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2006年12月26日 (火)

蕎麦の盛り方で、そば屋の技量が知れる。わぉ。

 食べものの本を書かれている偉い先生が、そば屋に行って、出されたその蕎麦の盛り方をみただけで、そのそば屋の底が知れると言っていた。

 へえ〜。怖いものだな。蕎麦の盛り方を見ただけで、蕎麦屋の善し悪しが判るなんて。

 ずいぶん昔に読んだ雑誌の記事。そのときは一応、眉につばを塗っておいた。

 でも、最近、その人の気持ちがわかるようになった。
 実は、蕎麦を盛るというのは、とても大切な作業なのだ。

Moridasi  だいたい茹で上がった蕎麦は水で洗い、水切りをする。
 その後で、器に盛るのだが、それにも順序はある。
 せいろに盛る時に、一般的には五回ぐらいに分けて蕎麦を置き、その後で均等にならす。
 そうすれば、上からつまんだ蕎麦が、途切れなくすくえるのだ。

 時々、今風に山にして出してくるところがあるが、これも、少しづつ盛らないと、蕎麦がスムーズに出てこない。ちゃんと食べる人のことを、考えているかどうかが大切なのだね。

 出てくる蕎麦の姿を見ただけで、そのそば屋の技量が判る。
 たくさんの蕎麦を食べ歩いた人ならば、確かにそうなのかもしれない。
 鷲掴みにして、蕎麦を盛っては、「なんだ、蕎麦が絡まっているじゃないか」と怒られそうだ。

 昔の本を見ていたら、「蕎麦はハエが間を通るように盛れ」なんて書いてある。
 つまり、ふわっと、蕎麦のコシが立つように盛るのがいいんだね。
 でも昔の調理場は、そんなにハエが飛んでいたんだ。
 げっ。

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2006年12月24日 (日)

サンタの来ないクリスマス

 明日はクリスマス。
 残念ながら、長野は暖かい日が続いて、ホワイトクリスマスにはならないようだ。
 ついでにホワイト元旦にならなければいいけれど。

 クリスマスとは、西洋の偉いお坊さんの誕生日。別に信仰がなくったって、楽しければ何でも受け入れてしまう、おおらかな私達。
 おかげで、お目当ての人とデートの口実は出来るし、おもちゃ屋さんは大賑わいだし、ケーキ屋さんはほくほく顔だ。酒屋では、甘ったるいシャンパンが売られ、飲みに行ってもメリークリスマスなどと大騒ぎ。でも、鶏にとっては、最大の厄日のようだ。
 そば屋にとってもクリスマスは、、、、、、まったく関係がないようだ。

 クリスマスには蕎麦を!!
 あれ、誰も振り向いてくれないな。
 せめて蕎麦を使ったケーキでも作ってみることにするか。

 私が行こうとしているスペインでは、カトリックの信仰が厚いので、盛大にクリスマスを祝うらしい。
 クリスマスイブは、家族で過ごすのが普通。この時に食べられるのが、アーモンドを使った甘いお菓子とか。
 ちなみにスペインには、サンタクロースは来ないようだ。さすがに、雪降る北欧からトナカイにのって出かけるには遠いようだ。
 そのかわり、一月の6日に、子供たちに贈り物が届く。この日は、東方の三人の賢者がキリストの誕生を祝いに、贈り物を持ってやってきた日。だから、この日に贈り物をするんだね。

 同じクリスマスでも、それぞれの国で、習慣が違うのだね。
 だから、クリスマスの祝い方も、人それぞれでいいのかもしれない。
 だれか、蕎麦を食べてクリスマスのお祝いをする人はいないかな。

 まだ言ってる。


 

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2006年12月23日 (土)

機械は手打ちを追い抜く。いつかは。

 昔、あるスキー場の近くに、「手打ち蕎麦」の看板を掲げる店があったので行ってみた。
 どちらかというと喫茶店という雰囲気の中で出て来たのは、まあ、苦労して作ったのだろうなと思われる蕎麦。
 ぼそぼそ、ぶつぶつ、ざらざら。まあ、たまにはこういう蕎麦もいいかな。

 他に客がいなかったせいもあって、奥から60代初めぐらいのご主人が出てきて声をかける。
 「どうです、やっぱり手打ちは違うでしょう。」
 「あっ、はい、やっぱり手打ちですね。」(おいおい、講釈するんじゃないだろうな)

