも言えないのだね。

さて、人間でも、後熟作用は働くのだろうか。
仕事という畑から切り離された時、
人は、熟するのかな、腐るのかな。
そろそろ、定年を迎えられる先輩諸氏。
ぜひ、あらたな実りを迎えて頂きたいものだ。

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2007年5月18日 (金)

着るものにこだわらないけれど。

私は、普段から、自分の着るものには、
無頓着なほうだ。
だから、一度気にいると、ずっとそれを着ている。
いわゆる着た切り雀の状態。

でも、店で仕事をする時には、
ちゃんと、純白のドレスに着替え、
お客さまをお迎えする。
えっ、結婚式かって。
ほら、料理をする人はみんな着ているでしょう。
なんだ、「白衣」っていうのか。

最近はクリーニングサービスのついたレンタルがあって、
重宝している。
いつでも、きれいな白衣を着ることが出来るからだ。
私の店のようなオープンキッチンでは、
仕事の様子が丸見えなので、
せめて、着るものだけは
清潔なものにしようと心掛けているわけだ。

たいてい、どこの料理屋さんでも、
料理をする人は、白衣を着るなり、
それなりの格好をしている。
寿司屋さんなんかも、フレンチレストランでも、
街角の中華料理屋さんでも、
調理人は白衣が定番。
さいきんの、イタリアンや、ダイニング系の店では、
白衣を使わずに、ちょっと色のついた、
オシャレなユニフォームを使ったりしているけれど。

でもね、長野辺りのそば屋を覗いてみると、
きちんと白衣を着ているところは少ない気がする。
けっこうな有名店でも、普段着にエプロンをかけた姿で、
そばを茹でていたりする。
もちろん、サービスの人も、同じようなエプロン姿。
観光客が多いから、
堅苦しくならないようにとのことなのだね。きっと。

調理人に白衣というのは、確かにマンネリかもしれない。
あるそば屋では、スタッフ全員が、
同じ色のシャツとズボンを着ていた。
こういうのもいいかもしれない。
ある店では、よれよれのジーンズに
よれよれの前掛けで、そばを茹でていたし、
他の店では、農協の帽子をかぶったおじさんが、
天ぷらを揚げていた。
まあ、コレもローカルでいいのかもしれない。

調理人や、スタッフの服装でも、
その店の個性が表れるのだね。

私は、なにしろ、着るものにこだわらないほうだ。
でも、さあ、これから、お客さまを迎えるのだぞ、
という気持ちを引き締めるために、
今日も、純白のドレス、、、ではない、
白衣を身につけるのだ。
だっ、誰だ、
シロクマの着ぐるみだと言う奴は!

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2007年5月15日 (火)

千五百年以上前の人々の仕事

ペルーのナスカへ行ってきた。

ナスカと言えば、巨大な地上絵で有名。
広大な砂漠地帯に、ハチドリ、サル、
クモ、キツネ、コンドルなどの絵が描かれているのだ。
飛行機に乗って、上から見て、
初めてその姿が分かるという大きさなのに、
今から千五百年以上前の人たちが、
どうやってその絵を描いたのだろうか。
とにかく、その大きさときたら、、、

あれ、何かおかしいな。
あっ、ごめんなさい。
信濃美術館で開かれている「ナスカ展」を見にいったのだ。
見事なバーチャル映像を見せられて、
なんだか実際に行ったような気になってしまった。

砂漠といっても、こぶし大の岩がゴロゴロしている場所。
その岩をどけて、下の砂の層を見せるようにして、
あの地上絵が描かれた。
何のために作られたのかはよく分からないが、
少なくとも、宇宙人が作ったのではないらしい。
当時のナスカの人たちは、高い文明を持っていたのだ。

遺跡から発見された、
さまざまな模様の焼き物は、
当時の暮らしの様子がうかがわれて面白い。
特に、織物などは、かなりの技術を持っていたようだ。

そこに描かれている人物や動物は、
何ともユーモラスで、見ていて楽しい。
こういうものを残すというのは、
きっと豊かな精神世界があったからに違いない。
厳しい暮らしなりに、
生きる歓び、想像する感動というものを持っていたのだね。

