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2006年9月30日 (土)

信州では、そばはうめえが、つゆが頂けねえ。

 落語の「そば清」(そば羽織ともいう)は、よくよく考えると恐い話だ。
 まあ、おもしろおかしく語られるから、そんな風に感じないけれど。

 そば好きな清兵衛は、行きつけのそば屋で、いくつそば食べられるか、賭けをしては、小遣い稼ぎをしていた。
 信州に旅した清兵衛は、狩人が大蛇に飲み込まれるところを目撃する。腹が膨れた蛇は、近くの草をぺろぺろと舐める。
 すると、膨れていた蛇の腹が、すーと凹んだのだった。
 これを見た清兵衛は、これは消化を助ける薬だと思って、その草を持って帰る。実はその草は蛇含草という、人間の体を溶かす薬だったのだが。

 さて、また、食べ比べの時、いよいよ、苦しくなった清兵衛は、向こうの部屋に行って、隠し持っていた草をぺろりと舐める。
 いつまで経っても戻ってこない清兵衛に、心配した皆がふすまを開けてみると、
そこには、そばが羽織を着て座っていた。

 「そば清」とは、ざっとまあ、こんな話。
 これが、関西へ行くと、「そば」ではなく「餅」に話が変わるらしい。

 そうか、信州には、人を溶かす威力のある草があるのだ。今度探してみようっと。
 何に使うかって。もちろん、、、、、。

 この話の中に、
 「信州では、そばはうめえが、つゆが頂けねえ。」
 という台詞がある。
 これが今でも、信州のそばの通し言葉として語られているようだ。
 まあ、言えてる。

 おいおい、自分で納得してどうするの。
 でも、やっぱり「信州のつゆは、、、。」
 いやいや、ちゃんとしたところもある。でも、そうでないところの方が多いかな。
 昔から話、痛いところを突いているなあ。


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2006年9月28日 (木)

そば畑の匂いはどう。

 新聞によると、ドリアンの匂いで、ガス会社が迷惑をしているそうだ。
 ドリアンを食べたかすの匂いが強烈で、近所の人がガス漏れと思い、ガス会社に通報することが、何回かあったという。
 う〜ん、恐るべきドリアンの匂い。
 どんな匂いなのだろう。

 我が家の庭のキンモクセイの花が咲いて、甘い匂いを漂わせている。
 こういう匂いなら、あまり苦にはならない。
 (中には私以上のへそ曲がりがいて、こんな匂いは嫌だ、というかもしれない。)

 でも、そばの匂いはどうなのだろうか。
 白い花が一面に咲くそば畑。見た目にはとてもきれいだ。
 でも、畑の中に入ると、ちょっと、独特の匂いがする。
 えっ、やっぱり甘い匂いだろうって。
 できればそうあってほしいのだけれど、え〜、この匂いは、、、。

 その匂いが、果たして「いい匂い」といえるのか。少なくとも私にはそういえません。
 まあ、私は『へそ曲がり」ですから、へその曲がっていない皆さんならば、「いい匂い」に感じることができるかもしれない、、、、、と思う、、、、もしかしたらね。
 まあ、機会があったらお試しを。

 でも、この匂いに誘われて、虫たちが集まり、そばは実をつけることができるのだ。
 つまり、飛んでくる虫の好きな「匂い」ということなのだ。
 そばは、懸命に匂いを発して、虫をおびき寄せているんだ。
 だから、人間の都合で、「いい匂い」だ「悪い匂い」だなんて、言っちゃいけないよね。


 

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2006年9月26日 (火)

新そばが出れば、旧そばはどうなるのだろう。

 そば粉屋さんの話では、北海道の今年のそばの収穫は、ほぼ順調だそうだ。
 八月から九月始めの長雨で、少し収穫が遅れはしたが、まあ、問題はなさそうだ。

 

長野の町でも、もう、すでに新そばの看板を掲げているところもある。
 うちは、まあ急ぐまい。
 うまく乾燥された、質のいいそばが届くまで待とう。

 一方、長野県内のそばは、今が花盛り。
 最近は、あいた土地でそばを作るところが増えているので、ちょっと山沿いを車で走ってみると、すぐにそばの畑を見つけることができる。
 ただ、心配なのは、育ち過ぎていることだという。今年はお盆を過ぎても高温が続き、そばの成長が早かったのだ。あまり育ち過ぎれば、倒れやすくなったり、実が入らなかったりするらしい。
 ちょっと、気になるところ。