 「機械ではこういう味はでないのですよ。」
 「そりゃそうでしょうね。」(だって、機械の方が上手だもの)

 「いいですか、手打ちの蕎麦がどうしておいしいかというと、、。」
 「はあ。」(あれ、始まっちゃったよ。)

 「機械には心がないでしょう、心が。そのてん、手打ちは心がこもっている。心を込めて作った蕎麦だからおいしいのですよ。」
 「そうですね。」(あ〜あ、こんな頑固親父に心を込められちゃって、俺に頑固が移っちまう。)

 さて、今でこそ手打ち蕎麦がブームになっていて、あっちでも手打ち、こっちでも手打ちと持ち上げられている。
 うちは機械だよ、なんていうと、なにか蔑んだ目でにらまれそう。

 でも、機械で打っても、おいしい蕎麦はおいしい。
 蕎麦のことをよく知り、長い間修行をした人であれば、機械でもすごくいい蕎麦が出来る。東京の老舗店の蕎麦などがそうだ。
 最近は手打ちばかりでなく、機械を使った蕎麦打ちも注目を浴びてきているようだ。最新の製麺機はよくできているし、店の状況によっては、積極的に使ってもいいと思う。 
 手打ち麺と、機械麺、比べてみても遜色はない。

 でも、手打ちには手打ちでしかできないことがある。
 機械にも、機械でしかできないことがある。

 その特質を生かして蕎麦を作らなければ、手打ちにこだわる意味はないのだ。心がこもっているとか、手のぬくもりを伝えるとか、そういう感覚的な問題ではなく、きちんと技術的に違いを見せなければいけないと思っている。

 あの親父さんに心を込められたから、どうやら私は頑固者になってしまったみたいだ。
 えっ、「手打ちそば屋かんだた」は機械を使わないのかって。
 だって、、、だって、、、。
 「かんだた」は貧乏だから、機械を買えないんだもの。
 だから当分手打ち。
 ずっと手打ち。

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2006年12月22日 (金)

1944年、新潟生まれの蕎麦の達人。

 手打ち蕎麦の世界で、一目置かれている人といえばこの人。
 中村、、、、じゃなかった、高橋邦弘氏だろう。

 この秋にも、NHKの番組で蕎麦打ちの教室をなさっていたそうだ。多くの蕎麦打ちを育ててきたこの人だから、きっと内容のあった番組だったに違いない。
 私は見ませんでしたが。残念。

 高橋氏といえば、山梨県にある「翁」という店。
 当時では珍しかった自家製粉に取り組み、蕎麦そのものを売り物に、何時間も待たなければ食べられない蕎麦店を育て上げた。
 今は広島に移り、「達磨」という店で、主に後進の蕎麦打ち指導に当たっている。

 この高橋氏の元で修行を積み、もしくは指導を受けて開業したそば屋は、すでに全国で30店以上ある。まさに手打ち蕎麦の世界を引っ張っていっている人なのだ。

 私は会ったことも見たこともないので知らないが、気さくな方らしい。なにしろ頭に巻いた手ぬぐいがトレードマークだからね。
 長い間の蕎麦打ちで、体が前に傾いているそうだ。そんなに蕎麦を打ち続けたんだね。

 その高橋氏が、インタビューや取材の時に、よく言う言葉。
 「蕎麦粉は水を含んで自分からまとまる。それを延ばして切って蕎麦の形にする。私はただ、蕎麦のお手伝いをしているだけです。」

 毎日、何百人分もの蕎麦を打ち続けてきた人の言葉だ。
 私なんか、どちらかといえば蕎麦の邪魔をしているのかもしれない。
 こういう素直な心持ちを持ち続けることが、たいせつなんだな。

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2006年12月21日 (木)

80才になっても杖はつかない。

 金属は温度によって伸びたり縮んだりするようだ。

 昔の鉄道の線路は、つなぎ目の隙間をちょっと広くして、暑くてレールが伸びても大丈夫なようにしてあった。だからゴトンガタンという独特の振動があったんだね。
 今では伸びの少ない材料を使っているから、つなぎ目の隙間も狭くなり、あまり振動しなくなった。

 町の上を跨いでいる送電線もそうだ。夏には伸びて、だらんと線がぶら下がっているのに、寒くなると、あまり下に垂れ下がらずに、ピンと張ったようになる。
 電気を運ぶ銅線が、気温によって伸びたり縮んだりするからだ。

