« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007年1月30日 (火)

題名が「漂泊」のつもりが、あれ「漂白」になっている、、、!   

  分け入つても分け入つても青い山

種田山頭火は、大正から昭和の初めにかけて活躍した俳人。

彼は裕福な家に生まれるが、母の自殺、家業の破産、自らの事業の失敗、妻子との別離など、波乱にとんだ半生をすごす。
やがて出家得度し、つまり、坊さんになって、全国を放浪し、俳句一筋に生きたそうだ。

その俳句は、俳句の決まり事である季語や、五七五の定型を無視した自由律俳句。
漂泊と孤高の精神を表現し続けている。
根強いファンのいる俳人だ。

彼はお酒が好きで、いく先々で、酒の上での失敗を繰り返していたらしい。
きっと、今会えば、へんな酔っ払いおじさんだったのかもしれない。

さて、鬼無里(きなさ)に住む、彫り物をやっている高橋敬造さんのところへ行ったら、居間のところに変なものがある。
高橋さんは、木のそのままの姿を生かして、彫り物を作るのが得意だ。
「手打ちそば屋 かんだた」では、入り口の額を彫ってもらったり、壁にはる字を書いてもらったりと、大変お世話になっている。

Santouka1それは木のこぶのの膨らみを利用して作ったもの。
そこから伸びた枝を足と杖にして、人が歩いているように見える。
その人の顔は、眼鏡をかけた平たいオデコをしている。
手に托鉢の鉢を持ち、背中には菅笠が。

あれっ、これって、
「山頭火」じゃないか。

高橋さんに聞いたら、そうだという。
山頭火をイメージして作ったのだという。

「これは、気にいっているから、手離さないよ。」
そう言う高橋さん。
「これは、いいよ、面白い。
 せっかくだから、もっと大勢の人に見てもらおうよ。」
そう説得して、その作品を預かってきたのだ。

Santouka2うん、実にうまくできている。
漂泊の詩人の雰囲気が、どことなくユーモアを感じさせながら伝わってくる。
自然の木に、ちょっと手を加えただけなのに。

俳句を好きなお客さまに見せたら、
「 う〜ん、背中がいいですね。
 後ろ姿が、、、、、。」
とおっしゃっていた。

一つ場所に落ち着くことができず、放浪を続けた「山頭火」。
そういえば、こんな句もあったな。

  うしろすがたのしぐれてゆくか

では。

| | コメント (4)

2007年1月29日 (月)

そば切り発祥の地?

なんでも、今の様に蕎麦を細長く切って食べる「そば切り」の発祥地は、信濃の中山道、本山(もとやま)宿なのだそうだ。
現在の塩尻市本山。諏訪湖から、国道十九号線を木曽の方に少し入ったところだ。

コレには諸説ぷんぷんではあるが、今から300年前に発行された本にそう書いてあるらしい。
本の名前は「風俗文選(ふうぞくもんぜん)」。
作った人は森川許六(きょりく)という。この人は、彦根藩主で芭蕉の門人だったという。
でも、この人は、俳句に関わる文をまとめただけで、そばについて書いたのは、他にいるらしい。なにか、ややっこしい。

さて、この本にかかれたことで、本山宿が「そば切り」発祥の地として認められ、沿道にはそば屋が立ち並んでいる、、、、あれっ、一軒しかないや。

そうは言っても、たかだか一冊の本に名前がでただけ。
それだけでは、「発祥の地」などと言うだけの根拠が薄いのだね。

聞けば、地元の人たちが、いわゆる地域起こしのために、十年ぐらい前からその一軒のそば屋を始めたのだ。
ここには、古い宿場町の面影の残る建物が連なっているという。
本当に「そば切り」の発祥地かどうかは別としても、地元の人たちが、地元のよさを見直し、「そば切り発祥の地」としてブランド化しようとしているんだ。
面白い試みだと思う。

「かんだた」も「かんだた発祥の地」という石碑でも、店の入り口に建てて置こうかな。
そう、三百年後の人たちが、「かんだた」というそば屋はどこにあったのかって迷わないようにね。