さて、便利になった今の時代。
私達は、こういう素朴な感動というものをもっているだろうか。
そういうものさえ、誰かに作ってもらったり、
与えられるだけで、満足していないだろうか、、、。

なんてことは、素朴なそばでも食べながら考えることにしよう。

って、結局、そこに落ち着くのかい。

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2007年5月14日 (月)

筋の通った日本酒がある

そばに合う酒と言えば、やっぱり日本酒だよね。

ということで、「手打ちそば屋 かんだた」では、
二種類の純米吟醸酒を置かせてもらっている。

でも、本当に知っている人のためだけに、
秘密の酒も置いてある。
冷蔵庫の中に、ちゃんと隠れておいてある。
繰り返し言うが、
これは、本当にご存じの方だけにお分けしている。
しかも、一回に一杯だけ。
だって、グラス(90ml)で1000円というお値段なのだ。

この酒に出会ったのは居酒屋を始めた15年ぐらい前のこと。
前の居酒屋では、質のいい純米酒を集めていたのだが、
その上のランクの大吟醸を探していて見つけた。

新潟のある酒蔵が、今では途絶えてしまった酒米を復活させ、
そうして作った酒なのだ。
この酒のいいところは、そのバランスのよさ。
際どい、微妙なバランスの上に成り立っているような、
線の細い酒ではない。
どっしりと横綱が座っているような、安定感。
ありがちな大吟醸のように、とって付けたような香りもなく、
まさにスッピンの美人というところ。

気に入った私は、継続して仕入れることにした。
何しろ、作る量が少ないので、
ずいぶんと前から注文しておかないと、手に入らないのだ。

その後、その酒を題材にした漫画が有名になり、
テレビドラマにもなって、名が知られるようになった。
その時期は、本当に品薄になってしまったようだ。

一時の流行に左右されず、
その蔵では、その酒を造り続けている。
中越地震では、被害を受けたと聞いて心配したが、
酒は大丈夫だったらしい。
(地震と聞いて、先ず酒のことを心配するなんて、、、。)

この酒を高いという人もいるが、
私はそうは思わない。
日本酒は、高い醸造技術が必要なのに、
ワインやウィスキーに比べて、
いいものが、正しく評価されていない気がする。

たいしたことのない酒が、単なる人気で、
ちやほやされたりしている。
日本酒は、ただ酔っぱらうための酒ではない。
(いや、そういう酒も好きだが。)
こういう、きっちりと筋の通った日本酒もあることを
知って頂きたいのだ。

Kame この酒は、本当に知ってる人にだけお出しします。

よく、分けてくれと頼まれるけれど、
それだけはご勘弁を。

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2007年5月12日 (土)

出汁は引くもの

 日本料理の出汁は、本当に微妙なもの。
 特に吸い物に使われる出汁などは、すごく気を使っている。

 水に昆布を入れて、中火で加熱する。
 鍋肌全体に泡がついてきたら、昆布を取り出し、
 さらに加熱する。
 沸騰したら火を止め、削りたての、
 うん、ここが重要、
 削ったばかりのかつお節を入れる。

 箸などでかき混ぜてはいけない。
 かつお節の重さで、湯の中に沈んでいくのを、
 そっと、待っている。
 そうして、頃合いを見計らって、
 きめの細かい濃し布で濃し落とす。
 もったいないからといって、残った節を
 絞ったりしちゃいけないよ。

 こうしてできた出し汁は、
 ほんの少しの塩を落とすだけで、
 おいしくいただける。
 う〜ん、かつお節のいい香り。
 口の中に広がる、ほのかな甘味ととろみ。
 吸い物って、こんなに美味しいものなのだ。

 日本料理では、出汁を取ることを、
 「出汁を引く」という。
 まさに、昆布と、カツオから、
 旨味だけをを引き出しているのだね。

 ところが、そば屋の出汁の取り方ときたら、
 めっぽう手荒いものだ。
 「出汁を引く」どころか、
 「出汁を絞り取る」という感じだ。

 節は厚く削り、湯の中で、長い時間をかけて、
 これでもか、これでもかと、煮出すのだからね。
 そば屋の場合は、欲しいのは「香り」ではなく、「旨味」。
 そのために、長い時間煮詰めたりするのだね。