Tokei_1  さて、かんだたの二階にある柱時計。
 この金属でできた振り子の長さが、やはり温度によって変わる。
 夏は暑いので長くなり、時計は遅れる。冬は短くなるので時計が進む。理屈の上ではそうなるはずだ。

 ところがどっこい、この時計、店主と同じでけっこうなへそ曲がり。
 ここのところの寒さで、針が進むかと思ったら、少々遅れ気味。と思えば、突然に進み出したりすることもあるので、当てにならない。
 まあ、十分程度の誤差はお許しを。

 この時計、昔、ある人から譲ってもらったもの。(もちろん有料で)
 箱の中に昭和元年に修理をしたというシールが張ってある。ということは、最低でも八十年は動いていることになるんだね。
 今でも週に一度、両方の穴のネジを巻く。時々忘れると、「あれっ、止まっている。」という羽目に。
 小さなお子さんの中には、時報の音に驚かれる方もいる。そうだろうな、こんな時計は知らないことだろう。

 今や「手打ちそば屋かんだた」の大事な一部分。大切に使っていきたいと思っている。

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2006年12月19日 (火)

大晦日に蕎麦。

 毎年この季節には、年越し蕎麦の準備をしなければいけない。

 どうして、大晦日に蕎麦を食べるのだろうか。
 別に、そばでなくてもいいはずなのに、どうして大晦日は蕎麦、元日は餅なのか。全国的に広まっている習慣なのだろうか。あまり蕎麦を食べない関西地方にもこの習慣はあるのかな。

 年越し蕎麦の縁起については諸説ぷんぷん。
 いわく、「細く長く」ということで寿命や運を延ばすから。あるお寺で運開きのために蕎麦を振る舞ったのがひろまった。蕎麦の強い生命力にあやかった。金箔師は、飛び散った金を蕎麦を練ったもので集めるから、あやかって金運を授かるため。などなど。
 昔、商人の家では、大晦日といえば、遅くまで大忙しだった。
 支払いを取って、払ってと、明け方近くまで働いたそうだ。
 そんな忙しい時に、さっと食べられるのが蕎麦。値段も高くないので、ケチな主人も、この時ばかりは奉公人に夜食として蕎麦を振る舞ったことだろう。
 年越し蕎麦というのは、けっこうこんな実用的なところから広まったのかもしれない。

 それに年越しに蕎麦を食べるのは、理にかなっていると思う。
 だいいち、大晦日は、その年の新蕎麦が落ち着いてきて、蕎麦の一番おいしい時期だ。
 そして慌ただしい時に支度が簡単。
 消化がいいので、お腹は元日のごちそうに影響しない。

 なんだか、無理なこじつけにも見えるけどね。
 えっ、大晦日は、いつもお酒が進んで、う〜ん、蕎麦を食べたか、覚えがない。まあ、そういう人もいるけれどね。

 ということで「手打ちそば屋かんだた」では「年越し蕎麦」の予約受付中。
 また、酔っぱらって「年越した蕎麦」にならないようにね。○○さん。

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2006年12月17日 (日)

財布もカードもなしで一日過ごす。

 今日はびっくりしてしまった。

 二階に見えた4人組のお客さま。ちょうど他のお客さまもいて立て込んでいた時だ。
 そのお客さまが帰られた後、座布団の横に残っていたのは、分厚い財布だった。アルバイトの子がすぐに外にでてみるが、もうどこへ行ったのか分からない。
 カードや手帳も入っている、大切な財布だ。これがなければ、すごく困るにちがいない。

 接客した者に聞いてみると、関西の方から来られた方で、列車の時間があるとか言っておられたとか。ということは、気付いてもここには戻られないかもしれない。
 一時間ほど経って電話があった。持ち主からだ。
 もう長野を離れてしまったので、財布は送ってほしいとのこと。
 日曜日なので、本局へ行って、すぐに書留で送った。明日の午後には着くと言う。
 それにしてもこのお客さん、今日と明日、財布なしで苦労されることだと思う。

 「傘の忘れ物が多い店は、良くない店だ。」
 サービスの本にそう書かれていた。
 そういう店は、お客さまが、何か別のことを考えたり、注意力がないまま店を出ていくから、傘を忘れるのだ。
 それは、店内のサービスが悪くて、イライラしたのかもしれない。店の中のことで気になることがあったかもしれない。
 もし、満足して、平常の心持ちで店を離れるのであれば、自分の持ってきた傘に気付くはずだ。
 つまり、傘の忘れ物が多い店と言うのは、店内に何か問題のある店と考えれれるそうだ。