それより、今の人たちに迷わせないようにしたら。
ただでさえ分かりにくい場所にあるのだから。まったく。

| | コメント (0)

2007年1月28日 (日)

蕎麦は「大バカ」

 一年で一番寒い季節のはずなのに、長野は雪もないし、あまり寒くない。
 去年が、あまりに寒く、雪に悩まされた冬だったから、この冬は、とても楽に感じるのだ。だって、まだ、雪かきを一度しかやっていない。

 お客さんが、薬をもらうために医者に行ったら、医院はガラガラだったそうだ。
 今年は、風邪も、鳴りを潜めているようだ。
 医者はヒマで困るだろうけれど。

 さて、蕎麦も風邪をひく。
 この季節は、空気が乾燥するので、特に気をつけなければ。
 何しろ蕎麦が風邪をひいてしまうと、生舟の中でくしゃみの音がやかましくて、、、、、ということはないけれど。

 まあ、蕎麦が風にあたった、という意味なのだろう。
 打ち上がった蕎麦を、きちんと保管しないと、表面が乾き、茹でた時にブツ切れになってしまう。
 たとえわずかな時間でも、打ち終わった蕎麦を風に当てることは禁物。
 特に私のような細打ちの蕎麦は、すぐに乾いてしまう。
 風邪をひきやすい体質なのだね。
 だから、生舟に入れる時には、手ぬぐいで、大切に包んでしまっておく。

 幸いなことに、私自身は、あまり風邪をひかない方だ。
 もっとも、こういう商売をやっている以上、風邪なんかひいていられない。
 えっ、なんだって。
 バカは風邪をひかない、、、だって。

 そお、どおせ私はそうでしょう。
 蕎麦打ちバカになれたかな。
 でも、知っているかな。
 バカは風邪をひかないけれど、大バカは風邪をひくそうだ。
 あなたはどちら。

 

| | コメント (4)

2007年1月26日 (金)

「硫黄島からの手紙」の島

硫黄島のある鹿児島県三島村。
この村役場に、最近、こんな電話がかかってきているという。

「あの、硫黄島へ行きたいのですが、
 どういう風に行けばいいのですか?」

もう一度いうが。ここは鹿児島から、南へ100キロ近くの海上に浮かぶ硫黄島。
ここは、歴史的にも名高いところだ。
ほら、あの太平洋戦争、、、じゃなかった、源平の合戦のとき、いろいろな人がこの島に流された。
別名を「鬼界が島」という。

そう、今公開されている映画「硫黄島からの手紙」の舞台になった島と、勘違いされているのだ。
こちらの島は、東京都小笠原村に属し、東京より南1200キロにある。
ちょっと、一般の人は行けないみたいだね。

この映画、日本人が出ているけれど、ちょっと日本の映画と違うぞ、、、なにがとは言えないけれど、、、何か微妙な違和感を持って観た。
それもそのはず、監督はあのクリント・イーストウッドだものね。

硫黄島の日本軍の玉砕する有り様を、一兵卒の、目で描いている、とてもいい映画だ。
常に、普通の視線を、いつもの気持ちを持ち続けることが大切なのだね。

この映画でも描かれているけれど、二万を超える日本兵の多くは、実際の戦闘で亡くなったわけではない。
戦闘以前の飢えや乾き、病気、そして自爆、自傷行為によって命を落としていったのだ。
そうせざるを得なかった、兵士たちの苦しみ、そして、戦争の悲惨さを感じさせる映画だ。

それにしても渡辺謙、いい役をやっているよね。

硫黄島は、火山の島で、水がない。
雨水に頼らざるをえないのだ。
こういうところで、水を大量に使う蕎麦は調理できないだろうな。
蕎麦すら食べられなかった兵士たち。
う〜ん、かわいそうに。

さて、最初の鹿児島県の硫黄島も、その名の通り火山で有名だ。
温泉あり、美しい海あり、歴史的ないわれあり。
こっちの方の硫黄島で、ゆっくりと釣りでもして過ごしたいな。

その前に仕事しろって、、、。

| | コメント (2)

2007年1月25日 (木)

