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2007年4月28日 (土)

ネギは人気者、嫌われ者?

 あるそば通の人に言わせると、
 そばを食べる時に、薬味のネギを少しだけ残しておくといいそうだ。

 最後に残ったそばつゆを、そば湯で割って飲む時に、
 そのネギを入れて飲めば、
 ちょうど吸い物を飲むように楽しめるというのだ。

 なるほどね。
 私なんか、そばを食べる時に、
 汁に薬味を入れる前にそばが終わってしまうことが多いので、
 そっくり残ってしまうことが多い。
 その、残った薬味がもったいないので、
 お酒のつまみに、ちびちびといただく。
 だから、薬味の多い店に行くと、
 つい、お酒が進んでしまって、、、、。

 ネギというのはふしぎなもので、
 ほんの少し入れるだけで、汁や出汁の味が変わる。
 魚や、肉の生臭さを消し、
 なんとも言えぬ甘さをかもし出す。

 私の好きな鰺の南蛮漬けなんぞ、
 焼いたネギを一緒に浸すことで風味が増すし、
 ひき肉を炒めてあんかけ等を作る場合も、
 最後にネギを入れることで、ぐっとマイルドになる。

 あの、くせの強い鴨肉だって、
 ネギと合わせるから、おいしくいただける。
 もっとも、今使われているのは、
 臭みのない合鴨肉がほとんどだけれども。

 そば汁も、魚から取り出した汁。
 やっぱり、どことなく魚臭さは残ってしまう。
 特に、熱いそば湯を注いだ時。
 ここで、出汁の引き方の仕事が見えてしまうのだが、
 それはさておき、
 ちょっと、ネギを入れて、そんな魚臭さを押さえて
 出汁の味を楽しむことができるのだね。

 お客さまの中には、ネギが好きで、
 ネギを大盛りにしてくれという方もいらっしゃる。
 ところが、反対に、ネギが嫌いだと言う人もいらっしゃる。

 そういう方は、見るのも匂いを嗅ぐのも嫌なのだね。
 ネギの入った薬味皿を、
 これでもか、、、と思うぐらい離して置いてあったりする。

 人に愛されもするし、
 極端に嫌われもする。

 いや、けっして、
 ネギが悪いわけでも、良いわけでもないのだが。

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2007年4月26日 (木)

長野で作られるネギは「松本一本ねぎ」

 薬味に使われるネギは、関東では千住ネギと呼ばれる、
 白いネギが使われる。
 いわゆる根深ネギだ。

 千住と言えば、東京は足立区にあたる。
 昔は江戸の町の北限とされ、ネギの栽培が盛んだったらしい。
 それでネギに地名が付いて、一般に広まったのだね。

 もっとも、ここ千住には、今もなお、
 ネギ専門の市場があって、お隣の埼玉辺りから、
 質のいいネギが集まるという話だ。
 だから、東京辺りの料理人が「千住ネギ」といえば、
 この市場を通した高級品のことを言うとか、言わぬとか。

 たかが、ネギごときで、高級品も何もあったものか、、、
 と思うけれど、ネギだって、味にはずいぶんと差があるのだ。

 そばの薬味には、、、
 私は柔らかいネギが好きだけれど。

Negi さて、そのネギ苗の植え付けの季節。
 私の借りている畑は、河川敷で砂地なので、
 ネギの栽培には適しているのだ 。

 ネギはゆっくりと育つ。
 去年の秋に蒔いた種が、今このくらいの苗になり、
 九月か十月くらいから、店で使えるようになるだろう。

 さて、ネギが白いのは、土の中にあるから。
 少し育ったなと思うと土を寄せ、
 また伸びたなと思ったら土をかぶせていく。
 そうして、じっくりと育っていくのだ。

 ネギがおいしくなるのは、何回か霜にあたってから。
 本当に柔らかく、甘味のあるネギが出来上がる。

 そのために、今から一苦労。
 おいしくなれよ、うまく育てよ、
 夏の草に負けるなよ、と言い聞かせて、
 ネギを植えたのだ。

 これからは、休みの日は、一日畑仕事。
 ナスも作るぞ、キュウリも作るぞ、
 何よりも、何よりも、自分で作った野菜が
 おいしいと思うからだ。

 って、自己満足の世界かもしれないが。

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2007年4月23日 (月)

