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2006年10月20日 (金)

蕎麦なんか、見たくもない。

 前に居酒屋をやっていた時に、あるお客さんが言う。

 「蕎麦なんか嫌いだ。見たくもない。」

 私より少し上の世代の方。若い時から苦労をされて、今では小さな会社の社長さん。なかなか、精力的な感じの方だ。

 「子供の頃に、蕎麦をさんざん喰わされた。だから、もうたくさんだね。」

 そう言って、聞かせてもらった蕎麦の話。
 なるほど、人にはそれぞれに体験があって、そういうことがズッと心に残るのだね。

 その社長さんの育った家は、山の中にあった。どの家も同じように貧しく、そして食べ物が少なかった。
 食事と言えば、畑の野菜ばかり。秋に採れる、柿やサツマイモが子供たちの楽しみだった。

 当時の子供たちは、家のためによく働かされた。
 学校から帰ると、桑の葉摘みに行かされたそうだ。家にいる「おかいこ様」に食べさせるためだ。急な山の斜面にある桑畑を、カゴを背負って、何度か往復をする。ちょっとでもサボると親父さんに叩かれたという。
 家に戻っても、まき割りや風呂のたき付けなどをやらされた。
 そして、夕食は、蕎麦の粉を湯で練って、葉っぱばかりの浮いたみそ汁に入れたものだったという。ときには、長い蕎麦に打って、やはり、みそ汁にとうじて食べたのだ。
 山の中では、わずかな米しか採れなかったから、蕎麦が大切な主食だったんだ。

 その社長さんは、子供の頃、「白いご飯を腹一杯食べたい。」そう思いながら、みそ汁に沈んだ蕎麦を食べていたそうだ。

 たかだか50年ぐらい前のお話し。その頃の山の中の人たちは、文字どおり、食べるための厳しい生活をしていたのだ。
 今の時代からは、想像できないけれどね。

 子供の頃の辛い思い出が、その方を蕎麦から遠ざけている。
 そういう経験が努力を生んで、立派な会社を率て行くことができるのだろう。

 山の中で育った年配の方の蕎麦に対する思いには、複雑な「気持ち」があるのかもしれない。

 「蕎麦の自慢はお里が知れる」

 この江戸時代のことわざの様に、蕎麦と言うのは貧しさの象徴でもあったんだ。だから、この時代になっても、素直に蕎麦を食べられない、わだかまりのある人も、このようにいるのだ。

 でも、そういう人も、きっといつかは蕎麦を食べてみるに違いない。
 そういう時に、
 「あれ、蕎麦ってこんなにおいしいものなのだったんだ。」
 そう思わせられるような蕎麦を作らなければ。


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