「狂った油」と呼ぶ人もいる。

近頃のニュースでは、アメリカやヨーロッパでは、
食品に含まれるある物質を制限する動きがある。
ニューヨークでは、飲食店で、
コレの入ったものを使ってはイカンと、市長がお触れをだしている。

何でも、コレをとると、肥満の原因となるばかりか、
心臓病やガンになる恐れがあり、
さらに、痴ほうになるかもしれないというのだ。

その物質の名前は「トランス脂肪酸」。

なんなのだ、コレは、、、、と調べてみるけれど、
う〜ん、正直なところ、よく分からん。

とにかく、天然にはない組成物で、食用油を、
熱処理したりすると出来るものらしい。
特に多く含まれているのが、
マーガリンや、お菓子に使われるショートニングといわれるもの。
これらのものは、「トランス脂肪酸」を使って、
品質の変化を防いでいる。

この「トランス脂肪酸」のことを、「プラスチック油」と呼ぶ人もいる。
この油で作られたマーガリンは、常温で置いておいても変質はしないし、虫も寄ってこない。
ましてや、この油で揚げた食べ物、例えばポテトやフライドチキンは、
表面がプラスチックで覆われたようなものになるので、
時間が経っても変質を防げるのだ。

こんな便利な油を、金儲け業界が放っておくはずがない。
かくして、ファストフード店や、お菓子の業界では、
たっぷりと使われているのだ。

例えば、コーヒーについてくる、「コーヒーフレッシュ」。
あれって、ミルクだと思っている人が多いけれど、
じつは、ミルクなど入っていない。
食用油を加工して、この「プラスチック油」で
適当に固めているんだって。
だから、常温で置いておいても大丈夫なのだね。

そんな油は、重大な病気を引き起こす恐れがあるのだ。
そして、欧米では、厳しい規制が始まっている。

さて、日本では、、、、あれっ、誰も知らないよ。
「トランス脂肪酸」って。
納豆では、あんなに大騒ぎをするのにね。

業界団体の話では、日本は欧米に比べて、油の摂取量がすくないので、まったく問題はないといっている。
そりゃ、平均値をみればそうかもしれない。

でも、油で揚げたスナック菓子を一番食べているのはだあれ。
ショートニングのたっぷり入っているケーキやパンを好きなのはだあれ。

そう、未来を背負う子供たちなのだ。

そんな、若い人たちが、心臓病で、バタバタと倒れたしまったら、、
、、、、
、、、、
、、、、私達の年金は、誰が負担するんだ```。

という、現実的な話から、
若い人たちには、フライドポテトやスナック菓子を食べさせてはいけない。
「トランス脂肪酸」とは縁のない、そばを食べさせよう。

ということで、話は落ち着いた。ふう。

| | コメント (2)

2007年1月23日 (火)

延ばし作業は、正確な円を作ることから始まる。

 皆さんは、丸を書くことができるだろうか。

 えっ、なにを言っているんだい。
 丸を書くことぐらい、誰だってできるだろう。

 そう、丸を書くことぐらいは誰でもできる。
 小さな子供だって、ひょっとしたら猿だって書けるかもしれない。
 でも、正確な円を描くのは難しいのだ。
 そう、例えば、直径3センチぐらいの円ならば、
 けっこう、それらしい円を描ける。
 でも、直径45センチの正確な円を、
 手書きで書ける人は、そんなにいないはずだ。

Marunosi  今、私がそば打ちの時のテーマにしているのが、そばを延ばす時の最初の丸出しで、正確な45センチから50センチの丸を作ること。
 コレがきちんとできないと、それからの長方形に伸していく作業が、きれいにできないのだ。

 正確な丸を作ると言うことは、厚みも均一でなくてはならない。ここで、きっちりと作っておかないと、後の作業がしづらくなるんだ。

 ちょっとした麺棒の使い方、手の動きの工夫で、蕎麦のできが変わってくるのだね。
 早く、きれいに、無駄なく蕎麦を打つために、毎日、毎回、少しづつでも進歩していきたいと思う。


| | コメント (2)

2007年1月22日 (月)