 とは言っても、旨い出汁をとるには、それなりの工夫がある。
 各店によって、それぞれに違いがあることだろう。
 火の入れ方、時間、水の性質などによって、違いが出てくるのだ。
 きっと、同じ材料、同じ量で出汁をとってみても、
 とる人によって、ずいぶんと変わった味になるのでは。

 出汁をとるって、そんな微妙な仕事なんだね。

 でもね、化学調味料の味になれた人には、
 きっと、そんな微妙な違いは、、、。
 いえ、化学調味料が悪いと言っているわけではないのだけれども、、、、。

 皆さん、美味しい吸い物を飲みましょう。

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2007年5月10日 (木)

アスパラガスは、贅沢な野菜

アスパラガスは、長野周辺の特産野菜。
春の訪れとともに、食べ物屋さんの店先を賑わせている。
緑の色と独特の香り。
ちょっと、贅沢な気分の野菜だ。

それもそのはず、アスパラガスの栽培は、
広い畑と、たくさんの肥料が必要。
一年中、この新芽のために、畑を使っているのだ。
夏には、葉を茂らせて、根に充分な栄養を与えておく。
秋には枯れた葉をきれいにして、
春の収穫を待つ。

この新芽は成長が早い。
朝にちょこっと顔を出したかと思うと、
夕方にはもう収穫時。
そのタイミングを逃すと、固くなってしまう。
だから、農家の人たちは、この時期は休みなしだと言う。

朝と、夕方の二回、アスパラガスを収穫し、
夜には、その長さをそろえ、きれいにして出荷するようにするそうだ。
ずいぶんと手間のかかる野菜なのだね。

ということで、今回の「十割そばの夕べ」では、
アスパラガスを使った「アスパラ切り」を用意させていただいた。
連休明けにもかかわらず、多くの方に参加頂き、
ありがとうございました。

Asuparagiriほのかな緑色が、いかにもこの季節を感じさせて、
作っていても気持ちのいいそばだった。
ただ、味としては、さすがにアスパラガスの香りまではしないけれど、ちょっと草っぽい香りがする感じ。
強い味ではないけれど、更級の甘味と、よく合うような気がした。
皆さん、いかがでしたか。

で、また来月も、、、、
楽しみだなあ。

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2007年5月 8日 (火)

猫の好物

Katuobushi2  さて、かつお節をしゃかしゃかと削っていると、若い方は怪訝な顔をなさる。
 年配の方は、懐かしいという。

 今では、かつお節は、ビニールのパックに入れられて売られているのが当たり前。
 こんな、箱でかつお節を削るところなど、見たことも、やったこともない方が多いようだ。
 「その箱って、特別注文で作ったのですか?」
 なんて聞かれてしまう。

 古くからやっている金物屋さんなら、きっと、どこかの棚の奥に、置いてあるはずだ。
 昔は当たり前だったのにね。

 固いかつお節を削るのは、大工さんの使うカンナと同じもの。
 そのカンナに、箱と引き出しを付けたようなものだ。
 かつお節って、材木と同じようなものなのだね。
 たしかに見たところ、おが屑に似ているような、そうでないような。

 でも、削ったかつお節は、香りがいい。
 「手打ちそば屋 かんだた」では、「鬼おろし」というメニューで使わせてもらっている。
 「おっ、削りたてだね。」
 と、ちゃんと判るお客さまもいらっしゃるのだ。

 このかつお節、削る方向がある。
 それを見極めないと、いくら削っても粉になってしまうのだ。
 つまり、筋に沿って削るのだね。
 自宅でかつお節を削りたい方はご注意を。
 たくさん削る時には、かつお節を布巾で包んで、軽く蒸してから削ると楽。

 あっ、それと、写真ではそのままだったけれども、
 使う時には、ぬれ布巾で、よくカビを落としていく。
 念のために。

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2007年5月 6日 (日)