たかが薬味のネギ。されど、、、。

 剣豪、宮本武蔵は、吉川英治の小説で有名だ。

 彼は名の知られた柳生石舟斎との試合を望んで
 柳生の地を訪れる。
 しかし、石舟斎には、相手にもされない。
 ある時、別の人物に当てた手紙に添えられた
 シャクヤクの枝の切り口を見て、
 武蔵は驚く。

 花も散らさず、その柔らかい枝を切れるのは、
 相当の使い手であった。
 その鋭い切り口を見て、石舟斎というのは、
 自分には到底かなわない相手であることを、
 武蔵は悟るのだ。

 へえ、花の切り口でね。

 さて、話はかわって、そば屋のネギの話。

 子供の頃、そば屋の薬味のネギを、電灯に透かしてみて、
 よく、こんなに薄く切れるものだと感心した覚えがある。
 さて、そば屋になった今、
 そのくらいのネギが切れるのが当たり前になってしまった。

 かなり、厚めのネギが出されるところもあるが、
 私は、薄くて、よく晒してあるネギを薬味に使うのが好きだ。
 これから時期は、ネギが辛く、また固くなるので、
 水の晒し方に注意している。

 でも、その切り口である。

 そば屋へ入って、薬味に盛られたネギを見て、
 「うむ、さすがじゃ。できるのぉ。」
 と唸ったり、
 「まだまだじゃのぉ、はっはっは。」
 と笑われたり、
 そんな、宮本武蔵のような人は、
 まさか、、、、、、いないよね。

 、、、、、、居たりして。

 どちらにしろ、
 たかが薬味のネギを切るぐらいと、あなどれないのだ。
 そういうところも、きっちりと仕事をしなくては。

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2007年4月20日 (金)

雨にも負けず、、、、。

雨にも負けず
風邪にも負けず
雪にも客の嫌見にも負けぬ
丈夫な身体を持ち
欲ばりで
決して人を信用せず
いつもニヤニヤ笑っている
一日にそば二杯と
たくさんの野菜と魚を食べ
あらゆることに
首をつっこんでは
いろいろと書いたり言ったりし
そしてすぐに忘れる
古びた商店街の路地裏の
小さな薄暗い蔵の中にいて
東に蕎麦を請う人あれば
仕方なしに釜の湯を湧かし
西に酒を飲む人あれば
できるだけ小さなグラスを手渡し
南にお金を払う人あれば
ニコニコと受け取り
北にうるさいこと言う人あれば
黙って聞いている
大雪の時は雪かきに汗を流し
夏の暑さにはひたすらぼやき
みんなに極楽とんぼと呼ばれ
ほめられもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
まだなっていない

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2007年4月19日 (木)

「ソバ」には刺はないけれど。

 桜が咲いてから、すっかり寒くなってしまったので、花が長もちしているようだ。
 コレからは、まだ、牡丹桜や山桜などが咲いていくことだろう。

 さて、桜は植物分類上、バラ科という所に入るらしい。
 あの、刺のあるバラと、同じ仲間なのだ。
 まあ、どうしてそうなるのかは、よく判らないが、
 学者が区別すると、そういうことになるらしい。