丹沢の鹿のために。

今日お客さまから聞いた話。
なんでも、鹿がそばを食べるのだそうだ。

へえ〜、鹿がそばを、ズズッと食べるんだ。
いきな鹿がいたもんだね。
と思ったら、違うお話。

そのお客さまは、東京近郊にすんでいらっしゃるのだが、
知り合いの紹介で、丹沢の山の近くに、畑を借りたそうだ。
おお、懐かしき丹沢の山々。
私も若い頃、よくこの山の中を歩き回ったなあ。

手間がかからなくて、育てるのが楽な作物といえば、そば。
これは自給自足の生活への第一歩ということになるぞと、
そばを蒔いたそうだ。
順調に育って、やがて、白い花が一面に咲いた。
その白い花が、やがてあの、黒いそばの粒になるのだな、
と収穫を楽しみにしていた。ところが、、、、。

そろそろ収穫と思って畑に行ったら、
な、なんと、なに者かに荒らされた後が。
せっかくのそばは、みな食べられて、残っていたのはほんの数粒。
だっ、誰だ、そばの実をみんな喰ってしまった奴は。

その正体は、近頃丹沢では数が多くなり過ぎて問題になっている、
鹿。

その人は、丹沢の鹿のために、
そばを育てたのかと落胆したが、
来年は、鹿よけのネットを張って、再び挑戦するとのこと。

私のいる長野の北部では、鹿はいないので、そんな話を聞かなかったが、鹿のいる地域では、けっこう畑のそばが食べられてしまう被害があるようだ。
鹿が、そばを食べるなんて、知らなかった。
そばは固い殻に包まれているので、あまり小鳥は食べないという話は聞いたが、まさか鹿が食べるとはね。

地域によって、そばを栽培する苦労があるんだね。

| | コメント (0)

2007年1月19日 (金)

ライバルはキムタク。

木村拓哉主演の映画、「武士の一分(いちぶん)」を観た。

男の意地を通す物語で、なかなかすっきりとしたいい映画だった。
「たそがれ清兵衛」もそうだったが、山田洋次監督の細かい演出が光っている。特に、さり気ないところに季節感を取り入れていて、いいな、こういう映像は。

木村拓哉が時代劇に出るということで、どうなることかと思ったが、良く演じている。刀の振りや着物のさばき方(以外と難しい)も巧みで、野心溢れる侍の雰囲気を、うまくかもし出した。
彼は、ただのアイドルではなかったんだね。

だけど、木村拓哉の役者としての将来のため、あえていわせてもらえば、まだ、演じているなという感じがある。
笹野高史の役のはまり方、緒方拳の存在感に比べてしまうと、ちょっと線が細いかなという気がする。
特に、この役を、木村拓哉でなければいけなかった、と思わせるぐらいの、強い印象があったかというと、ちょっと疑問。

役者というのは、この人だからこの映画は成り立っているんだ、ぐらいの存在感があるといいなと思う。
「駅馬車」のジョン・ウェイン(古い)、「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーン、「生きる」の志村喬、「男はつらいよ」の渥美清みたいに、その人でなければならない映画ってあるよね。
そういう役者になるのは、たいへんだろうけれど。

そば屋だって同じ。
そばを食べるのならあの店でなくては、といわれるぐらいの店にならなくては。

木村拓哉は、スターとしての花があるし、きっといい役者になると思う。楽しみにしていよう。

| | コメント (0)

2007年1月18日 (木)

衛生管理は日頃のチェック。

 洋菓子メーカーの老舗、不二家の問題はずいぶん大きく騒がれてしまった。

 別に食中毒を出したわけでもない。
 法律違反をしたわけでもない。

 なのに、どうして、マスコミに隅々まで突っ込まれるようになってしまったのだろうか。
 「不二家は、衛生管理が出来ていない、けしからん」という評判が、あっという間に広まってしまったのだ。こうなると、その評判を取り戻すには、相当の時間と努力がいることになる。

 