 お客様が帰られる時には、忘れ物がないか確認するように言ってあるが、たまたま忙しい時でチェックが遅れてしまった。
 私は、店内が、ある程度の緊張感のただよう店にしたいと思っている。いえ、堅苦しいものではなく、心地よい緊張感というものがかもし出せればいいなと。
 そうして、お客さまにとって心落ち着いて過ごせる空間であって頂きたいと思う。
 そば屋ゆえ、たいしたサービスはできないが、お客さまには、緩やかな気持ちで蕎麦を楽しんで頂きたい。

 しかしながら、今日のお客さまのように、こんなにも大切なものを置いていかれる方がいるのだ。しかも連れの方もいたのに気が付かなかった。何かが、お客さまを平静な気持ちにさせていなかったわけだ。
 忘れ物はお客さまがするのではない。私の店がそうさせたのだ。

 う〜ん、まだまだ、いたらないところばかりだ。

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2006年12月16日 (土)

十割蕎麦は切れる。

 今月のメールマガジンは蕎麦のつなぎについて書いてみた。

 

かんだたかんだ、そばかんだ。そば屋の楽しみ方。22号

 メールマガジンでは、このブログよりも大きなテーマを取り上げていくつもり。よかったらご登録を。

 

 さて、「手打ちそば屋かんだた」では、夜のコースはつなぎを入れない十割で打っている。夜は予約制なので、召し上がる時間や人数が読めるからだ。
 打つ方法は、昼間の「外二」の蕎麦と、それほど変わるわけではない。ただ、生地の扱いにちょっと注意することだ。

 ただ、十割で打つと包丁が早い。
 粘りがないから、ストンストンと軽く切っていける。
 その分仕上がりもきれいなような気がする。

 以前に七三の蕎麦を試しに打ったことがあるが、包丁がかなり重く感じられた。
 あれっ、つなぎに小麦粉が入ると、粘りがでて、切るのが難しくなるのだね。

 じゃあ、小麦粉だらけにうどんの場合はどうなのだろう。
 うどんは切るのが難しい。蕎麦と同じように滑らすからだろうか。
 だから、蕎麦と違って、包丁を叩き付けるようにして、切っているんだね。

 この春に、ヨモギ切りをした時なんぞ,切るのに苦労した。ヨモギの繊維が包丁に引っかかって、スムーズに切れない。
 あとで、しばらく時間を置いてから切るといいって聞いたけれど、本当だろうか。

 つなぎを入れれば、蕎麦は途中で切れにくくなり、扱いがしやすい。
 でも、つなぎを入れない方が、包丁で切るには楽なのだ。

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2006年12月15日 (金)

「すりこぎ」だって蕎麦は打てる。

 ある、蕎麦打ち教室に行ってきたお客さまが言う。
 「あそこの先生が言うには、初心者は太めの麺棒を使った方が楽だそうだ。」

 ははあ、なるほど、伸ばす時に、生地を指で引っ掛けたりしないためだね。たしかに、太い方が、転がすのに楽なのかもしれない。
 でも、たいがいの麺棒の太さは3センチ。それ以上太いものはなかなか見当たらないんだ。

 戸隠蕎麦で使われる麺棒は太くて長いが、これは巻き伸ばしをするためのもの。一般の蕎麦打ちには向かない。初心者向けに、せめて、もう五ミリぐらい太い麺棒があってもよさそうだ。

 実は、麺棒の太さは、蕎麦の性質に、微妙に影響している、、、らしい。
 細い麺棒で、ちょうどいい強さで伸ばしていくと、表面に横方向に小さな割れ目が出来る。この割れ目が、茹でる時間を短くして、蕎麦がふわっと仕上がる、、、らしい。
 強い力で伸ばしたり、太めの麺棒で伸ばすと、この割れ目ができず、表面がテカッとして、茹で時間が長くなる、、、らしい。
 機械で作ったそばが、表面がのっぺりした感じになるのは、このためらしい。

 という「らしい」の連続で申し訳ないが、そば打ちに関しては、色々なことを言う方が多いので、なんとも言えないのだ。
 自分でもいろいろ試してから、「こうだ。」と言ってみたい。

 でも、ご家庭で蕎麦を打つのであれば、あまり細かいことに気を使わず、楽しんで作ってもらえばいいと思う。
 道具も色々と工夫すればいいんじゃないかな。麺棒がなくて「すりこぎ」で蕎麦を打っている人もいたようだし。