 桜に近い仲間としては、モモ、ウメ、アンズなどがある。
 アーモンドも、そうなんだね。
 だから、外国では、アーモンドの花が、桜のように見えたりするそうだ。

 ユキヤナギや、イチゴもリンゴもバラ科の植物。
 外見や、印象だけでは、植物の分類は難しい。

 さて、植物としてのソバは、タデ科という所に分けられている。

 タデといえば「タデ食う虫も好きずき」と呼ばれる、
 苦い植物を連想する。
 どういうわけか、あの苦さが、鮎にだけは合うのだよね。
 タデ酢で、夏の初めの小振りの鮎を塩焼きでいただくなんて、最高、、、あっ、よだれが。

 あの苦みのあるタデは、ヤナギタデと呼ばれるもの。
 いくら同じタデの仲間だとはいえ、ソバの葉には、そんな苦みはないようだ。

 タデ科の植物には、染料に使われたアイとか、イヌタデ、スイバ、ギシギシなどがある。
 どれも、名前は聞いたことがあるけれど、どんな草なのかは思い出せないなあ。
 あっ、ミズヒキもそうなのだって。
 コレなら思い出せる。

 ところが、タデ科の名簿を見ていたら、面白い名前がある。
 なんと、、、、ウナギツカミ。

 本当に、文字どおりの使われ方をしたのだろうか。

 と思ったら、もっとすごい名前があった。
 ママコノシリヌグイ、、、、、、、継子の尻拭い。

 何でも、この草には、葉にも茎にも鋭い刺が生えているのだそうだ。
 そんな草で、お尻を拭かれたら、、、、。
 継子というのは、そんなにも憎まれものだったのか。
 かわいそうに。

 ということで、「ソバ」は植物分類上はタデ科で
 「継子の尻拭い」と同じ仲間なのだ。

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2007年4月16日 (月)

六千人という人の波はすごい。

Marason いやあ、皆さんよく走られますね。

 今年の長野マラソンの参加者は六千人を超えたとか。
 今回は、天気にも恵まれ、ちょうど桜の満開の時期とも重なり、参加された方々も、気持ちよく走ることが出来たのではないだろうか。

 走り終えて、店に寄って頂いたお客さま。
 なんと、はるばる鳥取からお出でになられたとか。
 去年も参加されて、今年は北アルプスが見えたと、喜んでおられた。
 走りながら、北アルプスを眺めるなんて、、、、余裕だね。

 さて、マラソンを走る方々は、そのエネルギーを身体に蓄えるために、カーボローディングということをするそうだ。
 つまり、マラソンの二三日前から、炭水化物の多い食べ物をたくさん食べるようにするという。

 炭水化物の多い食べ物と言えば、もちろん、ご飯。
 それに、パンだっていいし、うどんにパスタ、そう、そばだっていいんだ。
 走る当日も、同じように、炭水化物をたくさん摂る。
 脂肪やタンパク質は、消化が悪かったりして、あまりよくないそうだ。
 トンカツや焼き肉、ウナギなんかは、食べないほうがいいんだね。

 そうして、あの、長い距離を走る力が保たれるのだ。

 そばなんか、消化がいいから、こういう運動前に食べるのには適しているかもしれない。
 ほら、よく、マラソンの給水所に、バナナとか、クッキーみたいなものが置いてあるでしょう。
 あそこに、そばも置いておいたらどうだろうか。

 走りながら、そばをズズッとすする。
 そうすれば、「細く」、「長く」、走れるのではないだろうか。

 だめかなあ。

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2007年4月14日 (土)

私達は、今、何をすべきなのだろう。

「人は自分の見たいものしか見ようとしない。」
 と、かのシーザーことカエサルは言ったそうだ。
 ローマの野心家であり、人の心を掌握する力に長けていたカエサルでさえ、人を説得させるには苦労したのだね。

 アメリカの副大統領であったアル・ゴア氏が、地球温暖化問題を語る映画、「不都合な真実」は、説得力のある映画だった。
 地球温暖化は、もう、すぐに手を打つべき問題なのだね。
 それを、ゴアは、淡々と、さまざまなエピソードを交えながら語りかけてくる。
 実に判りやすく、そして、面白く、この深刻な問題を、身近な問題に置き換えてくれているのだ。