 要するに、最初の対応を間違えたのだ。
 というより、その対応の仕方で、会社の管理体制の不備が、見透かされてしまったのだ。

 消費期限切れの牛乳を使っていると、内部告発があった時に、
 「これは大変だ、すぐにチェック体制を見直さなければ。」
 というように行動すればよかったのだ。

 それが、ぐずぐずと調査を引き延ばして、うやむやにしようとした。
 「そのくらいのことで、なに大騒ぎしているのさ。食中毒になったわけじゃないだろう。」
 会社がそういっているように受けとめられても、不思議じゃないんだ。
 そこに、マスコミが食い付いたんだね。

 「へえ、あそこは、古い牛乳を、平気で使っているんだ。こりゃ、他のものも何を使っているのか分からないぞ。」
 消費者は、そんな印象を持ってしまったに違いない。

 今の時代は、品質管理、安全管理に強い責任が問われる時代。
 会社の大小を問わず、きちんとした管理、対応が求められているのだ。
 何か問題があった時には、そこまでするか、、、、ぐらいの行動で示さないと消費者は納得しないんだ。

 実害があったわけでもなく、法律を犯したわけでもない。
 それでも、こういう厳しい立場に立たされることがあるのだ。

 私のような小さなそば屋だって、クレームへの対応次第でどうなるかわからない。
 よし、さっそく、明日から、「危機管理室」を立ち上げよう。
 って、誰がやるんだ、、、、。

| | コメント (0)

2007年1月15日 (月)

3万3千トンは何人前の蕎麦?

 農水省のホームページで、昨年の蕎麦の収穫量の資料が公開されている。
 御覧になりたい方はこちらへ

 昨年の収穫量は3万3千トンと、最近では最高の収穫量となった。
 やっぱり、豊作だったのだね。
 このことについては、メールマガジンの「かんだたかんだ、そばかんだ、そば屋の楽しみ方」の最新号に書いてみた。こちらもどうぞ。

 蕎麦の栽培面積が、多少は増えているが、蕎麦の最大の産地、北海道ではやや減っている。
 これは、世界的に不足が心配されている、大豆への転作をした農家があったためだ。
 どうしても、蕎麦だけでは、主力の作物になりえないので、そういう市場の流れにも、蕎麦の収穫量は影響されるんだね。

 データーを見ていて気が付くのは、蕎麦の栽培面積は広いのに、収穫量のすくない県がいくつかある。
 10アールあたりの収穫量が、ある県では、28キロしかないのに、いくつかの県では100キロを超えている。
 あれ、こんなに開きがあるものなのだろうか。

 きっと、蕎麦にたいしての、取り組みの違いなんだろうな。
 などと、勝手に深読みしているけれど。

 それでも蕎麦の国産自給率は、やっと20パーセントをこえたところ。
 まだまだ、国産の蕎麦が増えてくれるといい。

| | コメント (0)

2007年1月12日 (金)

麺棒に蕎麦がくっつく。

 ちょっと前のこと、お客さまから尋ねられた。

 「蕎麦を打つ時に、麺棒に蕎麦が付いてしまうことがあるんだ。
 蕎麦が付かないように、麺棒に何か塗っているのかね。」

 そのお客さま、蕎麦打ちセットを買われて、蕎麦打ちに挑戦なさっているそうだ。
 いいですね、こういう方が増えることは。

 さて、お答えですが、実は、麺棒には、、、。

 私は軽い麺棒が使いやすいので、ヒノキやヒバの麺棒を使っている。
 他にも、カエデ、イチイなんかも使われるようだ。
 ちょっと重くなればサクラやカシもある。
 道具屋さんには、黒檀の麺棒があったけれど、あんなに重い麺棒を使う人がいるのだろうか。

 打ち台との相性もあるので、まあ、材質は何でもいいのだろう。
 ただ、問題は、麺棒の表面がきれいに磨かれているかということ。うまく手の中で滑らすことができないからだ。
 そのためにクルミ油を表面にうすく塗っている人もいるし、ヌカで磨く人もいる。
 私はもっぱら、固くしぼった布で拭いているだけだけど。

 ということで、麺棒には何も塗りません。

 新しい麺棒は、ともすると、表面がけば立っていることがあるので、それが麺にくっ付くのではないかな。
 とにかく、固くしぼった布で、何回も何回も拭いて磨くこと。
 使っているうちに、だんだんなめらかになって、馴染んでくる。
 だから、たくさん蕎麦を打ってみることが大切。