 店にそばの花を飾っておくと、「おっ、そばの花だね。」と気付く人が、けっこういらっしゃる。そばの花の「認知度」も上がったなと思うところだ。

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2006年9月25日 (月)

完成しない甘味の新作

 秋の甘味のメニューを考えていたのだけれど、ついに完成しないまま、秋風が吹く季節となってしまった。
 夏の甘味メニュー、「そばの三食水ようかん」の季節は終わり、いま「手打ちそば屋かんだた」の甘味は、定番の「きな粉そばもち」だけだ。

 いえ、何もしなかったわけではないんだけど。
 でも、結果としては、同じこと。
 楽しみにしていてくれたお客さま、すみません。

 秋のお菓子ということで、蒸し物を試していた。
 そば粉を使った「かるかん」や、「松風」といわれる蒸しパンなどに、甘く炊いた蕎麦の実を混ぜたりしてみたが、いまひとつ、ピンとこないのだ。
 そこそこのものはできるのだが、面白みがない。ただ、そば粉が、蕎麦の実が入っているだけのお菓子では、何のとりえもない。
 それが「そば」でなくてはならない何か、そういう商品を考えなくては。

 今日も思いつきで、そば粉でクレープ地を作って、出汁巻き卵を作る要領で焼いてみた。
 う〜ん、どうかな。
 まあ、この方向も試してみよう。

 こうして、いろいろやっている。
 新作の甘味は、もう少しお待ちあれ。

 畑のムラサキ芋は、順調に成育中。土の中の芋は分からないが、地上のつるは元気だ。
 この分では、来月の終わりには、自家製ムラサキ芋を使った芋ようかん「いもむらさき」が登場できると思う。

 う〜ん、今まで、お菓子など食べなかった私が、甘いもので苦労するなんて。

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2006年9月24日 (日)

コナモン・フェスティバル

 昨日はテレビの撮影が入った。
 といっても取材と言うほどのものではない。
 今回は、私はしゃべらなくていいので気が楽だった。

 長野の中心市街地に、地元の放送局である信越放送が移転してきた。
 市の施設と商業施設も入り、街中の風景が一変した感じがする。

 その移転を記念して、「第一回 ながの・コナモン・フェスティバル」なるものが開かれるのだ。
 「コナモン」とは「ドラえもん」の弟分で、猫のぬいぐるみを着た人たちが街中を練り歩く、、、、、のかと思ったら、「粉もの」という意味らしい。つまり、粉から出来た食べ物のことを指すらしい。
 粉からできると言えば、もちろんそば、うどん、あっラーメンもパスタもそうだ。パンやケーキ、お好み焼きからたこ焼き、信州の伝統食であるおやき。けっこうたくさんある。

 そういうものを扱う店で、これはというメニューを用意してもらって、それを多くの人たちに、食べ歩いてもらおうという催しだ。

 「手打ちそば屋 かんだた」でも、このフェスティバルのために、特別のメニューを用意することにしたのだ。昨日はそのメニューを撮りに来たというわけ。
 そして、そばを打つところを見せてほしいということで、カメラの前でそばを打ったのだ。
 気持ちは楽だったけれど、どことなく緊張して、なんとなくいつもの様にはいかない。うまくとれたかな〜。

 長野は、もともと粉食文化のあったところ。こういうイベントで、多くの人たちに市街地に来て貰えばいいなと思う。

 えっ、特別メニューってなんだって。
 それはね。
 「たぬ、、、、

 あっ、紙が終わっちゃった。

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2006年9月23日 (土)

ちょっと前は小型球形ウイルスと呼ばれていた。

 保健所による、飲食業従事者の講習会に、しっかりと出席してきた。
 例によって、途中から眠くなってしまうが、私の席は前の方。ここでいびきをかくわけにはいかない。
 だから、途中、コクリコクリとしながらも、なんとか持ちこたえた私。

 やはり、「ノロウイルス」による食中毒防止対策は、繰り返して言われている。
 昔はなかった、というより発見されなかったのに、厄介なものが現れたものだ。

 ノロウイルスは、他の食中毒原因細菌のように、培養することができないので、検査が難しい。何しろこのウイルス、人の腸の中でしか増殖しない。食品中や、その他の場所にいても、増えることはないのだ。
 その代わり、わずか10〜100個ぐらいのウイルスが人間の体に入ると、下痢や嘔吐を起こすことがあるのだ。
 もちろん、感染しても発病しない人もいる。でも、そういう人の糞便をとおして、ノロウイルスはバラ撒かれるのだ。