 実はこの映画、かなりゴアの宣伝の強い、固い映画かなと思っていた。
 だって、環境問題の講演会を追ったドキュメンタリーだよ。
 うさん臭く、「こうあるべきだ」なんて考えを強制されるのだと思っていた。

 でも、ちょっと違った。

 ゴアも、自分自身の過去の過ちを、素直に認めながら、地球の環境は今、こうなんですよと示すのだ。
 そして、あなたの出来ることを、地球のためにしてほしいと訴えている。

 この映画の中の面白いエピソード。
 カエルは、熱い湯の入ったビーカーに飛び込むと、驚いて、すぐに飛び出す。
 でも、水の入ったビーカーに入れればじっとしている。
 でも、そのビーカーが少しづつ加熱されていても、気が付かずにじっとしている。
 自分が、煮えてしまう温度になっても、自分から飛び出すことはない。

 今、まさに、私達の置かれた状況というのは、加熱されたビーカーのの水の中に、のほほんと過ごしているカエルと同じなのだ。

 感心したのは、この映画の中では、地球温暖化の危機に付いて、どのように説得すればいいのか、よく、考えられていることだ。
 ただ、真実を突き付けても、人は納得しない。
 最初のカエサルの言葉ではないが、私達は、自分の都合のいい事実しか見ようとしないからだ。

 さまざまなモデルを示しながら、どうしたら、観る人に伝わるのか。どうしたら、多くの人々に共感してもらえるのか。
 そういうことを、すごく考えられて作られている。

 ただ、真実を語るだけではなく、こうして人に判ってもらう努力が必要なんだなあ。

 そお、地球の温暖化防止のためにも、「手打ちそば」を食べてもらわなければならない。
 そのためにも、私はもっと、人に判ってもらう努力をしなければ、、、、。

 えっ、「手打ちそば」と「地球温暖化」。
 なんの脈絡もないじゃないかって。
 それはねえ、、、、またの機会に。

 映画「不都合な真実」については、こちらを御覧あれ。

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2007年4月12日 (木)

「花見そば」を習慣にしよう。

 さあ、長野も桜の花が咲いた。
 今日も、暖かないい天気で、これから花見に行くのだと言うお客さまがみえたりした。

 長野で花見で有名なのは、善光寺から東側の城山というところ。
 そこで店が終わってから、偵察に行ってきた。

Sakura  花はまだ三分から五分咲きぐらいだ。
 この週末ぐらいには、満開になるに違いない。

 城山いったいには、プレハブづくりの花見小屋が並び、屋台も出現した。
 なにやら、雑然とした、雰囲気であまり情緒のあるものではない。
 でも、野球場が、広々とした公園に生まれ変わり、新しい駐車場もできて、車でも来やすくなった。
 近くに動物園もあるので、子供連れに来るにはいいだろうなあ。

Hanasaru 猿山では、猿が花を見ながら思案顔。
 きっと、地球の温暖化問題について考えているのだろう。

 花見の季節には、そば屋は出番がなさそうだ。
 「花見そば」という言葉があればいいのに。

 今日のお客さまのように、花見に行く前には、そばをお召し上がりあれ。
 きっと、いいことがあるに違いない。
 保証はしないけれど。

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2007年4月10日 (火)

そば屋にも「技」がある。

 ニュースによれば、首都圏の駅の中にある売店、キオスクで、閉まっているところが多いそうだ。
 何でも、人出不足が原因だそうだ。
 ちなみに、ちょっとまえまではキヨスクと呼んでいたのに、最近キオスクに改めたらしい。

 どうして人出不足になったかと言えば、Suicaなどの電子マネーに対応することにしたため、大量の熟練従業員の希望退職を募ったからだ。

 キオスクの仕事は、熟練の技が必要だと言う。
 すべての商品の値段を覚え、素早く代金を受け取るのだ。
 おつりなどは、すべて暗算。いちいちレジを打ってなんかいられない。
 そういう年季と経験の居る商売だったのだね。

 でも、電子マネーを使うことになって、そういう熟練の人はいらないと会社は読んだようだ。
 でも、人が集まらなかった。
 だから、店を開けられないキオスクが多いのだって。

 技を持った熟練の人たちを辞めさせて、安い労働力でしのごうとした結果の話。
 なにか、今の時代を象徴しているようだ。

 せっかくの「技」を認めてあげないなんてね。

 なんの商売でも、目に見えぬ「技」というものがあるはずだ。
 そば屋だって、何気ない接客のやり方にも、そんなことを感じさせる店もある。
 特に老舗と言われる店などは、花番の通し言葉などが、妙に安心感を与えてくれたりする。

 ある、ショッピングセンターの中にあったそば屋。
 ここは、それなりの手打ちそばを食べさせる店なのだ。
 昼過ぎで、お客はまばら。
 カウンターの中には、アルバイトとおぼしき若い兄ちゃんがいて、私のそばを茹でてくれる。
 つい、動きを目で追ってしまった。

 柄のついた揚げざるで釜の中のそばを掬うと、そのまま横の流しでそばを洗う。
 ここは、上から水をかけるシャワー洗いだ。
 そして、そばの入っている揚げざるを、二三回振ると、横に置いてあったザルにそのままそばを移したのだ。
 そして、揚げざるの縁で、そばの形を整え、私のところへ「はい、お待ち。」

 はああ、と感心して見てしまった。
 アルバイト君は、なんと、茹で上がったそばに、まったく触ることなく、「もりそば」を作ったのだ。
 なんと清潔で、手際のいいことよ。
 コレも「技」だなあ。

 でも、もちろん、そばは水浸し。
 食べようと思っても、そばが団子になっていて、うまくすくえないけれど、、、。

 あるファミレスみたいな食堂に、「信州のそば、職人の技。」なんて看板があったので、つい、ふらふらっと入ってしまった。
 そばは、、、、あの、工場製麺独特の匂いのするものだった。
 どこが「職人の技」なのだろうか。

 きっと、あのレジのうしろの事務室に、お金を数える達人がいるのに違いない。
 一万円札を百枚数えるのに、九秒九しかかからないとか。
 きっとそういう技なのだろうな。

 どちらにしろ「技」は大切にしなければいけない。
 でも、「技」の使い方は、もっと大切なのかもしれない。

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2007年4月 9日 (月)

「昼型」というのは、あまり聞かない。

 人には、「朝型」の人と、「夜型」の人がいるようだ。

 神経を集中して仕事をしなければいけない時に、「朝型」の人は、朝早く起きてバリバリとこなしていく。
 逆に、「夜型」の人は、夜暗くなったほうが、集中力が上がっていく。

 どちらも、その人の性質なのだからしょうがない。
 「朝型」の人に、夜の仕事をやらせても効率が上がらないし、「夜型」の人に朝やれと言っても、うまくいかない。
 その人が一番合った方法でするのがいいのだろう。

 たまに、仕事中はしおれているが、仕事が終わると目が爛々としてくる人が居る。
 でも、これは「夜型」とは呼ばない。
 単なる「夜行性」と呼ばれるそうだ。

 さて、「そば」という植物も、「夏型」と「秋型」があり、これをうまく使い分けないと、効率のいい収穫ができないらしい。

 「そば」は基本的には短日性植物というのだそうだ。
 つまり、陽の当たる時間がだんだん短くなってくると、
 「あれ、日が短くなってきた。
  それじゃぁ、花でも咲かせるか。」
 と言って(言うかどうかしらないが)、花を着け始めるという。