 それと、常に打ち粉を均一に蕎麦の表面につけておくこと。
 慣れないと、打ち粉の使い勝手が分からないので、台に蕎麦生地が付いてしまったりする。マメに少しづつ、打ち粉を広げるように気をつけてみよう。

 蕎麦打ちは、とにかく回数を重ねること。
 がんばりましょう。

| | コメント (0)

2007年1月11日 (木)

正月の定番メニューにしよう。

 この火曜日は、恒例の「十割そばの夕べ」。
 今回は、正月明け、連休明け、ということで、お出でになれなかった方が多かったが、新たに参加された方もいて、盛況となった。
 御参加頂いた方々、ありがとうございます。

 今回の「遊び蕎麦」は、冬の変わり蕎麦の定番の「柚子(ゆず)切り」。

Yuzukiri  すりおろした柚子の皮を、白い更級に打ち込んでみた。

 柚子の皮が入っているので、途中から切れる恐れがあるので、麺はいつもより少しだけ太めにした。でも、切れることもなかったので、あまり気にしなくてもよかったのかもしれない。

 口に含んでみると、柚子の香りとともに、蕎麦の甘味が感じられる。

 あれ、この更級は、こんなに甘味があったっけ。

 今回作ってみて気が付いた。
 柚子の香りが、蕎麦の甘味を引き立てているのだ。
 なるほど、変わり蕎麦というのは、ただ、違うものを入れればいいというのではないんだね。ちゃんと蕎麦を、どっこいしょと持ち上げている。

 昔からある定番の変わり蕎麦には、こういう役割のある組み合わせもあるんだね。
 お客さまにも好評だった。

 えっ、食べ損ねたから来月も「柚子切り」をやれって。
 いやあ、来月はまた、もっとおいしいものが登場の予定。(実はまだ、なにも考えていないけれど。)
 「柚子切り」は、また来年の正月ということで、、、、。
 わっはっはっは、、、、、、。
 だあれだ、笑っているのは。


 

| | コメント (0)

2007年1月 7日 (日)

足には「しもやけ」もできた。

 今日は長野も雪降り。
 最初はたいしたことないかな、と思っていたら、昼頃に湿った雪がずんずんと積ってしまった。雪の降るのはいいけれど、これからの寒さの方が気にかかる。

 「手打ちそば屋 かんだた」で使っている水は、長野市の水道。(当たり前だが)
 すぐ後ろに山を背負っているので、市内中心部でも、けっこういい水を使うことができる。でも、問題はその温度。
 さすがに山からくる水。冬は冷たく、夏は暖かい。

 今日の水温は5℃。
 蕎麦を茹でた後、その冷たい水で洗うことになる。
 かんだたでは、シャワー洗浄はないから、私の手を入れてその水で蕎麦を洗うのだ。その温度では冷たすぎるので、お出しする時には、もう少し暖かくした水に蕎麦を通しているけれど。

 5℃の水に漬かった私の手。
 気がついてみると、甲に猫の引っ掻き傷の様な線ができている。
 なんかむず痒い。

 あれ、あかぎれだ。
 あかぎれなんて「おしん(古い!)」の世界の話かと思っていたら、こんなことでもできるのだね。

 蕎麦を打ったり、茹でたり(お湯の中には手を入れないが)、洗ったり。
 少しは手も大切にしてやった方がいいのかな。

| | コメント (2)

2007年1月 5日 (金)

どうして「猪鼻」ではなく「猪口」なのか。

 今年は猪年。
 どこかの国の首相が「今年は猪突猛進でがんばる」と言ったとか言わなかったとか。
 それって、人の意見を聞かずに突っ走るってこと?
 まさか、違うよね。心配だな。

 猪と言えば、豚と同じであの鼻が特徴的。
 そばを食べる時に使う「猪口(ちょこ)」も、あの鼻の形に似ているから付けられたんだよね。
 あれ、ちょっと待てよ。
 猪の鼻に似ているなら、「猪口」じゃなくて、「猪鼻(読み方不明)」になっているはずだ。どうして「口」なのだろう。