私の通る時間は、ガラガラだったけれど。

皆さん、この連休はいかがでしたでしょうか。
天候にも恵まれ、観光地は多いに賑わったと思う。

長野でも、善光寺へ続く中央通り、
一般に表参道と呼ばれる通りで、
花を展示するイベントがあり、
多くの人で賑わった、、、ようだ。

Omete  後半の四連休の初日、三日の朝の表参道。
 街路樹の緑がきれい。
 突き当たりに、善光寺の仁王門が見える。

 あれ、でも、誰もいないよ。
 それもそのはず、時間は朝の五時。
 昼間は、この道が人で溢れていた、、、そうだ。

 「手打ちそば屋 かんだた」はこの通りから少し入ったところにあるのだけれど、それでも、大勢の人に来ていただいた。

 皆さん、ありがとうございました。

 混雑のために、多くの方にご迷惑をおかけしてしまった。
 店の前に行列ができ、ずいぶんとお待たせしたようだ。

 私は厨房にいて、全く分からなかったけれど、
 表の通り近くまで、列になっていてらしい。
 そばを食べるために並んでいただき、
 うれしい限り。

 「並んだかいがあったよ。」
 そう言って帰っていかれたお客様。
 去年も来たという東京からのお客様。
 大きな顔をせずに、そっと列に並んでいただいた常連さん。
 いいお客さんにめぐまれているなあ。

 皆さん、ありがとうございます。

 そうして並んでまで食べていただく「そば」。
 たとえどんなに忙しくても、手を抜いてはいけないんだ。
 しっかりと、きっちりとした仕事を、
 どんなときでもしなくては、、、、、。
 当たり前のことを、身にしみて感じた連休だった。

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2007年5月 1日 (火)

カビも使い方次第。

 子供の頃のこと。
 正月の餅は、子供にとっては好物。
 家族みんなの食べる数を聞いて、
 火鉢の上で、餅を焼くのが楽しみだった。

 魚は大名に焼かせろ、
 不精だから、一度しか引っくり返さない。
 餅は乞食に焼かせろ、
 早く食べたいから、何度も引っくり返す。

 そんなことわざが、あったっけ?
 とにかく、乞食坊主よろしく、
 餅を何度も引っくり返しながら、
 プクッと膨れるまで焼くのだ。

 ところが、七草を食べる頃には、
 餅に異変が起きる。
 餅箱から取り出した餅に、
 青い斑点がぽつりぽつりと。

 そう、カビが生えてきたのだね。
 暮れに、ついてもらったのし餅を、
 大騒ぎして四角に切り、
 正月のあいだ中食べて、残った餅。

 そのカビを、包丁でそぎ落として、
 ペニシリンだって、カビから作られているのだ、
 と、そういって、最後の餅を食べたものだ。

 冷蔵庫もなかった時代には、
 食べ物は、痛みやすかった。
 そして、すぐに、カビの餌食となったんだね。

 そうやって、カビに悩まされながらも、
 私達の祖先は、
 逆にカビを利用する方法を思い付いたのだ。
 味噌や醤油、酒だってそうだよね。

 西洋だって、チーズを作る時に、
 カビの力を使ったりする。

 そして、私がいつも感心するのは、
 コレに使われているカビ。

Katuobushi  コレは、もともとは、
 海を泳いでいた魚。
 そう、カツオなのだ。

 カツオを、背骨にそって二つに割り、
 さらに、背と腹に分けて、
 乾燥させたものがこれ。

 つまり、丸々としたカツオの身の、
 四分の一の切り身ということになる。

 この、かつお節を造る工程は、複雑だ。
 煮たり、焼いたり、干したりと、
 手間のかかる作業が必要となる。
 そうして、こんな、釘の頭でも打てそうな、
 固い塊になるのだ。

 一番最後の工程は、カビ付け。
 表面に、薄いカビを生やすことによって、
 中のほうに残っている水分を吸い取り、
 保存しやすくしたのだ。

 ここまでの、作り方を仕上げるために、
 どれだけの試行錯誤があったのか、
 考えるだけでも、
 う〜ん、私の想像に余る。

 ええっ、お前の想像力にカビが生えているからだろうって。

 とにかく、昔の人は、そうやって、
 カビと付き合ってきたのだ。

 今の、ビニールに包まれた餅は、
 いつまで経っても、カビは生えない。
 食パンだって、最近のものは、
 カビが生えないように出来ている。

 今の時代、食べ物にカビというのは、
 まず、考えられないようだ。
 カビが生えないものを食べ、
 人間も、カビが生えないような、
 味のない人が増えたような、、、、。

 

 そば屋の出汁には、
 そんなかつお節が欠かせないのだ。

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