 だから、日の短くなる前に種を蒔いてしまうと、
 どんどん成長するだけで、いっこうに花も実も付けなくなってしまう。
 「そば」は基本的には「秋型」の植物なのだ。

 ところが、どの世界でもへそ曲がりは居るもので、
 「わたしゃ、日が長かろうと短かろうと、
 そんなことは関係ないのだ。」
 と言って(言うかどうかしらないが)、花を咲かせるものもある。

 北海道で多く栽培されている「そば」がそうだ。
 これは「夏型」と呼ばれている。
 夏そばとも呼ばれ、各地に独自の品種がある。

 「秋型」はやっぱり、あまり早く蒔いても実がつかない。
 「夏型」は遅く蒔けば成長が遅れる。

 それぞれの地域に、それぞれの「そば」の品種があり、
 それぞれの栽培方法が、昔からあるのだ。
 それを、無理に育てようとしても、うまくいかないのだね。

 去年も知っている方が、五月の下旬に、
 畑にそばを蒔いた。
 背丈ほどによく育ったが、実はほとんどできなかったそうだ。
 そういう場合は「夏型」のそばを蒔かなければいかなかったのだね。

 それぞれの性格をつかんで、「そば」を栽培しなければいけない。
 人間だって、その人の性質をつかんで、動かなければうまくいかない。

 私はどちらかと言えば「夜型」なので、、、、
 あまり、朝早く起きるようなことは、、、、
 できるだけ、、、。

 こんなこと書いていないで、早く寝ろって。

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2007年4月 7日 (土)

「花のようブーケ」で「枯れ葉のようなアロマ」のするそば。

ワインのソムリエというのは、その感性もそうだが、豊かな表現力が求められるようだ。
もともと、味とか香りというのは、言葉で言い表すのが難しいものだ。
それを彼らは、「青臭いピーマンの匂い」「熟成したパイナップルの匂い」「菩提寺の花の匂い」と言い当てる。
そして全体の印象として「ぬれた子犬の香り」「雨上がりの森の匂い」等と表現する。

ふう〜ん。
「セクシーでねっとりとした、ルノワールの描く裸婦を思わせる、豊満で開放的な香り」
なるほど。
でも、私には、「ブドウの香り」がするとしか言えないのだけれど。

さて、「そばの香り」もそうだ。
これも、いろいろな種類がある。
そばを食べて、「そばの香りがする。」というのは、ワインを飲んで、「ブドウの香りがする。」と言うのと同じぐらい乱暴な表現のような気がする。

とはいっても、そばの香り、匂いは分かりにくい。

だから、はっきりとした「昇り香」の強いそばに出会うと、それがそばの匂いだと思われてしまうのだね。

実は、口に含んだ時に広がっていく香りがある。
これを私は勝手に「含み香」と呼んでいるけれど、これはまた、違った匂い。
これに気付くと、そばを食べるのが楽しくなる。

最初に鼻につんと来るのが、「昇り香」こと、「下町娘」。
華やかで目立つが、かしましい。
口に含んだ時に現れるのが、「含み香」こと、「山の手のお嬢さん」。
物静かだが、しっかりとしている。
さて、この「下町娘」と「山の手のお嬢さん」が合わさって、独特の香りのハーレムが出来上がるわけだ。

これについて、以前にメールマガジンで書いたのでこちらをご参考に。

だから、そばも「そばの香り」と一言でくくってしまうのではなく、ソムリエのような、豊かな表現ができないものかと思う。

「勝てると思っていた九回裏に、逆転されて泣いた時のグランドの香り。」
「サルバドール・ダリの絵の中の、グニャリと曲がった時計のような、難解な香り。」

う〜ん、やっぱり香りって、表現するのが難しい。

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2007年4月 5日 (木)