 実は「猪口」というのは完全な当て字。朝鮮語の「チョング」という発音からきているのだという。
 なんだ、猪とは関係ないんだね。

Sobachoko  古いそば猪口は、骨董好きの人たちの間で収集されているようだ。
 店にある古いそば猪口を見てみると、軽くてずいぶんと小さかったんだね。ちなみに一番左が、今店で使っているそば猪口。ちと重いのが気にかかっている。

 まあ、猪の年。猪に泣かれないような年になって欲しい。

| | コメント (0)

2007年1月 4日 (木)

初詣は早朝

 正月は、初詣の人たちで賑わう善光寺。
 元日などは大勢の人で、本堂までたどり着かなかったと、店にみえたお客さまがおっしゃっていた。皆さん、信心深い方が多いのだね。

 ちっとも信心深くない私だけれど、遅ればせながら、今日、善光寺に初詣に行ってきた。
 私の行った時には、本堂の中は、人影もまばらで、ゆっくりと拝むことができた。なにしろお願いすることがたくさんあるので、ゆっくりと拝ませて頂かないとね。

 善光寺は朝が早い。
 日の出とともに「お朝事」と呼ばれる法要が始まる。今の時期はちょうど一番日の出が遅い季節で、「お朝事」の始まるのは7時から。私の行ったのは、その前の時間だ。なるほど、人が少ないはずだ。
 その「お朝事」の前に、本堂の前に一列に並び、しゃがんでいると、法要の導師を勤めるお貫主さまが、お数珠を頭に当ててくれる。「お数珠頂戴」という行事だ。
 私も列に並び、しっかりとお数珠を頭にいただいた。
 さあ、これでハゲが直るかもしれない、、、などということは、考えても言ってはいけない。とても大切な功徳を授かったのだから。

 こうして毎日、続いている信仰の世界。信心のない私だけれど、みじかにこういう世界があるのもいいものだと思った。

 それでも、早朝からお参りに来る人たちはけっこういる。お参りを日課にしている人たちもいるようだ。
 仲見世のの中でも、もう開けている店がなん軒かある。なるほど、こういう人たちを相手に、商売するのもいいかもしれない。
 早朝限定の、「縁起そば」とか「お数珠頂戴そば」なんてどうだろうか、、、、。だめだろうな。

| | コメント (0)

2007年1月 3日 (水)

門松は手作り

 あけましておめでとうございます。

 年末から、年越し蕎麦、そして新年の準備ということで、忙殺されていて、このブログを書くどころか、睡眠時間までなくなってしまっていて。
 やっとパソコンを開いたら、メールの未読が、月に届くぐらいの山になっていた。

 それでも、年越し蕎麦をお持ちになった方々、うまく茹でられたでしょうか。
 ちょっと心配。
 あっ、神奈川のWさん、お孫さんが蕎麦を食べているところを、メールで送ってくれた。ありがとうございます。

 新年は、路地裏にある、私の店のようなところまで人で溢れて、ご迷惑をおかけしました。
 きっと、表通りの店が一杯だから、仕方なしに入ってきた人も多かったんだろうな。(ちょっとひがみモード)
 それでも、「かんだた」を目指してやってきてくれた皆さん、ありがとうございます。

 いつも家族できてくれるAさんご一家。(お餅をごちそうさまです。)東京から去年もお見えの○○さん。愛知から来られたご夫婦。山ノ内からお越しのSさん。(お酒をありがとう)着物姿の飲ん兵衛ご夫婦。ビール好きのおじさん。
 などなど、多くのなじみの方、知っている方にもきて頂き、うれしい限り。

Kadomatu_1  今年も作った自家製の門松。
 毎回、あれ、どうやったっけな、と迷いながら、なんとか格好をつけている。
 今年もいい年でありますように。
 このブログを読む人には、たくさんの福の神が訪れますように。
 同じ地球に生きる、全ての人々にとって、幸せな一年でありますように。

 そして、「かんだた」の蕎麦が、少しでもおいしくなりますように。

| | コメント (2)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »