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2007年3月22日 (木)

驚いた私は県外者。

ここのところ、寒い日が続く長野の町。
でも、善光寺の表参道を歩いてみると、ところどころに、お雛様を飾ってある店がある。
宿坊にも、お雛様が、お客さまをお迎えしているところもある。
ああ、雛祭りの季節なんだな。
やっと、春が来るんだな。
そんな気分にさせてくれる、お雛様。

何言っているんだい。
もう、春のお彼岸。
雛祭りの三月三日なんて、とっくに過ぎているじゃないか。

いえいえ、それは、新暦で雛祭りを迎えられる、暖かい地方でのこと。
寒さの厳しい、ここ、長野市周辺では、月遅れの、四月三日に、桃の節句を祝うのが習わし。
やっと、長い冬が終わって、春が来たことを実感する日なのだ。

さて、江戸時代の話。
その雛祭りが終わった次の日に、
雛をしまう前に、そばを供える習慣があったという。
いわゆる「雛そば」といって、広く行われていたらしい。

年越しに食べるそばと同じで、
そばは縁起ものと考えられていたんだね。
病気を追いやる「魔よけ」とか、
そばは伸びやすいので、
家運が「長く延びる」というようなことに
引っ掛けていたらしい。

長野でもそばを食べる風習があったかどうか、
周りの人に聞いてみても、
いきなり火星語で話しかけられたような顔をされるだけ。

ならば、今から新しい習慣をつくろうか。

「雛祭りには、そばを食べよう!!!」

なお、長野では、端午の節句も月遅れで行われる。
五月の下旬に、鯉のぼりが泳いでいても、
けっしてしまい忘れた訳ではないので、ご安心を。

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