そばを食べれば頭がフサフサ。

昔からこういう諺(ことわざ)があるそうだ。

「うどん三本、そば六本」

なるほど。
うどんを食べれば、毛が三本増え、
そばを食べれば、毛が六本増えるのだ。
だから、そばを食べたほうが、髪の毛がフサフサになるらしい。

、、、、ではない。

なるほど。
うどんを作るのには、三本の麺棒を使い、
そばを打つのにには、六本の麺棒を使うのだ。

、、、、ではない。

なるほど。
うどんを食べる時には、箸を三本使い、、、

という話はともかく、
昔の人は口が小さかったのだろうか。
骨董のそば猪口なども、今のものに比べれば、かなり小振りだ。
きっと、大口を開けて食べるようなことはしなかったのだろうな。

つまり、うどんは三本、そばは六本をつまんで口にするのが、ちょうどいい量だと言うのだ。
いくら何でも、六本というのは少なすぎる気がするけれど。

でも、食べてみると判るが、噛まずに飲み込む食べ方をしようとしると、そのくらいの量が食べやすい。
六本ぐらいのそばならば、歯に当てなくとも、喉で吸い込むことができる。
きっと、そういう食べ方をする人が、この諺を考えたのだね、
機会があればお試しあれ。

さて、「手打ちそば屋 かんだた」のそばを食べる時の決まりとしては、八本をおすすめしている。
詳しくはこちらのブログで。
えっ、八本って数えるのが大変だって。

本当は、そばを食べる毎に、
六本ずつ髪の毛が増えてくれればいいのに。

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2007年4月 4日 (水)

そばが「立った」り「座った」り

暖かくなったと思ったら、また寒さが戻って来た。
油断できないこの頃の天気。

さて、昨夜は恒例の「十割そばの夕べ」。
寒い中をご来店ありがとうございました。

今回のテーマは、ちょうど花の季節ということで「梅切り」。

Umegiri なんだ、いつもの更級と変わりがないではないかと、思われるけれど、汁をつけずに食べてみると、ほのかな梅の香りが。
そう、梅干しを打ち込んでみたのが今回の趣向。
自家製の梅干しの、身の部分をすりつぶしてみた。

もう少し、たくさん入れた方がよかったとのご指摘。
はい、今度からは、もう少し梅の量を増やすようにしますね。

でも、打ち慣れている私には、いつもの更級とははっきりとした違いが見えていた。
普通の更級は、茹でると、もっと透明感のあるプリンプリンという感じになるけれど、このそばは、しっかりと白く、固い感じになっている。
そう、梅干しの塩分で、そばが「座った」状態になっているんだね。
つまり、塩を使ってこねるうどんと同じように、しっかりとそばが繋がっているんだ。
だから、ゆで時間も、少し長い。
ほんの数秒だけれどもね。

でも、そんな違いは、お客様にはわかりにくかったようだ。
もう少しメリハリをつけなければ、、、と反省。

さて、来月は何を作ろうかなと、
懲りずに考えている私です。

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2007年4月 2日 (月)

またまたつらい思いをしなければ。

あれあれ、やっぱり止めてしまうの。
困ったな。
せっかく気に入っていたのに。

なにを隠そうビールの話。

「手打ちそば屋 かんだた」で出させて頂いているビールは、ちょっと珍しいプレミアムビール。
富士山の天然水を使って作られたという、あっさりとしたビールなのだ。
お酒が苦手な私が、いろいろなビールを飲み比べて、やっと、そばに合うビールとして決めた銘柄なのだ。
詳しくはこちらのブログで。

それが、2月いっぱいで、作られなくなってしまったのだ。

説明に来たアサヒビールの人の話では、安い発泡酒に押されて、本来のビールの売り上げは大幅にダウン。
ブランドを整理するよりほかないのだそうだ。

せっかくそばに合うビールだったのに。
ということで、「手打ちそば屋 かんだた」では、もうビールを置かないことにした。
あと二ケースで、ビールは終了。

、、、トイウわけにもいかないね。
ああ、またビールの飲み比べをしなければいけない。
いやだなあ〜、、と言いつつ、いや、ニヤケテなんかいない。
ああ〜、つらいなあ。

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