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2006年10月 7日 (土)

一人前を重さではなく、本数で決めたらどうだろうか。

 他のそば屋へ行くと、できるだけ厨房が覗けるような席に座ることにしている。まあ、そば屋だけではないけれどね。
 厨房には、その店の工夫が詰まっているから、見ているだけで面白いのだ。

 さて、一人前の蕎麦の量は、店によって違う。
 同じ一人前でも、多かったり少なかったりするので、初めての店では迷うことがある。
 かって、大盛りを頼んで、後悔したことが何度あったことか。

 って、今日の話は、盛りの多い少ないではなく、その一人前の量を、どうやって量るかということ。秤(はかり)で量るのだろうか。

 昔のそば屋は忙しかった。(今でも忙しいところはあるが)
 釜前の人は、箱から蕎麦を取り出し、どんどんと茹でていた。
 それを「溜め」に置き、盛り出し専門の人が、器に分けていた。
 一人前の量は、それこそ、勘と経験で振り分けていたのだ。

Fune 私は、まだまだ未熟者なので、勘で一人前、二人前、三人前と蕎麦をつかむことができない。やれば出来るかもしれないけれど、ちょっと、自信ないな。
 だから、打った蕎麦を、箱(フネという)にしまう時に、一人前ずつ量ってしまっている。
 これなら、人数分の山を釜に入れればいいのだから、注文を受けたときは楽でいい。

 ところが中には、注文を受けてから、秤に蕎麦を載せている店もある。
 これは、メニューによって量を変えたりしているところもあるので、そういう配慮なのかもしれない。
 でも、肉屋じゃあるまいし、目の前で量るのもどうだろうか。

 いや、物事には正確さが必要。
 同じ一人前を頼んだのに、その時によって量が多かったり、少なかったりするなんて言語道断。目の前に、大きな秤を置いて、お客さまに分かるように、厳格に量るべきだ。
 という人もいることだろう。

 たとえ量って茹でたとしても、切れたり引っ掛かったりして、なくなる麺もあることだろう。
 なんだ、一人前の量なんて、結局は適当なんじゃないか。

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