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2006年12月12日 (火)

雑誌「美術の窓」の紹介記事

 もう、二か月ぐらい前のこと、あるご夫婦がお見えになり、「かんだた」をずいぶん気にいっていただいた。
 しばらくして、もう一度お見えになり、話を聞いてみると、彫刻をやっておられるという。ちょうど、長野の中心部に「TOiGO」という複合施設ができた時だ。その広場に、作品を納めに来たという。
 ええっ、ということは、ずいぶんと有名な彫刻の先生ではないだろうか。

Aun  これがその作品。
 かなり、大掛かりのものだ。
 善光寺の仁王門を題材にした作品で、題名は「A-UN」。思わず覗き込んでみたくなる穴が開いていて、自由に石に触ったりすることができる。
 近代的な広場の景観に、リズムと安らぎを与えてくれている作品だ。
 作者は速水四郎さん。体格のがっちりとした元気溢れる方だ。お年を聞いてみてびっくり。79才だって。とてもそんなお年には見えない。

 二階の天井にある蜘蛛のオブジェがたいそう気に入られたようで、それを作った鬼無里在住の高橋敬三さんの話をした。興味を持たれたようなので、彼の作品集を差し上げたりした。
 その速水さんは「美術の窓」という専門誌に文を寄せている。その中で「かんだた」のことも取り上げていただいた。こういう立派な雑誌に名前をのせていただいて、恥ずかしいかぎり。
 うれしいのは、私が店内に仕込んでおいた様々な仕掛けを、見事に読み解いて頂いていることだ。さすがに芸術をやっておられる方の目は鋭い。

 速水さんの作品は、長野市では二点目になる。
 丹波島橋の北側に立っている、石の柱のような造形がそうだ。丹波島橋を渡ってくる私は、毎日、この作品と「TOiGO」との、二つの作品を目にしていることになる。
 私も、速水さんの世界を、すっと読み取れるような目を、心を持っていたい。

 速水さん、ご紹介ありがとうございました。

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2006年12月11日 (月)

居眠りしていれば蕎麦は喰えない、議論はできない。

  河野洋平衆議院議長が、ちと、苦言を呈した。

 「議長席からみていると、新聞を読む人、携帯電話を使用する人が目につく。若い議員はルールを知らない人もいるのではないか。」

 どうやら、国会というところは、中学校の学級会程度のレベルらしい。
 いや、こういうと中学生が怒るかもしれない。私達の方が真面目にやっていますよ、と。

 このニュースの後にも、私的な携帯電話で呼び出され、委員会採決を欠席した議員がいる。
 若い議員だけではない。ベテラン議員だって同じだ。まあ、遅刻は平気だし、しょっちゅう立ち歩いているし、居眠りはするし、品のないヤジを飛ばすし、せいぜい猿山の猿の群か。
 こんな獣たちに、我々がエサ(給料)をやっていると思うと、実に情けないのだ。

 そば屋でも、新聞を読みながら蕎麦をお食べになる方がいる。
 たいていの方は、蕎麦を食べる時には、目を新聞からいったん離し、食べ終わってからまた読みはじめるが、中には、新聞を読みながら蕎麦をすする器用な方もいらっしゃる。
 携帯電話も同じで、メールを打ちながら蕎麦を手繰るという離れ業を、時々目にする。さすがに話ながら食べる人はいないが。
 文庫本を読みながら、という読書好きの方もいらっしゃる。

 そう、そば屋はくつろぎの場。
 どのような格好でお食べになってもかまわない。

 でもね、国会は仕事の場。議員の先生、みんなが見ているんだよ。しっかりしてもらわなくちゃ。

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2006年12月10日 (日)

「まちカフェ」のおそば屋さん巡り

 今にも降り出しそうなハッキリしない天気で、なんとも寒々しい一日となった今日。今まで暖かい日が続いてきたから、なおいっそう寒く感じられる。
 いよいよ、冬なのだ。

 今日は「まちカフェ」さんの企画の「門前そば食べ歩き」の会の皆様にみえていただいた。
 皆さん寒い中、よくいらっしゃいました。ありがとうございます。

 今回は三軒のそば屋さんを巡る催し。「手打ちそば屋かんだた」にもご指名をいただき、ご用意させていただいた。三軒回るのでそばは小盛りで、とのことで小さなそば豆腐をそえた。
 そばのイベントの割には、若い方、それも女性の参加者の方が多いのに驚き。こういう企画に積極的に参加するのは、そういう方々なのだね。

 「まちカフェ」では、こうして長野の街中、善光寺門前の辺りを巡る催しを、定期的に開かれているそうだ。
 こういう機会に、いろいろなお店が紹介され、少しでも街の中心部を歩いてくれる人が増えればいい。

 スタッフの皆さん。準備や案内や瓦版づくりなど、ご苦労様でした。頭の下がる思いです。

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2006年12月 8日 (金)

人間の物忘れは何を育てる。

 ドングリころころどんぐりこ〜。
 この歌のように、山のドングリは木から落ちると、ころころと山の斜面を転がっていく。でも、ずっと落ちていくわけではない。ちょっと平らなところにくると、丸く回って止まるようになっている。ちゃんと、そういう形をしているのだね。

 植物というのは自分では動けない。
 だから、自分の子孫をもっと遠くに広げるために、様々な工夫がされているんだね。
 このドングリのように、坂を転がって移動するものがある。
 タンポポのように、風に飛ばされて移っていくものもある。
 果物のように、鳥によって運ばれる植物もある。

 みんなそんな工夫をして、仲間を広げようとしているのに、まったく蕎麦の奴らと来たら、そんな工夫の一かけらもないんだ。

Sobanomi  蕎麦の実は御覧のような三角錐をしている。
 これでは、急な山の斜面でも転がっていくこともない。
 風にのって飛んでいくこともない。
 固い外皮があるので鳥も突かない。

 ただ、ぽとりと、下に落ちるだけなのだ。

 そうして、同じ場所でまた来年生えてくる。ただ、仲間同士で競争しているだけだ。
 自然界の蕎麦という植物は、いったいどうやって自分の領土を広げようとしているのだろうか。

 ドングリの木は、実が転がっていくだけだから、自分より低いところにしか、子孫を残せないのかと思ったら、ちゃんと優れた助っ人がいる。
 山のリスは、秋になると、せっせとドングリを集めて、冬に備えるのだそうだ。ところが、リスは何か所かに隠した場所を忘れてしまうことが多い。だから、リスに運ばれたどんぐりは、その場所で芽を出すことができるのだ。
 リスの物忘れが、森を育てているんだね。
 人間の物忘れだって、なにかを育てているのかもしれないぞ。

 それにしても、蕎麦。
 お前達はどうやって世界を広げているんだい。
 なに、人間という助っ人がいるからいいんだって。
 本当かな。

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2006年12月 7日 (木)

甘酸っぱい香りのする蕎麦

 おとといは定例の「十割蕎麦の夕べ」。
 皆さん、ご来店ありがとうございました。

Bojoregiri  さて、今回の変わり蕎麦、ついつい禁じ手を使ってしまった。
 写真の奥の方は、新蕎麦の十割。長野県内産も混ざって、特にふわっとした感触に仕上がった。
 さて、手前の薄い紫色の蕎麦は、いったい何なの?

 いや、数日前までは、他の蕎麦を作るつもりでいた。ところが、つい、酒屋の前を通りかかったら、誰かが手招きしている。誘われるままに店に入ったら、手招きしていたのは、カラフルなワインのボトル。
 えっ、これはひょっとして「ボジョレーヌーボー」ではないか。
 この時、ふとひらめいてしまった。蕎麦にこいつを混ぜて打ち込んでやろう。

 そういうことで今回のお遊びは「ボジョレーヌーボー切り」。
 御前粉(更科)にボジョレーを加えて作ってみた。

 なにしろ、新鮮なブドウの香りが売り物のこのワイン。打っている最中から、甘い匂いがぷんぷんとする。さらに、茹であげてみると、ブドウの香りが辺りをただよう。本当に匂いの強いワインだ。
 食べてみると、ほのかな甘味を感じられる。ワインの酸味のせいか、更科が弾力のある蕎麦に仕上がった。

 「こんな蕎麦は邪道だよ。」といいながら、毎回私の実験台になっていただくお客さま方。本当にありがとうございます。

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2006年12月 4日 (月)

二股になるのが多いけれど。

Daikon  この秋は、全国的に好天に恵まれ、大根と白菜は、豊作のための生産調整をしているという。
 「生産調整」なんていうとかっこいいけれど、せっかく育てた畑の作物を、潰してしまうのだ。たとえ補助金が出るとしても、農家の人たちは、やるせないに違いない。