 だれでもトイレの後は、手ぐらい洗うよ、と言うかもしれない。
 しかし、少しぐらい水に濡らしたような洗い方では、かえってウイルスを手全体に広げてしまうだけなのだそうだ。
 飲食店に置かれている、逆性石けんでも、アルコールスプレーでも死なない。とにかく手を一分以上かけて、よく洗うことだと言う。

 それと、食品をよく加熱することだそうだ。
 そう、そば屋の場合は、そばを釜で茹でるのだから、大丈夫だね。
 そう思ったら、講師の人が言う。

 「食品は、意外なところで汚染されています。
 例えばそば屋さん。そばは火を通すから大丈夫だと思うでしょう。」

 ズキッ。この人、心が読めるの。

 「でも、水道の蛇口が汚れているかもしれない。冷却用の水槽の水に、ウイルスが落ちたかもしれない。冷蔵庫の取っ手が汚染されているかもしれない。
 常に、そういうことを考えないといけません。ノロウイルスの食中毒は、意外なことが原因となることが多いのです。」

 あれあれ、脅かされてしまった。

 これから寒くなると、このウイルスがはやる季節。
 先ずは手洗いをマメに、そしてよく行うこと。

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2006年9月22日 (金)

「ちゃんとしていないそば屋」

 先日の休みは保健所の講習会。
 車で30分ほどの講習会場へ出かけていった。

 会場の近くで、ふと、手打ちそばの看板が目に入って来たので、思わず寄ってしまった。
 30席ほどの、こじんまりとした、明るい店だ。

 メニューを見ると、どれどれ、おおっ、生ビールがある。酒は一銘柄で普通酒だけか。おや、焼酎のボトルもあるぞ、、、、。
 おいおい、これから固い話の講習会だろ。だいいち、車で来たのじゃないか。
 いやいや、酒のメニューを見ると、その店が、どんな人を相手にしようとしているのか、よくわかるのだ。と、苦しい言い訳。

 この店では、二八そばだけでなく、田舎と十割も用意してある。すごいな、三種類のそばを用意してあるなんて。
 ということで、その三種類のそばが出てくるメニューを注文。

 大きめのせいろを田の字に区切って、そばを盛ってある。一つのマスは薬味。
 さっそく頂きます、ということで、あっという間に平らげる。
 えっ、そばの味?
 酒飲みが、酒の味を利けないように、そば食いの私も、そば利きはできない。なにしろ、そばならば、何でもおいしく食べてしまうのだから。
 ただ、どういう粉を使って、どのように作り、どんな手間をかけているのかは、すぐに解る。でも、それが高いレベルにあったとしても、いいそば屋とは限らないのだ。

 私は、そば屋のそばを、よく言うように、「うまい」とか「まずい」とかで判断しない。というよりできないのだ。
 その代わり「ちゃんとしたそば屋」と「ちゃんとしていないそば屋」というように分ける。

 やる気があり、きちっとするべきことをこなしているのが「ちゃんとしたそば屋」だ。そういう店ならば、技術が未熟でも、粗末な造りであっても、応援したくなる。そこには「進歩」があるからね。

 私は、そばを食べ終わると、そっとせいろのスダレをめくってみる癖がある。ざるならば、引っくり返して底を見る。
 スダレの裏や、ざるの底が、きれいになっているのは「ちゃんとしたそば屋」だ。
 それが、黒くよごれているような店は、そうでないそば屋だ。けっこう有名店でも、こんな仕事をおろそかにしている店がある。そういう店には「進歩」はないと思ってしまうのだ。

 長年の癖だけれど、店の人が見ている前で、せいろのスダレをめくってみるのは、ちょっと気が引ける。だから、私は最近はやらない。でも、長年の習慣だから、私はやらなくとも、「無意識の私」が勝手にやっているかもしれない。

 その店でも、「無意識の私」がきっとスダレをめくったのだろう。頭の中に、とてつもなく大きな「不合格」のはんこが押された。
 よっぽどひどかったのだろうね。私は見なかったのでわからないが。

 私は、ちょっと寂しい気分で、その店を出たのだ。

 私も気をつけよう。



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2006年9月21日 (木)

忙しくても、猫の手は借りたくない。

Nekonote 猫とじゃんけんをする時には、いつもパーを出せばいい。
 連中は、どう頑張ってもチョキは出せないのだ。どっちかハッキリしないけれど、パーかグーしか出せないのだ。
 だから、こっちはパーを出しておけば、負けることはない。

 ところで、猫とじゃんけんして、どうするの。

 そばを延ばす時に、この猫の手の格好をすることがある。
 麺棒を大きく転がす時に、猫の手握りで延ばしていく。

Noshite 親指と小指を麺棒の向こう側に当てて、手のひらの中で、麺棒を滑らせる。あまり、力を入れると、麺の表面が固くなってしまうので、体重はかけず、手首のスナップで調整しながら、何度も転がしていく。
 なお、押す時に「にゃお〜ん」とかけ声をかけると、スムーズにいくことが多い。

 延ばしの早さが、そば打ちの早さになる。私のような薄のし細切りの場合は、どうしても手間がかかってしまうのだ。
 猫になった気分で、素早く延ばせるように、もっと頑張ってみよう。
 我が家の猫みたいに、足で首が掻けるようになれればいいのだが。



 

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2006年9月18日 (月)

カボチャと蕎麦

Kishu たまには、変わったものでも作るかということで、カボチャのキッシュ。
 ちょっと、味が薄かったけれど、松代の卵を使った生地がおいしい。
 もちろん、自家用。とてもお客さまに出せるものではありません。

 たまたま、カボチャがごろごろしていたから、作ってみただけのこと。今度は蕎麦の実でも入れて、「蕎麦の実のキッシュ」なんてやってみようかな。

Shuukaku 涼しくなって来たので、畑の収穫も少なくなって来た。でも、カボチャだけは、まだ、畑にたくさんある。
 さて、このカボチャ、どうしよう。
 カボチャを蕎麦に練り込んだ、カボチャ蕎麦というのはどうなのだろうか。
 いろいろ調べてみるが、カボチャを使った蕎麦は見当たらない。やはり相性が悪いのか。
 無いというと、むくむくと湧いてくる私の好奇心。
 かって、無謀にもムラサキ芋を蕎麦に練り込んだことがあったっけ。
 果たして、試してみる価値があるかどうか。

 こんなことを考えている時間で、仕事をしろ、て言われそうだ。

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2006年9月17日 (日)

そばの花は、やっぱり秋。

Sobanohana 夏に鉢に蒔いた蕎麦が、花を付けはじめた。

 私の店では、春から夏にかけても、そばの花を咲かせているが、やはり、今の季節に咲く花が、いちばんきれいだ。
 すっと立つ、楚々とした、白い花だ。

 今どき、楚々(そそ)とした人に出会うことはなくなってしまった。
 清らかで美しい女性を指す言葉らしいが、まさに、その言葉の似合う花だ。
 街中で、まぶしいような輝輝(きき)とした女性たちを見かけるが、よく見ると奇奇としていたりする。おしゃべりの止まらない、霏々(ひひ)とした人たちも、よく見かける。しかし、楚々とした人は、、、、う〜ん。
 何かいわれそうなのでやめておこう。

Sonanohana2 古川柳にいわく。

 ・長くなるものとは見えぬそばの花

 そりゃそうだ。


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2006年9月16日 (土)

出汁のあくを取ること。

 あるラーメン屋さんの書いている記事を読んでいたら、そのラーメン屋では、毎日、五時間かけてスープを作るそうだ。
 う〜ん。
 毎日五時間。
 それに比べて、そば屋のつゆなんて簡単なものだ。

 味醂と醤油で「かえし」を作って寝かし、
 昆布と、厚削りの節で、時間をかけて出汁を取り、
 「かえし」とあわせて、湯せんで長時間煮詰める。
 そして熟成。
 そんなものだ。

 でも、計算してみたら、火を入れている時間だけで、あれ、五時間は超えているぞ。
 なんだ、同じじゃないか。もっとも、こちらは毎日ではないけれど。
 それに、寝かしと熟成の時間があるから、今日の明日と言うわけには作れないのだ。

 さて、そのラーメン屋さんが気をつけているのは、出汁を取る時に、マメに灰汁(あく)を掬うことだと言う。
 灰汁が浮いて来たら、すぐに取らないと、また出汁の中に溶け込んでしまうのだそうだ。そうなると、スープは臭みが強くなってしまって、使えなくなってしまうと言うのだ。
 だから、出汁を取るときは、火加減の調整と、灰汁取りでつきっきりになってしまうらしい。

 確かにそうだ。
 節を入れたばかりのときは、灰汁が出てくる。火が強くてもそうだ。
 私ももっと注意して灰汁をすくうようにしよう。

 こうして、他の業種の話も、参考になることがあるんだ。

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2006年9月15日 (金)

スペインでは「妻」が集まると、、、。

 実は、密かに思っている夢がある。
 あまり、言いたくないことなのだけど。
 言うと、笑われるかもしれない。

 「わっ、はははっ。はっはっは。」
 誰だ。
 言う前から笑っている奴は。

 実は、、、、。
 やっぱりやめておこう。

 スペイン語の勉強を始めてから、もう、
 十五年以上になる。
 スペインにも、半年近く、飲み歩いていたことがある。
 スペイン人は、陽気だ、情熱的だなんて言うけれど、
 そんなことはない。
 ただ、一杯のグラスを、
 どうやって楽しむことができるか、
 そういうことを、大切にしているだけなんだ。

 そんな土地で、そば屋をやってみたらどうだろうか。

 あっ、言ってしまった。
 「あっ、ははははは。」
 もう笑っている。
 この話は、又別の機会に。

 スペイン語を、学ぶにも、
 今は独習しかない。
 定期的に教室に通う余裕がないのだ。
 それにつけてもこの頭。
 一つの単語を覚えるごとに、十の単語を忘れている。

 スペインは、家族のつながりをとても大切にしている国だ。
 家族を表現する言葉はたくさんある。

 ちょっと客観的に「奥さん」を指す言葉に「エスポサ」というのがある。
 日本語的に「妻」といった方が、ぴったりするかもしれない。よく使われる言葉だ。
 スペイン語で、複数形にするには、単純にSをつければいい。
 「妻たち」というスペイン語は、「エスポサス」ということになる。
 実は「エスポサス」という言葉には、別の意味がある。

 スペインはカトリックの国、つい十数年前まで、離婚は認められなかった。
 そんなことと関係があるのかどうか判らないが、「妻たち」という意味の「エスポサス」の示すものは、、、。

 「手錠」なんだね。

 これだからスペイン語の勉強はやめられない。
 こういう国で、そば屋をやったら楽しいと思ったしまうのだ。


 

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2006年9月14日 (木)

イタリアうどん

 休みの日、久しぶりにうどん屋さんへ、食事に行った。世間ではイタリアンレストランと言うそうだが、小麦粉で作った麺を食べさせるので、私にとっては「うどん」と同じ。

 私は、このイタリアうどんは、茹でたてにさっとオリーブオイルをからめて、シンプルなトマトソースをほんの少しだけ、絡めながら食べるのが好きなのだが、まず、こういうものを出してくれるところがない。
 そういうものでは、お金がとれないからだろうか。
 たいてい、べったりと、味の強いトマトソースを絡めたり、香りの強いハーブを大量に混ぜ込んでしまっている。
 おまけに、ナスだ、エビだ、キノコだ、タラコだといろいろなものを入れたがる。
 麺そのものの味を、楽しむどころではないんだ。

 そう言えば、こういうタイプのうどん屋さんは、みんな乾麺を使っている。
 今どき「うどん」や「そば」の看板を出しているところで乾麺を使っているところなどあるかい。
 客の見えるところで、堂々と乾麺を茹でていたら、「そば屋」なんて誰も来なくなっちまう。
 ところがイタリアうどん屋では、それが当たり前になっているんだ。
 だから、余計なものを入れたがるのだろうな。

 話は変わるが、このイタリアうどんの仲間であるマカロニは、どうして穴が開いているのかご存じだろうか。
 マカロニに穴が開いているのは、そこからスパゲッティをとったからだ。つまり、スパゲッティと言うのは、マカロニの芯の部分で作られるのだ。

 昔、純真な私に、そんなことを教えた悪い大人がいた。

 今回いった店は、あっさりとした控えめな味で、食べやすかった。特に、野菜の味が生かされている。
 付け合わせの魚やサラダも、薄味でいい。
 イタリアうどんも、進化しているんだ。


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2006年9月12日 (火)

そばの加水率はどのくらい?

 たまにこんな質問をされる。きっとご自分でも「そば打ち」をなさる方なのだろうか。
 加水率などと、難しい言葉で言われても、う〜ん、よくわからない。いちいち計っていないからね。
 でも、だいたいの目安はある。その目安より、少し少なめの水を加えて、あとで調整するのだ。

P1010002 使う粉によって、水を吸う量がかなり違う。また、季節によっても大きく変わるのだ。
 私の使っている粉では、新そばから冬の間は、けっこう多くの水を吸うし、湿度の高い夏場は、少なめで微妙な調整が必要となってくる。
 そのときの天気や気温によっても違う。水回しの間に蒸発する分もあるので、打つ量によっても変わってくる。単なる勘でやっているのだ。
 だから、簡単に何パーセントなんていえない。あえて言えば、42パーセントから55パーセントぐらいの間かな。
 しかしながら、いつも同じ固さに仕上げるのは、なかなか難しい。

 でもね、こういう数字を聞きたくなる気持ちはよくわかる。
 そのそばの性質が、よく分からないうちは、どのくらいの水を吸うのか分からないからだ。よさそうだと思って、いざくくってみると、固すぎたり、柔らかすぎたりする。
 水を入れ過ぎれば悲惨。私なんぞ、どれだけ柔らかくなってしまったそばを捨てたことか。あっ、皆さんは捨てないでね。少しづつ粉を足して、よく練り込めば対丈夫だから。

 大切なのは、粉に水を加えたら、よくよくかき混ぜること。
 埋めておいた宝物を掘り出す犬みたいに、とにかく早くかき混ぜること。
 一通り、よくかき混ぜてみたら「そば粉」に聞いてみる。
 「おおい、水加減はどうだい。」
 「おお、いい塩梅(あんばい)だ。」と言えばそのまま。
 「もちっとくれんかね。」と言えば少し水を足してやる。

 そうして、また、モグラが土をかくように、そば粉がピンポン球ぐらいのまとまりになるまでかき混ぜるのだ。

 せっかく、そば打ちをする人たちに、いいアドバイスをしようと思ったけれど、
こりゃ、駄目だな。

 

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2006年9月11日 (月)

コロンブスの卵

Tamago コロンブスはゆで卵の下の部分を割って、卵を立てたらしいが、生卵だったらどうするのかな、と疑問に思っていた。

 実は、生卵は立つのだ。根気と集中力さえあれば、誰にでもできる。
 試しに蕎麦ののし台の上に立ててみた。久々にやったので、十分近くかかってしまったが、やっと、ふっと指が離れるようにして、卵が立った。
 絶対に立ててやるという気力と集中力。初めての人でも、だいたい十分から十五分ぐらいで、立たせることができるらしい。暇な時に、お試しあれ。

 メキシコの田舎町に行った時に、卵の味の濃いことに驚いた。朝食の時に作ってもらうオムレツが、なんとも言えずおいしいのだ。知り合いの家で、自分で目玉焼きを作ってみたが、とろりとした白身のしっかりとしていること。
 日本の卵も、昔はこうだったのだろうな。

 ということで、店に届けてもらった松代産の卵。昔ながらの農家の庭先で育てられた鶏の卵だ。小粒ながらも、しっかり卵の味がする。
 この卵を使ったメニューを、この秋、大公開!!!の予定。
 ただいま、好調試作中! 乞う、ご期待!。
 もう、映画の宣伝じゃあるまいし。

 

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2006年9月10日 (日)

おたんこなす

 先週やっと雨が降り、畑のナスのできがいい。実のしっかりとした「秋なす」だ。
 焼いて食べると、とろりとした甘みがでて、おいしい。

Tengunasu しかし、時々こういうナスもできる。
 こういうのを、出来損ないのナス、「おたんこなす」というのだろうか。
 でも、刻んで食べれば、ちゃんと食べられる。

 たまに、固くていびつになってしまうナスがあるが、これは「ぼけなす」というのかな。
 さて、「おたんこなす」と「ぼけなす」とでは、人をののしる時、どちらがダメージが大きいのだろうか。「おたんこなす」の方が、何となくかわいい気がするけれど。

 どちらにしろ、ナスの収穫はあと十日ばかりの間だろう。
 このナスを使ったメニュー「水ぜめ」は、せいぜい今月いっぱいぐらいで終了の予定。

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2006年9月 9日 (土)

新しい暖簾。

 漢字で「暖簾」と書いて「のれん」と読む。
 もともと、軒に吊るした寒さよけの布のことを指したらしい。
 だから「暖」という字が入っているんだよね。でも、どうして「のれん」と読むの?。

 商売をやっている家では、「のれん」というのは、大切な意味がある。
 曰く、「のれんを掲げる。」「のれんを守る。」「のれんを分ける。」「のれんを誇る。」「のれんを畳む。」などなど、商売人の意地が、この「のれん」にたくされているようだ。
 あれ、「のれんに腕押し」なんて言葉もあるぞ。

Noren ということで、以前に注文していたのれんが届いた。
 今度は名前を染め抜いてもらい、生地もしっかりとしたものだ。

 じつは、この春にひょっこりとやって来たお客さま。話を聞いてみると、東京から仕事で長野にいらしたという。
 下町界隈のお話に詳しかったので、ついつい聞き込んでしまった。そして、浅草で「のれん屋」をやっておられるとの話。えっ、浅草ののれん屋と言えば、あの有名なお店ではないですか。

 「のれん」はお店の顔のようなもの、「のれん」を大切にしない店は長続きしません。
 と、その方に言われ、胸にズキッと来た私。実は、それまでののれんは、開店の時に慌てて作った手作りのもの。それはそれで素朴でいいのだけれど、いつかは作り直さなければと思っていたのだ。
 そうして、生地のサンプルや色の見本などを何回も送っていただき、やっと出来上がった次第。

Norenura 「のれん」の丈は長い方が品があるという人もいるが、「かんだた」の入り口の軒が短いので、雨が当たってしまう。それに、そんなに偉そうな店でもないので、あえて短めの丈にした。

 こんな小さな「のれん」だけれども、ひっそりと、じっくりとかけ続けていきたいと思っている。

 

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2006年9月 8日 (金)

がんばれ、キジ*ムナ。

 昨日、FM善光寺の方が連れて来た二人の青年。
 二人ともよく陽に灼けて、がっちりとした体格をしている。

 聞いてみたら、二人は沖縄出身のミュージシャン。
 車で寝泊まりしながら、路上ライブで自分たちのCDを売りながら旅をしているという。出発は今年の四月で、北海道から、東北、関東地方を周って来たのだ。これから信越、中部、関西、四国と日本中を走り回る、歌いまくるつもりらしい。
 へえ、いるんだね。こういうガッツのある若者が。

 さすがに蕎麦は、あまり食べ慣れていない様子だったけれど、蕎麦湯の飲み方なんぞを教えながら、こっちは沖縄そばの話なんぞをきかせてもらった。
 二人とも21才。楽しみな若者たちだ。なんて、おじさんは、すぐに無難に話をまとめてしまう。

 彼等の名前はキジ★ムナという。ホームページに予定とブログがのっている。たまには、彼等のような若者の言葉を聞いてみるのもいい。



 

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2006年9月 7日 (木)

映画「砂の器」

 やっぱり泣いてしまった。
 若い時に封切りで見て、ある場面で、どっと涙があふれてしまったのを覚えている。やっぱり、今回も、同じところで泣いてしまった。

 もう三十年前に公開された映画「砂の器」がデジタルリマスター(どういう意味だい?)版で、映画館で上映されていたので見にいった。
 さすがに時代を感じさせるものの、役者といい、話の組み立てといい、とてもいい映画だと思った。単なるサスペンスだけでなく、人間の情愛を絡め、音楽と映像の使い方がとてもうまい。最初は、フイルム版と比べて画面が荒いな、、などと思っていたけれど、やっぱり話に引き込まれてしまった。結果は知っているのにね。

 人を感動させるのは難しい。
 無理に感動させようと思って盛り上げても、薄っぺらにしか感じないことがある。
 この映画だって、きっと、表に出ない何百人ものスタッフの人たちが、きっちりとプロの仕事をしたから、演技も生き、映像も生きたに違いない。
 ちょっとしたワンカット一つ撮るにしても、ずいぶんと工夫を重ねたに違いない。そういう積み重ねこそが、心からの共感を呼び、感情を揺れ動かす。

 そば屋の仕事だって同じこと。目に見えない仕事の積み重ねこそが、お客さまに認められる道に違いない。

 なんて、映画とそば屋を強引に結びつけちゃって。どうも、涙もろくなっていけないな。映画館でおじさんが泣いてても、絵にならない。



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2006年9月 5日 (火)

久しぶりの十割蕎麦の夕べ

 今夜は、久々の「十割蕎麦の夕べ」を開いた。
 何しろ、連れ合いが入院したので、開催は三か月のお休み。今日は四か月ぶりとなる。
 懐かしい顔のお客さんも見えて、常連の皆さん、忘れずにありがとうございます。

Sarasinasoba この会では、いつもの十割蕎麦のほかに、私の遊び感覚の蕎麦を作ることにしている。
 でも、今回はまじめに「更級」を打ってみた。ちょっと面白い、「丸抜き」の更級粉が手に入ったからだ。
 つなぎ二割の湯ごね。胚の部分を挽き込んでいるせいか、やや黄色がかった色になる。
 これは、蕎麦の香りもしっかりとした「更級」で、なかなかいける。う〜ん。たまには更級もいいなと思ってしまう。

Osinagaki 今回は、いろいろな煮物を用意した。えっ、ほとんどお前の畑でとれたやつだろうって。
 まさにその通りで、すみません。
 冬瓜から始まって、カボチャ、ジャガイモ、ナスと自家製の畑のもの。でも、この季節、いちばんの人気はサンマだった。骨ごと食べられるように、梅煮にしたのだ。

 次回は10月3日。
 今度はどんな蕎麦を作ろうかな。

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2006年9月 2日 (土)

かつおの呼んでくるもの

 私はカツオが好物だ。

 これからは戻りガツオと呼ばれ、脂がのってくる。こういうカツオはさっとあぶって叩きにすると、う〜ん、おいしい。
 ただ私の好みは、春先の、1.5キロぐらいの小振りのもの。あっさりとした身を刺身でいただく。これが最高。流通がよくなったので、長野のスーパーでも時々手に入るのだ。
 問題は、カツオはお酒と相性がいいことだ。私がどんなに嫌っても、好物のカツオがお酒を呼んでくる。私はお酒は嫌いなのだが、カツオが呼ぶので仕方がない。あくまでもお酒がカツオに呼ばれてくるのであって、、、。
 あまり白々しいことは、書かないようにしよう。

 昔はカツオは日持ちしなかったので、漁場のすぐ近くで水揚げされた。だから、かつお節などに加工されたとしても、産地を聞けば、だいたいその性質が予想できたらしい。
 ところが今やカツオも船の中で冷凍される時代。こうなると、かつお節の身の削ぎ具合で違う産地の特質など、関係なくなってしまう。加工品として大量にさばけるところに、水揚げが集中するからだ。
 あまりうまみのでない、南のカツオも、こくは出るが臭みも出る、北のカツオも、同じ場所でかつお節として加工され、出荷されるようになった。
 う〜ん、かつお節の目利きが難しくなったのだね。

 まあ、そば屋の場合は、うまみを出すことが大切なので、和食の料理人のそれとは違うかもしれない。でも、同じ節でとっていても、すごいばらつきを感じるこの頃なのだ。

 ちなみに、かつお節は、我が家の猫の好物。シャキシャキとカンナの音を立てると、いつの間にか足元にいる。
 そして、カツオは私の好物。カツオが呼んでくるお酒は、、、。
 まだ言っている。

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2006年9月 1日 (金)

北海道は雨模様。

 長野はやっと今日の昼間、久しぶりの雨が降った。

 人間なんか勝手のものだ。
 この七月のように、雨が連日の様に降れば降ったで文句を言うし、八月はずっと降らずにいたら、畑が乾いてしまったので雨が降ればいいという。
 野菜は野菜で、それなりに対応して生きているのに、茄子の育ちが悪い、菜っ葉の芽が出ないと、文句ばかり言っている。
 自分の都合ばかり考えて、まったく勝手なものだ、、、、って、私のことか。

 粉屋さんの話では、北海道では、もう蕎麦の実の収穫が始まっているそうだ。
 ところが、このところ、産地である旭川周辺は、雨ばかり降っている。収穫が遅れがちになっているのだ。
 一昨年のように台風が来ることはなかったが、ここへ来ての長雨は、ちょっと収穫に響くかもしれないと、心配しているそうだ。

 こういう天候ばかりは、思う通りにならない。
 世の中は、天気や気候に関係なく動いているようにみえるけれど、暮らしのレベルでみれば、けっこうそう言うものに左右されているんだね。
 おいしい蕎麦が採れるかどうか、それもお天気次第。でも、その前に「人事」を尽くしてくれる人たちがいるからこそ、埋め合わせができるんだ。

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