 かんだた農園の大根も、今年は順調に育った。
 なかなか、畑に行く時間がないのだけれども、草取り、間引き、土寄せ、肥料やりなどけっこう手間がかかる。消毒はなしの無農薬栽培。アブラムシ退治の木酢液がかかせない。

 こんな苦労して作った大根を、潰されてたまるか。

 店では大根は大活躍。
 薬味のおろしに、「鬼おろし」の具に、突き出しの煮物にと。大根の皮はきんぴらにするし、葉は刻んで乾かし、「いなり」に混ぜる。まさに捨てるところがないくらいだ。

 たくさん出来たので、畑に穴を掘って掘り出した大根を埋めておく。こうすれば、寒い冬中保存しておくことが出来る。
 畑には、まだ、ネギもあるし、白菜もある。小松菜やほうれん草もある。こうして自分が作った食べ物があると、なんとなく、懐があったまったような気がするんだ。


 

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2006年12月 2日 (土)

そば屋は女系?

 昔、ひょんなことから知り合った、ある旅館の息子さん。かなり大きな旅館なので、あとはいい嫁さんをもらって、悠々と暮らせばいいね。などと、周りの人間は思っていた。

 ところがある時、こんなことをいう。
 「実は、旅館というのは男の子供は喜ばれなかったのです。」
 なんてことをいう。
 ええ、何をいっているんだい。
 息子の方が、旅館の経営を任せられるので、親御さんとしては安心だろう。

 「だって、旅館で看板になるのは、女将(おかみ)さんじゃないですか。旦那さんが挨拶に回るような旅館がありますか。」
 なるほど、旅館の仕事は女性に支えられていることが多い。
 ともすると外で遊び歩いてしまう男の子より、実際の仕事をきっちりとこなせる女の子の方が、旅館としてはありがたいのだ。
 女の子を、しっかりとした女将に育て上げ、働き者の婿さんを迎えておけば、商売としては安泰なのだ。
 なるほど。

 昔のそば屋でも同じことが言われていたらしい。
 ある老舗のご隠居さんの本に書いてあった。そば屋では男は役に立たぬと。

 店の中の細々とした仕事はできないし、帳場でも任せようものなら、遊びに行って金を使い込んでしまう。働き者の嫁さんを貰ったはいいが、夫婦仲が悪くて、嫁さんに飛び出されでもすれば、その日から商売に差し触ってしまう。
 だから、女の子の多い店の方が栄えたとのこと。

 まあ、これは昔のお話。
 今では息子さんががんばっているそば屋さんも、けっこうあるけれどね。代替わりがうまくいけばいいけれど。

 でも「商売屋には女の子」と言う話は、なぜか、素直に納得できるところが恐い。

 

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2006年12月 1日 (金)

「火あぶり」

 善光寺の三門の手前右側に、大きなお地蔵様が安置されている。身の丈二メートル半を超える、優しいお顔の立派な仏様だ。
 これは「ぬれぼとけ」と呼ばれており、八百屋お七の冥福を祈って、吉三郎が建てたとの言い伝えがある。

 えっ、八百屋お七って誰だって。
 それでは説明して進ぜよう。えへん。

 今からさかのぼること三百年と少し前。正確にいうと1682年の暮れ、江戸本郷の八百屋の娘、お七は、大火で焼け出され、一家そろって近所の寺に避難する。そこでそこの寺の小姓である吉三郎と、いい仲になってしまう。
 さて、年が明けて新しい家に移ったお七の一家だが、お七は吉三郎のことが忘れられない。火事にあって巡り会ったのだから、また火事になれば、きっと会えるに違いない。
 そう思ったお七は、町家に火を放ってしまったのだ。恋しい人に会いたい一心でね。

 当時は火付けは重罪。わずか16才のお七は、鈴が森の刑場で「火あぶり」にされてしまったのだ。

 恋のための一途な行動が、極刑をもって処されたということで庶民の同情をかい、浄瑠璃や歌舞伎で演じられるようになったんだね。

 でも、善光寺の「ぬれぼとけ」が建てられたのは1722年。史実は違うらしい。この話はあくまでも伝説の世界の話ようだ。

 

Hiaburi  ということで、「手打ちそば屋かんだた」の冬の新メニューはこちら。
 どうして、こういうネーミングになってしまうのだろうか。

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